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提携リース契約を規制する法律の制定を求める意見書

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                     2011年(平成23年)9月8日
                        福岡県弁護士会
                         会 長  吉 村 敏 幸
意見の趣旨
第1 提携リース契約において,不適正,違法な勧誘ないし契約内容による被害が多発している状況に鑑みて,これを適切に規制する下記の立法措置を早急に行うことを求める。
1 民事法の規定
(1)サプライヤーによる詐欺,不実告知,違法行為がリース会社が行ったものと同視し,リース契約における取消原因となるなどの規定の創設
(2)不実告知等一般民事法より立証負担の軽減された取消権の創設
(3)クーリングオフ制度の創設
(4)リース料がリース物件の市場価値に対して著しく高額なリース契約の取消権の創設
2 行政規定
(1)提携リースを行うリース会社及びサプライヤーの登録制
(2)リース会社のサプライヤーに対する管理義務
(3)リース料がリース物件の市場価値に対して著しく高額でないか調査する義務
(4)リース契約の書面交付義務,説明義務
(5)これらの義務に違反していないか,報告義務を課し,行政の立入調査,義務違反の場合の行政命令の創設
第2 法制審議会における民事(債権)法改正の検討作業において,提携リース被害について考慮しないまま,ファイナンスリースが典型契約として規定されることのないよう十分慎重に議論を行うことを求める。
意見の理由
1 提携リースとは
 本来,リース契約は,設備投資のために資金を必要としている企業(ユーザー)にとって,資金調達手段のひとつとなりうるという社会的機能を有している。すなわち,設備投資を検討するユーザーは,借入など様々な資金調達手段の中から,リース契約をもっとも適切なものとして積極的に選択し,物件の選定,リース料率などの契約条件を,リース会社,物件の販売事業者(サプライヤー)との間で,対等な事業者同士の交渉の中で行い,契約内容を決定する。
  これに対し,提携リース契約は,上記のような本来のリース契約とはまったく事情を異にする。
  提携リース契約とは,一般的に以下のような契約締結過程をたどる。
  まず,リース会社とサプライヤーは,業務提携契約を締結する。サプライヤーは,リース会社に代わり営業活動を行い,ユーザーが契約に同意した場合は,予め定型書式として用意されているリース契約書にサインさせ,事後的にリース契約が申込を承諾することにより契約が成立する。リース会社は,営業活動を全面的にサプライヤーに任せており,この段階でリース会社がユーザーと接触を持つことはなく,ユーザーからの契約の申込みの受付も上記の方法でサプライヤーに代行させている。この様に,リース会社は,営業行為(勧誘行為)及び契約締結に必要な手続の多くをサプライヤーに依拠しており,このようなサプライヤーの活動を利用して,利益を得ている。多くのリース会社が,サプライヤーと業務提携契約を締結した上で,上記のような営業を行っており,ひとつのビジネスモデルとして,定着している。
2 提携リースの特徴
  提携リースの特徴として,
  ①ユーザーには,資金力,情報収集力,契約交渉能力に乏しい小規模零細事業者が多い。
  ②勧誘行為,物件,契約内容の説明等は,もっぱらサプライヤーが行い,ユーザーが契約の申し込みをするまでは,リース会社との接触がない。
  ③ユーザーから積極的に希望して契約にいたるケースもあるが,被害事例においては,サプライヤーがユーザーを訪問することにより契約交渉がスタートし,サプライヤーの勧誘に応じる形での契約締結が多い(訪問販売が多い。)
  ④リース物件は汎用品である。
  ⑤被害事例においては,リース物件の市場価格に対して,リース料が高額であることが多い。
3 提携リースが被害の温床となりやすいこと
 以上のような提携リースの特徴から,被害の温床となりやすい。
  すなわち,被害事例においては,提携リースは,訪問販売で行われることが多いので,ユーザーとしては,当初は当該物件のリースを積極的に望んでいなかったのに,セールストークでその気にさせられ契約にいたる。このセールストークの中に詐欺文言があり,だまされて契約に至ることがある。そして,多くは,中小零細起業者であり,資金力,情報収集力,契約交渉力は,一般消費者と変わらず,知識の不足から,リース料が適正か,リース物件が適切なものかという判断もできず,詐欺文言を見破れず,不要なもの,割高なものをリース契約させられることが多い。資金力がないため,総額数百万円,月額数万円に及ぶこともあるリース料の支払いに苦しむケースがある。中には,事業者とは名ばかりで,ほとんど廃業したものや,事業はしているものの,もっぱら家庭用として使用する物件を事業用のリースとして契約しているケースすらある。
4 被害の実態
(1)上記の通り,提携リースは,被害の温床となっており,国民生活センターに寄せられた悪質なリース契約の相談事例件数は
   平成12年度 2618件
   平成13年度 3511件
   平成14年度 4853件
   平成15年度 5830件
   平成16年度 7352件
   平成17年度 8696件
   平成18年度 5498件
   平成19年度 3806件
   平成20年度 2972件
   平成21年度 2975件
  である。
   平成18年度以降減少傾向にあるが,これは,後述する経済産業省の通達や全国でリース被害弁護団が結成され,救済に当たった効果であるが,未だ決して少ない件数ではない。
(2)具体的な被害事例
  ア 電話機リース
    サプライヤーの従業員が,従業員は家族中心の数名の会社に訪問し,「現在使用している電話機は,もうすぐ使えなくなる。」とか,「某大手電話会社の関連会社である。」と偽り,電話機のリースの勧誘をした。その会社は,電話で営業をしたり注文を取ったりすることもまれで,一般の電話機で十分対応できる状態であったが,サプライヤーの「もうすぐこの電話機は使えなくなる。」との詐欺文言にだまされ,主装置とビジネスフォン数台のセットをリース期間5年,リース料総額100万円超のリース契約を締結した。あとで,電話機が使えなくなるとの説明は虚偽であることを知り,解約を申し出たが,リースなので中途解約は出来ないと断られ,必要もない主装置とビジネスフォンのセットのリース料の月々の支払いを強制されている。
  イ ホームページリース
    個人で飲食店を経営している人の下にサプライヤーが訪問した。ホームページでお店の宣伝をしてはどうか,通販も出来るようになるし,検索上位に来るようにするので,売り上げは倍増する,などと勧誘された。ホームページ作成ソフトを提供した上,ホームページの作成,更新,SEO対策などのサービスも行うといわれたので,自分ひとりでは不可能でも,そのようなサービスを行ってくれるのならホームページによる店の宣伝になり,売り上げも上がると誤信し,リース契約を締結した。しかし,契約書上は,リースの物件はソフトのみであり,市場価値が数万円しかないソフトのリース料総額は数百万円だった。ホームページ作成などのサービスもしてくれるということだったので,高額なリース料も了承して契約したが,その後そのサプライヤーは破産して消滅した。サービスが受けられなくなったため,リース契約の解約を申し出たが,リース物件であるソフトの提供は行っており,サービスはリース契約の対象ではないので,その不履行があってもリース契約には何の影響もない,と言われた。
5 被害予防に向けた取組
(1)経済産業省の通達
   この様な中,平成17年12月6日付で、経済産業省のホームページに、「悪質な電話機リース訪問販売への対応策について」と題するニュースが掲載された。その内容は被害実態の紹介ならびに、対策として特定商取引法の通達改正、業界団体への指導、相談窓口体制の整備及び個人事業者等に対する注意喚起であった。
   経済産業省は、上記ニュースリリース同日の平成17年12月6日、特定商取引法の通達改正(現平成19年4月12日付通達、以下同じ)を行った。
   まず、法2条関係の販売業者等の解釈等の明確化において、「リース提携販売」を例示し、「一定の仕組の上での複数の者による勧誘・販売等であるが、総合してみれば一つの訪問販売を形成していると認められるような場合には、(販売業者、リース業者)いずれも販売業者等に該当する」とし、提携リースにおいては、販売業者とリース業者の一体性が認められることを述べている。
   また、26条関係の営業のため若しくは営業としての解釈の明確化において、事業者名で契約を行っていても、事業というよりも主として個人用、家庭用に使用するためのものであった場合は、本法が適用される可能性が高いとした。
