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カテゴリー: 会長日記

会 長 日 記 〜年頭にあたって〜

カテゴリー:会長日記

   会 長 川 副 正 敏
一 はじめに
 明けましておめでとうございます
 昨年を振り返りますと、一月にはスマトラ島沖大地震と大津波の報に地球の終末の始まりかと驚かされ、その衝撃もさめやらぬうちに、私たちの足下で予期せぬ地震に見舞われました。夏には「郵政民営化・小泉劇場」が喧伝される中で、衆議院に三分の二の巨大与党が生まれました。
 年末になると、次々に起こる幼女殺害事件、そしてマンションやホテルの耐震構造計算偽装事件が世を騒がせました。世界では、抑圧とテロ、報復という暴力の連鎖がこの瞬間も続いています。
 戦後六〇年、還暦に当たる年でしたが、各方面で制度疲労が顕在化し、あるいは普遍的なものと考えてきた価値観が大きく揺らぎ、将来への漠たる不安がただよう中で新年を迎えた感があります。一〇〇年後の歴史家はこの二〇〇五年について、良くも悪しくも様々な意味で、大きな区切りの時代として総括するのかもしれません。
 そのような中にあればこそ、次の還暦のサイクルの始めの年である今年は、未来に向かって、改めて我々の時代の「坂の上の雲」を見出し、その雲を仰ぎ見ながら、一歩一歩着実に歩んでいかなければならないと思うこのごろです。
 さて、私たち執行部の任期も残すところ三か月を切り、最後の追い込みに入りました。夏休みの終わりに宿題をやり残して焦った悪童時代の苦い思い出がよぎります。
 この機会に、当面の主要な課題について申し述べることとします。
二 憲法改正問題への取り組み
 先に自民党の新憲法草案が公表され、民主党も九条二項の改定を含む憲法改正に前向きの姿勢を示す中で、次の通常国会には国民投票法案が上程されるという情勢にあります。私たちにとって不動の価値基準としてきた憲法が揺らぎ始めています。
 当会では、昨年末に憲法委員会を立ち上げ、この問題に対し、強制加入団体としての枠内でできる限り、正面から取り組んでいくことにしました。父母・祖父母の世代が悲惨な犠牲を払って築いてくれた、恒久平和を希求し、その下で個人の尊厳を至高の価値として追求する「このくにのかたち」を次の世代に確実に引き継ぐ責務が私たちにはあると思います。
三 各種治安立法阻止と未決拘禁制度改革の運動
 弁護士が依頼者の「疑わしい取引」を国に密告するというゲートキーパー立法に対し、日弁連は昨年六月、取扱機関が金融庁であることを前提として、日弁連が会員からの報告の受け皿となることを骨子とする方針を立て、法務省との折衝を重ねてきました。しかし、その後関係省庁間での協議の結果、この問題の主管庁が金融庁から警察庁に変わることとなり、日弁連は昨年末、改めてゲートキーパー立法そのものに断固として反対し、強力な運動を展開するとの方針を打ち出しました。
 また、再三にわたって廃案とされてきた共謀罪の立法化も現実の問題となっています。少年院送致年齢の下限(一四歳)の撤廃や触法少年・ぐ犯少年に対する警察官への強制捜査権の付与などを盛り込んだ少年法改定にも大きな懸念があります。
 「テロとのたたかい」や日本社会の「安全神話」崩壊に対する防波堤構築を金科玉条として、治安優先の立法が次々と出され、圧倒的多数の与党が占める国会でさしたる議論もなされないまま可決成立しかねないという構図には、背筋が寒くなる思いです。
 他方、未決拘禁制度改革も今年中の決着に向けた法務省・警察庁との厳しいせめぎ合いが続けられています。このような中で、昨年末に有識者会議が発足し、今年二月を目途に提言が出され、その後立法化作業に入る見通しです。代用監獄廃止に向けた道筋を付けるため、全力を傾注しなければなりません。
 人権擁護と社会正義の実現という使命を与えられた弁護士・弁護士会の見識と力量が今こそ問われているのだと思います。
 これらの問題について、当会でも早急にしかるべき組織を立ち上げ、日弁連及び全国の単位会とともに、強力な運動を展開していくことが求められています。
四 司法支援センターと公的弁護態勢確立
 今年四月の日本司法支援センターの発足まで三か月を切りました。夏前には地方事務所がオープンし、秋からは法定合議事件の被疑者弁護を含めた国選弁護人指定業務などが開始されることになります。
