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成年年齢引下げに伴う消費者被害防止のための措置を求める会長声明

カテゴリー:声明

 民法の成年年齢を20歳から18歳に引き下げる「民法の一部を改正する法律」(平成30年法律第59号。以下、「本法律」という。)の施行日は2022年(令和4年)4月1日とされている。
 18歳、19歳の若年者は、就職、進学等で社会との接触が一気に増える時期であるが、友人関係の影響を受けやすく、リスクを十分把握しないままに誘いに応じてしまったり、被害に遭ったときにどう対応すればいいか分からず、解決が遅れ、被害が深刻になってしまったりする事態が生じやすい。この時期こそ、消費者被害に巻き込まれることから防止しなければならない。成年年齢が引き下げられ、若年者に民法上認められていた未成年取消権が失われれば、消費者被害に巻き込まれた場合の救済策が不十分なものとなってしまう。
 当会では、2018年(平成30年)2月23日、「民法の成年年齢引下げに反対する会長声明」を発出した。この会長声明では、仮に成年年齢の引下げを行うとしても、①事業者が消費者の判断力、知識、経験等の不足につけ込んで締結させた契約を取り消すことができる規定(消費者契約法の改正)と、②知識、経験、財産状況に照らして、当該取引を行うのが適切でない若年者に対する勧誘を禁止するとともに、そのような勧誘が行われた場合にはその契約を取り消すことができる規定(特定商取引法の改正)を設けること、③若年者がクレジット契約をする際の資力要件とその確認方法を厳格化すること(割賦販売法の改正)及び④若年者が貸金業者等から借り入れを行う際の資力要件とその確認方法につき厳格化を図ること(貸金業法と主要銀行向けの総合的な監督指針等の改正)が必要であるとしていた。
 ところが、本法律制定から3年以上が経過した現時点でも、これらの対応は不十分である。
 ①の取消権については、消費者庁での検討会で議論されているが、創設の目途はたっていない。②から④についても、改正は具体化されていない。
 また、消費者被害の防止のためには消費者教育が重要であるところ、福岡県下の公立高校をみても、外部講師を招いた消費者教育についての予算措置がないなど、取り組みは遅れている。
 一方で、大学生などの若年者に対する消費者被害は依然として発生し続けている。SNSやインターネット上の広告を通じて、簡単に稼げる方法があると誘い込む副業詐欺や、本来は受け取れない持続化給付金を受け取る方法を教えるという詐欺、海外の不動産への投資と称してお金を支払わせておきながら、その後、連絡が取れなくなるといった詐欺など、手口は多様化、巧妙化している。
 そこで、当会は、国に対し、成年年齢引下げに伴う消費者被害防止のために、早急に、先に指摘した①から④の改正や、場合によっては成年年齢引下げの施行延期などを含めて、十分な対応措置がとられることを求めるものである。

2021年(令和3年)11月18日
福 岡 県 弁 護 士 会
会 長  伊 藤 巧 示

米国における連邦レベルでの死刑の執行停止を受け、日本における死刑制度の廃止に向けて、死刑執行の停止を求める会長声明

カテゴリー:声明

英語版(English)

