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カテゴリー: 決議

「全面的な取調べの録音・録画」及び「弁護人の取調べへの立会い」の法制化とともに早期実施を求める決議

カテゴリー:決議

日本の刑事司法は、長らく「密室での長時間取調べ」と「長期の身体拘束」による自白に依存してきた。この構造は「人質司法」と呼ばれ、黙秘権の行使を困難にする負の歴史を築いてきた。密室では威圧的・高圧的な取調べが横行した結果、個人の尊厳が踏みにじられ、多くの冤罪事件が生み出された。袴田巖氏の再審無罪や志布志事件などは、暴力や精神的拷問による虚偽自白の強要及び人権蹂躙を象徴する事例である。その後も氷見事件や足利事件などの再審無罪が相次ぎ、密室取調べが供述ねつ造の温床となっている実態が示されてきた。

2010年(平成22年)の郵政不正事件を契機として2016年(平成28年)に刑事訴訟法が改正され、取調べの録音・録画が一部導入された。しかし、録音・録画の義務化の対象は全事件の3パーセント未満に留まり、改正後も録音・録画がない事件を中心に違法な取調べが継続している。2016年(平成28年)に義務化された極めて限定的な録音・録画では、その対象とされていない多くの事件において、捜査機関による違法・不当な取調べを防止することができない以上、一刻も早く、全事件・全過程の取調べの録音・録画を義務化する必要がある。

 また、取調べの録音・録画が実施されている事案においてもなお、捜査機関による違法・不当な取調べがなされていることが全国各地から報告されており、取調べの録音・録画だけでは違法取調べを根絶できないことを露呈している。これを解決するには、もはや、弁護人が取調べに立ち会うほかない。弁護人の取調べへの立会いは、不当な取調べの牽制、即座の助言による虚偽自白の防止、および被疑者、特に障がい者、高齢者、若年者等のいわゆる「供述弱者」への心理的安心感を提供するという極めて重要な役割を果たす。 国際的には、ヨーロッパ諸国、韓国、台湾など多くの国・地域で弁護人の立会権が確立されており、国連拷問禁止委員会も日本に改善を求めているところである。

 このように、捜査機関の自浄作用に期待できない以上、刑事訴訟法を改正し、「全事件・全過程の取調べの録音・録画」と「弁護人の立会権」を違法・不当な取調べを根絶するための両輪として明記すべきである。

そして、捜査機関は、その法改正を待たず、直ちにこれらを実践すべきである。

当会は、繰り返される捜査機関による違法・不当な取調べを抜本的に防止するために、国に対し、下記1及び2の内容の刑事訴訟法の改正を一刻も早く行うよう求める。

1 捜査機関は、被疑者・被告人の取調べを実施する際、全事件・全過程を録音・録画しなければならず、それを欠く場合、公判における同供述証拠の証拠能力を否定する旨

2 捜査機関は、被疑者、被告人またはその弁護人から、取調べへの弁護人の立会いを希望する旨の申出を受けたときは、弁護人を取調べに立ち会わせなければならない旨

また、検事総長及び警察庁長官に対し、上記の法制化を待たずに直ちに下記3及び4の対応を指示するよう求める。

3 被疑者・被告人の取調べを実施する際、全事件・全過程の録音・録画を実施すること

4 被疑者、被告人またはその弁護人から取調べへの弁護人の立会いを希望する旨の申出を受けたときは、弁護人を取調べに立ち会わせること

当会は、過去の冤罪の悲劇を教訓に、法治国家としての責務を果たすべく、真に人権を守る刑事司法制度の確立を目指し、活動を継続していく所存である。

2026年(令和8年)5月27日

福岡県弁護士会 

提 案 理 由

1 日本の刑事司法の歴史と問題点

日本の刑事司法は、長らく、被疑者に対する「密室での長時間の取調べ」と「長期にわたる身体拘束」によって獲得される自白に依存してきた。その構造は「人質司法」と呼ばれ、被疑者が、憲法上保障されている黙秘権を行使することを極めて困難にしてきたという負の歴史がある。

密室での取調べにおいて、捜査機関は、市民の誰からも監視されていないことに乗じて、ときに威圧的、侮辱的、高圧的な言動に及んできた。そうした苛烈な取調べを受けた被疑者は、取調べにより個人の尊厳を踏みにじられていった。被疑者の中には、違法・不当な取調べによって虚偽の自白を強いられる者が少なからず存在し、その結果、累々たる冤罪の山が築かれていった。

例えば、袴田巖氏の再審無罪は、長期勾留と自白強要という日本の刑事司法の構造的欠陥を象徴するものである。袴田氏は、逮捕当時、捜査機関によって、長時間にわたる取調べを受け、ときには暴力を振るわれるなどの精神的・肉体的拷問が繰り返され、その結果、虚偽の自白を強いられ、半世紀以上もの間、死刑執行の恐怖に苛まれることとなった。また、志布志事件では、取調べを実施した警察官が、被疑者に対して被疑者の親族の名前を記載した書面を踏ませることを強制する(いわゆる「踏み字」)などの違法・不当な取調べによって、虚偽の自白を強いられるだけでなく、被疑者やその家族の人権が著しく蹂躙された。

志布志事件判決と同時期には、2007年(平成19年)の氷見事件、2010年(平成22年)の足利事件、2011年(平成23年)の布川事件といった再審無罪判決が立て続けに出されたが、これらの事件も、密室での長時間にわたる違法・不当な取調べが依然として供述ねつ造の温床となっていることを示した。

2 全事件・全過程の取調べの録音・録画の必要性

2010年(平成22年)、検察官による証拠のねつ造が明らかとなったいわゆる「郵政不正事件」を契機として2016年(平成28年)に刑事訴訟法が改正され、取調べの録音・録画が一部導入されることとなった。

しかしながら、2016年(平成28年)改正刑事訴訟法において録音・録画が義務化されたのは、全事件の僅か3パーセント未満にすぎず、当初から不十分であることが指摘されていた。

実際、2016年(平成28年)改正刑事訴訟法施行後も、録音・録画が実施されていない事件を中心に違法・不当な取調べが依然として横行しており、その効果が極めて限定的であることが明らかとなった。

例えば、2021年(令和3年)に発生した佐賀県警による「違法調書事件」では、被疑者が黙秘しているにもかかわらず、警察官が事前に自白調書を作成していたことが明らかとなり、2025年(令和7年)12月、福岡高等裁判所は、これを違法と断じ、佐賀県に対して損害賠償を命じた。

また、2017年(平成29年)に発生した「三重県鳥羽警察署事件」では、警察官が、窃盗を否認する被疑者に対して、黙秘権の告知を一切しなかったばかりか、「顔見とったらわかるわな、泥棒みたいなもん。泥棒!!!」「泥棒に黙秘権あるか!」「新聞載っとけ!伊勢新聞やら中日やら、全部のしたるわ。報道発表して。」などと、黙秘権を否定する趣旨の発言を繰り返すとともに被疑者の人格を否定し、相当な恐怖感や疲弊感を与える取調べを7時間21分もの長時間にわたり実施した。2022年(令和4年)3月、津地方裁判所は、担当警察官の行為の違法性を認め、三重県に対して損害賠償を命じた。

これらはほんの一例にすぎず、2016年(平成28年)に義務化された限定的な録音・録画では、捜査機関による違法・不当な取調べを根絶することができないことが明らかとなった以上、一刻も早く、全事件・全過程の取調べの録音・録画を義務化する必要がある。

そして、この実効性を確保するためには、これを欠いて作成された供述証拠の証拠能力を否定する必要がある。

3 取調べの立会いの必要性

取調べの録音・録画の導入により、取調べの可視化がなされても、なお、捜査機関による違法・不当な取調べがなされていることが明らかとなっている。すなわち、取調べの可視化だけでは、被疑者の権利擁護としては不十分であることが皮肉にも「可視化」された。

たとえば、「プレサンス事件」では、検察官による必要性・相当性を欠いた威圧的・侮辱的・脅迫的な言動に基づく取調べがなされたことが、録音録画映像により明らかになった。同事件においては、違法・不当な取調べ状況が明らかになっただけでなく、録音・録画による違法取調べへの抑止効果が限定的であることもまた明らかとなった。

また、同事件では捜査機関の取調べのあり方が旧態依然としていることも浮き彫りになった。「検察なめんなよ。」と恫喝する担当検事の様子を見るに、日本の捜査機関の人権意識はいまだ前近代的であるといわざるを得ない。

同事件の取調べ担当検事に対する特別公務員暴行陵虐事件に関する付審判請求事件・高裁決定において、裁判所は、「今回の事案が、上記のような経緯を経て導入された録音録画下で起きたものであることを考えると、本件は個人の資質や能力にのみ起因するものと捉えるべきではない。あらためて今、検察における捜査・取調べの運用のあり方について、組織として真剣に検討されるべきである。」と指摘した。この裁判所の判示は、一事件の判断にとどまらず、現在の取調べのあり方を痛烈に批判するものであり、検察は重く受け止めるべきである。

同事件の他にも、録音・録画下での違法・不当な取調べは全国各地から報告されており、取調べの録音・録画のみでは、違法・不当な取調べを根絶することができないことが明らかとなった。

