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カテゴリー: 意見

国民投票法案に関する意見書

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国民投票法案に関する意見書

平成18年12月12日
福岡県弁護士会
1 はじめに
本年5月26日に与党が「日本国憲法の改正手続に関する法律案」(「与党案」),民主党が「日本国憲法の改正及び国政における重要な問題に係る案件の発議手続及び国民投票に関する法律案」(「民主党案」)を衆議院に提出し,国会において継続審議中である。そして,9月26日に全面的改憲を唱える安部晋三氏が首相に就任したことから,改憲へ向けての動きはより拍車がかかることと思われる。
このような状況のもと,福岡県弁護士会憲法委員会では,与党案と民主党案の問題点について調査・研究を重ねてきた。
もとより国民投票法案は,中立的・技術的な手続法に過ぎない。しかし,手続法であっても立法に際しては「立法事実」を要することはいうまでもない。したがって,同法案については,現憲法が主権者である国民の権利利益の実現に支障を来しており,改憲によって是正する必要があるが,改憲のための手続法を欠くという立法事実が存する必要があると考える。
しかしながら,現憲法をめぐって,その「欠陥」に起因して国民の権利利益が司法的救済を受けられないという事例を見聞したことはない。その一方で,自衛隊のイラク派遣問題に見られるように,憲法第9条(とりわけ第2項)の改廃をめぐる対立の構図が浮き彫りになっているのが実情である。
当会は,意見書の基本方針を策定する前提として,本年7月下旬から8月下旬にかけて全会員を対象として,国民投票法案に対するアンケート調査を実施した(回収率は約3割で、回答数は229名)。このアンケートの第1問目で「この秋の臨時国会で国民投票法案が審議され制定される可能性がありますが,同法が制定されることについてどう考えますか」と問うたところ,「反対である」との回答が55.5%であった(ちなみに、「賛成である」は31.4%,「わからない」が10.9%,無回答は2.2%)。
この55.5%が反対という回答結果は,立法事実についての議論を欠いたまま手続法の策定がなされようとしている昨今の情勢に対する法律家としての危機意識のあらわれと見ることができる。すなわち、当会は,現在の状況下で国民投票法を制定すること自体に疑義を呈する余地が十分にあることをまずもって指摘しておきたい。
本来,憲法改正が国民投票に付される趣旨・目的は,国民主権の原則にもとづき,最高法規である憲法の改正について,主権者である国民の意思を反映させるところに求められるべきである。したがって,国民投票制度の策定においては,国民主権の原則にのっとり,国民一人ひとりの意思が正確に反映される仕組みが作られなければならない。そのためには,憲法改正の国民投票に先立って,民主的な意見表明が十分に行え,また国民が公正かつ平等に憲法改正に関する情報を得ることを可能にし,もって国民一人ひとりが主体的に各自の意見を自由に形成したうえで投票できるシステムが作られなければならない。この点,ヨーロッパにおける「法による民主主義のための欧州委員会」(通称ベニス委員会)が作成した「憲法改正国民投票に関するガイドライン」(2001年6月11日)の中において,国民投票の一般的基準と原則の中で,「選挙法規に関する憲法上の原則(普通,平等,自由,直接及び秘密選挙)が選挙と同様国民投票にも当てはまる.同様に,基本的権利(特に表現の自由,集会の自由及び結社の自由)は,特にその行使が公共的場所の使用を必要とする場合には,保障され保護されなければならない」と述べられているところである。
このように,国民投票に関しては,あくまで国民主権の原則にもとづき,民主的な構造を持った制度として作られるべきものである。
早ければこの秋の国会において、与党案と民主党案が審議されることが政治日程として浮上している。そこで,与党案と民主党案の問題点を明らかにし,多くの国民が議論のポイントを理解できるように意見表明することは法律の専門職集団たる弁護士会としての責務であると考え、本意見書を発表するものである。
2 自由かつ十分な投票運動の保障
(1) 周知期間について
国の最高法規であり,根本規範である憲法を改正するための国民投票にあたっては,主権者である国民の意思が正確に反映されなければならない。一人ひとりの国民が自己の意思を形成するにあたっては,改正案の内容について,国民的議論が十分に深められ,国民一人ひとりが熟慮できることが大前提である。
このような観点から,国民投票にあたって,憲法改正の発議から投票期日に至るまでの改正案の周知期間については,国民全体が,?改正案によって憲法のどの条文がどう変わるのかを文言上で具体的に知ること,?それぞれの問題点についての賛成論と反対論の対立点を明確に認識し,?改正によって予想される国家・社会の変化と、それの自らの生活に対する影響を理解したうえで,?十分に国民相互の討論を重ね,そのような過程を経ることによって,?改正をするか否かについて的確な判断を主体的になし得るのに必要で,十分な期間が確保されなければならない。
したがって、国民投票の期日については少なくとも12ヶ月の周知期間をおくべきである。
ア 与党案・民主党案の期間では憲法改正案の周知は困難である
ところが,与党案も民主党案は,ともに国会の発議から60日以後180日以内の国会が定める日としている。
短期を60日と定める点については,論拠として,「改正の内容によっては,短期間の議論で足りる場合もあり得る」ということが主張されている。また,長期を180日と定める点については,論拠として,「あまり長すぎても議論が間延びする虞がある」ということが主張されている。
しかし,現在、提案されている憲法改正案を見ると,その主要なものは前文をふくめてほとんど全条文を改正しようとするものであり,その改正案には,日本国憲法の根幹に関わる本質的な改正内容が多数ふくまれている。
このような本質的内容にわたる改正案を国民に周知してその是非の判断を求めることは,以下のとおり,決して容易ではないと考えられる。
(ア) 20条3項の修正〜政教分離
たとえば,自由民主党の憲法草案においては,第89条について,公の財産の支出及び利用の制限について,「第20条3項の規定による制限を超えて」という文言を付加するという案が示されている。その第20条第3項についての改正案を見れば,「国及び公共団体は,社会的儀礼又は習俗的行為の範囲を超える宗教教育その他の宗教的活動であって,宗教的意義を有し,特定の宗教に対する援助,助長若しくは促進又は圧迫若しくは干渉となるようなものを行ってはならない」となっている。
これは現行憲法第20条第3項が「国及びその機関は,宗教教育その他いかなる宗教活動もしてはならない」としているのを大幅に改正しようとするものである。
この改正は,靖国神社や伊勢神宮への公式参拝や玉ぐし料の公費支出の是非の問題を憲法上解決しようとの意図を有するものではないかと考えられる。憲法改正のための国民投票においては,そのような意図の是非が問われ,またその結論が自ずと,上記のとおり,「公金その他の公の財産」の支出についての改正の是非の判断につながってくるわけであるが,その関連性を数ヶ月という短期間のうちに国民が理解するのが可能だとはとても思われない。