 司法支援センターに対しては、今も懐疑的な見方がありますが、実際の業務開始を目前に控えて、弁護活動の自主性・独立性を確保しつつ、広範な国民に対して真に良質な法的サービスが提供できる組織運営を実現するため、弁護士会はこれを傍観視するのではなく、積極的に関わっていくべきだと考えます。
 そのために、当会としては、地方事務所の要となる所長・副所長には、会の総意に基づく最適任者を推薦し、職員についても、弁護士会で従来から国選・扶助業務にたずさわってきた優秀な人材を確保して、弁護士会との緊密な連携体制を構築するように鋭意準備作業を進めているところです。
 地方事務所の設置場所についても、床面積約一五〇坪(福岡)ないし約六〇坪(北九州)以上という条件を満たすとともに、既存の弁護士会の相談センターとの場所的・機能的一体性を確保することを前提として、適当なビルの調査を行っています。また、発足時には事務所設置が見送られた筑後と飯塚についても、その必要性を訴え続けて実現を期さなければなりません。
 司法支援センターにおける国選業務のあり方については、現在、業務方法書・法律事務取扱規程・国選弁護人契約約款に関する日弁連の要綱試案に対する単位会の意見照会がなされており、当会では全会員に情報提供をして意見を出していただくようお願いしているところです。弁護権・防御権の確保を基本として、当会としての適切な意見を出さなければなりません。
 そのうえで、大多数の会員が引き続き国選弁護をお引き受けくださるようご協力をお願いいたします。一人が一〇の仕事をやるのではなく、一〇人が一の仕事を分かち合うとの思いを共有したいものです。
 今年九月には、日弁連の国選シンポジウムが福岡で開催されることになっており、公的弁護態勢確立と国選弁護充実の契機として、是非とも成功させたいと思います。
五 刑事司法改革への対応
 昨年一一月に始まった公判前整理手続は、現在適当な事件を選んで試行的に実施されていますが、逐次拡大していき、裁判員裁判開始に向けて、連日的開廷をにらんだ集中審理・迅速化が押し進められていくことが想定されます。そのような中で、刑事裁判の適正・充実の観点がおろそかにされ、弁護権・防御権の保障がいささかでも弱められるのは防がなければなりません。
 そのような観点から、未決拘禁制度改革や取調全過程の録音・録画化の実現に向けた取り組みを強化するとともに、会員の弁護活動に対する弁護士会としてのバックアップ体制の確立を図るべきです。
六 後輩の育成
 法曹人口大増員時代に向け、法科大学院〜司法修習〜入会時研修を通じて、多くの後輩がその力量を高め、質量ともに豊かな弁護士業務を展開できるようにするために、弁護士会としての支援策や受入体制を作って実行していくことも焦眉の急です。
七 むすび
 司法改革が各論に入って行くほどに、我々の現実的な業務のあり方を大きく左右しかねない具体的問題に直面し、次々に厳しい決断と実行を迫られるのを痛感します。
 正月早々から重い話題を書き連ねましたが、いずれも今年度から来年度にかけてやり遂げなければならない重要な課題です。
 「怒れる風体にせん時は、柔らかなる心を忘るべからず」(風姿花伝)の教えを想起しながら、残された任期を全力で務めていく決意です。会員の皆様のご理解とご協力を心よりお願い申し上げます。

会 長 日 記 〜平和と人権を考える因幡路の旅〜

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会 長 川 副 正 敏
一 小さな弁護士会の大きな人権擁護大会
 一一月一〇日と一一日の両日、鳥取市で開かれた日弁連の第四八回人権擁護大会に参加しました。参加者総数は延べ四三〇〇人という盛況でした。会員数わずか三一名の鳥取県弁護士会にして、よくぞここまで準備をされたものと頭が下がりました。
 初日に三分科会で行われたシンポジウムを踏まえ、二日目の大会では次の一つの宣言と二つの決議が採択されました。
 (1) 「立憲主義の堅持と日本国憲法の基本原理の尊重を求める宣言」
 (2) 「高齢者・障がいのある人の地域で暮らす権利の確立された地域社会の実現を求める決議」
