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東京オリンピック・パラリンピック大会組織委員会会長の女性差別発言に抗議し,すべての個人が尊重される社会の実現を目指す会長声明

カテゴリー:声明

1 2021(令和3)年2月3日,公益財団法人東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会(以下「組織委員会」という。)会長である森喜朗氏は,報道陣に公開されたオンラインの公益財団法人日本オリンピック委員会の臨時評議員会において,「女性理事を4割というのは,文科省がうるさく言うんです。」「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかる。」「女性は競争意識が強い。」「数で増やす場合は時間も規制しないとなかなか終わらないと困る。」「私どもの組織委にも女性は何人いますか?(中略)みんなわきまえておられる。」などと発言した(以下「森氏発言」という。)。
かかる森氏発言は,「女性」を一括りにした上で,女性の人数が増えることを問題視し,また女性の発言時間を規制すべきというもので,女性を意思決定から排除したいとの偏見および差別意識を表明したものといえる。
2 この点,日本国憲法は個人を尊重し(第13条),性別による差別を禁じ(第14条),国際人権規約(自由権規約第3条,第26条等)でも,性別による差別を禁じ,男女に同等の権利を確保することを求めている。
そして,組織委員会が拠り所とするオリンピック憲章においても,オリンピズムの根本原則第6項で,「このオリンピック憲章の定める権利および自由は人種,肌の色,性別,性的指向,言語,宗教,政治的またはその他の意見,国あるいは社会的な出身,財産,出自やその他の身分などによる,いかなる種類の差別もうけることなく,確実に享受されなければならない。」と規定し,性別による差別を禁止している。
また,日本国内では,男女共同参画社会の実現に向け,2003(平成15)年に内閣府男女共同参画局が「社会のあらゆる分野において,2020年までに,指導的地位に女性が占める割合が30%程度になるよう期待する」という目標を決定し,関係機関への働きかけ・連携が行われてきた。
国連が2030年までに達成をめざす「持続可能な開発目標(SDGs)」(2015年9月の国連サミットで採択)でも,目標5として「ジェンダー平等」が掲げられている。
以上のように,意思決定手続に多様な意見を反映させ,十分な議論を経て結論を得るために女性を含め多様な人々が積極的に関与すべきことは,国際社会における普遍的な価値というべきである。
森氏発言は,日本国憲法や国際人権規約の理念に反し,国際社会における普遍的な価値にも反するものであり,個人の尊重に基づく社会の在り方自体を否定するものである。
3 世界経済フォーラム(WEF)が毎年発表しているジェンダー・ギャップ指数(各国における男女格差を測る指標。経済活動や政治への参画度,教育水準,出生率や健康寿命などから算出。)の2020年版で,日本は153か国中121位である。日本社会が男女共同参画社会にはほど遠い現状である中,森氏発言は,差別の解消に努力しないという誤ったメッセージを世界に発信するものにほかならず,国際社会の中での日本の信用を損なわせるものである。
4 さらに,森氏発言とその後の謝罪会見,森氏発言を事実上黙認していたと取られかねない組織委員会の対応については,国内のみならず海外メディアや市民からの批判,多くのボランティアの辞退,スポンサー企業の抗議などの世論の強い反発があった。これを受けて森氏は会長辞任を表明するに至ったが,その経過を見れば,森氏のみならず組織委員会自体において問題の理解が不十分であるとの疑いを持たざるを得ない。
森氏発言や組織委員会の対応は,単に偶発的なものではなく,日本社会にいまだ性別による差別が根強く蔓延していることの表れである。組織委員会は,森氏の辞任によってこの問題の幕引きをすることなく,ジェンダー平等,男女共同参画及び多様性の尊重に向けた抜本的な改善策を示すべきである。
5 以上の次第で,当会は,森氏発言及び組織委員会の対応につき強く抗議するとともに,組織委員会に対し,再発防止の徹底と,ジェンダー平等、男女共同参画及び多様性の尊重のための抜本的な改善策の提示を求める。
また,国においては,ジェンダー平等,男女共同参画及び多様性の尊重の理念に反する行為を決して放置,容認せず,これらが尊重される社会を主体的に実現する姿勢を示すことを求める。
当会は,2016(平成28)年5月に「男女平等及び性の多様性の尊重を実現する宣言」を行い,2017(平成29)年3月に「福岡県弁護士会男女共同参画基本計画~誰もが活躍できる開かれた弁護士会であるために」を策定している。当会としても,あらゆる差別的発言を放置・容認せず,全力をあげて,すべての個人が尊重される社会の実現のために取り組む決意である。

