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「全面的な取調べの録音・録画」及び「弁護人の取調べへの立会い」の法制化とともに早期実施を求める決議

日本の刑事司法は、長らく「密室での長時間取調べ」と「長期の身体拘束」による自白に依存してきた。この構造は「人質司法」と呼ばれ、黙秘権の行使を困難にする負の歴史を築いてきた。密室では威圧的・高圧的な取調べが横行した結果、個人の尊厳が踏みにじられ、多くの冤罪事件が生み出された。袴田巖氏の再審無罪や志布志事件などは、暴力や精神的拷問による虚偽自白の強要及び人権蹂躙を象徴する事例である。その後も氷見事件や足利事件などの再審無罪が相次ぎ、密室取調べが供述ねつ造の温床となっている実態が示されてきた。

2010年(平成22年)の郵政不正事件を契機として2016年(平成28年)に刑事訴訟法が改正され、取調べの録音・録画が一部導入された。しかし、録音・録画の義務化の対象は全事件の3パーセント未満に留まり、改正後も録音・録画がない事件を中心に違法な取調べが継続している。2016年(平成28年)に義務化された極めて限定的な録音・録画では、その対象とされていない多くの事件において、捜査機関による違法・不当な取調べを防止することができない以上、一刻も早く、全事件・全過程の取調べの録音・録画を義務化する必要がある。

 また、取調べの録音・録画が実施されている事案においてもなお、捜査機関による違法・不当な取調べがなされていることが全国各地から報告されており、取調べの録音・録画だけでは違法取調べを根絶できないことを露呈している。これを解決するには、もはや、弁護人が取調べに立ち会うほかない。弁護人の取調べへの立会いは、不当な取調べの牽制、即座の助言による虚偽自白の防止、および被疑者、特に障がい者、高齢者、若年者等のいわゆる「供述弱者」への心理的安心感を提供するという極めて重要な役割を果たす。 国際的には、ヨーロッパ諸国、韓国、台湾など多くの国・地域で弁護人の立会権が確立されており、国連拷問禁止委員会も日本に改善を求めているところである。

 このように、捜査機関の自浄作用に期待できない以上、刑事訴訟法を改正し、「全事件・全過程の取調べの録音・録画」と「弁護人の立会権」を違法・不当な取調べを根絶するための両輪として明記すべきである。

そして、捜査機関は、その法改正を待たず、直ちにこれらを実践すべきである。

当会は、繰り返される捜査機関による違法・不当な取調べを抜本的に防止するために、国に対し、下記1及び2の内容の刑事訴訟法の改正を一刻も早く行うよう求める。

1 捜査機関は、被疑者・被告人の取調べを実施する際、全事件・全過程を録音・録画しなければならず、それを欠く場合、公判における同供述証拠の証拠能力を否定する旨

2 捜査機関は、被疑者、被告人またはその弁護人から、取調べへの弁護人の立会いを希望する旨の申出を受けたときは、弁護人を取調べに立ち会わせなければならない旨

また、検事総長及び警察庁長官に対し、上記の法制化を待たずに直ちに下記3及び4の対応を指示するよう求める。

3 被疑者・被告人の取調べを実施する際、全事件・全過程の録音・録画を実施すること

4 被疑者、被告人またはその弁護人から取調べへの弁護人の立会いを希望する旨の申出を受けたときは、弁護人を取調べに立ち会わせること

当会は、過去の冤罪の悲劇を教訓に、法治国家としての責務を果たすべく、真に人権を守る刑事司法制度の確立を目指し、活動を継続していく所存である。

2026年(令和8年)5月27日

福岡県弁護士会 

提 案 理 由

1 日本の刑事司法の歴史と問題点

日本の刑事司法は、長らく、被疑者に対する「密室での長時間の取調べ」と「長期にわたる身体拘束」によって獲得される自白に依存してきた。その構造は「人質司法」と呼ばれ、被疑者が、憲法上保障されている黙秘権を行使することを極めて困難にしてきたという負の歴史がある。

密室での取調べにおいて、捜査機関は、市民の誰からも監視されていないことに乗じて、ときに威圧的、侮辱的、高圧的な言動に及んできた。そうした苛烈な取調べを受けた被疑者は、取調べにより個人の尊厳を踏みにじられていった。被疑者の中には、違法・不当な取調べによって虚偽の自白を強いられる者が少なからず存在し、その結果、累々たる冤罪の山が築かれていった。

