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トランスジェンダーである弁護士へのヘイトクライムを非難し、差別のない社会を目指す会長声明

カテゴリー:声明

 大阪弁護士会に所属する弁護士に対し、2023(令和5)年6月3日から5日にかけて、事務所のホームページの問い合わせフォームで、トランスジェンダーであることを揶揄するようなメッセージや、殺害予告が書かれたメッセージがあわせて15通届いたことが報道された。
 上記メッセージの送信行為は、当該弁護士がトランスジェンダーであることやトランスジェンダーをはじめとする性的少数者の人権活動に取り組んでいることを理由として脅迫するもので、特定の属性を持つ個人や集団への偏見や憎悪に基づくヘイトクライム(憎悪犯罪)に他ならない。
 人権活動に取り組む弁護士に対する業務妨害行為であるだけでなく、当該弁護士のみならず、これを見聞きした性的少数者をも深く傷つけ、その平穏に生活する権利を害するものであって、非常に悪質である。このような行為を断じて許すことはできない。
 さらに、かかる行為は、憲法の基礎原理である個人の尊重、人格の尊厳を否定するものであり、決して看過することはできない。
 当会は、殺害予告を受けた弁護士が表明した脅迫に屈しないとの決意への連帯を表明するとともに、全てのトランスジェンダー当事者の人格が尊重され、平穏に生きることができる差別のない社会の実現に向けて、今後とも力を尽くす所存であることをここに表明する。

2023年(令和5年)6月21日

福岡県弁護士会

会長 大神昌憲

中小企業への支援策を拡充しながら労働者の生活を支えて経済を活性化するために、最低賃金額の大幅な引上げを求める会長声明

カテゴリー:声明

 福岡地方最低賃金審議会は、昨年度、福岡県最低賃金を前年度比30円増額の時間額900円とする答申を行い、当該答申どおりの改正が行われた。しかし、時給900円は、未だ、いわゆるワーキングプアと呼ばれる水準にとどまっている。
 原材料価格の高騰や円安の進行、長期に及んだ新型コロナウイルス問題やロシアのウクライナ侵攻などの影響で、食料品や光熱費など生活関連品の価格が急上昇していること、そしてこの傾向はもはや一過性のものではないことをふまえると、労働者の生活を守り、経済を活性化させるためには、全ての労働者の実質賃金の上昇又は維持を実現する必要があり、そのためには最低賃金額を大きく引き上げることが必要である。
 また、最低賃金の地域間格差が依然として是正されていないことは重大な問題である。2022年の最低賃金は、最も高い東京都で時給1072円であるのに対し、最も低い10県では時給853円であり、その間には219円もの開きがある。上述のとおり福岡県も時給900円にとどまっており、東京都とは172円もの開きがある。なお、2021年の最低賃金は、福岡県が870円、東京都が1041円(171円の差)であり、格差はむしろ拡大している。
 地域の最低賃金の高低と人口の増減には強い相関関係があり、最低賃金の格差は、最低賃金が低い地域の人口減ひいては経済停滞の要因ともなっている。大都市部への労働力の集中を緩和し、他の地域に労働力を確保することは、地域経済の活性化のみならず、大都市部への一極集中から来る様々なリスクを分散する上でも極めて有効である。
 地域別最低賃金を決定する際の考慮要素とされる労働者の生計費は、最近の調査によれば、都市部と地方の間でほとんど差がないという分析がなされている。これは、都市部以外の地域では、都市部に比べて住居費が低廉であるものの、公共交通機関の利用が制限され、通勤その他の社会生活を営むために自動車の保有を余儀なくされることが背景にある。そもそも、最低賃金は、労働者が「健康で文化的な最低限度の生活」を営むために必要な最低生計費を下回ることは許されない。労働者の最低生計費に地域間格差がほとんど存在しない以上、最低賃金の地域間格差を維持することは適切ではなく、地方の最低賃金を都市部の水準まで引き上げることが求められる。
 厚生労働省の中央最低賃金審議会に設置された「目安制度の在り方に関する全員協議会」が本年4月6日にまとめた報告では、現行のAないしDの4段階の目安区分を3段階とすることが提案されている。しかし、これではCランクの引上額を、Aランクの引上額より大幅に上回るものとするなど抜本的な方策でも採られない限り、地域間格差の迅速な解消は望めない。中央最低賃金審議会は、現行の目安制度が地域間格差を解消できなくなっていることを直視し、全国一律最低賃金制度実現に向けた提言をするなど、地域間格差の解消に向け、目安制度に代わる抜本的改正策を検討すべきである。
 最低賃金引上げに伴う中小企業への支援策について、現在、国は「業務改善助成金」制度による支援を実施している。しかし、その支援は未だ十分とは言い難く、日本の経済を支えている中小企業が、最低賃金を引き上げても円滑に企業運営を行うことができるよう十分な支援策を講じることが必要である。例えば、社会保険料の事業主負担部分を免除・軽減すること、原材料費等の価格上昇を取引に正しく反映させることを可能にするよう法規制することなどの支援策も有効であると考えられる。
 当会は、引き続き国に対し中小企業への十分な支援策を求めるとともに、本年度、中央最低賃金審議会が、厚生労働大臣に対し、地域間格差を縮小しながら全国全ての地域において最低賃金の引上げを答申すべきこと、福岡地方最低賃金審議会が、福岡労働局長に対し最低賃金の大幅な引上げを答申すべきことを強く求める。