2021(令和3)年2月17日
福岡県弁護士会   
会長 多 川 一 成

発信者情報開示請求において請求者の住所地での裁判管轄を求める会長声明

カテゴリー:声明

発信者情報開示請求において請求者の住所地での裁判管轄を求める会長声明

2020(令和2)年12月11日
福岡県弁護士会 会長 多川 一成

 現行法上、インターネット上で匿名の発信者により名誉権等の人格権を傷つけられた被害者及びその遺族などの関係者(以下「被害者等」という。)は、被害回復のため、プロバイダ責任制限法(特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律)における発信者情報開示請求によって発信者を特定したうえで、改めて特定した相手に損害賠償請求をするなど、二段階、三段階の手続による必要がある。現行の制度には、被害者救済の上で様々な課題があり、このため、政府は、被害者等救済を促進するための法改正を検討する「発信者情報開示の在り方に関する研究会」を発足させ、同会は、「最終とりまとめ(案)」を公表し、その中で現行制度の検討のほか、非訟手続による新たな制度の方向性を示した。
 ここで、同「最終とりまとめ(案)」では言及されていないものの、以下の理由から、現行制度を維持する場合でも、非訟手続を導入する場合でも、発信者情報開示のための手続において、同手続の請求を行う被害者等(以下「請求者」という。)の住所地に裁判管轄を認めるべきである。
 まず、現行制度下における発信者情報開示請求仮処分申立、同訴訟において、その管轄は、原則として被告の住所地となるところ(民事訴訟法3条の2第1項)、コンテンツプロバイダ(サイト運営者)、アクセスプロバイダ(インターネット接続業者)の多くが東京都に存在することから、東京地裁においてその多くが取り扱われるに至っている。また、海外事業者の場合で国内に営業所がない場合、東京都千代田区を管轄する東京地裁が管轄権を有することから(民事訴訟規則10条の2及び民事訴訟規則6条の2)、結局、現状では、仮処分、訴訟のほとんどが東京地方裁判所に申し立てられている。
 発信者情報開示仮処分・訴訟では、専門性が求められるため、請求者本人による対応は難しく、弁護士を依頼することが多いが、仮処分の場合、審尋(多くの場合2回)と供託手続のために、2、3往復分の交通費と日当の支出を余儀なくされる。請求者が地方在住者の場合、これらは、大きな負担となるため、請求を断念し泣き寝入りせざるを得ない場合も多い。
 ところが、「最終とりまとめ(案)」でも、発信者情報開示制度における地方在住の請求者の負担が一切考慮されていない。また、新たな裁判手続として非訟事件手続の創設も検討されているが、その手続でも、地方在住の請求者の負担が一切考慮されていない。これは実質的には、被害者等の裁判を受ける権利の実現を困難ならしめる結果となりかねない。
 従って、現行の発信者情報開示請求仮処分、同訴訟において、請求者の住所地においても裁判管轄を認めるべきであり、仮に新しい裁判手続を導入した場合でも、請求者の住所地に裁判管轄を認めるなど、被害者等の権利保護、司法アクセスの確保を徹底し、裁判を受ける権利を十分に尊重した制度設計を行うべきである。

