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シンガポール法律協会との友好協定締結

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国際委員会 事務局長 坂本 龍彦(69期)

当会は、2026年3月11日、シンガポール法律協会(The Law Society of Singapore)との間で当会として3番目となる友好協定を締結しました。1990年の釜山地方弁護士会、2010年の大連市律師協会との締結以降、新たな協定締結は約16年ぶりのことです。

新たな友好関係の構築

これまでの協定は、歴史的・人的な繋がりを背景としたものでしたが、今回は「これから新たな友好関係を構築すること」を目的とした初めての挑戦でした。
実務担当者として締結式まで走り抜けてまいりましたが、準備はすべて手探りの状態でした。本稿では、今後の他国弁護士会との交流の足がかりとなるよう、締結に至る詳細な経緯をご報告いたします。

友好協定締結に至る足跡 ― LAWASIAから「新たな一歩」へ

本プロジェクトの起点となったのは、2023年9月に本会が日本弁護士連合会と協力の上、福岡で開催した「LAWASIA人権大会」です。当時、実行委員長を務められた上田英友会員のもと、私も実務を担当したことが、本会のLAWASIA関連業務に深く携わる契機となりました。
翌2024年、徳永響会長(当時、以下、役職名はいずれも当時)の下で、本会はLAWASIAの団体会員となり、マレーシア・クアラルンプールでの年次大会に徳永会長、担当であった中原昌孝副会長と私が参加しました。この際、第二東京弁護士会のご厚意で、各国弁護士会との二者会合(通称「バイ会合」)にオブザーバーとして参加する貴重な機会を得ました。
続く2025年のベトナム・ハノイ大会において、上田会長と私が参加し、その際第二東京弁護士会のバイ会合に臨席しましたが、そこで、シンガポール法律協会のリサ・サム会長と2年連続で面会できたことが、後の大きな転換点となります。(第二東京弁護士会には感謝の念が絶えません。)
ハノイ大会最終日、私は上田会長へ「シンガポールと友好協定を締結できれば素晴らしいですね。」とメッセージを送りました。これに対し、上田会長から即座に「今年度中に締結しましょう!」との力強い回答をいただいたことで、プロジェクトは一気に現実味を帯びて動き出しました。
もっとも、会内での合意形成には慎重な議論を要しました。国際委員会に諮った際、概ね賛同を得た一方で、「釜山や大連の際は長年の交流の積み重ねがあった。今回は唐突感があり、会員から消極的な意見が出るのではないか。」との真摯な指摘をいただきました。これを受け、私は本協定を「交流のゴールとしてではなく、未来に向けた新たな友好関係を構築するための第一歩」と位置づける提案書を起案しました。
この方針について、委員会、執行部、そして常議員会において重ねて協議を行い、最終的には「本会の国際化に向けた新たな挑戦」として、全会一致で深いご理解をいただくことができました。

ゼロからの協定書案起案

リサ・サム先生が会長を退任された後にシンガポール法律協会の会長に就任されたタン・チェンハン先生へ、2026年1月、これまでの経緯と締結の意向を伝えるメールを送付しました。即座に前向きな回答をいただくことができ、いよいよ具体的な協定書案の作成と調整に入りました。
協定書案作成にあたり、過去の釜山地方弁護士会や大連市律師協会との協定書を確認しましたが、これらはいずれも既存の友好関係に基づいたシンプルな内容でした。今回は、当会にとって初となる「英米法(コモン・ロー)体系の国」との英語による協定締結であるため、雛形のない状態から条文を起案する必要がありました。
私自身、業務で英文契約書に触れる機会はあるものの、一からこのような協定書を起案した経験はなく、試行錯誤の連続でした。委員会や執行部と密にコミュニケーションを図りながら案文を練り上げ、先方との軽微な修正を経て、最終的な合意に至りました。
なお、この迅速な起案と交渉を支えたのは、最新のAIツールの活用です。AIの補助を得ることで、前例のない複雑な事務作業を短期間で完遂することが可能となりました。これは、現代の国際実務における一つの有効な手法であると実感しています。

