2026年(令和8年)7月17日、刑事再審手続に関する「刑事訴訟法の一部を改正する法律」(以下「本改正法」という。)が参議院本会議で可決され、成立するに至った。
えん罪被害者とそのご家族、支援団体、市民の方々とともに、長年にわたり求め続けてきた再審制度の改革がようやくその一歩を踏み出したという点において本改正法の成立は大きな意義がある。その一方、「えん罪被害者の適正かつ迅速な救済」という再審法改正の目的の根幹を成す部分について、検察官の裁量に委ねる部分を多く残しているなど不十分な点も多い。
まず、証拠開示制度に関する定めが未だ不十分である。本改正法では、捜査機関が保管する証拠について、再審請求理由に関連し、裁判所が再審請求の判断のために必要かつ相当と判断した証拠の提出を命じる証拠提出命令制度が設けられたものの、我々が強く求めていた再審請求人や弁護人が主張立証を準備するために必要な証拠(以下「主張立証関連証拠」という。)の提出や開示を要請する権限が明記されることはなかった。主張立証関連証拠については、従来から、裁判所が職権で検察官に対して提出や開示を要請・勧告することがあったが、あくまで、「要請」、「勧告」にすぎないため検察官がこれに応じる法的義務はないとされ、問題とされてきた。
当事者である再審請求人や弁護人が主張立証のために必要と考える証拠にこそえん罪を晴らすための新証拠が含まれている可能性が高いことはいうまでもなく、主張立証関連証拠の開示こそ本改正法にて明記される必要があった。
しかし、本改正法で、主張立証関連証拠の提出命令が明記されなかったことにより、検察官が、本改正法に基づく証拠提出命令でないことを理由に、無罪につながる証拠の提出や開示の要請に応じないという対応をとることが強く懸念される。
次に、検察官の手持ち証拠を明らかにするための一覧表(以下「証拠一覧表」という。)の作成・提出を検察官に命じる制度が設けられなかった点にも大きな問題がある。証拠一覧表は、再審請求人や弁護人にとっては証拠開示を請求するための足がかりとなるものであり、検察官にとっても、証拠の保管状況を適切に把握できるという意味において極めて重要である。
過去のえん罪事件においては、検察官が「不見当」、「不存在」と回答し、開示されなかった証拠が、後になって開示された例も複数ある。
福岡における再審請求事件においても、2022年(令和4年)、検察官が、裁判所からの証拠開示勧告に対して「不存在」と回答して開示されなかった証拠が、1年半以上経過した後に開示され、大きく報道されたこともあった。
そのような検察官による杜撰な証拠の保管・管理を改善し、適切な証拠開示を実施させるためにも、証拠一覧表は必要不可欠である。それにもかかわらず、本改正法に証拠一覧表の作成・提出制度が明記されなかったことにより、従前と変わらず、検察官による証拠の提出・開示に向けた手続が円滑に進まなかったり、漏れが生じたりすることが強く懸念される。
さらに、本改正法では、検察官から裁判所に提出された証拠の複製を再審請求及びそのための準備以外の目的で使用することを一律に禁止し、その違反に対して罰則が設けられることとなった。目的外使用の禁止については、その弊害等を考慮し、必要に応じて個別に対応すれば足りるにもかかわらず、全ての証拠について一律に目的外使用を禁ずるのは過度の制約というほかない。この制約は、再審請求人や弁護人が、証拠の内容を必要な関係者に提供することを躊躇させ、さらなる新証拠の獲得に向けて行う活動に対しても萎縮効果を生じさせるものである。
また、本改正法において、再審開始決定に対する検察官の不服申立てが原則として禁止されることとなった。これまで、えん罪被害者の迅速な救済の最大の足枷となっていた検察官の不服申立てが原則として禁止されることとなった点は評価できる。しかし、一方で、本改正法は、再審開始決定が「取り消されるべきものと認めるに足りる十分な根拠」がある場合には、例外的に不服申立てを行うことを許容することとなった。しかも、本改正法には、検察官が「十分な根拠」なく不服申立てを行った場合の対応が明記されていないため、検察官が同規定に基づいて十分な根拠がないにもかかわらず不服申立てを行う可能性も否定できず、これまで同様、えん罪被害者の救済に長期間を要してしまうことが強く懸念される。
以上のとおり、本改正法の成立には大きな意義がある一方、その内容については、えん罪被害者の適正かつ迅速な救済を阻害する多くの問題が残されたままとなっている。そのため、再審制度の最大の目的であるえん罪被害者の適正かつ迅速な救済という観点から、本改正法が適切に運用されることこそが何よりも重要である。
本改正法の附則では、政府は5年ごとに本改正法の施行状況等を勘案し、証拠の目的外使用の禁止に関する制度や検察官が保管する証拠の一覧表に関する制度を含む再審制度の在り方について検討を加え、必要があると認めるときは所要の措置を講ずることが定められている。
本改正法の成立は、5年後見直しの始まりでもある。当会としても、本改正法の施行状況を徹底的に検証し、適切な再審手続、ひいては、えん罪被害者の適正かつ迅速な救済が実現されるよう引き続き尽力していく所存である。
2026年(令和8年)7月22日
福岡県弁護士会
会長 池 田 耕 一 郎


