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最低賃金額の大幅な引上げ及び地域間格差の解消を求める会長声明

カテゴリー:声明

福岡県においては、2025年11月、福岡県最低賃金を前年比65円増額の1時間1,057円とする改定が行われた。しかし、時給1,057円は、正社員を含むフルタイムの労働者(一般労働者)の1か月の所定内労働時間である147.3時間(「毎月勤労統計調査 令和7年分結果確報」)で計算すると月額15万5696円程度と、未だいわゆるワーキングプアと呼ばれる水準にとどまっている。

総務省の消費者物価指数は、2020年を100とすると、2025年12月には113.0と13.0%も上昇しており、この数年のインフレ基調は収まる気配がないのに対し、厚生労働省の「毎月勤労統計調査令和7年分結果確報」によると、現金給与総額(事業所規模5人以上)での実質賃金指数は前年比1.3%減となり、4年連続での前年比マイナスとなった。このように、この数年のインフレ基調に労働者の賃金上昇が追いついていない状況を踏まえるならば、更なる大幅な最低賃金額の引上げは必要不可欠である。

また、2025年の最低賃金額は、最も高い東京都で1,226円であるのに対し、最も低い高知県、宮崎県、沖縄県では1,023円と、依然として203円という大きな格差が生じている。地域の最低賃金の高低と人口の増減には相関関係があるとされており、地方と都市部との間で最低賃金額の大幅な地域間格差が生じていることは、地方から都市部へ若者が流出する要因の一つでもあり、最低賃金が低い地域の人口減を生じさせる地方の地域経済のマイナス要因となっている。そのため、最低賃金額を大幅に引き上げると同時に、最低賃金法第9条以下の地域別最低賃金制度を抜本的に見直し、地域間格差の解消に向けて全国一律最低賃金制度の導入についても検討されるべきである。

一方で、最低賃金額の大幅な引上げは、特に経営基盤が決して盤石とはいえない地方における中小企業の経営に影響を与える可能性が大きいことから、抜本的な中小企業支援策を併せて実行することが必要である。今後、中小企業も含めた更なる最低賃金額の引き上げを実現するに当たっては、独占禁止法や中小受託取引適正化法をこれまで以上に積極的に運用し、中小企業とその取引先企業との取引の公正が確保されることにより、人件費等の経費の増加が適正に取引価格に転嫁されるようにすべきであるとともに、従来の業務改善助成金に加え、社会保険料の事業主負担分の減免などの支援策も実施すべきである。

政府は、2025年6月に閣議決定した経済財政運営と改革の基本方針(いわゆる「骨太の方針」)において「2020年代に全国平均1,500円という高い目標に向かってたゆまぬ努力を続ける」という目標を掲げたが、新たに発足した内閣では、この目標を継承することに慎重な姿勢を示している。しかしながら、上述のとおり大幅な最低賃金額の引上げは不可欠であり、抜本的な中小企業支援策を実行すれば実現可能であるのだから、政府はこの目標を堅持すべきである。

なお、2025年度改定最低賃金の発効日には、都道府県によって差異があり、最も遅い秋田県では、約半年間も最低賃金の引上げが先延ばしにされている。このような事態は望ましいものではなく、発効日に関する一定の規制を施すべきである。

当会は、引き続き、本年度、中央最低賃金審議会が、厚生労働大臣に対し、地域間格差を縮小しながら全国すべての地域において最低賃金の引上げを答申すべきこと、また、福岡地方最低賃金審議会が、福岡労働局長に対し福岡県最低賃金の大幅な引上げを答申すべきことを強く求めるとともに、国に対し、中小企業への十分な支援策を求める。

2026年(令和8年) 6月10日

福岡県弁護士会        

会長 池田 耕一郎       

子どもの最善の利益を確保し子どもの権利保障を推進する宣言

カテゴリー:宣言

すべての子どもは、かけがえのない個人として尊重され、健やかに成長する権利を有している。子どもは保護の対象にとどまらず、固有の権利主体であり、その最善の利益はあらゆる場面において最優先に考慮されなければならない。

 当会は、子ども一人ひとりの尊厳が守られ、その最善の利益が具体的に実現され、すべての子どもが安心して健やかに成長できる社会の構築を目指し、次のとおり宣言する。

1 弁護士による相談業務や代理人活動を通じ、子どもにかかわるあらゆる場面において子どもの意見を聴取し、これを尊重するとともに、子ども一人ひとりの最善の利益を確保する。

2 家庭や地域において、すべての子どもが孤立することなく、安全な環境の下で安心して過ごすことができるように、保護者及び地域の支援者に子どもの権利を基盤とした法的サービスを提供する。

3 学校現場における子どもの権利保障を推進するため、いじめ、不登校、体罰、不適切な指導その他の問題に対応する法的支援体制の維持・拡充を行うとともに、調査委員会への参画等を通じた子どもの権利侵害の防止及び侵害された権利の回復に取り組む。

4 相談業務、代理人活動、研修・講演活動その他あらゆる活動を通じて、子どもの権利の社会的理解を強力に促進するとともに、子どもの権利条約の趣旨を各地域で実現するため、子どもの権利を総合的に保障する条例の制定及び条例に基づく権利救済機関の設置を促進するための活動を行う。

2026年(令和8年)5月27日

福岡県弁護士会

提 案 理 由

第1 子どもの権利擁護についての日本の現状

1 子どもの権利条約の批准及び法整備

 日本は、1994年(平成6年)4月22日に子どもの権利条約(Convention on the Rights of the Child)を批准した。同条約は、子どもを権利の主体として位置づけ、差別の禁止、最善の利益の確保、生命、生存及び発達に対する権利、意見を聴かれる権利をはじめとした子どもの基本的権利を定めるとともに、締約国とすべての人が遵守すべき義務と責任を定めている。

 2022年(令和4年)6月には、「子どもの権利条約」の精神にのっとって、すべての子どもが、将来にわたって幸福な生活を送ることができる社会の実現を目指し、こども施策を総合的に推進することを目的として、「こども基本法」が成立し、同法は、2023年(令和5年)4月に施行された。同法では、年齢や発達の程度に応じた子どもの意見表明機会の確保・子どもの意見の尊重が基本理念として掲げられるとともに(同法第3条第3号、同条第4号)、こども施策の策定等にあたって子どもの意見の反映に係る措置を講じることを国や地方公共団体に対し義務づける規定が設けられている(同法第11条)。同年12月には、同法に基づき「こども大綱」が策定され、子ども支援のための方向性が明確化された。そして、具体的なこども施策を示すものとして毎年「こどもまんなか実行計画」が策定されている。

 しかしながら、様々な施策が行われているにもかかわらず、現実の社会においては、子どもの自殺、いじめ、虐待、貧困問題など、子どもの尊厳と権利が脅かされる深刻な状況が続いている。また、このような深刻な状況に限らず、家庭や学校等における日常的な場面において、子どもの声が聴かれず、一人の権利主体としての意思が十分に尊重されていない状況も広く見受けられる。

 こども基本法附則第2条は、同法施行後5年を目途として、こども施策が基本理念にのっとって実施されているかどうか等の観点からその実態を把握し、公正かつ適切に評価する仕組みの整備その他の基本理念にのっとったこども施策の一層の推進のために必要な方策について検討を加え、その結果に基づき、法制上の措置その他の必要な措置を講ずるものとされている。今年度は、上記のような子どもたちを取り巻く状況を踏まえて、こども施策の見直しに向けた検討を始めなければならない時期である。

2 子どもをめぐる現実

⑴ 児童相談所における児童虐待相談対応件数の高止まり

 全国236か所の児童相談所における2024年度(令和6年度)の児童虐待相談対応件数(児童相談所が相談を受け、援助方針会議等の結果、児童虐待と判断して指導や措置等を行った件数)は22万3691件であり、2020年度(令和2年度)以降毎年20万件を超える件数で高止まりしている。

 本来、最も安心して過ごせる場所であるはずの家庭において、安全が脅かされ、心身の成長、発達、ひいては生命までも脅かされかねない子どもたちが多数いる。

⑵ 若年の自殺者数の増加

 厚生労働省自殺対策推進室及び警視庁生活安全局生活安全企画課が公表した「令和7年中における自殺の状況」によれば、全体の自殺者数は減少し、統計開始以降初めて2万人を下回り最少となった。その一方で、10代以下の自殺者数は上昇しており年間829人が自ら命を絶っている。そして、そのうち小中高生の自殺者数は538人と、統計のある1980年(昭和55年)以降、最多の数値となっている。

 家庭、学校、地域などにおいて居場所を失い、生きることに希望を持てない多くの子どもたちがいる深刻な状況にある。

⑶ ヤングケアラーとして支援が必要な子どもたち

 家族のケアなどに時間を割かれ、子どもにとって必要な、休息、遊び、学習などの時間が十分に取れず、支援の手が届かないまま、その権利が十分に保障されていない子どもたちがいる。家族の介護、その他の日常生活上の世話を過度に行っていると認められる子ども・若者をヤングケアラーという(子ども・若者育成支援推進法第2条第7号)。