 (3) 「安全な住宅に居住する権利を確保するための法整備・施策を求める決議」
 これらの内容は日弁連のホームページに掲載されていますので、ここでは立ち入りませんが、いずれも日本の政治と社会が直面している極めて重要な課題に関するものであり、各シンポジウムの充実ぶりは、人権問題に関する最大・最高のオピニオンリーダー、シンクタンクとしての日弁連の面目躍如との思いを深くさせるものでした。
二 高齢者・障害者の人権確立と住宅の安全性確保
 (2)の高齢者・障害者の人権確立の決議に関して、当会の活動は、「あいゆう」や精神保健当番弁護士制度に見られるように、先進的な取組みとして全国的にも高く評価されています。今回のシンポジウムも、九月一六日に福岡で開催された「高齢者・障害者の権利擁護のつどい」の成果を踏まえ、これをさらに深化させるものであり、当事者組織及び保健・医療・福祉・教育の専門職と機関や団体、行政との地域ネットワークの構築、そしてその中での法律家の積極的な取組みの必要性が再確認されました。
 「小さな政府」のかけ声の下で、障害者自立支援法に見られる利用者負担の増大・応益負担への転換が押し進められつつある今日の状況は、高齢者・障害者が地域で自分らしく安心して生活できる社会の実現を促すものとは言いがたいように思われます。そういった現実とこれを打開するための私たちの役割の重要性を改めて認識させられました。
 提案理由を聞きながら、「障害者を閉め出す社会は弱く脆い」という一九八一年・国際障害者年の国連総会決議の言葉を思い浮かべ、この面での当会の活動のさらなる拡充に向けた決意を新たにしました。
 (3)の「安全な住宅に居住する権利」についても、当会の会員有志がかなり以前より建築士と連携しながら研究及び救済活動を展開していることはよく知られています。
 シンポジウムでは阪神淡路大震災の被災実態とその後今日に至る行政や関係機関等の対応の問題点が指摘されました。福岡でも、三月の地震を契機に問題点が顕在化しており、弁護士会として、より広範で組織的な取組みをする必要性を感じました。
三 改憲論にどう向き合うか
 立憲主義の堅持と憲法三原則の尊重に関する?の宣言をめぐっては、三時間余りにわたり白熱した議論がおこなわれました。最大の論点が憲法九条問題にあったのは言うまでもありません。
 原案では、九条を一項の戦争放棄条項と二項の戦力不保持・交戦権否認条項に分け、前者を一般的な恒久平和主義、二項を「より徹底した恒久平和主義」として、前者は尊重すべきであると表明する一方で、後者については、「世界史的意義を有する」との評価を示すだけで、その改廃の是非や自衛隊の憲法適合性如何には直接言及しないとしています。
 反対意見は次のようなものです。
 改憲論の核心はまさに憲法九条二項であって、最近発表された自民党の新憲法草案でも二項廃止と自衛軍保持・集団的自衛権行使の容認等を明記しており、民主党の改憲派もほぼ同様のことを主張している。このような状況下で原案の宣言を出すのは、日弁連として事実上九条二項廃止論に与することになる。そのような宣言を出すのは単に無意味であるという以上に、むしろ有害である、と。
 他方、原案を支持する意見の要旨は次のとおりです。
 会内に賛否両論があり、高度に政治的な問題でもある九条二項の改廃の是非に関し、強制加入団体たる弁護士会としてそのいずれの立場に立つかを明確にするのは適切ではない。人権尊重よりも「国民の責務」に傾斜した自民党の新憲法草案など、立憲主義を軽視する改憲論が出される中で、弁護士会として、立憲主義の理念の意義を再確認してその堅持を求め、国民主権・人権保障・広義の恒久平和主義の尊重とともに、戦力不保持を含めた日本国憲法のより徹底した恒久平和主義の世界史的意義を強調することは大変有意義なことである、と。
 原案賛成論者の大多数も、「憲法九条二項を堅持すべきであって、その改定には強く反対する」との個人的見解を表明しつつ、これと異なる意見を持つ会員を含めた会内合意が得られるぎりぎりの線として、この宣言案を採択すべきだというものでした。
 賛否双方の意見を通じて、非武装・絶対的平和主義憲法の持つ掛け替えのない価値を認めることではほぼ一致していました。
