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会 長 日 記 〜一月の会務日誌から〜

カテゴリー:会長日記

 会 長 川 副 正 敏
一 ひとときの休息
 元旦と二日、おせち料理に舌鼓を打ちながら、藤沢周平や城山三郎を終日耽読するしばしの休息のときを過ごしました。
 しかし、読後の余韻を楽しむ暇もなく、三日からは一週間後の常議員会に向けて、ゲートキーパー規制立法反対会長声明や日本司法支援センターの国選弁護人候補者指名業務に関する諸規則についての日弁連要綱試案に対する当会の意見書などを起案したり推敲するのに追われ、短くも貴重な休暇は矢のごとくに去っていきました。
二 仕事始め
 一月五日午前九時、県弁事務局仕事始めの挨拶に続き、本年第一回目の正副会長会。
 大小さまざまの宿題の山に嘆息しつつも、みんなで深呼吸をして、「あと一歩」と叱咤激励し合いました。
 一月五日午後、簡易裁判所判事推薦委員会・応募者の面接。
 これからのあるべき裁判所・裁判官像について、「国民に開かれ、分かりやすく迅速で、信頼される裁判・司法」という、今次司法改革を通じて定着した感のある言葉が多く発せられたのが印象的でした。
 椅子を温める間もなく、新年は対外行事などが目白押しです。儀礼的なものを含め、弁護士会の顔としてできる限り参加し懇談することに努めましたが、社交下手な私にはとても大きなプレッシャーでした。そんな中からいくつかをしたためます。
三 新春行事など
 一月五日夕、西鉄主催の新年祝賀会。
 地元政官界・経済界・労働界・報道機関・在福外国公館・専門職団体等々各分野の指導的立場の人々が会場を埋め尽くして、「明日の福岡」を語り合いましたが、景気回復への期待の声が各所で聞かれました。
 私が懇談した方々からは、裁判員制度についての疑問や不安の話題が出されました。今から八〇年以上前に陪審制導入を審議した枢密院で、原敬首相がその必要性を訴えたときの言葉、「憲法(大日本帝国憲法)実施後三〇年を経た今日に於ては、司法制度に国民を参与せしむるは当然の事なり」とのフレーズなどを引用しながら、酒席を顧みずに熱弁をふるってきました。
 一月六日、第五九期司法修習生第二班弁護修習開始式・会長講話。
 裁判員制度の標語として裁判所も用いるようになった「司法が変わる」という言葉に示された司法改革の核心的意義とこれからの課題について、若き法曹にも認識を共有してもらい、一緒に汗を流してほしいとの思いを込めて話しました。
 一月七日、民団(在日本大韓民国民団)福岡県本部新年祝賀会。
 顔見知りの駐福岡大韓民国総領事・金榮昭氏らと懇談をしました。役員や来賓の方々からは、在日永住外国人に対する地方参政権の実現が熱っぽく語られました。
 一月一三日、日本公認会計士協会北部九州会新年賀詞交歓会。
 新年を寿ぐ華やかな雰囲気の一方で、同会会長の挨拶では、カネボウ旧経営陣による粉飾決算事件にからみ、昨年九月一三日、会計監査を担当した中央青山監査法人の公認会計士がこの不正に加担した疑いで逮捕された事件の衝撃とこれを踏まえた信頼回復への取り組みの決意が危機感をもって述べられました。他山の石としなければとの思いを強くしました。
四 本格的始動
 一月一四日、山崎拓衆議院議員(自民党)及び木庭健太郎参議院議員(公明党)にそれぞれ面談。
 ゲートキーパー規制、少年法改正、共謀罪などについて、弁護士会の見解を説明し意見交換をしました。今後、他の地元選出国会議員とも面談の機会を得るよう努めていくことにしています。
 木庭議員からは、公明党として、今通常国会に在日永住外国人の地方参政権(相互主義)を実現する法案を提出し、審議入りを図ることにしており、弁護士会にも理解を求めたいとのお話しがありました。
 私は、当会が一五年以上にわたって釜山地方弁護士会と毎年交流を続けてきていることに加えて、二〇〇〇(平成一二)年には、執行部(春山会長)を先頭に会を挙げて、福岡県内の自治体に対し地方公務員の任用に関する国籍条項撤廃の要請活動を展開したことなどを説明しました。そのうえで、今後も日本における多民族共生社会のより良いあり方を追求するため、それぞれの立場で積極的に取り組んでいく必要があることを確認し合いました。
 韓国では、既に永住外国人への地方参政権付与が法制度化されており、日本でも真剣に検討する時期に来ていると思います。
 一月一五日、福岡部会・加藤達夫会員の旭日中綬章を祝う会。
 「古今二路無」。「今も昔も、賢人の行く道は一つしかない。それは、今自分の前にある責任をひたすら黙々と果たしていくことに尽きる」。そんな禅語にふさわしい加藤先生の生きざまを盛会のうちに垣間見る思いでした。
五 テレビ出演
 一月二二日、RKB毎日放送のテレビ番組『元気 by 福岡』に出演。
 キャスターの納富昌子さんと裁判員制度について対談しました。一〇分足らずの緊張の時間でしたが、彼女の歯切れのよい語り口につられて、何とか役目を果たすことができ、ほっと胸をなでおろしました。
 裁判員制度の実施開始まで三年半を切りました。市民への広報活動もさることながら、裁判員裁判及びこれと連動する公判前整理手続などの新たな刑事訴訟制度の下における私たち自身の弁護のスキルを磨くという面でも、待ったなしの本格的な取り組みが求められています。
六 むすび
 「♪春は名のみの風の寒さや」の候とはいえ、執行部が交替する桜花の季節は目前です。この拙文が届くころには、当会でも日弁連でも、二〇〇六(平成一八)年度の会長をはじめとする執行部が確定していることと思います。
 しかし、代用監獄問題等の未決拘禁制度改革、共謀罪、少年法改正、ゲートキーパー規制といった立法問題への取り組み、四月からの司法支援センター発足と秋からの被疑者国選弁護開始に向けた準備、県弁会館敷地取得問題等々、年度替わりの「休み」は一日たりとも許されません。
 寒風の中で駑馬に鞭打つ日々が続きます。