(2)リース事業協会に対する指導
   経済産業省は同日,殆どのリース会社が加盟している社団法人リース事業協会に対して「電話機等リース訪問販売に係る総点検等について」と題する文書を発し,傘下会員に「リース事業者において,電話機等リースに係る提携販売事業者の管理を厳格に見直す」ことを指導するよう命じていた。
(3)社団法人リース事業協会の対応
   社団法人リース事業協会は,いずれも平成17年12月6日付のニュース発表,特定商取引法通達改正及び「電話機等リース訪問販売に係る総点検等について」発布に対して,これらと同日付にて「電話機リースに係る問題事例の解消を目指して」と題する文書をホームページに発表した。 
   さらにその後も同協会は,平成20年9月24日に「小口提携リース取引に係る問題事例と対応について」,同年11月26日に「小口リース取引に係る問題事例の解消を目指して」,同21年4月22日から継続的に「小口リース取引に係る問題の解消を目指して-当協会の取組状況-」,平成23年1月26日に「小口リース取引問題の新たな対応策について」,平成23年3月28日にサプライヤー向け啓発資料「サプライヤーの皆様方へのお願い」と題する文書を発表している。これらの文書によれば,リース事業協会に対する苦情件数は,平成19年度が3,778件,平成20年度が4,249件,平成21年度が4532件,平成22年度が3524件であり,平成21年度まで増加しており,平成22年度になって減少しているものの,依然件数は多い。 
 また,同協会は対応策として,問題のあるサプライヤーに対して「取引停止」や「改善指導」を行っていることを件数と共に公表している。
(4)以上の通り,経済産業省,リース事業協会による取り組みが行われ,苦情件数は減っているもののまだ多数に上っている。
6 全国の弁護団の取組
  この様な中,全国で被害者弁護団の結成が行われ,全国一斉110番の実施,相談窓口の常設,具体的事例における交渉,訴訟による解決など被害救済の試みが行われている。
  福岡においても,福岡県弁護士会所属の弁護士有志により平成19年に被害者弁護団が結成され,同年2月と7月に110番を行い,また相談受付を常時行い,これまで約160件の相談を受け,うち約50件を受任し,交渉,訴訟における和解などにより,被害救済を行っている。
7 事後的救済の困難性(法的整備の必要性)
 以上の通り,被害事例について,事後的な被害救済が必要な状況であり,全国の弁護団によりこれに取り組んでいるところである。
  しかし,経済産業省の通達によりクーリングオフを行うなどの方法で解決できた事例がある一方で,事案により被害救済が難しいものも少なくない。
  被害救済が難しいことの原因のひとつが,リース契約が事業者通しの契約であることもあり,消費者契約のように救済のための法整備がされていないことにある。
  例えば,特定商取引法でのクーリングオフは,経済産業省の通達の事例以外(家庭用,個人用ではない場合)では適用除外にあたり,行使が難しい。
  消費者契約法の不実告知による取消などの規定も,消費者契約ではないとの理由から適用に疑義を呈されるため,一般法の詐欺取消規定によらざるを得ず,立証に困難を生じる。
  サプライヤーによる詐欺の立証に成功しても,リース契約は,サプライヤーとは別の法人格のため,サプライヤーの従業員による詐欺は,第三者による詐欺として,リース会社が悪意でないとリース契約の取消が難しい。経済的な効用は,割賦販売とほとんど変わらないのに,割賦販売法のように,サプライヤーの違法行為をリース契約の効力に影響させるような法制度がない。消費者契約法の媒介法理は,消費者性に疑問を呈され,直接適用には壁がある。よって,サプライヤーがリース会社の代理人に当たるなどの一般規定の適用を主張する必要があるが,立証が難しい。
  不法行為に基づく損害賠償請求による救済を目指すにも,実際に詐欺行為を行ったのはサプライヤーなので,リース会社の不法行為を主張するのは難しい。業務提携契約の存在,リース会社が営業および契約締結の手続きの多くをサプライヤーに依拠しているという関係から,共同不法行為,使用者責任等を追及するが,リース会社がサプライヤーの違法な勧誘行為の実体をどれくらい把握していたか,業務提携契約の実体は,内部事情のため,ユーザー側にはわからず,両者の関係はどのようなものかの立証は困難で,共同不法行為,使用者責任も簡単に認められるわけではない。
  サプライヤーの詐欺,不法行為が認められれば,サプライヤーに被害回復のための経済的負担をさせる形での解決は見込めるが,サプライヤーが小規模な会社のことも多く,既に破産,廃業しており,損害を賠償する能力がないことが多い。従って,資金力の豊富なリース会社において被害救済の責任を取ってもらうことが,リース被害救済の重要な点である。しかし,上記の理由により,リース会社に責任を負わせるのは,簡単ではない。
  以上の通り,現在,提携リース被害の多くの事例においては,事後的な救済を図るために民事法の一般規定以外に方法がないが,一般規定のみによる被害救済には多くの壁がある。
8 民法改正について
また,現在,法制審議会において,民法(債権法)改正に向けた議論がなされ,その中で,リース契約を典型契約に取り込もうという意見もある。しかし、提携リースには本意見書にあらわしたような問題があり、上記議論の中でも、この点を指摘する意見が出されているところである。従って,民法改正の議論において,このような提携リースの問題点という視点を取り入れて,これを解決するための何らかの法的規制の必要性について議論すべきである。このような視点を欠く改正となれば,リース契約に法のお墨付きが与えられたということにしかならず,かえって提携リース被害の救済にとっては,法制度の後退になりかねない。
9 まとめ
  以上の通り,提携リースが被害の温床となっている実態から,被害事例を事後的に救済できるようにするために,意見の趣旨記載の通りの民事法規の整備を求める。
  提携リースの被害者は,交渉能力,情報収集力において,一般消費者と同等の能力しかないので,消費者契約には認められている不実告知による取り消しなど,一般規定より立証負担が緩和された規定をおくべきである。
  その上で,不実告知や詐欺が認められる事例においては,リース業者がサプライヤーの営業活動により利益を得ているという報償責任の観点,契約に必要な手続のほとんどをサプライヤーに代行させているという実体から,サプライヤーの不実告知,詐欺行為がリース契約の法的効果に影響し,例えば取消ができるなどとする法規制を設けるべきである。
  また,多くの提携リース契約が訪問販売により行われているという実体からして,サプライヤーのセールストークを鵜呑みにすることなく,不適切な契約を排除する機会を与えるべく,クーリングオフの制度を創設すべきである。
  また,ホームページリースなど,ソフト等他の物件をリース物件としながら,実際には,それに伴うサービスの対価をリース料に転嫁させ,リース料が多額になっている事例もある。また,別のサービスの対価を転嫁させるものでなくても,リース料がリース物件の価値に見合わない高額なリース料になっているものも珍しくない。従って,この様な契約自体を防止するため,リース物件に見合わない高額なリース契約の締結を禁止し,これに違反した場合は,取消権を認めるべきである。
  また,提携リースが被害の温床になりやすいという点から,これを予防するため,意見の趣旨記載の通りの行政規定の整備を求める。
  まず,提携リースを行うリース会社,サプライヤーを登録制とし,違法な提携リースを行おうとする者を未然に排除すべきである。
  また,提携リースにおいては,リース会社がサプライヤーに営業行為,契約締結に必要な手続の代行をさせている点からして,リース会社にサプライヤーの管理責任を課すべきである。
  また,リース料がリース物件の市場価値に対して著しく高額である点は,提携リース被害の特徴であり,リース契約書から比較的調査が容易な事項であるので,リース会社にかかる調査義務を課し,これにあたる場合は,リース契約を禁止し,違反した場合は,取消を認めるべきである。
  また,提携リース被害の被害者の多くは,中小零細事業者であり,実際には一般消費者と同様に情報収集能力,契約交渉能力に乏しいのであるから,リース会社,またはその代行をするサプライヤーに,記載事項の法定された契約書面の交付義務を課し,かつ,契約書面の法定記載事項についての説明義務を課すことにより,ユーザーに契約内容を理解させ,提携リース被害を未然に防止すべきである。
  最後に,これらの規定の実効性を確保するため,監督官庁に対する報告義務,立入調査権,違反した場合の行政命令の規定を創設すべきである。
以上

