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会長日記

カテゴリー:会長日記

福岡県弁護士会会長日記
平成23年度 会 長  吉 村 敏 幸(27期)
福岡家庭裁判所からお濠を隔てた南側に平和台陸上競技場があります。福岡高裁から西側へ約500mの場所です。福岡国際マラソンの開催場所でお馴染みです。
以前、ここでは春から秋にかけて中高生たちの競技会がよく開かれていました。赤いトラックが周囲の緑とフィールドの緑に浮かび上がり、美しいです。芝生の土堤に座って子どもたちの走る姿を見る。するとスタート直後からスッ、スーッと一瞬のうちに集団から抜け出し、あっという間に後続を引き離す選手がいます。この当時は筑紫女学園高校全盛の時代で、速いのは大抵筑女の学生で、圧倒的な差をつけての1位でした。
これが実業団レベルになると、圧勝はあまり見られないと思っていたところ、今年の日本陸上の女子ショートスプリンター福島千里選手はぶっちぎりの優勝でした。為末選手は全くダメ。先天的な能力に優れた選手であっても、努力不足や精神面の不調などから、好不調があるとか。
(今、ほとんどの陸上競技会は「博多の森」へ移っており、平和台ではあまり実施されないとか。残念です)
たまたま先日、東京帰り便飛行機の中で「一瞬の風になれ」(佐藤多佳子著・講談社文庫)を読みました。高校生の陸上競技部の400mリレーを中心とした物語でしたが、バランスの良い走法を作り上げることによって走力がかなりつくことを知りました。その努力のうえに、精神面の充実も伴うという。
私たちの執行部活動も、努力努力の二文字です。
最近は、移動の交通機関の中では女性作家の文庫ばかりを読んでいることに気づきました。男性とは異なる視点やスタイルが多く、あまり考えないで、スーッと読めるのが多いです。
会務報告です。
◆ 毎年、新執行部は3月から5月にかけては、会務引継ぎ、新執行部の課題設定、委員会人事、あいさつ回り、予算、定期総会など、課題山積で、怒涛の毎日を過ごすといわれます。
  今年は大震災と原発事故の対応がさらに重い課題となり、加えて、困難な状況下での給費制の運動があります。
  6月4日の法曹養成を考える市民集会は、給費制をメインテーマとして開催したところ、西日本新聞会館にて約350名の参加者があり(「ホウな話」を読んで参加したという一般市民もおられました)。また警固公園→国体道路→昭和通り→天神交差点→アクロス前公園へと至るパレードにも約130名の参加者が元気一杯で行進し、通りの一般市民のビラ受取りの反応も良く、市民から激励を受けたという会員の報告もありました。
  6月16日、17日、18日は日弁の理事会と法曹人口政策会議ですが、私は市丸前会長と高橋副会長の3名で、福岡県選出の全国会議員あて6月4日給費制市民集会の報告書を携えて、更なる協力依頼のあいさつ回りをしました。
  衆議院18名、参議院8名。早朝8時30分に集合し、10時までに足早に回ります。議員がいるところではじっくり話ができましたが、多くは勉強会や外出中のため、秘書に冊子を渡し「今年8月末日の検討会議(フォーラム)において給費制廃止の結論にならないよう」念押しの口上を申述します。
  時間が足りなかったのですが、市丸前会長は理事会昼食時間に一人で残り全議員を回っていただきました。頼もしい限りです。
  回った限りでは、議員や秘書は問題の所在を概ね理解しておられ、反応も大変良かったとの印象を受けました。
  この視点は、・給費制が戦後間もない昭和22年5月に統一修習制の採用とともに給費制が始まった歴史的経緯、・弁護士、弁護士会の公益性、・修習生の修習専念義務、・ロースクール生、修習生の置かれた現状、などです。これらから金持ちだけしか受け入れない貸与制は廃止すべきことを訴えていきました。
  しかし、フォーラムの第1回議事録(公開)を読む限りでは、桜井財務副大臣の感情的反発などが露わであり、歴史的経緯と現状に対する分析と評価が明確になされるか否かについて議論の行方が懸念されます。まだまだ10月末日まで運動を盛り上げなければなりません。
◆ 当会独自の問題としては、共済規定廃止の問題と、新会館建設に向けた取組みに取りかからなければなりません。
  共済規定については、前年度執行部が3月の臨時総会で成立を目指したものの、会員への周知が不足しているのではないかとの問題提起がなされたため、一旦撤回され、今年度へと引き継がれた課題です。
  現在、共済会費は毎月1,000円をいただいています。この積立金が現在約9,000万円近くに達しています。以前は各部会互助会において積立金から慶弔、退会等の事由に対して一定の金員が支払われてきたわけですが、平成8年4月1日から県弁全体として一本化しました。ところが、会員が1,000名を超えると保険業法の適用対象となることから、大きな単位会はこの規定の改廃を余儀なくされています。
  方法としては、・これまでの積立金の一定割合を返還するのか、・これを一般会計に繰り入れて基金的に運用するために、共済会費は受領せず、従前積立金のみから出損することとして、今後の払戻金を少額とする方式、などです。
  臨時総会で指摘された周知方法については、登録歴30年以上等、一定年限以上の登録会員を対象とした説明会を開催するか、またはアンケート方式とするか、いろいろと方法があると思われますが、ともかく今年中には当会会員数は1,000名を超えることが見込まれますので、早急に皆様にご提案したいと考えます。
◆ 新会館問題
  この問題は、会員の会費負担とも絡んでおり、広く皆様のご意見をお聞きしながら会館の機能と規模を判断していくことになります。
  月報6月号に山口雅司会員のアンケート分析報告がなされていますが、これを受けての新会館委員会の検討結果を踏まえて、秋ごろには一定のご提案を出さなければいけないと考えています。
  現在は、会員の活動が活発で部屋が足りずに執行部は困ることが多く、かといって賃貸も空きがなくて困ることが多いというのが実状です。
  皆様のご理解をよろしくお願いします。

