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憲法記念日にあたっての会長談話

カテゴリー:会長談話

本日、日本国憲法は施行から77年を迎えます。
世界では悲惨な紛争やテロが起こっています。
2022年2月から始まったロシア連邦によるウクライナへの軍事侵攻は今なお停戦、休戦の兆しはなく、ウクライナの民間人だけでも1万人以上もの人々が亡くなったと報道されています。
また、昨年10月から、ハマス等のパレスチナ武装勢力によるイスラエル攻撃を発端としたイスラエルによるパレスチナへの空爆が始まりました。ハマスを壊滅するとの名目の下、乳幼児を含む市民3万3000人以上が死傷し、街は破壊され、人々は絶望的な状況の中にいます。
この暗澹たる惨状を目にしたとき、暴力や武力によって要求を押し通そうとすることの悲惨さを痛感するとともに、「全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利を有する」ことを確認した日本国憲法前文の理想を思い起こさずにはいられません。日本国憲法は、武力ではなく対話と協調による外交努力によって平和を維持することを目指しています。今こそ日本国憲法の力を活かすときであり、日本政府が国際社会に対して平和の実現を真摯に働きかけることが望まれます。当会は昨年12月6日に、ハマス等パレスチナ武装勢力及びイスラエル双方に対して直ちに停戦を求め、日本政府に対して停戦の実現に向けて働き掛けることを求める会長声明を発出しました。
一方で、国内に目を転じれば、憲法の三原則のうちの一つ、基本的人権を尊重する取組みや裁判例が出ています。
例えば、同性間での婚姻を認めない現在の法制度が憲法違反であるとの裁判が各地で起こされていますが、既に4つの地方裁判所で、同性婚を認めないことは違憲または違憲状態であるとの判決が出されています。これに加え、本年3月14日には札幌高等裁判所が、高裁として初めて、同性カップルにも憲法上の婚姻の自由の保障が及ぶとし、現行の法制度は違憲であると判断しました。札幌高裁は同性婚について「根源的には個人の尊厳に関わる事柄であり、個人を尊重するということ」であると指摘し、同性婚について早急に真摯な議論と対応をすることが望まれると付言しました。司法が、多様な性のありかたを前提として、個人を尊重する動きを強く後押しするものといえるでしょう。当会もこの札幌高裁の判決を受け、本年4月9日に、直ちにすべての人にとって平等な婚姻制度の実現を求める会長声明を発出しています。
他にも、2023年4月に子ども基本法が施行され、「日本国憲法及び児童の権利に関する条約の精神にのっとり」子ども施策を推進していくことが定められました。また、ここ1、2年の間で、中学校の校則見直しを行う動きが全国的に広まっていますが、これも子どもを「個人として尊重する」という憲法の理念を実現する動きの表れであるといえます。
人を個人として尊重し、基本的人権を尊重するという憲法の理念を実現するために、
今後もさらに憲法を活かしていくことが求められています。
世界各地で多発する紛争、地球規模で進行する気候変動、AI等これまでにないレベルで発展する技術、多様化する価値観があり、世界も日本も情勢は目まぐるしく変化しています。その中で日本国憲法が基本原理とする基本的人権の尊重、国民主権、平和主義は今後日本がどのように振る舞うべきかの指針であり、その実現のために不断の努力が求められています。
当会は、基本的人権の擁護と社会正義を使命とする法律家団体として、憲法の理念を踏まえ、平和と人権擁護のために全力をあげて活動してまいります。