 「ヤングケアラーの実態に関する調査研究報告書」(令和2年度子ども・子育て支援推進研究事業)によれば、ヤングケアラーに該当する子どもがいると回答した中学校は46.6%、全日制高校は49.8%、定時制高校は70.4%、通信制高校は60.0%であった。また、世話をしている家族がいると回答した中学生が5.7%、全日制高校2年生が4.1%、定時制高校2年生相当が8.5%、通信制高校生が11.0%であった。

 ヤングケアラーは、家庭内のプライベートな問題であることや、本人や家族に自覚がないといった理由から表面化しにくいため、正確な実態把握は困難であると言われている。そうした中でも、上記調査では、ヤングケアラーに該当し、支援が必要と思われる子どもが一定数いることが明らかとなった。

⑷ 不登校児童生徒等の増加

 文部科学省の2024年度(令和6年度)「児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査結果」によれば、小・中学校の不登校児童生徒数は約35万4000人と過去最多となり12年連続で増加した。また、高等学校における不登校児童数も6万7782人、中途退学者数は4万4571人と増加傾向にある。

 不登校の要因は様々であり、当事者である子どもの声に耳を傾け、改善すべき問題は何かを知り細やかな対応をしていくことが求められている。2024年(令和6年)3月に公表された「文部科学省委託事業 不登校の要因分析に関する調査研究報告書」によれば、不登校として報告された児童生徒が回答した「きっかけ要因」には、いじめ被害(26.2%)、教職員への反抗・反発(35.9%)、教職員とのトラブル、叱責等(16.7%)、学業の不振(47.0%)、宿題ができていない(50.0%)等があり、学校の環境や教育の在り方に課題があると思われるケースも認められる。学校が子どもたちにとって行きたい場所ではなくなっていることが懸念され、学校での様々な経験を通して学び、成長する機会が失われている子どもたちが多くいる。学校現場における取り組みとともに、学校外の支援を広げる必要性が高い。

⑸ いじめ認知件数・いじめ重大事態件数の増加

 2024年度(令和6年度)における小・中・高等学校及び特別支援学校におけるいじめの認知件数は76万9022件であり過去最多となった。また、いじめ防止対策推進法第28条第1項に規定する「重大事態」の発生件数も、いじめによって児童生徒の生命、心身又は財産への重大な被害が生じた疑いのある事案(1号重大事態)が768件、いじめによって児童生徒が相当の期間学校を欠席することを余儀なくされている疑いがある事案(2号重大事態)が896件、合計1404件[1]と過去最多となった。

 いじめ認知件数等の増加の背景として、いじめ防止対策推進法におけるいじめの定義やいじめの積極的な認知に対する理解が広がったこと等も考えられるが、多くの子どもたちが、学校内を中心とする人間関係の中で傷つきを抱え、中には重大な被害を受けて苦しんでいる子どもたちもいるという憂慮すべき状況にある。

⑹ 日常生活において子どもの権利に関する理解が浸透していないこと

 2024年(令和6年)3月に作成された「児童の権利に関する条約の認知度等調査及び同条約の普及啓発方法の検討のための調査研究報告書」によれば、子どもの権利条約の内容をよく知っていると答えた大人はわずか4.3%しかおらず、聞いたことがないと答えた大人は46.8%もいた。

 子どもたちがおかれた深刻な状況の背景には、子どもの権利条約の趣旨が社会に浸透しておらず、子どもの権利を保障し、義務の担い手である大人の多くが子どもの権利について理解をしていないという現状がある。

第2 当会におけるこれまでの活動と今後の課題

1 子どもの声を聴く相談業務

 当会では、弁護士が子どもや保護者等から悩みや心配ごとを聞いて解決策をともに考える電話相談窓口「子どもの人権110番」を開設している(毎週土曜日12時30分~15時30分)。この電話相談窓口は、1994年(平成6年)に愛知県西尾市で起きた中学生いじめ自殺事件を契機に学校現場での「いじめ」に対する関心が高まる中でスタートしたものであるが、いじめだけではなく、家庭のこと、教職員との関係、非行等子どもに関係するあらゆる相談に対応している。電話で相談を受けた上で、必要に応じて面談での相談も実施している。相談担当弁護士名簿に登載される弁護士は、相談に適切に対応するため、研修や対応した事案の経験交流等を通じて研鑽し、必要な知識やスキルを高めている。

 2023年(令和5年)5月からは、子どもたちがSNSに親和性があることから、より相談しやすいツールとして「べんごしLINE相談」を開始した(毎月第2月曜日16時~19時)。より広く子どもたちに認知してもらうため、親しみやすいキャラクターをデザインしたカードを制作するなど工夫を重ねている。周知活動が実を結び多くの相談を受けている。

 今後も、効果的な広報を行い、子どもたちが気軽に相談できる窓口として活用してもらうように努め、子どもをめぐる実情の変化やニーズに応じて相談体制の充実を図るよう検討を進めていく。

2 子どもの福祉に関する諸活動

⑴ 児童相談所等への法的支援

 当会は、子どもの福祉を図るための中心的な機関である児童相談所(福岡県6か所、福岡市、北九州市に各1か所)と連携し、特に児童虐待の通告件数の増加に伴って生じる法的問題について、専門的な立場から法的なアドバイスを行ったり、司法手続の際の代理人として関与したりしている。

 2011年(平成23年)4月に、全国で初めて、福岡市の児童相談所に当会所属の弁護士が常勤職員として配置された。現在は常勤弁護士に加え、複数の弁護士が法的手続の代理人として活動している。

 2017年(平成29年)には、福岡県の児童相談所にも常勤弁護士1名が配置され、2021年(令和3年)には、さらに常勤弁護士1名が配置された。これに加え、福岡県の児童相談所では、常勤弁護士をフォローする形で複数の弁護士が、各児童相談所で週1回行われる受理会議に出席し、個別ケースに対する助言等を行っている。

 北九州市の児童相談所でも、2017年(平成29年)から非常勤弁護士が配置されている。

 また、虐待を受けた子どもや支援が必要な家庭の早期発見・支援を目的として市町村に設置されたネットワーク機関である要保護児童対策地域協議会の委員として会員が参画し、児童虐待の防止や対応の助言等を行っている。

 今後も、児童福祉の最新の動向、児童福祉法の改正などに対応するための研鑽を積み、市町村や児童相談所への法的支援をより一層充実させていく必要がある。

⑵ 子どもの代理人活動

 児童虐待、いじめ、体罰などの権利侵害を受けている子どもが親の協力を得られない場合に、日弁連が実施する「子どもに対する法律援助事業」を利用して、弁護士が子ども本人から相談を受け、裁判手続や関係者との交渉を行う代理人活動が活発に展開されている。子どもの法律相談については、福岡市児童相談所からの要請に応じ、弁護士が同所に赴き、一時保護中の子どもからの相談にも対応している。

 虐待が刑事事件化された場合に被害者である子どもの代理人として刑事手続に関与し、児童相談所とともに子どもを支える役割も果たしている。示談対応、証人尋問対応、意見陳述、加害親弁護人や捜査機関とのやり取りなど、子どもの手続参加と被害回復にとって不可欠の活動となっている。

 また、父母が裁判所で子どもの親権や監護の方法に関して争っている際に、子どもの意見を手続に反映させるために、裁判手続に参加する子どもの手続代理人として、子どもの意見形成と表明を支援する活動も行っている。共同親権の導入等の民法改正に伴い、子どもの利益を確保するための手段として子どもの手続代理人の役割がますます重要となっている。児童福祉法第28条に基づく審判や親権停止の審判において、子どもの意向によって手続代理人として関わる事例もあり、この分野での拡充も検討されるべきである。

 今後も、社会や法の変化に対応し、子どもの最善の利益を実現する代理人活動を実践していく必要がある。

⑶ ヤングケアラーの支援

 ヤングケアラーを支援する視点として、ヤングケアラーとその家族を孤立させないことが大切であり、子どもの最善の利益が守られるよう子どもが子どもらしく暮らし、育ち、学べる環境づくりを促進することが目指されるべきである。そのためには、広く市民がヤングケアラーについて知ること、社会全体の問題と認識すること、子どもが信頼できる大人がそばにいて話を聴く機会を増やすことが重要である。

 弁護士は、子どもからの相談や少年事件、民事事件や家事事件等に関わる中で、ヤングケアラーの存在を認識し得る立場にあり、そのような場面に遭遇したときにどのような支援が考えられるか、どのような関係機関につなぐべきかといった基本的な情報を備える必要がある。

 そこで、当会では、支援機関の方を講師に招いて研修会を開催し、ヤングケアラーの支援の現場、各機関・団体の支援活動の状況を知る取り組みを進めている。また、若者支援のための協議会に当会子どもの権利委員会の委員が出席し、各機関・団体との意見交換を通じて、情報を得るとともに、ヤングケアラー支援における弁護士の役割を認識理解していただけるよう活動している。

 今後は、こうした活動を踏まえて、ヤングケアラーに対する具体的な支援ができるよう体制を整えていかなければならない。

⑷ 他団体・弁護士会との連携を通じた知見の共有・研鑽

 当会では、児童虐待問題に関して市町村や児童相談所と連携する他、福岡市医師会とのパートナーシップ協議会を設置し、児童虐待に関する研究や講演会を継続して開催している。