(イ) 9条2項の削除〜平和主義
また,自民党の憲法草案は,9条2項を削除して,新しく9条の2を新設し,自衛軍の規定を設けるという。この9条2項を削除することの意味,そして,自衛軍規定の新設が現在の自衛隊とどのような関連性をもつことになるのか,という日本国憲法の本質的問題について,数ヶ月という短期間のうちに多くの国民が判断できるようになるとはとうてい思われない。
(ウ) 軍事裁判所の設置〜司法権の独立
さらに,自民党の憲法草案は,第76条第3項において,軍事裁判所を設置するとしている。これが同条第2項において設置を禁止されている特別裁判所にあたるものではないのか,司法権の独立との関係はいかなるものであるのか,といった問題点について,国民が自己の意思を形成するためには,司法権の独立の原理的・理念的意義の検討から出発する必要があると考えられる。しかし,そのような形で意思形成を行うための期間として,数ヶ月では明らかに不足している。
このように与党案と民主党案の「60日以後180日以内」という期間では,議論・考慮の期間としては明らかに短期に過ぎると言わなければならない。
イ メディアを通じた世論誘導・操作を防止する必要がある
周知期間としてこのような短期間しかおかれないこととなれば,世論が一つの方向に短期間に急速に沸騰した場合に,それを冷静に検証することなく,一過性の雰囲気に流されるがまま国民の投票態度が決されることが懸念される。ことに,印象的なスローガンによって結論に向けての世論が盛り上げられ,冷静な議論を欠いたまま雰囲気のみが高まって最終結論が導かれるという,いわゆる「劇場型」政治が蔓延していると指摘されている日本の現状においては,この懸念はいよいよ強い。これは,2005年9月の衆議院議員総選挙において,争点が「郵政民営化」一点にほとんど限局され,元与党の前議員に対して「刺客」を送るという選挙戦術がメディアの強い影響もあいまって高い注目を集めた末,与党の雪崩式大勝という結果を生じたにもかかわらず,その後1年を経ないうちに,「刺客」を送り込まれた元与党議員の復党が論ぜられる事態に至っていることを思い起こすとき,長期にわたって国家の根本規範たるべき憲法に関する議論については,相応の長期間にわたって冷静な討論を重ねることの重要性を強調せざるを得ない。
また,マスメディアが少数意見を積極的に取り上げる機会に乏しい現代日本社会においては,少数意見が広く周知されるには相当の期間を要することが通常であるので,十分な周知期間がおかれなければ,少数意見が国民に周知されないまま投票日を迎えることにもなりかねない。
これに対して,自由な情報の流通・交換がなされたときには,国民相互間における議論が有益かつ実質的な形で深まりこそすれ,議論が「間延び」する事態などは考えられない。
また,そもそも,予算や緊急を要する立法等とは異なり,憲法改正問題において迅速性の要請は乏しい。
周知期間についての前記アンケートにおいて,ほぼ半数にあたる47.2%が「少なくとも12ヶ月の期間が必要」と回答し,自由記載によりこれより長い期間が必要とした回答も含めれば,51.1%が12ヶ月以上の期間が必要だと考えている。
ちなみに,EU憲法の批准を問う国民投票にあっては,採択の約1年後に実施されたフランス,オランダの各国民投票において,議論の深まりの結果,高い投票率(フランスで約70%,オランダで約63%)が得られたという例もある。
(2) 職業に着目した運動規制について
憲法を改正するか否か、また改正するとすればどのような内容とするのかは、憲法が国の最高法規であって、主権者たる国民のもっとも重要な意思決定であることから、国民の自由な判断によって行われるべきことは当然である。
そして、国民が自由な判断を行うためには、賛成・反対をふくめ、多様な意見に触れ、また自ら発信し、言論の自由市場において、最大限に自由な議論が行われること、その結果、主権者たる国民が、その結論に納得して自己の意思決定をなすという、自由な意思形成過程の確保が必要かつ不可欠である。
この点、民主党案は、選挙管理委員会の委員・職員等の国民投票運動を禁止しているだけであるが、与党案は、さらに裁判官・検察官・公安委員会の委員、警察官にまで全面的に国民投票運動を禁止している。
しかしながら、このように広範囲の者に対して、全面的な国民投票運動を規制してしまうと、規制される者の表現の自由を侵害するのはもちろんのこと、国民間の自由な議論が制限されて、直接規制を受ける者以外の意思も自由に形成されないことになってしまう。国の最高法規である憲法改正の是非を問う国民投票において、必要もなく国民間の自由な議論を制限することは絶対に避けるべきことである。
したがって、憲法改正手続きにおいて厳正な公正中立性を求められる選挙管理委員・職員等等以外に対しては、職業に着目した投票運動の規制を行うべきではない。
前記アンケートにおいても、選挙管理委員・職員等に対する制約には、58.1%が合理性があると回答しているのに対して、裁判官・検察官・警察官に対する運動制限に80%以上が合理性はないとしている。
(3) 刑罰(地位利用運動禁止違反の罪,組織的多数人買収・利益誘導罪,)による運動規制について
与党案では,公務員や教育者がその地位を利用した国民投票運動を行うことを禁止し違反者には罰則を定めており,更に,組織的多数人買収罪と利益誘導罪が定められている。
ア 地位利用禁止違反の罪
まず,地位利用運動禁止違反の罪について,公務員や教育者の者自身の表現の自由を侵害し、国民間の自由な議論が制限されてしまうのであり、「地位利用」という要件を付加しても、それ自体がきわめてあいまいな概念であって、いかようにも解釈することが可能であるから、公務員や教育者の自由な活動を不当に規制し、萎縮させることが明らかであって容認できない。また、このようなあいまいな要件にもとづいて公務員や教育者を逮捕・起訴できるとすることは、罪刑法定主義に抵触するものでもあって、許容されるべきではない。
前記アンケートでも、公務員と教育者のいずれに対しても、70%以上が地位利用にもとづく国民投票運動の禁止には合理性がないと回答している。
イ 組織的多数人買収・利益誘導罪
次に,組織的多数人買収・利益誘導罪に関しては,権力を握る政権党が憲法を改正しようとするとき、豊富な資金をつかって国民に対して買収行為や利益誘導行為をする恐れがあることは否定できない。
さらに、国民投票は首長や議員の選挙とは質的に異なる側面を有することもおさえておくべきである。候補者個人の利害に結びつくような買収とか利益誘導というものは考えられない。すなわち、公職を個人が不当に占め、私物化することのないようにするという観点は、憲法改正の是非を問う国民投票においては必要ないのである。
したがって、公職選挙法と異なり、そもそも憲法改正国民投票に関して買収や利害誘導がなされうるのか、また、罰則で禁止することが投票に関する自由な言論を阻害しないかなどについての十分な検討もないまま罰則規定を設けること自体に問題がある。
そのうえ、同罪の構成要件は、「組織により、多数の投票人に対し、憲法改正案に対する賛成または反対の投票をしまたはしないことの報酬」として、「金銭、物品その他の財産上の利益もしくは公私の職務の供与をし、もしくはその供与の申し込みもしくは約束を」することや、「その者またはその者と関係のある社寺、学校、会社、組合、市町村等に対する用水、小作、債権、寄付その他特殊の直接利害関係等を利用して憲法改正案に対する賛成または反対の投票をしないことに影響を与えるに足りる誘導をしたとき」など、きわめて不明確な要件をもとに広範な規制を行う内容であり、まさしく罪刑法定主義に反するものであって、それ自体が憲法に違反して許容されないものである。
