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カテゴリー: 意見

産業構造審議会商務流通情報分科会割賦販売小委員会中間的な論点整理に対する意見書

カテゴリー:意見

2015年(平成27年)1月26日
福岡県弁護士会 会長 三浦邦俊
第1 意見の趣旨
1 加盟店契約会社(アクワイアラー)及び決済代行業者の加盟店調査義務の内容として、苦情発生時の調査義務の内容を具体的に定めるべきである。
2 マンスリークリア取引のカード発行会社(イシュアー)にも、消費者の苦情発生時の適切処理義務を認めるべきである。
3 マンスリークリア取引について、販売業者に主張できる事由をクレジット会社に対抗できる抗弁接続規定を適用すべきである。
第2 意見の理由
1 現在のクレジットカードを使った取引では、翌月一回払い(以下「マンスリークリア取引」という。)が大半を占めている。また、カード発行会社(以下「イシュアー」という。)と加盟店契約会社(以下「アクワイアラー」という。)の間に決済代行業者が介在する決済方法が増えており、この場合にはイシュアーがカード利用加盟店を直接管理できない仕組みとなっている。
このような状況のなかで、いわゆるサクラサイトなどの悪質なサイト業者が、マンスリークリア取引を使い、決済代行会社を介在させて決済させる方法を使って、被害を発生させている事例が当県においても多数見受けられるところとなっている。
2 このような被害発生状況をうけて、経済産業省産業構造審議会商務流通情報分科会割賦販売小委員会による「中間的な論点整理」では、加盟店契約を締結するアクワイアラー及び決済代行業者(以下「アクワイアラー等」という。)に対し、マンスリークリア取引及び包括クレジット取引を含めて、国内の加盟店との取引を対象とする場合は登録制及び加盟店調査義務等の法規制を課す方針を示しており、この点は賛成すべきところである。
しかし、アクワイアラー等の加盟店調査義務の内容が曖昧なものとなっている。これでは、実際に苦情が発生した場合に、その調査が十分に行われず、悪質な加盟店を排除することができないおそれがある。苦情発生時の調査義務の要件及び内容は具体的に定めるべきである。
3 また、「中間的な論点整理」では、マンスリークリア取引のイシュアーに対しては、顧客の苦情が寄せられた場合にアクワイアラーに情報提供する仕組みを検討する方針を示すにとどまっている。
先に示したような悪質なサイト業者の被害事例でもそうであるが、イシュアーは、消費者から販売業者との取引について苦情申立を受けた場合に、決済代行業者は加盟店ではないから確認できないなどとして、イシュアー側でアクワイアラーを通じて販売実態の調査をしようとする姿勢が見られないのが現状である。
イシュアーは、決済代行業者が入ることによってクレジットシステムを利用できる取引を拡大し、利益を受ける立場にある。現在、包括クレジット取引については、不適正取引排除義務の一環として、イシュアーに対する顧客の苦情発生時に苦情の適切かつ迅速な処理のため必要な措置を講じる義務(適切措置義務・割賦販売法第30条の5の2)が規定されている。イシュアーのクレジットシステムにおける地位やクレジット取引の構造上の特徴は、包括クレジット取引とマンスリークリア取引で異なるものではない。
そのため、情報提供というだけではなく、イシュアーを不適正取引排除義務の主体として位置付けた上で、マンスリークリア取引においても、イシュアーに対し、苦情発生時の適切措置義務を課すべきである。
4 さらに、クレジットを利用した取引における悪質な加盟店の排除と消費者被害救済の実効性を確保していくためには、不適正な販売行為によるリスクを消費者が負担するのではなく、イシュアーが負担する民事的ルール、すなわち抗弁接続制度を規定する必要がある。
近年のクレジットカードは、マンスリークリア取引と包括クレジット取引の機能を併用するカードがほとんどであるが、代金決済時にマンスリークリア方式を選択した後に、リボルビング方式(包括クレジット取引)を選択できるカードが多数を占めている。このような現状においては、包括クレジット取引とマンスリークリア取引で、消費者保護の内容に格差を設ける合理性は認められない。
したがって、マンスリークリア取引においても、抗弁接続規定を適用すべきである。
以 上

質屋営業法(昭和25年法律第158号)改正意見書

カテゴリー:意見

2013年(平成25年)7月17日
福岡県弁護士会会長 橋本千尋
第1 意見の趣旨
質屋営業法(昭和25年法律第158号)を以下のように改正することを求める。
1 質屋営業法1条に質契約の定義として、「質置主は、質物の流質処分を甘受する限り、質屋に対して借受金の弁済義務を負わず、流質処分後は借受債務が消滅する金銭貸付契約」という規定を付加する。
2 質屋営業法18条(質物の返還)につき、質置主が元利金を支払う場合に質物の返還を即時に受けうること及び質置主の流質選択の機会を与えるため、以下の規定を設ける。