1 当会における「死刑制度の廃止を求める決議」の採択
当会は、2020年(令和2年)9月18日、生命に対する権利が人間の尊厳に由来する固有の権利であり、すべての人権の基盤となる根源的な基本的人権であるとし、政府及び国会に対し、死刑制度の廃止並びにこれが実現するまでの間、死刑の執行を停止することなどを求める「死刑制度の廃止を求める決議」を採択した。
2 米国における死刑執行のモラトリアム通知の公表とその意義
2021年(令和3年)7月1日、米国連邦政府において、司法長官が連邦レベルでの死刑執行のモラトリアム(一時停止)を司法省職員に指示する通知を公表した(以下「モラトリアム通知」という)。
この点につき当会は、モラトリアム通知が米国における連邦レベルでの死刑執行を停止させるだけでなく、死刑廃止の第一歩となるのかを注視していきたい。なぜなら、死刑の執行停止が死刑制度の廃止に至る過程で表明されることが多く、特に米国においては、現大統領が選挙中から連邦レベルでの死刑廃止を公約に掲げていたからである。
また、国際社会における日本と米国両国の立ち位置にも留意すべきである。2019年(令和1年)12月末時点で、国連に加盟する193か国のうち死刑制度の存在しない国(法律上または10年間以上死刑執行をしていない事実上の廃止国)は142か国であり、経済協力開発機構(OECD)加盟国38か国に限ってみると、死刑執行を容認してきたのは日本と米国の連邦及びその一部の州だけになっている。こうした状況下で、日本に先んじてモラトリアム通知が出されたからである。
3 日本における死刑制度の廃止に向けて、死刑執行停止を求める
1989年(平成1年)12月、国連総会において自由権規約第二選択議定書(死刑廃止条約)が採択され、同条約は1991年(平成3年)7月に発効した。そうした中、日本では、同条約の採択直前である1989年(平成1年)11月に福岡拘置支所(現福岡拘置所)で死刑が執行されてから、同条約発効をはさんで1993年(平成5年)3月まで、3年4か月にわたり死刑が執行されない期間があった。ただ、日本では、これまでモラトリアム通知のように、政府として死刑制度に関する明確な政策判断に基づいて死刑執行を停止したことはない。
 そこで、当会は、日本が、基本的人権の尊重、特に生命権の不可侵性の価値観を共有できる社会を目指そうとしている国際社会と協調し、国連加盟国の責務を果たせるよう、政府及び国会に対し、死刑制度の廃止に向けた第一歩として、死刑執行の停止を求める。

2021年(令和3年)8月25日
福 岡 県 弁 護 士 会
会 長  伊 藤 巧 示

早期に民法を改正し、選択的夫婦別姓制を導入するよう求める会長声明

カテゴリー:声明

 2021年6月23日、最高裁判所大法廷(大谷直人裁判長)は、夫婦同姓(夫婦同氏)を強制する民法750条と戸籍法74条1号について、憲法24条に違反するものではないと判断しました。
 夫婦同姓を定めた民法規定については、2015年12月16日に「合憲」とする最高裁判決が存在します。今回の大法廷決定は、2015年の判決以降の社会や国民の意識の変化等を認めながらも、同判決を引用したのみで実質的な検討は行わず、夫婦同姓を強制し別姓夫婦に法律婚の効果を認めないことがなぜ許されるのかという本質的な問いには答えませんでした。多数決原理で是正されにくい少数者の権利侵害状況を救済するのがまさに司法の役割であり、最高裁判所がその任務を果たさなかったことは、極めて不当です。
 しかしながら、2015年の最高裁判決では、5人の裁判官が、夫婦同姓の強制は憲法24条違反であるとの意見を述べています。今回の大法廷決定でも、4人の裁判官が網羅的な検討を行い、夫婦同姓の強制は憲法24条違反であると述べ、国会が長期間に亘りこの問題を放置してきたことを厳しく批判しています。さらに、いずれの多数意見も、制度の在り方は国会で論ぜられ判断されるべきと、立法府の取組みを促しています。
 もとより氏名は重要な人格権であり(1988年2月16日・最高裁判所判決参照)、改姓は、望んで行う場合は別として、アイデンティティの喪失に加え、個人の識別を阻害し、結果として、変更前の氏名に紐付けられていた当該個人に対する信用や評価が損なわれる等の重大な不利益をもたらします。現行法下では、婚姻によって当事者の一方がこの不利益を被り不平等な状況が生じさせられます。現時点でも婚姻時に改姓する大多数は女性である実情は変わらず、性別による不平等が存在しています。
 選択的夫婦別姓制は、1996年に法制審議会によって答申されているにもかかわらず、四半世紀を経ても未だ成立していません。
 当会は、これまで、夫婦同姓の強制(民法750条)が憲法第13条、第14条及び第24条に反するものであることを繰り返し指摘し、是正を求めてきました(2010年4月22日会長声明、2015年5月27日総会決議、2015年12月17日会長声明)。
 国際的に見ても、民法制定当時(1947年)と異なり、夫婦同姓を強制する法制度を残すのは日本の他にありません。国連女性差別撤廃委員会からは、女性に対する差別を助長する制度として、2003年から2016年までに3度に亘り是正勧告がなされました。これに対し、政府は法改正をする方針であると説明してきましたが、現在までの間、国会に改正法案を提出するには至っていません。
 もはや先延ばしは許されません。当会は、あらゆる形態の家族が尊重され、性別による不平等が解消されることを目指して、改めて、民法750条を改正し、望む人だけが改姓し望まない改姓が強制されない選択的夫婦別姓制を導入する立法を速やかに行うよう、強く求めます。