2023年(令和5年)6月21日

福岡県弁護士会

会長 大 神 昌 憲

名古屋地裁・福岡地裁判決を受け、直ちに、すべての人にとって平等な婚姻制度の実現を求める会長声明

カテゴリー:声明

1 同性間の婚姻ができない現在の婚姻に関する民法及び戸籍法の諸規定(以下「本件諸規定」という。)の違憲性を問う裁判において、2023(令和5)年5月30日に名古屋地方裁判所は、本件諸規定が憲法14条1項及び24条2項に違反する旨の判決(以下「名古屋地裁判決」という。)を、これに続く同年6月8日、福岡地方裁判所は、本件諸規定が憲法24条2項に違反する状態である旨の判決(以下「福岡地裁判決」という。)を、それぞれ言い渡した。
2 名古屋地裁判決は、 婚姻制度が、両当事者の関係性を保護するための法律上の効果を付与するだけでなく、その関係性を公証し、正当な関係として社会的承認を与えるための極めて有力な手段となっていることを指摘した。そして、両当事者の関係が国の制度により公証され、その関係を保護するのにふさわしい効果を付与されるための枠組みが与えられるということ自体が重要な人格的利益であると述べ、このような重要な人格的利益を享受できないことにより同性カップルが被る不利益は重大であり、その規模も期間も相当なものであって、その影響は深刻と指摘した。
  その上で、同性カップルは法律婚制度に付与されている重大な人格的利益を享受することから一切排除されているのに対し、その状態を正当化するだけの具体的な反対利益は十分に観念しがたく、もはや個人の尊厳の要請に照らして合理性を欠くに至っており、国会の立法裁量の範囲を超えているとして、本件諸規定は、同性カップルに対して、その関係を国の制度によって公証し、その関係を保護するのにふさわしい効果を付与するための枠組みすら与えていないという点で、憲法24条2項に違反すると結論付けた。
  さらに、本判決は、同性愛者にとって同性との婚姻が認められていないということは、性的指向により別異取扱いがなされていることに他ならないと指摘し、憲法14条1項にも違反するとした。
3 福岡地裁判決は、永続的な精神的及び肉体的結合の相手を選び、家族として公証する制度は、現行法上婚姻制度しか存在せず、我が国では、公的な権利関係に留まらず、私的な関係においても家族であることが公証されることで種々の便益を得られる仕組みが多数存在するところ、そのような事実上の利益も、公証の効果として一律に発生するものであり、これを発生させる基本的な単位であるはずの婚姻ができず、その効果を自らの意思で発生させられないことは看過しがたい不利益であると指摘する。このことと、国民の意識における婚姻の重要性を併せ鑑みれば、婚姻をするかしないか及び誰とするかを自己の意思で決定することは同性愛者にとっても尊重されるべき人格的利益であると認めた。
  そして、本件諸規定の下で同性カップルは婚姻制度を利用することによって得られる利益を一切享受できず法的に家族と承認されないという重大な不利益を被っているとし、婚姻制度の実態や婚姻に対する社会通念が変遷し、同性婚に対する国民の理解が相当程度浸透していることもふまえると、同性カップルに婚姻制度によって得られる利益を一切認めず、自らの選んだ相手と法的に家族になる手段を与えていない本件諸規定は、もはや個人の尊厳に立脚すべきものとする憲法24条2項に違反する状態であると言わざるを得ない、と断じた。
