福岡県弁護士会コラム(会内広報誌「月報」より)
2017年9月 1日
「転ばぬ先の杖」(第34回) 自然災害による被災者の債務整理に関するガイドラインのご紹介
転ばぬ先の杖
災害対策委員会 宮下 和彦(46期)
1 今夏の九州北部豪雨災害で被災された方々には心よりお見舞い申し上げます。
今回の転ばぬ先の杖では、九州北部豪雨災害のように災害救助法が適用される大規模な災害に遭ってしまい、そのため住宅ローンなどの支払が難しくなった個人の方のための一つの解決手段として、自然災害による被災者の債務整理に関するガイドライン(以下「ガイドライン」といいます。)をご紹介します。
2 このガイドラインは、元々東日本大震災に伴い策定された個人債務者の私的整理に関するガイドラインの運用の経験を踏まえて、全国銀行協会を始めとする関係金融機関、金融庁ほか関係各庁、日弁連、日本不動産鑑定士協会連合会ほかの関係士業団体や学識経験者らが協議を重ねて平成27年12月に策定されたもので、平成28年4月1日から運用が開始されました。ガイドラインは、被災した債務者の自助努力による生活や事業の再建、ひいては被災地の復興・再活性化を目的とするもので、自然災害に被災したがため、従来から有していた住宅ローンや事業性ローンその他の債務の支払が出来なくなった、あるいは出来なくなるおそれがある被災者(この要件を災害起因性と言い、り災証明書の入手が必要です)が、一定の要件の下、債務の全部または一部の減免を受けられる制度です。これまで、昨年4月の熊本地震や10月の鳥取県中部地震、12月の新潟県糸魚川市における大規模火災などで利用されており、熊本地震においてはこれまで660件以上の利用申込みがなされています。
ガイドラインを利用することのメリットとして、破産や民事再生などの法的手続と異なり、
(1) 弁護士などの登録支援専門家の手続支援を無料で受けられる。
(2) 自分の手元に残せる現金などの自由財産の枠が、破産などに比べると大きい。
(3) 個人の信用情報として登録されず、将来新たな借入れも可能である。
(4) 原則として、保証債務の履行も認められない。
ことが挙げられます。
手続の流れは、債務者が、まず最大の債権者(いわゆるメインバンク)からガイドラインの手続を進めることについての同意書をもらいます。次に、債務者が、同意書を各地の弁護士会に提出します。すると、一般社団法人自然災害被災者債務整理ガイドライン運営機関(全国銀行協会からガイドラインに関する事業を譲り受けた組織です)によって、当該債務者の担当の登録支援専門家の弁護士が選任されます。債務者は、その弁護士と打ち合わせを行い、支援を受けながら、必要書類や資料を整えて全ての債権者に対して債務整理開始の申出をします。この申出により、債務の支払について一時停止の効力が生じます。つまり支払わないことについて、債権者のお墨付けを得ることになります。その後、債務者は、登録支援専門家の支援の下、債権者ごとの特定調停条項案を作成し、各債権者宛に提出します。各債権者の同意が得られれば、債務者は特定調停の申立をして、債務の免除や減額を内容とした特定調停が成立することになります。
債務の免除を受けるためには、原則居住不動産を手放さなければなりませんが、不動産鑑定士の登録支援専門家に鑑定を依頼し、適正に評価された価格を5年間で支払うことにより、当該不動産を手元に残すことも可能です。
3 但し、ガイドラインの利用には先に述べた災害起因性などの一定の要件があるうえ、あくまで債権者の同意が必要です。また、認められている自由財産枠には限界もあります。あくまで個人債務者のための手続であり、法人については認められません。特定調停によって、当該債権について判決を受けたのと同様の債務名義が生じますので、調停条項通りの支払が滞ると、競売申立などの強制執行を受ける恐れがあるなど、デメリットが無いわけではありません。
それでも、被災者にとっては、生活・事業の再建に有用な一定の現預金を確保して、従来の債務の減免を受け、さらに、将来の借入れ等の可能性も残すことが出来ますので、生活・事業再建の有力な手段となり得ることは間違いありません。被災者におかれては、まずガイドラインによる解決の可能性を探ることは転ばぬ先の杖と言えるはずです。