友好協定締結式

本プロジェクトは、シンガポールとの繋がりを得た上田会長の任期中に締結したいという強い思いから、先方には1月のアプローチから3月の締結式まで、極めて短期間での検討と調整をお願いすることとなりましたが、快く受け入れてくださったシンガポール法律協会の皆様には感謝の念に堪えません。
迎えた2026年3月11日、上田会長、松井仁国際委員会委員長、そして私の3名で同協会を訪問し、締結式を執り行いました。式典において、上田会長からはアジアの重要な法的拠点であるシンガポールと、アジアの玄関口である福岡が、本日の締結を起点に相互訪問やセミナー等を通じて永続的な友情を育んでいきたいとの意向が示され、タン・チェンハン会長からも深い共感と同意の言葉をいただきました。
また、当会からは3月という季節に合わせ、両会の末永い発展を祈念して記念品の「博多人形(ひな人形)」を贈呈し、先方からは、協会会館が描かれた美しい絵画と、立派な協定書フォルダーを頂戴しました。

今後の展望 ― 実務に直結する交流を目指して

締結式後には、ランチ会を開催していただき、そこでは、両国の弁護士事情のみならず、不動産、相続、離婚(親権問題)など、共通する実務的課題についても活発な意見交換が行われ、今後の具体的な交流に向けた確かな手応えを得ることができました。先方からは「英語で対応可能な福岡の弁護士を紹介してほしい」との要望があり、具体的な相互協力の第一歩として、双方の弁護士紹介制度の構築について合意しました。
シンガポール法律協会では日本語対応が可能な現地の弁護士を紹介いただける体制を整えていただけることとなり、当会としては、早速2026年4月より「英語対応可能弁護士名簿」の登録募集を開始しております。(募集は5月末までとなりますが、毎年同時期に募集いたします。)
また、今回の訪問ではシンガポール国際仲裁センター(SIAC)に精通した弁護士との知己を得ることもでき、今後SIACに関する講演会等の実施も計画しています。
さらに、意見交換を通じて、不動産、相続、そして昨今関心の高い「共同親権」を含む離婚問題など、実務的な分野において相互に最新の知見を求めていることがわかりました。会員の皆様におかれましては、シンガポールの実務に関して協議を希望する事項がございましたら、ぜひ国際委員会までお寄せください。本協定を活かし、皆様の業務の一助となるよう尽力します。

アジアのリーガルハブ:シンガポール

最後に、本協定のパートナーであるシンガポールとシンガポール法律協会について紹介します。
シンガポールは、東京23区ほどの面積に多様なルーツが共存する「多文化共生」の先進国です。英語を公用語としつつ、中華系、マレー系、インド系、そして世界各国の駐在員が互いの文化を尊重し合う土壌が根付いています。
ビジネス面では「アジアのリーガルハブ」としての地位を不動のものとしており、コモン・ローを基礎とした透明性の高い司法制度は、世界中の企業から高い信頼を得ています。近年ではSIACをはじめとする紛争解決機能の拡充に注力しており、アジアにおける「法の支配」を牽引する知的な中心地としての存在感を強めています。
シンガポール法律協会は1967年に設立された、同国の全弁護士が加入する法定団体です。同協会の入るビルの一層上にはSIACの本部が置かれており、物理的にもまさに国際法務の最前線に位置しています。
アジアの玄関口たる福岡の弁護士会として、国際ビジネスを支えるリーガルサービスの提供、そして多文化共生のロールモデルたる同協会との協力体制が末永く続くことを心より祈念し、報告に代えさせていただきます。

ここが知りたい家事事件における行政関連手続き~北九州市との協議会についての報告~

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北九州部会のすべての性の平等に関する委員会 副委員長 仲地 彩子(71期)