福岡県弁護士会会長声明~秘密交通権侵害に関する福岡高裁国賠判決について~

カテゴリー:声明

 福岡高等裁判所は,本年7月1日,秘密交通権の侵害を理由とする国家賠償請求事件において,検察官が被疑者と弁護人の接見内容を聴取し,その供述調書を証拠として公判で請求したことが,弁護人の秘密交通権を侵害する違法な行為であること認め,佐賀地方裁判所の請求棄却判決を変更し,国に55万円の支払を命ずる判決を言い渡した。
 原審である佐賀地方裁判所は,秘密交通権の権利性を一応は認めたものの,それは捜査機関の捜査権に優越するものではないとし,検察官が接見内容を聴取することが違法かどうかは,「聴取の目的の正当性,聴取の必要性,聴取した接見内容の範囲,聴取態様等諸般の事情を考慮して」判断すべきであると判示した上で,結論において検察官の行為は違法ではない,という結論を導いた。
 これに対し,本判決は,秘密交通権は被疑者の権利であるだけではなく,弁護人の固有権でもあり,そのことは,身体を拘束され取調べを受ける被疑者の防御にとって不可欠な弁護人の援助を実質的に確保する目的によるものだと指摘した。さらに本判決は,取調べで被疑者が接見内容を話し始めたときは,捜査機関は、これを漫然と聴取してはならず,接見内容を話す必要がないことを被疑者に告知するなどして秘密交通権に配慮すべき法的義務も認めた。このように、本判決は,秘密交通権の優先的固有権性を認めた志布志事件の鹿児島地裁判決の延長線上にあるものであり,捜査機関による接見内容の聴取を違法とした高裁レベルの初めての判断として重要な意義がある。
 他方で,本判決は,弁護人が報道機関に対して被疑者の供述の一部を公表したからといって,供述過程を含む秘密交通権が放棄されたとは認められないとしつつも,そのような供述を被疑者がした事実自体の秘密性は消失したとして,検察官が被疑者に対し,報道された供述を弁護人にした事実の有無やそのような供述を弁護人にした理由を尋ねた行為に限っては違法ではないと判示した。
 しかし,被疑者の供述に関する報道機関の情報源が捜査機関の発表に限られており,捜査機関が報道内容を事実上コントロールしている現状のもと,これに対抗して正しい事実を報道機関に公表することは、事件に対する誤った認識を是正するために必要な弁護活動であるところ,本判決の「秘密性の消失」論によれば,報道機関への公表が捜査機関の秘密交通権への介入の口実を与えてしまうことになるため、今後このような弁護活動の委縮を招く事態が懸念されるという問題が残った。
 とはいえ、本件は,佐賀県弁護士会の弁護士が刑事事件の弁護人となり,その弁護活動の過程で秘密交通権を侵害されたことを理由として国家賠償請求訴訟を起こしたものであって,当会を含む九州弁護士会連合会が支援してきた事件であり,ここに、優先的固有権としての接見交通権の重要性を高裁に認めさせるという大きな成果を得た。
 当会は,被疑者・被告人と弁護人との秘密交通権については,「いつでも自由になされ,かつ秘密が絶対的に保障される」ことが必要不可欠であり,この保障があってはじめて被疑者・被告人は安心して弁護人に相談できるものとして,これまでも秘密交通権の確立を訴えてきた。そして,この判決を契機として,検察庁その他の捜査機関に対し,この判決を真摯に受け止め,被疑者・被告人と弁護人との秘密交通権が憲法の保障に由来する最も重要な権利の一つであることを十分に認識し,秘密交通権の侵害が再び繰り返されることのないように強く求めるものである。
2011年(平成23年)7月7日
                        福岡県弁護士会
                        会長 吉 村 敏 幸