福岡拘置所小倉拘置支所の現地建替えを求める要望書

カテゴリー:意見

2010(平成22)年8月6日

内閣総理大臣 菅 直人殿
法務大臣 千葉景子殿
法務省矯正局長 尾﨑道明殿
福岡県弁護士会
会 長  市丸信敏
福岡県弁護士会北九州部会
部会長  服部弘昭

   福岡拘置所小倉拘置支所の現地建替えを求める要望書

第1 要望の趣旨
   福岡拘置所小倉拘置支所(以下,「小倉拘置支所」という。)を現地にて建替えすべく,早急に予算措置を講じることを要望する。

第2 要望の理由
 1,当会は、平成7年2月に小倉刑務所跡地に刑務所・小倉少年鑑別所(現福岡少年鑑別所小倉支所)・小倉拘置支所の3施設を移転統合させるという「北九州矯正センター構想」(以下、「本構想」という)が発表されて以来、本構想に一貫して反対し、本構想の撤回および小倉拘置支所の現地建て替えを強く求めてきた。
 2,その後,平成21年6月に,当会の主張の通り,本構想に基づく小倉拘置支所の小倉刑務所跡地への移転が断念されたことにより,小倉拘置支所の建て替えの方法としては,現地での建て替えの方法に絞られた状況にある。
 3,かかる状況を踏まえて,当会としては,以下に述べる通り,他の拘置所よりも優先して,小倉拘置支所を早急に建て替える必要性が存することを強く主張するものである。