例えば、袴田巖氏の再審無罪は、長期勾留と自白強要という日本の刑事司法の構造的欠陥を象徴するものである。袴田氏は、逮捕当時、捜査機関によって、長時間にわたる取調べを受け、ときには暴力を振るわれるなどの精神的・肉体的拷問が繰り返され、その結果、虚偽の自白を強いられ、半世紀以上もの間、死刑執行の恐怖に苛まれることとなった。また、志布志事件では、取調べを実施した警察官が、被疑者に対して被疑者の親族の名前を記載した書面を踏ませることを強制する(いわゆる「踏み字」)などの違法・不当な取調べによって、虚偽の自白を強いられるだけでなく、被疑者やその家族の人権が著しく蹂躙された。

志布志事件判決と同時期には、2007年(平成19年)の氷見事件、2010年(平成22年)の足利事件、2011年(平成23年)の布川事件といった再審無罪判決が立て続けに出されたが、これらの事件も、密室での長時間にわたる違法・不当な取調べが依然として供述ねつ造の温床となっていることを示した。

2 全事件・全過程の取調べの録音・録画の必要性

2010年(平成22年)、検察官による証拠のねつ造が明らかとなったいわゆる「郵政不正事件」を契機として2016年(平成28年)に刑事訴訟法が改正され、取調べの録音・録画が一部導入されることとなった。

しかしながら、2016年(平成28年)改正刑事訴訟法において録音・録画が義務化されたのは、全事件の僅か3パーセント未満にすぎず、当初から不十分であることが指摘されていた。

実際、2016年(平成28年)改正刑事訴訟法施行後も、録音・録画が実施されていない事件を中心に違法・不当な取調べが依然として横行しており、その効果が極めて限定的であることが明らかとなった。

例えば、2021年(令和3年)に発生した佐賀県警による「違法調書事件」では、被疑者が黙秘しているにもかかわらず、警察官が事前に自白調書を作成していたことが明らかとなり、2025年(令和7年)12月、福岡高等裁判所は、これを違法と断じ、佐賀県に対して損害賠償を命じた。

また、2017年(平成29年)に発生した「三重県鳥羽警察署事件」では、警察官が、窃盗を否認する被疑者に対して、黙秘権の告知を一切しなかったばかりか、「顔見とったらわかるわな、泥棒みたいなもん。泥棒!!!」「泥棒に黙秘権あるか!」「新聞載っとけ!伊勢新聞やら中日やら、全部のしたるわ。報道発表して。」などと、黙秘権を否定する趣旨の発言を繰り返すとともに被疑者の人格を否定し、相当な恐怖感や疲弊感を与える取調べを7時間21分もの長時間にわたり実施した。2022年(令和4年)3月、津地方裁判所は、担当警察官の行為の違法性を認め、三重県に対して損害賠償を命じた。

これらはほんの一例にすぎず、2016年(平成28年)に義務化された限定的な録音・録画では、捜査機関による違法・不当な取調べを根絶することができないことが明らかとなった以上、一刻も早く、全事件・全過程の取調べの録音・録画を義務化する必要がある。

そして、この実効性を確保するためには、これを欠いて作成された供述証拠の証拠能力を否定する必要がある。

3 取調べの立会いの必要性

取調べの録音・録画の導入により、取調べの可視化がなされても、なお、捜査機関による違法・不当な取調べがなされていることが明らかとなっている。すなわち、取調べの可視化だけでは、被疑者の権利擁護としては不十分であることが皮肉にも「可視化」された。

たとえば、「プレサンス事件」では、検察官による必要性・相当性を欠いた威圧的・侮辱的・脅迫的な言動に基づく取調べがなされたことが、録音録画映像により明らかになった。同事件においては、違法・不当な取調べ状況が明らかになっただけでなく、録音・録画による違法取調べへの抑止効果が限定的であることもまた明らかとなった。

また、同事件では捜査機関の取調べのあり方が旧態依然としていることも浮き彫りになった。「検察なめんなよ。」と恫喝する担当検事の様子を見るに、日本の捜査機関の人権意識はいまだ前近代的であるといわざるを得ない。

