法律相談センター検索 弁護士検索

福岡県多重債務者生活再生事業の継続を求める意見書

カテゴリー:意見

2017年(平成29年)11月27日
福岡県弁護士会 会長 作間 功

第1 意見の趣旨

福岡県は,平成20年から実施している「福岡県多重債務者生活再生事業」(以下,「本事業」という。)を平成30年度以降も継続すべきである。

第2 意見の理由

1. 福岡県人づくり・県民生活部生活安全課は,本年9月29日に受託者であるグリーンコープ生活協同組合ふくおかに本事業を平成29年度までで終了すると口頭で通知し,同年10月10日付で各市町村長(多重債務相談窓口担当課)宛に事業終了すると通知文を送付したとのことである。

多重債務問題は,貸金業法の改正(総量規制等)により,一時期より沈静化したが,近時は,銀行等が貸金業法13条の2の適用がないことを利用して,貸金業者による保証を付した貸付を行うことにより,再び深刻化しつつある。このことを背景として,本年の本事業による相談窓口の受付件数は,前年(平成28年)の1,747件を大きく越える2,300件(9月までの実績×2)と予測される。

この2,300件という数字は,新しい取組として多くの報道がなされた本事業開始時である平成20年度の3,431件や,偽装質屋による多くの消費者被害が発生した平成24年の相談件数には及ばないものの,過去の平均数を上回るものであり,本事業による相談窓口が県民にとって身近な相談窓口として定着していることを示すものである。

加えて,弁護士・司法書士による債務整理等の相談件数は9月までで149件であり,年間の推計では300件となり,前年の273件を越える実績が予想される。この実態からしても,多重債務相談は減少しておらず,本事業の終了の根拠とはならない。

このように本事業による相談窓口は,多くの福岡県民が多重債務の問題解決に向けて相談を行う窓口になっているのであるから,それを閉ざすべきでない。

2. 本事業では,県内4つの相談室(福岡,北九州,直方,久留米)で相談を受けているが,多重債務者が相談に来易いように身近な自治体との連携で出張相談会が開催されている。具体的には,昨年31の県内自治体との連携により71回の出張相談会を実施し,111件の面談を受けている。

多重債務者にとって,自ら積極的に相談窓口を探すことは負担であるから,身近な相談機会の周知はアウトリーチの取り組み・相談者の発見としても有効である。同様に出張相談会を開催している自治体の開催要望は強く,相談会の広報や会場の手配等の協力や自治体の機関との連携も図れており,無くてはならないものに定着している。本事業が終了すれば,住民の身近な相談機会が無くなるとともに,自治体にとっても継続的な支援や代替措置は容易に取れない。

従って,県民にとって身近な相談機会を奪うべきではない。

3. 本事業は,貸付事業を中核とした事業である。貸付を行う前提として,多重債務者へのカウンセリング,アセスメントを行い,相談者の家計の状況の把握とそうなった背景を相談者と共有した上で,債務の整理を前提に家計の見直しや,滞納の解消,不足する生活資金の貸付を行っている。

このように,多重債務問題を入り口として生活全体を再生していくことを目的とする機関は少なく,支援のネットワークの中での重要な位置を占めている。かつて多重債務問題が深刻な社会問題になった時期に国の多重債務問題改善プログラムがまとめられ,その対策方針の中の顔の見えるセーフティネット貸付が重要視されたが,福岡県はこれに着目して,全国で最初に,相談・貸付・金銭教育・悪徳商法被害救済の総合的な事業として,本事業を開始したものである。

本事業による貸付を受けている相談者は,既に債務不履行状態にあり信用情報が悪化しているため,どこからも借り入れができない者が全体の貸付のうち実に82%(29年上半期)に及んでいる。このように,本事業は,多重債務者に対する貴重な貸付機関として機能している。実際,多重債務者は貸付によって問題解決を図ろうとする傾向が強く,貸付がある相談窓口で,相談者との対話により,生活上の問題点を明らかにした上での貸付を契機にする本事業による生活再建活動は,多重債務問題を解決するためには極めて有効である。

加えて,近年は,銀行のカードローンによる多額の債務が多くなってきている。平成28年度における501万円から1000万円の債務を抱えている相談者は,2年前と比べて2.5ポイント増加しているし,法律家による債務整理相談の内,自己破産の割合は43%と5.2ポイント増加していることがその傾向を表している。銀行のカードローンによる多額の債務を抱えた多重債務問題として社会的な問題になりつつあり,多重債務生活再生事業はこの問題にも対応できている。

