福岡県弁護士会コラム(会内広報誌「月報」より)

2013年4月号 月報

研修「DV被害及びDV被害者支援と法的処理の基礎知識」のご報告

月報記事

両性の平等に関する委員会
相 原 わかば(55期)

1 はじめに

去る2月14日、精神科医の佐藤真弓先生と、当会会員の松浦恭子先生に講師を務めていただき、表記の研修会を行いました。

これは、犯罪被害者の支援に関する委員会、両性の平等に関する委員会が共催して行ったものですが、当会が、平成25年度に実施を目指すDV被害者支援制度の相談担当弁護士名簿の登録要件とすることを予定した研修でした。なお、その後、DV被害者支援制度が正式に発足した後、当日の研修のDVD録画を上映する形で、改めて登録研修を実施することになっております(福岡部会で4月8日と17日に実施予定、他各部会にて実施予定)。

DVについては、2001年にDV防止法が実施された後、2度の改正を経ておりますが、行政機関における認知件数、裁判所への保護命令申立件数も増加しており、深刻な被害も後を絶たない状況です。DV被害が家庭内という密室で生じ、被害者が孤立させられがちであることに鑑みれば、まだ法的支援にアクセスできていない被害者の存在も少なくないと考えられます。このような現状から、当会では、DV被害者が法的支援にアクセスできるよう広報等を充実させると共に、上述のDV被害者支援制度として、保護命令を検討し得るようなDV事案について無料相談制度を創設すると共に、今回の研修を企画した次第です。

本研修では、松浦恭子先生から、「DVが問題となる事件の実務について」と題して、DV支援に関する行政・司法の制度と実務の現状を、佐藤真弓先生から、「DV被害への理解と留意点」と題して、DVの背景・被害者心理などにつき、ご講義いただき、この種事案に対応する上で大変実践的な内容でした。

2 DV事件の実務について

松浦先生のお話では、まず、相談時の留意点として、被害者の中には、正確に出来事を話せなかったり、どうしたいのか考えがまとまらなかったりする人も少なくないけれど、それこそがDVの影響と理解できるということです。

DVによって、支配されたり、尊厳を奪われた状態に置かれていると、自分の言うことや自分の考えを持つことさえ封じられてしまいます。また、ひどい目にあったのだから記憶している筈というのは正しくないこと、被害者は必ずしも別居・離婚を希望したり決意したりしてはいないかもしれないことに留意が必要です。

相談に当たる上では、被害者が安心して話ができるよう受け止めることが大切で、また、私達弁護士ら支援者にあたる者は、その人自身の意思決定のスピード、タイミングを大事にして、その人自身が持っている力で回復できるよう手助けするスタンスが必要ということです。また、相談者の安全な生活を確保することが大事で、殊に、居所等の情報の取扱いには注意を要するところです。

また実務では、法的手続の他、新たに健康保険に加入したり、世帯主に支給されていた児童手当等をつけかえたりする手続について相談されることが多々あります。これらについても、例えば、健康保険の場合には、配偶者(例えば夫)の健康保険の被扶養者から抜けて、新たに国民健康保険に加入するには、通常、被保険者(例えば夫)によって資格喪失証明書を得てもらわなければなりませんが、DV事案の場合には、行政の援助証明書を得ることで、被保険者の協力なしに手続ができます。また、児童手当は、離婚を前提とする別居事案では、受給者の付け替えができますが、児童扶養手当の方は、本来、「1年以上遺棄されていること」との要件が必要であり、このため多くは離婚後にしか受給できない実情にありました。しかし、平成24年の政令改正で、保護命令を受けた事案については、「保護命令確定証明書」をもって受給できる扱いになった旨教えていただきましたが、この点、あまり知られていないのではないでしょうか。

その他、保護命令制度の要件や運用実態のご説明と共に、申立人の居所などの情報の取り扱いを誤り、申立人を危険にさらすことがないよう配慮すべきポイントをご教示いただきました。

3 DV被害の理解について

佐藤先生からは、最初に、DVの本質・背景につき、お話いただきました。

重要なのは、DVが決して個人間の問題ではなく、それを生じさせ、助長させていく背景として、性別役割分業の強制、結婚に関する社会的通念(「結婚して一人前」)、世帯単位の諸制度、子どもをめぐる社会通念(「一人親はかわいそう」)、経済的自立の困難、援助システムの不備などがあるということです。