 また、子どもの福祉に関する活動を充実させるために、他地域における実践例の共有とそれをふまえた運用改善を行うことを目的として、毎年、神奈川県弁護士会、大阪弁護士会など他の地域の弁護士と共同で合同福祉勉強会を開催し、児童虐待等に関する現状や実務面での問題について認識を共有するとともに、各テーマについて意見交換し、そこで得た知見・情報を日常の活動に還元している。

 今後も、知見・情報の共有を目指して、他機関・他団体や他の弁護士会との交流や連携を拡充し、継続する所存である。

3 学校現場における子どもの権利の実現に向けた諸活動

⑴ 学校現場の実態に対応する活動

 2020年度(令和2年度)、当会は、中学校の校則の実態について調査・検討を行い、これに基づいて、シンポジウム「これからの校則」を実施し、校則の見直しに向けて意見書を発表した。その結果、2021年(令和3年)7月の福岡市立中学校校長会の「よりよい校則(生活のきまり)を目指して」の策定につながった。2023年(令和5年)5月にも、「いらんっちゃない?校則」と題するシンポジウムを開催し、学校現場における校則改訂の動きや議論状況を確認した。今後も、校則問題についての取り組みを引き続き行っていく予定である。

 2010年(平成22年)に実施したシンポジウム「体罰について考える」を契機に福岡市教育委員会との勉強会を開始し、現在も継続している。勉強会では、学校現場において解決に困難を伴う事例の検討、いじめ重大事態の第三者委員会の調査報告書の分析、いじめや体罰に関する判例をもとにした意見交換等を行っている。子どもの最善の利益の確保という共通項のもと、弁護士にとっては、学校問題に関して説得力のある助言をする上で、学校現場の実情を知る重要な機会となっており、教育委員会側にとっても学校が対応する上での法的視点を理解する機会となっている。

 2023年(令和5年)11月1日より福岡県が学校外の立場からいじめ等に悩む子どもや保護者を支援する相談窓口として設置した「福岡県いじめレスキュー」に弁護士を専門員として派遣し、法的視点からの助言を行っている。

 また、学校の要請に応じてゲストティーチャーとして弁護士を派遣して「いじめ予防授業」を実施し、いじめを未然に防止し、いじめが起こった時に重大化しないよう子どもたちに考えてもらう取り組みもしている。

 さらに、学校現場における法的問題に弁護士が対応する実例として、2023年(令和5年)7月からは、福岡市教育委員会に当会所属の弁護士が常勤職員として配置されている。また、北九州市では、2019年度(平成31年度)より、当会北九州部会の弁護士がスクールロイヤー業務委託契約を締結し活動している。その他、福岡県内での複数の自治体で弁護士が法的問題に対する助言等をしている。

 学校問題については、日頃から子ども保護者等の相談を受け当事者がどのような意識を持っているのかを理解していること、学校現場でどのような問題が発生しそれについて現場の教職員あるいは教育委員会がどのような点に苦慮しどのように対応しているかを理解していることなど、学校現場のことを熟知している必要があり、そのような前提があるからこそ信頼性ある助言ができると考える。今後も、学校問題に関して弁護士の派遣を求められた場合に備えて、子どもや保護者等を対象とした相談体制の維持・充実、教育委員会との勉強会その他意見交換を通じて理解を深めていく。

⑵ いじめの重大事態調査における活動

 2013年(平成25年)6月、いじめ防止対策推進法が公布された。同法は、いじめ防止に関する措置及び重大事態への対処を柱としている。同法公布後、各自治体の調査委員会や専門委員会の委員に弁護士を推薦し活動してきた。

 同法施行から10年が経過し、2024年(令和6年)8月に「いじめの重大事態の調査に関するガイドライン」が改訂された。同ガイドラインでは、調査にあたって公平性・中立性を確保するため、調査組織に第三者を加えることが推奨され、その第三者として弁護士の役割が期待されている。

 当会では、学校現場の実情に精通した適切な人材をより多く確保するために、いじめ防止対策推進法及びガイドラインに関する研修、調査委員経験者の報告を中心とした研修などを実施している。その上で、研修を受けた者や経験者を登載した調査委員候補者名簿を導入し、学校設置者等からの推薦依頼に迅速かつ的確に対応する体制を整えている。もっとも、調査委員の業務負担やそれに見合う報酬が確保されていないなどの課題もある。

 今後も、重大事態への対処及び同種事態の再発防止に関し専門的知識に基づく対応が可能となるよう役割を果たしていくとともに、調査委員が十分にその役割を果たしていけるように条件や環境の整備に努める。

4 子どもの権利条約の内容を具体化するための活動

⑴ 子どもの権利条約に関する周知活動

 日本が子どもの権利条約を批准してすでに30年が経過した。

 しかし、子どもを「権利の主体」と位置付ける条約の趣旨は、日本ではいまだ普遍的に実現されたということはできない。子どもの最善の利益を確保し、子どもの権利保障を当たり前とする社会体制の構築は道半ばである。

 当会は、2024年(令和6年)7月28日に、子どもの権利条約批准30周年記念イベントを開催した。また、権利の享有主体である子どもたちに、広く子どもの権利について知ってもらうため、2024年(令和6年)9月2日付けで子どもたちに宛てた会長談話「子どもの権利条約に参加して30年」を発出し、福岡県内の学校等に送付して子どもたちに届けた。同会長談話は、子どもたちに向けた平易な表現で「子どもの最善の利益」「子どもの意見表明権」といった条約の趣旨を説明するとともに、弁護士会として、国、自治体、地域に対して、子どもの権利条約が遵守される社会の実現を求めていくことを約束する内容であった。

⑵ 自治体における条例の制定及び救済機関創設の重要性

 福岡県内で10の自治体[2]が、子どもの権利条約に基づき子どもの権利保障をはかる総合的な条例を制定している(2026年(令和8年)4月現在)。さらに、このうち8つの自治体が、子どもの権利を救済する機関を設置し、子どもからの相談を受け、意見を聴きながら一緒に解決策を考えたり、子どもからの申立てを受けて調査を行い、調整を図ったりするなどの救済活動をしている。これらの条例の制定過程には、条例案を検討する委員会の委員として弁護士が関与し、また条例制定後も、救済機関の委員などの立場で、多くの弁護士が活動している。

 子どもの権利を保障するために、条例を制定し、子どもの権利の普及・啓発を行い、子どもの権利に基づく施策を実施することは重要であるが、それだけでは十分ではない。子どもの権利保障を実効的に行うためには、子どもの権利が侵害された時に、子どもの声を聴き、侵害された権利を回復し、救済する仕組みが必要である。国連子どもの権利委員会も、「人権の促進及び擁護のための国家機関(国内人権機関)の地位に関する原則(パリ原則)」に則った、国から独立した子どものための人権機関の創設の必要性を指摘している。条約が求める国の機関設置に加えて、子どもの生活圏にあり、具体的なこども施策を実施している自治体においても、条例が制定され、個別救済ができる独立した救済機関の設置が重要である。

 子どもの権利の保障の必要性が一層高まっている現状をふまえ、条例が制定されていない各自治体に対し、条例の制定と権利救済機関の設置を求める活動を展開する。

第3 本年度中の運動加速が極めて重要であること

 前述のとおり、2028年(令和10年)には「こども基本法」及びこれに基づく「こども大綱」の5年見直しが行われる見込みである。また、このような定期点検の作業は、改定の前年度に大きく動き出す。したがって、改定を2年後に控える本年こそ、「こども大綱」に基づく各種施策について実施状況を把握して検証し、存在する課題をあぶりだすとともに、その対策の第一歩を踏み出すことが非常に重要である。

 当会が子どもの権利保障のための様々な取組みを進めてきたのは、子どもが、子ども時代を自分らしく幸せに過ごせるようにするとともに、子どもの権利を保障することが社会の持続的な発展成長のために必要不可欠であり、子どもの権利が保障されている社会こそ真にすべての人が生きやすい社会だと信じて疑わないからである。

 もっとも、これらの活動は一定の成果を上げてきたものの、子どもを取り巻く問題の複雑化・深刻化に鑑みれば、なお十分とは言えない。

 弁護士は、具体的な事件を通して、子どもたちの声を聴き、子どもたちの権利を救済できる立場にある。そして、具体的活動から見出した課題を社会に発信し、制度改善を行うことで、さらなる権利侵害を防止することができる立場にある。弁護士及び弁護士会は、基本的人権の擁護と社会正義の実現を使命とする存在として、子どもの権利の実現に向け、より積極的かつ組織的な役割を果たさなければならないと自覚する。

 こども施策の5年後見直しに向けて、今こそ、その役割を果たすために、子どもを取り巻く状況を踏まえた活動をさらに発展させていかなければならない。

第4 結語

 すべての子どもは、かけがえのない個人として尊重され、健やかに成長する権利を有している。子どもは保護の対象にとどまらず、固有の権利主体であり、その最善の利益はあらゆる場面において最優先に考慮されなければならない。

 当会は、子ども一人ひとりの尊厳が守られ、その最善の利益が具体的に実現され、すべての子どもが安心して健やかに成長できる社会の構築を目指し、本宣言を採択する。


[1] 1号重大事態と2号重大事態の両方に該当する場合はそれぞれの項目に計上されている。

[2] 志免町(2006年)、筑前町(2008年)、筑紫野市(2010年)、宗像市(2012年)、川崎町(2017年)、那珂川市(2021年)、田川市(2022年)、糸島市(2024年)、北九州市(2024年)、小郡市(2026年)の10自治体(括弧内は公布年)。