会 長 日 記 〜年頭にあたって〜

カテゴリー:会長日記

   会 長 川 副 正 敏
一 はじめに
 明けましておめでとうございます
 昨年を振り返りますと、一月にはスマトラ島沖大地震と大津波の報に地球の終末の始まりかと驚かされ、その衝撃もさめやらぬうちに、私たちの足下で予期せぬ地震に見舞われました。夏には「郵政民営化・小泉劇場」が喧伝される中で、衆議院に三分の二の巨大与党が生まれました。
 年末になると、次々に起こる幼女殺害事件、そしてマンションやホテルの耐震構造計算偽装事件が世を騒がせました。世界では、抑圧とテロ、報復という暴力の連鎖がこの瞬間も続いています。
 戦後六〇年、還暦に当たる年でしたが、各方面で制度疲労が顕在化し、あるいは普遍的なものと考えてきた価値観が大きく揺らぎ、将来への漠たる不安がただよう中で新年を迎えた感があります。一〇〇年後の歴史家はこの二〇〇五年について、良くも悪しくも様々な意味で、大きな区切りの時代として総括するのかもしれません。
 そのような中にあればこそ、次の還暦のサイクルの始めの年である今年は、未来に向かって、改めて我々の時代の「坂の上の雲」を見出し、その雲を仰ぎ見ながら、一歩一歩着実に歩んでいかなければならないと思うこのごろです。
 さて、私たち執行部の任期も残すところ三か月を切り、最後の追い込みに入りました。夏休みの終わりに宿題をやり残して焦った悪童時代の苦い思い出がよぎります。
 この機会に、当面の主要な課題について申し述べることとします。
二 憲法改正問題への取り組み
 先に自民党の新憲法草案が公表され、民主党も九条二項の改定を含む憲法改正に前向きの姿勢を示す中で、次の通常国会には国民投票法案が上程されるという情勢にあります。私たちにとって不動の価値基準としてきた憲法が揺らぎ始めています。
 当会では、昨年末に憲法委員会を立ち上げ、この問題に対し、強制加入団体としての枠内でできる限り、正面から取り組んでいくことにしました。父母・祖父母の世代が悲惨な犠牲を払って築いてくれた、恒久平和を希求し、その下で個人の尊厳を至高の価値として追求する「このくにのかたち」を次の世代に確実に引き継ぐ責務が私たちにはあると思います。
三 各種治安立法阻止と未決拘禁制度改革の運動
 弁護士が依頼者の「疑わしい取引」を国に密告するというゲートキーパー立法に対し、日弁連は昨年六月、取扱機関が金融庁であることを前提として、日弁連が会員からの報告の受け皿となることを骨子とする方針を立て、法務省との折衝を重ねてきました。しかし、その後関係省庁間での協議の結果、この問題の主管庁が金融庁から警察庁に変わることとなり、日弁連は昨年末、改めてゲートキーパー立法そのものに断固として反対し、強力な運動を展開するとの方針を打ち出しました。
 また、再三にわたって廃案とされてきた共謀罪の立法化も現実の問題となっています。少年院送致年齢の下限(一四歳)の撤廃や触法少年・ぐ犯少年に対する警察官への強制捜査権の付与などを盛り込んだ少年法改定にも大きな懸念があります。
 「テロとのたたかい」や日本社会の「安全神話」崩壊に対する防波堤構築を金科玉条として、治安優先の立法が次々と出され、圧倒的多数の与党が占める国会でさしたる議論もなされないまま可決成立しかねないという構図には、背筋が寒くなる思いです。
 他方、未決拘禁制度改革も今年中の決着に向けた法務省・警察庁との厳しいせめぎ合いが続けられています。このような中で、昨年末に有識者会議が発足し、今年二月を目途に提言が出され、その後立法化作業に入る見通しです。代用監獄廃止に向けた道筋を付けるため、全力を傾注しなければなりません。
 人権擁護と社会正義の実現という使命を与えられた弁護士・弁護士会の見識と力量が今こそ問われているのだと思います。