同事件の取調べ担当検事に対する特別公務員暴行陵虐事件に関する付審判請求事件・高裁決定において、裁判所は、「今回の事案が、上記のような経緯を経て導入された録音録画下で起きたものであることを考えると、本件は個人の資質や能力にのみ起因するものと捉えるべきではない。あらためて今、検察における捜査・取調べの運用のあり方について、組織として真剣に検討されるべきである。」と指摘した。この裁判所の判示は、一事件の判断にとどまらず、現在の取調べのあり方を痛烈に批判するものであり、検察は重く受け止めるべきである。

同事件の他にも、録音・録画下での違法・不当な取調べは全国各地から報告されており、取調べの録音・録画のみでは、違法・不当な取調べを根絶することができないことが明らかとなった。

捜査機関による違法・不当な取調べの歴史、取調べが録音・録画されてもそれが改善されない現状に鑑みれば、もはや捜査機関による自浄機能に期待することができないことはいうまでもなく、捜査機関による違法・不当な取調べを根絶するためには、前記可視化に加え、弁護人が、実際の取調べに立ち会うほかない。

弁護人が取調べに立ち会うことにより、捜査機関による違法・不当な取調べを牽制することができるし、仮に、違法・不当な取調べがなされても、その時点で弁護人が異議を述べて制止することができる。

加えて、弁護人による取調べの立会いは、弁護人が、被疑者に対して、即座に必要な助言を行うことを可能とし、被疑者が虚偽自白に陥ったり、事実と異なる虚偽の調書が作成されたりすることも防止できる。

さらには、弁護人が立ち会うことで、被疑者に心理的安心を与えることができるという効果も生じる。刑事手続に不慣れな一般市民にとって、捜査機関による取調べは、極度の精神的負担を伴うところ、弁護人が傍にいることで被疑者は安心して、冷静に対応することが可能となる。

特に、障がい者、高齢者、若年者等のいわゆる「供述弱者」は、捜査機関の言動等の影響によって供述が歪められる可能性が高く、弁護人による取調べ立会いが極めて重要となる。実際、知的障がい等のある被疑者に対して、弁護人立会いを「合理的配慮」として求め、立会いが認められた事例もある。当会は、これまで、障がい者、高齢者、若年者等に対する権利擁護のための活動に取り組んできたが、そうした観点からも、本制度を推進すべき理由がある。

今日、取調べへの弁護人の立会いは、アメリカ、ヨーロッパ諸国、韓国、台湾など多くの国・地域で認められている。

ヨーロッパでは、2008年(平成20年)、欧州人権裁判所が、原則として弁護人に対するアクセスは警察による最初の被疑者取調べから提供されることが求められると判断し、その後、取調べに弁護人の立会いを求める権利を含む弁護人に対するアクセスの権利に関する判例法が形成された。その後、欧州議会とEU理事会は、2013年(平成25年)、取調べに弁護人の立会いを求める権利を保障するEU指令を採択した。具体的には、被疑者及び被告人は、捜査機関による取調べに弁護人の立会いを求め、積極的に参加してもらう権利を有し、弁護人は取調べに際して質問し、意見を述べることができるものとされ、ほとんどのEU加盟国において、国内法が見直され、同指令に整合するよう立法措置が講じられた。

日本と刑事手続が類似する韓国においても、弁護人を取調べに立ち会わせる権利が確立されている。2003年(平成15年)、大法院が、弁護人の援助を受ける権利を実質的に保障するため、憲法及び法律が接見交通権を保障していることを指摘し、被疑者は取調べ中に弁護人の立会いを求める権利を有すると判断し、2007年(平成19年)、刑事訴訟法が改正され、被疑者又はその弁護人、被疑者の配偶者等一定の親族の請求があった場合に、捜査機関は弁護人を取調べに立ち会わせなければならない旨が明文で規定された。また、被疑者が弁護人を取調べに立ち会わせる権利を行使したにもかかわらず捜査機関が取調べを続けた場合の効果について、大法院は、2003年(平成15年)、被疑者が弁護人を取調べに立ち会わせる権利を行使する旨を表明した場合に、取調べを継続することは違法であると判断し、その取調べで作成された供述調書の証拠能力を否定した。