以上

法制審議会答申(諮問第103号)に反対し,改めて少年法適用年齢引下げに反対する会長声明

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1 はじめに                                
2020年(令和2年)10月29日,法制審議会少年法・刑事法(少年年齢・犯罪者処遇関係)部会は,少年法の適用年齢を18歳未満とすることの是非等について調査審議の結論を取りまとめ,法務大臣に答申した(以下「答申」という。)。
しかし,答申は,次のとおり,多くの問題をもつものであるから,当会は,答申に反対する。
2 答申の概要
答申は,次のような骨子に従い,罪を犯した18歳及び19歳の者に対する処分に関する法整備を行うべきであるとする。
すなわち,18歳及び19歳の者について,犯罪の嫌疑のある事件は全て家庭裁判所に送致する。しかし,いわゆる原則逆送事件の範囲を,現行のもの(故意の犯罪行為によって被害者を死亡させた事件)から「死刑又は無期若しくは短期1年以上の刑に当たる罪の事件」まで拡大する。また,公判請求された18歳及び19歳の者については,推知報道の制限をしない。
なお,これらに加え,答申は,罪を犯した18歳及び19歳の者について,現行法上認められている資格制限の排除を明言していない。
3 答申に反対する理由                           
⑴ 18歳及び19歳の者を現行少年法の適用対象と明示するべきである
現行少年法は,有効に機能しており,少年の検挙人員は,2003年(平成15年)以降,絶対数のみならず,人口比でも減少を続けている。この傾向は,18歳及び19歳の少年についても同様であって,2003年(平成15年)から2018年(平成30年)の検挙人員でいえば,2万9190人から7287人にまで減少している。
現行法は,少年の健全育成を理念として掲げ,少年の資質や家庭環境に対する家庭裁判所調査官の調査や少年鑑別所での心身鑑別を通じて少年の問題点を明らかにし,個別の少年の抱える問題点に対応するための保護処分によって立ち直りを図っている。その運用についても,家庭裁判所,少年鑑別所,保護観察所,付添人など,少年を取り巻く関係者の不断の努力によって適切になされている。
先に述べた少年の検挙人員の減少は,まさにこれが有効に機能していることを示しているのであって,18歳及び19歳の者を現行少年法の適用対象に含めることを明示するべきである。
⑵ 原則逆送事件の対象を拡大すべきではない
答申に従い,短期1年以上の刑にあたる罪を逆送事件とすれば,逆送される事件の種類が大幅に増える。そして,これらの事件には,強制性交等罪や強盗罪にまで含まれている。しかも,そもそも短期1年以上の刑にあたる罪は多様であり,上述した強制性交等罪や強盗罪に限っても,犯罪の内容や経緯は様々である。
そのため,それらを一律に原則逆送とすることは,個別処遇を重視する現行少年法の理念を大幅に後退させる。
また,逆送が「原則」の文字通り運用されることとなれば,「原則」との趣旨に従った形式的,簡易的な判断や調査がなされ,18歳及び19歳の者に対する処遇が形骸化するおそれもある。このような結果となれば,新たな制度がかえって再犯防止に逆効果となる可能性すらある。
答申が嫌疑のある事件をすべて家庭裁判所に送致する手続を採用しているのは,現行少年法の全件送致主義が有効に機能していることを前提としていると思われる。
したがって,原則逆送事件の対象を拡大してはならない。
⑶ 推知報道を制限すべきである
公判請求された18歳及び19歳の者であっても,家庭裁判所に移送される可能性は残されている。にもかかわらず,公判請求がなされたことを機に実名報道等がなされれば,情報がSNS等により無制限に拡散されるうえ,拡散された情報の削除は事実上不可能である。一旦犯罪報道された者が社会復帰を図ることは極めて困難であり,推知報道の制限緩和は,取り返しのつかない結果をもたらしかねない。
また,逆送事件の範囲拡大に伴い,強盗罪や強制性交等罪に関する実名報道等の増加が予想される。この種の事件は,被害者が情報の拡大を望まない場合も多くあり,そのような情報等が拡散されるおそれもある。
したがって,公判請求された18歳及び19歳の者についても,推知報  道の禁止は貫徹されなければならない。
⑷ 資格制限の排除を明言すべきである
現行少年法は,罪を犯した少年が再び社会生活を送るための環境を整えるため,数多くの法令で定められている種々の資格制限を排除している。
このような現行少年法の趣旨は,答申が,「成熟しておらず,成長発達途上にあ」ることを認める18歳及び19歳の者にも当然に妥当する。したがって,立ち直りの弊害となる資格制限を排除することを明言しないことは,現行法の趣旨に反する。
よって,18歳及び19歳の者の立ち直りの機会を奪うことになる資格制限の排除を明言すべきである。
4 最後に                                 
当会は,2015年(平成27年)6月25日に少年法適用対象年齢を18歳未満に引き下げることに反対する会長声明を発出し,2017年(平成29年)5月24日には対象年齢を引き下げることに反対する総会決議もした。2019年(平成31年)3月11日には,法制審議会での議論状況を踏まえ,改めて少年法適用年齢引下げに反対する会長声明も発出した。
今回の答申は,18歳及び19歳の者について,現行少年法の健全育成及び公正の理念を大幅に後退させるものであり,大きな問題がある。
当会は,今回の答申に反対するとともに,あらためて少年法適用年齢引下げに反対するものである。