会長日記

カテゴリー:会長日記

平成23年度福岡県弁護士会会長日記会 長吉 村 敏 幸(27期)
1、5月になると、風が新緑の薫りを運んできます。
  およそ20年程前であったか、6月上旬ごろ、筑後川下流の土堤下(いわゆる後背湿地という場所です)の家で友人の母親の「えつ」の手料理フルコースをご馳走になったことがありました。淡水と海水のまじりあう付近でとれるカタクチイワシ科の魚で、硬い小骨が多いために、小さくたたいて食べやすくするとか、弱い魚のためすぐ死んでしまい、新鮮さを保って刺身で食べるためには予め漁師に注文しておかなければ入手できない珍品、などとの話を聞きながら、筑後川の土堤を吹き渡ってくる風にえつと城島のお酒がうまく合い、ゆったりと時間を過ごしたことを思い出しました。  ところが、会長になった今、一日中部屋に閉じこもり、会議室で短い休憩時間を取って会席弁当を食べ、またその後会議に没頭するという日常が多くなりました。
2、日弁連理事会についてご紹介します。
1)日弁理事会は月1回開催木曜日 午前10時15分から10時45分まで常務理事会午前10時45分から17時30分ごろまで理事会午後7時から九弁連理事者懇談会金曜日 午前10時から17時30分ごろまで理事会土曜日 午前10時から15時30分ごろまで法曹人口政策会議全体会議(土曜日は偶数月のみ)のスケジュールです。全体で10cmくらいの厚さの資料が配布され、日弁連各委員会から種々の声明、決議文、意見書が提案され、質疑・応答・討論・議決されていきます。
2)5月理事会でも議題はてんこ盛りでした。私の印象に残った議題のうち、次をご紹介します。足利事件に関しての日弁連(公式)調査報告書です。これは、一審弁護人批判および一、二審裁判批判が厳しいです。この報告書をこのまま承認できるか否か、あらかじめ読了し、関係委員等に意見をお聞きして理事会に臨みます。この報告書は追而会員に配布されることになると思いますので、ぜひ皆様も読んでいただきたいと思います。弁護士が陥りやすい誤りと注意すべき点がきちんと指摘してあります。
3)菅家さんは、事件(1990年5月12日)の約1年半後(1991年12月1日)早朝に任意同行を受け、深夜に自白、翌日未明に逮捕。その3日後にF弁護人が弁護人選任届を提出。その6日後に接見。さらにその6日後に再接見。菅家さんは第1回公判前に足利事件以前に発生した別件2件の幼児誘拐殺人事件も自白。 1991年 12月12日 菅家さん足利事件で起訴 12月27日 G弁護士選任 1992年 1月15日 別件のうち1件は処分保留保釈 1月27日 菅家さんはこのころから断続的に「逮捕に納得できない」旨家族あて手紙を書く「自分は無実」 2月13日 足利事件で第1回公判「犯行を認める」 12月22日 第6回公判。家族への手紙が公開されて、菅家さんが犯行を否認(この間、F弁護人が否認撤回(自白)を勧める…後述のとおり) 1993年 1月28日 第7回公判。再び犯行を認める 2月   栃木弁護士会がF弁護人に支援を申し入れるもF氏拒絶 2月26日 別件2件とも不起訴処分 3月25日 第9回公判。結審 5月31日 菅家さんは弁護人あて無実の手紙を書く 6月14日 F弁護人弁論再開申立 6月24日 第10回公判。被告人質問で再度否認 7月7日 無期懲役判決 9月6日 L弁護人、M弁護人を選任 1994年 4月28日 控訴審第1回公判   ~     (控訴審は佐藤博史、神山哲史、岡慎一、上本忠雄ら4人の弁護人) 1996年 5月9日 第18回公判。控訴棄却(判例時報1585号136頁) 2000年 7月17日 上告棄却 2002年 12月20日 日弁連再審支援決定 12月25日 再審請求 2008年 2月13日 宇都宮地裁再審棄却 2月18日 即時抗告 12月24日 東京高裁DNA再鑑定採用 2009年 6月23日 東京高裁再審開始決定 2010年 3月26日 第7回公判。無罪判決以上が大まかな経過です。
4)日弁の調査報告書は、一審の第6回公判時点で菅家さんが犯行を否認した後の弁護人の対応を特に問題としました。  同書27頁・「F弁護人は、公判終了後、新聞記者に対し『信頼関係が崩された気分だ。24日に菅家被告と面会し、もう一度確かめる。それでも起訴事実を否認するなら、辞任もあり得る』(1992年(平成4年)12月23日付朝日新聞栃木版)などと述べた。そして、F弁護人は、同月24日、菅家さんと面会した。菅家さんは、同月25日に、裁判所あてに、犯行を再度認める内容の上申書を提出した。このころ、第6回公判で菅家さんが否認したという報道などを受けて、栃木県弁護士会がF弁護人に弁護活動支援の申入れを行なったが、F弁護人は自白事件であるから支援は不要であると断った」  第7回公判「1993年(平成5年)1月28日の第7回公判で、菅家さんが家族にあてた14通の手紙が証拠物として取り調べられた。しかし、被告人質問において、裁判所、検察官および弁護人から、手紙についての質問がなされた際、菅家さんは上申書に記載された内容のとおり、家族に心配をかけたくなかったので無実と書いたのだと述べた。菅家さんは再び、本件犯行を認める供述に転じた」  F弁護人は、なぜこんなことをしたのか。  私は、菅家さんが逮捕された当日の新聞報道を念のためにインターネットで見てみました。  報道内容は、*幼女誘拐殺人事件の犯人が逮捕された、*DNA鑑定は一千人に1人の確率でほぼ同一人物、*1年半に及ぶ地道な捜査、*14時間の取調べで自供、*自宅からは幼児のポルノ発見押収、という見出しです。  菅家さんの話によると、警察は自宅にやってくるなり肘鉄やひっくり返すなどの暴行を加えたようですが、最初の高裁判決は、警察の暴行の点は認定していません(判例時報1585号150頁)。  F弁護人は最初のDNA鑑定と自白の重みには抗しきれなかったのでしょうか。  また、さらには新聞報道やTVワイドショー等からくる連続幼児誘拐殺人事件の重圧。1件だけなら死刑回避との弁護方針なのか。それでも、第6回公判前に家族にあてた無実との真摯な訴えの手紙をなぜきちんと受け止めなかったのか。  疑問は残るものの、当時の状況におかれた弁護人として、マスコミなど大勢の敵を前にして、唯一の味方として必死に戦う弁護人魂こそが弁護士としての命であることを改めて自覚させられる調査報告書です。  この報告書は、裁判所批判もきちんとしています。  しかし、マスコミ批判はありませんでした(なお「自宅から幼児ポルノ等を押収」との報道も事実無根であったことが後に判明しました)。
5) 私は、当会刑事弁護委員会の船木、林、甲木委員らのご意見を受け、一審弁護人がなぜこのような対応を取ったのかについての背景事情をいくらかでも入れないと、弁護人の対応としては理解しがたい点がある旨、意見を述べたところ、その点は修正されることになりました。  少々くどくなりましたが、日弁連理事会報告の一コマでした。