多重債務者の生活再生は,単に多重債務者が抱えている返済不可能な債務の解消を行なえば済むものではない。同時に抱えている家賃や税金,公共料金の滞納の問題や当面の生活資金の不足,学費や車検の費用の不足等,様々な問題をも解決する必要があるのである。本事業は,生活資金の貸付を行なう点で「顔の見えるセーフティネット貸付機関」として特徴あるものであり,この貸付業務を梃子にして多重債務者が抱えている様々な課題に対してカウンセリングやアセスメントを行なって各支援機関と連携して生活の再生に向かえるように伴走する事業である。このように,多重債務者の支援のネットワークの重要な位置を占める本事業を終了すべきではない。

4. 平成27年から生活困窮者自立支援法が施行され,自立相談支援事業を中核にして支援事業が始まっている。その中の家計相談支援事業は,家計管理により生活の課題を解決していくものとして多重債務者生活再生事業と類似している。しかし,この家計相談支援事業は県内の全ての自治体では実施しておらず,全県民対象の多重債務生活再生事業の代替とはならない。

加えて,家計相談支援事業は貸付を伴っておらず,その意味でも代替とはならない。

多重債務者や生活困窮者の問題は生命に関わる深刻な問題である。特に,多重債務者は生活困窮状態にあり,DVや虐待,ネグレクト等の複合的な課題を抱えている場合が多い。

県民生活の安全を所管する部署は,本事業が県民に対するいわば生命にかかわる事業であることを十分考慮して,慎重な判断をすべきである。従って,本事業の重大な変更をするためには,上述の本事業の実施状況を正確に把握した上で,本事業を仮に廃止した場合に,県民生活にどのような影響が及ぶのかを慎重に検討し,代替措置が十分可能かも含めて判断するべきである。従って,本事業の存続の可否については,手続的には,一番現場を把握している受託者や福岡県消費生活審議会で,事業の方向性について検討した後に行うことが必要不可欠である。

そのような手続的配慮も欠いたまま,本事業を廃止すべきではない。

よって,福岡県は,平成30年度以降も本事業を継続すべきである。

以  上

接見室内での写真撮影に関する国家賠償請求訴訟控訴審判決についての会長声明

カテゴリー:声明

2017年(平成29年)10月13日,福岡高等裁判所第4民事部は,拘置所の接見室内で弁護人がした写真撮影に関する国家賠償請求事件につき,極めて不当な判決を言い渡した。弁護団は,本日,同判決に対して上告及び上告受理の申立てを行った。
本件は,当時弁護人であった控訴人(1審原告)が,小倉拘置支所の接見室内で被告人と面会した際,被告人から,「拘置支所職員から暴行を受け,顔面を負傷したので,怪我を証拠に残してほしい」との訴えを受け,負傷状況を証拠化する目的で,携帯電話のカメラ機能を用いて写真撮影したところ,撮影した写真データを消去することを拘置支所職員らに強制された事案である。
本判決には多くの問題が存する。一つは,面会室内への撮影機器の持込みを禁止する刑事施設の長の措置を,「庁舎管理権」というきわめて広汎かつあいまいな根拠により正当化していること,もう一つは,弁護人が有する接見交通権の重要性を看過していることである。これらの点は,日本弁護士連合会(日弁連)会長が本年10月13日付けで発した「面会室内での写真撮影に関する国家賠償請求訴訟の福岡高裁判決についての会長談話」においても指摘されている。
上記談話が指摘するとおり,身体を拘束された被疑者・被告人(以下「被疑者等」という。)が十分な防御権を行使するための大前提となるのが,憲法・刑訴法上認められた接見交通権である。そして,接見の際に得られた情報を記録化することは接見そのものであり,かつ,弁護活動の一環であることは明らかであって,有効な防御権行使のためにいかなる方法で記録化するかについても,原則として弁護人の裁量にゆだねられるべきものである。
上記の日弁連会長談話に加え,以下の2点を指摘する。
本判決は,「庁舎管理権」について,国が,庁舎に対して有する所有権を根拠として,「特に法令によって制限されていない限り,明文の規定がなくても,その庁舎に対して包括的な管理支配権を持ち,その事務の遂行に支障となる行為を禁止することができる」とし,刑事収容施設法(刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律)に明文の規定がなくとも,弁護人の面会室への撮影機器の持込みを制限できるなどというのである。
ある行為を禁止し,またはいかに制限するかについては,明文の法律により規定されなければならないという考え方(法治主義)は,近代国家における大原則である。本件では,その禁止・制限となる対象が,先述のとおり憲法・刑訴法に基礎を置く重要な権利であるはずの接見交通権・弁護権なのであるから,尚更,その制約根拠は明確なものでなければならない。その根拠も内容も法文上明確とはいえない「庁舎管理権」なる権限により,接見の際の撮影機器持込みや撮影行為を容易に制約できるというのであれば,接見交通権・弁護権の保障は大きく後退するというほかない。
次に,本判決は,「刑事施設における面会は,被収容者に対する処遇という事務の一内容であり,面会室で弁護人を含む一般国民が面会できるのは,刑事施設の長が当該面会室を面会の場所として指定したことの反射的効果にすぎない」などと述べる。かかる指摘は,弁護人には面会室という施設を使用する権利などないというに等しい。この点からも,本判決は,接見交通権の保障を不当に軽んじる態度が顕著であり,到底承服できないものである。
当会は,引き続き,実質的な接見交通権・弁護権の保障を実現するため,写真撮影が接見交通権に含まれるものであるとともに,これを法令の根拠なく制限することはできないはずであることを改めて表明するものである。
2017年(平成29年)10月27日
福岡県弁護士会  会 長  作 間  功