要件が曖昧なときには、権力による恣意的運用がなされ、国家権力とは反対の意見をもつ側に打撃を与える運用がなされる恐れがある。つまり、憲法改正に対する意見を表明することだけを理由に、恣意的な検挙がなされる危険すらあるのである。鹿児島で起きた公選法違反事件は、まだ審理中であるので断定することは許されないが、少なくとも被告側の主張によると、恣意的に刑罰法規が適用されたということであり、このような警察の違法な行為が全国的に起きたときの弊害は恐るべきものがある。
このような規定は設けられるべきではない。
(4) 投票日直前の放送規制について
与党案と民主党案によれば、投票の7日前からテレビとラジオを利用した広報活動を「政党等」──公報協議会に届け出た1人以上の国会議員が所属する政党・政治団体 ─── に限っており、国会議員のいない政治団体や市民によるものは禁止されている。
そもそも国政選挙においてさえ投票日の放送しか規制されていないのに、国の根幹を定める憲法改正についてこのような規制を設けることは無用に規制を強化するものであり、テレビやラジオの影響力の大きさを考慮した規定であっても合理性がないと言わざるを得ない。
むしろ、投票日の直前は憲法改正に関する議論がもっとも活発になされることが予想されるのであり、このような大切な時期にテレビやラジオを用いた広報活動を禁止することは、国民の自由な表現活動を抑圧するものであり、憲法に明らかに抵触するものと言わざるをえない。
また、主権者たる国民の自由な意思形成を尊重すべきという観点、すなわち憲法改正案の是非への参画という主権行使のもっとも重要な場面における投票行動を意味あらしめるべきという観点から見ても、軽々しく見過ごすことのできない重大な問題のある規定である。このような規定は削除されるべきである。
3 中立公正な情報提供
(1) 広報協議会の委員の構成について
最高法規である憲法の改正について、主権者である国民の意思が自由に形成され、それが正確に反映させなければならないことは再三くり返しているとおりである。そして、国民の意思を正確に反映する前提としては、まず、国民に対して、憲法改正案についての正確な情報が公平・平等に提供されることが必要不可欠である。そのうえで、多様な意見を自由に議論できるためには、単にメディア規制をしないという消極的な施策だけでなく、財力にものをいわせた広報活動による、流通する意見のかたよりを避けるための、積極的な情報提供のシステムが必要である。
この点、与党案も民主党案も、憲法改正案の広報事務を行うために、いずれも広報協議会を設置することとしており、その必要性については十分理解できる。
しかしながら、この広報協議会の構成については重大な問題点が存する。つまり、与党案・民主党案のいずれも、構成する委員は各議院における各会派の所属議員の数をふまえて選任されることになっている。
しかし、現在の国会議員は、憲法改正を争点として選任されているわけではないから、このような構成は、憲法改正問題についての民意を反映しているとは言いがたいものである。すなわち2005年の衆議院選挙では、前記のとおり郵政民営化の是非をほとんど唯一の争点として国会議員が選出されているのであり、この構成を憲法改正の議論にそのまま反映させることに合理性があるとは必ずしも考えられない。
また、憲法改正の発議に各議院の総議員の3分の2以上の賛成が必要である以上、広報協議会の委員を各会派の所属議員数に比例させてしまうと、広報協議会委員の圧倒的多数が、憲法改正賛成派で構成されてしまい、公的な広報機関から国民に対して提供される情報が、憲法改正賛成に有利な方向にかたよってしまう。
そもそも、公的な広報機関である広報協議会にもっとも必要とされることは、現行の条文と改正案の問題点の有無を、国民に対して的確に提示することである。そして、問題点を的確に提示するためには、賛成派と反対派の意見を十分に流通させることが必要不可欠であり、そのためには、広報協議会に改正賛成派・反対派の委員が公平になるよう同数選任される必要がある。
この点、前記アンケートにおいても、過半数が広報協議会の委員に改正賛成派と反対派に同数割り当てるべきと回答している。
したがって、憲法改正案広報協議会の委員は、各議院における各会派の所属議員の人数によって選任するのではなく、改正賛成派と反対派について同数になるよう選任すべきである。
(2) 無料放送・新聞広告枠の政党への配分率について
憲法改正に対する賛成・反対意見の広報については、現代社会においてマスメディアを通じた広報がきわめて重要な意義を有している。
この点、与党案も民主党案も、「政党等」が「広報協議会の定めるところにより」、無償で、ラジオ、テレビの放送による広報活動、新聞広告を行うことができると定めている。そして、憲法改正案についての政党等による放送、新聞広告において、放送時間や紙面の広さは所属議員の人数をふまえて定めるとされている。
しかし、これでは、前述のとおり、政党等による放送や新聞広告の多くが憲法改正賛成派の主張にさかれてしまうことになり、不公正と言わざるをえない。国民が憲法改正案の是非を適切に判断するためには、改正賛成派と反対派の両者の意見を十分に知ることが必要不可欠である。したがって、政党等の意見表明のための放送時間や紙面の大きさは、各議院における各会派の所属議員数にとらわれることなく、改憲賛成派と反対派に等しく割り当てるべきである。
この点、前記アンケートでも、56.3%が、政党等の意見表明のための放送時間や紙面の大きさは、改憲賛成派と反対派に等しく割り当てるべきだと回答している。
なお,国民投票制自体が、議会を通じた間接的な意思の反映ではなく、主権者国民の直接的な意思の反映を保障するものであることを考えると、そもそも無料の広報枠を与えられる主体が政党等だけに制限されることに十分な根拠はない。
したがって、無料放送・新聞広告枠を政党等以外の団体や、市民にも与える制度の導入も検討されるべきである。
4 投票結果への国民の意思の正確な反映
(1)発議方法と投票方法について
発議方法と投票方法について、与党案は、「内容において関連する事項ごとに区分して」憲法改正原案を発議し、その「国民投票に係る憲法改正法案ごとに」一人について1票を付与するとしている。これについては民主党案も同様である。
そもそも、憲法改正に関する国民投票は、主権者である国民が国の最高法規である憲法のあり方について意思を表明するという国政上の重要問題である。そうであれば、できるだけ広範な国民の意見が正しく反映されるべきである。こうした観点からすれば、提案されている個別の改正条項ごとに、国民の賛否の意思が正確に表すことができる機会が保障されなければならない。よって、個別の条文ごとに発議され、それに対して投票する方法を原則とすべきである。
もっとも、その原則を貫けば、条項同士が相矛盾し整合性を欠くことがあるかもしれない。しかし、国民意思の正確な反映のためには、むやみに一括投票を認めるべきではない。整合性を欠くことが明らかな場合に限って、例外的に許容されると解すべきである。