「働く貧困」をなくすために~非正規労働者の働く権利を守るためのルールの確立を求める宣言~

カテゴリー:宣言

1 1990年代後半からの10年間,わが国の国内総生産はほとんど増加せず,大企業が利益を蓄積する一方で,雇用者報酬は大きく減少した。いわゆるワーキングプア(「働く貧困」)層が最近5年間だけでも120万人増加し,雇用者総数の実に4人に1人が年収200万円以下の状況となっている。
これらは,1990年代後半からのいわゆる構造改革路線のもと,労働市場にも市場原理主義が強化されて雇用が流動化されたことで,正規雇用から非正規雇用への置き換えが進んだ結果,雇用者報酬は大きく減少したが,大企業の経常利益は大幅に増加するという結果となってあらわれたものである。
まともに働いても最低限度の生活すら維持できない「働く貧困」はあってはならないものである。とりわけ非正規労働者は,不安定雇用と低賃金という状況下におかれており,これらの状況を是正していくことは急務である。
2 これら「働く貧困」状況を打開していくためには,正規雇用が原則であることを確認するとともに,不安定雇用と低賃金の労働条件下におかれている非正規労働者の働く権利を確立し,まともに働けば最低基準以上の生活を維持できるだけの賃金と,安心して働き続けることのできる雇用の安定が求められる。
 具体的には以下のとおりの非正規労働者の働く権利を守るためのルールの確立が必要である。
① すでに2010年4月に国会に上程され,いまだに審議が進んでいない労働者派遣法改正案を,登録型派遣が許容されている政令指定26業務の見直し,製造業派遣の「常用型」派遣の乱用防止,派遣先の団体交渉応諾義務の確認など,より労働者保護に資するような修正を加えたうえ,速やかに成立させること。
②  有期労働契約に関しては、「正当事由」のない有期労働契約の締結を禁止する入口規制や,正規労働者との間の均等待遇原則を導入する等の適切な法的規制をすること。
③  生活保護基準以下の額に据え置かれ,「働く貧困」の大きな原因となっている最低賃金を,少なくとも時給1000円程度にまで引上げること。
④  実質的には労働者であると認められるにも関わらず,請負や委託等の契約類型のもと,「個人事業主」とされ,劣悪な労働条件下に置かれている人々に対する労働実態に応じた法的規制及び保護を行うこと。
3  もっとも,これらのルールを実現していくためには,雇用者総数の70%近くを抱える中小企業の経営の安定が不可欠である。したがって,過当競争にさらされている中小企業の経営の安定のため,中小企業に対する政策的な手当が必要であることが指摘されなければならない。
4 「働く貧困」解消の問題は,憲法25条に定める生存権の侵害をいかに解消するかという極めて憲法的かつ実践的な課題である。
とくに,現在,東日本大震災の影響で,全国各地で雇い止めが急増しており,権利が保障されていない非正規労働者は失業と貧困にあえぎ苦しんでいる。基本的人権の擁護と社会正義の実現を使命とする当会は,これら「働く貧困」が蔓延する状況を看過することはできない。
当会は,国および地方自治体に対して,上記に掲げた,非正規労働者の権利を守るためのルールの確立を訴えるとともに,自らも,生存権の擁護と支援のための緊急対策本部を中心に,現に苦境の中にいる非正規労働者をはじめとする労働者のための相談活動や,これを担う会員に対する研修などを強化するなど,「働く貧困」をなくすため最大限の努力を行うことを宣言する。

