福岡県弁護士会コラム(会内広報誌「月報」より)

2016年1月 1日

◆憲法リレーエッセイ◆ 参議院平和特別委の採決について

憲法リレーエッセイ

会 員 天 久 泰(59期)

<はじめに>

昨年9月17日の「参議院我が国及び国際社会の平和安全法制に関する特別委員会」で、速記録の停止中に与党議員が鴻池委員長の席を取り囲み、議場内が騒然とする中、与党議員が立ったり座ったりを幾度か繰り返したシーン。マスコミでも連日「強行採決」と報じられ、「これで民主主義が成り立つのか?」、「見苦しい!」という指摘がありました。

他方で、採決の手続を詳しく見ていけば、何か法的な欠落も見えて来るのではないかと個人的な興味を持っていた私は、日弁連主催の座談会「安保法の採決手続の憲法上及び法理上の問題点を考える」(2015年12月9日開催)に参加してきました。

パネリストは採決前日に横浜で行われた地方公聴会公述人の廣渡清吾さん(前日本学術会議議長)、同じく公述人の水上貴央さん(弁護士)、そして福岡県弁護士会主催の集会で講師をお願いしたこともある青井未帆さん(学習院大学法科大学院教授)でした。座談会の内容をダイジェストでお伝えします。

<採決は存在するのか>

参議院規則136条1項では、議長は評決をとろうとするときは、評決に付する問題の宣告を要するとされる(これは本会議規則ですが委員会にも準用あり)。

しかし、今回の平和特別委員会では、安保関連法案を宣告するような声は、騒然とする議場の中で議員に聞こえず、あるいは委員長自身も読み上げきれていない可能性があり、採決自体が不存在ではないか(なお、テレビ中継は、委員会議事が原則非公開のところ運用で公開)。

<採決に正当性があるか>

国会法51条では、委員会は公聴会を開き、真に利害関係を有する者又は学識関係者等から意見を聞くことができるとし、また、参議院委員会先例280条では、公聴会へ派遣された委員は、調査結果について委員会に報告するとされている。

しかし、委員会の議場では、横浜地方公聴会の結果について全く報告されていない。これは異例どころか先例も見当たらない取り扱いである(但し、会議録には公聴会速記録が添付)。

また、安保関連法案に関する動議(国会法56条3項)の提出や、総括質疑(参議院規則42条)の機会もなかったことは、議員の地位と権利を侵害し、採決の正当性を失わせるのではないか。

<会議録の記載は適法か>

参議院規則では、委員会のすべての議事につき速記録が作成されなければならないとされるところ(56条、59条、156条)、本委員会の議事録には、鴻池委員長は、着席後に安保関連法案の議題読み上げのため「速記を再開し」、「右同案の質疑を終局した後、いずれも可決すべきものと決定した」、法案中の2案については「付帯決議を行った」と各記載されている。

しかし、テレビ中継では、鴻池委員長が着席後に速記再開(直前にあった委員長不信任動議の採決後、一旦速記が止まっていた)を宣言した様子はうかがえない。

また、議場が騒然とする中で採決は行われたのか。参議院規則157条及び先例では、速記不能のときに委員長権限で会議録に記載できるとされるが、事実としてなかったことまであったことのように記載する権限はないはずである。

さらに、会議録上存在したことになっている付帯決議につき、決議の内容は会議録には記載されていない。

<参議院本会議決議に瑕疵はあるのか>

上述のような平和特別委員会の議事の経過、会議録の記載内容からは、委員会採決が不存在であり、本会議への委員長の報告もなしえず、本会議決議は無効ではないか。少なくとも本会議決議は委員会採決の不存在という重大な瑕疵を治癒できないのではないか。

<瑕疵の是正について>

憲法上保障された議員の地位と権利を侵害されたことを主張できないか。議院自律権に対する司法権の介入についてリーディングケースとされる警察法改正無効事件判決(最判昭和37・3・7)も、特別の場合には司法権介入の余地を認めていると解しうる。

弁護士は、法律家としてこの問題に関する理論構築に助力し、問題点を可視化する責任があるのではないか。

座談会の内容は以上です。座談会に参加した者の責任として、私は、今後も憲法委員会の取り組みなどを通じて、上記問題点の可視化に尽力したいと思っています。

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