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死刑執行の停止を求める会長声明

カテゴリー:声明

2006(平成18)年7月12日
福岡県弁護士会 会長 羽田野節夫
1 わが国での死刑執行は、1989年11月から1993年3月までの3年以上にわたって執行が控えられていた。
 ところが、その後死刑執行が再開され、2005年9月16日までに19回にわたり執行され、その被執行者数の累計は47名に及んでいる。
 しかし、国際的には、1989年に国連総会において採択された死刑廃止条約が、1991年7月に発効しており、2006年6月7日現在、死刑存置国71カ国に対して死刑廃止国125カ国(法律で廃止している国と過去10年以上執行していない事実上の廃止国を含む。)と、死刑廃止が国際的な潮流となっている。その中で、1998年11月5日、日本政府の第4回定期報告書を審査した国連規約人権委員会は、その最終見解において、わが国の死刑制度に関して1993年11月4日に同委員会が表明した懸念事項が実施されていないことにつき重大な懸念を抱いていることを示し、改めて死刑廃止に向けた措置をとるよう勧告している。
 国内的には、1993年9月21日の最高裁判決中の大野正男裁判官の補足意見にて、死刑の廃止に向かいつつある国際的動向とその存続を支持するわが国民の意識の整合を図るための立法施策が考えられるとの指摘がありながらも、十分な議論が尽くされないまま死刑執行が繰り返されてきた。
2 このような国際的な潮流と国内的な状況を踏まえ、とりわけ、現に死刑確定者が収容されている死刑執行施設を備えた福岡拘置所がある当地において、当会は、これまでに、死刑確定者からの処遇改善や再審援助要請といった人権救済申立事件を受理し、同事件処理をとおして、死刑制度の存廃を含めた問題に取り組む必要性を痛感し、より積極的な取組みをするべきであると考えてきた。
 ゆえに、当会は、これまで、数回にわたり、当会会長声明において、死刑執行に対して極めて遺憾であるとの意を表明し、法務大臣に対し、死刑の執行を差し控えるべきであるとの要望を重ねてきた。
 また、当会は、2004年10月7日の日弁連人権大会に向けたプレシンポを九州弁護士会連合会と共に「アジアにおける死刑―死刑廃止の胎動」と題して9月4日に開催し、隣国の韓国及び台湾(中華民国)が死刑廃止立法に向けた確かな歩みをしている事例を紹介し、日本においても死刑廃止を含めた死刑制度の国民的議論の必要性を喚起した。
3 しかしながら、死刑制度存廃につき国民的議論が尽くされないまま、死刑の執行が繰り返されてきた。しかも、これまで国会閉会直後や国政選挙直前あるいは年末など、国会による議論を避け、国民の関心が他に向けられやすい日程で死刑の執行が行われている。
このような状況に照らせば、83名の死刑確定者(2006年6月6日現在)に対し、今後、近いうちに死刑の執行が行われる可能性がある。
 そこで、当会は、法務大臣に対して、今後、死刑の執行を停止するよう強く要請する。
              

薬害肝炎被害の早期解決と肝炎の治療体制整備を求める会長声明

カテゴリー:声明

2006(平成18)年6月28日     
福岡県弁護士会 会長 羽田野節夫
 2006(平成18)年6月21日、全国5地裁(福岡、東京、名古屋、大阪、仙台)に係属している「薬害肝炎訴訟」の初めての判決が、大阪地方裁判所において下された。
 この薬害肝炎訴訟は、血液製剤の投与によりC型肝炎ウイルスに感染させられた原告らが国と製薬企業を被告として、血液製剤を承認し、製造・販売したことが違法であるとしてその損害賠償を求めた訴訟である。
 まず、判決は、血液製剤(フィブリノゲン製剤)の1987(昭和62)年の製造承認につき、「厚生大臣は、より一層の慎重な調査、検討をするどころか、非加熱製剤を加熱製剤に切り替えさせるという方針を立て、あらかじめ申請及び承認時期を定めた上で、極めて短期間に、いわば結論ありきの製造承認を行ったものであるから、安全確保に対する意識や配慮に著しく欠けていたといわなければならない」などと指摘して、原告5人の国に対する損害賠償請求を認容した。
 次に、判決は、1985(昭和60)年、「製薬企業が、製剤の不活化処理について、ほとんど不活化効果がなかった方法に戻し、C型肝炎感染の危険性をより一層高めた」として、原告9人の製薬企業に対する損害賠償請求を認容した。
 その上で、判決は、国及び製薬企業がフィブリノゲン製剤の危険性に関する情報を軽視した結果、原告らが「何らの落ち度がないにもかかわらず、C型肝炎ウイルスに感染し、その結果、深刻な被害を受けるに至った」ことを認めた。そして、高額な治療を受けることが容易でなく、社会の理解がいまだ不十分であるため、肝炎患者が、社会において多大な苦しみを被っていることをも指摘している。
 