2024年(令和6年)5月3日
福岡県弁護士会
会長  徳永 響

離婚後共同親権の導入について、十分に国会審議を尽くすことを求める会長声明

カテゴリー:声明

 離婚後共同親権の導入を含む「民法等の一部を改正する法律案」(以下「改正法案」という。)が、2024年3月8日に閣議決定され、国会へ提出された。
 改正法案は、「家族法制の見直しに関する要綱」の素案を審議してきた法制審議会家事法制部会での審議過程において、部会内の採決で複数の部会委員が反対・棄権したという異例の経過を経て答申され、閣議決定を経たものである。
 改正法案は、広く国民生活、特に、子の利益に関わる基本的な事項に関するものであり、かつ、その審議過程は、立法者意思を示す資料として繰り返し参照される重要なものであるから、離婚後共同親権の導入をめぐって指摘されている以下の懸念もふまえて、十分に審議を尽くすべきである。
 まず、第一の懸念は、改正法案で「親の責務」と題する節が新設されて、親は子に対する責務を果たすべきことが定められたにも関わらず、「親権」という言葉が残され、その関係が明確にされていないことである。
 本来、親の権限は親の責務を果たすために必要な限りにおいての権限であるにも関わらず、「親権」という言葉が残ったために包括的な親の権利というものがあるという誤解を生じかねない。親権の共同行使のあり方や、共同親権であっても単独で行使できる場合とは何かということについての紛争の解決において、子に対する親の責務の履行という観点がなおざりにされれば、専ら親の権利の行使の問題としての解決に傾きかねず、子の利益の実現に困難を伴う可能性が高い。
 第二の懸念は、DV・虐待等の支配・被支配関係にある場合の危険性である。
 改正法案では、DV・虐待があるような、共同親権が不適切なケースに万が一にも共同親権が定められることにならないよう、裁判所における判断基準を定めてはいる。しかし、協議離婚においては、届出時点では裁判所が関与せず、何らの限定もない。DV・虐待によって形成された支配・被支配関係のもとで被害者が共同親権への合意を事実上強制されてしまうと、その後も加害者との関わりが継続し、同居親と子の生活の平穏が脅かされ、結局は、改正法案が目指す「子の利益」に反するおそれがある。
 第三の懸念は、単独での親権行使ができる事由が不明確な点にある。
 改正法案では、共同親権となった場合(婚姻中も含む。)でも、「子の利益のため急迫の事情があるとき」や、「監護及び教育に関する日常の行為」は、父母の一方が単独で親権行使が可能とされている。しかし、「急迫の事情」や「日常の行為」の範囲が明確ではない。特に、婚姻中にDVや虐待があったことを理由に子を連れて別居するケースが「子の利益のため急迫の事情があるとき」に該当するかどうかについては、DV・虐待等被害者支援の観点から非常に重要であるが、この点も文言上不明確であると指摘せざるを得ない。
 また、実際の子育てにおいては、子の入院や手術、歯科矯正、保育園や幼稚園への入園、高校や大学の受験及び入学、塾や習い事、同居親の転勤等に伴う転居など、子のための意思決定を行わなければならない場面がさまざまにあるところ、どこまで単独で決定できるのかが明確でなければ、後に親権行使の適法性が争われる等の心配により適時適切な意思決定ができず、かえって子の利益を害するおそれがある。
 以上のような改正法案に対する懸念に加えて、家庭裁判所の人的・物的体制の問題がある。共同親権となった後に生じる親権行使をめぐる紛争に関し、改正法案では、当事者間で協議が調わなかった場合には、家庭裁判所が判断するとされているが、これらの紛争に家庭裁判所が迅速かつ適正な判断を行うにあたって、家庭裁判所の人的・物的体制の充実が不可欠であり、その手当てなくして成り立たない制度であるといえる。
 これまでの親権制度に大きな変更を加える重大な改正について、上記の種々の懸念事項に対して、充実した議論や十分な手当がなされないままに採決されるようなことになれば、結局は、改正法案が目指す「子の利益」を大きく損なうことになりかねず、改正の趣旨を没却するおそれがある。
 上記のような異例な経過を経て国会に上程された改正法案に対しては、国会において多くの国民の意見を踏まえた十分な議論を尽くすことを求める。

2024年(令和6年)3月21日
福岡県弁護士会
会長 大 神 昌 憲

当会元会員に対する有罪判決についての会長談話

カテゴリー:会長談話

 当会の会員であった立野憲司(たての けんじ)元弁護士(2023年3月31日に第一東京弁護士会に登録換えし、2024年1月下旬ころ弁護士登録を取り消している。)は、当会所属期間中に、依頼者からの預り金840万9099円を業務上横領したとして、2024年2月9日、福岡地方裁判所において、懲役3年、執行猶予5年の有罪判決を受けました。
 一審判決は未だ確定していませんが、判決で認定された事実は、弁護士に対する信頼を著しく損なうものであり、極めて遺憾です。
 当会は、今年度において、元会員・会員が合計3名逮捕されたことから、更なる不祥事防止策を検討しているところであり、また、倫理研修の一層の充実などを通じて、弁護士職務の適正の確保並びに弁護士及び弁護士会に対する市民の皆さまからの信頼回復に今後とも努力する所存です。

