自死問題対策委員会 委員 三好 有理(67期)
第1 はじめに
去る3月7日、福岡県弁護士会館2階大ホールとオンライン(ZOOM)を併用して開かれた自殺予防シンポジウム「職場のメンタルヘルス 働く人のこころを守るために」を紹介します。
第2 シンポジウムの紹介
基調講演では、産業医である江口尚さんに、「働く人のメンタルヘルスを守る社会へ―個人の問題から“職場の設計”へ―」との演題で、職場のメンタルヘルスについてお話いただきました。
基調講演後は、お子さんを過労自殺で亡くされた川浪晴美さんにご報告いただきました。
シンポジウム後半では、江口さんに加えて、社会保険労務士として企業の働きやすい職場づくりに携わっておられる岩下裕二さんと過労死弁護団にも加わり労働分野に力を入れて取り組んでおられる八木大和会員をお招きしてパネルディスカッションをしました。自死問題対策委員会副委員長の緒方枝里会員がコーディネーターを務めました。
それぞれ内容をご紹介します。
1 基調講演
(1)「保護された自律」の実現
「保護された自律」をどう実現するかという問題意識が冒頭で示されました。例えば、昨今の裁量労働制拡大の議論において「働きたい人がもっと働ける世の中にしていこう」と唱えられているところ、その「働きたい人」は本当に自由な意思で働きたいのかを常に考えなければいけないということが指摘されました。「保護された自律」が実現すれば、過労死や過労自殺は起きないと話されました。
この点について、シンポジウムの直前に厚生労働省から公表された「働き方改革関連法施行後5年の総点検」の調査結果(https://www.mhlw.go.jp/content/001666752.pdf)も紹介されました。労働時間の増減希望の調査によると、労働時間を増やしたいという人は全体の約10.5%でした。その労働時間を増やしたい理由を見ると、仕事の完成度や業績をより高めたいからとか、業務を通じて知識や経験・スキル・技術を高めたいからという理由もある一方で、たくさん稼ぎたいから、所定労働時間以外の労働分の収入がないと家計が厳しいから、労働時間が長い方が上司や周囲に評価されるからという理由が挙げられています。前半の理由についてはワークホリックになっている可能性もあるし、特に後半の経済的な事情が理由に挙げられているときは本当に自由な意思で働きたいと思っているのか丁寧な議論が必要であることが指摘されました。

(2)「こころの健康」やメンタルヘルス不調とは
心の健康状態に対する考えは時代とともに変わっていくところ、現在は「こころの健康」の定義について「人生のストレスに対処しながら、自らの能力を発揮し、よく学び、よく働き、コミュニティにも貢献できるような、精神的に満たされた状態」とされており(令和6年版厚生労働白書)、ストレスがあることを前提とした上でその人の生き方に関わるところも心の健康として捉えられているところが特徴です。
また、メンタルヘルス不調とは「精神および行動の障害に分類される精神障害や自殺のみならず、ストレスや強い悩み、不安など、労働者の心身の健康、社会生活および生活の質に影響を与える可能性のある精神的および行動上の問題を幅広く含む」とされています(労働者の心の健康の保持増進のための指針 2015年)。この指針では、職場で悩みを抱えている人がいれば対処していくという方針が示されており、病気になる前段階での対処の必要性が明確になっています。
(3)職場環境の重要性
労働者の心の健康保持増進のための指針となる法律が、1972年に制定された労働安全衛生法です。この労働安全衛生法1条の目的規定において、「職場における労働者の安全と健康を確保する」ことに加えて「快適な職場環境の形成を促進する」として、職場環境にフォーカスをあてていることが重要なポイントです。
つまり、職場でメンタルヘルス不調者が生じた場合、個人に責任があるのではなく、メンタルヘルス不調者が生じるような職場環境になっていることを組織全体で考えるべきということです。
また、労働安全衛生法3条では、労働者の安全と健康の確保が事業者等の責務と定められており、その具体的な指針として、上記の「労働者の心の健康の保持増進のための指針」((2)参照)があるということが解説されました。
加えて、平成29年に示された「働き方改革実行計画」では、長時間労働の是正の必要性やワーク・ライフ・バランスの改善の必要性が示されており、さらには長時間労働が構造的な問題であり、企業文化や取引慣行を見直すことも必要であることまで踏み込んで示されていました。この「働き方改革実行計画」が示されて10年弱が経過しますが、そこで示された問題点や状況は改善していないのではないか、状況が改善しない中で労働環境を戻すと元に戻るのではないか、という点を丁寧に議論しなければいけないということが指摘されました。
(4)産業構造の変化
この30年間における産業構造の変化についても指摘がされました。1995年頃は製造業や建設業が多かったところ、現在は少子高齢化で医療・福祉分野が増加しており、介護福祉に関わる事業者は中小・零細事業者が多く、組織形態が確立していないところも多い。さらに対人サービスであるがゆえのストレスを抱えやすいことが指摘されました。
(5)多様化する職場における「対話」の重要性
さらに、現在の職場は、以前に比べて多様化が進んでいることも指摘されました。
雇用形態として正規のみならず非正規が増えていること、65歳以上の高齢者も増えていること、仕事をしながら通院している人の割合が41%であること、外国人労働者数の増加、障害者雇用の推進などにより、以前に比べて様々な属性の人が職場で働いています。属性が異なれば、考え方も違い、それゆえにトラブルが起きやすくなります。
このような多様化が進んだ職場では、「この人はこの人の正しさで動いている」ということを理解することが重要で、そのためには互いに話をすることが大事です。
講演では「職場で無駄話をすることはできますか?」と会場に質問が投げかけられました。
メンバーが多様化した今の職場では、境遇の似通った者が集まっていた従来の職場以上に、コミュニケーションをとることが相互の理解のためには必要です。コミュニケーションのための時間がとれていないことがパワハラの相談件数が多くなっている要因の一つではないかとの指摘がなされました。
(6)組織全体で取り組むことの重要性
メンタルヘルス対策は個人の問題ではなく、組織全体で取り組む問題であることが講演で繰り返し指摘されました。そして、組織全体で取り組む際に重要なこととして、他職種連携・つながりの回復(not しがらみ)・対話の機会を増やすこと・孤独状態を職場で生まないことなどが挙げられました。
職場の孤立については、世の中が進むと集団ではなく個人でできることが増えますが、一人でやることをよしとすると相談がしづらくなります。一旦孤立状態に陥ると人は孤独を深めるため、関わろうとしても「構わないでくれ」という対応をされることもありますが、そのとき「わかったよ、もういいよ」と離れるのではなく、「いいじゃない!」と踏み込んでいくくらいが良いと指摘されました。
2 自死遺族の報告
基調講演の後は、自死遺族川浪晴美さんの報告がありました。川浪さんは、ご子息を長時間労働の末に過労自殺で亡くされました。川浪さんのお子さんは、大学卒業後新卒で勤めた食品の卸売会社で過酷なサービス残業を強いられ、懸命に働かれ、入社後3年経過した3月31日に「ゆっくり休みたい」などと書かれた遺書を遺して亡くなりました。川浪さんは会場で涙を流しながら報告をされました。その辛さ、無念さの大きさに会場全体が静まり返り、私も胸が痛くなりました。
川浪さんからは、従業員が長時間労働で精神を病み命を断つことがないように、過重労働にならない勤務体制を作ることの重要性が指摘され、一人でも多くの人に関心をもってほしいとの訴えがありました。

