福岡県弁護士会コラム(会内広報誌「月報」より)

2010年4月 1日

◆憲法リレーエッセイ◆

憲法リレーエッセイ

会員 吉澤  愛(61期)

弁護士になって1年余りが過ぎ、忙しい毎日を過ごしています。この不況のさなかに仕事がたくさんあるのはありがたいことですが、それでも時々、自分が別の選択をしていたら、今ごろどんな人生を送っているのだろうと思うことがあります。

昔、たまたま見ていたテレビで、フィリピンの少数言語であるイロカノ語しか話せない被告人が、日本の捜査機関で取り調べを受ける際に英語の通訳しかつけてもらえなかったため、本人の意向とは異なる内容の調書が取られてしまい、それに基づき不当な判決を受けた、というような内容の報道がなされていました。今から考えると、憲法32条や14条が絡むような立派な憲法問題なんですが、当時、私はまだ高校生で、法律など全く分からない素人でした。それでも、そんないい加減なやり方で裁かれたくないよね、と素直に怒りを感じたのを覚えています。

日本にはメジャーな言語の通訳は大勢いても、少数言語の通訳は全然足りないという現状をそのとき初めて知った私は、そのあと随分経ってから、一念発起して法廷通訳を目指すことにしました。選んだ言語はタイ語。タイはどこの植民地にもなったことがなく、タイ語しか話せない人たちが大勢いるので、私の目的にぴったりだと思ったのでした。

当時は、それなりにタイ語で食べていこうと思っていましたので、タイ語だけでなく、タイの文化や歴史も結構真面目に勉強しましたが、その後、諸般の事情から、通訳にはならず今の道に進むことになりました。そんなわけで、当時学んだことはあらかた忘れてしまいましたが、それでも衝撃的でよく覚えているのは、タイ人の先生が王様について説明したときのことです。

「タイでは、王様は仏教徒でないといけません。勝手にイスラム教徒になったりしたら、いろんな儀式ができなくなります。そんなのタイとは呼べません。ありえない。」

不快に感じた方がいたら謝ります。でも、それが一般的なタイ人の感覚のようなんです。 実は、国王が仏教徒でなければならないというのは、慣習レベルの話ではなく、タイ王国憲法に明文で定められています。ただ、同時に、国王は宗教の擁護者であるとも定められており、実際、国王はあらゆる宗教に対して寛容的な立場をとっていると言われています。もちろん、一般国民には信教の自由が憲法上保障されています。

ところで、タイのプミポン国王は、国民から絶大な支持を受けています。だいぶ前になりますが、クーデターを起こした張本人が国王に呼び出されてひれ伏している場面を、テレビで見た方も多いと思います。1992年5月流血事件と呼ばれるクーデターが起きた際、プミポン国王が当時の首相と反政府運動の指導者を呼び出し、和解を呼びかけ事態を沈静化したときの出来事で、俗に「国王調停」とも呼ばれています。

タイでは、頻繁にクーデターが起こりますが、そのたびに憲法が停止され、暫定憲法が作られ、そのあとに恒久憲法が作られるということが繰り返されています。現行憲法は2007年に制定されましたが、これは、立憲革命後に制定された1932年のシャム王国統治憲章から数えて、実に17番目の憲法典です。

一つ前の1997年憲法は、当時の民主化の動きを背景として、初めてクーデターと関係なく正常な手続で制定された憲法でした。政治改革を目的として、それまで国王の任命制だった上院議員を直接選挙で選ぶとか、国家汚職防止委員会を設置するとか、いろいろな規定が盛り込まれました。ですが、この憲法も、結局、2006年のクーデターで停止し、改革は一歩後退しました。民主化への道は、一筋縄ではいかないようです。

とまぁ、タイへの思いを馳せてはみても、なかなか飛んで行く時間が取れません。弁護士にならなかったら、今ごろ、私、どこで何してるんだろう?

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