①弁済について、金融機関等の自動引落その他自動決済システムを利用することを禁止すること、弁済は、必ず、質契約が成立した営業所において行う旨の規定を設けること。
②質屋は質置主が元利金を弁済しようとする場合、質置主に対し、予め、流質処分を選択できること、流質処分を選択した場合、借受金の弁済義務を負わない旨告知しなければならないとの規定を設けること。
3 質屋営業法19条(流質物の取得及び処分)に、以下の条項ないし規定を加える
①「質屋が、流質期限を経過した時において、その質物の所有権を取得した後、質屋は質置主に弁済の履行を請求してはならない。」
②質置主が流質を選択した場合、流質期限経過前でも質屋はその質物の所有権を取得すること、この場合、質屋は質置主に対し弁済の履行を請求してはならない旨の規定を設けること。
4 質屋営業法30条(罰則)につき、改正後19条の違反(流質後請求)の場合、貸金業法47条の3と同様に「二年以下の懲役若しくは三百万円以下の罰金に処し、又はこれを併科」の罰則を付する。
5 貸金業法20条の2(公的給付に係る預金通帳等の保管等の制限)の規定とその罰則(同法48条)と同様の規定を設ける。
6 質屋に認められた特例高金利(年109.5%)を引き下げる方向で検討する。
第2 意見の理由
1 偽装質屋問題について
⑴ 偽装質屋とは
偽装質屋とは、質屋営業の許可は受け、質物を預かり形式的には質屋の形態を装いつつ、無価値あるいはほぼ無価値な物品を質物として預かり、金融機関等の自動決済システムによる引落等を利用する方法により,実質的には公的給付の受給権を担保に金員を貸し付ける業者のことをいう。
⑵ 偽装質屋の営業手法の広がりと被害の拡大防止の必要性
偽装質屋は、2006年(平成18年)12月に公布された改正貸金業法(平成22年6月完全施行)により出資法の上限金利が引き下げられた時期の前後に福岡県を拠点として上記形態の営業を開始したといわれている。
福岡県警は偽装質屋の違法な実態に鑑み2012年(平成24年)10月、貸金業法(無登録営業)及び出資法(高金利)違反の嫌疑で福岡市内に本店を有する2社に対し捜索を行った。その後、2013年(平成25年)5月上旬、同社代表者らは逮捕され、同月下旬、起訴された。
これとは別に、 2012年(平成24年)11月には、大分県警が貸金業法と出資法違反の疑いで、北九州の質屋の経営者等を逮捕した。さらに、2013年(平成25年)2月には、鹿児島県警が、貸金業法と出資法違反の疑いで鹿児島の質屋の営業者等を逮捕した。
また、九州以外では、群馬県警が同年5月に貸金業法と出資法違反の疑いで高崎の質屋の経営者を逮捕した。
加えて、国民生活センターの発表によると、偽装質屋に関する相談件数が、2010年(平成22年)が44件であったのに対し、2011年(平成23年)は85件と倍増し、2012年(平成24年)は194件と更に倍増する等、問題が深刻化していることが窺われる。
このように、偽装質屋問題は全国的な広がりをみせておりかつ被害件数も増加の一途を辿っていることから、偽装質屋の被害がこれ以上拡大しないように早急に法改正を行うことが必要である。
⑶ 偽装質屋の営業の問題点
偽装質屋は、以下の点において、その実態は、高利の貸金業である。
①質屋の形態を取り繕うため融資金額と全く釣り合わない物品を質物として預け入れさせている。
②質屋の形態を利用することにより出資法の上限金利規制を潜脱し、高利を得ている。
③質置主の流質の機会を奪うため、弁済に関し、金融機関等の自動引落システムを利用して、弁済を受けている。
④質置主が流質処分を選択した場合であっても、その残額の支払いを強制している。
⑤偽装質屋の被害者は、年金、生活保護受給者等公的給付の受給者であり、上記③の手法と相まって、公的給付を事実上担保にとることで回収を確実にしている。
よって、この偽装質屋の問題を解決するためには、以上の偽装質屋の営業実態が、通常の質屋の営業とは異なる点に対応した法改正を行うべきである。なお、あわせて、通常の質屋営業でも認められている特例高金利(年109.5%)は、出資法上の唯一の特例高金利であることから、この特例金利を引き下げる方向で検討するべきである。
2 具体的な改正の立法提言について
⑴ 質屋営業法1条の質契約の定義
質屋営業法1条1項の規定する「質屋営業」の定義は、「物品(有価証券を含む。第二十二条を除き、以下同じ。)を質に取り、流質期限までに当該質物で担保される債権の弁済を受けないときは、当該質物をもつてその弁済に充てる約款を附して、金銭を貸し付ける営業をいう」というものである。
しかし、端的に質契約の定義規定はない。そして質屋契約は、質置主は、質物の流質処分を甘受する限り、質屋に対して借受金の弁済義務を負わず、流質処分後は借受債務が消滅するものであり、質屋と貸金業者とは営業内容が、とりわけ清算のあり方に関して相当に異なるものである(名古屋高裁平成23年8月25日判決LLI/DB判例秘書登載参照)とされる。従って、単に質屋営業を定義するだけではなく、質屋営業でなされる質契約についても定義規定をおくことで、質屋営業法にいう質屋営業を行うものか、質屋営業を偽装するものかの判断基準を明確にするべきである。
