福岡県弁護士会コラム(会内広報誌「月報」より)

2004年5月号 月報

想えば遠くへ来たもんだ 〜弁護士会ホームページに関与して〜

月報記事

堀 孝之

1 ホームページ委員会(HP委員会)が立ち上がり、

当会のホームページ(HP)がリニューアルされて早くも二年弱が経ちました。私はHP委員会創設時からのメンバーとして関与して参りましたが、振り返ってみると、山あり谷あり、本当にいろいろなことがあったように思います。

今回、HP委員会だよりの原稿執筆依頼を受け、せっかくの機会だから、これまでの当会HPの歩みを、私が知る限りで振り返ってみたいなと思いました。しばしお付き合いいただければ幸いです。

2 草創期(旧HP時代)

当会HPは、平成10年ころに産声を上げたと聞きます。平成10年といえば、私が司法試験に合格したその年です。貧乏受験生だった私はパソコンなんて持ってませんでしたし(でもそう言えば昔事務職員として勤務していた事務所からもらい受けたDOSのパソ\コンがあったなあ・・・この子は今は自宅で永い眠りに就いています。本当におつかれさま)、HPなんて言われても「何それ?」というていたらくでした。司法修習生になって、夏のボーナスで初めてウィンドウズシステムのパソコンを手に入れました。こわごわインターネットに接続したのを覚えています。当時は常時接続といえばNTTのテレホーダイというサービスを使わなければならない状態で(私は利用しませんでしたが)、プロバイダの料金も接続時間に応じて課金されるシステムでしたから、ネットサーフィンをダラダラやってるととんでもない料金請求が来たりして・・・いかんいかん、テーマは私の歴史じゃなくて、当会HPの歴史だった。本題に戻りましょう。

修習生時代に弁護士会関連のHPで最初にアクセスしたのは確か日弁連のHPだったと思います。そこからリンクをたどって、当会のHPにたどり着きました。初めてみた印象は・・・実はそんなに悪いものではなかったです。デザイン的には、いわゆる「フレームページ」というやつで、開いたら表紙部分がジワジワと下からロールして上がってくるという、なかなか凝ったものでした。当時のコンテンツ(内容)を覚えていらっしゃるでしょうか?私もずいぶん記憶が薄れましたが、会長挨拶、「こんなときどうする?(これは今でもありますね)」、法律相談センター紹介、弁護士費用説明、市民向けイベント情報、委員会紹介、九弁連コンテンツ(所属単位会の紹介のみ)、会員情報、リンク(工事中)、「月報記事から」、だいたいこんなところだったかなと思います。ただ、修習生なりに仕入れていた情報として、すでに「元気な福岡県弁護士会」というイメージがあったのですが、当時のHPからはあまりそのようなイメージが伝わってこず、意外に思った記憶があります。

3 改革停滞期(HPPTの立ち上げ)

私が平成12年10月に当会に入会してからすぐに、ある一枚のペーパーがレターケースに投げ込まれました。内容は「当会HPについて意見交換するから言いたいことあるヤツは誰でも集まれ」という趣旨でした。思えばこのペーパー(発信元は執行部か業務委員会だったと思うけど忘れちゃいました)が、私が当会HPに関与する最初の機会でした。この会合には、今思い出せば、古賀克重会員、菅藤浩三会員、関口信也会員など、現在のHP委員である会員も多く集まっていました。

この意見交換会の直後、当時の植松功業務事務局長を座長とする、HPプロジェクトチーム(PT)が立ち上がり、私もこのメンバーに加わることになります。またこれと並行して、平成13年度からは主任・幹事会でもHP刷新についての話がなされるようになり、アクセス数の少なさに業を煮やした野田部哲也業務事務局長(当時)が「古賀克重のHPを超えよう」と唱え、これが合言葉になりました。ただここでの刷新作業は、いくつかのコンテンツを立ち上げはしましたが、全体としては遅々として進みませんでした。やはり最大の原因は技術情報の不足でしょう。克重会員は当会HPに対する独自の考えからPTには不参加でしたし、今のような業者との連携も全くありませんでした。更新作業は松本寛朗職員がコツコツやっていましたが、松本職員も技術情報に必ずしも詳しいわけではないし、何より業務の合間を見てやらざるを得ない。というわけでアイディアだけはたくさん出るのだけど実現の目処が立たないという何とももどかしい日々が続きました。

4 改革転換期(西日本新聞社訪問〜HP委員会発足)

平成13年八¥8月、HPPTと主任幹事会とで大挙して西日本新聞社にお話を伺いに参りました。このときの原田真紀メディア部長(当時。ちなみに男性です)の話は非常に示唆に富むものでした。いわく「もっと市民・住民に開かれたページを作らなければ」「現状は役員による役員のためのHP」「読んでもらえる、使ってもらえる、使って便利、という側面がないとだめ」「『一緒に考える、一緒に楽しむ』 という視点が不足」と次々に厳しい言葉をいただきました。この話を聞きながら、私の頭の中で次第にどのようなHPを目指すべきかの構想が固まって行きました。当時のメモに、私自身は「徹底した見出しの見直し」「リンク集を充実させる。これがメインでもよいのではないか。便利さの追及 『そこに行けば何かがわかる』」という言葉を残しています。

しかしそのような会合を経てもなお、当会HPの刷新について現実性のあるアイディアがまとまった形で提示されることはないままに時が過ぎました。そこで私は平成14年2月15日の主任幹事会の席で「弁護士会HP新装への提言」と題するA4版一一ページの論稿を提出し、この論稿の中で、初めて「法律情報ポータルサイト化」という方向性を打ち出しました。また時を同じくして、永尾廣久会長(当時)からの「新しくHP委員会を作ろう」とのお話を受け、古賀克重会員を委員長に据え、私を事務局長とするHP委員会の骨格ができあがり、同年3月20日の常議員会での承認を経て、HP委員会が発足しました。

5 改革実現期(HP大刷新〜現在)

HP委員会の初期メンバーは、専ら古賀委員長と私とが一本釣りで集めました。できあがってみると、まるで「多重会務者ねらい打ち」のような委員委嘱で、大変申し訳なく思ったのを覚えています。業者にもうまく連携が取れ、非常に安価な顧問料で契約していただくことができ、技術情報の不足からアイディアが実現できないという苦痛からはとりあえず解放されました。もともと忙しい人たちの集まりだったので、議論はメールのやりとり中心で行い、やがてこれがメーリングリスト(ML)へ進化して、今では当然のように行われている委員会MLでの議論が、この時当会で初めて実現したことになります。

そしてHP大刷新の期限を設定すべきということで、平成14年度定期総会の日(5月28日)を目標と定めたところ、古賀委員長の尽力により、早くも4月11日には試作ページができあがってしまいました。そして無事に5月28日のリニューアルオープンにこぎ着け、役員就任披露パーティーの席で大々的に公開したのはご記憶に新しいところかと思います。その後本格的に、会員専用HPの製作にも取りかかり、同年10月には運用を開始、松尾重信委員が毎月この月報で報告しているとおり、徐々に改良を重ねて現在に至っております。

6 旧HP時代のことを考えると、当会自体のIT化も含め、現況はまさに隔世の感があります。しかし委員会MLや定例委員会での議論などは、本当に「こんなこといいな、できたらいいな」というドラえもんのような夢の応酬で、またこれが次々に何とか実現にこぎ着けるものですから、すごく楽しいのも間違いありません。これからも更新作業は続いていきます。皆さんのアイディアをぜひたくさんお寄せいただければと思います。

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