この点、与党案と民主党案も、「内容において関連する」と言えさえすれば広範に一括投票を認めることになるので不十分である。また、「内容において関連する事項」の選択について、発議者である国会の無制限な裁量に委ねられることになる点においても不当である。
(2) 憲法96条1項の「『その』過半数の賛成」の意味について
憲法96条1項の「『その』過半数の賛成」の意味について、与党案では「有効投票の総数」の過半数の賛成があれば足りるとしている。対して、民主党案では「投票総数」の過半数の賛成が必要であるとする。
与党案のように「『有効投票総数の』過半数の賛成」と解すると、たとえば投票率45%で有効投票率がその85%であるとき、19%をこえる賛成がありさえすれば憲法が改正されることになる。すなわち、全有権者のわずか5人に1人の賛成意見で憲法改正ができることになる。
憲法改正に関する国民投票ではできるだけ広範な国民の意見が正しく反映されるべきであることからすると、与党案のように,わずかな国民の意思によって憲法を改正できることを認めるのは問題である。
近時は、多くの憲法学者も「『投票総数の』過半数の賛成」と解すべきとして、与党案の見解には反対している(樋口・憲法?378頁、杉原泰雄・憲法?統治の機構514頁、野中他・憲法?386頁、辻村みよ子・憲法568頁)。
憲法改正においては、できるだけ広範な国民意思が正しく反映されなければならないこと、また最近みられる投票率の低さを考えると「『全有権者の』過半数の賛成」と解すべきである。前記アンケートにおいても、56%がこのように解すべきだと回答している。
なお、この見解に対しては、棄権するのも投票に行って否を投じるのもまったく同一になって不合理だという批判がある。しかし、棄権する行為も投票に行って否と投じる行為も、いずれも憲法改正案に対して異論を唱える行為である点においては同じであるのだから、同一に扱うことに何ら不合理性はないと考えられる。
(3) 最低投票率の定めの導入について
「『全有権者の』過半数の賛成」と解さないときには、最低投票率を導入するかどうか,その是非が問題となる。本意見書は「『全有権者の』過半数の賛成」と解する立場であるが、念のため言及する。
与党案は、憲法96条が予定していないこと、また「棄権運動」が展開されるなど国民投票をいたずらに複雑なものとするおそれがあることなどを理由として、導入に反対している。しかし、「棄権運動」も、憲法改正案に反対する国民の正当な表現の自由の行使であって、それをもって導入を否定すべき理由とはなりえない。
むしろ、憲法改正を最終的に決定できる国民の意思をなるべく正確に反映するためには、最低投票率の制度を導入すべきである。アンケートでも69%が導入すべきと回答している。
最低投票の率としては、なるべく多数の国民意思を反映させるために、少なくとも60%は必要である。前記アンケートでも48%がこれに賛同している。
(4) 投票用紙の記載方法について
仮に憲法96条1項について「『有効投票総数の』過半数の賛成」と解したときには、投票用紙の記入方法によってその結論が左右される。このような問題意識をふまえて、与党は、賛成は○反対は×と記入させる方式を、民主党は、賛成は○、その他は白票とさせる方式を提案している。
与党案の方式によると、「有効投票総数」は、投票総数から無記入の票数が除かれることになる。とすれば、前記(2)で指摘したのと同じく、わずかな国民の意思によって憲法を改正できることを認めることになり問題である。
民主党案のようにすると、実質的には96条1項について「『投票総数の』過半数の賛成」と解したのと同様の結果となるので、せめてこのようにすべきである。
当意見書は、96条1項について「『全有権者の』過半数の賛成」と解する立場であるから、記載方法によって結論は左右されない。しかしながら、積極的に賛成を示す人数の把握が把握できれば足りるのであるから、民主党案と同様にすべきである。
(5) 投票年齢について
与党案では一般の選挙と同様に満20歳以上の者に投票権を認めるにとどまっているのに対して、民主党案では満18歳以上の者に投票権を認めている。
憲法改正に関する国民投票では、できるだけ広範な国民(ここでいう国民に未成年がふくまれるのは当然である)の意思が反映されるべきことからすれば、与党案では不十分である。一般の選挙権ですら満18歳以上の者に認めるのが世界の趨勢であることからも、その不当性は明らかであろう。
憲法改正という国のあり方の根幹にかかわる重要な意義をもつ問題についての国民投票を実施しようというのであるから,できるだけ広い国民意思が反映されるよう、18歳以上の者に投票権を認めるべきであり、あわせて未成年者の一般的な選挙における投票権についても引き続き議論が尽くされるべきである。
5 投票の瑕疵に対するな司法的救済について
国民投票無効訴訟に関しては、与党案にも民主党案にも、いずれも重大な問題点がある。
まず、両案ともに、提訴期間を結果の告示の日から30日以内としているが、憲法改正というきわめて重要な事項に関する提訴期間としては短期にすぎるというべきである。
また、管轄裁判所を東京高等裁判所に限定する点も重大な問題である。
地方での投票手続き等に瑕疵があった場合に、管轄の問題や、提訴期間の問題のために、実質的には無効であっても、それをただすことが保障されないという不合理を避けるためには、当然に九州をふくめた地方においても提訴できるよう管轄が認められるべきである。
また、国民投票の無効事由に関して、両案とも、?国民投票の管理執行機関による違反、?多数の投票人が自由な判断による投票を妨げられたと言える重大な違反、?賛成投票数または投票総数の確定を誤り投票結果に異同を及ぼすおそれがあるとき、の3点に限定しているが,これだけでは足りないというべきである。
日本国憲法の改正には限界があり、基本的人権の保障、国民主権そして平和主義などの日本国憲法の中心原理を憲法改正という手続きで変更することは改正権の限界を超え無効とされている。憲法前文は、「われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する」としてこの趣旨を明らかにしており、この点については、与野党とも意見が一致しているところである。
したがって、少なくとも、改正権の限界を超えた憲法の根本的変更のおそれがある場合が無効事由として加えられるべきである。
そのほかにも、無効事由の有無、訴訟が提起された場合の効力、確定時期、効力発生の停止等については、十分な議論がなされておらず、さらに慎重な検討が必要である。
6 まとめ
これまで述べてきたとおり、日本国憲法の改正のための国民投票法案をめぐっては、与党案にも民主党案にも、重大な問題点がいくつも認められるところである。
周知のとおり、日本国憲法は、その前文において、「そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであって、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理である」とし、憲法が人類普遍の原理にもとづくものであって、これに反する憲法を排除すると高らかにうたっている。国民投票法案の是非を論ずるときにも、このような観点がいささかも没却されることのないことを願うものである。
当会は、今後なされるであろう審議にあたって、本意見書の提起した内容が参考とされ、国会の内外で議論が深まっていくことを大いに期待するところである。