2020年(令和2年)12月9日

福岡県弁護士会   
会長 多 川 一 成

学生支援緊急給付金に関し困窮学生への平等な給付を求める会長声明

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 政府は,2020年5月19日,新型コロナウイルス感染症拡大の影響で,世帯収入,アルバイト収入等が激減し,経済的困窮に陥った学生に対し,「『学びの継続』のための学生支援緊急給付金」(以下「本給付金」という。)を創設することを閣議決定した。本年9月までに3次推薦までが行われ,給付終了となったが,今後,再追加配分の実施も検討されている。
本給付金は,経済的に困窮し学業継続に困難をきたしている学生を救済し,教育を受ける権利を保障するための措置として是非とも必要なものである。
 しかしながら,本給付金の制度は以下の問題を含んでおり,速やかに是正されるべきである。
第1に,外国人留学生に対してのみ「学業成績優秀者」の要件が課せられていることである。
本給付金の要件として「既存の支援制度を活用していること,又は既存の支援制度への申請を行う予定であること」が課せられているが,外国人留学生の場合はこれに代えて,「学業成績が優秀な者であること」,具体的には「前年度の成績評価係数が2.30以上であること」が要件とされている。これは成績上位25~30%程度に相当するとされる。他方で,学業成績以外の代替要件は定められていない。
「既存の支援制度」で求められる学業成績が上位2分の1程度であり,かつ学業成績がこれに該当しなくても学習計画書の提出等で支援を受けられる仕組みがあることに比して,外国人留学生に対しては支給要件が加重されている。
この点について,文部科学省は,「いずれ母国に帰る留学生が多い中,日本に将来貢献するような有為な人材に限る要件を定めた」と説明したと報道されている(2020年5月20日共同通信)。
 しかし,新型コロナウイルス感染症拡大の影響により経済的困窮に陥った学生に対して「学びの継続」を支援する必要性は,外国人留学生についても異なることはなく,日本に将来貢献するかどうかなどという不明確な事由によって制限されるべきものではない。
加えて,政府は,2008年に「留学生30万人計画」を掲げて以降,外国人留学生を積極的に受け入れる政策をとっており,2019年末に「留学」の在留資格をもつ者は34万人を超えている(2020年3月27日出入国在留管理庁発表)。
このような国家の政策のもとで日本に留学してきた多くの外国人留学生が,新型コロナウイルス感染症拡大の影響によって生活に困窮しているのである。「学びの継続」を支援するという本給付金の趣旨からすれば,外国人留学生に対してのみ支給要件を加重し,学修意欲のある多くの留学生を支援から除外することに合理性は認められない。
 第2に,本給付金の対象学校から朝鮮大学校が除外されていることである。
 本給付金は,創設当時,国公私立大学(大学院含む)・短大・高専・日本語教育機関を含む専門学校に在学する学生のみを給付金の対象としたため,各種学校である朝鮮大学校及び外国大学日本校は,大学同様の高等教育機関であるにもかかわらず,対象外とされていた。 
後から,外国大学日本校については新たに給付金の対象に含めることとされたが,朝鮮大学校は未だに対象外とされたままである。
 しかし,朝鮮大学校については,1998年に京都大学が朝鮮大学校卒業生の大学院受験を認め合格したことを契機として,1999年8月,文部科学省が学校教育法施行規則を改正して大学院入学資格を拡充し,外国大学日本校とともにその卒業生に大学院入学資格を認めている(学校教育法102条1項・同施行規則155条1項8号・学校教育法施行規則の一部を改正する省令の施行等について(平成11年8月31日文高大第320号)第一の二)。また,2012年には社会福祉士及び介護福祉士法施行規則が改正され,朝鮮大学校卒業生にも受験資格が認められる(社会福祉士及び介護福祉士法7条3号・同施行規則1条の3第3項3号)。このように,他の外国大学日本校と同様に,朝鮮大学校を日本の高等教育機関として認める法制度が存在している。
朝鮮大学校の学生も他の高等教育機関に在籍する学生と同様に,新型コロナウイルス感染症拡大の影響により経済的に困窮しているという事情に変わりはない。各種学校の認可を受けていない外国大学日本校もこの制度の対象とされているのだから,朝鮮大学校のみを制度から除外することに合理的理由はない。
 各種学校に属する朝鮮学校については,高校無償化制度および幼保無償化制度においても政府による除外が行われており,再三にわたって同様の除外,差別政策が繰り返されていることは,看過できないものである。
 これらの外国人留学生に対する支給要件の加重や朝鮮大学校の排除は,憲法14条の平等原則,人種差別撤廃条約5条(e)(v),社会権規約2条2項,13条1項,2項(c)に違反する,合理的理由のない差別である。
 よって,当会は,政府に対し,以上の差別を直ちに是正すべく,留学生や朝鮮大学校に通う困窮学生に対しても,他の学生と平等に給付する制度を設けたうえ,速やかに給付することを求める。