福岡県地域司法計画(第1次,第2次)

カテゴリー:計画

福岡県弁護士会では,政府により司法制度改革のための法整備が進められていた2002年(平成14年),福岡県地域司法計画(第1次)(PDF)を策定しました。
この第1次計画は司法改革のスタートに際し,日本社会に法の支配を貫徹し,社会的弱者の人権を擁護するとともに,広範な市民や企業の法的ニーズを満たして,弁護士の使命である「基本的人権の擁護と社会正義の実現」を具現するには,「利用しやすい司法制度の実現」が必要不可欠であることを確認し,「利用しやすい司法制度の実現」のための地域における具体的な司法の充実に向けて,当会としてどのように取り組んでいくかを提起したものです。
さらに,2009年(平成21年)に,福岡県地域司法計画(第2次)(PDF)を策定しました。第2次計画は,第1次計画当時,制度設計が議論されていた司法改革の制度がほぼ確立し,実行段階にあったなか,福岡という地域において,これらの制度を実際に担う当会に与えられた課題は何か,これらを克服する方策をどう考えるべきかを提示したものです。この第2次計画については,策定後毎年,各事項の目標達成状況の検証を行っています。

消費者契約法の改正にかかる意見

カテゴリー:意見

平成29年(2017年)9月13日

内閣総理大臣 安倍 晋三 殿
衆議院議長 大島 理森 殿
参議院議長 伊達 忠一 殿
内閣府特命担当大臣(消費者及び食品安全) 江崎 鐵磨 殿
消費者庁長官 岡村 和美 殿
内閣府消費者委員会委員長 高 巖 殿
内閣府消費者委員会消費者契約法専門調査会座長 山本 敬三 殿

福岡県弁護士会
会長  作間 功

消費者契約法の改正にかかる意見

2000年(平成12年)4月に制定された消費者契約法(以下「法」という。)については,法施行後の消費者契約に係る苦清相談の処理例及び裁判例等の情報の蓄積を踏まえ,情報通信技術の発達や高齢化の進展を始めとした社会経済状況の変化への対応等の観点ら,2016年(平成28年)5月25日において法改正が行われた。

しかし,この改正にあたっては,内閣府消費者委員会(以下「消費者委員会」という。)および同委員会の下に設置された消費者契約法専門調査会(以下「専門調査会」という。)において多岐にわたる項目についての検討がなされたものの,法改正として実現したのは僅か6項目に止まり,「勧誘」要件の在り方,不利益事実の不告知,困惑類型の追加,「平均的な損害の額」の立証責任,条項使用者不利の原則,不当条項等の追加等については,引き続き検討を行うべきものとされた。そして,その後の検討を踏まえ,2017年(平成29年)8月4日に専門調査会が報告書(以下「本報告書」という。)をとりまとめ,同月8日,消費者委員会は,さらなる意見を付したうえで,内閣総理大臣に対する答申を行うに至った。