4 同種の訴訟は、札幌、東京、大阪、名古屋、福岡の全国5地裁に係属していたところ、上記両判決をもって、5地裁の判決が出されたことになる。
  本件諸規定を憲法14条1項違反とした2021(令和3)年3月の札幌地裁判決、同性間の人的結合関係についてパートナーと家族になるための法制度が存在しないことについて憲法24条2項に違反する状態にあるとした2022(令和4)年11月の東京地裁判決と合わせ、5件中4件の判決において現状が憲法に反する旨が判断されたことになる。結論として合憲と判断した同年6月の大阪地裁判決も将来的に違憲となる可能性を指摘しており、同性カップルについて、異性カップルと同様、家族として法的に保護するための制度が必要であるとの司法判断の流れは確定し、もはや動かしがたいものとなったというべきである。
5 当会は、2019(令和元)年5月29日の「すべての人にとって平等な婚姻制度の実現を求める決議」において、憲法13条、14条、24条や国際人権自由権規約により、同性カップルには婚姻の自由が保障され、また性的少数者であることを理由に差別されないこととされているのだから、国は公権力やその他の権力から性的少数者が社会的存在として排除を受けるおそれなく、人生において重要な婚姻制度を利用できる社会を作る義務があること、しかし現状は同性間における婚姻は制度として認められておらず、平等原則に抵触する不合理な差別が継続していることを明らかにし、政府及び国家に対し、同性者間の婚姻を認める法制度の整備を求めた。また、前記札幌地裁判決、大阪地裁判決、東京地裁判決に際しても、それぞれ2021(令和3)年4月28日、2022(令和4)年8月10日、2023(令和5)年1月18日に会長声明を発し、政府・国会に対し、同性間の婚姻制度を早急に整備することを改めて求めた。
  しかしこの間、本問題に関し、上記法制度の整備に向けた具体的な動きは、政府・国会において無いに等しい状況である。政府は、従前から、同性間の婚姻制度の導入について、「極めて慎重な検討を要する」との答弁を繰り返すばかりであったところ、2023(令和5)年2月の衆議院予算委員会でも、政府から、社会が変わってしまう課題だという趣旨の発言があり、後ろ向きの姿勢が浮き彫りになっている。
  一連の判決が厳しく指摘するとおり、現在の状況は、同性カップルの人格的生存に対する重大な脅威、障害であり、足踏みをしている暇はない。名古屋地裁判決・福岡地裁判決を受け、今度こそ、政府・国会は、直ちに、同性間の婚姻制度を整備し、すべての人にとって平等な婚姻制度の実現を図るべきである。
  なお、名古屋地裁判決・福岡地裁判決のいずれも、同性カップルが家族となるための法制度として、諸外国における登録パートナーシップ制度のような婚姻類似の制度に言及しているが、当会が従前指摘してきたとおり、このような異性カップルにおける婚姻と異なる制度を別に設けることは、同性カップルに対する新たな差別を惹起しかねない。制度構築にあたっては、同性カップルに対して婚姻の門戸を開くものとすべきであることを改めて述べておく。