 以上から、当会は、国と製薬企業が法的責任に基づき薬害の被害者である原告らを直ちに救済するとともに、全国で350万人ともいわれるウイルス性肝炎患者の被害回復のために、肝炎患者らの訴えに真摯に耳を傾けた上で、治療体制の確立・新薬の開発等の恒久対策を一刻も早く実現するよう求めるものである。

福岡県弁護士会役員就任披露宴ごあいさつ

カテゴリー:会長日記

2006年(平成18年)5月24日
福岡県弁護士会 会長 羽田野節夫
1.(序) 只今御紹介に預かりました、福岡県弁護士会会長の羽田野節夫です。
本日は、皆様には、公私共に御多用の中を、福岡高等裁判所長官龍岡資(すけ)晃(あき)様や福岡高等検察庁検事長佐(さ)渡(ど)賢(けん)一(いち)様、福岡市長山崎広太郎様を初めとして、福岡県弁護士会と関係の深い、各界各層の方々に御出席を賜わり、誠にありがとう存じます。
本日は、当会の過去の活動を検証し、更に今後の活動を皆様に御紹介し、御理解を願って、皆様から忌憚のない御意見や、御忠告を戴く場として、本日のような宴を催す次第です。皆様におかれましては、当会の役員に対しては元より当会の若い会員に対して苦言、提言又は暖かい励ましのお言葉をかけて下されば幸いでございます。
2.福岡県弁護士会の構成員と
弁護士会の組織について若干御紹介します。弁護士会は、強制加入団体であって、どのような政治信条を有するかにかかわらず、どこかの単位会に所属すべきこととされています。
福岡県弁護士会は、伝統的に4つの部会制をとっており、4つの部会は、純粋に独立対等の関係でございます。
各々の部会と構成員数は、前方の画面に表示されたとおりです。
また、九州ブロックには8県・8単位会が存在し、九州弁護士会連合会を組織し、九州内の共通の問題を協議しています。
日本全国には52単位会があり、個々の弁護士と全国の単位会とを構成員とする日本弁護士連合会(所謂、日弁連)という組織を作っています。
(1) 弁護士の自治
各弁護士会は、自治権があり、所属する個々の弁護士を監督し、更に日弁連が監督する関係にあります。しかし個々の弁護士の日常業務を弁護士会が監督する立場にはありません。個々の弁護士の不祥事に対し、弁護士会が懲戒権を発動し、当該弁護士を懲戒処分することによって、自浄作用を発揮します。
この弁護士自治制度は、司法権の独立のための制度的保障であり、市民にとっても重要かつ重大な制度です。もし、弁護士や弁護士会が特定の国家機関の統制下にあるとするならば、市民の為に弁護活動をする弁護士に対して個別の圧力が容易に加わり、司法作用がいびつとなり、司法の独立が保てません。
(2) 弁護士の警察に対する依頼者密告制度法案反対特別決議
本日の定期総会におきまして、皆様のお手元に配布しました「弁護士による警察等に対する依頼者密告制度」(ゲートキーパー問題)法案反対特別決議」がなされました。この制度は、依頼者との話の中で疑わしい取引があれば密告しなさいというものです。これは、弁護士と依頼者との信頼関係を根底からくつがえさせる、とんでもない法案です。いかにテロ予防対策とはいえ、テロの被害国アメリカやその隣国カナダも真っ向からこの法案に反対しています。当会が、政府が作ろうとしている法案に対して堂々として反対意見を申し上げることができるのも、弁護士自治制度があるからです。
本日御列席の皆様も、弁護士の自治を守ることがゆくゆくは市民の基本的人権を守り、社会正義の実現につながること、そして弁護士自治制度は、市民の権利を守るために必要不可欠な制度であることを御理解下さいますようにお願いします。