すなわち,小倉拘置支所は,1960年(昭和35年)に築造された建造物であるが,築後50年を経過し,我が国の拘置所の中でも指折りの古い建造物となっており,建物自体の老朽化は著しいものがある。
   ところが,小倉拘置支所は,本構想に基づく小倉刑務所跡地への移転が計画されていたため,他の拘置所と比較して,必要な補修又は改修工事が長期間ほとんど実施されずに放置されてきた。そのため,建物の老朽化による建物の安全性が強く懸念される状況にある。
   具体的には,拘置所の建物の周囲を通行する際には,建物の外壁が剥がれて落下する危険があり,万が一,建物の外壁が剥がれ落ちて歩行者を直撃した場合には甚大な被害が生じることが危惧される。
   また,現在の小倉拘置支所の建物は,旧耐震基準で建築され,現在の耐震基準を満たしておらず,建物の耐震補強工事も全くなされていない。かかる状況で大地震等の自然災害が発生すれば,建物自体の脆弱性故に,建物の中に拘束された被疑者・被告人や拘置支所の職員および面会に来た一般市民の生命・身体の安全が危険にさらされることになる。
さらに,建物の老朽化により,被疑者・被告人の生活環境も著しく劣悪な状況に置かれており,他の拘置所の被疑者・被告人と比べて著しい不均衡が生じている。
 4,当会としては,平成21年12月にも小倉拘置支所の現地建て替えおよびそのための予算措置を早急に講じることを求める要望書を提出したところであるが,残念ながら,現時点では当会の要望を踏まえた対応が全くなされていない。
 5,そこで,当会としては,改めて,小倉拘置支所を早急に現地で建替えることを要望するとともに,そのための必要な予算措置を早期に講じることを強く要望する次第である。
                          
以 上

福岡拘置所小倉拘置支所現地建替えを求める要望書

カテゴリー:意見

                     2009年(平成21年)12月10日
内閣総理大臣  鳩山由紀夫 殿
法務大臣    千葉景子 殿
法務省矯正局長 尾﨑道明 殿
                        福岡県弁護士会
                         会 長  池 永  満
                        福岡県弁護士会北九州部会
                         部会長  服 部 弘 昭
福岡拘置所小倉拘置支所現地建替えを求める要望書
第1 要望の趣旨
   福岡拘置所小倉拘置支所(以下,「小倉拘置支所」という。)を現地にて建替えすべく,早急に予算措置を講じることを要望します。
第2 要望の理由
 1 福岡拘置所小倉支所は1960年(昭和35年)に築造された建物で,既に築後50年近く経過して老朽化が著しく,建物の各所に塀の倒壊や外壁の落下の危険がある状況です。
また,耐震基準を満たしているのか否か懸念されるところでもあります。
そのため収容者や拘置所職員,および面会に来る市民の生命・身体の安全を守るためには,この建替えは緊急の課題です。
 2 また平成21年6月に,北九州矯正センター構想(以下,「矯正センター構想」という。)に基づく小倉拘置支所の移転が中止となったことを受け,小倉拘置支所の現地での建替えの必要性は,益々高まっております。
   さらに,平成21年5月より始まった裁判員裁判においては,短期間の集中審理方式による迅速な刑事裁判が求められ,これまで以上に弁護人が被疑者・被告人と頻繁に接見を重ね,充分な打合せをする必要があり,裁判所の隣の現地にて建替えることは,被告人の防御権保障の観点からも,非常に重要であります。
 3 当会は,かねてより矯正センター構想に反対し,小倉拘置支所を現地にて立替えるよう2008年(平成20年)7月にも要望書を提出していますが,矯正センター構想に基づく小倉拘置支所の移転が中止になった今,再度,小倉拘置支所の現地建替えと,建替えのための早期の具体的な予算措置をとられることを要望申し上げる次第です。
 4 なお,貴省は福岡県内において,既に福岡拘置所久留米拘置支所を,検察庁との合同庁舎として現地建替えを完了しておられますが,小倉拘置支所においても,同様な方法で現地建替えを実現することは充分可能であると思料します。
   そして,「えん罪の温床」等と,海外からの批判も強い代用監獄を廃止する必要性は,益々高まっておりますが,代用監獄を廃止しても,被拘禁者を収容するに十分な規模の拘置所を現地にて建替えることを希望します。
 5 以上,当会としては改めて福岡拘置所小倉支所を早急に現地で建替えするよう,早急に予算措置を講じることを要望する次第です。