捜査機関による違法・不当な取調べの歴史、取調べが録音・録画されてもそれが改善されない現状に鑑みれば、もはや捜査機関による自浄機能に期待することができないことはいうまでもなく、捜査機関による違法・不当な取調べを根絶するためには、前記可視化に加え、弁護人が、実際の取調べに立ち会うほかない。

弁護人が取調べに立ち会うことにより、捜査機関による違法・不当な取調べを牽制することができるし、仮に、違法・不当な取調べがなされても、その時点で弁護人が異議を述べて制止することができる。

加えて、弁護人による取調べの立会いは、弁護人が、被疑者に対して、即座に必要な助言を行うことを可能とし、被疑者が虚偽自白に陥ったり、事実と異なる虚偽の調書が作成されたりすることも防止できる。

さらには、弁護人が立ち会うことで、被疑者に心理的安心を与えることができるという効果も生じる。刑事手続に不慣れな一般市民にとって、捜査機関による取調べは、極度の精神的負担を伴うところ、弁護人が傍にいることで被疑者は安心して、冷静に対応することが可能となる。

特に、障がい者、高齢者、若年者等のいわゆる「供述弱者」は、捜査機関の言動等の影響によって供述が歪められる可能性が高く、弁護人による取調べ立会いが極めて重要となる。実際、知的障がい等のある被疑者に対して、弁護人立会いを「合理的配慮」として求め、立会いが認められた事例もある。当会は、これまで、障がい者、高齢者、若年者等に対する権利擁護のための活動に取り組んできたが、そうした観点からも、本制度を推進すべき理由がある。

今日、取調べへの弁護人の立会いは、アメリカ、ヨーロッパ諸国、韓国、台湾など多くの国・地域で認められている。

ヨーロッパでは、2008年(平成20年)、欧州人権裁判所が、原則として弁護人に対するアクセスは警察による最初の被疑者取調べから提供されることが求められると判断し、その後、取調べに弁護人の立会いを求める権利を含む弁護人に対するアクセスの権利に関する判例法が形成された。その後、欧州議会とEU理事会は、2013年(平成25年)、取調べに弁護人の立会いを求める権利を保障するEU指令を採択した。具体的には、被疑者及び被告人は、捜査機関による取調べに弁護人の立会いを求め、積極的に参加してもらう権利を有し、弁護人は取調べに際して質問し、意見を述べることができるものとされ、ほとんどのEU加盟国において、国内法が見直され、同指令に整合するよう立法措置が講じられた。

日本と刑事手続が類似する韓国においても、弁護人を取調べに立ち会わせる権利が確立されている。2003年(平成15年)、大法院が、弁護人の援助を受ける権利を実質的に保障するため、憲法及び法律が接見交通権を保障していることを指摘し、被疑者は取調べ中に弁護人の立会いを求める権利を有すると判断し、2007年(平成19年)、刑事訴訟法が改正され、被疑者又はその弁護人、被疑者の配偶者等一定の親族の請求があった場合に、捜査機関は弁護人を取調べに立ち会わせなければならない旨が明文で規定された。また、被疑者が弁護人を取調べに立ち会わせる権利を行使したにもかかわらず捜査機関が取調べを続けた場合の効果について、大法院は、2003年(平成15年)、被疑者が弁護人を取調べに立ち会わせる権利を行使する旨を表明した場合に、取調べを継続することは違法であると判断し、その取調べで作成された供述調書の証拠能力を否定した。

台湾においては、1982年(昭和57年)の刑事訴訟法の改正により、弁護人が取調べに立ち会うことができる旨が規定され、2000年(平成12年)には、弁護人が取調べ中に発言することができる旨が規定されている。さらに、2013年(平成25年)には、被疑者又は被告人が弁護人の選任を表明した場合には、取調べを直ちに止めなければならない旨が規定されている。

以上のように多くの国で弁護人の取調べへの立会いが法制化されている中、日本では、依然として弁護人の立会いが法的に認められていない。2013年(平成25年)5月の国連拷問禁止委員会の総括所見でも「すべての取調べの間、弁護人を立ち会わせることが義務的とされていないこと」について「深刻な懸念」が表明されているが、この総括所見と諸外国の動向を見るに、日本がいかに前近代的かを思い知らされるところであり、一刻も早い法制化が求められることはいうまでもない。

4 全面的な取調べの録音・録画、取調べへの弁護人立会いの法制化の必要性

以上のとおり、捜査機関による違法・不当な取調べを抑止するためには、全面的な取調べの録音・録画と弁護人の立会いの両輪を整備する必要がある。

そして、その重要性に鑑みれば、録音・録画を義務づける対象事件を全事件・全過程に拡大し、弁護人の立会いを権利とし、被疑者または弁護人が求めた場合にはこれを認めなければならないとする規定を刑事訴訟法に明記するべきである。

まず、取調べの録音・録画については、捜査機関による恣意的な運用を規制し、被疑者の供述の過程を事後的に検証しうることを法的に義務づける必要があるといえる。

  次に、取調べの立会いについては、現状の法制度においても、取調べへの弁護人の立会いが禁止されているわけではなく、捜査機関において、弁護人の立会いを認めることは可能である。しかし、現在、実務において、弁護人が被疑者の取調べに際し、弁護人の立会いを申し入れたにもかかわらず、取調べの立会いを認める例は全くと言っていいほどない。だからこそ、弁護人の取調室への立会いを権利として法律に明記することにより、捜査機関による密室における糾問的な取調べの在り方、前近代的な実務の運用を抜本的に変える必要がある。

5 捜査機関は法改正を待たずに直ちに全面的な取調べの録音・録画、取調べへの弁護人立会いを実践すべきであること

今、現在においても、違法・不当な取調べを生んでいる日本の取調室の密室性については直ちに是正されなければならない。そのため、捜査機関は、全事件・全過程の取調べの録音・録画、弁護人の立会いが法制化されることを待つまでもなく、直ちに全事件について取調べの全過程の録音・録画を実施し、かつ、被疑者、被告人またはその弁護人が、弁護人の取調べへの立会いを求めるときには、弁護人を取調べに立ち会わせるべきである。

6 最後に

当会は、これまで、2003年(平成15年)5月27日に「取調の全過程の録音・録画による取調の可視化を求める決議」、2005年(平成17年)10月4日、「取調べの録音・録画実現とその試験的な導入を求める声明」、2008年(平成20年)5月27日、「より良い刑事裁判の実現を目指して」と題する宣言、2011年(平成23年)3月9日に「今、改めて取調べの可視化(取調べの全過程の録画)を求める決議」、2015年(平成27年)4月22日、「「刑事訴訟法等の一部を改正する法律案」に対する会長声明」において、取調べの可視化(全面的な録音・録画)の必要性を訴えかけてきた。

また、当会は、2026年(令和8年)2月7日に、シンポジウム「密室の扉をこじあけろ!~取調べの可視化・弁護人立会いの意義~」を開催した。今後もシンポジウム等を通じて取調べの可視化・弁護人立会いの法制度の改革を行なっていく必要があることを広く市民と共有していく。

当会は、今後も引き続き、個別の弁護活動において、取調べの可視化申し入れを続けることで、取調べの録音・録画の対象事件の拡大を目指すとともに、取調べへの弁護人の立会いの申入れ、立会いの実践等の活動を積極的に行うことを通じて、法改正を目指していく。

今こそ日本は、過去の冤罪事件等の悲劇を教訓とし、全事件・全過程の取調べの可視化と弁護人の取調べへの立会いを制度として確立し、真に人権を守る刑事司法を築くべきである。それこそ、法治国家としての最低限の責務である。

以 上

刑事法廷内の入退廷時に被疑者・被告人に対して手錠・腰縄を使用しないことを求める決議

カテゴリー:決議

【決議の趣旨】
当会は、裁判官、裁判所及び国に対し、刑事公判廷の入退廷時における被告人等の基本的人権を保障するため、以下の措置を早急に講じることを求める。
1 裁判官は、被告人等の基本的人権を尊重し、刑事法廷内における入退廷時の被告人等に対して、漫然と一律に手錠・腰縄を使用することを今すぐにやめ、刑事訴訟法287条1項但書が規定する事由があり、必要やむを得ない場合以外は、手錠・腰縄を使用しないこと。
2 国は、刑事訴訟法287条1項本文が規定する刑事法廷内における身体不拘束原則を入退廷時の被告人等に対しても確実に保障するため、同法に287条の2を新たに設けて、入退廷時の被告人等に対しても、身体不拘束原則が及ぶことを明記すること。
3 国及び裁判所は、被告人等の入退廷時に手錠・腰縄を使用しないための施設整備(例えば、手錠・腰縄の着脱が可能な待機室あるいはスペース等の設置)を講じること。