すべての子どもがともに学び育つインクルーシブ教育の実現を求める決議

カテゴリー:決議

インクルーシブ教育は、すべての子どもが互いの差異と個性を尊重されながらともに学び育つ教育である。

しかしながら、日本では、障害のある子どもの教育について、特別支援学校、特別支援学級及び通常学級による指導が「多様な学びの場」として、障害の程度や支援の必要性に応じて学ぶ場を分ける制度運用(分離教育)が続いている。その運用の結果、地域の通常学校・通常学級において必要な支援と合理的配慮を受けながらともに学ぶ体制は十分に整備されておらず、本人や保護者が通常学級での就学を希望しても、支援員、看護師、施設設備、通学支援等の不足を理由に、特別支援学校又は特別支援学級を選択せざるを得ない状況が生じている。

障害者権利条約第24条及び2022年(令和4年)の国連障害者権利委員会による日本の締約国報告に関する総括所見は、このような分離教育構造に対し、障害のある子どもが通常の教育制度から排除されないこと、地域の通常学校でインクルーシブ教育を受ける権利を保障すること、合理的配慮を確保することを勧告している。

本決議は、上記勧告を踏まえ、障害のある子どもの教育保障を中心に取り上げるものである。

福岡県でも、特別支援学校や特別支援学級に通う生徒数は増加の一途を辿っている。医療的ケア児が地域の通常学級に通うための支援も十分に整備されておらず、人員不足や設備面での制約等によって、通常学級を希望しながらも特別支援学級や特別支援学校を選択せざるを得ない実情がある。

そこで、当会は、国、福岡県及び県内各市町村(教育委員会を含む)に対し、国連障害者権利委員会及び国連子どもの権利委員会の勧告等を踏まえ、すべての子どもが、必要な支援と合理的配慮のもとで、地域の同じ場でともに学ぶ「インクルーシブ教育」を実現するため、以下の措置を講じることを求める。

1 国は、すべての子どもが、必要な支援及び合理的配慮を受けつつ、障害その他の差異の有無にかかわらず地域でともに学ぶ権利が保障されるよう、学校教育法等の関連法令を改正し、通常学校への就学拒否を禁止する「ノー・リジェクション(拒否禁止)」条項を創設するとともに、本人の意見表明権と最善の利益を保障しつつ、分離教育からインクルーシブ教育への段階的転換を進めること。

2 国は、特別支援学校及び特別支援学級への就学を前提として構築されてきた現在の教育制度及び予算・人員配置構造を抜本的に見直し、特別支援教育に関する財源、専門的知見及び人材を地域の通常学校へ段階的に移行・拡充することにより、通常学級の少人数化やインクルーシブ教育を担う教員・専門職の標準配置等を実現し、通常学級における教育体制そのものを、多様な子どもを包摂できる構造へと転換すること。福岡県及び県内各市町村は、国に対して制度設計や財政措置を求めつつ、現行制度下で可能な通常学級の支援体制構築を進めること。

3 国は、医療的ケア児をはじめとする支援の必要性が高い子どもが地域の通常学級で学ぶために必要な看護師その他の支援人員、通学支援、施設整備、校外・宿泊行事への参加保障について、地方自治体の財政力に左右されない安定的な財政措置及び人的確保策を講じること。福岡県及び県内各市町村は、国の財政措置を見据え、直ちに実現可能な個々のニーズに応じた合理的配慮を可及的速やかに提供するとともに、保護者の付き添いを前提とせずに適切な支援を受けて本人がすべての教育活動に参加できるような体制を段階的かつ計画的に構築すること。

4 国は、各学校において、建設的対話を通じた「合理的配慮」の提供が確実に行われるよう、障害者差別解消法第7条及び第8条が定める「過重な負担」の要件を厳格に制限する指針を策定するとともに、独立した第三者機関による迅速な紛争解決手続を整備すること。福岡県及び県内各市町村は、財政的・人的要因を理由とする安易な「過重な負担」要件の援用を厳に慎むとともに、各自治体の実情に即した紛争解決手続を速やかに整備すること。

5 国、福岡県及び県内各市町村は、障害のある子どもの教育及び学校運営全般について、障害の克服を目指す医学モデルではなく、環境の側の障壁を取り除く社会モデル及び障害を人間の多様性の一部として尊重する人権モデルに基づき、就学相談、就学先決定、個別の教育支援計画及び学校における教育実践の見直しを進めること。

2026年(令和8年)5月27日

 福岡県弁護士会

提 案 理 由

第1 はじめに:インクルーシブ教育の権利としての確立と本決議の背景

インクルーシブ教育は、障害の有無のほか、人種や国籍、性的指向や経済力などのあらゆる差異にかかわらず、すべての子どもがともに学ぶ教育である。

本決議は、障害者権利条約第24条に基づく国連障害者権利委員会の日本の締約国報告に関する総括所見において、日本の分離教育構造が特に厳しく指摘されていること、また、全国はもとより福岡県内においても、条約等が指摘する分離教育構造が進んでいる現状に鑑み、障害のある子どもに対する教育保障を中心とした、すべての子どものインクルーシブ教育を受ける権利の保障を日本における人権課題として取り上げるものである。

すべての子どもがともに学ぶ権利は、基本的人権の核心に触れる問題である。2006年(平成18年)に国連で採択され、日本が2014年(平成26年)に批准した「障害者の権利に関する条約」(以下「障害者権利条約」という。)第24条は、あらゆる段階におけるインクルーシブ教育についての障害者の権利を明確に保障している。

同条約の実施状況を監視する国連障害者権利委員会が2016年(平成28年)に採択した一般的意見第4号は、インクルーシブ教育について、「すべての生徒に配慮し、効果的にインクルージョンするために、通常学校の文化、方針及び実践を変革すること」を伴うものであり、障害のある生徒を通常の教育環境から切り離す「分離教育(セグリゲーション)」や、既存の体制に変更を加えることなく障害者を通常の教育環境に配置するだけの「統合教育(インテグレーション)」とは明確に区別されるべき概念であると定義している。

すなわち、インクルーシブ教育とは、「多様な子どもが既存の学校制度に適応できるか」を問うものではなく、「多様な子どもたちを受け入れるために、学校の制度や環境がいかに柔軟に変化できるか」を問うものである。

この点は、障害を個人の機能障害として把握し、その克服や適応を主として本人に求める医学モデルとは異なる。インクルーシブ教育は、環境の側の障壁を除去することを重視する社会モデル、及び障害のある人を権利の主体として捉え、障害を人間の多様性の一部として尊重する人権モデルに立脚するものである。したがって、学校教育において問われるべきは、子どもが既存の学校に適応できるかではなく、学校の側がすべての子どもの尊厳、平等及び参加を保障するよう変わることができるかである。

第2 国際人権法に基づく日本の義務と国連勧告による厳しい指摘

日本政府は障害者権利条約の批准以降、国内法の整備を進めてきたと主張しているが、その実態は国際基準から大きく乖離している。

2022年(令和4年)9月、国連障害者権利委員会は、日本政府に対する初の総括所見を公表した。同委員会は、日本の教育制度において「障害のある子どもの分離教育が継続していること」に対し懸念を表明し、事実上の撤廃勧告を突きつけた。具体的には、日本に対し、①すべての障害のある子どもが、個別の支援を伴うインクルーシブ教育を利用できるようにすること、②分離された特別な教育を終わらせることを目的とした、明確な目標、期間、十分な予算を伴う「国家行動計画」を採択すること、③通常学校が障害のある生徒の入学を拒否できないようにする「ノー・リジェクション」条項を確立すること、④障害のある子どもの要請に応じて合理的配慮が提供されることを保障すること等を強く求めた。

また、2019年(令和元年)の国連子どもの権利委員会による日本の締約国報告に関する総括所見では、日本における障害児の分離教育に対して懸念が示されており、子ども自身が自分に影響を与える事柄について意見を表明する権利(子どもの権利条約第12条)が十分に保障されていないことが指摘されている。これら国際社会からの度重なる勧告は、現在の日本の特別支援教育制度が、障害のある子どもの基本的人権を侵害する構造的な差別を内包していることを厳しく告発するものである。

第3 日本の教育制度における構造的差別と「分離教育」の固定化

国連からの厳しい勧告にもかかわらず、日本の教育現場では依然として「障害の程度に応じた特別な場での教育」という分離教育が推し進められている。学校教育法第72条が、特別支援学校の目的を「障害による学習上又は生活上の困難を克服し自立を図るために必要な知識技能を授けること」としていることは、日本の特別支援教育が、障害を本人側の克服すべき問題として捉える医学モデルの考え方に根差していることを示すものといえる。

そして、文部科学省の統計によれば、特別支援学校や特別支援学級に在籍する児童生徒の数は年々増加の一途をたどっており、通常学級から障害のある子どもが排除される傾向がむしろ強まっている。

それは現行の就学先決定制度には、障害の状態や必要な支援内容を行政が判定し、選別する構造が依然として残っていることが背景にあると考えられる。学校教育法施行令第22条の3は、特別支援学校の就学対象に関する基準を定めており、就学先決定の実務においても、本人及び保護者の意向より、医学的所見や行政側の判断が優位に扱われやすい運用につながっているとの指摘がある。その結果、本人や保護者が地域の通常学級での就学を希望しても、必要な支援体制が十分に整わないことなどを理由に、特別支援学校や特別支援学級を選択せざるを得ない状況が各地で生じている。