1 北九州市との協議会

北九州部会のすべての性の平等に関する委員会では、毎年、北九州市との協議会を持ち、行政と弁護士会のそれぞれの視点から、家庭に関する問題全般における意見交換を行っています。これまでも、主として子ども家庭局との意見交換を行いたいへん有意義な機会となっていましたが、令和7年は、市民課など複数の担当部署からご出席いただき、特に充実した協議が行えました。弁護士として、家事事件を取り扱う上での学びが非常に多い協議会となりましたので、以下、報告いたします。

2 議題1:住民票および戸籍の取得手続きについて

(1) 住民票や戸籍等(以下、「住民票等」)の閲覧制限等をかけている事例において、住民票等の開示請求がなされた場合、どのような審査のもと対応しているか。

(2) 【回答】
DV等支援措置を受けている事案においては、総務省から住民基本台帳事務処理要領が示されており、これに基づく運用を行っている1。
第三者が行う請求の場合は、もともと慎重に審査を行っているが、DV等支援措置を受けている場合は、請求者の中に、相手方が含まれていないかについて、特に慎重に判断を行っている(契約書など、請求権を根拠づける資料の提示を求めている。請求者が法人の場合は、相手方が法人内にいる可能性もあるので、法人の実在性も含めた確認をしている。)。相手方が第三者になりすましている場合なども念頭においている。
相手方からの請求は、代理人からの職務上請求であっても交付しない。

3 議題2:認知後の親権者の届出について(現行運用、改正後運用)

(1) 現行法下では、婚姻関係にない父母の子で、認知を得ない子は、母親が親権者となる。ただ、父の認知後、父母の協議で父を親権者と定めたときは、父が親権者となることができる(民法819条4項)。認知後に期間がたった後に届出をする場合は、実態としては親権者変更のようにも思えるが、家庭裁判所の許可なく、届出のみで親権者を定めることができるのか(戸籍法78条)。また、4月の改正法施行後も運用はかわらないか。

(2) 【回答】
戸籍法78条の届出をするのに、届出期間の制限はない。認知からどれだけ時間がたっても、父は、届出のみで親権者となることができる。
改正法施行後の戸籍運用については、現行から大きな変更はなさそうではあるが、まだ通達が示されていない(※令和7年10月時点)。

4 議題3:世帯分離について

(1) どのようなときに世帯分離ができるか。離婚後に元配偶者が住民票を異動させない場合はどうか。

(2) 【回答】
婚姻中の夫婦で同一住所であれば世帯分離はできないが、離婚をしていたら世帯分離は可能である。
一方配偶者が事実上は家を出ているが、離婚をしていない場合は、原則として世帯分離は難しい。不現住が確認できる場合には、例外的に、職権消除の対象になる可能性がある(とはいえ、荷物などがあり、客観的に不現住を確認できない場合は、職権消除は難しい)。

5 議題4:各種手当の受給方法について

(1) 【回答】児童手当について
受給者が消滅届を提出し、子を養育している者から申請をするのが原則である。しかし、離婚後の夫婦については、職権で消滅手続をして、子の養育者に支給している。離婚調停中の夫婦については、調停係属証明書があれば、手続き可能である。また、弁護士をつけて離婚協議中の夫婦については、弁護士の書面で足りる(形式は任意であり、書面の内容で離婚協議中であることを確認している)。

(2) 【回答】児童扶養手当について
原則として、離婚が受給の要件となっている。しかし、父又は母から1年以上「遺棄」されている場合も受給の対象となる2。
遺棄の認定については、厚生労働省から基準が示されている3。もともとは、遺棄とは、相手が行方不明など探しても見つからない事態を想定していたが、現在は、父から監護を受けられていない場合には、実態に応じて、遺棄を認定している。たとえば、父が、婚姻費用を支払わず、離婚調停を起こしても、離婚にも応じずに1年以上たっている場合などは、例え面会交流が行われているとしても「遺棄」を認定できるケースがある。