2025(令和7)年5月28日
福岡県弁護士会

【決議の理由】

第1 刑事法廷内における手錠・腰縄使用の現状
1 現状
現在、勾留された被疑者・被告人(以下「被告人等」という。)は、審理中は手錠・腰縄を外された状態であるが、手錠・腰縄をされたままの状態で刑事法廷内に入廷させられ、審理終了後は手錠・腰縄をされたままの状態での退廷を余儀なくされている。つまり、被告人等は審理前後の時間帯は、手錠・腰縄をされたままの状態で刑事法廷内にいなければならず、その姿を裁判当事者や傍聴人など周囲に晒されることになる。
裁判員裁判の場合、2009(平成21)年法務省通知で、少なくとも裁判員は、被告人の手錠・腰縄姿を目にしないための配慮がなされているが、傍聴人や検察官などからは手錠・腰縄姿が見られることについては何らの配慮もなされておらず、手錠・腰縄をされた状態で入退廷することは通常裁判と同様である。
2 日本の刑事司法の根本的問題
被告人等に対する手錠・腰縄使用は身体拘束の一つであり、身体拘束は公権力による人身の自由に対する究極の侵害であるにもかかわらず、日本の刑事司法では、身体拘束が極めて安易に許容され、過剰かつ長期の身体拘束が実務上常態化しており、被告人等の人身の自由に対する過剰な人権侵害状況が、刑事法廷内の入退廷時にも表れている。
安易な身体拘束、身体拘束の長期化及び「人質司法」の抜本的解決は、刑事法廷内の入退廷時の手錠・腰縄問題解決のためにも極めて重要な課題である(当会2024(令和6)年5月24日付け「刑事身体拘束手続に関する裁判所の運用改善を求める決議」参照)。
第2 当会の活動
このような状況を踏まえて、当会では、2020(令和2)年10月、手錠・腰縄問題に関する学習会を開催した後、2021(令和3)年8月、手錠・腰縄問題PTを立ち上げ、刑事法廷内の入廷時に手錠・腰縄を使用しないように求める活動を始めた。
2021(令和3)年11月に行われた法曹三者による「第一審強化方策福岡地方協議会刑事部会」では、当会提案で手錠・腰縄問題を議題に挙げたが、裁判所からは個別事案において法廷警察権を行使する裁判長(裁判官)が判断する事項であるなど、形式的な回答しかなされなかった。
また、当PTは当会会員(刑事弁護人)から裁判所への手錠・腰縄不使用申入れを行うように呼び掛けており、2021(令和3)年10月から2025(令和7)年3月までの3年6か月間に当会会員から裁判所に申し入れた件数は合計62件であったが、そのうち、刑事法廷外で手錠・腰縄を外した事案はなく、僅か4件(約6.5%)で被告人の入廷後に傍聴人を入れる「時間差方式」による配慮が行われたのみであった。
第3 憲法・国際人権法等違反
1 憲法・自由権規約違反
⑴ 個人の尊厳及び人格権侵害
まず、被告人等は、個人として尊重され(憲法13条)、品位を傷つける取扱いを受けず(自由権規約7条、拷問等禁止条約16条1項)、人道的にかつ人間の固有の尊厳を尊重して取り扱われなければならないが(自由権規約10条1項)、手錠・腰縄のまま入退廷させることは、被告人等の自尊心を傷つけ、屈辱感、羞恥心、無力感等を与え、肉体的にも精神的にも服従を強いることとなり、個人の尊厳を侵害し、品位を傷つける取扱いである。
⑵ 無罪推定の権利侵害
被告人等は、有罪判決を受けるまで無罪として取り扱われる無罪推定の権利が保障され(憲法31条、自由権規約10条2項(a)、同14条2項)、自由権規約委員会の一般的意見32(自由権規約14条の解釈指針)は、「被告人は通常、審理の間に手錠をされたり檻に入れられたり、それ以外にも、危険な犯罪者であることを示唆するかたちで出廷させられたりしてはならない。」と指摘しているが、手錠・腰縄のまま入退廷させることは、被告人等を罪人であるかのように取り扱っているような外観を生じさせるため、無罪推定の権利を侵害する。
⑶ 防御権等侵害
被告人等は、刑事裁判の一方当事者として防御権が保障され、検察官と対等な立場で裁判に臨む権利を有しており(憲法31条以下)、全ての者は裁判所の前で平等であるが(自由権規約14条1項)、手錠・腰縄のまま入退廷させることは、訴訟活動を萎縮させ、防御権を充分に行使し得なくなるおそれがあり、対等当事者としての地位が脅かされるため、被告人等の防御権、対等当事者として裁判に臨む権利を侵害する。
2 国連被拘禁者処遇最低基準規則(マンデラ・ルール)違反
国連被拘禁者処遇最低基準規則(マンデラ・ルール)48条1項は、「より制限的でない制御形態では効果がない場合にのみ」、「必要かつ合理的に利用可能な最も侵襲性の低い形態」の拘束具のみが、「必要な時間のみに用いられ、かつ、…危険がもはや存在しなくなった後にはできる限り速やかに取り外され」なければならないとの条件の下、使用が認められるが、日本の刑事法廷内における手錠・腰縄使用は、同規則の厳格な拘束具の使用基準に違反している。
3 海外の事例
⑴ 大韓民国(韓国)
韓国では、刑事法廷横に待機室が設置され、待機室で手錠を着脱することになっているため、被告人は手錠・腰縄をしない状態で公判廷に入退廷することができ、公判廷での身体不拘束原則が徹底されている。
2024(令和6)年、日本弁護士連合会が大韓弁護士協会に待機室の設置状況について照会したところ、大韓弁護士協会を通じて「法院行政処」(日本の最高裁事務総局に相当)から、ほとんどの刑事法廷には被告人待機室が設置されており、待機室が設置されていない法廷は、刑事本案事件以外の令状実質審査、即決審判などを担当する法廷又は外部見学などの体験法廷等に使用されているとの回答がなされている。
⑵ 欧州連合(EU)
EUでは、無罪推定を受ける権利等に関する指令(2016年)において、「法廷または公衆の面前において、身体拘束具を使用することによって、被疑者・被告人が有罪であるものとして露見されないようにするために適当な措置をとる」こと(5条1項)、「手錠、ガラスの覆い、檻および足枷などのような身体拘束具によって、法廷または公共の場において、被疑者・被告人が有罪であるとの印象を与えることを慎むべきである」(前文20項)と明記している(北村泰三「被告人を入退廷時に手錠・腰縄で拘束する措置は人権侵害か?」世界人権問題研究センター「研究紀要」23号(2018年)32頁)。
⑶ 米国
米国連邦最高裁判決(2005年5月23日)は、有罪・無罪の評決(guilt phase)後の量刑審理(penalty phase)に被告人が出廷する際、足鎖・手錠・胴鎖で拘束されていた事案(デック対ミズーリ事件)について、「法廷の公的尊厳(courtroom’s formal dignity)とは、被告人を尊重して扱うこと(respectful treatment of defendants)を含むものであり」、「法廷における拘束具の使用は、裁判官が支持する司法手続の厳守性と慎みを損なうものである」と言及し(北村・前掲11~12頁)、個別の事案毎に逃亡のおそれや法廷内の安全確保等の事情を考慮せずに、被告人に人から見えるような拘束具を付けたまま出廷させることは、合衆国連邦憲法修正第5条及び修正第14条等(法の適正手続)に違反していると判示している(北村・前掲9頁)。
⑷ 英国
英国では、一般的に被告人は法廷に入廷する際も手錠などの拘束具は外されており、逃亡または暴力を振るうおそれのある場合に限って手錠で拘束されることも認められるが、手錠を使用する合理的な根拠を証明する責任は、訴追側にあるとされている(北村・前掲7頁)。
⑸ 小括
このように上記諸外国などでは刑事法廷内で被告人等に手錠・腰縄が使用がされないか、少なくとも一定の制限があるのに対して、日本では漫然と一律に手錠・腰縄を使用している実態であり、国際的な観点から見ても、被告人等に対する人権保障が大きく立ち後れている。
第4 法令・通知
1 刑事訴訟法
刑事訴訟法287条1項は「公判廷においては、被告人の身体を拘束してはならない。」という身体不拘束原則を規定しているが、裁判実務上、「公判廷」とは「審理の開始から終了まで」と限定解釈されているため、漫然と一律に入退廷時に手錠・腰縄が使用されている(昭和32年5月7日法務省矯正局長通達でも、裁判実務に沿って、手錠は開廷時に解錠し、閉廷時に施錠することが定められている。)。
2 平成5年法務省矯正局長通知
⑴ 平成5年法務省矯正局長通知の内容・経緯
他方、平成5年7月19日付け法務省矯正局長通知「刑事法廷における捕縄及び手錠の使用について」(以下「平成5年通知」という。)では、最高裁判所事務総局刑事局と法務省矯正局が協議した結果として、今後、特に戒具を施された被告人の姿を傍聴人の目に触れさせることは避けるべきであるという事情が認められる場合には、被告人を傍聴人より先に入廷させ、被告人を傍聴人より後に退廷させて、傍聴人のいない所で解錠・施錠することを原則とし、これによることができない特段の事情がある場合には、被告人の入廷直前又は退廷直後に法廷の出入口の所で解錠し又は施錠させるという方法その他適切な方法を執ることとされた。
しかし、平成5年通知別添記載の最高裁判所と法務省との協議経過によれば、当初、最高裁事務総局刑事局は、法務省矯正局に対し、「傍聴人を退廷させずに戒具を施された被告人の姿を傍聴人の目に触れさせないようにするための一つの方策として、被告人の入廷直前又は退廷直後に法廷の出入口の所で解錠し、又は施錠させるという運用を一般化すること」を打診していたのである。
このように、入退廷時に手錠・腰縄を使用するという従来の運用を廃止し、法廷外で手錠・腰縄を解錠・施錠することを一般化するという運用に変更しようとした最高裁判所事務総局刑事局の当初の考え方こそ、被告人等の個人の尊厳・人格権、無罪推定の権利、防御権等を保障する憲法・国際人権法に適うものであり、高く評価される。
⑵ 平成5年通知の意義と限界
平成5年通知は、開廷時の解錠・閉廷時の施錠の原則を維持しつつも、入退廷時に手錠・腰縄を使用している現状に一定の例外を設けたことには大きな意義がある。
しかし、原則として入退廷時の手錠・腰縄状態が前提とされており、「特に戒具を施された被告人の姿を傍聴人の目に触れさせることは避けるべきであるという事情」という判断基準も不明確であり、実際、平成5年通知によって法廷出入口の外で手錠・腰縄が外された事例はほぼ皆無であるから、同通知はほとんど全く機能していない。
そこで、最高裁判所事務総局刑事局が、当初、法廷外で手錠の解錠・施錠を行うよう打診していたという歴史的経緯を再認識した上で、「公判廷」(刑事訴訟法287条1項)を物理的な法廷の場と解釈して、入退廷時にも身柄不拘束原則を適用するという運用にしなければならない。
第5 手錠・腰縄国賠訴訟判決
入退廷時の手錠・腰縄使用の違憲性を訴える国賠訴訟が複数提起されてきたが(大阪地裁、京都地裁・大阪高裁、広島地裁・広島高裁・最高裁)、いずれも国賠法上の違法は認められず、全ての原告が敗訴している。
しかし、その中でも、2019(平成31)年5月27日大阪地裁判決(判例タイムズ1486号230頁)は、入退廷時の手錠・腰縄使用に関する人権侵害性及び運用改善に言及している。
すなわち、「現在の社会一般の受け取り方を基準とした場合、手錠等を施された被告人の姿は、罪人、有罪であるとの印象を与えるおそれがないとはいえない」「手錠等を施されること自体、通常人の感覚として極めて不名誉なものと感じることは、十分に理解される」「手錠等についての社会一般の受け取り方を基準とした場合、手錠等を施された姿を公衆の前にさらされた者は、自尊心を著しく傷つけられ、耐え難い屈辱感と精神的苦痛を受けることになることも想像に難くない」「確定判決を経ていない被告人は無罪の推定を受ける地位にあること」などに鑑み、「個人の尊厳と人格価値の尊重を宣言し、個人の容貌等に関する人格的利益を保障している憲法13条の趣旨に照らし、身体拘束を受けている被告人は」「手錠等を施された姿をみだりに公衆にさらされないとの正当な利益ないし期待を有しており、かかる利益ないし期待についても人格的利益として法的な保護に値するものと解することが相当である。」と判示した。
そのうえで、運用の在り方について、「公判期日が開かれる法廷への入退廷に際して、手錠等を施された被告人の姿を傍聴人の目に触れさせないようにするための具体的な方法について検討すると、現在の我が国の裁判所における法廷施設の状況を前提とするならば、①法廷の被告人出入口の扉のすぐ外で手錠等の着脱を行うこととし、手錠等を施さない状態で被告人を入退廷させる方法、②法廷内において被告人出入口の扉付近に衝立等による遮へい措置を行い、その中で手錠等の着脱を行う方法、③法廷内で手錠等を解いた後に傍聴人を入廷させ、傍聴人を退廷させた後に手錠等を施す方法が考えられる。」と判示した。
このように大阪地裁判決は、一律に手錠・腰縄を使用する現状の運用を改善する上で、重要な意義を有している。
第6 適切な法廷警察権の行使
前述したように、入退廷時の手錠・腰縄使用は被告人等の基本的人権を侵害するから、入退廷時の被告人等にも刑事訴訟法287条1項(身体不拘束原則)の保障が及ぶと考えるべきである。
そもそも、刑事裁判に臨むために被告人等は裁判所に出頭し、公判で訴訟活動をする予定である以上、一般的に暴行や逃亡のおそれが高いとは言えないから、漫然と一律に手錠・腰縄を使用する必要性はない。
もし暴行・逃亡の緊急事態が生じた場合は、刑事施設職員(刑務官)のみならず、裁判所が配置する看守者(同287条2項)によっても対処可能であるし、裁判長が法廷警察権を行使して在廷命令その他相当な処分(身体拘束を含む)により対処可能である(同288条2項)。
この点、例外的に身体拘束が許容される「暴力を振い又は逃亡を企てた場合」(同287条1項但書)とは、現実に暴行行為に及びまたは逃亡行為を実行に着手した時点と解釈されるべきであり、かつ、身体拘束の比例原則やマンデラ・ルール(48条1項)に鑑みると、必要やむを得ない場合以外は、手錠・腰縄を使用しないようにしなければならない。
裁判官は憲法尊重擁護義務(憲法99条)を負っている以上、被告人等の基本的人権を尊重するため、適切に法廷警察権を行使して、原則として入退廷時の手錠・腰縄を使用することを止めるべきである。
第7 立法・制度整備の必要性
そもそも、刑事被収容者処遇法成立時(2006(平成18)年6月)の附帯決議では「拘禁されている被告人が法廷に出廷する際には、逃走等の防止に配慮しつつ、…捕縄・手錠を使用しないことについて検討すること」(参議院附帯決議第十一項)が明記されていた。
被告人等に対して手錠・腰縄を使用しないよう弁護人が申入れをしても、ほとんどの裁判官は何らの措置もしない状況であるため、裁判官による被告人等の人権保障を基本に据えた適切な法廷警察権の行使は期待できない状況である。
裁判官が、広範な裁量権を理由に被告人等の入退廷時に手錠・腰縄を使用する運用を続け、被告人等に対する人権侵害をなくすことに全く努力も配慮もしない以上、かかる人権侵害状況を抜本的に解決するためには、立法でもって新たに明文を設けなければならない。
具体的には、現在の刑事訴訟法287条1項と同様、入退廷時における身体不拘束原則を明記した規定として、「被告人の入退廷時においても前条の例による。」(287条の2)を新設すべきである。
また、被告人等の入退廷時に手錠・腰縄を使用しないための施設整備として、例えば、手錠・腰縄の着脱が可能な待機室やスペース等の設置がなされるべきである。
他方で、入退廷時の被告人等に手錠・腰縄を使用しない場合、暴行・逃亡の懸念が指摘されるところであるが、暴行・逃亡防止については物的・人的整備を講じることで対処が可能であるから、暴行・逃亡の懸念を理由に入退廷時の被告人等に手錠・腰縄を使用する運用を続けることは、到底許されない。
第8 結語
刑事法廷内における入退廷時の被告人等に対する手錠・腰縄の使用は、法曹三者が日常的に目にしながらも、その人権侵害性を見過ごしてきたと言わざるを得ず、手錠・腰縄問題は早急に改善されなければならない。
よって、刑事公判廷の入退廷時における被告人等の基本的人権を保障するため、決議の趣旨で述べたとおり、裁判官に対しては、原則として入退廷時に手錠・腰縄の使用をやめること、国に対しては、入退廷時にも身体不拘束原則が及ぶことを明記した規定を刑事訴訟法改正により追加すること、国及び裁判所に対しては、入退廷時の被告人等に手錠・腰縄を使用しないための施設整備を求める。
また、当会は、本決議をもって、早急に手錠・腰縄問題を解決するべく、手錠・腰縄使用の人権侵害性を広く知らしめるとともに、裁判所への申入活動の活性化など様々な取り組みを積極的に推進していき、被告人等の基本的人権の擁護に努めることをここに決意する次第である。