労働者派遣法の抜本改正を求める意見書

カテゴリー:意見

労働者派遣法の抜本改正を求める意見書
                              2009年9月9日
                             福岡県弁護士会
                              会長 池永 満
 厚生労働省の本年8月28日付「非正規労働者の雇止め等の状況について」によれば,昨年10月から本年9月までの間に,全国で23万2448名の非正規労働者に対して雇止め等が実施され,または実施される予定であり,うち,派遣労働者は14万0086名(60.3%)に上っている。しかも,派遣労働者の場合,うち約44%の6万1435名が契約期間満了による雇止め等ではなく,派遣契約の中途解除に基づく解雇である。さらに,派遣労働者の場合,判明しただけでも1983名が雇止め等と同時に住居を喪失している。ちなみに,わが福岡県の場合,上記期間中に雇止め等された労働者は4082名,うち派遣労働者は,2460名(60.3%)である。以上のとおり,昨年から今年にかけて,派遣労働者が大量に失職しており,しかも,その一部は職を失うと同時に住居まで失うという状況にある。
 上記の事態の直接的要因は,昨秋からの世界同時不況によって,多くの派遣労働者等が雇用調整のために,契約を中途解約されるなどしたことであるが,より根本的な原因は,労働者派遣法が実効的な労働者保護規定を欠いていることである。そのため,派遣労働者を安価な雇用の調整弁として位置づけることが可能とされ,常用雇用の代替が促進されている。加えて,期間制限の潜脱や,二重派遣など,違法派遣が横行している。さらに,正社員と同様の仕事に従事しながら,派遣労働者に対しては差別的低賃金が押しつけられるなどの事態は,年収200万円以下のワーキングプアを大量に生み出す原因ともなっている。かかる事態はすでに,日本国憲法が保障する生存権を侵害していると言うべきであり,到底看過できない。
 そこで,当会は,労働者保護の見地から労働者派遣法を改正すべきことについて意見を述べる。
第1 意見の趣旨
 国会は,労働者保護の観点に立って,労働者派遣法を抜本改正すべきである。とりわけ,以下に掲げる点については,緊急に改正すべきである。
① 法律の目的に派遣労働者保護を明記すること。
② 派遣対象業種を専門的なものに限定すべきこと(なお,専門性の判断について,現行26業種を全面的に見直し,さらに限定すべきである。)。
③ 派遣利用要件として,臨時的・一時的事由を加えるべきこと。
④ 登録型派遣は禁止すべきこと。
⑤ 日雇い形態の派遣は全面禁止すべきこと。
⑥ 賃金・福利厚生に関して,派遣労働者と派遣先労働者の均等待遇を義務づけること。
⑦ 派遣可能期間経過後や,違法派遣,偽装請負について,直接雇用のみなし規定を設けるべきこと。その際の労働条件は,派遣先労働者と同等の内容とすること。
⑧ マージン率の上限規制を設けること。労働者に対するマージン率の開示を義務づけること。
⑨ 労働者保護規定は原則として強行的効力をもつものとし,とくに派遣先に対する罰則規定を強化すべきこと。
第2 意見の理由
1 当会や民間ボランティア等の取り組み
この間,昨年末からの“年越し派遣村”をはじめ,全国各地で民間ボランティア,有志弁護士らにより同様の活動が取り組まれ,炊き出し,生活相談,一斉生活保護申請等々が取り組まれてきた。
当会も,本年3月から生活保護申請同行の当番弁護士制度を開始し,本年9月2日現在,129件の要請を受けた。また,本年3月9日には,日本弁護士連合会の全国一斉「派遣切り・雇い止めホットライン」相談活動の一環として,電話相談を実施し,67件の相談を受けた。
また,ここ福岡県では,当会会員弁護士を含む県内の民間ボランティアによって,本年3月1日には福岡市内で,本年6月28日には北九州市内で,“1日派遣村”の活動が取り組まれた。
こうした活動の結果,本文に述べたような悲惨な現状及びその背景事情が明らかになってきた。
2 厚生労働省の対策等
こうした状況を受けて,厚生労働省は,本年2月6日,離職者住居支援給付金制度を創設し,いわゆる“派遣切り”にあった派遣労働者の住居支援の制度を打ち出した。しかしながら,同制度は,解雇や雇止めを行った雇用主が,当該派遣労働者に引き続き住居を提供するなどした場合に,その事業主を支援する制度であり,住居を失った派遣労働者を直接支援する制度ではない。その結果,同制度がスタートしてから本年4月までの間で,同制度の計画対象に挙げられた派遣労働者の数が全国で1万3212人であるにも関わらず,実際に計画認定された派遣労働者数はわずか755人に留まっている。福岡県の場合,計画対象労働者数は累計で227名,うち計画が認定された労働者数はわずか13名に過ぎない。このような実績から明らかなとおり,同制度は,住居を失った派遣労働者に対する救済措置として,ほとんど機能していないと言わざるを得ない。
また,同省は,本年1月28日,緊急違法派遣一掃プランの実施を打ち出したが,それは違法派遣の温床とされている日雇い派遣に限定されており,また,各都道府県の労働局の担当者等組織人員体制に何らの手当もなされていないと見られることからすれば,その救済範囲および実効性に多くを期待することはできない状況にあると言わざるを得ない。
3 改正へ向けた基本的な考え方
そもそも,労働者は使用者に対して交渉力が劣り,労働契約を労使の自由な交渉に委ねると,労働条件が際限なく切り下げられ,労働者の生存すら脅かされかねない。このような意味において,国際労働機関の目的に関する宣言(ILOフィラデルフィア宣言,1944年)が「労働は商品ではない」と宣言したとおり,労働を他の商品と同様に扱うことは許されない。だからこそ,労働者を保護する労働法制が必要とされる。このような労働者保護の必要に鑑みれば,労働契約は雇用主と労働者との直接契約,すなわち直接雇用が原則とされねばならない。
1947年に施行された職業安定法は労働者供給事業を罰則をもって禁止している(同法44条,64条)。
同法が労働者供給事業を罰則をもってまで禁止したのは,戦前の日本において,労働者供給事業が横行しており,過酷なまでの中間搾取が行われ,労働者が無権利状態にあったことから,労働法制の民主化,すなわち近代的労使関係の確立こそが戦後日本の民主化のテーマの一つとされたからである。富山の女工哀史や“ああ野麦峠”などからも知られるとおり,戦前は労働ボスが貧困層を束ね,各雇用主に労働力として供給し,酷い中間搾取を行いながら,一方,供給先である雇用主は,廉価な労働力の供給元および雇用調整の手段として,労働者供給事業を利用していたのである。
こうした封建的労使関係にメスを入れ,近代的労使関係はあくまでも直接雇用が原則であること,すなわち,労働力の提供を受ける者は直接労働者を雇用すべしとすることで,賃金その他の労働条件を明確にするとともに,責任の所在等を曖昧にさせないという原則が罰則をもって導入されたのである。
労働者派遣法は以上のような原則に対し,あくまで特殊例外的立法として導入されたものであった。ところが,1986年に労働者派遣法制がわが国に導入され,さらに数次にわたり規制緩和・適用拡大がなされた結果,大量のワーキングプアを生み出し,しかも職と同時に住居を失うという悲惨な事態を招くに至り,そのことがひいては社会不安さえ招来している事態ともなっている。
かかる経緯に鑑みるならば,あくまでも根本原則である労働者供給事業の禁止に沿う方向で労働者派遣法は改正されなければならない。
4 具体的な改正項目
以上を踏まえれば,労働者派遣法を労働者保護の観点に立って抜本改正することが必要である。とりわけ,以下の点については緊急に改正する必要がある。
① 法律の目的に派遣労働者保護を明記すること。
上記のとおり,この点を欠くことが現行法の最大の欠陥である。
② 派遣対象業種を専門的なものに限定すべきこと(なお,専門性の判断について,現行26業種を全面的に見直し,さらなる限定を加えるべきである。)。
本来,労働者派遣法は,臨時的・一時的な業務の必要のため,専門的知識・技能を有する労働者を確保するという要請から,労働者供給事業の例外として導入されたのであるから,派遣対象業務は,このような本来の趣旨及び要請に沿って限定されるべきである。
また,現行の対象業種中,例えば5号(OA機器操作)などは,単にOA機器を操作するだけで何らの専門性もない業務に,期間制限を潜脱する目的で,名目だけ利用されている例もある。こうした実態からすれば,専門業種の見直しにあたっては,さらなる限定を加えるべきである。
③ 派遣利用要件として臨時的・一時的事由を加えること。
直接雇用が原則であること,労働者派遣はあくまでも,専門業種についての臨時的・一時的雇用形態であるべきことからすれば,臨時的・一時的事由を要件とすることが法本来の趣旨に添うものである。
④ 登録型派遣は禁止すべきこと。
登録型派遣は,派遣先と派遣元との間の派遣契約が存続している間だけ,当該派遣元と派遣労働者の間の雇用契約を認めるものであるが,派遣先の自由な派遣契約の解除によって派遣労働者の解雇が事実上合法化されてしまう。その結果,派遣労働者には労働基準法上の保護が及び難くなってしまっている。
こうした細切れ雇用とも言うべき登録型派遣は,派遣労働者の雇用を極めて不安定にすることから,禁止すべきである。
⑤ 日雇い形態の派遣は全面禁止すべきこと。
派遣労働者の身分を究極にまで不安定にし,労働条件を劣悪化するおそれのある日雇い派遣は明文をもって全面禁止すべきである。
⑥ 賃金・福利厚生に関して,派遣労働者と派遣先労働者の均等待遇を義務づけること。
派遣労働者の賃金は派遣先従業員のそれと比較して,格段に低いのが一般的であり,酷いところでは,同じ作業に従事しながら,派遣労働者の賃金は派遣先従業員の賃金の2分の1という場合もある。
この点,ドイツ,フランス,イタリア,韓国の派遣法は,いずれも派遣先従業員との同一待遇保障あるいは差別待遇の禁止を明記している。我が国労働者派遣法にも均等待遇を明記することが求められる。
⑦ 派遣可能期間経過後や,違法派遣,偽装請負について,直接雇用のみなし規定を設けるべきこと。その際の労働条件は,派遣先労働者と同等の内容とすること。
この点について,現行法の直接雇用規定は,派遣先企業の努力義務や,制限期間経過後の直接雇用申込義務にとどまり,現実には,直接雇用されるケースは極めて稀である。
この点,派遣法をもつヨーロッパの国々では,一定期間経過後には直接雇用のみなし規定を設けている国も多く,わが国も派遣可能期間経過後は直接雇用のみなし規定を設けることが必要である。違法派遣,偽装請負についても,直接雇用のみなし規定を設けることにより是正を図るべきである。
⑧ マージン率の上限規制を設けること。労働者に対するマージン率の開示を義務づけること。
労働者派遣法は,中間搾取を禁じる労働基準法6条の例外規定であり,原則としての中間搾取禁止が重視されるべきである。
派遣労働者が低賃金に苦しむ状況を改善するため,派遣元のマージン率を労働者に開示させるとともに,マージン率に上限規制を設けるべきである。
⑨ 労働者保護規定は原則として強行的効力をもつものとし,とくに派遣先に対する罰則規定を強化すべきこと。
現行労働者派遣法のうち,労働者保護に関する規定については,それを担保すべき罰則がほとんどなく,そのため,現実には多くの派遣労働者が無権利状態におかれている。これら派遣労働者にも労働基準法・労働者派遣法等の保護規定が実効的に及ぶように,保護規定に強行的効力を持たせ,法違反に対しては罰則をもって臨むなど,その実効性を格段に強めることが必要である。
とくに,現行労働者派遣法では派遣元に対する規制が中心で,派遣先に対する規制が乏しい。しかし,現実の商取引上の力関係では派遣先が格段に上位にあることからすれば,実効性確保の観点からは,派遣先に対し,法違反について罰則をもって規制することが必要である。
5 生存権の擁護と支援のために
当会は,本年5月25日の総会で「すべての人が尊厳をもって生きる権利の実現をめざす宣言」をなし,今般,生存権の支援と擁護のための緊急対策本部を設置した。
当会は,格差と貧困の大きな原因ともなっている労働者派遣法の抜本改正を行うことなしには,「すべての人が尊厳をもって生きる権利」は実現されないと考え,本意見書を発する。
以上