以上
平成23年5月25日 福岡県弁護士会

宣言の理由
1 近年わが国は,経済成長が低迷を続けるなか,大企業は利益をあげているのに,労働者はますます貧しくなっている状況にある。
(1) 1997年から2007年までの10年間,主要7カ国(G7)中,わが国以外の6カ国がGDP(国内総生産)を30%~70%増加させているのに対し,わが国のGDPの伸び率はわずか1%にも達していない(名目GDP,総務省「国民経済計算」,OECD「Labour Force Statistics」。なお,実質GDPの伸び率も一桁の%にとどまっている。)。このような中,同じ10年間で,わが国大企業(資本金10億円以上,約5500社)の経常利益は15兆円から32兆円へと大幅に倍加し,内部留保の額は142兆円から229兆円という空前の規模に膨れあがっている(財務省「法人企業統計調査」)。ところが,一方で雇用者報酬では,他の6カ国が20%~70%増加しているのに対し,わが国だけが5.2%逆に減少しているのである(前記OECDデータ)。とりわけ,年収200万円以下のいわゆるワーキングプア層はこの5年間(2005年~2010年)だけでも120万人増加し,雇用労働者総数の実に4人にひとりが年収200万円以下(約1100万人,24.5%)の状況となっており(国税庁「民間給与実態調査結果」),わが国政府が2009年に初めて発表した,相対的貧困率は15.7%(2007年現在)と,OECD諸国の中でも最悪の部類に属している。
(2) これらの背景事情としては,1990年代後半からのいわゆる構造改革路線のもと,労働法制,とくに労働者派遣法が改正されるなど(1999年~2004年の一連の改正),総じて労働市場が流動化されたことが指摘されなければならない。その結果,正規労働者から非正規労働者への置き換えが進み,1996年から2011年までの15年間で,正規労働者は約400万人減少し(-10.6%),非正規労働者は約720万人増加(+71.9%)した(総務省「労働力調査」)。他方で,人件費を抑え,競争力を強化した大企業は経常利益を大幅に増加させるという相反する結果が生じているのである。
(3)  まともに働いても最低限度の生活すら維持できない「働く貧困」はあってはならない。派遣労働者,パートタイマー,期限付きの契約社員などといった非正規労働者の多くは,いつ解雇や雇止めをされるか分からない不安をかかえながら低賃金で働いている。現に,厚生労働省2007年賃金構造基本統計調査によると,非正規労働者の賃金水準は,正規労働者を大きく下回っており,平均現金給与月額で20万9800円と正規労働者の6割で,特別給与を考慮すると5割の水準にとどまることが報告されている。また,雇用契約でない業務委託や請負という契約形式の増加により,労働基準法などによる保護の対象外と扱われ,その結果,不安定かつ劣悪な条件下におかれた労働者が多数生み出された。
2 このように「働く貧困」が拡大する中,日弁連は,2006年人権擁護大会「貧困の連鎖を断ち切り,すべての人の尊厳に値する生存を実現することを求める決議」,2008年人権擁護大会「貧困の連鎖を断ち切り,すべての人が人間らしく働き生活する権利の確立を求める決議」,2010年人権擁護大会「貧困の連鎖を断ち切り,すべての子どもの生きる権利,成長し発達する権利の実現を求める決議」,2009年第60回定期総会「人間らしい労働と生活を保障するセーフティネットの構築を目指す宣言」と相次いでこうした状況に警告を発してきた。当会も,2009年6月「すべての人が尊厳をもって生きる権利の実現をめざす宣言」,2010年9月「子どもの貧困をなくし,希望を持てる社会にすることを求めるアピール」を発し,また,2009年4月「生存権の擁護と支援のための緊急対策本部」を立ち上げて,この間,様々なとりくみを行ってきた。
しかしながら,こうした努力にもかかわらず,事態は一向に改善されていない。「働く貧困」の原因の一つと指摘される労働者派遣法の改正案についても,2010年4月に国会に上程されているが,いまだ継続審議のまま成立の目処も立っていない。