以上

犯罪被害者等基本計画に定める施策に関する意見照会(日弁連法2第72号)に対する意見

カテゴリー:意見

2006年10月13日
日本弁護士連合会 会長 平山正剛 殿
福岡県弁護士会 会長 羽田野節夫
日弁連法2第72号の「犯罪被害者等基本計画に定める施策に関する意見照会について」について,次のとおり意見を述べる。
第1 意見の趣旨
損害賠償に関し刑事手続の成果を利用する制度,及び犯罪被害者等が刑事裁判に直接関与することのできる制度(犯罪被害者等が在廷する制度,犯罪被害者等が被告人に対する質問を直接行うことを許す制度)は,いずれも導入すべきではない。
第2 意見の理由
1 損害賠償請求に関し刑事手続の成果を利用する制度(以下「被害回復命令申立制度」という)(本意見照会第2の1)について
(1) 被害者等の民事上の損害回復について,被害者等の負担を軽減する観点から,被害者が刑事訴訟に附帯して損害賠償等の財産上の請求を行うことができる制度(附帯私訴)や,刑事裁判所が被告人に対して被害者への被害物品の返還や損害賠償を命ずることができる制度(損害賠償命令)を導入すべきとの考え方があり,今回,法制審議会で導入が検討されるとみられる制度は後者の制度と思われる。
(2) しかしながら,このような制度には,日本弁護士連合会の2005年6月17日付の「犯罪被害者等の刑事手続への関与について」と題する意見書(理事会決議)で指摘した問題点があることは現在も変わらず,法制審議会で検討されるとみられる被害回復命令申立制度についてもそのまま妥当する。
すなわち,附帯私訴については「刑事裁判と民事裁判における手続に相違点(証明の程度,過失相殺などにおける立証責任の所在,自白法則,控訴審の構造等)があり,同一の手続で行うことに困難を生じる。また,附帯私訴の申立人という当事者が増え,争点も増加するため,被告人側の防御の負担が増大し,訴訟が遅延するおそれがある。憲法上保障された被告人の迅速な裁判を受ける権利(憲法第37条第1項)が損なわれ」るおそれがある。
また,損害賠償命令についても「刑事裁判で取り調べた証拠の範囲内で認められる損害額のみで命令を発するものとすると,被害者は別途民事訴訟を提起し残額を請求しなければならず,被害の実態に即した有効な救済となり得ない一方で,民事訴訟と同様に損害額の認定を行うものとすれば,民事上の争点が刑事裁判に持ち込まれ,刑事裁判の遅延を招くなど,附帯私訴と同様の問題が生じる」。
上記に加えて,被害回復命令申立制度には,以下に述べるような問題があり,その導入を認めることはできない。
(3) 予断排除原則,無罪推定原則違反のおそれ
犯罪被害者等が,損害賠償を請求するという事実それ自体によって,被害が存在したことについての予断や偏見を裁判官(及び裁判員)に与えるおそれがある。
この制度骨子によれば,申立人は,申立書に,申立ての趣旨,損害額の内訳程度を記載することとし,裁判所に予断を生じさせるおそれのある事項を記載することが禁じられるとされているが,申立書中の損害の内容や額の記載自体が,犯罪があったことや,甚大な損害が発生したことについての予断を与えるおそれがあり,無罪推定の原則に反する。
ことに,被害回復命令の申立を,刑事裁判の判決宣告前の段階でも認めるとすれば,この申立書の記載が刑事裁判の判決宣告に影響を及ぼす可能性は排斥できない。
さらに,2009年から施行される裁判員制度の下では,この可能性は顕著である。
(4) 刑事訴訟手続が長期化するおそれがある
これまでの刑事訴訟手続においては,被害者側の落ち度の有無が問題になることはあったが,この被害回復命令申立制度の下では,被害者の過失に関する過失相殺の割合が大きな争点となることが予想される。
被告人及び弁護人としては,審理が刑事訴訟記録を利用して行われることになるため,その判決後に審理が予定される損害賠償請求についての審理で争点となる損害賠償の額に影響する可能性がある事項を強く意識して刑事訴訟の審理に対応せざるを得ないから,新たな負担を課せられることにもなる。
また弁護人としては,犯罪被害者等を証人として尋問する際に,刑事訴訟の争点ではない場合であっても,被害者の過失割合等についての詳細な尋問をせざるを得なくなり,その分,刑事訴訟が長期化する可能性が増大する。
犯罪被害者等も,詳細に被害者側の落ち度に関する尋問を受けて新たな二次被害を被る可能性もあるし,またそれによって被害感情が悪化し,悪化した被害感情等を立証するために証人請求がなされる等の可能性もあり,刑事裁判の審理が長期化する等のおそれがある。
(5) 損害賠償請求の審理における被告人の防御権が十分に保障されていないこと
制度骨子によれば,刑事事件の有罪判決が言い渡された後に,損害賠償請求の審理を行うことが予定されている。
その時点では,刑事事件の弁護人としての職務は終了していることになる。そこで、国選弁護人が選任されていた場合には,経済的等の理由から,多くの被告人は損害賠償請求の審理についての代理人を選任することは困難であり,本人訴訟の形で対応せざるを得ない。