3.福岡県弁護士会の特徴
(1) 当会は、熱心な会員による委員会活動を中心として、弁護士会の会務活動が実践されています。
(2) 各種当番弁護士制度の発足と関係機関の連携
当会は、全国に先駆けて、平成2年当番弁護士制度を創設し、逮捕直後から、弁護士が被疑者のところに駆けつけ、被疑者の権利擁護に努めてきました。その後、全国に広がった当番弁護士制度は、16年の歳月を経て、ようやく今年の10月より、重大事件という限定的ながら、被疑者弁護人国選制度を実らせました。
(3) 当会は、その後も各種委員会が活発な活動をつづけ、常に日弁連をリードしてきました。全国に先駆けて、?刑事の当番弁護士制度のみならず、?精神保健付添当番弁護士制度、?福祉の当番弁護士制度、?少年事件全件当番付添人制度の各々の導入を実現しました。又、当会は、国際委員会による国際交流も盛んです。すでに15年前より始まった韓国釜山地方弁護士会との交流、そして中国大連市の法律家との国際交流も継続されています。私は、このような活発な委員会活動を展開してきた当会の先達の精神に学び、そして、福祉の当番弁護士などの活動を通じて培われた、行政、医療、福祉施設等々の関係機関との連携を大切にして、更に新たな視点で、市民のための司法改革を実践したいと考えています。
4.司法改革と当会の実践目標について述べます。
平成2年の日弁連・司法改革宣言に始まった市民のための司法改革は、いよいよ実践段階に差し掛かっています。ここで、司法改革の主要課題と当会の実践目標について御紹介します。
(1) 法科大学院と法化社会
(2) 日本司法支援センターの発足
今年4月から、独立行政法人「日本司法支援センター」が発足しました。10月からは、その業務が開始され、短期1年以上に該当する重大事件のみ、逮捕後勾留されたときから、被疑者に対し国選弁護人を選任します。この弁護人の選任作業を司法支援センターが担当し、弁護活動そのものは、各単位会の弁護士が担当します。
(3) 裁判員制度と法教育
司法改革の主要課題の一つである裁判員制度は、今から3年後の平成21年5月までに実施されます。憲法が国民主権を謳いながらも、市民が司法の分野に直接関わることはありませんでした。そこで、市民が裁判に直接参加することによって市民の感覚を裁判に反映させようとして実施されるのが裁判員制度です。
今から3年後に実施が予定されていながら果たしてどれだけの市民がその仕組みを知っているのでしょうか?
今後、当会は、種々の機会を利用して、法曹三者一体となって、市民に対し、広報活動を展開する所存です。
去る5月3日のどんたくに際しては、検察庁、弁護士有志や市民やく200人が、裁判員制度の広報宣伝のために、パレードに参加しました。
又、学校教育現場において、法律の背景にある基本的な価値観(正義や公平)や社会のルールを認識理解させ、そのような価値観に基づき問題を解決する能力を育成する「法教育」が必要です。当会は、中学・高校の社会の授業において、「法教育」を学んで貰うため、講師派遣出前授業を展開しています。これによって、中高生が将来の裁判員制度の担い手として成長して下されば幸いです。
(4) 高齢者・障害者支援センター(あいゆう)の法人化と福祉の当番弁護士の全国展開
平成12年4月から高齢者の介護保険制度と成年後見制度が導入されると同時に、当会は高齢者・障害者支援センター(あいゆう)を設立しました。