現在,成年年齢の引下げに関する民法改正の動きが加速するなか,知識や経験の不足した若年成人をめぐる消費者被害の増加が懸念され,また認知症等により判断力の不十分な高齢者をめぐる消費者被害の防止及び救済が,もはや一刻の猶予もない状況にあるとともに,消費者庁において新たな法改正作業が進められていることに鑑み,当会として,下記のとおり意見を述べる。

第1 意見の趣旨

本報告書に示された消費者契約法の見直しにかかる専門調査会の提言については,消費者被害の防止及び救済の促進という観点から一定の評価をすることができるものである。しかし,その提言をもって,消費者被害の防止及び救済に対する十分な措置が講じられたものと結論づけることはできない。特に,本報告書を受けた消費者委員会の答申において敢えて付言されているとおり,「特に早急に検討し明らかにすべき喫緊の課題」が残されており,また本報告書の提言内容についても,より適切かつ妥当な対応をなすべきものと考えられる点が少なくない。

そこで,以下においては,本報告書にもとづいて,その検討すべき各論点についての意見を述べることにする。

第2 意見とその理由
1. 事業者の努力義務について(法3条第1項関係)

【意 見】

(1) 契約条項の解釈について疑義が生ずることのないよう配慮すべき事業者の努力義務を規定する本報告書の提言については,これに賛成する。

しかし,より適切には,契約条項の内容が不明確であり,解釈に疑義が生じた場合につき,消費者にとって有利な解釈をとるべきものとする旨の解釈準則(「条項使用者不利の原則」又は「消費者有利解釈の原則」)を明確に規定すべきである。

(2) 当該消費者契約の目的となるものの性質に応じ,当該消費者契約の目的となるものについての知識及び経験についても考慮した上で,消費者の権利義務その他の消費者契約の内容についての必要な情報を提供するよう努めなければならない旨の事業者の努力義務を規定する本報告書の提言については,これに賛成する。

しかし,より適切には,事業者の法的義務として適合性原則を明文化し,当該契約の目的となる商品及び役務などにつき,当該消費者の知識,経験,年齢などに基づくその判断力に応じて必要かつ合理的な配慮を行わなければならない旨の適合性原則を事業者の法的義務として明確に規定すべきである。

【理 由】

(1) 契約条項の内容が不明確であり,その解釈に疑義が生じた場合につき,諸外国においては,消費者にとって有利に解釈すべきものとする解釈準則(「条項使用者不利の原則」又は「消費者有利解釈の原則」)が確立している。消費者契約における事業者と消費者の情報や交渉力の格差などに鑑みるならば,わが国においても同様の解釈準則を明文において規定することが,公平の理念からみて妥当である。

(2) 消費者と事業者の情報に格差が存在する現状においては,事業者に積極的な情報提供を義務付けるのみならず,当該契約の目的となる商品や役務に関する当該消費者の知識や経験に応じた適切な情報の提供を義務づけることによって,質及び量における情報の格差を実質的に是正することが必要である。

〔参 考〕

本報告書12頁,13頁

契約条項の明確化の努力義務を定めた法第3条第1項を改正し,事業者は,消費者契約の条項を定めるに当たっては,消費者の権利義務その他の消費者契約の内容が消費者にとって明確かつ平易なものになり,また,条項の解釈について疑義が生ずることのないよう配慮するよう努めなければならない旨を明らかとすることとする。

事業者の情報提供の努力義務を定めた法第3条第1項を改正し,当該消費者契約の目的となるものの性質に応じ,当該消費者契約の目的となるものについての知識及び経験についても考慮した上で,消費者の権利義務その他の消費者契約の内容についての必要な情報を提供するよう努めなければならない旨を明らかとすることとする。

2. 不利益事実の不告知における主観要件について(法第4条第2項関係)

【意 見】

不利益事実の不告知による取消しの要件につき,「故意」のみならず「重大な過失」を追加する本報告書の提言については,これに賛成する。

しかし,より適切には,不利益事実の不告知による取消しにつき,不告知者の故意過失を要件から削除すべきである。

【理 由】

(1) 不利益事実の不告知による取消しにつき,不告知者の故意過失を要件とすることは,その立証責任が消費者にあることから,消費者に困難を強いるものである。しかし,「故意」のみならず,「重大な過失」を要件に追加するならば,主観的要件にかかる消費者の立証責任を緩和するものであって,消費者被害の防止及び救済を促進するという観点において妥当であるが,その主張立証の困難性は,依然として解消されていない。