しかも,現在,刑事施設に収容されている被告人は,民事訴訟の全ての審理に出頭することは認められていないから,被告人は,損害賠償請求の審理の全部又は一部に出頭できない可能性が高い。
その結果,国選弁護人が選任されていた被告人については,損害賠償請求の審理について,その代理人を選任することができないばかりか,自ら出頭することもできないまま審理が行われることになる可能性が高い。
しかし,それでは,被告人は,損害賠償請求の審理についての防御権が実質的に保障されず,ひいては裁判を受ける権利(憲法32条)が侵害されると言わざるを得ない。
(6) 被害回復命令申立制度の対象事件が相当な範囲で裁判員対象事件と 重なりあうであろうことから予想される混乱
被害回復命令申立制度で対象とされる事件は殺人等の重大な事件であることが予想されるが,これらの事件は,ほとんどが,裁判員対象事件である。裁判員対象事件はすべてが公判前整理手続に付されることになる(裁判員法49条)。
ところが,これが同時に被害回復命令申立の対象事件となることが予想されるから,公判前整理手続によって主張と証拠の整理が行われた後になって,被害回復命令で争点となる被害額の算定に関する事実の有無等が刑事裁判の審理において争点となることにならざるをえない。なぜなら,損害額の算定については,刑事裁判で証拠となった証拠がそのまま証拠となることが予想される以上,刑事裁判の審理において,その点(被害者の過失割合等)が争点になるからである。
そのような事態は,公判前整理手続で争点と証拠を整理して審理計画を策定したにもかかわらず,審理が計画通りに進まず,公判前整理手続を設けた趣旨を大きく没却することになるおそれがある。
(7) まとめ
以上から,被害回復命令申立制度は裁判官や裁判員に予断や偏見を与え,無罪推定の原則に反するとともに,被告人及び弁護人に新たな負担を課し,被告人の防御権が実質的に保障されない。かつ,裁判員制度を導入し,その審理の充実ために設けたとされている制度(公判前整理手続等)の意義を喪失させてしまうことにもなる。
のみならず,このような制度は,刑事裁判の混乱と長期化,ならびに刑事裁判手続に私的な感情的応酬を招くことになり,被害回復の労力を軽減し,簡易迅速な手段によって被害回復を実現するという目的からもかけ離れた事態を惹起するおそれが大きい。
よって,このような制度は導入すべきではない。
2 犯罪被害者等が刑事裁判手続に直接関与することのできる制度(在廷,被告人質問)(本意見照会第2の2)について
(1) この制度導入についての当会の意見は既に2004年8月19日付の「犯罪被害者の刑事手続参加の是非に関する意見」として日弁連に提出している。
現在においても,当会の意見に変更はなく,このような制度の導入はすべきではないと考える。
すなわち,被害者等の在廷,被告人質問を認めることは,刑事訴訟の基本構造や無罪推定原則を根幹から崩すことになり到底容認できない。
(2) このことは,2009年から施行される裁判員裁判において顕著である。すなわち,本来証拠となりえないはずの被害者等の表情,態度,言動(発問等)が,初めて刑事訴訟に関与する裁判員の情緒に強く影響し,証拠に基づいて冷静に判断されるべき事実認定や量刑に対し大きな影響を与え,適正な事実認定,量刑が維持できないおそれが大きい。
すなわち,初めて刑事裁判を経験する裁判員は,被害者等が検察官の横に在廷するというだけで極めて強いインパクトを受ける。裁判員は事件によっては衝撃的な犯罪報道にも接しているのであり,被害者等が在廷するだけで,被害者等に同情し,その裏返しとして被告人が真犯人であると考える危険性は免れない。すなわち,被害者等の在廷それ自体で証拠に基づかずに被害の立証がなされたことと同じ効果がある。
さらに,被害者等が被告人に対し発問することは,裁判員の面前で被害者等の肉声として発せられることから,裁判員(裁判官に対しても)に強烈な印象として残る。しかし,被害者等の発問自体は何らの証拠にならないはずにもかかわらず,裁判員は被害者等の発する発問の中に込められた事実関係の主張や感情によって大きく影響を受け,それによって心証を形成してしまうおそれが極めて大きい。
(3) さらに,付け加えれば,被害者等の在廷や被告人質問は,被告人にとっては相当な威圧感を受け,その結果,被告人は萎縮してしまって,自由な供述(特に,被害者の落ち度等)を妨げ,被告人の防御権を大きく侵害することになる。
(4) 法制審議会において検討することが予想される制度骨子によれば,「被害者の意見陳述制度に資する範囲で」と限定が付されているようであるが,被害者等が被告人質問で求めているのは,「事実はどうだったのか」,「被害者に対してどう思っているのか」等という,被告人の内心の情報ないし感情等を聞き出すことであり,この限定はほとんど実効性がない。
(5) 以上から,被害者等の在廷,被告人質問は絶対に認めるべきではない。
3 結語
以上述べたとおり,本意見照会で求められた「新制度導入の是非」については,いずれも刑事訴訟手続の根幹を侵害するものであり,当会としてはいずれの制度の導入についても強く反対するものである。
以上