今や「あいゆう」の活動は、平成12年9月から実施された福祉の当番弁護士制度と相まって、行政や医療機関、施設関係者に絶大なる信頼と支持を獲ち得たと自負しています。
当会は、現在「あいゆう」の法人化を検討しています。
併せて、福祉の当番弁護士制度を刑事の当番弁護士同様、全九州並びに全国に展開したいと考えています。
(5) 弁護士過疎地対策と法律相談センターの拡充
司法改革の重要課題のもう一つに、弁護士過疎地対策があります。我が県内にも弁護士が存在しない地域があります。
私は、弁護士過疎地対策の一つは、法律相談センターの拡充ではないかと考えています。当会の法律相談センターは、昭和60年4月に発足し、現在の天神の法律相談センターを開設して20周年を迎えます。
現在では、福岡県内に法律相談センターが19ヶ所存在します。法律相談センターの数としては、東京の弁護士会に劣らず全国第1位です。当会は、福岡県民のために、「いつでも、どこでも、誰でも」容易に司法にアクセスできる体制を作っていきたいと思います。
5.行動の基本指針
ところで、昨今の商道徳や、行為規範を逸脱した幾多の社会現象(例えば、耐震偽造問題、ライブドアの粉飾決算、公共工事の談合、架空請求、オレオレ詐欺等の事件)は、一体何が原因なのでしょうか?
企業は、その活動に際して、所謂、社是、綱領といったその会社の行動の基本指針があったはずです。それが、規制緩和というお題目の下で、従来のタガがはずれた感が否めないのが、作今の情勢です。国家行動の基本指針は、所謂、国是といわれ、日本国憲法がそれに該当します。今、基本的人権の尊重と恒久平和を目標とする日本国憲法が改正されようとしています。国家の綱領ともいうべき憲法の改正については、慎重にあるべきだと考えます。国家のタガとも言うべき、憲法を軽々しく緩めるべきではありません。
先日、ある明治時代創業の某商事会社にあいさつに伺ったところ、九州支社長室には、会社の綱領が掲げてありました。
?所期奉公  ?処事光明  ?立業貿易
という三つの言葉です。企業活動は営利を目的とするのは、当然です。しかし、企業活動の基本は、公に奉仕するという精神が大切であるとその会社は昔から考えてきたのです。明治時代に創業者が考えたこの会社の行動の基本指針は、今も普遍の光を放って輝いています。
6.座右の銘
我々弁護士の行動の指針は、弁護士法1条の「基本的人権の擁護と社会正義の実現」であることは言うまでもありません。
さて、私が個人的に行動の指針又は座右の銘としているものは、「積誠動人」という言葉です。私の修猷館高等学校時代の恩師小柳陽太郎先生から戴いた言葉です。これは、『誠を積んで人を動かす』とよみます。孟子の言葉、「至誠人をも動かす」と同じ意味です。金を積んで人を動かす方もおられますが、最後に人の心を動かすものは、誠心、誠意であると確信しています。私は、今後これらの言葉を行動の指針としつつ、皆様を始めとする関係者各位と連携しながら、福岡の県民、市民のために真に役立つ弁護士会活動を展開して参りたいと思います。どうか、本日御列席の皆様には、当会の活動をよく御理解のうえで、御支援、御協力を下さいますようにお願いいたします。
終わりに、本日は、粗酒粗肴ではありますが、本日の宴が、お互いの交流の契機となり、実り多いものになりますように祈念申し上げて、ごあいさつとさせて戴きます。
本日はどうもありがとうございます。
以上
(於ホテルオークラ福岡)