2024年2月9日
福岡県弁護士会
会長 大 神 昌 憲

当会会員の逮捕に関する会長談話

カテゴリー:会長談話

 当会の会員である清田知孝弁護士(2023年3月13日から1年6月の業務停止処分中)が、依頼者からの預り金約802万円を業務上横領したとして、2024年1月24日、逮捕されたとの報道に接しました。
 被疑事実の真偽につきましては今後の捜査及び裁判の進展を待つことになりますが、当会は、会員が業務上横領事件で逮捕されたことについて、極めて重大なこととして厳粛に受けとめています。
 当会は、今年度において、元会員が2名逮捕され、また預り金の私的流用事案で会員に対し業務停止処分を行ったことから、更なる不祥事防止策を検討していた矢先のことであり、上記会員の逮捕は誠に遺憾です。
 当会は、基本的人権の擁護と社会正義の実現を使命とする弁護士の職務を全うするため、倫理研修を強化し、全会員に対してあらためて弁護士としての自覚と倫理意識の徹底を強く求めるとともに、所属会員の非行事案に関し迅速かつ適正な処分を行い、弁護士及び弁護士会に対する市民の皆さまからの信頼回復に努力する所存です。

2024年1月24日
福岡県弁護士会
会長 大 神 昌 憲

緊急事態時に国会議員の任期延長を許す憲法改正に反対し、大規模自然災害等 の緊急事態時にも選挙を実施できるようにするための制度整備を求める意見書

カテゴリー:意見

第1 意見の趣旨
 当会は、
1 現在、第212回国会の衆議院憲法審査会において議論がなされている、大規模災害等の緊急事態時に国会議員の任期延長を許すとする憲法改正に反対する。
2 国に対し、大規模災害等の緊急事態時においても選挙を実施できるよう、公職選挙法改正等の制度の整備をすることを求める。
第2 意見の理由
1 はじめに
 現在、第212回国会の衆議院の憲法審査会において、大規模自然災害等の緊急事態時に国会の権能を維持するために国会議員の任期延長を認める内容の憲法改正を行うべきであるとの議論が提起され、これに賛成する会派から具体的な条文案も示されている。
 それら条文案では、概ね、外部からの武力攻撃、大規模自然災害、内乱、感染症まん延等の緊急事態が発生し、選挙の一体性が害されるほどの広範な地域において国政選挙の適正な実施が70日を超えて困難であることが明らかな場合に、手続的要件を充足すれば、国会議員の任期を延長(任期満了や衆議院解散の場合は前議員の身分を復活させたうえで延長。延長期間は1年とするものや、「国政選挙が適正に実施されるまでの間」の上限6ヵ月とするもの等があり、再延長を可とする。)するとされている。手続的要件は、選挙実施困難性の認定は内閣が行い、国会において過半数ないし出席議員の3分の2以上の事前承認を要するというものである。
2 国民の選挙権行使の機会を縮小させること
 憲法は、主権が国民に存することを宣言し(前文、1条)、公務員を選定し及びこれを罷免することは国民固有の権利であると定め(15条1項)、国会の両議院は全国民を代表する選挙された議員でこれを組織すると定めて(43条1項)、国民に対し主権者として衆参両議院の議員の選挙において投票することによって国の政治に参加する権利を保障している。選挙は国民が国の政治に参加して国政のあり方を決めるという国民主権の根幹であるから、憲法はこうした国民主権の根幹に関わる権利として、国民に選挙権を保障しているのである。
 したがって、国民の選挙権又はその行使を制限することは原則として許されず、制限することがやむを得ないと認められる事由がなければならない(最高裁判所2005年(平成17年)9月14日在外日本人選挙権剥奪違法確認等請求事件判決同旨)。
 国会議員の任期は、衆議院議員が4年(45条本文)、参議院議員が6年で3年ごとの半数改選であり(46条)、衆議院議員について、衆議院解散の場合には期間満了前に終了する(45条但書)。従って、憲法は、衆議院について少なくとも4年に1度の頻度で(衆議院解散の場合にはより高い頻度で)、参議院について3年に1度の頻度で、国民に選挙権行使の機会を保障していると言える。これは、国民主権原理を充実させるために、かかる頻度において国民の意思を国政に反映させる機会を確保しているものでもある。
 議員任期が延長されれば、国民が、本来であれば延長前に行使できた選挙権を、延長された期間中には行使できなくなり、選挙権を行使できる頻度も延長前より低くなるのであるから、この権利行使の機会を縮小させることになる。選挙権行使の頻度を低めるということは、憲法が国民主権を充実させようとした態度とは正反対の方向であり、国民主権原理を後退させるものである。後述するところから明らかなとおり、そのように選挙権行使の機会を縮小させることにやむを得ないと認められる事由があるとは言い難い。
3 濫用のおそれがあること