 このような議論を経て、宣言案は人権擁護大会としては異例の挙手による採決に付され、賛成四八〇名、反対一〇一名の賛成多数で原案が採択されました。
四 『平和の政治学』 を想う
 厳しくも真摯な討議が展開されるのを眼前にしながら、学生時代に読んで感銘を受けた石田雄著『平和の政治学』(岩波新書・絶版)の次の一節を想起しました。
 「非武装憲法は歴史上例がないというただそれだけの理由で無意味と決めつけてしまうのは、自分の構想力の貧弱さを告発するだけである。それと同時に、平和憲法があるからそれでいいのだとすませているのも、現実的な思考を伴わない怠惰な態度といわざるをえない。どのような条件の下で平和憲法が現実に意味をもちうるかを冷い計算で検討してみる必要がある。」
 抑圧とテロ、報復戦争と再テロという暴力の連鎖が止まることを知らない世界を前に、「戦争ができる国家」の再構築に向けた改憲論が声高に喧伝される今日、どうやって日本と世界の非軍事化への道筋を付けていくのか、第二次大戦の惨禍を二度と繰り返さないため、不戦と非武装を高らかに謳った憲法九条に今どう向き合い、現実的意味を持たせるために何をすべきか、またできるのか、様々の思いが巡りました。
 九条二項を改定(削除)して、戦力の保持と交戦権の容認を憲法上明記することは、自衛隊の位置付けや集団的自衛権行使の是非の問題にとどまらず、「軍事的公共性」が正面から人権制約の根拠とされ、「軍事的合理性」に基づく人権抑圧的統治機構(危機管理のための権力集中、戒厳令、軍事法廷等々)への変容をもたらすのは不可避であって、それがまた戦争への障壁を低くすることも歴史が教えるところです。
 ともすれば「テロとの戦い」や「ならず者国家に対する戸締まり論」などの単純化した論理や勇ましい言葉で語られがちな改憲論議に対して、このような観点からの冷静な問題提起をしていくことは、強制加入団体という弁護士会の限界を踏まえても十分に可能なことであり、むしろ私たちに課せられた大きな責務だと思います。
五 余韻と感動、そして美味
 大会では、宣言・決議の採択に先立ち、今年四月に名古屋高裁が出した名張毒ぶどう酒事件の奥西勝死刑囚に対する再審開始決定について、弁護団からの特別報告が行われました。担当した弁護士は淡々と語り始めましたが、話題が奥西氏との面会の様子に入った途端に絶句し、大粒の涙を流しながらしばし嗚咽した場面は、日弁連の人権擁護活動の原点を象徴するものでした。
 晩秋の因幡路の古都で、白熱した議論の余韻と無辜の救済に打ち込む若手会員の一途な姿への感動に包まれながら、解禁直後の本場の松葉ガニに舌鼓を打つ、平和に生きる幸せを実感する充実の二日間でした。

少年非行と付添人活動

カテゴリー:会長日記

会 長 川 副 正 敏
 福岡県弁護士会では2001(平成13)年2月に少年身柄事件全件付添人制度を発足させ、以来5年近く経過しました。
 これは、非行事件を起こしたとして観護措置(身柄拘束)を受けた少年に対し、費用負担ができなくても、弁護士が付添人に就いて家庭裁判所の少年審判手続に関与し、正しい非行事実の認定と少年の真の更生に向けた適切な処遇を実現するために活動するもので、日本で初めての制度でした。
 現在、福岡県弁護士会では361名の会員がこの活動にたずさわっており、付添人選任数は年間900件前後の全観護措置件数の約70%にのぼるなど、ほぼ定着しています。他の弁護士会でも逐次同様の制度が導入されてきており、着実に全国的な広がりを見せています。現在検討されている少年法改正案にも、一部の事件に限定されてはいますが、国選付添人制度が取り入れられるに至りました。
 成人が起訴された場合は、国選弁護人が選任されてその法的援助を受けられるのに対し、発達途上にあって、可塑性に富み、成人よりも防御能力が劣る少年について、当然に弁護士が付添人に選任される法制度が用意されていないのは均衡を失しており、人権制約をするには適正手続の保障が不可欠であるとの憲法上の原則にもとるのではないのか。私たちが手弁当でこの制度を始めたのは、このような問題意識に基づくものでした。
 また、非行事件を起こした少年に寄り添い、非行に陥った原因を彼らと一緒に探求し、その自覚と反省、被害者への謝罪の念を醸成して、更生の意欲をうながし、環境調整を図るうえでも、弁護士が付添人となって活動することに大きな意義があると考え、現に実践しています。