(2) 現行法上,不実告知による取消しについて,不実告知者の故意過失は要件とされておらず(法4条第1項第1号),「不作為による不実告知」とも言うべき不利益事実の不告知について,不告知者の故意過失を要件とすることに合理性は認められない。

(3) したがって,不利益事実の不告知による取消しにつき,不告知者の主観的要件を削除し,不利益事実の不告知という客観的事実のみをもって,その要件とすべきである。

〔参 考〕

本報告書3頁

不利益事実の不告知(法第4条第2項)の主観的要件に「重大な過失」を追加することとする。

3. 合理的な判断をすることができない事情の利用にかかる困惑類型の追加について(法第4条第3項関係)

【意 見】

(1) ①消費者の不安を煽る告知及び②勧誘目的で新たに構築した関係の濫用につき,これらを合理的な判断をすることができない事情の利用にかかる困惑類型(法第4条第3項)に追加する本報告書の提言については,これに賛成する。

(2) 本報告書において提言された上記(1)の①及び②に加え,合理的な判断をすることができない事情の利用にかかる困惑類型(法第4条第3項)につき,年齢又は障害などによる消費者の判断力の不足に乗じた勧誘行為を追加すべきである。

【理 由】

(1) 本報告書の提言する合理的な判断をすることができない事情の利用にかかる困惑類型の追加によって,いわゆる霊感商法,就職セミナーへの勧誘,恋人商法といった消費者被害につき,その防止及び救済の範囲を拡大することが期待される。

(2) 法第4条第3項は,事業者が消費者の合理的な判断ができない事情を作出又は増幅させ,その状況を不当に利用した勧誘行為(いわゆる「作出型勧誘行為」)について困惑類型として定めるものであり,本報告書の提言においても,事業者が消費者の合理的な判断ができない事情を利用したにすぎない勧誘行為(いわゆる「つけこみ型勧誘行為」)は対象とされていない。

特に,認知症など高齢者の判断力不足に乗じた不当な勧誘行為による消費者被害が著しく増加しているほか,政府は,2017年(平成29年)8月4日,民法における成年年齢を18歳に引き下げる民法改正法案を秋の臨時国会に提出する方針を明らかにしており,成年年齢の引下げによって,知識や経験不足などにより合理的な判断をすることができない若年成人をめぐる消費者被害の増加が懸念されており,これら高齢者及び若年者に対する消費者被害の防止と救済は,喫緊の課題であると言わなければならない。すなわち,合理的な判断をすることができない事情の利用にかかる困惑類型(法第4条第3項)として,年齢又は障害などによる消費者の判断力の不足に乗じた勧誘行為を規定することは,今回の法改正における最も重要な課題である。

〔参 考〕

本報告書

事業者の一定の行為によって消費者が困惑して意思表示をしたときの取消権を規定した法第4条第3項において,下記①及び②のような趣旨の規定を追加して列挙することとする。

① 当該消費者がその生命,身体,財産その他の重要な利益についての損害又は危険に関する不安を抱いていることを知りながら,物品,権利,役務その他の当該消費者契約の目的となるものが当該損害又は危険を回避するために必要である旨を正当な理由がないのに強調して告げること

② 当該消費者を勧誘に応じさせることを目的として,当該消費者と当該事業者又は当該勧誘を行わせる者との間に緊密な関係を新たに築き,それによってこれらの者が当該消費者の意思決定に重要な影響を与えることができる状態となったときにおいて,当該消費者契約を締結しなければ当該関係を維持することができない旨を告げること

判断力の不足等を不当に利用し,不必要な契約や過大な不利益をもたらす契約の勧誘が行われる場合等の救済については,重要な課題として,民法の成年年齢の引下げの存否等も踏まえつつ,今後も検討を進めていくことが適当である。

4. 心理的負担を抱かせる言動等にかかる困惑類型の追加について(法第4条第3項関係)

【意 見】

①消費者が意思表示をする前に,事業者が履行に相当する行為を実施し,契約を強引に求めること,②事業者が消費者に契約の締結を目的とする行為を実施し,当該消費者が契約締結の意思表示をしないことによって損失が生じることを正当な理由がないのに強調して告げることにつき,これらを心理的負担を抱かせる言動等にかかる困惑類型(法第4条第3項)に追加する本報告書の提言については,これに賛成する。

ただし,意思表示前における履行に相当する行為の実施にかかる取消しの対象となる事業者の行為につき,「契約における義務の全部又は一部の」履行に相当する行為」のみならず,当該契約と密接な関連を有する付随行為を含む旨を明確に規定すべきである。