2021年(令和3年)7月7日   
福岡県弁護士会 会長 伊 藤 巧 示

罪に問われた障がい者に対する支援の拡大を図り,その個人の尊厳の回復に向けて活動する宣言

カテゴリー:宣言
 障がい者が罪に問われた事案の中には,福祉的な支援が届いていなかったがゆえに,また根深い差別ゆえに社会から疎外され,生活に困窮し,その結果,犯罪を繰り返している事案が少なからず存在する。
さらに,罪に問われた障がい者は,その障がいの特性から,捜査機関に供述を誘導されるおそれがある。また,私たち弁護士もその障がいの特性を理解していなかったために適切な弁護ができず,重要な事実が見逃されてきた可能性がある。そして,障がいゆえに差別され,他者に受け入れられた経験に乏しいことから,自らに有利な事実を主張することを放棄する者がいることも経験的に知られている。
このような罪に問われた障がい者が早期に福祉的支援を受けることは,まさに「個人の尊厳」を回復させる意義を有すると気づき,すでに各弁護人や当会を含む各弁護士会において,福祉専門職や福祉的専門団体との協働が実現し,大きな成果を挙げてきた。
かかる動きを受け,国は,2021年度(令和3年度),地域生活定着支援センターの事業に,被疑者・被告人に対する福祉的支援を行い,早期に被疑者・被告人を地域生活に移行させる,「被疑者等支援事業」を加えた。これによって,全国で一律に,被疑者・被告人への福祉的支援が実施される計画となっている。
しかし,かかる「被疑者等支援事業」だけでは罪に問われた障がい者の個人の尊厳を回復させるには十分ではなく,この事業の開始を契機として,当会としても,さらなる活動の拡充が必要である。
そこで,当会は,罪に問われた障がい者の個人の尊厳の回復を図るために,以下の事項に取り組むことを宣言する。
1 個々の弁護士が刑事弁護活動において主体的・積極的に福祉との連携に取り組むよう促進し,より充実した研修実施,情報提供を行うこと
2 福祉機関・団体とのより一層の協力関係を構築すること
3 障がい者への福祉的支援の意義及び差別解消の必要性についてさらなる社会の理解を求めること