 私も付添人活動をするときは、河合隼雄著『心の処方箋』の中の次の一節をいつも想起するようにしています。
 一番大切なことは、この少年を取り巻くすべての人がこの子に回復不能な非行少年というレッテルを貼っているとき、「果たしてそうだろうか」、「非行少年とはいったい何だろう」というような気持をもって、この少年に対することなのである。
 近時、少年による重大事件が起こるたびに、その厳罰化が叫ばれ、今次の少年法改正案でも、14歳未満の子どもに対する少年院送致の導入や触法少年等に対する警察官の調査権限の法定化などが盛り込まれています。
 しかし、1990年の第8回犯罪防止及び犯罪者処遇に関する国連会議で採択された「少年非行予防のための国連ガイドライン」(リヤド・ガイドライン)が述べているように、少年非行防止のためには、家庭、学校や地域において、子どもの人権を尊重した教育と福祉的アプローチが重視されるべきだとの基本的視点が忘れられてはなりません。その意味で、この少年法改正案には大いに疑問があると言わざるをえません。
 少年事件付添人制度は、「少年の健全な育成を期する」という少年法の理念を現実的に意味のあるものとして生かすことに寄与し、このことがひいては少年非行を減らし、その深刻化を防ぐ道でもあると思います。
福岡県更生保護協会『福岡更生保護』第728号(平成17年12月1日)より

会 長 日 記 〜東京から金沢へ〜

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会 長 川 副 正 敏
一 東京〜未決等拘禁制度改革に向けて
 一〇月五日、日弁連の刑事拘禁制度改革実現本部の全体会議が開催され、地方本部長として出席しました。会議では、九月一六日に出された『未決等拘禁制度の抜本的改革を目指す日弁連の提言』(日弁連ホームページの日弁連の活動↓主張・提言↓意見書等に掲載。以下「日弁連提言」という)の確認をしたうえで、今後の運動の進め方などについて討議をしました。
 今年五月一八日、刑事施設及び受刑者の処遇等に関する法律が成立しました。これは、長年の懸案であった監獄法改正問題のうち、刑事施設及び受刑者の処遇に関する規定についての改正をしたものです。そして、この改正で積み残しになった代用監獄問題を含む未決拘禁者と死刑確定者については、来年の通常国会での法案上程を目途に、現在日弁連・法務省・警察庁の三者間で協議が重ねられており、日弁連提言もここで議論されることになります。
 提言の要点は次のとおりです。
1 未決拘禁制度の基本的なあり方は、あくまでも無罪推定原則を生かし、これを保障する内容でなければならず、市民としての生活保障、訴訟当事者としての防御権確保が最大限図られるべきである。また、裁判員制度・連日的開廷の実施に伴い、弁護人の接見交通に対する障害を除去する。
2 警察留置場を勾留場所とする代用監獄制度は冤罪と人権侵害の温床であり、国際人権法上もその存続は到底許されない。したがって、これを廃止することを確認したうえで、全面的廃止に向けた確かな道筋・方法を明確にする。
3 弁護人の秘密交通権確保に留意しながら外部交通の拡充を図るべく、電話やファクシミリの使用を導入する。
4 拘置所を含めて夜間・休日接見を原則として認める。
5 長時間・深夜の取調禁止を法律上明記する、未決拘禁者に対する懲罰制度を原則としてなくす、自己労作・教育の機会を保障する、冷暖房を完備するなど、人権侵害を防止し、市民としての生活を保障するための方策を導入する。
6 死刑確定者について、「心情の安定」を理由とする現状の非人道的な処遇を抜本的に改め、人間としての尊厳を尊重した取扱を確立する。例えば、外部交通・図書閲読・差入を原則的に自由とし、他の被収容者との接触を認め、死刑執行の事前告知を行うなどの規定を設ける。
 以上のような提言に対して、法務省・警察庁側の態度は極めて固く、基本的には現状維持の方針であって、ことに最大の争点である代用監獄問題については、これを廃止するどころか、この機会にむしろ恒久化しようとの意向を示しているところです。