2020(令和2)年12月9日
福岡県弁護士会
会長 多川 一成

精神保健福祉法の退院請求等手続への国選代理人制度の導入と、日本の精神科医療の脱施設化と地域移行の早期実現を求める決議

カテゴリー:決議

精神保健福祉法の退院請求等手続への国選代理人制度の導入と、日本の精神科医療の脱施設化と地域移行の早期実現を求める決議
【決議の趣旨】
1 精神保健福祉法の退院請求等手続に国選代理人制度を導入することを求める。 
2 日本の精神科医療における脱施設化と地域移行が世界の動向から完全に取り残されている状況を確認し、脱施設化と地域移行を早期に実現する具体的政策の立案・実施を求める。
【決議の理由】
第1 決議の趣旨1について
 1 精神医療審査会制度とこれに対する退院請求及び処遇改善請求手続(以下「退院請求等手続」と言う。)は、1984年に発覚した宇都宮病院事件をはじめとする精神科病院における入院者への虐待等深刻な人権侵害状況に対し、国内外からの厳しい批判を受け、1987年の精神衛生法から精神保健法への改正において導入されたものである。
 2 国際人権B規約9条4項は「逮捕又は抑留によって自由を奪われた者は、裁判所(Court)がその抑留が合法的であるかどうかを遅滞なく決定すること及びその抑留が合法的でない場合にはその釈放を命ずることができるように、裁判所において手続をとる権利を有する。」と定める。わが国政府見解では、Courtとは専門的なトライビューナル(裁決機関)であってもよいとの国際的解釈の下、精神医療審査会は同規約上のCourtであるとされている。
したがって精神医療審査会にはCourtとしての実体を担保する手続保障の必要があるが、退院請求等手続が、精神科病院入院者の人身の自由や処遇に関する基本的人権の制約に対する不服申立手続であることにかんがみれば、退院請求等手続における代理人選任権の保障は最も重要な手続保障というべきである。1991年12月に国連総会において決議された「精神疾患を有する者の保護及びメンタルヘルスケアの改善のための諸原則」の原則18の1においても「患者は不服申立て又は訴えにおける代理を含む事項について、患者を代理する弁護人を選任し、指名する権利を有する。もし患者がこのようなサービスを得られない場合には、患者がそれを支弁する能力がない範囲において、無償で弁護人を利用することができる。」と定められている。先進諸国においては、こうした権利が当然のこととして付与されているだけでなく、その実効性を担保するために、例えば病院に患者の権利擁護情報コーナーが設置され人権団体の職員等が常駐して相談に応じたり、弁護士を紹介して手厚い権利擁護が実践されているところである。
 3 当会は、基本的人権の擁護と社会正義の実現を使命とする弁護士自らが、前記国際人権規約及び国連原則の理念を体現すべく、全国にさきがけ、1993年に、精神科病院入院者等からの依頼により病院に赴き無料で法律相談を行い、退院請求等手続の代理人となる「精神保健当番弁護士制度」を発足させ、現在まで活発な活動を展開しているところである(2019年3月時点における登録弁護士数は405名、2018年度における出動件数は375件にのぼる。)。
   当会の活動は、費用支援の点では2002年10月開始の日弁連の法テラス委託援助事業に引き継がれて、全国的な制度に発展した。また九弁連においても2012年度に「精神保健に関する連絡協議会」が発足し、現在では8単位会すべてにおいて精神保健当番弁護士制度が立ち上がり、各単位会において活発な活動が展開されている(2019年3月時点における登録弁護士数は当会を含め653名、2018年度における出動件数は当会を含め633件にのぼる。)。
4 全国的にみると、法テラス委託援助事業の利用件数は2018年度で1098件に留まっているものの(ただし大阪、愛知県、岡山県等では、法テラスの本来事業である民事法律扶助の出張相談制度を利用したり、単位会独自の制度設計を行っており、実際の出動件数はさらに多い。)、本年11月鹿児島市開催を目指して準備が進められてきた第63回日弁連人権擁護大会第1分科会において「精神障害のある人の尊厳の確立をめざして~地域生活の実現と弁護士の役割」がテーマとなるなど、今後急速に精神保健当番弁護士制度の全国展開が期待できる(なお、同大会は2021年10月岡山市開催に変更されている)。
5 さきがけたる当会は、その全国展開への後押しを全力で行うとともに、本来あるべき国選代理人制度の導入を強く求めるものである。 
第2 決議の趣旨2について