 これらの問題について、当会でも早急にしかるべき組織を立ち上げ、日弁連及び全国の単位会とともに、強力な運動を展開していくことが求められています。
四 司法支援センターと公的弁護態勢確立
 今年四月の日本司法支援センターの発足まで三か月を切りました。夏前には地方事務所がオープンし、秋からは法定合議事件の被疑者弁護を含めた国選弁護人指定業務などが開始されることになります。
 司法支援センターに対しては、今も懐疑的な見方がありますが、実際の業務開始を目前に控えて、弁護活動の自主性・独立性を確保しつつ、広範な国民に対して真に良質な法的サービスが提供できる組織運営を実現するため、弁護士会はこれを傍観視するのではなく、積極的に関わっていくべきだと考えます。
 そのために、当会としては、地方事務所の要となる所長・副所長には、会の総意に基づく最適任者を推薦し、職員についても、弁護士会で従来から国選・扶助業務にたずさわってきた優秀な人材を確保して、弁護士会との緊密な連携体制を構築するように鋭意準備作業を進めているところです。
 地方事務所の設置場所についても、床面積約一五〇坪(福岡)ないし約六〇坪(北九州)以上という条件を満たすとともに、既存の弁護士会の相談センターとの場所的・機能的一体性を確保することを前提として、適当なビルの調査を行っています。また、発足時には事務所設置が見送られた筑後と飯塚についても、その必要性を訴え続けて実現を期さなければなりません。
 司法支援センターにおける国選業務のあり方については、現在、業務方法書・法律事務取扱規程・国選弁護人契約約款に関する日弁連の要綱試案に対する単位会の意見照会がなされており、当会では全会員に情報提供をして意見を出していただくようお願いしているところです。弁護権・防御権の確保を基本として、当会としての適切な意見を出さなければなりません。
 そのうえで、大多数の会員が引き続き国選弁護をお引き受けくださるようご協力をお願いいたします。一人が一〇の仕事をやるのではなく、一〇人が一の仕事を分かち合うとの思いを共有したいものです。
 今年九月には、日弁連の国選シンポジウムが福岡で開催されることになっており、公的弁護態勢確立と国選弁護充実の契機として、是非とも成功させたいと思います。
五 刑事司法改革への対応
 昨年一一月に始まった公判前整理手続は、現在適当な事件を選んで試行的に実施されていますが、逐次拡大していき、裁判員裁判開始に向けて、連日的開廷をにらんだ集中審理・迅速化が押し進められていくことが想定されます。そのような中で、刑事裁判の適正・充実の観点がおろそかにされ、弁護権・防御権の保障がいささかでも弱められるのは防がなければなりません。
 そのような観点から、未決拘禁制度改革や取調全過程の録音・録画化の実現に向けた取り組みを強化するとともに、会員の弁護活動に対する弁護士会としてのバックアップ体制の確立を図るべきです。
六 後輩の育成
 法曹人口大増員時代に向け、法科大学院〜司法修習〜入会時研修を通じて、多くの後輩がその力量を高め、質量ともに豊かな弁護士業務を展開できるようにするために、弁護士会としての支援策や受入体制を作って実行していくことも焦眉の急です。
七 むすび
 司法改革が各論に入って行くほどに、我々の現実的な業務のあり方を大きく左右しかねない具体的問題に直面し、次々に厳しい決断と実行を迫られるのを痛感します。
 正月早々から重い話題を書き連ねましたが、いずれも今年度から来年度にかけてやり遂げなければならない重要な課題です。
 「怒れる風体にせん時は、柔らかなる心を忘るべからず」(風姿花伝)の教えを想起しながら、残された任期を全力で務めていく決意です。会員の皆様のご理解とご協力を心よりお願い申し上げます。