【理 由】

意思表示前における履行に相当する行為の実施及び契約拒絶による損失の強調につき,心理的負担を抱かせる言動等にかかる困惑類型(法第4条第3項)として追加することは,消費者被害の防止及び救済を促進するという観点において妥当である。

しかし,意思表示前の履行に相当する行為については,当該契約の前提として密接な関連を有する付随行為がなされた場合においても,消費者の心理的負担に乗じて契約を迫る点に変わるところはなく,これらの場合についても契約取消しの対象とすべきである。

〔参 考〕

本報告書

事業者の一定の行為によって消費者が困惑して意思表示をしたときの取消権を規定した法第4条第3項において,下記①及び②のような趣旨の規定を追加して列挙することとする。

① 当該消費者が消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示をする前に当該消費者契約における義務の全部又は一部の履行に相当する行為を実施し,当該行為を実施したことを理由として当該消費者契約の締結を強引に求めること

② 当該事業者が当該消費者と契約を締結することを目的とした行為を実施した場合において,当該行為が当該消費者のためにされたものであるために,当該消費者が当該消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示をしないことによって当該事業者に損失が生じることを正当な理由がないのに強調して告げ,当該消費者契約の締結を強引に求めること

5. 後見開始等の審判を受けたことを理由とする解除権付与にかかる不当条項類型の追加について

【意 見】

消費者が後見開始,補佐開始または補助開始の審判を受けたことのみを理由として事業者に解除権を付与する条項につき,不当条項類型として無効であるものとする本報告書の提言については,これに賛成する。

ただし,「後見開始,補佐開始または補助開始の審判を受けたことのみ」ではなく,「後見開始,補佐開始または補助開始の審判を受けたこと」を契約の解除事由とする条項につき,不当条項類型として無効である旨を規定すべきである。

【理 由】

後見開始等の審判を受けたことをもって契約の解除事由とすることに,何ら合理性は認めらない。したがって,後見開始等の審判を受けたことのみを契約の解除事由とする条項をもって不当条項類型として無効である旨を定める本報告書の提言は,消費者被害の防止及び救済を促進するという観点において妥当である。

しかし,後見開始等の審判を受けたこと「のみ」をもって不当条項の要件とするならば,後見開始等の審判を受けたことを解除事由の一つとして考慮することは許されることになる。

そこで,「後見開始,補佐開始または補助開始の審判を受けたことのみ」ではなく,「後見開始,補佐開始または補助開始の審判を受けたこと」を契約の解除事由とする条項につき,不当条項類型として無効である旨を規定すべきである。

〔参 考〕

本報告書

消費者契約が,物品,権利,役務その他の消費者契約の目的となるものの対価を消費者が支払うことを内容とする場合において,当該消費者が後見開始,保佐開始又は補助開始の審判を受けたことのみを理由として事業者に解除権を付与する条項を無効とする旨の規定を設けることとする。

6. 事業者への決定権限付与にかかる不当条項類型の追加について

【意 見】

事業者の損害賠償の責任を免除する条項の無効(法第8条)及び消費者の解除権を放棄させる条項の無効(法第8条の2)の潜脱を可能とするような事業者の決定権限付与条項につき,不当条項類型として無効であるものとする本報告書の提言については,これに賛成する。

しかし,より適切には,事業者が契約の内容を事後的かつ一方的に決めることを許容する条項(「事業者への解釈権限付与条項・決定権限付与条項」)そのものにつき,不当条項類型として無効である旨を規定すべきである。

【理 由】

本報告書に列挙された条項は,実質的には,「事業者への解釈権限付与条項・決定条項」とされるものであり,これらの条項を不当条項類型として無効であるとする本報告書の提言は,消費者被害の防止及び救済の範囲を拡大するものとして妥当である。

しかし,より適切には,「事業者への解釈権限付与条項・決定条項」とされる条項を各別に列挙して規定するのではなく,「事業者への解釈権限付与条項・決定条項」そのものを不当条項類型として規定し,事業者が契約の内容を事後的かつ一方的に決めることを許容する条項そのものにつき,不当条項類型として無効とする旨を規定すべきである。

〔参 考〕

本報告書

次に掲げる消費者契約の条項は無効とする旨の規定を設けることとする。

ア 事業者の債務不履行により消費者に生じた損害を賠償する責任の要件に該当するか否かを決定する権限を事業者に付与する条項

イ 消費者契約における事業者の債務の履行に際してされる当該事業者の不法行為により消費者に生じた損害を賠償する責任の要件に該当するか否かを決定する権限を事業者に付与する条項