6 終わりに

今回の協議会は、市民課を含む複数部署のご出席により、例年以上に多角的な視点から議論を深めることができ、実務に直結する知見を得る極めて貴重な機会となりました。
当委員会では、今後も本協議会を継続し、北九州市との緊密な連携を図りながら、より良い実務の構築に努めてまいりたいと思います。

1 総行住第20号「住民基本台帳事務処理要領の一部改正について(通知)」https://www.soumu.go.jp/main_content/000929822.pdf

2 北九州市「児童扶養手当の支給」https://www.city.kitakyushu.lg.jp/contents/924_10105.html

3 厚生労働省「児童扶養手当遺棄の認定基準について」https://www.cao.go.jp/bunken-suishin/teianbosyu/doc/r03/tb_r3fu_12mhlw_116.pdf

空き家を生まないためのシンポジウムの開催

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会員 平尾 真吾(66期)

1 はじめに

令和8年2月14日、北九州市立男女共同参画センター・ムーブにて九州弁護士会連合会拡大協議会が開催されましたので、報告します。この拡大協議会は、九州弁護士会連合会高齢者・障害者の支援に関する連絡協議会が、各県弁護士会(福岡は福岡部会と北九州部会)にて年1回持ち回りで行っている市民向けのシンポジウムです。今回は、北九州が担当となり、「空き家を生まないためのシンポジウム~次の世代へのバトンの渡し方」と題してシンポジウムを開催しました。

2 基調講演

岡山県で空き家の対策をされている岡山大学学術研究院准教授の氏原岳人さん、中電技術コンサルタント株式会社織田恭平さん及び岡山住まいと暮らしの相談センター代表理事の石田信治さんの3名にご登壇いただき、基調講演を行っていただきました。氏原さん、織田さん及び石田さんは「岡山・空き家を生まないプロジェクト」のメンバーとして、岡山県内で空き家の発生を抑制するための取り組みをされています。

お三方には、空き家が発生してしまう原因やそれに対する対応の方法として、空き家の所有者の方に対する行動変容を促す仕組みづくりが重要であるとのご指摘をいただきました。特に空き家の所有者の心理として、後で起こる問題を想像できていないため、その結果、行動に至っていないというお話がありました。さらに、空き家になってから3年までは、空き家所有者の管理があるものの、それを超えると管理頻度が大幅に下がるとの指摘がありました。このような空き家所有者の心理を分析したうえで、岡山では、空き家所有者に対する情報提供と機会提供を行い、空き家所有者の行動変容を促す取り組みを行っているとの説明がありました。特に岡山では、この数年で空き家がこれから増えそうな地域を抽出し、その地域の世帯にアンケートを送付して、その世帯が空き家の問題に気付いてもらうという、珍しい情報提供の取り組みをしていることが説明されました。そして、リアクションのあった世帯に対して案内を行うという方法で、情報提供をしていることがわかりました。岡山では、さらに進んで、リアクションのあった世帯をホームページに誘導し、ウェブ上で質問に答えてもらった後に、「カルテ」を提供するという方法をとっています。これは、質問に回答した直後に、質問に答えてもらった世帯の置かれている状況をウェブ上で示すともに、どのような対応をすればよいか、相談する専門家がだれであるのかを案内するというものです。さらに、行動経済学で取り上げられる「ナッジ」という理論を使って、送付する文書をできる限りわかりやすく工夫したり、広報に力を入れているとの説明もありました。

このような手法を利用して、岡山では、空き家所有者の方に対して行動変容を促していることがわかりました。

3 パネルディスカッション

その後、基調講演をしていただいた3名に加えて、北九州市都市戦略局都市再生推進部空き家推進課で空き家対策係長を務めている森迫英夫さん及び当部会の小野純司さんを交えて、パネルディスカッションを行いました。