2021年(令和3年)5月27日
福岡県弁護士会

宣言の理由

1 罪に問われた障がい者の存在と福祉的支援の必要性
2019年(令和元年)の矯正統計年報によれば,同年の新規受刑者のうち,20%が,知的障がいがあるとされるIQ69以下である。また,このIQを測定するに当たって「テスト不能」とされた人を含めると23%に上る。
この数字によらずとも,私たち弁護士は,刑事弁護を通じ,少なくない被疑者・被告人に,コミュニケーションの取り難さを感じることがあった。そして,私たちは,これが障がいによるものであると気付かなくとも,その被疑者・被告人の歩んだ人生に触れるとき,その生きづらさがあったことを知り,また,その生きづらさが刑事事件につながったこと,この生きづらさを解消する福祉的な支援が得られれば,罪に問われなかった可能性があったことも,経験的に感じていた。さらに,その生きづらさの根底には,障がい者に対する差別があり,その差別ゆえに,自ら社会との関りを持てず,また,その関りを持つことを諦めざるを得なかった人々に接することもあった。
このような状況は従来から続いていた中で,2006年(平成18年)1月には,いわゆる下関駅放火事件が発生した。これは,通算して40年を超える刑務所での受刑歴があり,知的障がいのあった被告人が,出所後,福祉的支援の途を探ったが,これを得られず,出所して8日後に,自ら刑務所に戻ることを目的として,下関駅に放火して全焼させた事件であった。この事件を契機として,このように罪に問われた障がい者に対する福祉的支援の必要性が社会的にも認知されるようになった。
これを受けて,2009年度(平成21年度)から国の「地域生活定着支援事業(現在は地域生活定着促進事業)」が開始され,地域生活定着支援センターが主体となって,矯正施設収容中から,矯正施設や保護観察所,既存の福祉関係者と連携して,支援の対象となる人が釈放後から福祉の支援を受けられるような取り組みがはじまり,2012年(平成24年)にはこれが全国に広がった。これによって,障がい者が,矯正施設に収容されたならば,福祉の支援を受けられる機会が設けられた。
しかし,そもそも,罪に問われた障がい者が,社会内において福祉の支援を得られていたならば,罪を犯さなかった可能性がある。加えて,刑事施設で受刑することになれば,それまでの社会資源が失われ,社会との関係が希薄化し,社会復帰と自立が困難になって,ひいては個人の尊厳の回復が困難になる。
そのため,矯正施設に収容される前段階である捜査あるいは公判段階における福祉的支援を充実化することは極めて重要であるし,その根源を正すという意味で障がい者の差別を解消することも必要である。
2 福岡県弁護士会の取り組み
このような罪に問われた障がい者が少なからずいる中で,障がいについての知識があり,あるいは福祉関係者との人脈のある弁護士は,捜査あるいは公判段階において,その知見や人脈を用いて,障がいに気づき,福祉関係者らと連携して,その福祉的支援を得てきた。
しかしながら,このような個別の弁護人の属人的な知見や人脈に依存しては,弁護人次第で,罪に問われた障がい者の権利を守る機会が失われていることから,制度として福祉的な支援を得られるようにすることが求められていた。
そこで,当会は,2014年(平成26年)に,罪に問われた障がい者の特性に即応した権利擁護活動を行うことを目的として,刑事弁護等委員会及び高齢者・障害者等委員会の委員からなる触法障害者支援ワーキンググループを組織した。
また,当会会員に対する研修や啓発を通じて,各弁護人の障がいへの気づきを促したり,各会員の障がいや福祉に関する知識を深めたりしてきた。
そして,各福祉関係者とも連携し,福祉の側における罪に問われた障がい者に対する偏見を除去することに努めてきた。
さらに,当会は,2014年(平成26年)から北九州市の,2015年(平成27年)から福岡市の,各障がい者基幹相談支援センターと連携し,罪に問われた障がい者の刑事弁護を行う会員が福祉的支援を得られる枠組み作りに取り組んできた。これらの制度によって,前記両市への帰住を希望する被疑者・被告人に関しては,個別の弁護人が,福祉関係者との人脈等がなくても,福祉的支援を一部でも得られるようになった。