3 パネルディスカッション
パネルディスカッションでは、社会保険労務士の岩下裕二さんと弁護士の八木大和さんも加わり、働く人のメンタルヘルスを守るための視点についてそれぞれの立場からお話がありました。
一部割愛していくつかご紹介します。
(1)現場の痛みと法の間隙を埋めること
現場で「パワハラ」を受けた人の痛みが即、法的に損害賠償が認められる程度の違法性につながるものではない。
この痛みと法的な救済の間隙を埋めるためには、職場で救済されることが重要である。人が心を病まないためには「対話」と「連帯」が重要である。
(2)対話について
- 意見を聞き合うこと。自分の考えと違うけど、何が言いたいのかなと理解しようとすること。(not 言い負かす)
- こちらから歩み寄ること
例えば、上下関係を前提にすると、目下から挨拶すべきと考えるかもしれないが、上司から歩み寄る。
(3)ハラッサーへのケア
忙しさや管理職の負担がハラッサーを生んでいる面もある。上司を支援する仕組みも必要である。
(4)裁量労働制の見直しについて
- 労働時間の見直しは軽々になされるべきではない。所定労働時間が8時間とされているのは、人として回復するための8時間を確保するためであるが、裁量労働制がその枠組みを崩さないか。
- 「保護された自律」がどう成り立つのか。学識経験者や国会という裁量労働制で成功している職種だけで決めるのは良くない。
(5)中小企業にも義務付けられたメンタルヘルスの取り組み
地域に産業保健総合支援センターがある。無料で産業保健サービスを提供している。
EAP(従業員支援プログラム)は、地元のEAPが顔の見える関係を作れるため良い。
(6)個人の尊厳の重要性
労災対策などの制度設計にあたっては、個人の尊厳が重要である。一人でも傷つく人がいないように。

第3 おわりに
講演の中で江口さんからは、「では働きやすい職場環境って誰が作るのでしょうか」と会場に質問が投げかけられました。「あなたも含めて職場環境です」「不機嫌な態度をとるとあっという間に職場環境が悪くなってしまいます」とのことでした。組織として対応することの重要性に加えて、一人の人が周囲に与える影響の大きさも意識させられました。
今回のシンポジウムで、働く人のメンタルヘルスを守るために重要なこととして浮かび上がってきたものは職場における「対話」の重要性でした。多様性を尊重する社会において、自分とは異なる他者を理解するためには対話をすることが重要であることを学びました。
また、講演の中で熊谷晋一郎氏が提唱する「自立」の考え方、すなわち「自立」とは依存先を増やしていくこととの考え方も紹介されました。良い職場環境は、頼り頼られる関係づくりをすることかなと思います。一人で抱えずに協働できる関係を職場で作っていきたいと思います。