森迫さんからは、北九州市の空き家の現状をお話いただくとともに、「面的対策推進事業」という北九州での特色のある政策をお話しいただきました。これは、空き家が複数みられる地域について、北九州市が空き家の所有者の割り出しを行うなど支援をし、不動産業者が空き家を買い取るなどして開発を推進するという政策です。また、小野さんからは、弁護士として空き家問題にかかわる中で、信託や任意後見、成年後見という方法を紹介していただくともに、遺言を利用した方法が効果的であるとのお話がありました。

空き家の解消という命題は重要である一方、空き家所有者の方の意向に沿って空き家を未然に防ぐには、行動変容のアプローチが重要であることが改めてわかりました。また、継続的に空き家所有者に関与するとともに、遺言書を活用した方法がよいという認識を共有しました。

空き家については、現在様々な団体が活動をしていますが、弁護士会が遺言書の作成など、組織的かつ継続的に支援をしていくことの必要性を感じました。

【開催報告】シンポジウム「密室の扉をこじあけろ!~取調べの可視化と弁護人立会いの意義~」

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刑事弁護等委員会 委員 池本 稔洋(77期)

1 はじめに

令和8年2月7日、福岡県弁護士会館において、シンポジウム「密室の扉をこじあけろ!~取調べの可視化と弁護人立会いの意義~」が開催されました。当日は現地およびZOOMでのオンライン参加を合わせ、計100名を超える方々にご参加いただき、極めて盛況な会となりました。

本シンポジウムは、専門家による講演や不正な取調べが行われた事件の事例報告、パネルディスカッションを通じ、取調べの可視化および弁護人立会いの必要性を社会に広く浸透させることを目的として企画されました。以下、そのような熱いシンポジウムの一端をご報告します。

2 基調講演:小坂井久氏による刑事司法の歴史と展望

基調講演では、「ミスター可視化」として長年この問題の第一線で尽力されてきた大阪弁護士会所属の小坂井久先生にご登壇いただきました。

小坂井先生のお話は、拷問が公然と行われていた約150年前、1875年にボアソナードが「拷問廃止建白」を提出した時代まで遡ります。戦後の日本国憲法下での黙秘権の確立、当番弁護士制度の創設、そして現在の取調べ録音・録画制度に至るまで、被疑者・被告人の権利保護に向けた歩みを俯瞰されました。こうした制度の進展は、志布志事件をはじめとする多くの裁判例と、各地の弁護人による懸命な運動の賜物であるという点が、丁寧な解説とともに強調されました。

しかし、プレサンス事件などの近時の事例が示す通り、現在の録音・録画制度下においても、依然として密室での不正な取調べは根絶されていません。小坂井先生は、取調室という「密室」を真に解体し、不正を抑制するためには、取調べの全面可視化と弁護人立会権の確立が不可欠であると力説されました。

3 志布志事件に関する事例報告

本シンポジウムのメインイベントが、志布志事件の冤罪被害者である川畑幸夫さんと、その弁護人を務めた野平康博先生による事例報告です。

(1) 志布志事件の概略

志布志事件は、2003年の鹿児島県議会議員選挙を巡り、多数の住民が公職選挙法違反の嫌疑をかけられた、極めて凄惨な冤罪事件です。特に、川畑さんが被害に遭われた「ビール口・焼酎口事件」における取調べは筆舌に尽くしがたいものでした。2003年4月、任意同行された川畑さんに対し、取調官の警部補は、川畑さんの実父、義父、孫が本人を諭す体裁の文言(「お前をこんな人間に育てた覚えはない」等)を記した3枚の用紙を用意しました。そして、川畑さんの両足首を掴んで無理やりその上に乗せるという「踏み字」を強要しました。