和白干潟・今津干潟を含む福岡湾の保全に関する意見書

カテゴリー:意見

2007年(平成19年)7月23日
福岡市長 吉田 宏 殿
                       
   福岡県弁護士会 会長 福島康夫
第1 意見の趣旨
1 福岡市は,福岡湾(特に和白干潟・今津干潟)の重要性に鑑み,ラムサール条約の趣旨に沿って湿地環境を保全し,これ以上の環境悪化を防止すべきである。
2 福岡市は,和白干潟・今津干潟のラムサール条約への登録を目指して,国へ積極的に働きかけをすべきである。
第2 意見の理由
 1 湿地保全の重要性
(1)干潟の価値と機能\nア 湿地とは
干潟を含む湿地の保全を図る上でもっとも重要な国際的取り決めであるラムサール条約によると,「湿地」とは「天然のものか人工のものであるか,永続的なものであるか一時的なものであるかを問わず,さらには水が滞っているか流れているか,淡水であるか汽水であるか鹹水(かんすい)であるかを問わず,沼沢地,湿原,泥炭地又は水域をいい,低潮時における水深が6メートルを越えない海域を含む」(1条)とされている。
イ 干潟とは
干潟とは,川や波の働きによって運ばれてきた砂や泥が堆積して形成され,潮の満ち引きにともなって水没と干出を繰り返す自然環境である。干潟が形成されるためには,入り江や湾によって十分に遮断され,波浪の作用が弱いという地形的な条件と,流入河川による砂や泥の堆積作用がなければならない。わが国では,潮位差の大きい太平洋岸で発達し,また,内海や内湾でより発達する。
ウ 干潟の機能\n(ア)生物多様性の宝庫
干潟には,貝類(アサリ,ウミニナなど)・甲殻類(カニ・エビ・ヤドカリなど)・多毛類(ゴカイなど)などの,多種多様な動物が生息している(これらの動物は砂の中に隠れていることが多く,ベントスと呼ばれている)。
このようなベントスを狙って,シギ・チドリ類やガンカモ類・サギ類・ワシタカ類等多様な鳥類が干潟には生息している。
そして,湿地(干潟)は,渡り鳥によって,世界的につながっている。ラムサール条約が「水鳥が,季節的移動に当たって国境を越えることがあることから,国際的な資源として考慮されるべきものである」と述べているのは,このような渡り鳥と湿地の関係の重要性を踏まえたものである。
(イ)漁業生産機能\\
干潟には,ヨシや付着藻類に支えられてアサリ・シオフキガイ・アカガイなどの二枚貝類やクルマエビ・シバエビなどのエビ類が多数生息し,干潟に潮が満ちると,クサフグ・コノシロ・マコガレイなどたくさんの魚類が入ってくるなど,有用魚種が高密度に生息しており,良好な漁場となっている。
また,干潟は,魚類の産卵・稚仔魚の生息の場であり「海のゆりかご」とも呼ばれ沿岸海域の資源涵養の場としての機能を有している。
このように,干潟は,水産業の面からも欠かせない自然環境である
(ウ)水質浄化作用
近年,干潟の持つ水質浄化作用が注目されているが,それは物理的要因(潮汐の干満による水質ろ過機能)と生物的要因(食物連鎖による有機物や栄養塩類の系外排出)に区別される。これらの作用によって栄養塩類や有機物が減少し,干潟が浄化されるというわけである。
(エ)レクリエーションでの活用
干潟は,古くからの潮干狩り,海水浴,釣りなどのレクリエーションだけではなく,近年のバードウォッチングなど,多様な形で人々のレクリエーションに利用されている。
(2)日本の干潟の現状
干潟や浅海域は,開発が容易であるために,特に第二次世界大戦後,埋立や干拓の危機にさらされ続けてきた。1992年9月に発表された環境庁の干潟調査によると,わが国で現存する干潟の総面積は5万1462haであるが,戦前には8万2600haの干潟が存在したと推定されており,戦後47年間に実に40%もの干潟が消失していることになる。前回の干潟調査の1978年から13年間における消失面積は4076haにも及び,消失の理由は埋立46%,浚渫9%,干拓2.1%などで,自然の変化による消失はわずかに6.2%である。その後,1997年諫早湾干潟(3550ha)の潮受堤防が干拓のために締め切られて貴重な干潟が消滅した。浅海域も含めればさらに膨大な水辺環境が消失している。残されている代表的な干潟にも開発による破壊の危機が迫っている。
2 福岡湾(和白干潟・今津干潟)の価値及び重要性
(1)福岡湾という名称について
福岡湾は,厳密には博多湾とは異なる海岸ないしその海岸に囲まれる内海を指すが,近年,博多湾とほぼ一致する範囲を指して使用されており,本意見書においても博多湾とは区別しない位置付けにおいて福岡湾という名称を使用し,説明する。
(2)福岡湾の干潟について
福岡湾は,福岡県福岡市の東区,博多区,中央区,早良区,西区に面する内湾であり,湾の東部には海の中道,志賀島が位置し,西部は糸島半島に至る。
東西約20キロメートル,南北約10キロメートル,総面積は約134平方キロメートルであり,海岸線の総延長は約128キロメートルである。昭和の初期までは海岸線の大半が自然海岸であって白砂青松と謳われていたが,近年,その3分の1は港湾施設の整備された人工海岸に変化している。福岡湾の開発により湾中央部から自然海岸が消滅し,その中央部から東西へ押しやられる形で分断されて行った。そのように分断された海岸線の東端に和白干潟,西端に今津干潟が残され,自然海岸の面影を残している。
湾口幅は7.7キロメートルであり,湾口部が狭いため閉鎖性が高く,湾内の波は湾外の波と比較すると穏やかであり,土砂等の陸域からの流入物が堆積しやすくなっている。したがって,干潟を形成する前提条件が整っている点で特徴的であり,干潟が消滅する傾向にある近年の我が国において,貴重な湾内環境を有するといえる。福岡湾内には和白干潟,今津干潟,多々良川河口,室見川河口などの干潟が存在する。
(3)和白干潟の概要・現状
ア 和白干潟の概要
和白干潟は福岡湾の最も奥に位置する前浜干潟であり,北西から南東の方向へかけて約1.5キロメートルの長さがあり,干潮時の最大幅は600メートル,80ヘクタールの広さを有する。東側からは和白川,南側からは唐原川が流入しており,河口付近には河口干潟が発達している。干潟のほぼ全域が砂質であるが,部分的には砂泥質になっており,また,河口付近は主に泥質である。
小規模ではあるが干潟から塩性湿地植物群落とクロマツ林が続くという干潟本来の姿を見ることができ,このような自然環境は他では千葉県の小櫃川河口にのみ残る。和白干潟は日本海側に残された数少ない干潟の一つであるため,日本海沿いに移動する渡り鳥や朝鮮半島から渡ってくる野鳥の重要な中継地及び越冬地となっている。
イ 生物の多様性
かつては,干潟上部の砂浜に塩田もみられ,製塩が当地域の基幹産業となるほどの水質に優れた海であった。また,干潟や浅海域は魚類が産卵し,成育する場所として「海のゆりかご」とも呼ばれ,エビ,カニ,チヌ,カレイ,コノシロ,シャコ,アカガイ,ウナギなどの内海性の魚介類の生息地域であるとともに,タイ,アジ,サバ,イワシなどの外海性魚介類の産卵場であり,周辺海域の生態系を根底から支える地域であった。
さらに,ハマシギ,チドリなどの鳥類の生息地として,またズグロカモメなどの希少な渡り鳥の生息地として重要な意味を有する地域である。
ウ 鳥類の生息地・渡り鳥の飛来地としての重要性
また福岡湾は,大陸から朝鮮半島を経由するルートと,樺太から日本列島を南北に経由するルートの東アジアにおける二つの渡り鳥のルートが交錯する位置にあるため,渡り鳥を中心に観察される野鳥の種類は我が国有数である。
和白干潟一帯では,220種以上の野鳥が観察されており,それらの内には,絶滅危惧?A類とされるクロツラヘラサギ,3種の絶滅危惧種?B類,8種の絶滅危惧?類,1種の準絶滅危惧種,3種の情報不足種が含まれ,ハマシギ,ミユビシギ,シロチドリ,ミヤコドリなどがシギ・チドリ類渡来地ネットワークの基準渡来数をクリアするなど,東アジアの渡りのルートを維持する上で重要な役割を果している。
エ 重要湿地500選
環境省は,我が国における湿地保全政策の基礎資料として,保全地域の指定等に活用したり,開発計画等に際して事業者に保全上の配慮を促したりするものとして,重要湿地500選を選定公表した。
和白干潟も,「春秋の渡りおよび越冬期の種数・個体数が多く,ミヤコドリ,メダイチドリ,チュウシャクシギ,キアシシギ,ミユビシギ,トウネン,ハマシギでは最小推定個体数の0.25%以上が記録されている。RDB種のカラフトアオアシシギ,ヘラシギ,コシャクシギ,ホウロクシギ,アカアシシギ,オオジシギが記録されていること」を理由に重要湿地500選に選定されている。
(4)今津干潟の概要・現状
ア 今津干潟の概要
今津干潟は,福岡湾西部の瑞梅寺川河口にある干潟であり,河口干潟である。干潟は80haであり,干潟を含む河口域の面積は約145haである。
今津干潟には,瑞梅寺川のほか,周船寺川,江ノ口川,今山川の小河川が流入しており,主として瑞梅寺川からの堆積物によって形成された泥質干潟である。
瑞梅寺川の上流に,1977年に瑞梅寺ダムが建設され,河川の流量は減少している。また,その他の河川にも樋門が設けられている。
河口域にはわずかな葦原が残っているが,河口域全体が感潮域であり,満潮時には葦原を除いて全面が水面下になる。河口周辺には農地が広がっており,河口域と一体となって鳥類をはじめとした生態系を形づくっている。
イ 生物の多様性
今津干潟は,干潟,アシ原,ハス田,水田,畑など多様な環境を有し, これらが多くの野鳥の住処になっている。
福岡湾のプランクトンは植物性プランクトンが110種類,動物性プランクトンが節足動物51種を中心に110種類が観察されている。
魚類や甲殻類などの游泳生物は65種で,湾内および玄界灘では沿岸漁業が盛んで,新鮮な魚介類を提供している。
底生生物は,環形動物59種,軟体動物19種,節足動物36種を中心に127種が生息し,潮間帯には環形動物49種,軟体動物47種,節足動物48種など154種類が生息している。海藻類は54種である。
ウ 鳥類の生息地・渡り鳥の飛来地としての重要性
今津周辺では,これまでに300種を超える野鳥が観察されている。百万都市福岡の中にあり,また,さして広からぬこの場所で300を超す観察数は驚くべき数字である。とりわけ,国際的貴重種であるクロツラヘラサギの定期的な越冬地として,バードウォッチャー達の間では全国的に知られている。
エ 重要湿地500選