2023年(令和5年)6月15日

福岡県弁護士会

会長 大神昌憲

精神保健国選代理人制度の速やかな導入と暫定措置を求める決議

カテゴリー:決議

決議の趣旨
 当会は、国に対し、精神保健福祉法の退院請求等手続に国選代理人制度ないし国費による無償の弁護士選任制度の速やかな導入を改めて求めるとともに、これらの制度が導入されるまでの間においても、暫定措置として、国、精神医療審査会及び精神科病院に対し、全国各地の弁護士会が実施している精神保健当番弁護士ないし精神保健出張相談等の制度を精神科病院の入院者に周知する運用を強く求める。
決議の理由
1 精神科病院入院者の不服申立手続である精神医療審査会に対する退院請求及び処遇改善請求手続(以下「退院請求等手続」という。)は、1984年(昭和59年)に発覚した宇都宮病院事件をはじめとする精神科病院における入院者への虐待等深刻な人権侵害状況に対し、国内外からの厳しい批判を受け、1987年(昭和62年)の精神衛生法から精神保健法への改正において導入されたものである。
2⑴ 国際人権B規約9条4項は「逮捕又は抑留によって自由を奪われた者は、裁判所(Court)がその抑留が合法的であるかどうかを遅滞なく決定すること及びその抑留が合法的でない場合にはその釈放を命ずることができるように、裁判所において手続をとる権利を有する。」と定める。わが国政府見解では、Courtとは専門的なトライビューナル(裁決機関)であってもよいとの国際的解釈の下、精神医療審査会は同規約上のCourtであるとされている。
したがって精神医療審査会にはCourtとしての実体を担保する手続保障の必要があるが、退院請求等手続が、精神科病院入院者の人身の自由や処遇に関する基本的人権の制約に対する不服申立手続であることにかんがみれば、退院請求等手続における弁護士人選任権の保障は最も重要な手続保障である。
⑵ 1991年(平成3年)12月に国連総会において決議された「精神疾患を有する者の保護及びメンタルヘルスケアの改善のための諸原則」(以下「国連原則」という。)の原則18の1においても「患者は不服申立て又は訴えにおける代理を含む事項について、患者を代理する弁護人を選任し、指名する権利を有する。もし患者がこのようなサービスを得られない場合には、患者がそれを支弁する能力がない範囲において、無償で弁護人を利用することができる。」と定められている。
⑶ ところが現行の精神保健福祉法及び関連法制の下では、入院者の弁護士選任権の保障は前提としているものの(弁護士との面会は絶対に制限できない権利とされている)、弁護士選任権を明文で保障する規定はなく、ましてや、これを入院者に告知する制度的運用もない(強制的入院者に入院の際に交付すべき権利告知書の内容に含まれていない)。もちろん、国選代理人制度ないし国費による無償の弁護士選任制度もない。
  そのため、厚生労働省の衛生行政報告例によれば、退院請求等手続を利用する者は、精神科病院入院者全体のわずか1.5%程度に過ぎず、そのうちさらに代理人が申立てを行っているのは6%台という、極めて由々しき状況が続いている。
3 当会は、こうした現行制度のなか、国際人権規約及び国連原則の理念を体現すべく、全国にさきがけ、1993年(平成5年)に、精神科病院入院者等からの依頼により病院に赴き無料で法律相談を行い、退院請求等手続の代理人となる「精神保健当番弁護士制度」を当会自らの費用負担により発足させ、現在まで活発な活動を展開してきた(2023年(令和5年)4月1日現在の精神保健当番弁護士名簿の登録弁護士数は408名、コロナ禍の影響をさほど受けていなかった2021年(令和3年)度における出動申込み件数は404件にのぼっていた。なお当会の活動は、費用負担の点では2002年(平成14年)10月開始の日本弁護士連合会(以下「日弁連」という。)の法テラス委託援助事業に引き継がれている。)。