(2) 川畑さんと野平先生による志布志事件の報告

シンポジウムでは、野田幸言会員による志布志事件の概要説明の後、川畑さんと野平先生に対し、志布志事件における取調べの状況や当時の心境について、インタビュー形式でお聞きしました。川畑さんの口から語られた3日間におよぶ執拗な取調べの実態は、ご本人の言葉だからこその重みに溢れており、当時の精神的な苦しさがどれほど深いものであったかが痛切に伝わってきました。

続いて、高谷英生会員が当時の川畑さん役を、川畑さんご本人が取調官役を演じる形で「踏み字」の実演が行われました。ご本人の手によって、力強く何度も足を踏み鳴らされる様子が再現され、その場にいた全員が、密室で行われた非人道的な取調べの恐怖を追体験することとなりました。

野平先生からは、密室という特殊な環境がいかに捜査官と被疑者双方の心理を歪め、横暴を招くのかについて、詳しく述べていただきました。弁護人は、このような過酷な状況にある被疑者の立場に立ち、その心に寄り添うことが何より重要であると説かれました。

「踏み字」実演の様子

4 出口聡一郎先生による国家賠償請求訴訟の報告

続いて、佐賀県弁護士会の出口聡一郎先生より、直近の事例に基づく取調べの実態報告がなされました。

出口先生が国選弁護人を務めた令和3年の刑事事件では、被疑者が一貫して黙秘権を行使していたにもかかわらず、警察官が、自らの影響力を誇示しつつ「自白すれば罪が軽くなる」といった不適切な利益誘導を行い、被疑者が黙秘権を行使し続けると、白紙の調書に勝手に犯行を認める内容を記載して署名押印を迫るという、言語道断の行為が行われました。出口先生はこの黙秘権侵害を理由に国家賠償請求訴訟を提起し、裁判所は捜査の違法性を認め、国に損害賠償を命じる判決を下しました。

この報告は、録音録画制度が導入された現代においてもなお、前時代的な違法捜査が行われている実態を浮き彫りにしました。

5 パネルディスカッション

最後に、古賀祥多会員の進行で、全パネリストによるディスカッションが行われました。共通の見解として強調されたのは、「取調べの全面可視化」と「弁護人立会制度」の早急な実現です。特に、諸外国では弁護人の立会いが当然の権利として確立されている一方で、日本がいかに国際的な潮流から取り残されているかという指摘は、個人的にとても印象に残りました。

パネルディスカッションの様子

6 おわりに

本シンポジウムを通じ、150年にわたる違法な取調べとの闘いの歴史を再認識するとともに、刑事弁護人のたゆまぬ努力が司法を動かしてきたことを改めて学ぶことができました。質疑応答では、若手弁護士の権利侵害に対する感度の鈍さを指摘する厳しい声もありました。私自身、若手弁護士の一員として、日々の刑事弁護において違法な取調べを許さぬよう、より頻繁な接見を行い、被疑者の権利を守るために最善を尽くす決意を新たにしました。

会員の皆様におかれましても、取調べの弁護人立会いが「特別なこと」ではなく「当たり前の風景」となる社会を目指し、今後も積極的な取調べ立会いの申入れにご協力をお願いいたします。

7 取調べ立会い援助制度のご紹介

最後に、当会での取調べ立会い申入れ、立会い・準立会い実践に関する援助制度について、ご紹介いたします。

(1) 対象となる事件
  1. 被疑者国選事件
  2. 刑事被疑者弁護援助事件
  3. 元々は①・②事件であったが、被疑者の釈放後も引き続き無償で弁護人として弁護活動を行う事件
  4. 被告人国選弁護事件

※純粋の私選弁護事件は非対象です。

(2) 対象となる活動と金額(消費税別)
  1. 書面による立会いの申入れ 3000円(1事件で1回分のみ)
  2. 取調べへの立会い 1日3万円(他部会での立会いは4万円)
  3. 取調べへの準立会い 1日2万円(他部会での準立会いは3万円)