前記重要湿地500選については,今津干潟も,当然のことながら,「春秋の渡りおよび越冬期の種数・個体数が多く,シロチドリでは最小推定個体数の1%以上,ミヤコドリ,チュウシャクシギでは最小推定個体数の0.25%以上が記録されている。絶滅危惧種のセイタカシギ,ホウロクシギ,アカアシシギ,ツバメチドリ,オオジシギが記録されている。」ということなどを理由に選定されている。
3 両干潟の現状と問題点
(1)和白の現状と問題点
和白干潟は,都市化の波の中で,過去,一貫して埋立の脅威にさらされてきた。
1978年策定の港湾計画では,和白干潟の全面埋立計画が立てられたが,市民の反対の前に挫折した。
代わって登場した和白干潟の目と鼻の先の浅海域を埋め立てる人工島埋立事業(アイランドシティ整備事業)は,内外の強い反対にもかかわらず1994年7月に着工された。埋め立て面積は,401haであり,福岡湾の入口に位置する能古島(396ha)の面積を上回り,福岡市の中心街がすっぽりと覆われてしまう程の大きさである。当初計画で総事業費4600億円のわが国有数の巨大埋立プロジェクトである。
和白干潟を含む人工島周辺地区において,工事着工前後は,冬季において2万5000羽を超える鳥類が見られたが,工事着工後順次個体数は減少し,2001年頃からは1万5000羽程度にまで落ち込んでしまっている。
しかし,福岡市が実施した環境モニタリング調査では,「鳥類の全種の種類がやや少ないなど,変化が見られた項目もありましたが,類別の種数ではそれぞれ変動範囲内であり,特に問題となる変化ではありませんでした」と結論付けている。
周辺海域と干潟の潮流の変化に伴う生物の生息環境への悪影響の可能性と,環境アセスメントの不十分さについて内外から批判の声がわきあがっている。
(2)今津の現状と問題点
九州大学の移転に伴い,今津干潟周辺に急速に都市化の波が押し寄せようとしている。都市化に伴い,人口は急増し,今津干潟及びその周辺地域の野生動植物の生息,生育環境への影響(粉じん,騒音,温室効果ガス,排水の影響など)が懸念され,また,瑞梅寺川の汚濁負荷も上昇し,水質問題も深刻化しつつある。
現在,今津干潟周辺に隣接する場所に,西南学院大学田尻グラウンド(仮称)整備事業が進められようとしており,これも都市化の顕著な表れといえる。
1997年3月に「福岡市西部地域まちづくり構想」が発表されたが,今津干潟の生態系・自然条件の保全という観点からは,極めて貧困な構想であり,環境管理の行き届いたプログラムの策定が強く求められるところである。
このように,今津干潟は,押し寄せる都市化の波の前に,環境悪化の現実的な危機に瀕しており,緊急に保全の措置をとる必要がある。
(3)福岡湾保全の必要性
  このように,和白干潟,今津干潟はともに環境悪化の危機に瀕し緊急に保全措置を取る必要があるが,それは,和白干潟あるいは今津干潟のいずれか1つを保全すれば足りるというものではない。
すなわち,両干潟は,福岡湾の東端と西端に位置し,それぞれの干潟が漁業資源涵養の場として福岡湾全体の漁業生産機能を維持するための役割を果しているが,いずれか1つの干潟の漁業生産機能が失われれば,福岡湾全体の漁業生産に極めて重大かつ深刻な影響を生じさせるものである。
また,両干潟が健全に機能していることによって福岡湾全体の水質が浄化されているのであるから,いずれか1つの干潟の水質浄化機能が低下するならば,福岡湾全体の水質の悪化を招くこととなる。
さらに,渡り鳥は,両干潟のいずれか一つに定着するものではなく,両干潟を行き来することによって,渡りを維持するために必要な食料と休息を得ているのであるから,福岡湾の鳥類の生息地・渡り鳥の飛来地としての重要性を維持する上でも,両干潟そろって保全をする必要があるのである。
よって,和白干潟と今津干潟のいずれか一つではなく,両干潟そろって,緊急に保全の措置を取る必要があり,そのために,両干潟を以下に詳述するラムサール条約に登録し,同条約の趣旨に沿って,両干潟を含む福岡湾の環境を保全する必要があるのである。
4 ラムサール条約登録の意義
(1)条約の概要
ラムサール条約は,特に水鳥の生息地等として国際的に重要な湿地及びそこに生息・生育する動植物の保全を促進することを目的とし,各締約国がその領域内にある湿地を1ヶ所以上指定し,条約事務局に登録するとともに,湿地及びその動植物,特に水鳥の保全促進のために各締約国がとるべき措置等について規定している。現在,締約国は154ヶ国,登録湿地数は1674ヶ所に及ぶ。
ラムサール条約では,3年ごとに締約国会議が開催され,そこで採択される決議や勧告により,条約の実質的内容が順次豊富化されてきている。
条約による湿地保全の基本原則は,「賢明な利用(wise use)」にある。この「賢明な利用」については,第3回締約国会議において,「生態系の自然財産を維持し得るような方法で,人類の利益のために湿地を持続的に利用することである」と定義され,第6回締約国会議で採択された戦略計画では「賢明な利用」を持続可能な利用と同一のものとみなされ,第9回締約国会議(2005年)で「湿地の賢明な利用は,持続可能な開発の範囲内において生態系アプローチを通じて達成される湿地の生態学的特徴の維持である。」と定義され,「湿地の生態学的特徴」については,「ある時点での湿地を特徴づける生態系構成要素,プロセス,および恩恵・サービスの組み合わせである。」とされた。
(2)条約の国際的重要性
1960年代初めに至り,何らの対策も取らないままではヨーロッパの重要な湿地が消失してしまうとの危機感がようやく高まり,湿地の重要性に気付き始めた人々の運動が実って,条約の締結に至った。国際条約の必要性が叫ばれたのは,湿地や水源は国境をまたがることが多く,渡りをする水鳥は,国境を越えて多くの湿地を必要とする等の理由からであった。
その後,地球規模での湿地の消失や破壊という深刻な事態に直面した中で,国際世論の中でも,湿地の持つ価値が再評価され始め,いま残されている湿地を保全し,失われた湿地を回復するという国際世論が形成されてきた。
このような国際世論を背景に,ラムサール条約は水鳥ばかりでなく湿地を保全し復元するための条約としてその国際的重要性が再認識されるに至っており,締約国数も格段に増加した。
(3)わが国の登録状況
日本も,公害事件の多発等を受け,1970年代に入って遅ればせながら湿地保全の重要性に対する社会的認識の高まりを見て,1980年10月に締約国となった。その際,釧路湿原を登録湿地として指定した。
2005年11月の第9回締約国会議において,大分県のくじゅう坊ガツル・タデ原湿原,鹿児島県の藺牟田池,屋久島永田浜,沖縄県の慶良間諸島海域,名蔵アンパルを含む国内20ヶ所の湿地が新たに登録され,わが国の現在の登録湿地数は33ヶ所となった。
(4)日本の環境保全戦略の中における干潟の位置づけ
2000年12月に改訂された環境基本計画では,「湿地の保全」の項目を設け,生物多様性の確保の見地から,(?)水鳥等の多様な野生生物の生息地等として重要な湿地について「適正な評価と積極的な保全」や「渡り鳥飛来地などとして重要な湿地について国際的な生物多様性の観点から保全を推進する」などの目標を掲げている。
さらに,2002年3月に策定された新・生物多様性国家戦略(新戦略)では,あらゆるタイプの湿地が人間活動の影響を強く受けており,その喪失と質的劣化が進行していることから,湿地タイプの特性に従い,かかる影響を適切に回避,低減する必要性及び,湿地の再生・修復の必要性を認識し,湿地の保全が緊急の課題であり,かつ保全を原則とすべきことがうたわれている。
このように,湿地の保全は,現在,日本国の国家戦略としても重要な位置づけを与えられるようになっている。
(5)ラムサール条約登録の影響
ラムサール条約登録については,?国内外に国際的に重要な湿地としてその知名度がアップすることによる効果や?環境保全に対する地域住民の湿地保全の意識が高まり,その保全への取り組みが活性化することが挙げられる。このように地域住民に湿地の保全意識が高まることは,我が国の前記環境保全戦略にも沿うものである。
これに対し住民等の懸念として考えられる農業や工作物の設置の規制についても,?農林水産業に関する新たな規制は原則としてないうえ,水鳥による農業被害への懸念も現状以上になることは考えられず,?工作物の設置についても許可を受ければ可能であるし,事前に計画が分かっている場合には事前に区域から除外することも可能であり十分に対応が可能なものであり,マイナスの影響はほとんど考えられない。
(6)ラムサール条約登録の意義
以上からして,重要な湿地であればラムサール条約に登録することが望ましいことは明らかである。
ましてや自治体等が湿地の重要性を認識し,かつ,その保全等を行っているならば当然に登録を目指すべきである。
5 日弁連・九弁連・当会の取り組み
日本弁護士連合会では早くから湿地保全問題に取り組み,各地の湿地を取り巻く問題状況を調査,研究の上,湿地に対する開発行為の中止や保全策の提言を行ってきた。1997年には諫早湾干拓事業に関し水門開放と事業中止を求める意見書と中海干拓事業中止の意見書を,1999年12月には東京湾三番瀬の埋立中止を求める意見書を,2002年3月には沖縄県泡瀬干潟の埋立事業の中止を求める意見書を,2003年10月には諫早湾干拓事業につき再生に向けた水門開放調査を求める意見書を,2004年2月には中城湾佐敷干潟の埋立て計画の中止を求める意見書を,そして,2005年3月には中池見湿地の保全に関する意見書を公表した。
また,2002年10月には,日弁連の取り組みの到達点として,郡山市で行われた第45回人権擁護大会において,シンポジウム「うつくしまから考える豊かな水辺環境−湿地保全・再生法制定に向けて−」を開催し,?回避・最小化・代償という明確な優先順位をもって保全を行う手法(ミティゲーション),生態学的知見に基づき保全と再生を一体的に行うための湿地管理計画制度及び,保護区制度をその内容とする湿地保全・再生法の制定と?法制定によって保全策が取られるまでの緊急措置として重要湿地500選の湿地及び周辺地域で進行中の開発計画を中止させること等を内容とする「湿地保全・再生法の制定を求める決議」を採択した。