これらが、外部社会の状況が、社会装置として働いて、DVの様々な力と支配の形態―身体的暴力の他、心理的暴力、経済的暴力、性的暴力、子供を利用した暴力、暴力等の過小評価・責任転嫁、社会的隔離など―を支え、助長させていくとの指摘は、具体的で大変分かりやすい内容でした。 DVの形態につき、具体例を挙げれば以下のようなものです。

心理的暴力:いわゆる暴言の他、「あーいえば、こーいう」式で追いつめ女性が切れると攻撃する、欠点等を執拗に言い、言われた方が気が変になったのではないかと思わせる、罪悪感を抱かせる等

経済的暴力:女性が職に就いたり仕事を続けることを妨害する、家計管理を独占する、支出を事細かく問いただす等

性的暴力:望まない性行為、性欲を満たす対象とする、避妊に協力しない、子供に分かるのに性交を強要する等

子供を利用した暴力:母親として至らないと思わせ正当な権利や要求を封じ込める、子供に母親の悪を吹き込み子供に責めさせる、子供の前で暴力を振るい侮辱する、子供を虐待し(または虐待すると脅し)しかもそれを女性のせいにする、「子供を渡さない」と脅し別れる力をそぐ等、

暴力等の過小評価・責任転嫁:暴力の深刻度や女性の不安な気持ちを過小評価する、相手のせいにする、「お前が怒らせた」等

社会的隔離:仕事・社会活動を制限する、事細かく問う、会う相手の悪口を言ったり嫉妬心をむき出しにして女性の方から人に会うのを断念させる、行動制限の理由を愛情によると正当化する等

また、佐藤先生は、DVの理由は往々にして誤解されているとおっしゃり、「アルコールのせい、怒りが抑えられないせい、ストレスがたまっているせい、言葉で表現できないせい」等というのは間違いであると共に、DVが正当化される事由はないと指摘されます。DVが振るわれる理由は、加害者がジェンダーや人権に歪んだ価値観をもっていること、暴力を甘く見ていること、自分の感情が育っていないこと等だといい、実際の事案を通して実感されると言います。

そして、DV被害者は、何をしても無駄だと学習し、自分が無価値なものと洗脳される結果、本来その人に備わっていた筈の諸々の力が奪われます。また、時にPTSDにみられる症状に悩まされるといいます。

さらに佐藤先生は、DVは子供に深刻な影響を及ぼすことにつき、児童虐待防止法が、DVの目撃も心理的児童虐待に当たる旨定めていることを挙げて強調されました。人格の成長に不可欠な安全・安心・安定が決定的に不足すること、自尊感情が不十分な大人になること、加害者の価値観や行動を学習したり、被害者を見下したり、自分の安全との選択を迫られたりし、長期的に深刻な影響があるといい、現在の実務で監護者や親権者の判断においてDVが過小評価されているのではとの疑問も示しておられました。

そして、支援者に必要なことは、「それはDVで、あなたは被害者である。NOという権利がある。しかし、何事もあなたの決断を待ってから。一緒に考えていきましょう」というスタンスであり、「支援者が最善の方法を考えてあげる」のではないということです。この点は、松浦先生のお話にも出ていましたが、被害者の立場を理解して、無力化された被害者が自分自身の力に気づき、取戻していくことを支援する、回復の方向、スピード、方法を選択するのは被害者自身だということです。

佐藤先生には、時間の関係で全てをご説明いただくことができませんでしたが、大変詳しいレジュメをご用意いただいております。

4 研修を終えて

私自身も、DV事案を扱っていますが、今回の研修は、本質を言い当てて、よく整理していただいており、大変分かりやすい内容でした。

DV事案では、相手方への対応は勿論、情報管理や依頼案件以外の付随事務に神経や労力を使いますが、被害者の心が定まらなかったり、話にまとまりがなかったりして苦労することも少なくありません。そんな風に苦労して支援しても、加害者の下に戻ってしまう例も中にはあります。が、何度も躊躇して、ようやく踏み出せる一歩があります。私達弁護士は、「こんなことで相談していいのか」「私の話なんか聞いてもらえるのか」という不安のトンネルを抜けて、やっとたどり着いた「支援機関」です。その決意に敬意を払うと共に、もし本人が事態の打開を決意できなくても、望む時にはいつでも支援の手があることを知ってもらうことが大切です。また、DVの背景となる価値観につながる言動を不用意にしていないかどうかも注意しなければなりません。

また、DV事案は苦労も多いですが、両先生が述べておられたとおり、被害者自身が力を取り戻していく過程に立ち会うのは、感動を覚えますし、やりがいがあります。

DV被害者支援制度に登録していただくと否とにかかわらず、本研修を多くの会員に受講していただければ幸いです。

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