なお、②と③の合計額は、1事件につき15万円を限度とします。

(3) 遠距離交通費援助

立会い又は準立会いのために遠隔地移動を要した場合には、移動距離に応じて、片道4000円から1万6000円の範囲で支給されます。なお、国選弁護報酬との重複受給はできません。

(4) 申請手続

援助金・費用を請求する会員は、当会会員専用ホームページに記載の所定の書式を用いて申請します。請求できる期間は、弁護人としての活動が終了した日から6か月以内です。

詳細は、同ホームページに本制度のマニュアル・申請書等をご参照ください。

あさかぜ基金だより・最終号~大変お世話になりました!~

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弁護士法人あさかぜ基金法律事務所・元所員 古賀 祥多(69期)

今回は、あさかぜ事務所の元所員である私より、「あさかぜ基金だより」最終号をお届けします。

さようなら、あさかぜ

平成20(2008)年9月、九弁連は、管内の弁護士過疎対策のため、過疎地赴任者を養成するための事務所として、「弁護士法人あさかぜ基金法律事務所」を設立しました。
以来、あさかぜ事務所は、17年以上もの間、弁護士過疎対策に取り組んできました。また、私たちあさかぜ所員自身も、長年、九弁連管内の司法アクセスを改善すべく頑張りました。
あさかぜ事務所の設立後、第1号所員の井口夏貴会員の入所をはじめ、全国各地からあさかぜ事務所に入所し、のべ29名もの所員が九弁連管内の弁護士過疎地域に赴任しました。卒業生のなかには、ひまわり基金法律事務所、法テラス7号事務所に赴任する所員や日弁連の過疎偏在対策の経済的支援制度を用いて独立開業する所員もいました。私も、平成28(2016)年12月に入所したあと、2年の養成を経て、壱岐に赴任しました。
所員の赴任先をみると、あさかぜ事務所が、九弁連管内の弁護士過疎解消に貢献できたと実感することができますし、自負もしています。
しかし、昨今の新人弁護士登録の東京一極集中の傾向から、所員の確保が困難となり、令和8(2026)年1月末をもってやむなく閉鎖をすることになりました。

皆様、大変お世話になりました!

今振り返れば、あさかぜ事務所の存続は、経済的面で苦難の道でもありました。また、所員自体も、養成を受ける中で、さまざまな苦労・悩みを抱えました。それでも、なんとか17年以上もの間、事務所を存続させ、所員が九州各地の弁護士過疎地域で活躍する機会を得ることができたのは、ひとえに福岡県弁護士会の会員の皆様のご支援のおかげです。ご支援いただき、ありがとうございました。
とりわけ、弁護士法人あさかぜ基金法律事務所運営委員会からは、さまざまな形で事務所・所員をバックアップ・サポートしていただきました。まことにありがとうございました。
また、所員1名につき、3名から5名の指導担当弁護士にサポートしていただきました。指導担当弁護士を引き受けて下さった会員の皆様には、多忙ななか、ご指導・ご鞭撻いただき、まことにありがとうございました。
さらに、あさかぜ応援団として共同受任・事件紹介いただいた会員の皆様にも、OJTによる熱心なご指導・ご鞭撻をいただき、まことににありがとうございました。
今日まであさかぜ事務所が存続し、九弁連管内の弁護士過疎地域に弁護士を派遣することができたのは、皆様のご支援・ご声援、叱咤激励があってこそです。
なお、歴代あさかぜ事務所弁護士の至らない点(所員の至らない点について苦言をお受けしたこともありましたので、なかったとは言えません。)につきましては、所員一同を代表して深くお詫びします。