 衆議院で圧倒的多数の与党が出現した現在の国会情勢の下で、日弁連の提言を実現するのは容易なことではないと言わざるをえません。しかし、代用監獄廃止を中心とした未決拘禁制度の抜本的改革は、私たちの悲願であり、刑事司法改革の基礎に位置づけられるものです。それは、現在ホットな課題となっている取調全過程の録音・録画の導入と、いわば車の両輪として取り組んでいかなければならないと思います。
 日弁連は一九八二(昭和五七)年から一九九〇(平成二)年にかけて、広範な市民をも巻き込んで、その総力を挙げて拘禁二法反対運動を展開し、これを廃案に追い込みました。このような歴史そのものをご存じでない若い会員も増えた今日、改めてこの問題の重要性に対する共通認識を確立し、今後の立法化作業に向けた対応体制を強化しなければなりません。
 執行部としても、刑事弁護等委員会や刑事法制委員会を中心として、遺漏なき対処をしていく所存です。
 会員各位におかれましては、この機会に日弁連提言及び『自由と正義』九月号の特集「二一世紀の行刑改革」にぜひ目を通され、現時点における問題の所在を改めて確認され、ご意見をお寄せください。
二 金沢〜業務改革シンポに参加して
 一〇月五日の東京・日弁連会館での会議を終えた足で、翌六日には金沢に入り、七日朝から開催された日弁連の弁護士業務改革シンポジウムに出席しました。その内容については別稿で報告されると思いますので、若干の感想を記すことにします。
 今回のシンポは「司法改革と弁護士業務〜弁護士の大幅増員時代を迎えて」と題して、第一「地域の特性に応じた法律事務所の多様な展開」、第二「新たな挑戦に向けて」、第三「ここまで来た司法IT化の波」の三つの分科会が行われ、私は第二分科会に参加しました。
 そこでは、「弁護士業務の新領域を探る」との副題の下に、最近の各種業務領域の盛衰とその要因に関する分析、アメリカの一〇人未満の法律事務所の実情報告などに基づき、特色ある業務分野、例えば交通事故事件、スポーツ法、弁護士取締役、株主代表訴訟、債務整理・倒産処理、包括外部監査、エンターテインメント業界(映画、音楽、出版業界等)、コンプライアンス委員会・企業倫理委員会、敵対的買収などをめぐる現況と展望が提示されました。
 これらを踏まえ、当面の具体的方策として、?弁護士に関する業務規制緩和と権限強化、?日弁連における立法支援センター設置、?民事訴訟の活性化に向けた抜本的改革(民事陪審、懲罰的損害賠償制度など)、?交通事故訴訟などの既存分野の再開発のための日弁連による改革モデルの提示といった「新規業務開発五カ年計画(要綱)」が提言されました。
 弁護士大幅増員時代における業務基盤に対する不安感が漂う中で、新たな業務開拓に向けた弁護士会としての組織的対応が強く求められており、未だ十分とは言えないものの、その端緒を示すものとして、大変に興味深いものがありました。
 当会では、刑事弁護等委員会における刑事弁護実務に関する情報交換、倒産支援センターのメーリングリストでのノウハウのやり取り、高齢者・障害者支援における行政等との連携、交通事故被害者救済センターによる交通事故事件の掘り起こし、行政問題委員会による定期的一一〇番活動、犯罪被害者支援など、さまざまの分野で人権擁護活動とも結合しながら、業務拡充策を展開してきました。これらを「業務開発」という観点からさらに充実させるのはもちろんのこと、シンポで提言された業務分野のほか、信託、地方自治体の私債権処理、第三セクター問題等々、新たな分野に関して、会員だけではなく、会外の関係者・専門家との共同研究を立ち上げるなどして、我々のウイングを大きく拡げていく取り組みを深化させるべきだと痛感しました。この面では、若手会員からの創意に満ちた提案と積極的な行動を大いに期待します。
 目まぐるしく駆けずり回る日々の中で、合間を見て散策した秋の兼六園と武家屋敷跡の風情にほっと一息をつく思いでした。
 このシンポジウムの運営委員として尽力された当会の山出和幸・加藤哲夫両会員に心より感謝いたします。

会長日記 〜任期の折返し点で思う〜

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会 長 川 副 正 敏
一 公的弁護態勢確立のための意見交換会に思う
 八月三〇日、日弁連と九弁連の主催による「公的弁護制度の対応態勢確立のための意見交換会」が当地で開催されました。