  また、精神保健当番弁護士制度の全国普及に向けた活動にも積極的に取り組んできた。
4 こうした活動を踏まえ、当会は、2020年(令和2年)10月の総会において、精神保健福祉法の退院請求等手続に国選代理人制度を導入することを求める決議を行った。
  その後、日弁連も、2021年(令和3年)10月15日、人権擁護大会において「精神障害のある人の尊厳の確立を求める決議」を行い、その中で、無償で弁護士を選任し、援助を受けることができる制度を速やかに創設することを求めるとともに、精神科病院入院者がいつでも迅速に利用できる弁護士選任制度を速やかに全ての弁護士会に創設することに全力を尽くす決意を示した。
  2023年4月現在、全52弁護士会中、実施済み弁護士会は32、実施に向け準備中の弁護士会は7に上り、今後、さらなる整備拡充が期待される。   
5 ところが、2022年(令和4年)12月、精神保健福祉法が一部改正されたが、同改正において国選代理人制度の導入は盛り込まれなかった。当会はこれに対し、遺憾の意を表明し、国選代理人制度(退院等請求をした精神科入院者のために国あるいは精神医療審査会が弁護士代理人を選任する制度)ないし国費による無償の弁護士選任制度(退院等請求をした精神科入院者が弁護士代理人を選任するかどうかはあくまでも本人の意思に委ね、その弁護士費用を国が負担する制度。国選代理人制度と併せて本決議において「精神保健国選代理人制度」という。)の速やかな導入を改めて求めるものである。
  加えて、これらの制度が導入されるまでの間においても、現に今いる精神科病院入院者の弁護士選任権を実効あらしめるためには、暫定措置として、①国が、強制入院者に入院の際に交付する権利告知書の内容に全国各地の弁護士会が実施している精神保健当番弁護士ないし精神保健出張相談等の制度の説明(とりわけ、その利用には費用援助制度が整備されていること)及び連絡先を盛り込むこと、②精神科病院管理者が、その後も入院者が入院中継続的にこれを認識し得るよう掲示等で周知すること、③精神医療審査会が、退院請求等の申立時に代理人が付いていない入院者に対し、弁護士選任権についての認識や理解を確認し、当該権利や費用援助制度について分かりやすく説明することが極めて重要である。
6 厚生労働省の令和4年度の精神保健福祉資料(いわゆる630調査)によれば、わが国の精神科病院には現在もなお約26万人もの入院者がおり、その半数約13万人が精神保健福祉法により強制的に入院させられた人たちである。これは、わが国の令和3年末時点の受刑者数が3万8366人であり減少傾向にあること(令和4年版犯罪白書)と比較すると、その3倍以上であり、しかも強制入院については期間も決まっていない、いわば不定期刑ともいうべき身体の自由に対する制約である。まさしく精神科病院入院者に対する権利擁護は、弁護士・弁護士会が取り組むべき最後に残された大きな人権課題というべきである。
  入院者の基本的人権を確保するためには、精神保健国選代理人制度が不可欠であり、当会は国に対し、その速やかな導入を改めて求めるとともに、これらの制度が導入されるまでの間においても、暫定措置として、国、精神医療審査会及び精神科病院に対し、精神保健当番弁護士ないし精神保健出張相談等の制度を入院者に周知するための上記運用を強く求めるものである。