3 これら「働く貧困」状況を抜本的に打開していくためには,わが国における労働法制のあり方として,正規雇用が原則であることを確認し,非正規雇用に対する適切な法的規制が確立されなければならない。すなわち,不安定雇用と低賃金の労働条件下におかれている非正規労働者の権利を確立し,まともに働けば,最低基準以上の生活を維持できるだけの賃金と,安心して働き続けることのできる雇用の安定が求められるものである。
具体的には,以下のとおりの非正規労働者の権利を守るためのルールの確立が必要である。
①  労働者派遣法改正案の修正及び速やかな成立
労働者派遣法は1986年に制定されたが,上述したとおり,1990年代後半からの構造改革路線のもと,労働者派遣の許容範囲を広げる方向での改正が1999年~2004年にかけて行われた。その結果,労働市場において正規労働者から非正規労働者への切り替えが促進された。
 ところが,2008年秋のリーマンショック以後,いわゆる「派遣切り」が多発して,多くの派遣労働者が雇用と住居を失い社会問題化したことは記憶に新しいところである。
 このような状況を受けて,日弁連は,2008年12月に「労働者派遣法の抜本改正を求める意見書」を公表し,派遣対象業務の限定,登録型派遣の禁止,日雇い派遣の禁止等の8項目を求めた。その後,2009年3月に,日弁連の要求項目の多くを取り上げた野党3党(民主・社民・国民新)の改正案が国会に提出されたが衆院解散により廃案になり,政権交代後に再度法案が議論され,2010年3月に現改正案が閣議決定され,同年4月に国会に上程された。
現改正案は,登録型派遣,日雇い派遣,製造業派遣の原則禁止や,違法派遣についての直接雇用みなし規定の創設等を盛り込んでおり,非正規労働者の現状を改善するための一定の効果が期待されるが,現在に至るも継続審議のまま成立の目処すら立っていない状況にある。そのため,派遣労働者のおかれた状況は変わらず,依然として様々な違法派遣が後を絶たず,日雇い派遣等も規制されないままとなっている。したがって,一刻も早い改正派遣法の成立が求められる。
 もっとも,上記改正案にも,必ずしも専門職とは言いがたい職種も含む政令指定26業種について依然として登録型派遣を認めていること,本来全面禁止されるべき製造業派遣につき「常用型」は許容しており濫用の危険があること,派遣先の団体交渉応諾義務が定められていないことなどの不十分な点がある。
したがって,国会での充実した審理を通じてこれらを修正したうえで,よりよい派遣法改正が実現されるべきである。
 ② 有期労働契約に対する規制立法
2010年9月,厚生労働省の有期労働契約研究会が報告書を発表した。
報告書は,有期雇用の現状を「雇用の不安定さ,待遇の低さ等に不安,不満を有し,これらの点について正社員との格差が顕著な有期労働者らの課題に対して政策的に対応することが,今,求められている」として,「いかにして有期労働契約の不合理・不適正な利用を防止するかとの視点が重要」と強調している。
報告書は,有期労働契約締結にあたっての入口規制(有期労働契約締結のためには正当事由が必要とすること)に消極であるなど,必ずしも十分ではない側面もあるが,更新回数や利用可能期間の限定,正規労働者と非正規労働者の間の均等待遇原則の導入等を謳っている。性急な更新回数の限定等は,非正規労働者の雇い止めを促進するなど,弊害も予想されることから,十分な検討が必要であるが,ヨーロッパでは当たり前となっている入口規制を中心に,早急かつ実効的な法整備が求められるものである。
③ 最低賃金の引き上げ
最低賃金は,労働者の生計費等を考慮して定めなければならないとされている(最低賃金法3条)。しかし,従来の日本型雇用のもとで,世帯に正規労働者が存在し,その収入が家計を支えるとみられていたため,最低賃金の算定も家計補助的パートタイム労働者の低賃金をもとに計算されていた。しかし,上述のとおり正規雇用から非正規雇用への置き換えがすすんだ現在においては,非正規雇用の収入のみで家計を支える世帯が増大している。このような前提のもとで最低賃金額が見直されなければならない。
 この点,2010年10月~11月にかけて各都道府県の最低賃金が改定され,全国で一定額が引き上げられたものの,その水準は全国平均で時給730円(福岡県は692円)と未だ低い数字に据え置かれている。