 国会議員の任期を延長すれば、延長時点における議院の会派構成を維持することになる。そこで、内閣や、その存立の基礎である両議院(とりわけ衆議院)の多数派(与党)が国民多数の支持を失っている場合には、権力維持目的で濫用されるおそれがある。
 選挙実施困難性の認定権限を持つ内閣が、選挙(とりわけ衆議院議員総選挙)を実施すれば自らの存立の基礎である政権与党が多数派を維持し得ず少数派勢力に転落すると見通される場合に、現在の会派構成を維持するため、あえて選挙実施困難であると認定する(逆にそのように考えない場合にはあえて認定しない)という恣意的な権限行使をするおそれがあるからである。
 また、内閣が選挙実施困難であると認定した場合の承認権限を有する国会も、任期を延長しなければその地位を失うはずの国会議員が自ら任期延長の可否を決するというのであるから、自らの保身の可否を自ら判断できることになるのであって、延長を可とする誘因が強く、お手盛りの判断となる危険が大きいと言わざるを得ない。任期を延長せずに選挙を実施すれば多数派勢力が少数派に転落する可能性が強いという見通しがある場合にはなおさらである。
 国会議員の任期延長が現に政治的に利用された実例があることも忘れてはならない。1941年(昭和16年)、衆議院議員の任期満了前に立法措置により任期が1年間延期されたことがあるが、その理由とされたのは、「今日のような緊迫した内外情勢下に、短期間でも国民を選挙に没頭させることは、国政について不必要にとかく議論を誘発し、不必要な摩擦競争を生じせしめて、内外外交上はなはだ面白くない結果を招くおそれがあるのみならず、挙国一致防衛国家体制の整備を邁進しようとする決意について、疑いを起こさしめぬとも限らぬので、議会の任期を延長して、今後ほぼ1年間は選挙を行わぬこととした」(法学協会「第七六帝國議會・新法律の解説」(1941年(昭和16年)有斐閣刊))ということであった。
 その翌年である1942年(昭和17年)には一転して、「議会の刷新を期し、政治力の結集を図ることがむしろ戦争遂行のため緊要であると考え、戦争の真っ最中であえて総選挙を断行した」(「議会制度百年史・帝国議会史・下巻」636頁)という理由により、戦時下、東京、横須賀、横浜、名古屋、神戸、大阪等への空襲の12日後に、任期満了時にあえて任期を延長することなく、衆議院議員総選挙(翼賛政治体制協議会による推薦の有無により選挙戦に圧倒的な有利不利の差が生じたとされ、当選者の8割以上を推薦者が占めたいわゆる翼賛選挙)が行われたのである。
 このような実例に鑑みても、憲法上、国会議員の任期延長を許すこととした場合に権力維持目的で濫用されるということは、杞憂に過ぎないとは到底言えず、現実的にそのおそれがあるものと言わねばならない。
4 議員任期を延長せずとも現行憲法の規定により対応可能であること
 そもそも、憲法は、現在の議員任期延長条文案が想定するような場面に対処するため、参議院の緊急集会の規定を置いている(54条2項後段)。衆議院解散により全ての衆議院議員が不在となっても、「国に緊急の必要があるとき」には内閣が参議院の緊急集会を求めることができるのである。参議院議員は半数ごとの改選である(46条)ため、全議員が不在となることはないし、定足数(56条により各議院の総議員の3分の1)に不足する事態が生じることもないため、緊急集会が開会できなくなる事態は想定し難い。緊急集会において採られた措置は「臨時のもの」とされ、次の国会開会後10日以内に衆議院の同意がない場合には効力を失うものとされて、衆議院による関与の機会が保障され、二院制の原則に対する配慮もなされている。
 衆議院議員の任期満了の場合には、公職選挙法31条1項により、衆議院議員総選挙を「議員の任期が終る前三十日以内に行う」ことが原則とされているから、原則として衆議院議員が不在となることはない。
 但し、同条2項が例外的場合を想定して定める、1項による総選挙期間が「国会開会中又は閉会の日から二十三日以内にかかる場合」に、総選挙を「国会閉会の日から二十四日以後三十日以内に行う」という場合には、衆議院議員不在の期間が生ずる。1項による場合にも、衆議院議員総選挙を行うべき任期終了前30日間に自然災害等が発生すれば、衆議院議員不在の期間が生じ得る。
 しかし、これらはかなり稀な例外であると思われるうえ、この場合には憲法54条2項後段を類推適用して、参議院の緊急集会で対応することが考えられる。任期満了による衆議院議員不在の場合も解散による不在の場合と状況が酷似しており類推の合理的基礎があるうえ、この場合に類推適用しても解釈によって適用場面が不当に広がるという事態は生じ得ないからである(2023年(令和5年)5月18日、衆議院憲法審査会に参考人として招致された長谷部恭男早稲田大学大学院教授及び大石眞京都大学名誉教授の発言同旨)。