日弁連第67回人権擁護大会第1分科会のアンケート報告書(以下、「アンケート報告書」とのみ記す。)では、回答総数1094通のうち、就学先決定について「本人・保護者の希望が通ったもの」は598通・55%にとどまり、「当初の希望通りではないが最終的にやむを得ず希望したもの」は135通・12%、「選択肢がなかった」ものは40通・4%と整理されている。すなわち、少なくとも175通、全体の16%については、本人・保護者の当初の希望がそのまま実現しなかった、又は選択肢自体がなかったものといえる。

さらに、2022年(令和4年)4月には文部科学省が、特別支援学級に在籍する児童生徒について「週の半分以上を特別支援学級で学ぶべき」とする内容の通知(4.27通知)を発出した。これにより、これまで通常学級で多くの時間を共に学んできた児童生徒が、強制的に通常学級から引き離される事態が生じており、インクルーシブ教育の理念及び、分離教育からの段階的転換を求める国際人権法上の要請に反する事態が生じている。

このような分離的な運用は必ずしも小学校就学時に初めて生じるものではなく、幼稚園・保育園や3歳児健診の段階から医学モデルに基づく分離が始まっている実態がある。特別支援学校には幼稚部が設置されているほか、学校教育法第74条では、障害のある幼児その他教育上特別の支援を必要とする幼児の教育に関し必要な助言又は援助を行うことが特別支援学校の努力義務とされている。

アンケート報告書でも、年中のときに地域の普通保育園から児童発達支援センターの園に転園した重度知的障害のある子どもの保護者から、障害の程度というものさしで子どもを分けることへの違和感が語られている。これは、就学前の相談や療育の段階から、本人が地域でともに育つための環境調整よりも障害の程度に応じた分離が検討されている実態を示すものといえる。

このような実態を克服するためには、早期発見が早期分離へと繋がり得る制度を変革し、就学前の段階から社会モデル及び人権モデルに基づく支援体制を構築することが重要である。

第4 福岡県における固有の現状と課題

1 通常学級における支援体制の不足と分離的運用の固定化

福岡県においては、特別支援学校や特別支援学級で学ぶ児童生徒数がここ10年間だけでも倍増している。これらは、障害のある子どもの教育的ニーズへの対応が求められていることを示す一方で、地域の通常学校・通常学級において必要な支援を受けながらともに学ぶための体制整備がなお十分ではないことをうかがわせる。

とりわけ、教員の多忙化、支援員その他の人的配置の不足、施設設備面の制約等が重なる中で、通常学級で学び続けるための支援が十分に尽くされる前に、特別支援学級や特別支援学校が現実的な選択肢として提示されやすい状況がある。このような状況は、本人及び保護者の自由な選択を実質的に狭め、分離的な教育運用を固定化するおそれがある。

福岡県内の当事者・保護者の声からも、こうした問題は具体的に示されている。アンケート報告書には、福岡県内の保護者の回答として、環境調整を求めた際に校長から「通常の学級にいながら支援を受けることはできない」と言われ、担任から「少数派は多数派に合わせるべき」と言われた結果、不登校を選択したとの声もある。このような声は、通常学級における支援体制の不足や、通常学級では支援を受けられないという運用が、本人及び保護者の選択を実質的に狭めていることを示している。

2 医療的ケアを必要とする子どもの地域就学保障が不十分であること

日常的にたんの吸引や経管栄養などの医療的ケアを必要とする子ども、いわゆる医療的ケア児の支援のために、2021年(令和3年)に「医療的ケア児及びその家族に対する支援に関する法律」が施行された。同法律では、国、地方自治体、学校設置者等は、医療的ケア児に対し、適切な支援を行うことが責務とされ、同法律に基づき各自治体等においても施策が実施されている。しかしながら、法律施行後も医療的ケア児の就学保障には、多くの課題がある。

現在、福岡県教育委員会は「県立学校医療的ケア体制整備事業」として、県立の学校に看護職員を配置し、安全な教育環境を整備する取り組みを進めている。しかし、義務教育段階における公教育の中心を担う市町村立小中学校は対象とならないほか、医療的ケア児が通常の県立高校に通うことには高校受験を含め、なお高い障壁があることから、実質的には主として特別支援学校に通う医療的ケア児への支援を中心とする制度にとどまっている。

また、県教育委員会が発出した「学校における医療的ケアガイドライン」においては、県内市町村立の通常学校も含めた医療的ケアの実施体制構築が求められているものの、実際に対応するための予算措置や運用は各市町村の判断と財政力に委ねられているため、看護師配置等の医療的ケア児のための体制構築が、全県的に十分進んでいるとは言い難い。実際、アンケート報告書では、「医療的ケア児は当然特別支援学校に行く」ものとして扱われ、「普通学校に行くには、かなりの闘いが必要だった」という県内における実体験が紹介されている。

通常学級における支援体制構築が不十分な結果、地域の通常学級で学ぶことを希望しても、安全確保や人員不足を理由に受け入れが困難とされたり、保護者の常時付き添いを事実上求められたりするケースが見られ、自宅から遠く離れた特別支援学校への進学を選択せざるを得ない場合がある。

この点、福岡市においては、2026年度(令和8年度)一般会計当初予算案において、医療的ケア児を支援するための小・中学校及び特別支援学校への看護師配置が72人から78人に増員されたほか、医療的ケアが必要な児童生徒が修学旅行などの宿泊行事に参加する際の訪問看護師同行費用の全額負担(448万円)が新規に盛り込まれており、医療的ケア児のための取り組みに積極的な姿勢が見られる。実際、福岡市の公表資料によると、2019年度(令和元年度)では地域の小・中学校に通う医療的ケア児数が各7人・0人であったのが、2024年度(令和6年度)には各17人・5人に増えており、医療的ケア児が地域の学校に通うための体制構築が進んでいることが窺える。このような一部市町村における取り組みは、現行制度下において地域の通常学校で学ぶ権利を具体化するものとして評価できる。もっとも、こうした取組みが自治体の財政力や努力に依存する限り、県内全域で十分な保障を実現することは困難である。

現行制度内で直ちに実現可能な運用改善と並行し、国における制度化や財源確保等の抜本的な改革を進めていくことが重要である。

3 子どもの権利保障の不十分さと分離的環境の問題

学校において子どもの権利が十分に保障されていないという問題は、障害の有無を問わず存在する。しかし、障害のある子どもが分離された教育環境に置かれる場合、その声や権利侵害が見えにくくなり、教育内容、参加機会及び人間関係の面で不利益を受けても、外部から検証されにくいという問題がある。

福岡県内においても、福岡市内の公立中学校の特別支援学級に在籍していた発達障害のある生徒に対し、教員が英語の授業をほとんど行わなかったことが「学習権の侵害(裁量権の逸脱)」にあたるとして、2019年(令和元年)に福岡高等裁判所が福岡市に損害賠償を命じる判決を下した例もあり、これらは、障害のある子どもの権利保障がなお脆弱であることを示している。

 もっとも、インクルーシブ教育の核心は、分離された環境の弊害を防止することのみにあるのではなく、障害のある子どもが、地域社会の中で障害のない子どもとともに学ぶことそれ自体が権利であるという点にあることから、地域の通常学校でともに学ぶことを制度の中心に据える必要がある。

第5 当会(福岡県弁護士会)のこれまでの取り組みと法律家の使命

当会は、基本的人権の擁護と社会正義の実現を使命とする法律家団体として、これまでも障害者権利条約の理念の普及と権利保障の実現に向けて活動してきた。

具体的には、「子どもの人権110番(べんごしLINE相談含む)」や「ふくおか人権ホットライン」といった常設の相談窓口を運営し、学校生活での悩みや、障害を理由とする差別的取扱いに関する県民からの相談を日常的に受け付けられる体制を構築している。

また、2024年(令和6年)以降、当会子どもの権利委員会がインクルーシブ教育に関するシンポジウムや会内勉強会を企画するなど、インクルーシブ教育の重要性を広めるための活動や弁護士自身の研鑽を重ねてきた。

もっとも、インクルーシブ教育が子どもにとっての権利であり、現在の日本の教育においてその権利が十分に保障されていないという現実が、当会全体において改善すべき課題として意識的に取り上げられてきたとは言い難く、そのためもあってか、福岡県内の児童生徒及び保護者において、通常学級で学習する権利の保障が弁護士に相談することによって解決され得る問題であるという認識は十分に広がってはいない。

また、特別支援学校や特別支援学級に在籍する生徒数が急増する中にあって、各自治体や教育委員会に対して、通常学級で学習することを希望する児童生徒及び保護者の権利が侵害されないための十分な働きかけができていたとは言い難い。

法律家たる弁護士は、制度の狭間で声を上げられない子どもたちの代理人として、教育行政の不作為や権力的な分離政策に対し、法的な観点から毅然と立ち向かう責務を負っている。

当会は、個別事案における学校側との粘り強い交渉や、必要に応じた当会の人権救済申立制度の積極的活用のみならず、インクルーシブ教育が子どもにとって重要な権利であるという認識を広く社会に普及していく活動を通じて、教育現場における差別的取扱いの是正と権利回復に全力を尽くす決意である。