司法アクセスの維持・改善のために

あさかぜ卒業生としては、あさかぜ事務所の閉鎖は寂しい限りです。でも、感傷に浸る暇はありません。あさかぜ事務所が閉鎖した後も、弁護士過疎地域の司法アクセスの維持・改善のための活動(ひまわり基金法律事務所の所長弁護士を確保する活動)は続きます。
これまで、あさかぜ事務所が壱岐・対馬のひまわり基金法律事務所の所長弁護士の給源として機能してきました。そのあさかぜ事務所を閉鎖する以上、別の方法で、壱岐・対馬の所長を確保していかなければならないと強く感じています。それは、私が壱岐ひまわり基金法律事務所の所長弁護士として活動した経験から感じるものです。
私は、所長弁護士として壱岐の島で2年間生活をしました。壱岐に実際に住んだ身としては、島で法的なトラブルが生じたとき、もし島のなかに常駐の事務所がなかったならば、島の外に出てまで弁護士に相談しようとは思わないのではないか、と感じます。一島民としては、決して安くない船舶料金を払って、1日がかりで島を出て、わずかな時間の法律相談に行くことがどれだけ時間的・経済的に困難で、大変なのかを実感できるからです。そこに思いを致せば、やはり、壱岐の島に常駐型法律事務所はなくてはならない、と思います(この点は、日弁連公式YouTubeチャンネル内にある動画「ここに弁護士がいてよかった~長崎・壱岐編」(https://youtu.be/N7IQzS5fOP0?si=BGfbchBAl7RyBRkw)でもお話していますので、是非ともご視聴いただければ幸いです)。
むろん、オンライン技術が進歩していけば、もしかすると常駐型法律事務所がなくともリーガルサービスを受けられる社会、相談者が安心感を得ることができる社会が実現するかもしれません。ただ、今でも弁護士のことを「怖い」と思う市民の方々が、モニター越しで会話する弁護士を信頼し、安心することができるのか、という問題があると思います。また、デジタルデバイスを用いることができない方々にとっては、オンライン技術がいくら進歩したとしても、その恩恵を得られるわけではない、という問題もあると思います。その意味で、私は、オンライン技術が日々進歩している現在においてもなお、かの地に弁護士が常駐している必要があると確信しています。
あさかぜ事務所が閉鎖したとしても、そうした司法アクセスの維持・改善のあゆみは、止めるわけにはいかないと考えています。
今般、九弁連では、司法過疎対策として、あさかぜ事務所に代わる過疎地赴任者の養成制度を企画しています。新制度では、九弁連管内の特定の事務所に過疎地赴任者の養成を委託し、九弁連がそれを財政的に支援する制度を予定しています。このように、九弁連では、あさかぜ事務所の活動に変えて、司法アクセスの維持・改善に向けた取り組みを続けていくことになりましたので、この新制度が機能するように、微力ながらお手伝いするつもりです。
また、日弁連では、司法過疎対策の一環として、令和7(2025)年6月から、新たに弁護士登録後3年の実務経験を有する弁護士を対象に、赴任のための準備費用として、上限200万円を給付する「経験弁護士準備援助金」制度を設けました。この準備金制度は、ひまわり基金法律事務所における従前の年間所得720万円を補償する制度とは別個の制度であり、経験弁護士でもひまわり基金法律事務所の所長に手を上げやすくするために整備された制度です。
弁護士過疎地対策として、このような制度もありますので、この機に、ひまわり基金法律事務所に興味をお持ちいただき、是非とも、エントリーしていただければと思います。ご興味のある方・ご不明な点は、ご遠慮なく私にお尋ねください。
弁護士過疎地対策に、ご理解と変わらぬご支援・ご声援をお願いします。

これからもよろしく

「あさかぜ基金だより」はこれで終幕です。これまであさかぜ基金だよりをご覧いただきまして、ありがとうございました。
とはいえ、弁護士過疎問題や司法アクセスの改善のための活動を風化させないため、不定期に、弁護士過疎問題に関連した記事を投稿したいと考えています。面白い記事、皆様が興味をそそられるような記事にできれば良いなと思っていますので、掲載の折にはご一読いただければ幸いです。

福岡県弁護士会 〒810-0044 福岡市中央区六本松4丁目2番5号 TEL:092-741-6416

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