こうした日弁連の全体的な取組に呼応して,九弁連及び福岡県弁護士会は,地元において,沖縄の泡瀬干潟,佐敷干潟,名蔵アンパル,鹿児島県の屋久島永田浜,大分県の九重タデ原湿原,福岡県の和白干潟,今津干潟,曽根干潟などの各湿地の調査を毎年のように行い,それぞれの保全策の研究を進めてきたところである。そうした調査・研究の成果は随時,日弁連の上記取組に反映されてきた。
また,当会は,2005年に,曽根干潟の保全に関する意見書をまとめ,北九州市に対して,曽根干潟の保全措置をさらに進め,ラムサール条約上の登録湿地を目指して積極的に活動すべきであると提言した。
6 和白干潟・今津干潟がラムサール条約登録にふさわしい湿地であること
(1)わが国におけるラムサール条約登録の要件
わが国におけるラムサール条約登録の要件としては,以下の3点が挙げられている。
?国際的に重要な湿地であること(=ラムサール条約で示された基準に該当していること)
?国指定鳥獣保護区特別保護地区等の地域指定により,将来にわたり自然環境の保全が図られていること
?地元自治体等から登録への賛意が得られていること
(2)両干潟が「国際的重要湿地」であること
ア ラムサール条約における国際的な重要湿地の基準
上記?のラムサール条約登録で示された国際的重要湿地の基準として,ラムサール条約 決議VII.11付属書では8つの基準が掲げられているが,本件に関連するものは以下の基準2,3,6である。
基準2:危急種,絶滅危惧種または近絶滅種と特定された種,または絶滅のおそれのある生態学的群集を支えている場合には,国際的に重要な湿地とみなす。
基準3:特定の生物地理区における生物多様性の維持に重要な動植物種の個体群を支えている場合には,国際的に重要な湿地とみなす。
基準6:水鳥の一種または一亜種の個体群において,個体数の1%を定期的に支えている場合には,国際的に重要な湿地とみなす。
イ 和白干潟,今津干潟が「国際的重要湿地」であること
(ア) 和白干潟が「国際的重要湿地」であること
a 和白干潟は,「春秋の渡りおよび越冬期の種数・個体数が多く,ミヤコドリ,メダイチドリ,チュウシャクシギ,キアシシギ,ミユビシギ,トウネン,ハマシギでは最小推定個体数の0.25%以上が記録されていることと,RDB(レッド・データ・ブック)種のカラフトアオアシシギ,ヘラシギ,コシャクシギ,ホウロクシギ,アカアシシギ,オオジシギが記録されている」こと,「スズガモの渡来地」であること,「クロツラヘラサギの渡来地」であることなどを理由に,環境省が選ぶ「日本の重要湿地500」に選ばれているが,この選定理由からすると同干潟が危急種,絶滅危惧種または近絶滅種と特定された種,または絶滅のおそれのある生態学的群集を支えている「国際的重要湿地」であることは明らかであり,基準2に該当する。
また,環境省主催のラムサール条約湿地検討会議においても,クロツラヘラサギ,ズグロカモメ,ヘラシギ,カラフトアオアシシギの飛来が記録されていることを理由に「絶滅のおそれのある種または生態学的群衆の存在にとって重要」としてラムサール条約登録の指定候補地に挙げられており,この理由からすると,同干潟が危急種,絶滅危惧種または近絶滅種と特定された種,または絶滅のおそれのある生態学的群集を支えている「国際的重要湿地」であって基準2に該当することは明らかである。
さらに,福岡市港湾局の平成17年度のアイランドシティ整備事業・環境監視結果によれば,人工島周辺ではズグロカモメが年間43羽飛来し,越冬していることが報告されており,ズグロカモメは,環境省のレッドデータブックで絶滅危惧?類になっている希少な渡り鳥で,世界中で7000羽しかいないといわれているし,日本野鳥の会福岡支部の報告でも,世界で約1700羽しか生息数していないクロツラヘラサギが毎年20ないし30羽飛来するとされ,その他にもツクシガモやミヤコドリなどの貴重種の飛来もみられ,これらの希少な渡り鳥の飛来する和白干潟が特定の生態学的群衆を支えている湿地であることは明らかであり,基準2に該当する。
b 1999年九州・南西諸島湿地レポートによれば,和白干潟を含む福岡湾のプランクトンは植物性プランクトンが110種,動物性プランクトンが節足動物51種を中心に110種が観察されること,魚類やコメツキガニを含む甲殻類などの游泳動物は65種,底生成物はゴカイなどの環形動物49種,軟体動物19種,節足動物36種など150種あまりが生息し,海藻類が54種観察されることが報告されている。
また,環境省が選ぶ「日本の重要湿地500」に和白干潟が選定された理由として「豊富な鳥類と塩生植物。ベントス相も豊富で,ウミニナ,オオノガイ,ツバサゴカイといった希少種も多い」ことがあげられている。
このように豊富な生物群が生息していることからすれば,特定の生物地理区において生物多様性の維持に重要な動植物種の個体を支えているものといえ,基準3に該当する。
c 前述の環境省主催のラムサール条約湿地検討会議において,ミユビシギ(1%基準220羽)が例年,和白干潟に二百数十羽程度飛来していることから,「水鳥の個体数の1%を定期的に支える湿地」としてラムサール条約登録の指定候補地に挙げられており,この理由からすると,同干潟は基準6にも該当する。
d 以上からも明らかなように,和白干潟は複数の観点からラムサール条約上の基準である「国際的重要湿地」の基準に該当する。
(イ)今津干潟が「国際的重要湿地」であること
a 今津干潟は,「春秋の渡りおよび越冬期の種数・個体数が多く,シロチドリでは最小推定個体数の1%以上,ミヤコドリ,チュウシャクシギでは最小推定個体数の0.25%以上が記録されている。RDB種のセイタカシギ,ホウロクシギ,アカアシシギ,ツバメチドリ,オオジシギが記録されている。」こと,「クロツラヘラサギの渡来地」であることなどを理由に,環境省が選ぶ「日本の重要湿地500」に選ばれているが,この選定理由からすると同干潟が危急種,絶滅危惧種または近絶滅種と特定された種,または絶滅のおそれのある生態学的群集を支えている「国際的重要湿地」であることは明らかであり,基準2に該当する。
b シロチドリの最小推定個体数の1%以上の飛来が記録されていることから,基準6にも該当する。
c 以上からも明らかなように,今津干潟は複数の観点からラムサール条約上の基準である「国際的重要湿地」の基準に該当する。
(3)国指定鳥獣保護区特別保護区特別保護地区等の地域指定により,将来にわたり自然環境の保全が図られていること
ア 和白干潟について
 和白干潟は,シギ・チドリ類を始めとする渡り鳥の中継地,越冬地として,国際的に重要なことから,集団渡来地の保護区として,すでに国指定鳥獣保護区に指定されており,将来にわたり自然環境の保全が図られるための法的担保が整っている。
 それゆえ,現時点において,わが国におけるラムサール条約登録の要件?を満たしている。  
イ 今津干潟について
 今津干潟は,現在,福岡県指定鳥獣保護区には指定されているものの,国指定鳥獣保護区には指定されていない。
 したがって,現時点においては,わが国におけるラムサール条約登録の要件?は欠けている。
(4)地元自治体等から登録への賛意が得られていること
 現時点においては,和白干潟・今津干潟のラムサール条約登録について,地元自治体である福岡市などから賛意が得られているかは明確ではなく,わが国におけるラムサール条約登録の要件?を満たしているとは言いがたい。
(5)小括
ア 和白干潟・今津干潟は十二分に国際的重要湿地の要件を充たしており,わが国におけるラムサール条約登録の要件?を満たしている。
その上,和白干潟においては,国指定鳥獣保護区に指定されており同要件?も満たしている。
しかし,和白干潟については,同要件?を満たしているとは言いがたく,今津干潟については同要件?および?を満たしているとは言いがたい。
逆に言えば,和白干潟については?の要件を,今津干潟については?,?の要件さえ満たせばラムサール条約の登録湿地になりうるのである。
そこで,当会は,これまでの日弁連等の取り組みを踏まえた上で,これら残りの要件の充足に対して福岡市が積極的な措置を講ずべく本意見書で求めるものである。
7 和白干潟・今津干潟にはラムサール条約登録を行う条件は整っていること
(1)ラムサール条約登録の素地は整っていること
ア 和白干潟・今津干潟が重要な湿地であること
 すでに繰り返し述べてきたように,福岡湾(和白干潟・今津干潟)は,極めて重要な湿地であり,和白干潟と今津干潟の両干潟そろっての十分な保全が求められている。
 したがって,ラムサール条約の登録湿地として登録されるべきである。
イ 福岡市のこれまでの政策と合致すること
 福岡市は,福岡湾の価値を十分に認めた上で,福岡市新・基本計画において,「豊かな自然環境の保全と生態系ネットワークの形成」を施策の基本的方向として掲げ「和白干潟や今津干潟の保全と創造」を主要な施策として「ラムサール条約登録等は将来的な課題と考えている」と考え方を述べるなど,ラムサール条約登録に向けた福岡湾の保全を市の政策としている。
それゆえ,和白干潟・今津干潟をラムサール条約登録することによって,地域住民の環境保全意識がさらに高まれば,福岡市の政策実現もより円滑となり,将来にわたって福岡湾の一層の保全が可能となるのであり,そのような素地は既に整っているといえる。
ウ 今津干潟の鳥獣保護区指定に阻害要因はないこと
(ア)前記の通り,今津干潟については,現時点においても,福岡県指定鳥獣保護区に指定されており,鳥獣の狩猟について一定の制限がかかっているのであるから,同地域について国指定鳥獣保護区の指定を行ったとしても周辺地域の住民らに新たな不利益はないというべきである。
(イ)上記(ア)で述べたとおり,今津干潟は,すでに福岡県指定鳥獣保護区となっているのだから,その保護政策を通じて周辺地域住民の理解を得ていくことは十分に可能である。そして,福岡市自体も,新・基本計画西区基本計画において,「国設鳥獣保護区について国と協議していきます」と施策目標を掲げ,今後,学識経験者,市民,行政等から構成する懇話会等において検討していくとしており,今津干潟の国指定鳥獣保護区指定に向けた準備は既に整っているといえる。
(2)まとめ
 以上からも明らかなように,和白干潟,今津干潟をラムサール条約に登録することについては,何らの阻害要因もないだけでなく,これまでの福岡市の政策にも合致するものである。
8 結論
よって,当会は意見の趣旨記載の意見を述べるものである。
以上

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