 二〇〇六(平成一八)年一〇月に始まる被疑者国選を含む公的弁護制度への対応態勢をめぐり、九州各県の弁護士会、ことに離島などの弁護士ゼロ・ワン地域を多く抱える会を中心にして、ジュディケア制だけで弁護人を確保することはできず、相当数のスタッフ弁護士の配置を求める意見が多く出されました。とりわけ、必要的弁護事件が対象となる二〇〇九(平成二一)年に向けた深刻な実情が報告されました。
 他方、国選弁護の運営主体である日本司法支援センターのあり方についての不透明感から、同センターとの契約締結に対する疑義も一部で出されている状況があります。そこで、これを払拭して、一部の会員の過大な負担によるのではなく、広範な会員によって公的弁護を担うことが必須であって、そのための方策を早急に検討しなければならないとの認識で一致しました。
 詳細は別稿で報告されますので、ここでは、会議の終わりに行った私の締めくくりの発言の要旨を掲記し、問題意識を共有するためのよすがにしたいと思います。
 *  *  *  *  *
 梶谷日弁連会長は、常々「司法改革の実行段階は地方の時代」と言われています。
 これは、制度改革の実施に際しては、現場の実情に基づくきめ細かな検討が必要であって、それには地方からの積み上げが重要であることを指摘しているのだと理解しています。そして、公的弁護態勢の確立及びその運営主体である日本司法支援センターの実施設計と施工における課題を考えるうえで、このことはまさに当てはまります。
 いわゆる重罪事件の被疑者国選が開始する二〇〇六(平成一八)年は待ったなしの目前に迫っており、二〇〇九(平成二一)年の必要的弁護事件のそれが始まるのも遠い先のことではありません。
 本日の意見交換会では、各地の実情とこれを踏まえた具体的な問題点が出され、率直な意見交換が行われましたが、それだけにまた、多くの課題が一層浮き彫りになりました。その中で、捜査段階と公判段階のリレー方式や県境を越えた共助、引受け可能な件数枠を個々に定める方式を検討するなど、できる限りジュディケア制で対応するための提案も出されました。
 九州は、大分県弁護士会と福岡県弁護士会が相次いで開始し、その後燎原の火のごとく全国に広がった当番弁護士発祥の地であり、その牽引車としての役割を果たしてきたと自負しています。
 今から一五年前にここ九州で始まった当番弁護士運動は、絶望的と言われて久しい刑事司法の抜本的な再生を実現するための取組の主柱であり、その公的制度化への道筋は私たちが市民に提示した展望でした。だからこそ、「弁護士会の戦後最大のヒット商品」と評され、多くの市民がこの運動に結集してくださいました。
 今日、私たちは少なからぬ不安や困難に直面していますが、今こそ、この原点を想起しなければならないと思います。
 日弁連、九弁連、単位会、そして個々の会員が互いに他は何をしてくれるのかというのではなく、共に何をなすべきかという観点に立ち、一緒にこの変革の時代を担い、それぞれの役割を分かち合うとの思いを共通にして取り組まなければなりません。
 私たちが目指してきたところは、捜査・公判を通じてあまねく国費による弁護制度を確立し、弁護の自主性・独立性を堅持しながら、被疑者・被告人の十全な人権擁護を果たし、適正手続の実質的保障に資することにあるのは言うまでもありません。
 それがまさに始まろうとする現在、様々の問題が顕在化していることは否めません。しかし、そうであればこそ、現場の実情を一つ一つ検証し、その克服のための具体的方策の定立と実践を積み重ねることが求められていると思います。とりわけ、自主性・独立性を核心とする刑事弁護の質の確保、これに沿ったあるべき司法支援センターの組織運営の確立に向けた獲得目標の提示及び国との精力的な折衝、それを支える会内外における強力な運動の展開は、会員の結集を得るうえでも極めて重要です。
 そのために、日弁連と九弁連及び各単位会はそれぞれの立場で最大限の尽力をすることを確認し合って、本日の意見交換会の結びとさせていただきます。
二 東アジアの司法改革管見
1 中国・国家法官学院一行の来訪
 九月一二日に台湾・高雄市の裁判官が日本の家事事件・少年事件に関する調査のために当会を訪問したのに続いて、九月一四日には、中国・国家法官学院の院長Huai Xiao Feng氏を始め、役職員一行四名が当会を訪れ、懇談をしました。