弁護士から警察等への依頼者密告制度(ゲートキーパー制度)の立法化を阻止する決議

カテゴリー:決議

2006年(平成18年)5月24日
福岡県弁護士会
 政府の「国際組織犯罪等・国際テロ対策推進本部」は、2004年(平成16年)12月10日、「テロの未然防止に関する行動計画」を策定し、その中で弁護士にも不動産の売買、資産の管理等一定の取引について、依頼者の行う「疑わしい取引」を政府の金融情報機関に通報する義務と、通報の事実を依頼者に秘匿する義務を課す立法をすることとした。
 政府は、2005年(平成17年)11月17日に、金融情報機関を金融庁から警察庁に移管することとした。それに伴い、弁護士に依頼者の「疑わしい取引」を警察庁に通報することを義務づける立法をするべく、現在、2007年(平成19年)の通常国会への上程を目指し、作業を進めている。
 弁護士は、法律専門家として依頼者の基本的人権と正当な法的利益を擁護することを職務の本質としている。この弁護士の職責を全うするためには、依頼者の全面的な信頼の下に、秘密事項を含め全ての事実の開示を受けたうえで、依頼者にとって最善の方策を立案し遂行しなければならない。弁護士の守秘義務は、依頼者が、有利不利を問わずあらゆる事実を安心して弁護士に打ち明けられることを保障する制度であり、弁護士の職務の適正な遂行のために不可欠である。また、弁護士は、人権擁護のために、国家権力の過ちも臆することなく正すことが出来なければならない。そのために、弁護士は政府機関から独立し、その監督を受けない職業として位置づけられており、同時に弁護士会にも高度の自治が認められている。
 しかしながら、このたびの政府の決定により、このような密告義務が弁護士に課されることになれば、弁護士制度の根幹である弁護士の絶対の守秘義務と政府機関からの独立の原則がゆるがされ、もはや市民の弁護士への全面的な信頼は成立しない。
 市民が、安心して秘密を打ち明け、適切な法的助言を求めることができる法律専門家を失えば、市民の司法へのアクセスは阻害され、市民の守られるべき法的利益も損なわれる。
 そして、市民が、弁護士の助言に従って法を遵守することができなくなれば、市民の自由は奪われ、民主的な司法制度の根幹が揺らぐこととなる。
 当弁護士会は、弁護士が依頼者を警察はもとより他のいかなる政府機関に対しても密告する制度を決して容認することはできず、日本弁護士連合会とともに、全会員が一丸となってこのような立法を阻止する運動を更に強力に押し進めることを決意する。
 以上のとおり決議する。
決議案の提案理由
1 ゲートキーパー立法とは
 ゲートキーパー立法とは、弁護士など法律専門家に不動産の売買、資産の管理等一定の取引について、依頼者の行う「疑わしい取引」を政府の金融情報機関(現在は金融庁に置かれているが、警察庁に移管されることになっている)に通報する義務と、通報の事実を依頼者に秘匿する義務を課す制度を意味する。
 このように、この制度は、弁護士に対して、違法の疑いのある活動を通報することを義務づける一方で、依頼者に通報した事実を告げることを許さないものであるため、我々はこの制度を「弁護士から警察への依頼者密告制度(ゲートキーパー制度)」と呼ぶ。
2 制度化の国際的背景
 OECD加盟国を中心とする31か国・地域及び2国際機関が参加する政府間機関であるFATF(金融活動作業部会)は、2003年(平成15年)6月20日、弁護士、公認会計士などの専門職に対して、顧客の本人確認義務及び記録の保存義務と、マネーロンダリングやテロ資金の移動として疑わしい不動産売買、資産管理等の取引について、これを各国に設置される金融情報機関(FIU)に報告する義務を課すことを定め、これを勧告した。今回の政府の立法の動きは、この勧告を受けたものである。
 この制度は、弁護士を含む専門職をいわば金融取引におけるゲートキーパー(門番)として、違法な資金移動を監視・規制しようとするものである。
3 政府の立法に関する計画
 日本政府の「国際組織犯罪等・国際テロ対策本部」は、2004年(平成16年)12月10日「テロの未然防止に関する行動計画」を策定し、その中で専門職に対してのFATF勧告の完全実施を決定した。
 そして、2005年(平成17年)11月17日には、FATF勧告実施のための法律の整備に関する骨子を定めた。
 同骨子は、
・法律の目的は、資金洗浄及びテロ資金対策とし、警察庁、法務省、金融庁、経済産業省、国土交通省、財務省、厚生労働省、農林水産省、及び、総務省の所管とし、法律案の作成は警察庁が行う。
・本人確認及び組織犯罪処罰法第5章を参考として法律案を作成すること。
・FIU(金融情報機関)は警察庁に移管することとし、FIUが十分な機能を果たすため必要な体制を確保する。
・警察庁は平成18年(2006年)中に法律案の作成を終え、これを平成19年(2007年)の通常国会に提出する。
というものである。
4 弁護士・弁護士会の独立を侵害し、市民の信頼を損ね市民の自由を奪うもの
 しかし、「弁護士から警察への依頼者密告制度」は、弁護士・弁護士会の存立基盤である国家権力からの独立性を危うくし、弁護士・弁護士会に対する市民の信頼を損ねるものであり、弁護士制度の根幹をゆるがすものである。
