福岡県弁護士会コラム(会内広報誌「月報」より)

2017年12月号 月報

紛争解決センター便り

月報記事

紛争解決センター仲裁員 山内 良輝(43期)

1 紛争の発端

「景気が上向いてきたから、新しい工場を作ろうか。」小さな板金加工会社の社長(会社も社長もTと呼ぶ。)は、中堅建築会社の社長(会社も社長もAと呼ぶ。)に新工場(コウジョウではなく、コウバ)の建築を依頼し、契約を結んだ。

A社長は、小さな会社の頑張りに感銘を受け、スタッフに見積りをさせるのではなく、役員が自ら見積りに動くよう指示をした。

しかし、その後、T会社の資金繰りが急速に悪化したため、T社長は新工場の建築を断念して契約を解除したが、契約を解除した場合には実費を精算するという特約が存在していた。

「役員がこれほど奔走したのだから、役員報酬も当然、実費に含まれる。」A社長は、役員報酬を含む約92万円の支払をT社長に求めた。

「スタッフの給料なら実費かもしれないが、役員の報酬は実費ではない。支払うとしても10万円ぐらいだ。」T社長はA社長の請求を突っぱねた。

A社長の率直な心情は、実費精算の特約がある以上、役員報酬を含めて実費の支払を求めたいが、裁判までする気持ちではなかった。そのとき、当会の紛争解決センターの特徴を熟知するU弁護士がA社長に当センターの利用を勧め、A社長はU弁護士を代理人として本申立てをした。

2 第1回斡旋期日(平成29年6月20日)

「それぞれ言い分はあるが、実働の実損が生じているA会社の方にやや分があるように思われる。しかし、T会社の企業規模や支払能力を考えると、現実的な解決金額は少額になるだろうなあ。」私は、第1回斡旋期日で双方の言い分を聞いた上で、こう考えて、U弁護士に「出来る限り請求金額の半分に近づける努力をT社長にしてもらうが、実際の解決水準は2~30万円が精一杯であるように感じられる。」旨の感触を告げる一方、T社長には「できる限り請求金額の半分に近づける努力をしてもらうこと、支払能力を確認するために過去3期分の決算書と資金繰表を提出してもらうこと」をお願いした。

3 第2回斡旋期日(平成29年8月1日)

「税理士に相談し、40万円なら捻出することができました。」T社長の言葉は、私が想定していた解決水準を超えるものであり、T社長が提出した財務資料に照らしてみても相応のものであった。

「その金額であれば、お受けしたい。」U弁護士は、もともと当センターの手続の中で決着を図ることに重点を置いており、解決金額が少額になるであろうことについてA社長の理解を得ていた。

こうして解決金40万円を一括で支払うことで合意が成立し、本件は解決を迎えた。

4 雑感~ADRと調停の相違

私ども弁護士は、原告の代理人ともなり、被告の代理人ともなるから、対立する当事者の言い分にはそれぞれ尤もなところがあることを知る立場にある。多くの民事事件では、6:4ぐらいのところで優劣を争っており、事件によっては、55:45などのように優劣の差が僅少のものもある。この意味において、100:0で決着をつける判決より、割合的解決が適している事件は少なくない。裁判官が和解を強引に押し付けてくると私ども弁護士は感じることが時にあるが、裁判官が和解を勧めるのも割合的解決がよいからであろう。

私は、紛争解決センターの仲裁員を務めるとともに、民事調停の調停委員を(かつては調停官も)務めており、両者の手続上の長短について時に思いを巡らす。両者とも話合いの手続でありながら、調停の方が裁判所の権威を背景にしているので、法的な正義を大きく外れる解決はできず、強い説得ができる。もし、本件を調停の場で解決するのであれば、調停員(あるいは調停官)である私は、40万円ではなく、分割払いでもよいからもう少し大きな金額(例えば請求金額の半分)を支払うようもう少し強くT社長を説得していたように思う。しかし、これでは調停不成立になるだろう。これとは逆に、紛争解決センターは国家の権威を背景としていないので、強い説得には馴染まないが、その分柔軟性に富んでいる。期日の設定を例にとれば、解決を急ぐ事件であれば、第2回斡旋期日を第1回斡旋期日の3日後に設定することも可能である。このような柔軟な運用は調停では無理であろう。

今回の紛争解決は、調停ではなく、紛争解決センターをA社長に勧めたU弁護士のお手柄であろう。

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