第6 インクルーシブ教育実現に向けた国の制度改革と自治体における運用改善

1 国に求める法制度改革及び国家行動計画

国は、学校教育法等を改正し、すべての子どもが、必要な支援及び合理的配慮を受けつつ、障害その他の差異の有無にかかわらず地域でともに学ぶ権利を有することを明記し、教育委員会が、障害の程度、医療的ケアの必要性、あるいは学校側の設備不足・人員不足を理由として、通常学級への受け入れを拒否することを法的に禁止すべきである。

そして、就学先決定においては子どもの権利を主軸に置き、意見を表明する支援を含めて本人の意向を最大限尊重するとともに、本人の意に反する特別支援学校・学級への強制的な振り分け手続を直ちに廃止する必要がある。

2 国の財政措置を前提とする通常学級の人的・物的基盤整備及び変革

真に求められているのは、障害の有無にかかわらず、すべての子どもの権利を主軸に置いた学校教育への転換である。そのためには、従来のように、支援を必要とする子どもを特別支援学校又は特別支援学級に振り分けることによって対応するのではなく、地域の通常学級に多様な子どもが通うことができる基盤を整備しなければならない。

したがって、国は、特別支援教育に重点的に配分されてきた予算、人員及び専門的資源のあり方を見直すことにより、通常学級における1クラスあたりの少人数化、教員・支援員・看護師・専門職の配置拡充、施設設備のバリアフリー化、教材・情報保障及び校内支援体制の整備を目差し、計画的に資源を移行・拡充すべきである。

あわせて、通常学級に多様な子どもが通うことを前提に、一方向的な一斉授業を原則とする教育方法を改めるなど、子どもたちの主体的な学び合いを大切にする多様で柔軟な授業形態を目指すべきである。

3 医療的ケア児等の地域就学及び在学を可能にする個別的権利保障と合理的配慮

前項の制度的な構造転換と並行して、現に地域の学校への就学及び在学において困難に直面している医療的ケア児等の権利保障は喫緊の課題である。

国は、手厚い医療的ケアや身体的支援を必要とする子どもが地域の通常学校で学ぶ権利を実質化するため、各自治体の財政力に左右されない安定的な財政措置及び人的確保策を講じることが急務であり、福岡県及び県内各市町村は、国の財政措置も活用しながら、個別のニーズに応じた合理的配慮を確実かつ速やかに提供できる体制を構築していかなければならない。

具体的には、人員不足等を理由に保護者の付き添いを前提とする運用がなお残る場合にはこれを速やかに見直し、就学・通学支援並びに遠足や修学旅行等の校外・宿泊行事への参加に必要な看護・支援体制について、保護者負担に依存しない公的支援を全県域で整備する必要がある。

また、こうした個別的権利保障を実効的なものとするため、校舎のエレベーター設置や多目的トイレ、クールダウンルームの整備など、すべての学校施設のバリアフリー化を急務として進める必要がある。

医療的ケア児等の地域就学保障は、個々の保護者の交渉力や学校長の判断に左右されるべきではなく、国の財政措置と自治体の実施体制によって制度的に保障されなければならない。

4 合理的配慮に関する指針及び紛争解決手続の構築

現行の障害者差別解消法第7条及び第8条は、行政機関等及び事業者に対し、社会的障壁の除去について必要かつ合理的な配慮を行うことを求めており、その実施に「過重な負担」が伴わない限り合理的配慮を提供しなければならない。しかし、教育現場において「予算がない」「前例がない」「他の児童生徒への影響がある」といった理由で安易に「過重な負担」が主張され、配慮が拒まれるケースが後を絶たない。しかしながら、国連障害者権利委員会は、一般的意見4号の中で、インクルーシブ教育の実施においては、合理的配慮の提供の義務から逃れるために、均衡を失した「過重な負担」の主張することは禁止されるべきであると明言している。「過重な負担」の判断は、国・自治体による財政的支援等を踏まえた実現可能性や代替措置の有無、事務・事業への影響などを厳格に考慮し、建設的対話を尽くした上で個別具体的に判断されなければならない。

国及び福岡県は、合理的配慮の提供が安易に否定されることのないよう、「過重な負担」の判断を厳格に行うための指針を策定するとともに、これを実効化するための財政的・人的支援体制を整備すべきである。

また、就学先決定や合理的配慮の提供をめぐっては、学校・教育委員会と本人・保護者との間に情報量や交渉力の格差が存在し、現行制度の下では、当事者が迅速かつ実効的な救済を受けにくい。このため、学校・教育委員会から独立した第三者的な紛争解決メカニズムが不可欠である。

5 社会モデル及び人権モデルに基づく学校運営への転換

真のインクルーシブ教育を実現するためには、就学先決定や合理的配慮の場面に個別に対応するだけでは足りず、学校運営及び教育実践そのものを見直す必要がある。

従来の教育実務には、障害を個人の側の問題として把握し、子どもが学校の既存の仕組みに適応することを求める医学モデルの発想がなお根強く残っている。しかし、障害者権利条約が求めるインクルーシブ教育は、そのような発想を前提とするものではない。必要なのは、環境の側の障壁の除去を重視する社会モデル及び障害を人間の多様性の一部として尊重する人権モデルに基づき、学校の制度、施設設備、教育方法、評価、校内支援体制及び意思決定のあり方を見直すことである。

したがって、個別の教育支援計画、個別の指導計画、就学相談、進級・進学支援、生徒指導、校外学習及び学校行事を含む学校運営全般について、障害のある子どもを保護や管理の対象としてではなく、権利の主体として位置付ける観点から再構築しなければならない。また、そのためには、教職員に対する継続的な研修を通じて、社会モデル及び人権モデルに基づく理解を学校現場に定着させることが不可欠である。

第7 結語

本決議は、現在の制度下において、特別支援学校又は特別支援学級で現に積み重ねられてきた実践や知見、その中で養われた子どもの学びを否定するものではない。むしろ、その経験や支援の蓄積を、地域の通常学級へと広げることにより、すべての子どもたちがともに学べるよう活かしていくべきである。

ともに学ぶ経験の欠如は、社会に出た後の障害者に対する無理解、偏見、そして差別の根本的な原因となる。子どもの頃から障害の有無にかかわらず多様な他者と日常的に関わり、ともに困難を乗り越え、ともに育ち合う経験こそが、将来の共生社会を形成するための不可欠な土台である。アンケート報告書における福岡県の当事者・保護者の声にも、保育園も普通の保育園に通っていたため、同級生とそのまま小学校に行くことに抵抗はなく、子どもたちの方が先生より本人の側に寄ってくれたとの声や、朝の通学を兄や兄の友人が一緒にしてくれ、自然と皆の中に一緒にいる感覚だったとの声などが紹介されている。これらは、ともに学ぶことが、単に同じ教室にいることではなく、同じ人間として、ともに生きる経験を育むものであることを示している。

現在の分離教育システムは、障害のある人を社会から不可視化し、マイノリティに対する差別構造を次世代に再生産する構造となっている。インクルーシブ教育の実現は、決して障害のある子どもだけの問題ではなく、すべての人にとって生きやすい多様性のある社会を構築するための国家的な急務である。

当会は、国、福岡県、及び県内各市町村に対し、国連の勧告を真摯に受け止め、国際人権基準に合致したインクルーシブ教育の実現に向けた具体的かつ速やかな行動を強く求める。当会は、今後も弁護士の総力を結集し、障害のある子どもたちの等しく学ぶ権利が侵害されることのないよう、教育現場における法的なアドボカシー活動や人権救済に不退転の決意で取り組み続ける所存である。

以上

「全面的な取調べの録音・録画」及び「弁護人の取調べへの立会い」の法制化とともに早期実施を求める決議

カテゴリー:決議

日本の刑事司法は、長らく「密室での長時間取調べ」と「長期の身体拘束」による自白に依存してきた。この構造は「人質司法」と呼ばれ、黙秘権の行使を困難にする負の歴史を築いてきた。密室では威圧的・高圧的な取調べが横行した結果、個人の尊厳が踏みにじられ、多くの冤罪事件が生み出された。袴田巖氏の再審無罪や志布志事件などは、暴力や精神的拷問による虚偽自白の強要及び人権蹂躙を象徴する事例である。その後も氷見事件や足利事件などの再審無罪が相次ぎ、密室取調べが供述ねつ造の温床となっている実態が示されてきた。

2010年(平成22年)の郵政不正事件を契機として2016年(平成28年)に刑事訴訟法が改正され、取調べの録音・録画が一部導入された。しかし、録音・録画の義務化の対象は全事件の3パーセント未満に留まり、改正後も録音・録画がない事件を中心に違法な取調べが継続している。2016年(平成28年)に義務化された極めて限定的な録音・録画では、その対象とされていない多くの事件において、捜査機関による違法・不当な取調べを防止することができない以上、一刻も早く、全事件・全過程の取調べの録音・録画を義務化する必要がある。