 そもそも弁護士は、法律専門家として依頼者の人権と正当な法的利益を擁護することを職務の本質としている。この弁護士の職責を全うするためには、依頼者の全面的な信頼の下に、秘密事項を含め全ての事実の開示を受けたうえで、依頼者にとって最善の方策を立案し遂行しなければならない。弁護士の守秘義務は、依頼者が、有利不利を問わずあらゆる事実を安心して弁護士に打ち明けられることを保障する制度であり、弁護士の職務の適正な遂行のために不可欠なものである。
 また、弁護士は、依頼者の人権の擁護のためには、国家権力の過ちも臆することなく正すことができなければならないから、弁護士は政府機関から独立し、その監督を受けない職業として認められており、弁護士会にも高度の自治が認められている。
 他方、警察庁は、犯罪捜査を基本とする国家機関であり、刑事弁護などを通じて弁護士・弁護士会とは制度的に対抗関係にある。弁護士会は、政府機関の中でもとりわけ警察庁に対しては、その独立性を保たなければならないことはいうまでもない。
 ところで、弁護士が依頼者の相談等を通じて得た情報を、それも単に「疑わしい」というレヴェルでの情報について、警察庁に通報することにより、直接の捜査協力関係にあること、あるいはまた、これにより警察庁の統制下に置かれているような外観が作り出されることは、我々の依頼者である市民からどのように受けとめられるであろうか。この制度は市民にとっては、弁護士による警察への密告制度と認識されることは必至である。その結果、市民は弁護士へ依頼者として真実を語って安心して弁護士に相談を受けることを躊躇することになり、そのため法律を遵守して行動するよう適切な法的助言を受けることができなくなり萎縮効果により市民の自由が奪われ、また、かえって違法行為を招いてしまうという事態が発生しかねない。このような規制を強行することは、むしろ立法目的に背反する結果を生ずるおそれが大きいと言わなければならない。
 当弁護士会は、マネーロンダリング、テロ資金の移動を防止するため、人権保障原則に反しない範囲で世界各国が協力し、国内的法制を整備することの必要性を否定するものではないが、弁護士による依頼者を密告する制度によって達せられる法執行の利益に比し、これによって失われる利益、即ち、弁護士制度ひいては民主的司法制度の根幹を揺るがす弊害、リスクの方が格段に大きいとみる。
 よって、当弁護士会はたとえ対象分野を限定したものであっても、弁護士が依頼者を警察に密告する制度を断じて容認することはできない。
5 守秘義務の範囲外としても市民の信頼を失うもの
 報告義務が課せられる事項は弁護士の守秘義務の範囲外とする除外規定が設けられさえすれば許容できるというものでは決してない。
 FATF勧告では、「守秘義務の対象となる・・・・状況に関する情報」については、報告義務を負わないとされている。
 しかしながら、守秘義務の範囲の内か外かは一義的に定まるものではなく、法務当局の解釈と日弁連の解釈に差異があったことはこれまでしばしば経験してきたところである。ましてや、法的アドバイスを受けようとする市民が弁護士の守秘義務に属するか否かなど判断して、相談の対象を選別することなど殆ど不可能であるし、市民にとって弁護士を全面的に信頼することができないことに変わりはない。
 また、今後、警察庁が守秘義務の範囲について、これを狭めるような解釈を採用しようとする可能性は否定できない。
 よって、当弁護士会はたとえ守秘義務の対象となる情報を除外した制度であっても、依頼者を警察に密告する制度を断じて容認することはできない。
6 世界の趨勢は消極的
 諸外国の動向について、注目すべきは米国の対応である。米国法曹協会(ABA)は、ゲートキーパー規制に反対の姿勢を崩しておらず、政府からの具体的立法化の提案はこれまでにない。
 カナダでは、弁護士による通報義務を定めた法律が制定されたが、すべての州でゲートキーパー制度の弁護士への適用について違憲とする判断が出され、執行が停止されている。その後も弁護士による通報義務を定めた法律は制定されていない。
 イギリスでは、既に1994年から、ソリシターをマネーロンダリング規制対象とし、報告義務懈怠に5年以下の拘禁刑を科すとしている。このためソリシターは、些細な事実についても報告を行うようになり、2004年は1万数千件に及ぶ報告がなされ、市民の弁護士に対する信頼を揺るがす事態となっている。
 また、ベルギーやポーランドでは、弁護士がゲートキーパー制度の違憲性を指摘して、行政・憲法裁判所に提訴しており、今年度中にも判断が示される見込みである。
 このように、世界中の多くの弁護士が今もなお、この制度に強く反対しており、世界の趨勢は、この制度に消極的なものと評価することができる。
7 結論
 日本弁護士連合会は、2005年12月16日の理事会において、ゲートキーパー立法阻止のための運動方針を決議し、これまで市民、国会議員、政党、マスコミにこの制度の問題点、危険性を訴え続けてきており、理解と支持は拡がりを得てきているものと確信する。
 2006年度(平成18年度)福岡県弁護士会定期総会にあたり、日本弁護士連合会とともに、全会員が一丸となって「弁護士から警察への依頼者密告制度」を定める立法を阻止するための運動を更に強固に押し進めることを決意し、ここに決議する。