⑵ 流質を事実上阻害する行為の禁止
偽装質屋は,借主である質置主が流質を選択することを阻止しなければ,質物の交換価値では,自らの債権の満足を得ることができない。そのため,弁済日に金融機関の口座,主に年金等公的給付が支払われる口座から自動引き落としにより利息及び元金の弁済を受けている。
しかし,本来,質屋営業法の予定する質契約においては,借入元金以上の価値がある質物を担保に質契約を締結することが予定されており,元利金を弁済する場合には,質置主は質物を即時に受け戻すことができなければならない(質屋営業法18条1項)。
とすれば,金融機関の口座からの自動引落による弁済を選択することは,質物の受け戻しが想定されておらず,質屋営業法の予定する弁済方法ではないし,融資金額に見合わない質物を担保にとることも,質屋営業法の予定する質契約とはいえない。
よって,元金の支払については,自動引落としによる弁済は勿論,振込による支払はこれを禁止すべきである。
また,銀行の自動引落で利息の支払を強制されることも,質屋営業法が特例金利を認めていることからして,流質の機会を質置主に与えるため,これを禁止すべきである。
そもそも,質物の交換価値を前提として質契約を締結している以上,元利金の弁済に際し,質置主に対して質物の返還か流質かを自由に選択できるようにすべきである。この交換価値を無視した契約は,大阪高裁昭和27年6月23日判決(高裁刑事判例集5巻3号432頁)では「質屋営業法第一条によれば質屋営業とは物品(有価証券を含む)を質に取り流質期限までに当該質物で担保される債権の弁済を受けないときは当該質物をもつてその弁済に充てる約款を附して金銭を貸付ける営業をいうのであるから無担保又は無担保に等しい扱いを以て金銭を貸付ける行為は質屋営業の範囲を超える」として,刑事上も被告人を有罪としている。
以上,質置主の流質を阻害する行為(金融機関の口座からの引落等)は全て禁止することが必要であり,質屋の店舗において弁済することを義務付けるとともに元利金の弁済を受ける前に,質置主に流質の機会を付与するためその旨告知する義務を質屋に課すべきである。
⑶ 取立行為の規制
既に述べたとおり、質置主は、質屋契約において、流質を選択することにより、借受債務を消滅させることができるのである以上、質屋は、質置主が流質を選択した場合、貸金債権は消滅し、取立行為を行うことはできないことは自明である。
したがって、質屋は、質置主が流質を選択した後は、質屋が質置主に対して取立行為を行うことを禁止し、これに罰則を付することは当然である。
⑷ 年金等公的給付の担保を禁止
質屋営業法にいう質契約は、有体物である質物を対象として締結されるものであり、権利質は認められない。よって、年金等公的給付の受給権(債権)を質として質契約を締結することは質屋営業法上許されない行為である。
したがって、年金等公的給付を事実上担保にとる行為も当然に禁止される。
ところが、貸金業法20条の2(公的給付に係る預金通帳等の保管等の制限)は、質屋営業法には明示的には適用がない。そこで、質屋営業法に罰則含めて、これを明示的に禁止する規定をおくべきである。
⑸ 特例高金利の制限
上述のように質屋営業法では、出資法の特例として年109.5%の高金利をとることが認められている。この特例金利は、出資法上の唯一の特例高金利であるところ、このような金利が認められた趣旨は、質物の鑑定や保管に費用がかかるからと説明されている。
しかし、この特例高金利を維持することが合理性を有するか、検証されるべきである。
第3 結 論
よって、意見の趣旨のとおり、質屋営業法を改正すべきである。
以  上

生活保護法の適用場面における弁護士による代理活動に対する制限的運用の中止を求める意見書

カテゴリー:意見


生活保護法の適用場面における
弁護士による代理活動に対する制限的運用の中止を求める意見書
2012(平成24)年7月9日
福岡県弁護士会
意見の趣旨
生活保護法の適用場面に関して厚生労働省が推奨する運用は、審査請求などごく限られた場合を除き弁護士の代理活動を認めないというものであるが、生活保護は人命に直結する重要な権利であること、現場の運用において現に生じている多くの問題に対し弁護士の援助が必要であること、厚生労働省の推奨する運用には何ら合理的な根拠がないことからすれば、生活保護法の適用場面において弁護士による代理活動を排除する理由はまったくない。
したがって、当弁護士会は、厚生労働省及び地方自治体に対し、生活保護法の適用場面における、弁護士による代理活動を制限する現在の運用を直ちに中止するよう求めるものである。
意見の理由
1 はじめに
厚生労働省は、『生活保護手帳 別冊問答集』問9-2〔代理人による保護の申請〕において「代理人による保護申請はなじまないと解される」という見解を示している。そして、実際の運用においては、申請の場面に限らず、審査請求及び訴訟の場面を除いた生活保護法のあらゆる適用場面において弁護士による代理活動が認められないことが多い。