以上

暴力団被害者の支援の拡充を求める決議

カテゴリー:決議

決議の趣旨
 当会は、以下のとおり、暴力団等による組織的な犯罪行為の被害者(以下「暴力団被害者」という。)に対する支援の拡充を求める。
1 福岡県に対し、暴力団被害者に対する居住支援、雇用支援その他の日常生活支援を拡充すること。
2 国に対し、暴力団等に対する求償訴訟の積極的な活用や、立替払制度・回収制度、適格団体訴訟制度の拡張といった暴力団被害者の被害回復に関する抜本的な救済制度を創設するなどの暴力団被害者に対する被害回復支援を拡充すること。

2024(令和6)年5月24日

福岡県弁護士会
決議の理由
第1 福岡県における暴力団被害の実情と課題
 福岡県には、全国最多の5つの指定暴力団の本拠が存在し、長年にわたり、暴力団の存在や活動が市民の安全で平穏な生活の大きな脅威となっており、実際に一般の市民が暴力団同士の対立抗争に巻き込まれ、あるいは暴力団の標的となり殺傷等の被害を受ける事件も多数発生している。そのため、当会の民事介入暴力対策委員会に所属する会員有志らは、このような暴力団被害者の代理人として、暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律(以下「暴対法」という。)第31条の2に基づく指定暴力団の代表者等の損害賠償責任を追及する訴訟(以下「組長責任訴訟」という。)を提起するなど、これまで暴力団被害者の被害回復に取り組んできたところである。
 そして、福岡県においても、福岡県暴力団排除条例第9条に基づき、組長責任訴訟を提起し、又は提起しようとする者に対し、訴訟費用に充てる資金の貸付けを行うなどの必要な援助を行ってきたところであり、かつ、2023年度には、暴力団等(なお、本決議において、「暴力団等」とは暴対法第2条第2号に規定する暴力団のほか、いわゆる準暴力団(暴力団のような明確な組織構造は有しないが、犯罪組織との密接な関係がうかがわれるもの)を含む概念として用いている。)が関与する特殊詐欺等の組織犯罪に関し、弁護士の調査費用を調査委託費として公費で負担する全国初の取り組みを開始するなど先進的に暴力団被害者の被害回復に取り組んできたところである。
 しかしながら、暴力団被害は、暴力団等の凶悪かつ強大な組織によって引き起こされるものであるから、仮に実行犯が検挙されたとしても、被害申告や捜査協力に対する報復や証人威迫、口封じといった組織を通じての再被害(被害者が加害者より再び危害を加えられること)に対する不安が直ちに払拭されるものではないという特性がある。
 そのため、暴力団被害者の中には、当該暴力団等の影響力の少ない遠隔地への転居を余儀なくされ、あるいはそれまでの就業先を失わざるを得ないなどの大きな経済的負担を被ることもある。
 また、同様の理由により暴力団被害者がその被害回復を求めて自ら組長責任訴訟等の法的手続をとることは容易ではなく、さらに仮に民事訴訟で勝訴判決を得ても、その回収は困難を極める実情がある。
このように、暴力団被害者の被害は重大であるにも関わらず、被害回復は困難を極めるから、暴力団被害者に対する十分な支援が必要である。
第2 暴力団被害者に対する日常生活支援拡充の必要性
1 居住に関する支援
 暴力団被害者が犯罪被害者(犯罪及びこれに準ずる心身に有害な影響を及ぼす行為により害を被った者及びその家族又は遺族。以下「犯罪被害者等」という。)である場合、暴力団被害者についても福岡県における一時避難場所の確保に係る公費支出制度の利用や各自治体が行う公営住宅への入居に関する優遇措置などは利用可能であるが、暴力団被害者は当該暴力団等が存在する限り再被害の不安を払拭できないから、一時避難場所の提供では支援として不十分であるし、公営住宅では暴力団等からの保護対策の観点上安全な環境とは言い難く、暴力団被害者に対する居住支援としては不十分である。また、福岡県は、2023年4月1日、殺人や傷害等の故意の犯罪行為により死亡した犯罪被害者の遺族、又は重傷病を負った犯罪被害者が、当該犯罪行為が行われた時に福岡県内に住所を有する場合、見舞金を支給する制度を創設しており、このような見舞金は犯罪被害者等の転居費用にも充てられることが想定されるが、遺族見舞金は30万円、重傷病見舞金は10万円にとどまっており、犯罪被害者等が暴力団被害者で、当該暴力団等の影響力の少ない遠隔地への転居を余儀なくされる場合には、到底十分な金額とはならない。
 そこで、例えば、上記見舞金支給制度を拡充し、暴力団被害者を含む犯罪被害者等が遠隔地に転居することが相当な場合には、実際にかかった転居費用を追加して補助する等の暴力団被害を含む犯罪被害の実情に沿った居住支援制度の拡充が必要である。
2 雇用に関する支援
 暴力団被害者は、心身に重大な被害を受け就業困難に陥り、あるいは暴力団等による再被害をおそれて遠隔地に転居するなどすることで、転職や廃業を余儀なくされる場合がある。しかし、このような暴力団被害者の雇用の維持及び確保に関する支援としては、就職支援センターにおける就職支援などの一般的な福祉制度を利用するほかなく、暴力団被害者の被害の実情を鑑みれば、暴力団被害者に対する雇用支援としては不十分である。そこで、暴力団被害者を含む犯罪被害者等やこれらの者を雇用する企業に対する給付金・補助金の支援制度や、遠隔地での就業を希望するこれらの者に就業先を紹介する等の支援をするための広域連携協定の締結といった暴力団被害を含む犯罪被害の実情に沿った雇用支援制度の創設が必要である。
3 その他の支援
 暴力団被害者は、心身に重大な被害を受けることが多く、治療やカウンセリングのための医療費の負担が生じるほか、再被害の不安や保護対策を受けることとの関係上、日常生活にまで不自由が生じることが多い。また、暴力団被害は被害者本人のみならず、その家族や関係者に対しても及ぶことがあり、支援は被害者本人のみならず家族や関係者に対しても必要となる。
 しかし、医療、家事、育児、介護あるいは教育等の日常生活面において、暴力団被害者特有の支援制度はとくに存在せず、支援者側の安全の確保等の観点から民間支援団体による支援につなげることすら難しい現状がある。
 そのため、このような暴力団被害を含む犯罪被害の実情に沿った医療、家事、育児、介護あるいは教育等の日常生活面における支援のさらなる拡充を実現するべきである。また、それにあたって、暴力団被害者の支援の担い手となる民間支援団体等に対する警察による保護対策の強化や担い手の確保等にも取り組むべきである。
第3 暴力団被害者の被害回復支援の拡充の必要性
1 暴力団被害者が自ら損害賠償請求訴訟を提起することの困難さ
 福岡県における訴訟費用に充てる費用の貸付制度等をもってしても、暴力団被害者の再被害に対する不安に鑑みると、暴力団被害者が自ら組長責任訴訟等を提起することは困難を極める。そのため暴力団被害者の被害回復支援の拡充が必要である。
2 国の求償訴訟の積極的活用の提言
 犯罪被害者等に対する国の被害補償制度としては、犯罪被害者等給付金の支給等による犯罪被害者等の支援に関する法律(以下「犯給法」という。)に基づく犯罪被害給付制度が存在し、暴力団被害者についても同制度による支援を受けることが可能である。そして、犯罪被害給付制度では、国は、その支給した犯罪被害者等給付金(以下「犯給金」という。)の限度において、当該犯給金の支給を受けた者が有する損害賠償請求権を取得することになる(犯給法第8条2項)。しかし、これまで国が実際にこの求償権を加害者側に行使した例は僅かにとどまっているようである。その理由については、求償権を行使しても加害者が無資力などで回収困難な場合が多いことや犯罪被害者等の救済を優先するためと考えられている。
 しかしながら、暴力団被害については、資力のない実行犯等のみならず、民法第715条に基づく使用者責任を追及する訴訟や組長責任訴訟を暴力団の代表者等に対して提起することが可能な場合があり、そのような場合には回収可能性が認められることも多い。とすれば、暴力団被害の場合に国が求償権を行使しない理由はないといえる。むしろ国が求償権を積極的に行使しないのであれば、かえって暴力団側に不当な利益を与えることになりかねず、暴力団の不当な活動を助長するおそれすらある。
 また、犯罪被害給付制度により暴力団被害者の全ての被害が補償されるものではないため、暴力団被害者の被害回復には犯罪被害給付制度の拡充もあわせて必要となるが、少なくとも国が積極的にこのような求償訴訟を提起すれば、暴力団被害者が単独で組長責任訴訟等を提起する場合と比較して、民事訴訟提起に伴う暴力団被害者の不安が緩和される効果が生じることが期待できる。
3 立替払制度・回収制度の創設等の提言
 日弁連の2023年3月16日「犯罪被害者等補償法制定を求める意見書」は、国が犯罪被害者等に対する経済的支援を拡充するため、①加害者に対する損害賠償請求により債務名義を取得した犯罪被害者等への国による損害賠償金の立替払制度、②加害者に対する債務名義を取得することができない犯罪被害者等への補償制度、の2つを柱とし、現行の犯給法による経済的支援を包摂した新たな犯罪被害者等補償法を制定するべきとする。
 同意見書は、意見の理由として、犯罪被害者等が受ける経済的被害の実情や犯罪被害給付金制度が不十分であることを指摘するが、このような指摘は、まさに暴力団被害者にも強く妥当するといえる。
 そして、これまでは、暴力団被害者については、組長責任訴訟等を提起することで損害賠償を受けることが可能であったが、暴対法や各地の暴力団排除条例等に基づく暴力団対策の強化により、将来、暴力団等の活動の匿名化・非公然化が進む危険性も指摘されており、その場合、暴力団の代表者等に対する勝訴判決を得ても、任意の弁済を受けることは期待し難く、また財産の隠匿等により強制執行も困難になるなど、現実の回収に至らない例が増加することが危惧される。
 そのような場合、組長責任訴訟等により暴力団の代表者等に対する債務名義を取得した暴力団被害者への国による損害賠償金の立替払制度や、債務名義を取得した後の債権回収を暴力団被害者が国の機関に委託する回収制度の創設は、いずれも有益であり、暴力団被害者の支援に資するものとなる。
 日弁連の上記意見書では、参考として、スウェーデンにおける強制執行庁による債務名義に基づく損害賠償金の回収制度が挙げられているが、国としては、このような制度を参考として早期に国による損害賠償金の立替払制度や回収制度を検討するべきである。
4 適格団体訴訟制度の拡張の提言
 暴対法第32条の4第1項は、適格都道府県センターに対し、当該都道府県の区域内に在る指定暴力団等の事務所の使用により付近住民等の生活の平穏又は業務の遂行の平穏が害されることを防止するための事業を行う場合において、当該付近住民等で、当該事務所の使用によりその生活の平穏又は業務の遂行の平穏が違法に害されていることを理由として当該事務所の使用及びこれに付随する行為の差止めの請求をしようとするものから委託を受けたときは、当該委託をした者のために自己の名をもって、当該請求に関する一切の裁判上又は裁判外の行為をする権限を有すると定めている(いわゆる適格団体訴訟制度)。暴力団被害者は暴力団からの報復をおそれ、暴力団に対する法的手続を躊躇する傾向にあるため、このような適格団体訴訟制度は暴力団被害者の保護に資するといえるが、現行法では、指定暴力団等の事務所使用差止請求にしか活用できない。そこで、消費者裁判手続特例法における被害回復関係業務に係る規律を参考に新たな立法的枠組みを創設するなどして、組長責任訴訟やそれを債務名義とする強制執行手続においても適格都道府県センターに訴訟担当適格や執行担当適格を認めることで、暴力団被害者の被害回復を容易にすることも考えられるところである。
第4 結語
 以上のとおりであるから、当会は、暴力団被害者を支援するため、第一に、福岡県に対し、暴力団被害者に対する居住支援、雇用支援その他の日常生活支援を拡充すること、第二に、国に対し、暴力団等に対する求償訴訟の積極的な活用や、立替払制度・回収制度、適格団体訴訟制度の拡張といった暴力団被害者の被害回復に関する抜本的な救済制度を創設するなどの暴力団被害者に対する被害回復支援を拡充することを求める。