ウ 事業者に債務不履行がある場合に消費者の契約を解除する権利の要件に該当するか否かを決定する権限を事業者に付与する条項

7. 不当条項としての「サルベージ条項」について

【意 見】

ある条項が強行法規に反し無効となる場合に,その条項の効力を強行法規によって無効とされない範囲に限定する旨の条項(いわゆる「サルベージ条項」)につき,不当条項類型として無効である旨を規定すべきである。

【理 由】

サルベージ条項は,その存在によって消費者が不当条項の無効主張を諦めることとなり,結果として不当条項を甘受しかねないものとして,信義則に反して消費者の利益を一方的に害するものである。

〔参 考〕

本報告書

サルベージ条項を現時点で不当条項として規律するのではなく,サルベージ条項の使用状況や裁判例の状況等を踏まえた上で,今後の課題として,必要に応じ検討を行うべきである。

8. 不当条項としての賠償責任の一部を免除する条項について

【意 見】

事業者の軽過失による消費者の生命又は身体の侵害に対する損害賠償にかかる賠償責任の一部を免除する条項につき,不当条項類型として無効である旨を規定すべきである。

【理 由】

人の生命及び身体は要保護性の高い重要な法益であり,本来,合意による処分に適するものではない。

〔参 考〕

本報告書

軽過失による人身損害の一部免責条項に関する規律については,当面は法第10 条の解釈・適用に委ねつつ,その状況等を踏まえた上で,今後の課題として,必要に応じ検討を行うべきである。

9. 「平均的な損害の額」の立証に関する規律の在り方について(法第9条第1号関係)

【意 見】

「事業の内容が類似する同種の事業者に生ずべき平均的な損害の額」を消費者が立証したことにより,「当該事業者に生ずべき平均的な損害の額」が立証されたものとする推定規定を導入する本報告の提言については,これに賛成する。

しかし,より適切には,「平均的な損害」にかかる立証責任を事業者に転換する旨を法律上規定すべきである。

【理 由】

消費者において「平均的な損害の額」及びこれを「超えること」を主張立証すべきものとする判例の立場(最判平成18年11月27日民集60巻9号3437頁)においても,「平均的な損害」にかかる推定規定の導入は,消費者の立証困難性を緩和するものとして妥当である。

しかし,「事業の内容が類似する同種の事業者」にかかる類似性要件を厳格に要求するならば,この推定規定が働く余地は大きく制約されることとなり,当該事業者に生ずべき平均的な損害の額を算定するのに必要な帳簿などの資料が当該事業者の元にあることを考えるならば,「平均的な損害」にかかる立証責任については,立証責任の公平な分配という観点から,これを事業者に転換する旨を法律上規定すべきである。

〔参 考〕

本報告書

法第9条第1号の「平均的な損害の額」に関し,消費者が「事業の内容が類似する同種の事業者に生ずべき平均的な損害の額」を立証した場合には,その額が「当該事業者に生ずべき平均的な損害の額」と推定される旨の規定を設けることとする。

10. 「平均的な損害」における損害の範囲について(法第9条第1号関係)

【意 見】

契約解除後に履行期が到来する役務等の逸失利益につき,原則として「平均的な損害」に含まれない旨を規定すべきである。

【理 由】

契約解除後に履行期が到来する役務等が解除された場合において,事業者はその未履行分の履行義務を免れることから,損益相殺により,逸失利益は,原則として,生じないものというべきである。

〔参 考〕

本報告書

〔前略〕実態把握や分析を更に積み重ねた上で,「解除に伴う」要件の在り方や「平均的な損害の額」の意義など法第9条第1号に関する他の論点と併せて,今後の課題として,必要に応じ検討を行うべきである。

11. 約款の事前開示について(法第3条関係)

【意 見】

約款による消費者契約について,事業者は,契約締結前において,約款を消費者に開示すべきことを原則とする旨を規定すべきである。

【理 由】

約款による消費者契約にあっても,その法的拘束力の根拠は,契約当事者間における意思の合致であり,約款に法的拘束力が認められるためには,当該約款が契約締結時までに消費者に開示され,あるいは当該約款が消費者の知ることのできる状態に置かれなければならない。