しかしながら、以下に述べるとおり、生活保護法の適用場面における弁護士による代理活動を制限する運用は、合理的な根拠もなしに、市民の正当な権利行使を阻害する結果をもたらすものであって、到底容認できないものである。
2 生活保護受給権の重要性
生活保護法の適用場面で問題となっているのは市民の生きる権利そのものである。生活保護は、市民の命を守る最後のセーフティネットとして、さまざまな場面で活用されなければならない。
生活保護受給権が市民の命に直結する重要な権利であることにかんがみれば、市民による権利行使が不当に阻害・制約されることがあってはならないことはいうまでもない。
3 弁護士による代理活動が必要であること
(1)現在の生活保護制度の運用実態は、保護を尽くすという姿にはほど遠いものである。むしろ、運用、市民の保護受給権が不当に侵害されているというべき状況が多々発生している。
(2)申請の場面(違法な水際作戦)への対応が必要であること
ア これまで、生活困窮者本人が福祉事務所へ生活保護の申請に行った場合、窓口の担当者が、申請に来た者に対し、「親族の扶養を受けなさい」、「家賃が高すぎるから生活保護は受けられない」、「自動車を保有しているから生活保護は受けられない」などと告げて、申請を受け付けないまま相談扱いにして追い返すという例が後を絶たなかった。福祉事務所が相談扱いとして申請を受け付けなかった事案には、本来であれば、直ちに保護を開始すべき事案も少なくなかった。
このような違法な、いわゆる「水際作戦」は、現在でも少なからず見受けられるものであり、当弁護士会にも、違法な水際作戦にあった生活困窮者から、多くの援助要請が寄せられている。
イ 当弁護士会では、代理人として生活保護申請に同行・同席する取り組みを強化しているところであり、この取り組みは現実に、違法な申請拒否を撤回させるという大きな成果を挙げている。
例えば、過去に年金担保融資を受けたことのある保護受給者が、特別な事情のため保護を辞退した上で再度の年金担保融資を受けた場合において、本人による生活保護の再開申請が拒否された後に、弁護士が福祉事務所に対し本人の現在の窮状を訴えて保護の必要性を詳細に説明するという支援を実施した結果、保護が再開されることになったという事例がある。また、自動車を保有又は利用しているということで申請を受け付けてもらえなかった相談者について、弁護士が福祉事務所に同行し、自動車の保有のみでは申請拒否の理由にならないことを福祉事務所に説明した上で改めて保護を申請したことで保護が開始された事例がある。
ウ また、すでに保護を受給している被保護者が保護の種類や金額の変更を求める変更申請の場面においても、弁護士の支援が必要である。
例えば、当会の会員による支援の結果、本来支給されるべきであったにもかかわらず福祉事務所が拒否していた障害者世帯に対する家族介護料の支給が認められるようになった事例や、転居の必要性が認められるにもかかわらず福祉事務所が支給を拒否していた転居費用などの支給が認められるようになった事例が報告されている。
(3)申請以外の場面についても違法ないし不適切な言動への対応が必要であること
法律の専門家である弁護士による代理人としての活動が求められるのは、生活保護の申請の場面に限るものではない。当弁護士会所属の弁護士が担当した以下の事例は、いずれも、弁護士の関与がなければ、福祉事務所の一方的な主張に基づく保護の停廃止に対し、市民が泣き寝入りを強いられる可能性があった事案である。
ア 事例1-弁明手続への同席
生活保護受給中の障がいのある高齢夫婦が、処分価値のない自動車の廃棄処分を命じられたことに対し不服を申し立てた事案において、北九州市内の福祉事務所は、同夫婦から相談・依頼を受けた弁護士の存在を完全に無視し、かつ、代理人に話をしてほしいという同夫婦本人の意思をも無視した上で、同夫婦に対し直接「弁護士が保護を受けているのではない。あくまでも福祉事務所とあなたの問題である」、「保護開始前には福祉事務所の指導に従うと言いながら、保護が始まったら車は処分しないと言い、弁護士と話をしてくれなど筋違いも甚だしい」などと難詰して、自動車の処分指示を継続した。その後、処分指示にしたがわないことを理由とする保護停止処分に向けての弁明手続が開かれた際に、同夫婦および代理人弁護士が弁明手続への代理人弁護士の同席を求めたことに対し、福祉事務所は「生活保護には代理人は予定されていない」、「生活保護法は代理人を排除している」、「本人には補佐の必要性など認められない」などと強弁して弁護士の同席を拒否したまま保護停止処分を強行した。当該処分は、その後の処分取消訴訟において、裁判所によって取り消された。
イ 事例2-弁明手続への同席
既に、指導指示違反を理由に保護停止となっている世帯に対し、同じ違反を理由とする保護廃止処分に向けての弁明手続が開かれた事案において、北九州市内の福祉事務所は、生活保護法第62条5項を根拠に弁護士による代理を認めないとして代理人弁護士の同席を拒否した。