以上

刑事身体拘束手続に関する裁判所の運用改善を求める決議

カテゴリー:決議

(決議の趣旨)
  当会は、「人質司法」という言葉に代表される日本の刑事身体拘束を巡る問題を改革するために、以下のような裁判所及び裁判官の運用改善を求める。
(1)各裁判官に対して
  ア 勾留質問において勾留理由に関する具体的な質問をするなどして実質的な勾留質問を行い、これを適切に勾留質問調書に記載する運用とすること。
  イ 勾留質問への弁護人の立会いを認める運用とすること。
  ウ 勾留の判断にあたっては、防犯カメラの普及や科学技術・IT技術の進展、各人がスマートフォン等の電子機器によって容易に録画録音が可能となる等、勾留理由が認められにくくなった社会変化を前提に、身体不拘束の原則や比例原則も踏まえて勾留理由を厳格に判断する運用とすること。
(2)最高裁判所に対して
  ア 勾留質問調書の参考書式について罪証隠滅や逃亡のおそれなどの勾留理由に関する具体的な質問を促すものに変更すること。
  イ 勾留質問に際しては、被疑事実に関する陳述の聴取に留まらず、必要な範囲で勾留理由の有無を判断するのに必要な事情を聴取すべきであることを各裁判所に通達又は通知すること。