要望書(労働審判制度の運用に関して)

カテゴリー:意見

最高裁判 所 長官 殿

福岡地方裁判所 所長 殿

福岡地方裁判所小倉支部 支部長 殿

福岡県弁護士会 会 長 川副 正敏

同・個別労働紛争問題プロジェクトチーム

座長 市川 俊司

要望の趣旨

労働審判制度の運用に関して、地方裁判所の主要な支部、ことに福岡地方裁判所小倉支部における施行当初からの実施を要望いたします。

要望の理由

1 労働審判制度は、2006(平成18)年4月から全国の地方裁判所で実施が予定されています。申すまでもなく、この制度は、労使各1名の労働審判員2名と労働審判官(裁判官)1名の3人合議制により、個別労働紛争を3回期日で調停又は審判で解決しようとするものです。

これは、近時個別労働紛争が多発しているにもかかわらず、多くの労働者が必ずしも迅速で適切な司法的救済を得られずにいるという現状を改善し、個別労働紛争を簡易迅速かつ適確に処理するために設けられたものであり、司法制度改革の一環として、国民に身近で開かれた裁判所を実現し、もってわが国における法の支配を徹底せんとする画期的な制度です。

2 ところが、その実施を間近にして、聞くところによりますと、法令上、労働審判の実施は地方裁判所の本庁に限定する定めはないにもかかわらず、運用として、施行当初は本庁だけでの実施を予定しているとのことです。そうすると、地方裁判所の支部では当面労働審判制度が行われないことになります。

3 しかしながら、労働審判制度の上記趣旨に照らすと、全国各地の労働者があまねくこの制度を利用できるようにするため、地方裁判所の本庁に限定することなく、合議体のあるすべての支部において広く実施されるべきであると考えます。

仮に当面はこれらの支部全部で実施することが事実上困難であるとしても、地域によっては本庁に匹敵ないし準ずるような大規模な支部が存在しており、少なくともこれらの支部では行われるべきであると思料いたします。

とりわけ、当地に所在する福岡地方裁判所小倉支部は、全国の各地方裁判所本庁と比較しても、配置されている裁判官・書記官等の職員数や処理事件数等の点において、上位10位に入るほどの大規模な裁判所であり、同支部を労働審判制実施庁から除外する理由は全くないと思われます。しかも、福岡地方裁判所における労働側の労働審判員予定者15名のうちの6名は北九州・京築地域の居住者であり、使用者側の労働審判員予定者も15名中4名が同地域の居住者で占められていると聞いております。

このように、福岡地方裁判所小倉支部は労働審判制度を当初から実施する人的物的資源が十分に整っていると考えられます。

他方、同支部で当初から労働審判制度を実施しないということになると、当分の間(その期間は不明です)、北九州・京築地域の多くの労働者が簡易迅速な労働審判制度を事実上利用できないということになります。これは労働審判制度の趣旨を著しく減殺するものと言わざるを得ません。

4 よって、労働審判制度について、2006(平成18)年4月の施行当初から、地方裁判所の本庁だけではなく、少なくとも主要な支部、ことに福岡地方裁判所小倉支部においても実施されるよう強く要望いたします。

以 上

ハンセン病の患者であった人々の人権を回復するために(要望)

カテゴリー:意見

福岡県知事 麻生 渡 殿

福岡市長 山崎 広太郎 殿

北九州市長 末吉 興一 殿

福岡県弁護士会 会長 川副 正敏

貴職におかれましては、日ごろ住民の福祉向上のために多大の尽力をしておられることに敬意を表します。

さて、当会は常議員会の議に基づき、貴職に対して以下のとおり要望いたします。

要望の趣旨

ハンセン病の患者であった人々の人権を回復するために、下記のとおり、生活支援相談窓口の設置とハンセン病に対する偏見・差別解消策の一層の充実を図るよう要望いたします。