 最低賃金法9条3項は,考慮事項として「労働者が健康で文化的な最低限度の生活を営むことができるよう,生活保護にかかる施策との整合性に配慮する」ことを挙げているところ,生活保護基準ですら(福岡市一等地,18歳単身世帯),時給に換算すれば1070円である(毎月勤労統計調査による所定内実労働時間の実態をふまえた月150時間労働を前提。なお,厚労省の採用する月173.8時間労働を前提としても,時給換算923.5円となる)。
フルタイムで働いてもワーキングプアから脱却できないような最低賃金は早急に改められるべきであって,最低でも時給1000円程度にまで引き上げられなければならないものである。
 現に欧米諸国の最低賃金は購買力平価で換算しても軒並み時給1000円を優に超えており,わが国においても実現できないことはない課題であるし,この要求は,連合をはじめ,わが国の多くの労働団体も求め続けている課題である。
 ④ 「個人事業主」の形態をとる実質労働者の労働条件の改善
建設請負労働者や出版請負等各種フリーランス,委託を受けて配送等を行う配送業者など,実質的にみて労働者でありながら,契約形式は委託契約等のまま劣悪な労働条件で働かされている「個人事業主」が数多く存在する。こうした実質労働者については,その法的性格に見合った労働行政の適正な指導とあわせ,法律レベルでの規制が求められるところである。
この点,つい先日最高裁が,大手住宅設備機器会社と業務委託契約を締結して修理補修に従事していた者について,「(業務委託契約を締結して業務に従事していた者らは会社の)指定する業務遂行方法に従い,その指揮監督の下に労務の提供を行っており,かつ,その業務について場所的にも時間的にも一定の拘束を受けていた」として,「労働組合法上の労働者に当たる」ものであると判示し,同人の加入した労働組合からの団交申し入れを拒否した会社の行為は不当労働行為を構成するという判断を示した(平成23年4月22日最高裁第三小法廷判決)。この判決を契機に,委託契約等を締結して「個人事業主」とされている労働者に対しても,その労働実態に応じて労働関係法規による保護がなされるような法整備へ向けた議論が開始されるべきである。
4 このような非正規労働者の権利の確立は,ヨーロッパでは当たり前となっており,韓国では一時期非正規雇用の割合が50%を超えるところまで進んだが,近年,非正規保護法が成立するなど,打開が図られているところである。我が国も遅れをとるべきではない。
もっとも,非正規雇用に対する法的規制を強化し,労働条件の改善を図る(例えば,最低賃金を全国一律に時給1000円程度にまで引き上げる)とした場合,利益を蓄えている大企業にとってはまだしも,体力のない中小企業にとっては現実的に対応することが困難であろう。実際,中小企業に対しても労働法制と同様に,市場原理主義が強化され(1999年 中小企業基本法改正),過当競争にさらされて中小企業が生き残りのために,正規労働者から非正規労働者への置き換えや低賃金化を進めざるを得なかったという側面も否定できない。
したがって,非正規労働者の働く権利を守るためのルールの確立と同時に,雇用者総数の70%近くを抱えるといわれる中小企業が,その従業員の労働条件の向上を図ることができるように,国や地方自治体において,中小企業の経営を安定させるための積極的な政策を展開することが求められることを忘れてはならない。
5 「働く貧困」の解消は単なる経済政策ではなく,その置かれた実態に鑑みた時,憲法25条の生存権侵害をいかに解消するかという極めて憲法的かつ実践的な人権課題である。
とくに,現在,東日本大震災の影響で,全国各地で雇い止めが急増しており,権利が十分に保障されていない非正規労働者は失業と貧困にあえぎ苦しんでいる。基本的人権の擁護と社会正義の実現を使命とする当会は,これら「働く貧困」が蔓延する状況を看過することはできない。
 当会は,国および地方自治体に対して,上記に掲げた,非正規労働者の働く権利を守るためのルールの確立を訴えるとともに,自らも,2009年4月に立ち上げた,生存権の擁護と支援のための緊急対策本部の諸活動を強化し,現に苦境の中にいる非正規労働者をはじめとする労働者のための「雇用と生活問題ホットライン」等の相談活動や,会員向け労働事件研修をこれまで以上に実施するなどして,「働く貧困」をこの社会からなくすために,最大限の努力を行うことを決意し,冒頭のとおり宣言するものである。