併せて,当会からの働きかけも契機として,県内の裁判所では,勾留質問に際して,障がいの有無を確認し,その結果を国選弁護人に通知する取り組みが広がりつつある。
3 さらなる福祉的支援を促進することの必要性及びそれに伴う制度の整備並びに差別解消のための取り組みの必要性
(1) しかしながら,捜査あるいは公判段階における福祉的支援のための制度,ないし個々の会員の活動は未だ十分であるとは言えない。
刑事手続において被疑者・被告人への福祉的支援を実現するためには,弁護人が障がいの特性に精通し,福祉制度に精通した福祉の専門家との連携を図ることが必要である。そのためには,弁護人が主体的に活動してこそ,罪に問われた障がい者の福祉的支援を実現することができ,その個人の尊厳の回復を図ることができることを,私たちは改めて自覚する必要がある。
(2) 2021年(令和3年)においては,前記地域生活定着支援センターの業務が拡大され,捜査又は公判段階から,障がい者を含む罪に問われた福祉的支援の必要な人の福祉的支援に向けた取り組みがはじまった。
しかしながら,公が主導する支援にも限界があり,本来支援対象とされるべき被疑者・被告人が適切に選別されない,あるいは,被疑者・被告人の意思を十分に尊重せず,意に反した支援が進んでいく可能性を否定できない。何より,現段階での制度では,「不起訴相当事件および起訴されたとして執行猶予がほぼ確実に予測される事件」のみが,その支援対象となる危険があり,弁護人により積極的な活動がなければ,救われるべき被疑者・被告人の福祉的支援が置き去りにされてしまう。そのため,罪に問われた障がい者に対する支援を充実化し,個人の尊厳の回復につなげるためには,公が主導する支援だけでは不十分であり,被疑者・被告人に接する弁護人こそが主体的に取り組む必要がある。
一方,当会と北九州市及び福岡市の障がい者基幹相談支援センターとの連携事業の利用件数が,統計上想定される件数から考えて低調であることから明らかなように,個別の弁護人の意欲に依存するだけでは罪に問われた障がい者に対する支援を広く充実させることは困難である。
そこで,当会は,個々の弁護人が福祉と連携し,罪に問われた障がい者のための福祉的支援を実現できるよう,個々の弁護人の活動を促進しなければならない。
(3) また,個々の弁護人が,罪に問われた障がい者の障がいに気づかなければ,刑事手続を通した福祉的支援を実現することもできない。そして,弁護人に福祉についての正しい知見がなければ,罪に問われた障がい者のために適切な福祉的支援を図ることは困難である。
そのためには,私たちが,障がいや福祉について,さらに研鑽しなければならず,当会としても,その研鑽の機会を設けなければならない。
(4) また,弁護人が罪に問われた障がい者の個人の尊厳を回復させるためには,その障がい者の特性に合った,適切な福祉的支援を実現する必要がある。
そのためには,より多様な福祉の支援を得る機会を保障する必要があることに鑑み,当会が,より多くの福祉との協力関係をより一層強化しなければならない。
(5) さらに,先に述べた通り,障がい者が罪に問われた事件の中には,その差別を受けた経験から,自ら社会との関りを閉ざしたことが原因となったものもあった。前記下関駅放火事件で罪に問われた障がい者のように,社会に受け入れられることを諦め,刑務所に行くために,罪を犯した事件もあった。このような,いわば負の連鎖を断ち切るためにも,より根源的な問題として障がい者に対する差別を解消する必要がある。
そして,障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律が制定され,施行された今日においても,罪に問われた障がい者が直面する現実においては,障がい者に対する差別が解消されたというには未だ道半ばである。障がい者が,差別されず,社会から受け入れられていれば,その犯罪に至らなかった可能性があることにも鑑み,障がい者の差別の解消に取り組む必要がある。
4 そこで,罪に問われた障がい者の個人の尊厳を回復するために,弁護人が主体  的に福祉と連携することを当会が促進することのほか,当会が前記事項に取り組むことを決意し,ここに宣言するものである。