〔参 考〕

本報告書

約款の事前開示については,消費者に対する契約条項の開示の実態を更に把握することなどを経た上で,今後の課題として,必要に応じ検討を行うべきである。

第3 おわりに

今回の法改正においては,2014年(平成26年)8月5日の消費者委員会に対する内閣総理大臣の諮問に示された「情報通信技術の発達や高齢化の進展を始めとした社会経済状況の変化への対応等の観点」とともに,2017年秋の臨時国会に民法改正法案の提出が予定されている成年年齢の引下げに伴う若年者保護の必要性という視点を踏まえなければならない。

その点において,「判断力の不足等を不当に利用し,不必要な契約や過大な不利益をもたらす契約の勧誘が行われる場合等の救済については,重要な課題として,民法の成年年齢の引下げの存否等も踏まえつつ,今後も検討を進めていくことが適当である。」として,最も重要な課題を先送りした本報告書は,きわめて不十分なものであると言わざるをえない。

そして,これに対し,消費者委員会が,その答申において,「合理的な判断をすることができない事情を利用して契約を締結させるいわゆる『つけ込み型』勧誘の類型につき,特に,高齢者・若年成人・障害者等の知識・経験・判断力の不足を不当に利用し過大な不利益をもたらす契約の勧誘が行われた揚合における消費者の取消権」について,「早急に検討し明らかにすべき喫緊の課題」であることを敢えて付言したことは,きわめて重く受け止めなければならない。

仮に,今回の法改正において,高齢者・若年成人・障害者等の知識・経験・判断力の不足へのつけ込み型勧誘類型についての立法化がなされなかったとしても,本報告書は,これらに対する立法措置が不要であると判断したものではなく,政府において直ちにさらなる法改正の検討を開始すべきである。

最低賃金額の大幅な引き上げを求める会長声明

カテゴリー:声明
 まもなく福岡地方最低賃金審議会は,福岡労働局長に対し,本年度地域別最低賃金額改定についての答申を行う予定である。
 昨年,同審議会は,福岡県最低賃金の改正決定について,前年度比22円増額の765円とする答申を行った。しかし,あまりに低い増額幅で不当と言わざるを得ないものであった。すなわち,時給765円という水準は,1日8時間,月22日間働いたとしても,月収13万4640円,年収約162万円に止まるものである。この金額では,労働者がその賃金だけで自らの生活を維持していくことは容易ではなく,ましてや家計の主たる担い手となるのは困難である。また,いわゆるワーキングプアを解消して労働者の生活を安定させ,労働力の質的向上を図るためにも,最低賃金の引き上げは重要であるところ,かかる観点からも全く不十分な水準であった。
 福岡県の最低賃金は,昨年度の全国加重平均823円を下回り,最も高額な東京都の932円を167円も下回っていることは重大である。福岡県に限らず,都心部と地方の地域間格差は拡大傾向にあるところであり,地方の活性化のためにも,地方の最低賃金の大幅な引き上げによる格差の解消は喫緊の課題と位置付けられるべきである。
 加えて,政府が,2010年6月18日に閣議決定された「新成長戦略」において,2020年までに「全国平均1000円」にするという目標を明記していたことに照らせば,福岡県において,2020年までに1000円という目標を達成するためには,1年当たり少なくとも60円程度の引上げが必要であるのは明らかである。
 なお,最低賃金の引き上げに際して,地域の中小企業の経営に特別の不利益を与えないよう配慮することが必要なことは当然である。最低賃金の引き上げを誘導するための補助金制度等や中小企業の生産性向上のための施策ないし減税措置等,中小企業を対象とした制度も併せ検討されるべきである。
 また,福岡地方最低賃金審議会の審議内容は,現在,要旨の公表しかなされていないが,議事の透明性と公正の確保の点から,詳細な議事録,配布資料の公開を実現すべきことも指摘したい。例えば,鳥取地方最低賃金審議会においては,審議等の全面公開が実現しているがこれによる問題は生じておらず,その気になれば,その実現は可能なのである。
 以上,当会は,福岡地方最低賃金審議会に対し,今年度の答申に当たっては,最低賃金を大幅に引き上げるよう決定することを求めるとともに,同審議会の詳細な議事録等の公開を求めるものである。

2017年(平成29年)7月19日
福岡県弁護士会会長  作 間 功

福岡県弁護士会 〒810-0044 福岡市中央区六本松4丁目2番5号 TEL:092-741-6416

Copyright©2011-2025 FukuokakenBengoshikai. All rights reserved.