1 精神保健当番弁護士活動の限界と我が国の精神科医療の問題
上記のとおり、当会は、精神保健当番弁護士制度の活動を展開し、その実践を通じて、多くの精神障害者の退院や処遇改善を実現し、その人権保障に寄与してきた。
しかし他方において、精神障害があるといっても私たちと普通に意思疎通できる入院者がどうして退院を認められないのだろうか、妄想があっても通常の社会生活は送れるのではないだろうかと感じられるケースも少なくなかった。また、病状のためでなく、地域に退院する受け皿がないためにやむなく入院を継続する、いわゆる社会的入院のケースもあった。こうしたケースを通して私たちは、我が国の精神科医療そのものの問題にも直面した。
こうした問題意識から、当会では過去に以下のような、精神保健当番弁護士活動に限らず精神科医療の問題を広くテーマに取り上げて公開シンポジウムを開催してきた。
2001年1月 医療保護入院の要件を考える
2003年3月 心神喪失者等観察法案と精神障害者の人権
2007年3月 精神障害者の社会復帰の現状と展望
2009年2月 精神障害者の社会復帰の課題と展望
2010年10月 精神科医療を動かすもの・・社会的入院の解消に何が必要か
2015年2月 改正法における早期退院と弁護士の役割
2018年2月 オープンダイアローグが日本の精神科医療にもたらすもの
こうして、精神保健当番弁護士制度は、たとえこれを国選代理人制度に高めたとしても、あくまでも個別の入院者の人権保障制度にとどまり、我が国の精神科医療における人権保障上の諸問題の根本的な解決にはならないという限界も意識せざるを得なかった。精神科医療の人権上の諸問題の解決には、国が必要な政策を立案し、これを実行していくことが必要不可欠である。精神疾患は、近年、その増加が顕著であり、2007年の総患者数は419万人に及び、生活習慣病と同じく、誰もがかかりうる疾患である。精神科医療の人権上の諸問題は、精神障害者への偏見と差別も加わって国民の精神科医療への受診を躊躇させる要因ともなっており、国民の健康増進の観点からも早急な問題の改善・解消が必要である。
2 我が国の精神科医療の問題点
  そこで、我が国の精神科医療の現状を、様々なデータによって先進諸国と比較し、その問題点を明らかにする。
まず、精神病床数が突出して多く、世界の精神病床の約4分の1が日本にあると言われ、2016年の人口10万人当たりの精神病床は263床であり、OECD加盟国の平均である69床の4倍以上である。また精神病床の平均在院日数も突出して長く、2017年の267.7日という数字はOECD加盟国の平均36.7日の約7倍である。加えて、日本では在院患者数に占める強制入院の割合が2018年で約46.8%と、EU諸国の10%台に比べ著しく高い。任意入院であるにもかかわらず閉鎖処遇が多用されている。さらに、精神病床院での隔離、身体拘束が多用され、かつ長期にわたっており、しかもその件数が増加している点が報道等により社会問題化している。
日本の精神科医療の最も大きな問題は、精神障害者に対する隔離政策ともいえる病院収容主義・入院医療中心の精神科医療からの脱却と地域生活中心への移行(以下、「脱施設化と地域移行」と言う。)が遅々として進んでいないことにある。
3 先進諸国の精神保健の歴史と動向(特にリカバリーモデル)
  欧米の先進諸国においても、かつては精神障害者を病院に隔離する入院医療中心の精神科医療の時代があった。しかし、劣悪な施設環境の中で個人の尊厳が無視された知的障害者や精神障害者の悲惨な状況に対する批判や反省が高まった。
こうして1960年代ころから、向精神薬の発達とも相俟って、精神疾患だけを理由とする入院隔離に対し、精神障害者の自由権をできるだけ保障する立場から脱施設化と精神科医療改革が推進されていった。その結果、一部の国では、地域の受け皿や支援体制が十分整備されていなかったため、入退院の回転ドア現象を生むとともに、医療保護の必要な多くの精神障害者がその機会を奪われ、ホームレス化したり、刑務所に収容される弊害を生じたこともあった。
しかし、1980年代以降、医師、看護師、作業療法士、精神保健福祉らの多職種チームが重症の精神障害者の地域生活を包括的に支援するプログラム(ACT:包括的地域生活支援サービス)や、入院・隔離し投薬によって症状を抑え込むという方法ではなく、精神障害者との対話ないし対話の場を徹底して継続していき、薬も最小限にとどめる治療技法(オープンダイアローグ:開かれた対話)等が開発・研究され、実践され、欧米における精神科医療福祉の標準となっていった。これにより、上記弊害を克服しつつ、脱施設化と地域移行がさらに進み、コミュニティ中心の精神保健サービスが発展していった。