会 長 日 記 〜平和と人権を考える因幡路の旅〜

カテゴリー:会長日記

会 長 川 副 正 敏
一 小さな弁護士会の大きな人権擁護大会
 一一月一〇日と一一日の両日、鳥取市で開かれた日弁連の第四八回人権擁護大会に参加しました。参加者総数は延べ四三〇〇人という盛況でした。会員数わずか三一名の鳥取県弁護士会にして、よくぞここまで準備をされたものと頭が下がりました。
 初日に三分科会で行われたシンポジウムを踏まえ、二日目の大会では次の一つの宣言と二つの決議が採択されました。
 (1) 「立憲主義の堅持と日本国憲法の基本原理の尊重を求める宣言」
 (2) 「高齢者・障がいのある人の地域で暮らす権利の確立された地域社会の実現を求める決議」
 (3) 「安全な住宅に居住する権利を確保するための法整備・施策を求める決議」
 これらの内容は日弁連のホームページに掲載されていますので、ここでは立ち入りませんが、いずれも日本の政治と社会が直面している極めて重要な課題に関するものであり、各シンポジウムの充実ぶりは、人権問題に関する最大・最高のオピニオンリーダー、シンクタンクとしての日弁連の面目躍如との思いを深くさせるものでした。
二 高齢者・障害者の人権確立と住宅の安全性確保
 (2)の高齢者・障害者の人権確立の決議に関して、当会の活動は、「あいゆう」や精神保健当番弁護士制度に見られるように、先進的な取組みとして全国的にも高く評価されています。今回のシンポジウムも、九月一六日に福岡で開催された「高齢者・障害者の権利擁護のつどい」の成果を踏まえ、これをさらに深化させるものであり、当事者組織及び保健・医療・福祉・教育の専門職と機関や団体、行政との地域ネットワークの構築、そしてその中での法律家の積極的な取組みの必要性が再確認されました。
 「小さな政府」のかけ声の下で、障害者自立支援法に見られる利用者負担の増大・応益負担への転換が押し進められつつある今日の状況は、高齢者・障害者が地域で自分らしく安心して生活できる社会の実現を促すものとは言いがたいように思われます。そういった現実とこれを打開するための私たちの役割の重要性を改めて認識させられました。
 提案理由を聞きながら、「障害者を閉め出す社会は弱く脆い」という一九八一年・国際障害者年の国連総会決議の言葉を思い浮かべ、この面での当会の活動のさらなる拡充に向けた決意を新たにしました。
 (3)の「安全な住宅に居住する権利」についても、当会の会員有志がかなり以前より建築士と連携しながら研究及び救済活動を展開していることはよく知られています。
 シンポジウムでは阪神淡路大震災の被災実態とその後今日に至る行政や関係機関等の対応の問題点が指摘されました。福岡でも、三月の地震を契機に問題点が顕在化しており、弁護士会として、より広範で組織的な取組みをする必要性を感じました。
三 改憲論にどう向き合うか
 立憲主義の堅持と憲法三原則の尊重に関する?の宣言をめぐっては、三時間余りにわたり白熱した議論がおこなわれました。最大の論点が憲法九条問題にあったのは言うまでもありません。
 原案では、九条を一項の戦争放棄条項と二項の戦力不保持・交戦権否認条項に分け、前者を一般的な恒久平和主義、二項を「より徹底した恒久平和主義」として、前者は尊重すべきであると表明する一方で、後者については、「世界史的意義を有する」との評価を示すだけで、その改廃の是非や自衛隊の憲法適合性如何には直接言及しないとしています。
 反対意見は次のようなものです。
 改憲論の核心はまさに憲法九条二項であって、最近発表された自民党の新憲法草案でも二項廃止と自衛軍保持・集団的自衛権行使の容認等を明記しており、民主党の改憲派もほぼ同様のことを主張している。このような状況下で原案の宣言を出すのは、日弁連として事実上九条二項廃止論に与することになる。そのような宣言を出すのは単に無意味であるという以上に、むしろ有害である、と。