 参議院の緊急集会に関しては、衆議院解散総選挙の場合に衆議院議員の不在期間が憲法上、70日と限定されている(54条1項により解散の日から40日以内に総選挙、総選挙から30日以内に特別会招集)ことから、参議院の緊急集会の存続期間も70日に限定されていると解して、その日数を超えた事態への対応のために議員任期延長の必要を説く見解もある。
 しかし、憲法上、参議院の緊急集会自体の存続期間が限定されているわけではなく、国会の機能を臨時的に代替するという緊急集会の機能から考えれば、必ずしも緊急集会の存続期間を衆議院解散から70日と限定する必要性はない。そもそも、憲法54条1項が衆議院解散から総選挙までの日数及び総選挙から特別会の招集までの日数を限定した理由は、衆議院解散後に総選挙を実施しようとしなかったり、総選挙後に特別会を招集しようとしなかったりして、国民の支持を失ったにもかかわらず従前の内閣(及び従前の衆議院多数派議員)が政権の座に居座り続けようとすることを許さないという目的によるのであり、日数の限定はその手段である。任期延長を可能とし、国民の支持を失った内閣や多数派議員が政権の座に居座り続けるのを認めるということでは、目的と手段が逆転することになり、本末転倒というほかない。
 また、公職選挙法上、一部の投票所において「投票を行うことができない」又は「更に投票を行う必要がある」場合であっても、繰延投票(公職選挙法57条)によることで選挙そのものは実施し、当該一部の投票所において投票を繰り延べるという方策も用意されているから、これによることも可能である。この場合、投票が繰り延べられた投票所を含む選挙区については選挙結果の確定が遅れることとなるが、投票が可能となり次第、順次投票を実施して選挙結果を確定していけばよい。
 このように、議員任期を延長せずとも現行憲法の規定によって十分に対応可能なのである。
5 緊急事態時にも選挙を実施できるようにするための制度の整備こそが必要であること
 大規模自然災害時等において選挙実施が困難となる事態をより根本的に解決するためには、公職選挙法の改正等の制度整備によって、国民の選挙権の行使の機会を拡充する方策を実現することがより重要である。
 具体的には、平時から選挙人のバックアップ名簿を作成することや、避難者が住所地の投票所に戻らずとも避難先の投票所で本来の選挙区における投票をできるようにすること(現行制度でも、指定港における船員の不在者投票という制度(公職選挙法49条7項)があり、それと類似の制度を創設すること。)、郵便投票制度の拡充(現行の公職選挙法49条2項でも一部の身体障害者や要介護者に、あるいは在外投票制度で認められている郵便発送による投票を被災者にも広げること。)、投票所単位の繰延投票では対処できない場合に備えて都道府県選挙管理委員会の判断により選挙自体を延期できる制度の創設、などを検討すべきである(日本弁護士連合会の2017年12月22日付「大規模災害に備えるために公職選挙法の改正を求める意見書」でも同様の提言がなされている。)。
 また、大規模自然災害時には、被災自治体が選挙事務を担うことによる人的負担及び経費負担を緩和すべきことも課題となるが、災害対策基本法の被災自治体への職員派遣制度を弾力的に運用することによって人的負担を緩和し、費用を被災自治体と職員派遣自治体のみの負担によることなく国が負担することによって経費負担を緩和することにより解決可能である。
 このような制度の整備を行うことにより、大規模災害等の事態においても選挙の実施が容易になると考えられ、それにより民意を反映した国会・内閣の構成が可能となる。そして、そのような制度整備は、公職選挙法等の法改正等により可能なのである。
6 結語
 以上のとおり、国会議員の任期を延長する憲法改正案は、その想定する事態が現行憲法規定により対応可能であるため改正の必要性が認められない。そうでありながら国民の選挙権行使の機会を縮小させ、国民主権原理を後退させるのみならず、特に内閣・政権与党による濫用のおそれがある。真に国民主権、民主主義を尊重するためには、大規模自然災害等の下でも選挙を実施できる制度の整備こそが必要である。
 よって、当会は、第212回国会の衆議院憲法審査会において議論されている、大規模災害等の緊急事態時に国会議員の任期延長を許すとする憲法改正に反対するとともに、国に対し、大規模災害等の緊急事態時においても選挙を実施できるよう、公職選挙法改正等の制度の整備をすることを求める。

2023年(令和5年)12月6日
福岡県弁護士会
会長 大 神 昌 憲

福岡県弁護士会 〒810-0044 福岡市中央区六本松4丁目2番5号 TEL:092-741-6416

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