1 近年、国際刑事裁判所(International Criminal Court。以下「ICC」という。)に対して報復的な措置を実施する国家が現れ、ICCの独立性が深刻な危機に直面している。
ウクライナに対する軍事侵攻に関連して、ICCが、2023年3月17日、ロシアの大統領らに逮捕状を発付したことに対し、ロシアは、ICCの検察官及びICC予備審判部の複数の裁判官に対して逮捕状を発付した。ガザにおける武力紛争に関連して、ICCが、2024年11月21日、イスラエルの首相らに逮捕状を発付したことに対し、米国は、2025年2月6日、ICCの職員等を対象として、資産の凍結、米国への入国・滞在の制限等を行う大統領令を発出した。さらに米国は、2026年8月18日には、ICC所長である赤根智子氏らを制裁の対象とした。
また、米国は、同年7月よりICCの解体を主張し、締約国にICCからの脱退を呼びかけるなどしてきたが、同年9月22日の国連総会の一般討論演説で、同国大統領は、ICCを「邪悪な集団」と呼び、すべての加盟国に対して直ちに脱退するようあらためて求めた。
2 ICCは、「国際刑事裁判所に関するローマ規程」に基づき、同規程が発効した2002年7月1日に、オランダのハーグに設立された常設の国際刑事司法機関である。
20世紀において、各地で起こった戦争の中で想像を絶するほどの残虐な行為が行われ、一般市民を含む多数の犠牲者が生じたことを受けて、ICCは、ジェノサイド犯罪、人道に対する犯罪、戦争犯罪及び侵略犯罪という、国際社会共通の価値を毀損する特定の重大犯罪について、その責任を有する個人に対して刑事責任を追及し、各国の刑事司法を補完する裁判所として国際社会における法の支配を支え、人類全体の平和と安全、人間の尊厳を維持する使命と役割を担っている。
ICCの加盟国は125か国に及び、日本は、2007年10月1日にICCに加盟し、以後、複数の裁判官を輩出し、最大の分担金拠出国としてICCを支えてきた。
3 世界各地で武力紛争が絶えない現在、法の支配を貫徹するためにICCが国際社会で果たすべき役割はますます重要なものとなっているのであり、仮にICCの存立が脅かされる事態になれば、武力紛争下の一般市民など弱い立場にある人々の保護がより困難になる。
軍事侵攻に関与する国が、ICCの権限行使に関し、ICC所長を含む個々の裁判官等に対する制裁措置を行ってICCの職務の遂行を妨げ、ICCを非難してその解体を率先することは、国際法に基づき存立している司法機関の独立に対する不当介入であり、歴史に学びながら国際社会が作り上げてきたルールと制度の破壊行為である。
ICCの活動の阻害は、最も重大な犯罪が処罰されずに放置されることを招来し、国際社会における法の支配を揺るがす。そして、これは法の支配の究極の目的である平和と安全、そして人間の尊厳を維持することの否定に繋がる。
4 日本国憲法は、前文において、全世界の国民が恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利を有することを確認するとともに、日本が国際社会において平和の維持と専制・圧迫の除去に努めることを宣言している。
これらの憲法上の理念に照らしても、国際社会における法の支配を実現し、重大な国際犯罪について責任を追及するICCの存在は極めて重要である。
日本は、長い歴史とその教訓に基づき、法の支配を標榜し堅持することによって世界の安定と日本の安全に深く寄与してきた。それにより多くの国の尊敬と信頼を得てきている。そうした外交政策あるいは理念に基づきICCへの強い支持・協力をしてきた日本として、今まさに声を上げるべきである。そのことによって、将来、法の支配の実現に努めようとする法律家が萎縮することなく海外で活躍できるような環境を整える役割を果たす必要がある。
5 当会は、法の支配を堅持するために、ICCの存在意義を訴えるとともに、その存続及び独立を強く支持し、日本政府に対して、以下のことを求める。
(1) 「法の支配」を外交の柱とする立場から、米国政府等に対し、一連の制裁が理由のない不当な制裁であるとして、ICCに対する制裁措置を直ちに撤回することを働きかけるよう求めるとともに、改めてICCを支持し協力する立場であることを明確に表明すること。
(2) 他のICC締約国と直ちに連携し、米国政府等による不当な圧力によって締約国が脱退などを決めないよう必要な支援をするとともに、共同声明の発出その他共同の行動を主導すること。
(3) 赤根所長をはじめとするICCの職員、ICCに協力する者や法人が、米国政府等による不当な圧力によって不利益を受けないようにするための支援を直ちに検討すること。
2026年(令和8年)10月7日
福岡県弁護士会 会長 池田 耕 一 郎