以上

マイナンバーカードの義務化とデジタル関連法案に反対する会長声明

カテゴリー:声明

1 はじめに
  本年3月,マイナンバーカードと健康保険証の一体化の試験運用が開始され,今秋にも本格運用が開始されようとしている。さらに,特別定額給付金の支給が迅速に行われなかったことの改善などを目的として,マイナンバーカードの積極的な活用を一つの柱とするデジタル関連法案が国会に提出され,すでに衆議院で一部修正の上承認され,参議院で審議されている。これらには,以下に述べる問題点がある。
2 マイナンバーカードの義務化について
 (1) 権利が義務になる問題点
健康保険証の一体化に加え,マイナンバーカードと運転免許証の一体化も,2024年度を目標として進められている。健康保険証については,現行のものを廃止することにより,政府は2022年度末にはほぼ全国民がカードを取得することを目標にしている。医療サービスを受けようとする者の全員が持たざるを得ないのなら,利便性を求めるものの権利ではなく,事実上の義務化に逆転すると言うほかない。
当会は,マイナンバー制度に対して,病気や障がいなどのセンシティブな情報の収集・蓄積と名寄せの手段となり,プライバシー権を侵害するとして反対してきた(2013年(平成25年)5月10日「共通番号法」制定に反対する声明等)。マイナンバーカードが任意の制度とされている趣旨は,プライバシー権を重視する市民に「カードを持たない自由」を保障するというプライバシー保護が根幹にある。事実上の義務化は,このプライバシー保護の根幹を犯すものとして許されない。
また,入力ミスにより,本人の患者情報が確認できない不具合のほか,他人の患者情報がひも付けされるなどの重大な問題事象が生じたため,本年3月の本格運用がいったん延期されている。本格運用がなされれば,同意を前提として患者の投薬状況等について照会が可能となるが,内容が誤っている場合,他の患者のプライバシーを侵害するばかりでなく,誤認により本人の適切な治療が妨げられる恐れすらある。ヒューマンエラーを前提とすると,利便性があるとは到底考えられず,生命健康の利益を上回るはずがない。
これに対し,健康保険証との一体化のメリットとして資格過誤の防止が挙げられているが,係る資格過誤の割合はわずかに0.27%にすぎない。しかも,現行の健康保険証が併用されること,なりすまし防止のためには目視でもよいことからすると,患者の指紋を逐一チェックするに等しい顔認証チェックは過剰なプライバシー侵害として,いわゆる比例原則に反している。
さらに,法律で厳重な管理を要するとされるマイナンバーが記載されたカードを,日常生活で頻繁に利用され,携帯されることも多い健康保険証と一体化することは,制度的に矛盾しており,紛失や漏洩の機会が飛躍的に増大する。
(2) 顔認証チェックの既成事実化について
  また,マイナンバーカードのICチップには顔画像データが登載されているところ,医療機関の窓口では,カードリーダーによってこの顔画像データから顔認証データ(目・耳・鼻などの位置関係等の特徴点を瞬時に数値化したもの)を生成し,顔認証チェックによる本人確認を行うことになる。
しかしながら,顔認証データは,指紋の1000倍の本人確認の精度があるため,我が国でもこれを用いた本人確認が実用化されているが,その収集・利用が強制である場合,必要性・相当性が欠ければ違法なプライバシー侵害となりうる。
この点,当会は,2014年(平成26年)5月27日に,警察が法律によらず顔認証装置を使用しないよう求める声明を発した。罪もない市民の行動を監視することが容易になり,プライバシー侵害ばかりでなく,市民の表現の自由を萎縮させる危険が大きいからである。
EU(欧州連合)では,GDPR(一般データ保護規則)9条1項で顔認証データの原則収集禁止を掲げ,空港やコンサート会場での顔認証システムの使用に際しても,同意していない客の顔認証データを取得しないようにしなければならない。
我が国でも,顔認証チェックによる本人確認について,民間における顔認証データの利用場面においても,利用できる条件等についてのルールを法律で作成しないまま運用されるべきではない。
3 デジタル関連法案について
 また,すでに衆議院を通過し,参議院で審議中のデジタル関連法案は,当会が一貫して反対しているマイナンバーの利用拡張を内容とする預貯金口座の管理法案を含んでおり問題がある。
この点,デジタル関連法案には行政機関が保有する個人情報を,省庁の垣根を越えて共同でクラウド管理する(ガバメントクラウド)ことが含まれている。そのため,行政機関が保有する個人情報は,今後市民が知らない間にさらに自由に利用される懸念がある。現状でも,国が保有する個人情報について,匿名加工をして民間での利活用を図るとして,すでに国を被告とする訴訟の原告団情報が対象とされているとも言われている。
しかし,国が取得した情報は,国が自由に処分してよいわけではない。医師や弁護士が取得した情報は,守秘義務で守られ,勝手に処分されないルールにより,市民はプライバシー侵害を恐れずにサービスを受けることができるのである。
形式的には,ガバメントクラウドの対象となるのは,行政機関個人情報保護法の解釈で適合したと行政機関自身が判断したものとされるが,個人情報保護法適合性とは別の枠組みとして,プライバシー権侵害の必要性・相当性の観点から,不法行為が成立する可能性があることに配慮しておらず,適当ではない。国に対する市民の裁判を受ける憲法上の権利(憲法17条,32条)の保障に抵触する可能性すら考えられるのであり,到底許されない行為である。
現状の行政機関個人情報保護法においては,「相当の理由」さえあれば個人情報を本人の同意なく目的外利用できる条項が定められており,これを市民がチェックする機会もなくクラウドでさらに利用範囲を拡大することは危険を伴う。このようにプライバシー侵害を防ぎ得ず,拡大しかねないデジタル関連法案について,その危険性を十分に市民が理解していないまま成立させることには重大な問題がある。
そもそも,デジタル関連法案は,多くの法案と条文の変更を含んでいるにもかかわらず,全体像の主権者へのわかりやすい開示はなされておらず,リスクが周知されているとは到底言いがたい。当会としても,判明した問題点の1部を指摘できただけであり,全体像とその問題点には未だ解明できていない部分も残されている。
4 結論
よって,マイナンバーカード保有の事実上の義務化のみならず,法律による限定のないままの顔認証チェックを既成事実化することは,重大なプライバシー侵害と監視社会状況を招く懸念があり,許されない。
また,デジタル関連法案は,拙速な審議で可決されるべきではなく,参議院において否決され,廃案とされたうえ,十分な周知と主権者が同意・不同意を検討する時間が付与されるべきである。

2021年(令和3年)5月6日

福岡県弁護士会会長 伊 藤 巧 示

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