1 法制審議会は、2026年(令和8年)2月12日、刑事再審手続に関する法整備の案(諮問第129号に対する答申案)を審議し、全会一致の慣例にもかかわらず多数決をもって原案どおり採択し、法務大臣へ答申した(以下「本答申」という)。採択は反対が4、棄権が1と異例な結果であった。
本答申は、えん罪被害者の救済を本来的目的とする刑事再審制度につき、再審請求手続の全面的見直しを図るものと称して法務省の事務当局により取りまとめられたものであるが、その内容には、えん罪被害者の救済という再審制度の趣旨・目的に反し、再審請求人に過度の負担と不利益を課し、かえって再審開始を困難にする重大な問題点が含まれており、断じて容認できない。
2 まず、本答申は、再審開始決定に対する検察官の不服申立てを禁止していない。いわゆる袴田事件など累次の再審事件において、検察官の度重なる抗告・特別抗告により、再審開始・再審無罪の言渡しまでに著しく長期に及んでいることが指摘されているが、検察官の不服申立てを無制限に認めている。本答申は附帯事項として、「検察官において、もとより結論ありきではなく、慎重かつ十分な検討を確実に行った上で適切な対応がなされることが望まれる」旨記載してはいるものの、実際の事件においてそのような適切な対応がなされるかはいわば担当検察官を中心とした検察庁の裁量に委ねられており、不服申立ての歯止めとはなっていない。絵に描いた餅である。
そもそも、検察官は、再審請求手続の当事者ではなく、公益の代表者として裁判所が行う審理に協力すべき立場に過ぎず、再審開始を認める決定に対して当然に不服申立てを行うべき立場にはない。しかも、いわゆる「福井事件」の第1次再審請求において、検察官が、自らの主張と矛盾する重要な証拠を隠したまま、再審開始決定に対する不服申立てを行った結果、再審開始決定が誤って取り消されるという事態も生じている。今後、このような事態が生じるのを防ぐためにも、検察官に「公益の代表者」として不服申立てを行う資格を認めるべきではない。そして、再審開始決定は、再審を開始する旨決定するだけであり、有罪・無罪の実体判断は再審公判において改めて行われることが予定されている。検察官は、再審公判において確定判決に誤りがないことを主張することが可能であり、再審開始決定に対する不服申立てを認めなくても何ら不都合は生じない。
再審は、既に有罪判決が確定した者について、後に無実を明らかにし得る新証拠が提出された場合等に、当該判決の誤りを是正するための例外的救済手続であるところ、開始決定に対する検察官の不服申立てを広く許容することは、えん罪被害者の救済をいたずらに遅延させ、重大な人権侵害を継続させる結果を招くこととなる。本答申は、その点において、えん罪被害者の早期救済の必要性という立法事実に何ら向き合っていないとの非難を免れない。
3 また、本答申は、検察官の保管する裁判所不提出記録につき、再審請求審及びその準備段階における閲覧・謄写の制度化を図る一方で、その運用に関し、裁判所が「必要と認める」場合に限って閲覧・謄写を認めるとするなど、検察官の裁量と裁判所の判断に広範な余地を残し、弁護人の活動を過度に制約するおそれを残したものといえる。証拠開示についても、裁判所に対して一定の要件の下で証拠開示命令を発する余地を認めているが、関連性、必要性、相当性を弁護人が具体的に主張、疎明しなければならず、そうした疎明は必ずしも容易ではないことからして、証拠開示が認められない結果となるのである。
えん罪事件においては、従前、検察官が保管する未提出証拠の開示が再審開始及び無罪判決の決定的契機となってきたところであり、真に必要とされるのは、検察官手持ち証拠の包括的な開示義務の明確化と、その履行を実効的に担保する制度であって、検察官や裁判所の裁量の余地を残すべきものではない。
本答申は、証拠開示の範囲及び方法について検察官・裁判所の統制権限を温存しており、えん罪救済の観点から不十分な内容にとどまっている。
4 さらに、本答申は、再審請求審における裁判官の除斥・忌避、再審開始事由の在り方等、多岐にわたる重要論点について、えん罪救済の実効性確保という観点から極めて不十分な内容にとどまっている。
本答申は、「再審の請求についての調査手続」を新たに設け、「審判開始決定」がなされない限り、事実の取調べや証拠の提出命令を行うことができず、直ちに再審請求が棄却されることになる上、再審の請求を受けた裁判所に対して、速やかに調査手続きを行い、審判を開始するか否かを決定することを義務づけたのである。この規定により、再審請求人が無罪につながる証拠の開示を受けられないまま、書面審査のみで再審請求が門前払いされる余地を残している点で、不十分というほかはない。
加えて、本答申は、確定審において刑の言渡し・刑の免除・無罪の言渡しに関する判決、控訴棄却の判決に関与した裁判官の除斥規定を設け、上告棄却の決定に関与した裁判官の除斥規定を設けなかった一方で、再審開始決定に関与した裁判官の除斥規定を設けている。再審請求審と再審公判は一連の手続であり、同一の裁判官が担当することは当然のことである。このような規定は、検察官に対して、再審開始が確定した事案について、再審公判において一から有罪立証を行うことを可能とするものであり、いたずらに審理を長期化させる結果につながる点で、不十分というほかはない。
5 一方で、国会においては、「えん罪被害者のための再審法改正を早期に実現する議員連盟」(超党派議連)が中心となり、えん罪被害者の迅速な救済を目的とする再審法改正案(刑事訴訟法の一部を改正する法律案)が議員立法として提出され、審議が継続されていたが、先般の衆議院解散によって廃案となった。
同改正案は、本答申と比して、再審請求手続における証拠開示の制度を大きく拡充し、再審開始決定に対する検察官による不服申立てを明文で禁止するなどの内容を含むものであり、えん罪被害者の早期救済の必要性という立法事実と真に向き合った内容である。まさに、えん罪被害者の人権救済に資する方向性を明確に示したものとして当会は高く評価する。
他方、本答申は、超党派議連による再審法改正案が示してきたえん罪救済の方向性を十分に踏まえることなく、検察官の不服申立てを維持し、証拠開示についても限定的な枠組みにとどめるなど、超党派議連の案に比して、明らかに「後退的」内容となっている。
6 当会は、えん罪の防止とその救済が刑事司法に対する国民の信頼の基盤となるべき課題であるとの観点から、本答申に対し、強く反対する。そして、検察官の不服申立てを禁止し、証拠開示についても大きく拡充した内容の超党派議連の再審法改正案が一刻も早く再度国会に提出され、その法制化を実現することを求める。
2026年(令和8年)3月17日
福岡県弁護士会 会長 上 田 英 友