2024(令和6)年5月24日

福岡県弁護士会
(決議理由)
1 日本における刑事身体拘束手続の問題
(1)憲法34条は「何人も、正当な理由がなければ、拘禁されず、要求があれば、その理由は、直ちに本人及びその弁護人の出席する公開の法廷で示されなければならない。」と規定している。
   これを受けて刑事訴訟法では、逮捕要件や勾留要件を定めた上で、逮捕や勾留について裁判所による令状審査を要求した上で、特に勾留に当たっては、裁判官が直接被疑者・被告人に面談する勾留質問の手続を経なければならないと定めている。
   また、日本も批准する国際人権(自由権)規約9条3項は、逮捕・抑留された者は、司法機関の面前に速やかに引致され、引致後「妥当な期間内に裁判を受ける権利又は釈放される」権利を有することを保障し、「裁判に付される者を抑留することが原則であってはなら」ないと定め、身体不拘束の原則を明らかにしている。
(2)ところが、このような憲法や刑事訴訟法、そして国際人権(自由権)規約の定めがあるにも関わらず、実際には刑事訴訟法が歪曲された形で運用され、憲法が「正当な理由」を求め、刑事訴訟法が「罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由」を求める被疑者の勾留の要件について、実務においては、抽象的な「証拠隠滅のおそれ(=可能性)」として解釈し、安易に勾留が認められる傾向にある。
   そして、いったん勾留されれば、起訴前保釈制度がない中で最長23日間の長期にわたって身体拘束を余儀なくされ、起訴後も保釈が認められなければ判決まで身体拘束が続くことになる。
   特に、被疑者が否認するなど事実関係を争ったり、あるいは黙秘権を行使したりしている場合には、安易に「罪証隠滅のおそれ」を認めて勾留し、判決まで、あるいは証人の証拠調べ等が終わるまでは保釈も認められないことから、被疑者自身の身体の自由を人質として自白を強要する「人質司法」と呼ばれてきた。
   また、被疑者が罪を認めている事件で、罰金刑や執行猶予判決が見込まれ、実際には刑務所に収監されないようなケースでも、起訴前・起訴後の勾留が認められるケースは非常に多い。令和4年の司法統計年報を見ても、起訴後に勾留された人員総数(起訴後に保釈等で釈放された被告人も含む。)が32,308人であるのに対して、死刑及び実刑判決を受けた総数は14,184人に過ぎない。
   裁判で有罪になっても処罰としては身体拘束を受けないにも関わらず、捜査段階では身体拘束が認められるというのは、裁判を目的として捜査が行われるという制度上の関係から考えれば、明らかに異常なことである。
   しかし、検察官も裁判官も何ら疑問を持たずに安易に勾留が認められ、弁護人ですらその異常さに慣れてしまっている現状にある。
2 当会や日弁連の取り組み
(1)かかる日本の刑事身体拘束手続の問題に関しては、古くから当会も日本弁護士連合会も問題を指摘するともに、様々な宣言や決議をしたり、意見書をまとめたりしてきた。
   その後の刑事司法改革の中で、被疑者国選弁護制度の導入や拡大、裁判員裁判制度の誕生、公判前整理手続の導入、一部事件についての取調べの録画録音の義務付けといった法改正を伴う制度改革は行われてきた。
   しかし、刑事身体拘束に関する制度改革は特になされず、逆に2023(令和5)年には公判期日等への出頭及び裁判の執行の確保を目的とした刑事訴訟法改正がなされるような状況にある。
(2)このような状況の中で、埼玉弁護士会が全国に先駆けて2010(平成22)年から「被疑者の不必要な身体拘束に対する全件不服申立運動」を実施し、これが全国に広がっていった。
   九州弁護士会連合会においても各地でこの運動を開始し、当会では2017(平成29)年に北九州部会で先行して運動を始め、全県的にも当会の刑事弁護等委員会が呼びかける形で2018(平成30)年以降、本年に至るまで運動を実施してきており、勾留請求や勾留決定そのものを阻止したり、不服申立によって勾留決定が取り消されたりするなど、個々の弁護実践の中でも一定の成果を上げてきた。そして、2020(令和2)年9月には、当会の臨時総会において「刑事身体拘束手続に関する法改正と運用改善を求める決議」がなされ、勾留質問時の弁護人立会権の保障や勾留判断における比例原則適用を明記する刑事訴訟法の改正、勾留質問・勾留理由開示手続・勾留判断における運用改善を求めた。
   このうち、勾留質問の運用改善に関しては、勾留質問において罪証隠滅や逃亡のおそれなどの勾留理由に関する具体的な質問をするなどして実質的な勾留質問を行う運用や、勾留質問への弁護人の立会いを認める運用改善を求めた。
   そして、決議後には個々の事件において勾留質問の実質化や弁護人立会いを求める申入書を裁判官に提出するよう会員に呼びかけ、実際に少なくない事件で勾留質問の実質化や弁護人立会いを求める申入書が提出されてきている。
(3)このような取り組みの影響もあってか、2009(平成21)年までは1%を切っていた勾留請求却下率が急激に増加し、2014(平成26)年には2%を超え、2019(令和元)年には5%を上回るに至った。
   このような勾留請求却下率の動きは、一見すると裁判官が勾留判断を厳格に行うようになったようにも受け止められる。
   しかし、勾留請求却下率はその後減少に転じ、2022(令和4)年には4%を割り込んでいる。
   一方で、検察統計年報における在宅・身柄付を問わずに送検された被疑者(検察官逮捕を含み、自動車による過失致死傷等や道路交通法違反被疑事件は除く)に対して勾留が許可された件数の割合を見ると、1980(昭和55)年は約16%だったのに対して、年々割合が増えて行って2000(平成12)年から2003(平成15)年に30%を超えて倍近くになり、その後若干減ったものの、2011年(平成23)に再び増加に転じ、2012年(平成24)から2022(令和4)年まではずっと30%を超える状況が維持されている。
  送検された事件数全体に対する勾留許可件数の割合が倍近く増えているというのは、全く同じ基準で判断しているとすれば起こり得ない異常な増え方であって、勾留を許可するハードルが下がり、1980年頃であれば勾留が認められなかったようなケースでも勾留が認められるようになってしまっていると考えざるを得ない。
  この間、勾留の要件に関する法改正はないのであり、そうである以上、勾留判断に関する裁判官の運用が変わってきたとしか評価できない。
  そして、上述したとおり2014年(平成26)以降は勾留請求却下率が増えているものの、送検された事件数全体に対する勾留許可件数の割合は30%以上のままであることからすれば、検察官が以前よりも広く勾留請求するようになったため勾留請求却下率が増えていたとも捉えられ、勾留判断に関する裁判官の運用改悪の状況に変わりはないといえる。
  こうした状況の中、2020(令和2)年3月11日に、そもそも犯罪が成立しない事案について、会社の代表者らが逮捕・勾留され、検察官による公訴提起が行われ、約11か月もの間身体拘束された後、公訴提起から約1年4か月経過し第1回公判の直前であった2021(令和3)年7月30日に検察官が公訴取消しをするという、えん罪事件が発生した(大川原化工機事件)。勾留中に被告人のうち1名に重篤な病気が判明するも、保釈が認められず、後に勾留執行停止になるが、死亡するなどの重大な結果も生じており、2023(令和5)年12月27日、東京地裁は、警視庁公安部の警察官による逮捕および取調べ、ならびに検察官による勾留請求および公訴提起が違法であると認定し、被告国と東京都に対して約1億6200万円の支払いを命じる判決を出した。
   人質司法の問題が現在も続いていることを示している事案であって、人質司法が人の命まで奪うような重大な問題であることを表している。
3 勾留判断や勾留質問に関する運用改善の必要性
(1)以上述べてきたとおりであって、刑事身体拘束の問題の本質は改善されておらず、法改正による抜本的な改革が必要であって、当会としても刑事身体拘束に関する法改正を求めていくことに変わりはない。
  しかしながら、法改正には相当の時間がかかる一方で、被疑者・被告人の身体拘束による不利益は日々刻々と生み出されており、上記大川原化工機事件のような悲劇を繰り返さないためにも、このような事態は運用面において直ちに解消されなければならない。
   そこで、法改正を目指した粘り強い運動については継続していきつつも、勾留判断や勾留判断に直結する勾留質問に関しては、運用の改善を求めていくことが早急に必要であることから、下記のような運用改善を求めることとした。
(2)必要な運用の改善
  ア 勾留質問の実質化
    刑事訴訟法61条は、勾留の判断にあたって勾留質問することを裁判官に義務付けている。
    そして、勾留判断の前提としてなされる以上、勾留質問においては、単に犯罪事実に関する意見、陳述を聞くだけではなく勾留理由(勾留要件)に関する意見、陳述も聞くことが当然の前提となっている(最高裁判所判例解説刑事篇昭和41年度193頁(最高裁判所昭和41年10月19日第三小法廷決定)、注解刑事訴訟法上巻[全訂新版]214頁以下)。
    したがって、本来勾留質問においては、勾留理由に関する陳述を聞くために、罪証隠滅を疑うに足りる相当な理由の判断要素(被害者、目撃者、共犯者との関係性や逮捕までの接触の有無)や逃亡を疑うに足りる相当な理由の判断要素(家族、仕事、住居関係や任意聴取の求めが事前にあったか否か)などについての具体的質問が必要なはずである。
    ところが、現在の勾留質問は、もっぱら被疑事実そのものに関する弁解について質問されているだけで、罪証隠滅や逃亡のおそれに関する具体的な質問はほとんどなされておらず、勾留の判断のための手続として刑事訴訟法が予定している勾留質問手続が単なる形式的な手続となり、形骸化してしまっている。