以上

会長日記

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平成23年度 福岡県弁護士会 会 長吉 村 敏 幸(27期)
東北地方では四月に入っても被災の現場に雪が降っていました。寒い春の訪れでした。一方、福岡は四月も下旬になると暖かな陽光とともに新緑が芽吹き、一気に初夏の装いを始めました。1、私たち執行部の今年度の課題はたくさんありますが、そのうちの第一順位に対応を求められたテーマが、東日本大震災、原発事故を巡る復興支援活動でした。  4月2日に「東日本大震災復興支援対策本部」を立ち上げ、以下の活動を始めました。・ 被災移住の人たちを対象とする無料相談活動・ 中小事業者を対象とする「ひまわりほっとダイヤル」を通じての取引関連の無料相談活動・ 震災・原発事故に対応する研修活動・ 義援金募集・ 将来の現地派遣に向けた弁護士の応募体制づくりの検討  これらの諸活動は、多くの会員の皆様からの強い要請に基づくものでした。  義援金は4月23日現在149件、合計908万円が寄せられています。  この使途は会長一任とされていますが、執行部としては、かつての阪神淡路大震災当時の日弁連の方針を参考にしたうえで、大方の目安として半額を被災弁護士会、半額を被災者の方々へと考えています。  岩手、宮城、福島の東北三県の弁護士会では、多くの会員が事務所機能を喪失しながらも、自治体と連携して被災現場での無料法律相談活動を継続しており、資金的に困難であるということから、4月8日までに各三県の弁護士会から義援金の要請がありました。  そこで、同日時点の約半額分として、各県弁護士会あて各100万円、合計300万円を送金しました。  研修活動についても、・災害救助法、・災害弔慰金の支給に関する法律、・被災者生活再建支援制度に基づく救済、・雇用保険の失業等給付制度(労働者)、・雇用調整助成金制度(事業者)、・死亡認定制度、・その他労災認定にあたっての通達や生保・損保の対応策など、従来、一般的な法律相談では必要とされない法制度が多く、またメンタルサポートも重要であるため、弁護士としても人格面も含めた総合的な対応能力が試される現場になることが予想されます。  また、5月25日午後1時からホテルニューオータニにおいて、定期総会前に被災現場から2名の弁護士を招いての被災現場の状況と相談事例等の報告会を受け、当会として復興支援活動の具体策をさらに充実させたいと考えています。  ぜひ、多くの会員の皆様のご協力をお願いします。2、給費制の運動  前記のとおり、現在東北三県の弁護士会はボランティアで多くの被災者と向き合い、彼らとともに悩み、同時に権利擁護活動を行なっています。  阪神大震災のときも、この度の東日本大震災のときも、常に弁護士会は早い時期に救済体制をとり、国民とともにあり続けました。  もともと、司法修習生の給費制というのは、昭和22年の敗戦後の国の財政窮乏化において、採用された経緯があります。すなわち、昭和22年5月裁判所法の改正により、法曹養成を司法修習に一元化したことです。現下の国難ともいうべき時期にあっても、法曹を養い育成する義務は国にあります。より良い法曹を育てることは、ひいては国民全体の利益になることを訴えていくことが大事だと思います。  給費制の催しは6月4日土曜日西日本新聞会館において開催されます。多くの会員の参加をお願いします。3、私たち執行部は、すでに2月から前年度執行部の引き継ぎを受けつつ、助走を始めました。感じることは、業務の多さです。  会務の継続性は委員会の継続活動により保たれますが、1年任期の執行部は継続性を検証しつつ、各委員会間の調整役となり、また社会状況の変化に応じて新たな課題を見出して、委員会での議論をお願いしています。  今年度は、第一に国際委員会と中小企業支援センター委員会にまたがるテーマとして、国際取引問題を調査してみたいと思っています。  これは、とりわけ福岡の中小企業が対アジア方面に向けての取引において弁護士としてどのような関与が可能なのかについての勉強会を行なうというものです。  第二に現在、執行部では当会会員が任期付公務員として採用された場合において会費免除が可能とならないかどうかについての検討を行なっています。  これは、本来は所管委員会の検討を踏まえて常議員会等での議論を行なうべきことであると思いますが、5月の定期総会が目前に迫っていましたので、執行部において早急にご提案することとしました。  また第三に、会長として将来の執行力を考えたとき、業務の多さに対して現行の副会長体制のままでいいのかどうか、また副会長は多くは義務的に選出されつつも、さらに自ら多額の執行部活動費を拠出しながら、職務に専念しています。  私は、このような執行体制は改めるべきではないかと考えています。今年度、議論をお願いしたいと思います。4、私は会長になって、変わったこと、気を付けるようになったことがあります。  あらためて言うまでもないことですが、会長職は公人です。  そのため、身だしなみに気を配るようになりました。  以前は、ネクタイなど気に入ったものがあれば1年中同じものを、まさに擦り切れるまで使っていましたが、気を付けるようになりました。洋服や整髪も今まであまり気にしませんでしたが、いろいろな催しがあるので気を付けるようにしました。  最も気を付けるようにしたのは、言動です。できるだけ舌禍事件を起こさないように、慎重に配慮すべく心がけていきます。

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