  1. ハンセン病療養所退所者の生活全般を支援する相談窓口を設置すること。
  2. ハンセン病政策によって形成された偏見・差別を除去するために、特に以下の視点からその解消策を一層推進すること。
    1. 偏見・差別解消策の実施においては、強制隔離などの過去の誤ったハンセン病政策が未曾有の人権侵害を引き起こし、継続させたことにも言及すること。
    2. ハンセン病問題の歴史や国・社会の責任などについて市民に周知させること。
    3. 市民が簡単に入手できるパンフレット、視野に入りやすく分かりやすいポスターを作成するなどして広報活動を拡充するとともに、理解しやすく感銘力の強いドラマやドキュメンタリーなどの番組制作を具体化すること。
    4. ハンセン病問題に関する人権教育の取り組みを積極的に支援し、教材作成、教育実践例の紹介など様々な教育情報を提供すること。
    5. ハンセン病の患者であった人々と市民、とりわけ生徒、学生らが交流する場を積極的に設けること。
要望の理由

らい予防法違憲国家賠償請求訴訟に関する2001(平成13)年5月11日の熊本地方裁判所判決から4年余りが経過しました。

ところが、医療体制・生活支援体制の不備、根深い差別偏見の継続など、ハンセン病の患者であった人々の人権はなお十分に回復されていない現状にあります。

この点は、本年3月1日に公表されましたハンセン病問題に関する検証会議の最終報告書(以下「検証会議最終報告書」という)でも明らかにされています。これらを受けて、日本弁護士連合会は、本年9月28日付で、別添のとおり、国に対し、2001(平成13)年6月21日に続いて、再び「ハンセン病の患者であった人々の人権を回復するために」と題する勧告をしたところです(以下「日弁連勧告」という)。

日本弁護士連合会並びに当会としては、ハンセン病患者の強制隔離政策とこれによる深刻な偏見・差別の作出・助長を看過してきた法曹の責任を自覚しつつ、今後とも、関係諸官庁その他の機関・団体とも連携しながら、ハンセン病問題の早期かつ全面的解決に向けて真摯な努力を続けていく所存です。

とりわけ、ハンセン病の患者であった人々の高年齢化が進む中で、福岡県にお住まいであったり、あるいは福岡県出身で帰郷を希望されている方々が当地で安心して生活していけるようにするための諸施策を講ずることは喫緊の課題です。

御庁におかれましても、これまで啓発ポスターの配布、里帰り事業の実施、リーフレットの作成・配布、講演会やシンポジウムの開催、人権・同和教育ビデオの配備、人権教育研修会の実施等をしておられると承知しております。

しかしながら、日本におけるハンセン病強制隔離政策は極めて長期かつ過酷なものであり、ことに、1931(昭和6)年の癩予防法制定を経て1930年代から戦後の1950年代までの長期間にわたって全国で展開されたいわゆる「無癩県運動」では、各県からハンセン病患者を徹底的に排除するために、強制的に不必要な消毒をしたり、列車に「ライ患者用」と赤書するなど、地域住民に科学的根拠のない恐怖心と偏見を植え付ける様々の方法がとられてきたところです(検証会議最終報告書171〜187ページ、大谷藤郎『らい予防法廃止の歴史』121〜135ページ)。しかるに、今日に至るまでこの政策全体が根本的に誤りであったことの周知徹底がなされていないこともあって、偏見・差別の除去が未だ十分とは言い難い状況にあるのは否めません。

そこで、当会は御庁に対し、かつて地方行政機関として上記のような「無癩県運動」の推進に関わるなどして自らも国の政策を実行し、偏見・差別の作出・助長を担ったという責任を十分に踏まえられたうえで、別添・日弁連勧告の2項、3項にもありますように、頭書のとおり、生活支援相談窓口の設置とハンセン病に対する偏見・差別解消策の一層の充実を要望いたします。

以 上

別添・日弁連報告書(略) (日本弁護士連合会ホームページ「主張・提言」に掲載)

法の日週間に寄せて 〜裁判員が司法を変える〜

カテゴリー:意見

福岡県弁護士会 会長 川副正敏
裁判員制度 10月1日を「法の日」と定めたのは、1928(昭和3)年のこの日、日本で陪審員による裁判が始まったことに由来する。
 陪審員制度は、それから15年後、戦時体制下で停止されたが、60年余りを経た今、裁判員制度という形で国民の司法参加が実現し、4年後の2009(平成21)年5月までに実施される。
 選挙人名簿を基に作成した候補者名簿からくじで選ばれた6人の裁判員が殺人などの重大事件の裁判の審理に参加し、3人の職業裁判官と同等の立場で有罪・無罪と量刑を決める裁判員制度。一生のうちで裁判員になる確率は約67人に1人と言われている。
国民の司法参加制度は、欧米諸国だけでなく、韓国でも検討が進められるなど、今や世界的潮流である。
 公正な裁判を通じて、犯罪者には適切な刑を科す一方、「疑わしきは被告人の利益に」の原則の下、無実の人を誤った裁判で処罰するようなことは決してあってはならない。これは近代共同体の基本的な正義である。そして、成熟した民主主義社会では、その実現は法律のプロ任せにするのではなく、良識ある判断力をそなえた市民の責務であり、崇高な権利でもある。
 それが裁判員制度の根底にある理念だ。
 市民が裁判に参加することで司法も変わるし、変わらなければならない。迅速で充実した分かりやすい裁判の実現は当然である。
 特に重要なことは、警察官や検察官が起訴前の取り調べで作成した供述調書、ことに取調室という密室での自白が重視されてきたこれまでのような刑事裁判は、裁判員制度の下ではもはや維持できなくなる。裁判員裁判は、公判廷で直接見聞きする証言と客観的証拠に基づく裁判を押し進めることになるだろう。
 そのためにも、取調室の中でのやり取りを客観的な記録に残すこと、すなわち取調過程の録音・録画の導入が強く求められる。
 市民である裁判員がプロの法曹と協働して正義を実現する、それを表すのが二つの輪から成る裁判員制度のシンボルマークだ。\n(10月6日読売新聞朝刊より)

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