以上

2023年(令和5年)5月26日

福岡県弁護士会

いわゆる谷間世代に対する不平等是正のため、国による一律給付を早期に実現することを求める決議

カテゴリー:決議

【決議の趣旨】
当会は、政府及び国会に対して、いわゆる谷間世代(2011年11月から2017年10月までの6年間に採用され、修習期間中に給費ないし修習給付金の支給を受けることのできなかった司法修習生)の者が、その経済的負担や不平等感によって法曹としての活動等に支障が生ずることのないよう、是正措置として、国による、少なくとも修習給付金相当額の、又はこれを上回る額の一律給付を早期に実現するよう求める。
【決議の理由】
第1 谷間世代の問題が生じた経緯
(1)司法修習と給費制
 司法は、三権の一翼として、法の支配を実現し国民の権利を守るための重要な社会インフラであり、弁護士、裁判官、検察官ら法曹はこの司法の担い手としての公共的使命を負う。
そこで国は、高度な技術と倫理感が備わった法曹を国の責任で養成するために、現行の司法修習制度を、1947年(昭和22年)、日本国憲法施行と同時に発足させ運営してきた。この制度の中で、司法修習生は、修習専念義務(兼職の原則禁止)、守秘義務等の職務上の義務を負いながら、裁判官・検察官・弁護士になる法律家の卵として、将来の進路如何にかかわらず、全ての分野の法曹実務を現場で実習し、法曹三者全ての倫理と技術を習得してきた。そして、修習に専念できるに足る生活保障の一環として、制度発足時から64年間にわたって、司法修習生には給費が支給されてきた(給費制)。
司法修習制度が修習専念義務等を課したうえで国の責任で法曹を養成する制度である以上、修習に専念できる環境整備を行うのは当然であり、その意味で司法修習制度と給費制は一体のものとして、我が国の法曹養成制度の根幹を担ってきたものである。
(2)給費制の廃止と無給・貸与制導入
しかしながら、2004年12月及び2011年11月の裁判所法改正を経て、司法修習生に対する給費の支給はなくなった(給費制の廃止)。ただ、修習専念義務、守秘義務等の職務上の義務は維持され、兼業も原則禁止であるため、司法修習中の生活費を必要とする者に対する制度として、国が生活等資金を貸し付ける制度(貸与制)が導入された。
こうして司法修習中は無給となり、かつ学部や法科大学院時代の奨学金の返済等の負担を負う者も多かったことから、谷間世代のうち貸与制を利用した者は約7割、一人当たりの平均貸与金額は約300万円にのぼった(日本弁護士連合会調査)。貸与金を借りなかった者も決して経済的に余裕があったわけではなく、親族から借り入れをした者、預貯金を切り崩した者なども多数存在した。
(3)修習給付金制度の創設と谷間世代の出現
給費制廃止は、修習専念義務を維持する一方で、司法修習中の生活の糧を奪うものであり、奨学金等に加えての貸与金の負担等により、谷間世代は大きな経済的負担を負うこととなった。
そのため、当会は、2010年以降、日本弁護士連合会(日弁連)、全国の弁護士会、ビギナーズ・ネット(若手法曹、学生らが主体となって給費制の維持ないし復活を目指し活動していた組織)等とともに給費制維持ないし復活のための活動を行い、全国会議員の6割を超える数の議員からの賛同や、日本医師会、日本歯科医師会、JA全中・全農、日本青年会議所など多くの団体や市民から応援をいただくことができた。この間、このような経済的負担の増加なども一因となり法科大学院入学者、司法試験受験者などの法曹志願者が年々減少するという事態となった。
これらの結果、政府は、2016年6月の「経済財政運営と改革の基本方針2016」(いわゆる骨太の方針)の中で、司法修習生に対する経済的支援を含む法曹人材確保の充実・強化を明示し、遂に2017年4月、裁判所法の改正により、第71期以降の司法修習生に対し修習給付金制度が創設された。
修習給付金は、上記の通りの運動の結果、いったん廃止された給費制が事実上復活したという点では画期的であったものの、給付額は、基本給付金が額面で月額13.5万円、移転給付金3.5万円、住居給付金月額3.5万円に留まるという点で、従前の給費額には遠く及ばず、日弁連が毎年、修習生に対して行ってきている修習実態調査アンケートでも修習に専念するには到底不足であるとする声が少なくなく、結局、修習専念資金という貸付制度を利用して借金を作らざるを得ない者が多数である等の窮状が伺える。法曹の卵である司法修習生が真に修習に専念できる環境を実現するためには、その検証によって早急に給付額の改善が図られることが不可欠というべきである。