 また、取調べの録音・録画が実施されている事案においてもなお、捜査機関による違法・不当な取調べがなされていることが全国各地から報告されており、取調べの録音・録画だけでは違法取調べを根絶できないことを露呈している。これを解決するには、もはや、弁護人が取調べに立ち会うほかない。弁護人の取調べへの立会いは、不当な取調べの牽制、即座の助言による虚偽自白の防止、および被疑者、特に障がい者、高齢者、若年者等のいわゆる「供述弱者」への心理的安心感を提供するという極めて重要な役割を果たす。 国際的には、ヨーロッパ諸国、韓国、台湾など多くの国・地域で弁護人の立会権が確立されており、国連拷問禁止委員会も日本に改善を求めているところである。

 このように、捜査機関の自浄作用に期待できない以上、刑事訴訟法を改正し、「全事件・全過程の取調べの録音・録画」と「弁護人の立会権」を違法・不当な取調べを根絶するための両輪として明記すべきである。

そして、捜査機関は、その法改正を待たず、直ちにこれらを実践すべきである。

当会は、繰り返される捜査機関による違法・不当な取調べを抜本的に防止するために、国に対し、下記1及び2の内容の刑事訴訟法の改正を一刻も早く行うよう求める。

1 捜査機関は、被疑者・被告人の取調べを実施する際、全事件・全過程を録音・録画しなければならず、それを欠く場合、公判における同供述証拠の証拠能力を否定する旨

2 捜査機関は、被疑者、被告人またはその弁護人から、取調べへの弁護人の立会いを希望する旨の申出を受けたときは、弁護人を取調べに立ち会わせなければならない旨

また、検事総長及び警察庁長官に対し、上記の法制化を待たずに直ちに下記3及び4の対応を指示するよう求める。

3 被疑者・被告人の取調べを実施する際、全事件・全過程の録音・録画を実施すること

4 被疑者、被告人またはその弁護人から取調べへの弁護人の立会いを希望する旨の申出を受けたときは、弁護人を取調べに立ち会わせること

当会は、過去の冤罪の悲劇を教訓に、法治国家としての責務を果たすべく、真に人権を守る刑事司法制度の確立を目指し、活動を継続していく所存である。

2026年(令和8年)5月27日

福岡県弁護士会 

提 案 理 由

1 日本の刑事司法の歴史と問題点

日本の刑事司法は、長らく、被疑者に対する「密室での長時間の取調べ」と「長期にわたる身体拘束」によって獲得される自白に依存してきた。その構造は「人質司法」と呼ばれ、被疑者が、憲法上保障されている黙秘権を行使することを極めて困難にしてきたという負の歴史がある。

密室での取調べにおいて、捜査機関は、市民の誰からも監視されていないことに乗じて、ときに威圧的、侮辱的、高圧的な言動に及んできた。そうした苛烈な取調べを受けた被疑者は、取調べにより個人の尊厳を踏みにじられていった。被疑者の中には、違法・不当な取調べによって虚偽の自白を強いられる者が少なからず存在し、その結果、累々たる冤罪の山が築かれていった。

例えば、袴田巖氏の再審無罪は、長期勾留と自白強要という日本の刑事司法の構造的欠陥を象徴するものである。袴田氏は、逮捕当時、捜査機関によって、長時間にわたる取調べを受け、ときには暴力を振るわれるなどの精神的・肉体的拷問が繰り返され、その結果、虚偽の自白を強いられ、半世紀以上もの間、死刑執行の恐怖に苛まれることとなった。また、志布志事件では、取調べを実施した警察官が、被疑者に対して被疑者の親族の名前を記載した書面を踏ませることを強制する(いわゆる「踏み字」)などの違法・不当な取調べによって、虚偽の自白を強いられるだけでなく、被疑者やその家族の人権が著しく蹂躙された。

志布志事件判決と同時期には、2007年(平成19年)の氷見事件、2010年(平成22年)の足利事件、2011年(平成23年)の布川事件といった再審無罪判決が立て続けに出されたが、これらの事件も、密室での長時間にわたる違法・不当な取調べが依然として供述ねつ造の温床となっていることを示した。

2 全事件・全過程の取調べの録音・録画の必要性

2010年(平成22年)、検察官による証拠のねつ造が明らかとなったいわゆる「郵政不正事件」を契機として2016年(平成28年)に刑事訴訟法が改正され、取調べの録音・録画が一部導入されることとなった。

しかしながら、2016年(平成28年)改正刑事訴訟法において録音・録画が義務化されたのは、全事件の僅か3パーセント未満にすぎず、当初から不十分であることが指摘されていた。

実際、2016年(平成28年)改正刑事訴訟法施行後も、録音・録画が実施されていない事件を中心に違法・不当な取調べが依然として横行しており、その効果が極めて限定的であることが明らかとなった。

例えば、2021年(令和3年)に発生した佐賀県警による「違法調書事件」では、被疑者が黙秘しているにもかかわらず、警察官が事前に自白調書を作成していたことが明らかとなり、2025年(令和7年)12月、福岡高等裁判所は、これを違法と断じ、佐賀県に対して損害賠償を命じた。

また、2017年(平成29年)に発生した「三重県鳥羽警察署事件」では、警察官が、窃盗を否認する被疑者に対して、黙秘権の告知を一切しなかったばかりか、「顔見とったらわかるわな、泥棒みたいなもん。泥棒!!!」「泥棒に黙秘権あるか!」「新聞載っとけ!伊勢新聞やら中日やら、全部のしたるわ。報道発表して。」などと、黙秘権を否定する趣旨の発言を繰り返すとともに被疑者の人格を否定し、相当な恐怖感や疲弊感を与える取調べを7時間21分もの長時間にわたり実施した。2022年(令和4年)3月、津地方裁判所は、担当警察官の行為の違法性を認め、三重県に対して損害賠償を命じた。

これらはほんの一例にすぎず、2016年(平成28年)に義務化された限定的な録音・録画では、捜査機関による違法・不当な取調べを根絶することができないことが明らかとなった以上、一刻も早く、全事件・全過程の取調べの録音・録画を義務化する必要がある。

そして、この実効性を確保するためには、これを欠いて作成された供述証拠の証拠能力を否定する必要がある。

3 取調べの立会いの必要性

取調べの録音・録画の導入により、取調べの可視化がなされても、なお、捜査機関による違法・不当な取調べがなされていることが明らかとなっている。すなわち、取調べの可視化だけでは、被疑者の権利擁護としては不十分であることが皮肉にも「可視化」された。

たとえば、「プレサンス事件」では、検察官による必要性・相当性を欠いた威圧的・侮辱的・脅迫的な言動に基づく取調べがなされたことが、録音録画映像により明らかになった。同事件においては、違法・不当な取調べ状況が明らかになっただけでなく、録音・録画による違法取調べへの抑止効果が限定的であることもまた明らかとなった。

また、同事件では捜査機関の取調べのあり方が旧態依然としていることも浮き彫りになった。「検察なめんなよ。」と恫喝する担当検事の様子を見るに、日本の捜査機関の人権意識はいまだ前近代的であるといわざるを得ない。

同事件の取調べ担当検事に対する特別公務員暴行陵虐事件に関する付審判請求事件・高裁決定において、裁判所は、「今回の事案が、上記のような経緯を経て導入された録音録画下で起きたものであることを考えると、本件は個人の資質や能力にのみ起因するものと捉えるべきではない。あらためて今、検察における捜査・取調べの運用のあり方について、組織として真剣に検討されるべきである。」と指摘した。この裁判所の判示は、一事件の判断にとどまらず、現在の取調べのあり方を痛烈に批判するものであり、検察は重く受け止めるべきである。

同事件の他にも、録音・録画下での違法・不当な取調べは全国各地から報告されており、取調べの録音・録画のみでは、違法・不当な取調べを根絶することができないことが明らかとなった。

捜査機関による違法・不当な取調べの歴史、取調べが録音・録画されてもそれが改善されない現状に鑑みれば、もはや捜査機関による自浄機能に期待することができないことはいうまでもなく、捜査機関による違法・不当な取調べを根絶するためには、前記可視化に加え、弁護人が、実際の取調べに立ち会うほかない。

弁護人が取調べに立ち会うことにより、捜査機関による違法・不当な取調べを牽制することができるし、仮に、違法・不当な取調べがなされても、その時点で弁護人が異議を述べて制止することができる。

加えて、弁護人による取調べの立会いは、弁護人が、被疑者に対して、即座に必要な助言を行うことを可能とし、被疑者が虚偽自白に陥ったり、事実と異なる虚偽の調書が作成されたりすることも防止できる。

さらには、弁護人が立ち会うことで、被疑者に心理的安心を与えることができるという効果も生じる。刑事手続に不慣れな一般市民にとって、捜査機関による取調べは、極度の精神的負担を伴うところ、弁護人が傍にいることで被疑者は安心して、冷静に対応することが可能となる。

特に、障がい者、高齢者、若年者等のいわゆる「供述弱者」は、捜査機関の言動等の影響によって供述が歪められる可能性が高く、弁護人による取調べ立会いが極めて重要となる。実際、知的障がい等のある被疑者に対して、弁護人立会いを「合理的配慮」として求め、立会いが認められた事例もある。当会は、これまで、障がい者、高齢者、若年者等に対する権利擁護のための活動に取り組んできたが、そうした観点からも、本制度を推進すべき理由がある。