    このような形骸化した勾留質問が行われている背景事情として考えられるのは、刑事訴訟法61条が「被告人の勾留は、被告人に対し被告事件を告げこれに関する陳述を聴いた後でなければ、これをすることができない。」と規定し、勾留理由に関する質問について明記されてないことに加え、最高裁判所が作成して各裁判所に配布している勾留質問調書の参考書式が、もっぱら被疑事実そのものに関する弁解についての回答だけを記載すれば足りるかのような書式になっていることも大きな影響を与えていると考えられる。
    すなわち、勾留質問調書の参考書式では、調書作成の効率化のためか、裁判官からの説明部分や質問部分は最初から印字されており、空欄となって回答が予定されているのは、①被疑者の氏名・年齢・生年月日・住居・本籍・職業、②被疑事実そのものに対する弁解内容、③勾留通知先だけとなっている。
したがって、この参考書式のとおりに説明や質問を行えば、罪証隠滅や逃亡のおそれに関する質問をすることはないし、あえてこれらの事情について質問をして回答を得た場合、この書式自体にはその内容を記載するスペースはなく、わざわざ別紙を用意して別紙の方に自由記載の形で勾留理由に関する質問や回答内容を記載しなければならない。
このような参考書式が準備され、これを用いた勾留質問が一般化してしまえば、勾留質問においてもっぱら被疑事実そのものに関する弁解しか質問されず、逃亡や罪証隠滅のおそれに関する具体的な質問はほとんどなされない運用が定着してしまうのも無理からぬところがあると言える。
    かかる勾留質問手続の形骸化は、勾留要件に関して具体的な事情に踏み込んで判断する姿勢を失わせ、抽象的な理由でしか判断できず、安易に勾留を認めるという結果に結びついてしまいかねない。
    勾留理由に関する具体的な質問なしに、勾留理由について適切な判断をすることができるはずがないのだから、本来の憲法及び刑事訴訟法の趣旨に則って、裁判官が勾留理由に関する具体的質問をするなどして実質的な勾留質問をするよう運用が改善されるべきである。
    そして、それを促すためにも、最高裁判所は、現在作成・送付している勾留質問調書の参考書式について、「同居者の有無やその扶養の状況」「住居の所有・賃貸の別や居住年数」「勤続歴や就労状況、職場での立場」「被害者との面識の有無、住所や連絡先についての認識」「目撃者等の関係者との面識の有無、住所や連絡先についての認識」などの項目を列挙するなどして改訂し、罪証隠滅や逃亡のおそれに関する具体的な質問が必要であることを示すとともに、質問に漏れが生じにくいような工夫を行うべきである。
    そして、最高裁判所は各裁判所に対して、勾留質問に際しては、被疑事実に関する陳述の聴取に留まらず、必要な範囲で勾留理由の有無を判断するのに必要な事情を聴取すべきであることを通達し、あるいは通知するべきである。
  イ 勾留質問への弁護人の立会いの許可
    現在の刑事訴訟法では、勾留質問への弁護人の立会いに関する規定は存在せず、勾留質問への弁護人の立会いを申し入れても、立会いが認められないケースがほとんどである。
    しかし、憲法34条が被疑者の勾留に関して、「要求があれば、その理由は、直ちに本人及びその弁護人の出席する公開の法廷で示されなければならない。」としていることからすれば、非公開の場とはいえ、勾留質問の段階で勾留の理由を説明することは憲法34条の趣旨に適う制度・運用であると言えるし、これに対する被疑者や弁護人の意見をその場で聴取することができれば、より慎重に勾留の判断をすることができ、無用な被疑者の身体拘束を避けることができる。
    この点、当番弁護士制度や被疑者国選弁護制度が普及するまでは、被疑者段階で弁護人が選任されること自体が少なく、まして勾留質問段階で弁護人が選任されていることは期待できない面があった。しかし、当番弁護士制度が普及した上に、被疑者国選弁護の対象が勾留された全事件に拡大され、逮捕段階から弁護人が関与するケースが大幅に増加した現在、勾留質問に弁護人が立ち会うことが可能なケースは大幅に増えている。
    このような弁護人を巡る状況の変化に加え、勾留質問手続の形骸化を防ぎ、憲法34条の趣旨に沿って無用な被疑者の身体拘束を避けるためには、本来、勾留質問時の弁護人の立会権を保障するよう刑事訴訟法を改正すべきであるが、現行の刑事訴訟法においても弁護人の勾留質問への立会いを禁止する規定はなく、改正を待たずとも、裁判官において弁護人の勾留質問への立会いを認めることは可能である。
    実際に、過去には勾留質問への弁護人の立ち会いを認めた例もある。
    一方で、弁護人は、勾留質問の時点ですでに被疑者のみならず家族や関係者から一定の事情を聞いており、勾留要件に関する事情も把握しており、勾留質問への弁護人の立会いが認められれば、裁判官による勾留質問に付随して勾留要件に関する事情を補足したり、勾留理由開示や準抗告を待たずに勾留理由に関する弁護人の意見を述べたりすることができ、裁判官はそれらの補足事情や弁護人意見も踏まえて、より適正に勾留の判断を行うことが可能となる。
    したがって、勾留質問への弁護人立会いを許可するよう裁判官における運用が改善されるべきである。
ウ 社会変化を前提とした比例原則等を踏まえた勾留に関する厳格な判断
上述したとおり、送検された事件総数に対する勾留許可件数の割合は、1980年頃に比べて倍近くとなっている。
この間の社会変化が犯罪捜査や刑事裁判に与えた影響は大きく、防犯カメラが普及して様々な場所に設置され、また防犯カメラそのものやデータ保存方法や保存媒体が発展したこともあり、防犯カメラ映像は犯人検挙や公判立証に欠かせないものとなっている。
また、スマートフォンの普及により、GPS機能や基地局情報などから特定日時にどの場所にいたかの特定が容易になり、スマートフォン自体の機能を用いて誰でもいつでも容易に録画録音が可能になり、これらの情報や映像・音声も犯人検挙や公判立証に役立っている。
その他、従来の指紋や足跡痕等に頼った科学的な犯人特定方法についても、DNA鑑定や顔貌を含む画像鑑定等の発展により、様々な形での情報取得ができるようになっている。
それに加えて情報化社会の進展により、銀行取引を含む様々な取引が電子化・オンライン化される一方、口座開設や携帯電話の契約など様々な場面で本人確認が必要となり、身分を隠したまま生活を送ることの困難さはより増しているといえる。
このような現代社会では、逃亡を試みたとしても防犯カメラやスマートフォン、銀行取引その他の取引情報などから、居場所は特定され、仮に逃亡自体に成功したとしても長期間の逃亡生活を送ることは極めて困難で、それまでの利便性の高い生活の多くを犠牲にせざるを得ない。
    かかる社会変化を踏まえれば、普通の社会生活を送っている人であれば、パニック状態となって一時的に逃げ出すことはあっても、逃亡して訴追を逃れ続けようとする可能性が1980年頃と比べて大きく低下していることは明らかである。
    また、罪証隠滅のおそれという観点から考えても、被害者や目撃者等の関係者への働きかけをしようとしても、誰もが常にスマートフォンを保有している現代では、その働きかけの行為自体が相手や周囲に録画録音され、かえって罪を重くする結果となるリスクが高いのであり、そのようなリスクを負って証拠隠滅を図るとは考え難く、少なくとも1980年頃と比較すれば罪証隠滅のおそれは相対的に低くなっているはずである。
    つまり、この間の社会変化を前提とすれば、1980年頃と比べて勾留理由は認められにくく、勾留されにくくなってきているはずである。
    にもかかわらず、実際には送検事件総数に対する勾留許可の割合が逆に倍近く増加しているというのは、上記のような社会変化を考慮せず、逆に勾留判断のハードルを下げてしまっているからとしか考えられない。
    いずれにせよ、勾留理由を判断するに当たっては、上記のような社会変化を踏まえて具体的に判断する必要がある。
    また、日本も批准する国際人権(自由権)規約9条3項は、身体不拘束の原則を明らかにしているが、日本での起訴時点での身体拘束率は7割を超えているのであって、身体不拘束の原則から外れてしまっていると言わざるを得ない。
    この点、1990(平成2)年の「犯罪防止と犯罪者処遇に関する第8回国際連合会議」での「未決拘禁に関する決議」では、「未決拘禁は、自由の剥奪が、容疑犯罪及び予想される刑罰に比して不均衡となる場合には、命じられないものとする。」として、未決拘禁において比例原則が適用されることを明らかにしている。
    比例原則自体は、日本の行政法や刑事訴訟法でも認められている基準であり、憲法において勾留に「正当な理由」が要求されていることからしても、日本における勾留の判断においても比例原則が適用されるはずである。
    しかし、上述したとおり、比例原則の観点からすれば原則として勾留が許されないはずである罰金刑や執行猶予刑が見込まれるような被疑者や被告人について勾留が認められるケースが多いのが実情であり、現在の裁判実務では勾留判断において比例原則を極めて軽視した判断がなされていると言わざるを得ない。
    したがって、勾留の判断において、社会変化によって逃亡や罪証隠滅のおそれが相対的に低くなっているという現状認識を前提として、身体不拘束の原則や比例原則が適用されることを踏まえて、勾留理由について厳格に判断するよう裁判官における運用が改善されるべきである。
4 結語
  そこで、当会としては、上述したような運用改善を、各裁判官と最高裁判所に求める。
  また、当会としては、今後もシンポジウム等を通じて刑事身体拘束に関する法制度の改革や運用改善の必要性を広く市民と共有していくとともに、個別の弁護活動における勾留質問の実質化や勾留質問への弁護人の立会い、準抗告等の勾留に対する不服申立を積極的に行っていく運動や取り組みを通じて、法改正や運用改善を引き続き目指していく所存である。