台湾においては、1982年(昭和57年)の刑事訴訟法の改正により、弁護人が取調べに立ち会うことができる旨が規定され、2000年(平成12年)には、弁護人が取調べ中に発言することができる旨が規定されている。さらに、2013年(平成25年)には、被疑者又は被告人が弁護人の選任を表明した場合には、取調べを直ちに止めなければならない旨が規定されている。

以上のように多くの国で弁護人の取調べへの立会いが法制化されている中、日本では、依然として弁護人の立会いが法的に認められていない。2013年(平成25年)5月の国連拷問禁止委員会の総括所見でも「すべての取調べの間、弁護人を立ち会わせることが義務的とされていないこと」について「深刻な懸念」が表明されているが、この総括所見と諸外国の動向を見るに、日本がいかに前近代的かを思い知らされるところであり、一刻も早い法制化が求められることはいうまでもない。

4 全面的な取調べの録音・録画、取調べへの弁護人立会いの法制化の必要性

以上のとおり、捜査機関による違法・不当な取調べを抑止するためには、全面的な取調べの録音・録画と弁護人の立会いの両輪を整備する必要がある。

そして、その重要性に鑑みれば、録音・録画を義務づける対象事件を全事件・全過程に拡大し、弁護人の立会いを権利とし、被疑者または弁護人が求めた場合にはこれを認めなければならないとする規定を刑事訴訟法に明記するべきである。

まず、取調べの録音・録画については、捜査機関による恣意的な運用を規制し、被疑者の供述の過程を事後的に検証しうることを法的に義務づける必要があるといえる。

  次に、取調べの立会いについては、現状の法制度においても、取調べへの弁護人の立会いが禁止されているわけではなく、捜査機関において、弁護人の立会いを認めることは可能である。しかし、現在、実務において、弁護人が被疑者の取調べに際し、弁護人の立会いを申し入れたにもかかわらず、取調べの立会いを認める例は全くと言っていいほどない。だからこそ、弁護人の取調室への立会いを権利として法律に明記することにより、捜査機関による密室における糾問的な取調べの在り方、前近代的な実務の運用を抜本的に変える必要がある。

5 捜査機関は法改正を待たずに直ちに全面的な取調べの録音・録画、取調べへの弁護人立会いを実践すべきであること

今、現在においても、違法・不当な取調べを生んでいる日本の取調室の密室性については直ちに是正されなければならない。そのため、捜査機関は、全事件・全過程の取調べの録音・録画、弁護人の立会いが法制化されることを待つまでもなく、直ちに全事件について取調べの全過程の録音・録画を実施し、かつ、被疑者、被告人またはその弁護人が、弁護人の取調べへの立会いを求めるときには、弁護人を取調べに立ち会わせるべきである。

6 最後に

当会は、これまで、2003年(平成15年)5月27日に「取調の全過程の録音・録画による取調の可視化を求める決議」、2005年(平成17年)10月4日、「取調べの録音・録画実現とその試験的な導入を求める声明」、2008年(平成20年)5月27日、「より良い刑事裁判の実現を目指して」と題する宣言、2011年(平成23年)3月9日に「今、改めて取調べの可視化(取調べの全過程の録画)を求める決議」、2015年(平成27年)4月22日、「「刑事訴訟法等の一部を改正する法律案」に対する会長声明」において、取調べの可視化(全面的な録音・録画)の必要性を訴えかけてきた。

また、当会は、2026年(令和8年)2月7日に、シンポジウム「密室の扉をこじあけろ!~取調べの可視化・弁護人立会いの意義~」を開催した。今後もシンポジウム等を通じて取調べの可視化・弁護人立会いの法制度の改革を行なっていく必要があることを広く市民と共有していく。

当会は、今後も引き続き、個別の弁護活動において、取調べの可視化申し入れを続けることで、取調べの録音・録画の対象事件の拡大を目指すとともに、取調べへの弁護人の立会いの申入れ、立会いの実践等の活動を積極的に行うことを通じて、法改正を目指していく。

今こそ日本は、過去の冤罪事件等の悲劇を教訓とし、全事件・全過程の取調べの可視化と弁護人の取調べへの立会いを制度として確立し、真に人権を守る刑事司法を築くべきである。それこそ、法治国家としての最低限の責務である。

以 上

福岡県弁護士会 〒810-0044 福岡市中央区六本松4丁目2番5号 TEL:092-741-6416

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