 しかしながら、さしあたり喫緊かつ重大な問題としては、給費制が廃止された2011年11月から修習給付金制度が創設されるまでの6年間に司法修習を行った司法修習生である谷間世代に対しては、修習給付金制度は適用されず、国から何らの経済的支援もなされないままとなっていることがある。このように、谷間世代の経済的負担が、給付金制度の適用も受けることができず、給費を受けた従前の司法修習生のみならず、第71期以降の司法修習生に比しても重くなるという問題性は、裁判所法改正の国会審議の過程でも指摘されたものの、未だに解決されない重大問題として残存している。
第2 谷間世代救済の必要性
 谷間世代の人数は約1万1000人であり、全法曹人口の4分の1近くを占める。また、すでに司法修習修了から5〜10年のキャリアを積んでおり、まさにこれからの司法を中核となって担っていく世代である。給費制世代の法曹も、谷間世代の法曹も、給付金制度世代の法曹も皆同じく法の支配の実現に寄与する司法権の担い手であることに変わりはない。それにもかかわらず、谷間世代は、修習専念義務等のもとで生活保障なく司法修習を余儀なくされるという不条理を、また、その前後の時代の法曹に比して重い経済的負担を負わされるという不平等を強いられて、何ら是正、救済されていない。司法修習は、国民の権利擁護の担い手たる法曹を国の責任で育成するための制度である。そうであるにも関わらず、国が谷間世代の救済を何ら行わず、このような不条理かつ不平等な事態を放置したままにしていることは、その責任の放棄であり、断じて容認できない。
2019年(令和元年)5月30日に名古屋高等裁判所が言い渡した給費制廃止違憲訴訟判決は、「従前の司法修習制度の下で給費制が実現した役割の重要性及び司法修習生に対する経済的支援の必要性については、決して軽視されてはならないものであって、いわゆる谷間世代の多くが、貸与制の下で経済的に厳しい立場で司法修習を行い、貸与金の返済も余儀なくされているなどの実情にあり、他の世代の司法修習生に比し、不公平感を抱くのは当然のことであると思料する。例えば谷間世代の者に対しても一律に何らかの給付をするなどの事後的救済措置を行うことは、立法政策として十分考慮に値するのではないか」と付言した。修習専念義務を課しながらも、修習期間中の生活費や諸経費を借金である貸与金等でまかなわせるという制度の不合理は、修習給付金制度の創設をもって十分とは言えないながらも一部解消が図られ、今後の検証と改善が期待される。残る喫緊かつ重大な問題である谷間世代の不平等も、立法政策をもって早急に是正されるべきである。
 全法曹の約4分の1を占める谷間世代には、今後も司法の担い手の中核として、社会の不公正や権利侵害に立ち向って法の支配を実現していくことが強く期待されている。谷間世代が抱える経済的負担を是正し、谷間世代の経済的不安感や自分達だけが取り残されたという疎外感を払拭することは、谷間世代の活躍分野の拡大、司法機能の強化につながり、ひいては国民の権利擁護の実現と充実に資するのであるから、国は速やかに谷間世代に対する一律給付を実施すべきであり、その給付額としては、少なくとも給付金相当額であるべきであり、また、その修習給付金の給付額の検証と改善が不可欠である実情に鑑みると、それを上回る額であるべきである。
第3 谷間世代への一律給付実現を求める声が広がっていること
 修習給付金制度創設後、当会及び日弁連は、谷間世代の活躍分野の拡大と司法機能の強化の重要性を、院内集会や当会を始めとする全国各地での市民集会の開催など様々な方法で訴え、谷間世代への一律給付実現を求める活動を継続してきた。
 その結果、2023年2月、国による一律給付を含めた谷間世代問題の解決に向けての国会議員からの応援メッセージ数が全国会議員の過半数を超え、なお増加を続けている。また、日本医師会はじめ諸団体からも賛同のメッセージが寄せられるなど、谷間世代への一律給付実現を求める声が大きく広がっている。
 修習給付金制度創設の原動力となったビギナーズ・ネットも、谷間世代問題解決のため活動を再開し、議員会館前での挨拶運動などを行っている。
第4 結語
 以上の理由により、当会は、政府及び国会に対して、谷間世代の者に対する是正措置として、国による、少なくとも修習給付金相当額の、又はこれを上回る額の一律給付を早期に実現することを求める次第である。

以上

2023年(令和5年)5月26日
福岡県弁護士会

福岡県弁護士会 〒810-0044 福岡市中央区六本松4丁目2番5号 TEL:092-741-6416

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