特に指摘すべきは、こうした先進諸国においては、精神科医療のあり方についても、薬物医療・入院治療・診断名中心で精神症状の寛解・治癒を主目的とする医療(医学モデル・リハビリテーションモデル)から、当事者が障害を抱えながら生活する地域において本人の価値実現を支援することに重点を置くリカバリーの考え方(リカバリーモデル)へのパラダイム・シフトが進展していったことである。そこでは、治療の場は病院ではなく地域であり、地域における本人(及びその家族)のニーズを中心にして多職種のスタッフがその実現に向けて支援することが重視されている。医師の病気に対する専門的治療の優先順位は必ずしも高くない。
2010年代以降、このようなリカバリー運動が精神障害者支援の世界的潮流となっている。私たちは、このような精神障害者支援の在り方こそが、障害者権利条約の理念にも適った精神科医療のあるべき姿であると確信する。
4 世界に逆行した我が国の精神保健政策
  ところが、我が国においては、世界で精神病床の削減が重要な政策課題として取り組まれ始めた1960年代から、これに逆行する政策が進められた。即ち、戦後間もない時期の民間精神科病院に対する国庫補助制度、及び患者当たりの医師や看護師の人員配置を少なくてよいとする精神科特例の結果、民間精神科病院の設立が促進され、過度の入院中心主義がもたらされた。人口1万人当たりの精神病床数は実に1994年まで増加し、そのピークは28床に達し、その後も病床数は高止まりの状態にあった。
2004年、ようやく厚労省が「精神保健医療福祉の改革ビジョン」(以下「改革ビジョン」と言う。)を公表し、国として初めて「入院医療中心から地域生活中心へ」という政策の転換を提言した。そして、そのために国民意識の変革や立ち遅れた精神保健医療福祉体系の再編と基盤強化を10年で進めるとした。特に「受入条件が整えば退院可能な者(約7万人)」については、精神病床の機能分化・地域生活支援体制の強化などにより、10年後の解消を図ることを目標として掲げた。
しかし、改革ビジョンの公表から10年間に、精神病床は、2004年の35万4937床から2014年の33万0694床に減少したにとどまる。また、「受入条件が整えば退院可能な者」は、なお5.3万人いるとされ、達成率は約24%にとどまった。改革ビジョンが掲げた目標は失敗したと言わざるを得ない。
そして、2017年のデータにおいても、精神病床は33万1700床あり、「受入条件が整えば退院可能な者」は5.0万人と報告されている。
5 2004年の「改革ビジョン」後の政策の迷走
  その後、我が国は、精神保健福祉法の2013年改正に基づき、翌14年に厚労大臣による「良質かつ適切な精神障害者に対する医療の提供を確保するための指針」(以下「大臣指針」と言う。)を定めた。そこでは、社会的入院や長期入院者のための退院支援や地域生活における医療、生活面の支援体制の整備など、法改正に先立って設置された障がい者制度改革推進会議でも提言された精神保健福祉改革の改善メニューが網羅されている。
しかし、大臣指針には、絶対的に不足している社会内居住環境の整備など、改善メニューを実現するための具体的な作業工程やその裏付けとなる予算措置を伴っていないという致命的な問題があった。また、病床削減については、「機能分化は段階的に行い、・・・人材及び財源を効率的に分配するとともに、・・・地域移行を更に進める。その結果として、精神病床は減少する。」と記載するのみで、具体的な削減計画を立案することなく、地域移行の進展による結果任せとするに等しい内容であった。
のみならず、大臣指針に先行して2012年の機能分化に関する検討会の報告書以降、「重度かつ慢性」という概念を導入し、長期入院がやむを得ない患者がいることを容認するようになった。先進諸国がACTやオープンダイアローグ等の開発・研究と実践によって脱施設化を図り病床削減を実現してきたことと比べると、一部の長期入院を温存する聖域作りと批判されて然るべきである。
このように、大臣指針やその前後の施策は、改革ビジョンが10年で解消するとした目標を実現できなかった原因を検証することなく、病床削減について地域移行の進展による自然減少という結果任せにするものであり、改革ビジョンにおいて示された精神病床の削減と地域移行に向けた積極的な姿勢が後退したと評しても過言ではなかった。
6 近年の精神保健福祉行政の問題点