その後、福祉事務所、本人及び弁護士による話し合いの結果、弁護士の同席は認められることになったものの、福祉事務所と当事者の間における信頼関係は皆無の状態になっていた。この事案においては、以下のとおり、弁護士が介入して法的問題点を整理し、行政をして冷静かつ適正な弁明手続を実施させたという点でも成果があった。
福祉事務所は、別居中の本人の子が同一世帯員に当たるのではないかと疑い、本人に対する指示として、子が居住している住宅の賃貸人など当事者からすると極めて関係の薄い第三者に対する福祉事務所による事情聴取を許容するよう、本人に対し求めた。しかし、別居中の子は親の生活保護受給とは無関係であるため、本人は当該調査に反発した。そこで、同席した弁護士が、関係が極めて薄く、かつ当事者や生活保護受給要件とは無関係の子が難色を示している第三者への事情聴取をしなくても、それに代わる書面資料の提示で福祉事務所の疑問を解消することは可能であると指摘した。その後、事情聴取に代わる資料が提出されたことにより、指導指示に従ったことが確認され、保護停止が解除された。弁護士が同席することにより、福祉事務所の誤った、あるいは必要のない手続が回避された上、結果的にも保護停止を解除することができた(第1の成果)。
仮に、弁護士が弁明手続に同席しない状態で、福祉事務所の不当な要求に対し当事者がこれを拒否する意思表示をしたならば、福祉事務所はそもそも弁明手続の実体に入らなかったであろう。そしてその結果、当事者は指導指示に従った資料提出もできず、保護が廃止されることになりかねなかった。しかし、弁護士が弁明手続に同席したことで、保護廃止処分をも回避することができたのである(第2の成果)。
ウ 事例3-ケース記録の開示
重篤な病気で入院中の当事者本人に代わって、代理人弁護士が代理人名で、福岡市に対し生活保護のケース記録の開示請求をした事案において、福岡市は、代理人弁護士名での開示請求書を受け付けたにも関わらず、開示の段階において、開示は弁護士宛に実施してほしいと申し出ていた請求者本人の意思を無視し、「弁護士には開示できない。病院で本人に開示する」と主張して、病院での開示手続きを実施しようとした。もっとも、当事者本人が短時間の面会しか耐えられないほど一見して悪い容体であったため、実際には、途中から弁護士のみが開示の説明を受け、かつ、文書を受領した。
(4) 上記の例からもわかるとおり、弁護士による代理援助が必要な場面は、いわゆる「水際作戦」と呼ばれる生活保護申請時の不当な追い返しの場面に限られない。申請者に関する状況説明、保護開始決定に至るまでの交渉、保護受給中の指導・指示への対処、生活保護法第63条による費用返還請求への対応、同法第77条・第78条による費用徴収への対応、保護の停廃止への対処など、生活保護法の適用に関して弁護士による代理援助が必要な場面は枚挙にいとまがない。とりわけ不利益処分に関して実施される弁明の機会における弁護士による援助は、不利益処分の名宛人となるべき保護受給者の生存権保障の観点からも、非常に重要である。
生活保護法の適用場面においては、行政機関が違法不当な運用を行った場合、保護を申請しようとする者ないし保護受給中の者の生命が直接的に脅かされる状態に陥る危険性がある。かかる危険を除去するためにも、専門的知識に基づく主張の効果を本人に帰属させるべく、法律の専門家たる弁護士による代理活動が求められているといえよう。
人の命に直結する市民の生存権を守る活動をすること、それと同時に、違法不当な行政行為を防止することは、まさに弁護士法第1条に定められた弁護士の使命である。弁護士は、その使命を実現するための代理権限を弁護士法はじめさまざまな法律に基づいて付与されている。生活保護法の適用場面に関する法律事務も、弁護士の使命をまっとうするための代理行為にほかならないのであって、かかる弁護士の代理権限が合理的な根拠なく制限されてよいはずがない。
4 厚生労働省が推奨する「生活保護法の適用場面における弁護士による代理活動を認めない」という運用に合理的な根拠はないこと
しかるに、厚生労働省は、生活保護法の適用場面において、審査請求などごく限られた場合を除き、弁護士による代理活動を認めないという運用を推奨している。しかし、その取扱いは以下のとおり合理的な根拠がなく、生活保護法の適用場面において代理活動を制限する理由はない。
(1)「保護申請が代理になじまない」という厚生労働省の見解に合理的根拠がないことついて
ア 厚生労働省は、2009年版以降、『生活保護手帳 別冊問答集』において、「生活保護の申請が本人の意思に基づくものであることを原則とし、生活保護の申請をするかしないかの判断については代理人が判断すべきものではないとして、代理人による保護申請はなじまないものと解することができる」との見解を示している(同書・問9-2)。