会 長 日 記 〜バトンゾーン〜

カテゴリー:会長日記

 会 長 川 副 正 敏
一 『アラバマ物語』
 二月一〇日、テレビの洋画劇場で『アラバマ物語』を見ました。
 舞台は大恐慌の嵐が吹き荒れる一九三二年のアメリカ南部の小さな町。若い白人女性とその父親がでっち上げた「暴行事件」の犯人として、無実の黒人青年トムが起訴された。厳しい人種差別と偏見の中で、グレゴリー・ペック扮する知性と正義感にあふれた弁護士アティカス・フィンチの奮闘むなしく、陪審員団は有罪の評決を下す。
 その現実とこれを目の当たりにしながら成長していくアティカスの幼い子どもたち(兄・妹)を描いた作品です。
 クライマックス・シーンで、穏やかな中にも毅然とした口調で語るグレゴリー・ペックの次の言葉が強く印象に残りました。
 「法廷と陪審は完全なる理想ではない。法廷とは生きた真実である。」
 三年余り後に始まる裁判員裁判が、本当に司法の国民的基盤を強化するとの立法趣旨に沿ったものとして定着し、民主的で公正な司法の理想に近づくことになるのか、裁判員法廷で実際に展開される「生きた真実」が私情と偏見を排し、立場の異なる者の間での冷静な熟慮と議論のコラボレーションに基づく正しい結論を導くものとなるのかどうかは、ひとえにこれからの私たちの周到な準備と実践にかかっています。
 一九一〇年の大逆事件裁判の戦慄にうながされて、八五年前、「司法の民主化」を目指して陪審制導入に踏み切った平民宰相原敬の決断を想起し、それが戦時体制下で潰えさせられた歴史の轍を繰り返してはならないとの思いを共有したいものです。
二 少年付添研究会と刑事弁護研究会
 二月二日に開催された第一回少年付添研究会を傍聴しました。弁護士になったばかりの若手会員から、過ちを起こした自分の子どもを見放す父親に罵倒されながらも、何とか説得して親子関係の修復に努めた話、個人的なつてをたどって、少年の就業場所を見つけようと奔走した体験談などが語られ、参加した同輩・先輩会員との間で熱い議論が交わされました。
 数年前から行われている、同じく若手会員による刑事弁護のスキルアップのための刑事弁護研究会にも、他の会務と重ならない限り、できるだけ顔を出すようにしました。そこでも本当に頭の下がるような熱心で充実した弁護活動の報告とこれをめぐる真摯な議論が毎回展開されています。
 「今どきの若い者」に敬服するとともに、秋からの被疑者段階を含めた公的弁護対応態勢確立への自信と公的付添人制度実現への決意を新たにすることができました。
 壮年、熟年の会員もぜひ出席して議論に参加されるようお勧めします。自らの仕事を顧みて、マンネリ化に対する強力なカンフル剤となること請け合いです。
三 未決拘禁制度改革と代用監獄問題
 昨年一二月から六回にわたって行われてきた未決拘禁者の処遇に関する有識者会議は、今年二月二日に「提言」という形でその審議結果を公表しました。
 この提言は、「治安と人権、その調和と均衡を目指して」という副題にも見られるように、無罪推定を受けるべき未決拘禁者の地位とその人権保障に対する視点が非常に弱いものとなっています。そして、最大の課題である代用監獄制度については、今回の法整備ではこれを存続することが示されました。他方、拘置所での夜間・休日における接見、電話・ファックスによる外部交通などについては、その導入が認められるべきであるとしていますが、具体的な内容はごく限定された不十分なものです。
 政府はこの提言を踏まえて法案策定をし、今通常国会に提出することにしており、今後、日弁連・単位会の総力を挙げた取り組みが必要です。当会でも三月三一日に代用監獄問題に関する集会を計画していますので、ぜひ参加されるようお願いします。
四 バトンゾーン