 他方、原案を支持する意見の要旨は次のとおりです。
 会内に賛否両論があり、高度に政治的な問題でもある九条二項の改廃の是非に関し、強制加入団体たる弁護士会としてそのいずれの立場に立つかを明確にするのは適切ではない。人権尊重よりも「国民の責務」に傾斜した自民党の新憲法草案など、立憲主義を軽視する改憲論が出される中で、弁護士会として、立憲主義の理念の意義を再確認してその堅持を求め、国民主権・人権保障・広義の恒久平和主義の尊重とともに、戦力不保持を含めた日本国憲法のより徹底した恒久平和主義の世界史的意義を強調することは大変有意義なことである、と。
 原案賛成論者の大多数も、「憲法九条二項を堅持すべきであって、その改定には強く反対する」との個人的見解を表明しつつ、これと異なる意見を持つ会員を含めた会内合意が得られるぎりぎりの線として、この宣言案を採択すべきだというものでした。
 賛否双方の意見を通じて、非武装・絶対的平和主義憲法の持つ掛け替えのない価値を認めることではほぼ一致していました。
 このような議論を経て、宣言案は人権擁護大会としては異例の挙手による採決に付され、賛成四八〇名、反対一〇一名の賛成多数で原案が採択されました。
四 『平和の政治学』 を想う
 厳しくも真摯な討議が展開されるのを眼前にしながら、学生時代に読んで感銘を受けた石田雄著『平和の政治学』(岩波新書・絶版)の次の一節を想起しました。
 「非武装憲法は歴史上例がないというただそれだけの理由で無意味と決めつけてしまうのは、自分の構想力の貧弱さを告発するだけである。それと同時に、平和憲法があるからそれでいいのだとすませているのも、現実的な思考を伴わない怠惰な態度といわざるをえない。どのような条件の下で平和憲法が現実に意味をもちうるかを冷い計算で検討してみる必要がある。」
 抑圧とテロ、報復戦争と再テロという暴力の連鎖が止まることを知らない世界を前に、「戦争ができる国家」の再構築に向けた改憲論が声高に喧伝される今日、どうやって日本と世界の非軍事化への道筋を付けていくのか、第二次大戦の惨禍を二度と繰り返さないため、不戦と非武装を高らかに謳った憲法九条に今どう向き合い、現実的意味を持たせるために何をすべきか、またできるのか、様々の思いが巡りました。
 九条二項を改定(削除)して、戦力の保持と交戦権の容認を憲法上明記することは、自衛隊の位置付けや集団的自衛権行使の是非の問題にとどまらず、「軍事的公共性」が正面から人権制約の根拠とされ、「軍事的合理性」に基づく人権抑圧的統治機構(危機管理のための権力集中、戒厳令、軍事法廷等々)への変容をもたらすのは不可避であって、それがまた戦争への障壁を低くすることも歴史が教えるところです。
 ともすれば「テロとの戦い」や「ならず者国家に対する戸締まり論」などの単純化した論理や勇ましい言葉で語られがちな改憲論議に対して、このような観点からの冷静な問題提起をしていくことは、強制加入団体という弁護士会の限界を踏まえても十分に可能なことであり、むしろ私たちに課せられた大きな責務だと思います。
五 余韻と感動、そして美味
 大会では、宣言・決議の採択に先立ち、今年四月に名古屋高裁が出した名張毒ぶどう酒事件の奥西勝死刑囚に対する再審開始決定について、弁護団からの特別報告が行われました。担当した弁護士は淡々と語り始めましたが、話題が奥西氏との面会の様子に入った途端に絶句し、大粒の涙を流しながらしばし嗚咽した場面は、日弁連の人権擁護活動の原点を象徴するものでした。
 晩秋の因幡路の古都で、白熱した議論の余韻と無辜の救済に打ち込む若手会員の一途な姿への感動に包まれながら、解禁直後の本場の松葉ガニに舌鼓を打つ、平和に生きる幸せを実感する充実の二日間でした。