今日、取調べへの弁護人の立会いは、アメリカ、ヨーロッパ諸国、韓国、台湾など多くの国・地域で認められている。

ヨーロッパでは、2008年(平成20年)、欧州人権裁判所が、原則として弁護人に対するアクセスは警察による最初の被疑者取調べから提供されることが求められると判断し、その後、取調べに弁護人の立会いを求める権利を含む弁護人に対するアクセスの権利に関する判例法が形成された。その後、欧州議会とEU理事会は、2013年(平成25年)、取調べに弁護人の立会いを求める権利を保障するEU指令を採択した。具体的には、被疑者及び被告人は、捜査機関による取調べに弁護人の立会いを求め、積極的に参加してもらう権利を有し、弁護人は取調べに際して質問し、意見を述べることができるものとされ、ほとんどのEU加盟国において、国内法が見直され、同指令に整合するよう立法措置が講じられた。

日本と刑事手続が類似する韓国においても、弁護人を取調べに立ち会わせる権利が確立されている。2003年(平成15年)、大法院が、弁護人の援助を受ける権利を実質的に保障するため、憲法及び法律が接見交通権を保障していることを指摘し、被疑者は取調べ中に弁護人の立会いを求める権利を有すると判断し、2007年(平成19年)、刑事訴訟法が改正され、被疑者又はその弁護人、被疑者の配偶者等一定の親族の請求があった場合に、捜査機関は弁護人を取調べに立ち会わせなければならない旨が明文で規定された。また、被疑者が弁護人を取調べに立ち会わせる権利を行使したにもかかわらず捜査機関が取調べを続けた場合の効果について、大法院は、2003年(平成15年)、被疑者が弁護人を取調べに立ち会わせる権利を行使する旨を表明した場合に、取調べを継続することは違法であると判断し、その取調べで作成された供述調書の証拠能力を否定した。

台湾においては、1982年(昭和57年)の刑事訴訟法の改正により、弁護人が取調べに立ち会うことができる旨が規定され、2000年(平成12年)には、弁護人が取調べ中に発言することができる旨が規定されている。さらに、2013年(平成25年)には、被疑者又は被告人が弁護人の選任を表明した場合には、取調べを直ちに止めなければならない旨が規定されている。

以上のように多くの国で弁護人の取調べへの立会いが法制化されている中、日本では、依然として弁護人の立会いが法的に認められていない。2013年(平成25年)5月の国連拷問禁止委員会の総括所見でも「すべての取調べの間、弁護人を立ち会わせることが義務的とされていないこと」について「深刻な懸念」が表明されているが、この総括所見と諸外国の動向を見るに、日本がいかに前近代的かを思い知らされるところであり、一刻も早い法制化が求められることはいうまでもない。

4 全面的な取調べの録音・録画、取調べへの弁護人立会いの法制化の必要性

以上のとおり、捜査機関による違法・不当な取調べを抑止するためには、全面的な取調べの録音・録画と弁護人の立会いの両輪を整備する必要がある。

そして、その重要性に鑑みれば、録音・録画を義務づける対象事件を全事件・全過程に拡大し、弁護人の立会いを権利とし、被疑者または弁護人が求めた場合にはこれを認めなければならないとする規定を刑事訴訟法に明記するべきである。

まず、取調べの録音・録画については、捜査機関による恣意的な運用を規制し、被疑者の供述の過程を事後的に検証しうることを法的に義務づける必要があるといえる。

  次に、取調べの立会いについては、現状の法制度においても、取調べへの弁護人の立会いが禁止されているわけではなく、捜査機関において、弁護人の立会いを認めることは可能である。しかし、現在、実務において、弁護人が被疑者の取調べに際し、弁護人の立会いを申し入れたにもかかわらず、取調べの立会いを認める例は全くと言っていいほどない。だからこそ、弁護人の取調室への立会いを権利として法律に明記することにより、捜査機関による密室における糾問的な取調べの在り方、前近代的な実務の運用を抜本的に変える必要がある。

5 捜査機関は法改正を待たずに直ちに全面的な取調べの録音・録画、取調べへの弁護人立会いを実践すべきであること

今、現在においても、違法・不当な取調べを生んでいる日本の取調室の密室性については直ちに是正されなければならない。そのため、捜査機関は、全事件・全過程の取調べの録音・録画、弁護人の立会いが法制化されることを待つまでもなく、直ちに全事件について取調べの全過程の録音・録画を実施し、かつ、被疑者、被告人またはその弁護人が、弁護人の取調べへの立会いを求めるときには、弁護人を取調べに立ち会わせるべきである。

6 最後に

当会は、これまで、2003年(平成15年)5月27日に「取調の全過程の録音・録画による取調の可視化を求める決議」、2005年(平成17年)10月4日、「取調べの録音・録画実現とその試験的な導入を求める声明」、2008年(平成20年)5月27日、「より良い刑事裁判の実現を目指して」と題する宣言、2011年(平成23年)3月9日に「今、改めて取調べの可視化(取調べの全過程の録画)を求める決議」、2015年(平成27年)4月22日、「「刑事訴訟法等の一部を改正する法律案」に対する会長声明」において、取調べの可視化(全面的な録音・録画)の必要性を訴えかけてきた。

また、当会は、2026年(令和8年)2月7日に、シンポジウム「密室の扉をこじあけろ!~取調べの可視化・弁護人立会いの意義~」を開催した。今後もシンポジウム等を通じて取調べの可視化・弁護人立会いの法制度の改革を行なっていく必要があることを広く市民と共有していく。

当会は、今後も引き続き、個別の弁護活動において、取調べの可視化申し入れを続けることで、取調べの録音・録画の対象事件の拡大を目指すとともに、取調べへの弁護人の立会いの申入れ、立会いの実践等の活動を積極的に行うことを通じて、法改正を目指していく。

今こそ日本は、過去の冤罪事件等の悲劇を教訓とし、全事件・全過程の取調べの可視化と弁護人の取調べへの立会いを制度として確立し、真に人権を守る刑事司法を築くべきである。それこそ、法治国家としての最低限の責務である。

以 上

消費者庁が設置した「多数の消費者に深刻な財産被害を及ぼす詐欺的な悪質商法対策プロジェクトチーム」を早期に開催し、行政による被害回復制度の導入を求める会長声明

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消費者庁は、詐欺的な悪質商法への対応に関する検証等を進めていくことを目的として、2025年11月19日付で「多数の消費者に深刻な財産被害を及ぼす詐欺的な悪質商法対策プロジェクトチーム」(以下「PT」という。)を設置した。ところが、その後、PTは開催されず、何も具体的に進められていない。

投資の裏付けに乏しく、出資金をそのまま出資者への配当に回すような破綻必至の詐欺的商法により消費者に巨額の被害を生じさせる事案が後を絶たない。このような事案の問題点は、表面上の配当で被害が顕在化しないまま急速に拡大し、かつ、被害が顕在化した時には個々の被害額も多額で総額としても巨額になることが多いことである。被害者には深刻な被害を生じさせながら、被害が顕在化したときには集められた資産が散逸してしまっていることが多いため、被害回復のためには早期に業務を停止させ、資産を確保する必要がある。

2009年に制定された消費者庁及び消費者委員会設置法(附則第6項)では、政府に対し、加害者の財産の隠匿又は散逸の防止に関する制度を含め多数の消費者に被害を生じさせた者の不当な収益をはく奪し、被害者を救済するための制度について検討し、必要な措置を講じることが求められていた。これを受け、消費者庁は、消費者の財産被害に係る行政手法研究会を設置し、2013年6月に報告書「行政による経済的不利益賦課制度及び財産の隠匿・散逸防止策について」を取りまとめるなどしたが、その後、消費者庁において、具体的な方策の検討が十分行われてきたとは言えない。

2013年の報告書以降、2018年には磁気ネックレスなどを購入させ、これを預かってレンタル料を支払うと称していたジャパンライフ事件や干し柿などのオーナーになることで高配当をうたったケフィア事業振興会事件が相次いで発覚し、巨額の消費者被害が生じているが、その責任の一端は、具体的な方策の検討を怠ってきた消費者庁にもあるものといわざるをえない。

このような事態を受けて、内閣府消費者委員会では、2023年8月、消費者法分野におけるルール形成の在り方等検討ワーキング・グループにおいて、いわゆる破綻必至商法に関する報告書を取りまとめ、行政庁による破産申立権限を検討すべきとの意見をのべた。2025年7月に出された内閣府消費者委員会の消費者法制度のパラダイムシフトに関する専門調査会報告書でも、消費者法制度を抜本的に再編・拡充すべきとした上で、深刻な被害を発生させる悪質事業者・悪質商法について、既存の枠組みに捉われることなく、官民総力を挙げて消費者取引の市場から排除することが求められた。

その後、今年に入っても、福岡県内で、野菜の販売に仮託して出資を募った事案での代表者らが逮捕されるなど、破綻必至商法による被害が継続して発生している。

そこで、当会は、詐欺的な悪質商法による消費者被害の発生を防止し、その被害を一刻も早く救済できるようにするために、消費者庁に対し、今回設置されたPTを早期に開催し、具体的制度の検討を進め、行政庁による破産申立制度等、悪質商法に対する行政による被害回復制度の導入を進めていくよう、求めるものである。

2026(令和8)年5月7日

福岡県弁護士会

会長 池田耕一郎

福岡県弁護士会 〒810-0044 福岡市中央区六本松4丁目2番5号 TEL:092-741-6416

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