しかしながら、代理人によって保護の申請が行われるのは、本人が自らの意思に基づいて保護を申請するという決定を下し、代理人に申請についての委任をしている場合である。ゆえに、保護申請についての判断をしているのは本人にほかならない。そうである以上、本人が自ら選任した代理人による申請を否定する理由はまったくない。ましてや、上記の事例から明らかなとおり、生活保護法のあらゆる適用場面において、本人の権利実現のため法律専門家による支援が必要不可欠である。ゆえに、本人が自らの意思で選任した代理人による支援を否定する理由はまったくない。生存権保障の重要性に鑑みれば、保護受給者自身に対してなされなければ意味がないといえる生活指導などごく少数の場面を除き、原則として、生活保護法の適用場面において代理活動が広く認められなければならない。
イ 生活保護法第7条が保護申請権者の範囲を扶養義務者や同居の親族などに拡張しているのは、本人の意思のみでは保護申請を十分に行えない場合に、他の人の支援によって本人の申請行為を現実化させようという趣旨である。同条の趣旨は、本人の申請権の拡張にあるのであるから、同条は、本人の意思に基づく代理人による申請も排除していないことは明らかである。
ウ また、厚生労働省がいうところの「なじまない」という言葉の意味するところは、まったくもって不明確であり、厚生労働省の上記見解は、その法的な意味や根拠がいっさい不明である。
そもそも、生活保護法の適用場面では、これまで述べてきたとおり、代理人が本人の意思に基づき、本人のために行動すべき場面が数多く存在している。それにもかかわらず、厚生労働省が、きわめて不明確な内容の「なじまない」という概念を用いて、本人の意思に基づく本人の権利実現行為を阻害するとすれば、憲法及び法律に従うべき行政機関の行為としては極めて問題であるといわざるを得ない。
エ 審査請求や訴訟における代理活動を除く生活保護法のほぼすべての適用場面について代理活動には「なじまない」とする運用は、代理制度にあえて限定的な解釈を行った結果、市民の権利行使を不合理に阻害することとなっており、社会正義の実現の観点からは到底許されるものではなく、即刻改められなければならない。
(2)生活保護法第62条5項が代理人の選任を否定したものではないこと
ア 生活保護制度の運用の場面では、福祉事務所職員が、生活保護申請援助には代理が認められないと主張する際、その根拠について、「生活保護法第62条3項が『保護の実施機関は、被保護者が前2項の義務に違反したときには、保護の変更、停止又は廃止をすることができる』とし、同条第5項が『第3項の規定による処分については、行政手続法第3章(第12条及び第14条を除く)の規定は適用しない』とし、他方で、行政手続法第3章第16条には『前条第1項の通知を受けた者は、代理人を選任することができる』と規定されている。生活保護法が、行政手続法の『代理人を選任することができる』という条項を適用しないとしている以上、保護の変更、停止又は廃止の処分については、代理人を選任できないと解釈すべきである」と説明することがある。
イ しかし、上記の説明は、生活保護法及び行政手続法の法律構造、及びそれを踏まえた実情からすれば、以下のとおり誤ったものである。
そもそも、生活保護法は一般的に代理人を排除する規定を置いていない。
また、生活保護法が行政手続法第3章を適用除外としたのは、すでに生活保護法第62条4項において弁明の機会の付与が規定されており、行政手続法第3章に対応する一定の権利保護規定が既に存在しているからである。
そして、生活保護法第62条4項の趣旨は、保護の変更や停止、廃止といった処分が、被保護者の生活の糧を奪う結果に直結する可能性のある極めて重要な処分であることから、被保護者からその生活状況等について十分な聞き取りを行ったうえで、実情に即した適切な判断がなされることを確保し、被保護者の生きる権利を保障する点にある。この趣旨にかんがみれば、生活保護法は、処分を行ううえで、被保護者について十分な情報収集及び意見聴取を行うことを予定しているといえる。
これを現在の実情についてみれば、給付を受ける者として相対的に弱い立場にある被保護者は、行政職員に対し自己の置かれた状況について十分な説明をできないことが多々ある。ところが、これまで述べてきたように、行政機関は、被保護者や申請者からの十分な意見聴取を行っているとはいえないのが実情である。そして、その結果、生活状況等について自分一人で十分な説明ができない方々にとっては、生活保護法の予定する生きる権利の保障など絵に描いた餅でしかない状態が多くの場面で生じているのである。
したがって、このような状況下において生活保護法第62条4項の趣旨を全うし、被保護者の生きる権利が保障されるためには、代理人による活動が必要不可欠であることはいうまでもない。
よって、生活保護法62条5項の適用除外規定を代理人の排除の法的根拠と捉える説明はまったくの誤りである。
(3) 現行法上生活保護制度において弁護士の支援を受ける権利が保障されていると解釈すべきこと
重要な点であるため繰り返し述べるが、生活保護法の分野においては、行政機関が違法不当な運用を行った場合、保護を申請しようとする者ないし保護受給中の者の生命が脅かされる状況に陥る危険性がある。そして、上記3に掲げた例からも明らかなとおり、国民が適正に保護を受ける権利は生活保護制度のあらゆる場面で危険にさらされている。そのような危険を除去するため、専門知識に基づく主張の効果を本人に帰属させるべく、法律の専門家たる弁護士による代理活動が求められているといえよう。