以上

再審法の改正を求める決議

カテゴリー:決議

 当会は、国に対し、えん罪被害者の迅速な救済のため、再審に関する諸規定(刑事訴訟法第4編)の改正を速やかに行うよう求めるとともに、改正にあたっては少なくとも以下の事項を盛り込むよう強く求める。
1 再審請求手続における手続規定の整備
2 再審請求手続における証拠開示の制度化
3 再審開始決定に対する検察官の不服申立ての禁止

2023年(令和5年)9月13日

福岡県弁護士会 

決議の理由
第1 はじめに
 えん罪、すなわち誤った有罪判決によって人を処罰することが、国家による最大の人権侵害の一つであることは論を俟たない。刑事裁判も人が行う営みの一つである以上、誤判の危険性は常にある。このような誤判によって有罪の確定判決を受けた者(えん罪被害者)を救済する最終、そして唯一の手段が再審制度なのである。
 それにもかかわらず、日本においては、再審請求審が長期にわたることが多いことに加え、そもそも、再審開始決定が出されること自体が極めて稀なこととなっている。
 その原因は複数考えられるが、大きな原因となっているのが、再審請求手続における手続規定の不備、証拠開示制度の未整備、そして、再審開始決定に対する検察官不服申立てが認められている点である。
第2 再審請求手続における手続規定について
 現行刑事訴訟法上、再審に関する規定(第4編再審)は僅かしか存在しない。
 特に、再審請求審に関しては、刑事訴訟法445条及び刑事訴訟規則286条しか存在しないため、証拠開示、三者協議の実施及び新規証拠の明白性を判断するための事実の取調べ等の具体的な審理のあり方については、裁判所の広範な裁量に委ねられており、手続のあらゆる面で統一的な運用がなされていない。
 そのことが、裁判所によって、手続自体そのものの進め方や、証拠開示に対する対応に甚だしい相違が生じるなど、いわゆる「再審格差」といわれる事態を招いている。
 再審請求手続における再審請求人の手続保障を図るとともに、裁判所の公正かつ適正な判断を担保するためには、後述する証拠開示の制度化に加え、進行協議期日(再審請求手続期日)開催の義務化、事実取調べ請求権の保障等をはじめとする、明確で充実した手続規定を早急に整備することが必要不可欠である。
第3 再審請求手続における証拠開示の制度化について
 通常審においては、2004年改正刑事訴訟法において公判前整理手続及び期日間整理手続に付された事件での類型証拠開示や主張関連証拠開示の制度が新設され、2016年改正刑事訴訟法において証拠の一覧表の交付制度が新設されるなどしており、決して十分とは言えないものの、証拠開示制度は着実に前進している状況がみられる。
 これに対し、現行の刑事訴訟法第4編の再審に関する規定には、証拠開示に関する規定は何ら設けられていない。そのため、再審請求手続において、弁護人の証拠開示請求に応じた証拠開示がなされるか否かは、裁判所の裁量に基づく個別の訴訟指揮及び検察官の対応に委ねられている。しかし、えん罪被害者が救済される唯一の制度である再審請求手続において、裁判所の証拠開示の判断、あるいは検察官の対応によって結論が変わるなどということは、絶対にあってはならないことである。
 この点、布川事件、袴田事件及び大崎事件等多くの再審請求審において、捜査機関の手元にある重要な証拠が開示され、それらが突破口となって再審の扉を開いたものも少なくない。
 また、証拠開示が実現した事件であっても、開示までに不当に長い年月を要したもの、捜査機関が長きにわたり証拠を隠蔽していたと疑われるものなど、迅速かつ適切に証拠開示が行われていたわけではない。
 当会においても、現在、再審請求手続が行われているいわゆる「マルヨ無線事件」において、裁判所からの証拠開示勧告に対し、検察官が「不存在」と回答した証拠が、後になって開示されるといったことがあり、全国的にも大きく報道された。また、いわゆる「飯塚事件」においては、裁判所が、検察官に対し、証拠品のリストを開示するよう勧告したにもかかわらず、検察官が勧告に応じないという事態が生じているとの報告もある。この両事件での問題は、再審請求手続における証拠開示制度の不備に起因する点で共通している。
 このように、適時適切な証拠開示がなされないことが再審請求手続の長期化の一因となっており、ひいては、えん罪被害者の迅速な救済を阻害しているのであるから、充実した証拠開示制度の創設は急務である。
 さらに、2016年改正刑事訴訟法においては法制化には至らなかったものの、附則9条3項では、政府は改正法公布後、必要に応じて速やかに再審請求手続における証拠の開示について検討するものと規定された。しかし、未だに再審請求手続における証拠開示の制度化は実現していないばかりか、新たな証拠が発見された例なども生じ、証拠開示の重要性、必要性が強く認識されたにもかかわらず、検討の緒にすらついていない。
第4 再審開始決定に対する検察官の不服申立ての禁止について
 これまで多くの再審事件において、検察官が、再審開始決定に対して不服申立てを行い、再審開始決定の確定まで長期間を要する事態がみられ、再審請求審が長期化し、えん罪救済が遅れる大きな原因となっている。
 そもそも、再審制度が利益再審のみしか認めていないことに鑑みれば、再審請求手続における検察官の役割は「公益の代表者」として裁判所が行う審理に協力する立場に過ぎず、一度、再審開始の判断が出されたにもかかわらず、検察官に再審開始決定に対する不服申立権を認める理由はないはずである。
 また、再審開始の判断が出された以上、有罪か無罪かの判断は再審公判において行われるべきであり、検察官が改めて有罪の主張を行うのであれば、再審公判においてその旨主張すれば足りる。すなわち、検察官の再審開始決定に対する不服申立てを禁止したとしても、何らの不都合は生じない。
 したがって、えん罪被害者の迅速な救済のためには、法改正によって、再審開始決定に対する検察官の不服申立てが禁止されなければならない。
第5 結語
 以上のとおりであるから、当会は、えん罪被害者の迅速な救済を可能とするため、国に対し、①再審請求手続における手続規定の整備、②再審請求手続における証拠開示の制度化、③再審開始決定に対する検察官による不服申立ての禁止を中心とする再審法の改正を速やかに行うよう求める。

以上

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