教育基本法改正法案を廃案とし,あらためて十分かつ慎重な調査と討議を求める会長声明

カテゴリー:声明

2006年(平成18年)5月11日
福岡県弁護士会 会長 羽田野節夫
 政府は、4月28日、教育基本法改正法案を閣議決定して国会に提出した。
 法案は、2003年6月に設置された「与党教育基本法改正に関する協議会」及びその下の「検討会」において、精力的な議論を重ねたうえで取りまとめられたものとされるが、この間、2004年6月に中間報告が公表されたことを除いては、全て非公開にて議論が進められており、国民に向けて開かれた議論が行われたとは言い難い。
 日本弁護士連合会は、去る2月3日、準憲法的な性格を持ち国際条約との間の整合性をも確保する必要性が高い教育基本法については、衆参両院に、教育基本法について広範かつ総合的に調査研究討議を行なう機関としての「教育基本法調査会」を設置し、同調査会のもとで、その改正の要否を含めた十分かつ慎重な調査と討議がなされるよう求める提言を行っている。
 また、当会は、2002年4月、福岡市の小学校6年生の通知表の評価項目に「国を愛する心」の文言を掲げ、愛国心という内心の問題を成績評価を通じて強制することは人権侵害のおそれが強いとして警告を発し、さらに、2003年9月13日、「教育基本法『改正』を問う」市民集会を主催し、講演とシンポジウムを通じて現行法の改正の要否を含めて法案には様々な問題点があることを明らかにしてきた。
 そもそも、教育は、本来人間の内面的価値に関する文化的な営みであって、政治的な立場や利害から中立なものでなければならない。伝えられるとおり、政府・与党内での合意のみで作成された法案であれば、国会での質疑・討論は、時の政治的な立場によって左右され、中立性が損なわれることになりかねない。このような形の法改正は、教育の憲法ともいわれる教育基本法の改正の在り方としては不適切であり、百年の計といわれる教育を根本において誤まらせることになる。
 このように準憲法的性格を有する教育基本法については、現行法の改正の要否を含めた十分かつ慎重な調査と討議を経ることが必要不可欠である。
 以上の観点から、当会は、今回の教育基本法改正法案を廃案とした上,あらためて衆参両院に「教育基本法調査会」を設置して,改正の要否を含めた十分かつ慎重な調査と討議をするよう求めるものである。
以上