この点、憲法第31条が、不利益処分において適正手続を受ける権利を保障している。そして、生活保護制度の運用においては、上記で述べたとおり、行政機関から便益を享受する国民と行政職員との間に知識や力の差があることから、国民が本来受けられるべき便益を適切に享受できず、生存が脅かされる危険性がある。すなわち、国民の生存権が保障されるためには、生活保護法のあらゆる適用場面において、専門家の適切な援助を受ける権利が保障されなければならないといえる。そして、専門家の適切な援助を受ける権利を保障されることが、同分野における適正手続の保障であるといえる(憲法第31、25条)。
人の命に直結する市民の生存権を守る活動をすること、それと同時に、違法不当な行政行為を防止することは、まさに弁護士法第1条に定められた弁護士の使命である。生活保護法の適用場面に関する法律事務も、弁護士の使命を全うするための代理行為にほかならないのであって、かかる弁護士の代理権限が合理的な根拠なく制限されてよいはずがない。
また、生活保護法の適用場面における行為が法律事務に該当する場面には、「審査請求、異議申立て、再審査請求等行政庁に対する不服申立事件に関する行為その他一般の法律事務を職務とする」と規定する弁護士法第3条が妥当する。同条にいう「法律事務」とは、法律に規定する事項に関連する事務全般を意味するものであって、生活保護法に関係するほとんどの事務がこれに該当することは明らかである。
5 生存権を守るための実践からの必要性
これまで、様々な弁護士が、生活困窮者の生命を守るため、生活保護申請、福祉事務所との交渉、不服審査請求、行政訴訟などを行ってきた。しかし、個々の弁護士の取り組みのみでは、潜在的に数多く存在する生活困窮者の生存を保障できないおそれがある。
そこで、日本弁護士連合会および当会は、潜在的に存在する多数の生活困窮者の生存を保障するため、法テラス委託援助事業の実施、生存権緊急対策本部の設置、当会における生活保護当番弁護士制度(生活保護支援システム)の発足など、様々な活動を行っている。特に当会が創設した生活保護支援システムについては、2009年3月の制度発足から2012年1月31日までの間に合計587件の相談が寄せられ、各事件に応じた成果を上げている。最近では、福祉事務所窓口の対応にも変化が見られるところであり、このことは生存権分野における市民の権利実現にとって、弁護士による支援がいかに重要な意味を持つかを端的に表している。
生活困窮者の生命を守るための法的支援が十分に果たされるようにするため、生活保護法の適用場面における弁護士による代理活動に対する制限的運用は直ちに中止されなければならない。
6 まとめ
以上のように、生活保護法の適用場面における弁護士による代理活動は、市民の生命に直結する重要な権利の実現・擁護にとって必要不可欠のものといえる。その一方、同場面において弁護士による代理活動を拒む正当な理由は何ら存在しない。それにもかかわらず、厚生労働省が弁護士による代理活動を認めない運用を続けることは、弁護士による基本的人権の擁護活動を不当に阻害するものであると同時に、市民の正当な権利行使を不当に制限するものである。
したがって、当弁護士会は、厚生労働省及び生活保護の実施に直接の責任を負っている地方自治体に対し、弁護士の代理活動の趣旨を尊重し、生活保護法の適用場面のすべてにおいて、直ちに、かつ、公式に弁護士による代理活動への制限的運用を中止することを強く求めるものである。
以 上

刑の一部執行猶予制度に対する意見書

カテゴリー:意見

                         
                         2012(平成24)年5月18日
                                 福岡県弁護士会     
                                 会長 古賀和孝
  
 
第179回臨時国会に提出された「刑法等の一部を改正する法律案」及び「薬物使用等の罪を犯した者に対する刑の一部の執行猶予に関する法律案」(以下「本法案」という。)に関する福岡県弁護士会(以下「当会」という。)の意見は以下のとおりである。
意見の趣旨
 当会は、本法案を廃案とし、現行の仮釈放の運用改善や福祉や医療などの社会的支援へつなげる体制を整備したうえで、改めて制度導入の可否を審議することを求める。
意見の理由
1 はじめに
 本法案の提案理由は、「近年、犯罪者の再犯防止が重要な課題となっていることに鑑み、犯罪者が再び犯罪をすることを防ぐため」に、刑の一部の執行を猶予することを可能とする制度を導入することにあるとされる。