 中国の国家法官学院は、日本の司法研修所に相当する裁判官養成機関です。中国では市場経済化・国際化が急速に深化するのに伴い、法曹養成制度の抜本的改革を含む司法改革が進められています。
 そのような中で、同学院はこのたび、福岡大学当局、特に当会の川本隆・山口毅彦両会員のご努力もあって、同大学との間で学術交流の協定を締結し、今後学生・教職員等の交流・情報交換を重ねて、法曹教育の充実のためにお互いに協力していくことになりました。
 Huai院長と私は、東アジア各国では、法の支配に貫かれた公正な社会を支える法曹の果たすべき役割がこれからますます重要になるとの共通認識の下に、中国と日本の法律実務家はできるだけ交流の機会を持って信頼関係を深め、そのことを通じて、お互いの司法制度や実務を学び合うことが大切であるということで一致しました。
2 台湾の少年法院事情など
 前後しますが、別稿で紹介されているとおり、台湾の裁判官が当会を訪問した目的は、二年後を目途に進められている家庭裁判所創設に向けて、日本の制度とその運用を調査するというものでした。
 一方で、台湾には少年法院という日本の家庭裁判所のうちの少年事件担当部署が独立した形の裁判所があります。その法官(裁判官)は、日本の少年法の理念でもある「少年の健全な育成」の観点に立ち、当会の少年事件全件付添人制度において私たちが現に実践しているような少年への積極的アプローチを自ら行っているとのことでした。
3 進む取調の可視化
 台湾や香港で取調の録音・録画が既に実施されていることは知られています。
 韓国でも、警察・検察自身が「被疑者の人権擁護、捜査過程の透明化」との理念を掲げ、取調全過程の録音・録画実施に向けた準備を積極的に進めています。しかも、その制度化後の運用をめぐる具体的な検討、例えば、公判中心主義・直接主義との関係において、これ(DVD)に証拠能力を付与するための要件はいかにあるべきかといった議論が法曹界内部だけではなく、メディアでも活発に行われています。
 ちなみに、韓国では、陪審制類似の国民の司法参加制度の導入に向けた具体的検討も行われていると聞いています。
 当会では、九月一七日、『密室での取調べをあばく! 〜取調べの録音・録画実現に向けて〜』と題して、可視化シンポジウムを開催しました。そこでは、韓国・ソウルの警察や検察庁に設けられている上品な木製の調度品が置かれ落ち着いたクロス貼りの広い取調室の写真とともに、録音・録画実施の準備状況が紹介されました。他方、実行行為者の供述により共犯者に仕立て上げられて起訴され無罪判決を得た杷木町の中嶋玲子前町長から、自白を得るための苛酷な取調の実態が生々しく語られました。
 このように、後を絶たない捜査過程における被疑者の人権侵害事例に接するにつけ、取調の録音・録画を頑なに拒む日本の警察・検察がその最大の論拠としている「捜査官と被疑者の人間的信頼関係を築くことによって真実の供述が得られる」との論理がまことに空疎に響き、先行している東アジアの国々との落差に嘆息を禁じ得ません。四年余り後に始まる裁判員裁判までには、日本でも是非実現しなければならないとの思いを一層強くしています。
4 むすび
 以上のように、韓国、中国、台湾では、司法制度や背景事情などに違いがあり、内容・程度の差があるのも事実ですが、大筋では、「法の支配」が貫徹する透明・公正な社会を確立するうえで、司法ないし法曹が担うべき役割の重要性に対する基本的認識に立って、様々の面で色々な形の司法改革が進められているようです。
 とりわけ韓国と台湾では、「民主化・透明化」というキーワードの下に、多くの点で、日本より一歩も二歩も先を行く制度改革・実践が官民を通じて意欲的に取り組まれており、学ぶべきものが少なくないことを実感する秋です。
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 任期の折返し点を通過しながら、これらを始めとする押し寄せる重要課題への取組をさらに強化しなければならないと、焦慮感とともに決意を新たにしています。

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