少年法等「改正」法案に反対する会長声明

カテゴリー:声明

2006(平成18)5月11日
福岡県弁護士会 会長  羽田野節夫
少年法等「改正」法案が,本年2月24日に衆議院に再上程され,5月中旬から審議入りと伝えられている。当会は,昨年6月23日,会長声明を発表し,少年法「改正」法案に反対したところであるが,あらためて以下のとおり反対する。
この改正法案は,
(1)14歳未満の低年齢非行少年に対する厳罰化(少年院送致を可能に)。
(2)触法少年・ぐ犯少年に対する警察官の調査権限の付与(福祉的対応の後退)。
(3)保護観察中の遵守事項を守らない少年に対する少年院収容処分の導入。
などの点において,下記1〜3項に詳論するとおり,少年法の福祉主義の理念を後退させ,保護観察制度の根幹を揺るがす極めて問題ある内容を含むものである。このため,当会は,下記4項で述べる国選付添人制度導入の点を除いて,本法案に強く反対するものである。
              記
1  少年院送致年齢の下限(14歳)の撤廃
そもそも,本法案が想定するような,14歳未満の少年による事件の凶悪化は統計上認められず,この点を厳罰化の根拠とすることはできない。
そして,14歳未満の低年齢の少年が非行を起こす場合の多くは,心身の発達状況や家庭における生育歴などに問題を抱えている場合が多く,とりわけ,重大な事件を犯すに至った低年齢の少年ほど,被虐待体験を含む複雑な生育歴を有し,このため,人格形成が未熟で,規範を理解し受け容れる土壌が育っていないことが多い。その意味で,低年齢の触法少年に対しては,それぞれの少年が抱える問題に応じた個別の福祉的,教育的対応が不可欠であり,そのための専門の施設として児童自立支援施設における処遇が適切であって,これに対して,主として集団的で,かつ,「厳しい規律」を前提とした矯正教育を行っている少年院での処遇は適さない。
児童自立支援施設においては,低年齢の少年に対する福祉的教育的指導を行うべく多大な努力が行われ,かつ,一定の成果を修めているところであるが,仮に現状に問題があるとするなら,まずは,この児童自立支援施設の一層の専門性強化とこれに要する人的物的資源の充実が求められるところであって,性質の異なる少年院に,14歳未満の少年を収容可能とすることで,低年齢少年の非行に対処しようとするのは,本末転倒といわざるを得ない。
2 触法少年・ぐ犯少年に対する警察官の調査権限の付与
そもそも現行法上,触法少年の行為は犯罪ではない。触法少年の特徴は先に指摘したとおりであり,かつ,触法少年は表現能力も劣る。そうした少年に対する調査は,福祉的,教育的な観点から,児童福祉の専門機関である児童相談所のソーシャルワーカーや心理相談員を中心として進め,その実態に迫っていくとともに,適切なケアを図っていくべきである。こうした専門性を有しない警察官に調査権限を認めることは,教育的・福祉的対応を後退させるばかりか,少年を萎縮させ,かえって真実発見に支障を来す結果をもたらす危険が大きい。
また,ぐ犯は犯罪ではなく,一般にぐ犯に該当するか否かの判断は困難である。ところが,さらに本法案は,「ぐ犯である疑いのある者」まで調査対象とするが,そうなると,警察官の調査権限は際限なく広がり,少年に真に必要とされる教育的・福祉的対応が後退すると言わざるを得ない。
3  保護観察中の遵守事項を守らない少年に対する少年院収容処分
現行法においても,保護観察中の遵守事項違反に対しては「ぐ犯通告」制度が存在し,それで対応が十分可能であるし,むしろ,そうすべきである。
非行少年の更生は一朝一夕にはなしえない。少年を取り巻く環境が劇的に変化することも稀である。保護観察は,そうした状況を踏まえながら,少年の自ら立ち直る力を育て,更生させるため,保護観察官と保護司が少年との信頼関係に基づいて,長期的な視点から,少年に対しねばり強く働きかける制度である。そこでは,少年が不都合なことでも,また,ときに遵守事項を破った場合でも,そのことを素直に話せる関係が存在することが必要である。ところが,本法案は,「少年院送致」を威嚇の手段として遵守事項を守るよう少年に求めるものであり,そうした環境では,真実の信頼関係は育たず,かつ,保護観察制度の実質的な変容を迫るものである。
さらに,こうした制度を設けることは,一事不再理ないしは二重の危険の法理に実質的に反するばかりか,いたずらに厳罰化を図るものである。
現行の保護観察制度は相応に機能しているのであって,この制度のさらなる実効性を確保することこそが求められている。そのためには,何よりもまず保護観察官の増員や適切な保護司の確保といった方策が実施されるべきであり,制度の本質を変容させてはならない。
4  全面的な国選付添人制度の実現を
本法案は,ごく限定的ではあるが,従前の検察官関与とは切り離して国選付添人制度を導入している。これは当会が全国の弁護士会に先駆けて実践してきた身柄事件全件付添人活動がここ数年,全国に波及していく中で,これらの実績に基づいて有用性が証明され,国としてもその成果に配慮したことによるものであると確信する。その意味で,国選付添人制度の導入は,我々のこれまでの活動が実を結び,将来の全面的な国費による付添人制度への橋渡しになりうるものとして一定の評価をする。
しかし,その対象事件は極めて限られ,かつ,少年が釈放された場合には国選付添人選任の効力が失われるなど,なお著しく不十分,不適切なものにとどまっている。
我々は,さらに,全面的な国選付添人制度の実現を強く求めるとともに,今後とも,少年付添人活動の一層の充実に努めていく決意である。
以 上

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