  その後、我が国は、2018年からスタートした第7次医療計画と第5期障害福祉計画において、「精神障害にも対応した地域包括ケアシステムの構築」という掛け声の下に、全国の自治体を巻き込んだ取り組みを進めようとしている。そこでは、入院需要を3か月未満の入院を要する急性期、1年未満の入院を要する回復期、1年以上の入院を要する慢性期(長期)に分けた上で、それぞれの入院需要を予想し、これを計画目標に設定している。
しかし、以下述べるとおり、この計画は、精神病床の削減と地域移行の観点から重大な問題を内包している。
まず第一に、目標とする入院需要が、計画最終年度である2025年度末に20.5~22.4万床と予測されている。その人口当たり病床数はなおOECD諸国の平均の優に2倍以上の水準であり、政策目標として低すぎる。その要因の一つは、長期入院者の需要予測において、「重度かつ慢性」とされる入院者については、統合失調症の新治療薬の普及や認知症施策の推進で若干の入院需要の減少を目指すだけで、基本的に退院促進の対象から外されていることにある。「重度かつ慢性」の概念が、一部の長期入院を温存する聖域作りと批判されるべき点については上記のとおりである。また、認知症を重度かつ慢性とされる入院者に含め、その長期入院者が多数在院する認知症治療病棟という名称の精神病床を温存している点も、いわゆる治療反応性がない認知症という疾患を強制入院の対象としてよいのかという根本的な問題が看過されている。超高齢化社会を迎え、すべての人の身近な問題となった認知症を精神病床で処遇する国は日本以外に例を聞かない。
また、急性期と回復期の入院需要について、現状を是認し、逆に若干の増加が予測されていることがもう一つの要因である。これは、日本の年間の新規強制入院件数が欧米諸国に比べて異常に多いという問題を看過するものである。OECD諸国の平均入院期間が10日から1か月程度であること等に照らせば、そもそも入院3か月や1年という長い入院期間を基準としていることも問題である。急性期だからという理由でとりあえず入院させ、一度入院させると2、3か月は入院を継続する現状の運用を是正するためには、入院治療をできる限り回避すべく先進諸国が取り組んできた成果に倣った政策を立案・遂行する必要があるのに、計画にはそのような観点が完全に欠落している。
第二に、目標達成に必要な地域移行を促す基盤整備としての「精神障害にも対応した地域包括ケアシステムの構築」の取組み自体にも、大きな問題がある。地域移行の責任は自治体と支援事業者にあるとされている。しかし、国の提言である改革ビジョンによっても病床削減がほとんど進まなかったのに、自治体と支援事業者の努力で実現を期待するのは困難である。過剰な精神病床を擁する精神科病院からの個々の入院者の退院は、本来、行政が、リカバリーモデルへのパラダイム・シフトに基づいて、入院医療に配分されてきた予算と人的資源を地域医療福祉に移行させる総合的な政策を計画・立案し、その一環として策定した病床削減計画に基づいて実施されるべきである。そのような計画を策定せず、また、計画に対する病院の協力義務がなければ、民間病院は病院経営のために、病床稼働率を念頭に置いて入退院をコントロールする範囲でしか退院支援に協力しないであろう。また、一定数の入院者を退院させたとしても、病院は、空いた病床に別の新規患者を入院させるであろうから、病床削減に結びつかないのである。
7 結語
  以上のとおり、我が国の精神科医療は、脱施設化と地域移行の世界的動向から完全に取り残されている。それにもかかわらず、我が国の近年の精神保健福祉行政は、改革ビジョン以降、その精神が後退したと思われるほどに迷走し、脱施設化と地域移行を実現するにはあまりに実効性の乏しい内容にとどまっている。
上記の第63回日弁連人権擁護大会第1分科会においては、「精神障害のある人の尊厳の確立をめざして~地域生活の実現と弁護士の役割」というテーマの下、精神障害者の人権保障上の諸問題について、より広汎かつ根本的に論じ、その改善・解消に向けた方策を提言するべく、来年岡山市開催を目指し引き続き準備を進めている。
そこで、当会としても、我が国の精神科医療における最大の問題点として、脱施設化と地域移行が世界の動向から完全に取り残されている状況を確認するとともに、脱施設化と地域移行を早急に実現する具体的政策の立案・実施を求めるものである。

2020年(令和2年)9月18日
福岡県弁護士会

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