 二月中旬までに、二〇〇六(平成一八)年度会長・羽田野節夫会員をはじめ、次年度執行部の顔ぶれが決まりました。私たち現執行部は、年度末の会務処理に追われる日々の合間に、前年度の松?執行部から受け継いだバトンを落とすことなく、何とか無事に羽田野執行部に手渡せるゾーンまでたどり着けた安堵感を覚えながら、こもごも引継書を書いています。
 そんな中で、私は次年度日弁連副会長としての引継業務のため、二月から三月にかけてほぼ半分の日数を東京で過ごしています。これは歴代の当会会長がやり遂げてきたことですが、県弁の執行体制のあり方として、果たしてこれからも現状のままでよいのだろうかとの疑問を禁じえません。
 最近の『会長日記』でも触れていますように、司法支援センターと公的弁護対応態勢、公判前整理手続等の改訂刑事訴訟法下での刑事裁判実務と裁判員裁判に向けた準備など司法改革関係の諸制度の実施にかかわる具体的な取組課題、さらには未決拘禁制度改革やゲートキーパー規制問題などが一日の休みもなく押し寄せてきています。
 このような中で、執行部には年度替わりのブランクは許されず、むしろ三月から四月にかけての今の時期こそが一年中で最も多忙で重要な時期ではないかとも思われます。法曹人口大幅増員時代を迎えて、会務活動がますます多岐に及ぶことから、この傾向が一層強まることは確実です。
 ちなみに、ここ数年の歴代会長と同様、私もこれまで、心身ともに会長の職務に完全に専従する毎日を過ごしてきました。
五 県弁会長と日弁連副会長の完全分離へ
 このように、県弁執行部の責任者たる会長が会務活動にとって最も重要な時期に、日程的にはひと月の半分、精神的にはほとんど大部分を日弁連の用務に費やすというのはどう考えても不合理です。
 他方で、九弁連選出の日弁連副会長については、今年度から、福岡県とそれ以外の七県弁護士会(七県の間では予め決められた順番による)が一年ごとに出すという制度が実施されることになりました。そして、七県の第一順位である長崎県弁護士会ではすでに二〇〇七(平成一九)年度の日弁連副会長予定者を内定しています。
 また、九弁連では、この予定者が日弁連の諸課題に精通してスムーズに日弁連副会長職を行えるようにするため、九弁連副理事長として、ほぼ毎月二日間開催される日弁連理事会にオブザーバー参加してもらうこととし、これに必要な制度を整備して、予算措置をとることになりました。
 この制度の下では、福岡県弁護士会でも、県弁会長である者が次年度の日弁連副会長に就任するという必然性は、制度的にはもちろん、事実上もないということになります。このことは、日弁連副会長に就任する県弁会長とそうでない会長という二種類の存在のおかしさを想定すれば明らかです。
 このように考えてくると、福岡県弁護士会から日弁連副会長を出す年であれ、そうでない年であれ、前年度の県弁会長であるかどうか、さらには県弁会長の経験者であるかどうかとは関係なく、日弁連副会長として仕事をする意欲のある会員は誰でも自由に立候補して全会員の信を問うことが、単に制度的なものとしてだけではなく、実際の運用としても行われるべきです。九弁連における日弁連副会長交互選出制が定着するのを見定めながら、その方向性(県弁会長と日弁連副会長の完全分離)を追求していく必要があると考えます。
 県弁会長の翌年度に日弁連副会長に就任する方式が確立してから約二〇年を経た今、司法制度改革の具体化と会員の大幅増加の時代を迎え、執行体制強化の観点を中心にしながら、委員会の組織・運営のあり方を含め、改めて機構改革の議論をすべき時に来ているとの思いを深くしています。

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