 そして、実刑と全部執行猶予との中間的な刑事責任に応じた刑罰や、施設内処遇後に相応の社会内処遇の期間を確保し、施設内処遇と社会内処遇の有機的な連携をはかる制度が求められ、それが刑の一部執行猶予制度であるとされる(以下、本法案に定める刑の一部の執行を猶予することを可能とする制度のことを、単に「一部執行猶予制度」という。)。
 しかし、一部執行猶予制度は、第2項及び第3項に述べる理論的問題点及び運用上の問題点を抱えているため、第4項に述べる本来的な制度改革の在り方を踏まえた慎重な審議がなされるべきである。
2 刑の実質的重罰化・処遇の長期化に対する懸念
  本法案における「一部執行猶予」の要件は、「3年以下の懲役または禁錮の言渡しを受けた場合」である。実刑と全部執行猶予との中間的な制度としての一部執行猶予制度の位置づけからすれば、その適用範囲としては、これまで実刑となっていた事例の一部のみならず、これまで全部執行猶予となっていた事例にも適用されうることになる。
そして、全部執行猶予になっていた事例に適用された場合には、これが被告人にとって重罰化を意味することはいうまでもない。
一方、これまで実刑となっていた事例に適用された場合であっても、一部実刑に処せられた上、その後執行猶予に付せられることにより、実質的に被告人に対する監視期間が長期化することとなるのであって、被告人の負担は軽視できないものであり、特に保護観察に付せられた場合はなおさらである。
そして、本法案は、遵守事項違反の場合の執行猶予取消に関する条項において、従来の保護観察付執行猶予違反の場合に規定されている「その情状が重いとき」(刑法62条の2)という文言を削除しており、一部執行猶予制度において遵守事項違反が即収容につながる危険性が高いことに照らせば、かかる被告人の負担は決して軽いものではなく、実質的な重罰化となることが懸念される。
3 刑事罰の保安処分化に対する懸念
本法案において、刑の一部執行猶予は「犯情の軽重及び犯人の境遇その他の情状を考慮して、再び犯罪をすることを防ぐために必要であり、かつ、相当であると認められるとき」に言渡すものとされている。
この要件自体が、被告人の一般社会に対する将来の危険性に着目して被告人の自由を制限することを許容しているともいえ、一部執行猶予制度がいわば保安処分的に運用される危険がある。
この点、一部執行猶予の導入は、刑事責任の評価を変えるものではないとの見解が立案担当者から示されている。
被告人を実刑に処した上で、言い渡された刑期を超える執行猶予期間を付すことが、責任主義との関係上、正当化しうるか疑問である。また、執行猶予を付する場合、宣告刑の量刑が重くなるという従来の実務の実情に照らせば、一部執行猶予の場合の収容期間と執行猶予期間を合算した期間は相当長期にわたることになり、責任主義に照らし、かかる重罰化を正当化することは困難であると考えられる。
このように、一部執行猶予制度については、刑事罰が保安処分化するのではないかという懸念を拭うことが出来ず、また、責任主義との関係で法理論上の問題も孕んでいる。
4 本来的な制度改革の在り方 
(1) 仮釈放の運用改善等
仮釈放とは、懲役・禁錮刑の受刑者を、刑期の満了に先立ち一定の条件のもとに、一定期間仮に釈放して、一般社会において更生させることをはかり、その期間を無事に経過したときには施設に収容することを免除する制度である。仮釈放は、受刑者の改善更生を目的とした刑の執行の一形態であり、仮釈放期間は刑期の残りの期間である(残刑期間主義)。仮釈放の期間がこのように定められたのは、行為責任主義を根拠とするものである。
施設内処遇と社会内処遇との有機的連携をはかるのであれば、行為責任主義との整合性に照らしても、まずは仮釈放制度の運用の改善や、必要的仮釈放の制度の導入が検討されるべきである。
(2) 社会内サポート体制の構築
現行制度上の執行猶予は、全く施設収容を行わず、社会内での処遇がなされる制度である。現行制度の趣旨は、短期間自由刑を科すことによって、かえって対象者の社会復帰が困難となる実情に照らし、施設収容を回避すること、そして、判決の感銘力を背景にした心理的強制を担保として罪を犯した者の自発的更生をはかることである。さらに、取り消されることなく猶予期間を満了した場合には、「刑の言渡しは、効力を失う。」(刑法27条)。現行制度では刑期より長い執行猶予期間が定められるが、これは、全く収容されることがないこと等によって、正当化されうるといわれる。
これに対し、一部執行猶予制度は、実刑にほかならない。
かえって、執行猶予が回避しようとした短期自由刑の弊害は、そのまま生じる可能性がある上、拘禁され、また、全部執行猶予の持つ刑の言い渡しが効力を失うという法的効果もない。
このため、「施設内処遇と社会内処遇の有機的連携」が整備されていない状況で一部執行猶予制度が運用されることになれば、いったん社会から完全に隔絶された被告人を、十分に社会内でサポートできないまま、刑罰を執行されるかもしれないという威嚇力だけで被告人の再犯等を防止するだけの制度となるおそれがある。
社会内サポート体制を整備しないまま一部執行猶予制度を導入することは、制度の目的が実現される可能性が低い中で、いわば見切り発車をするものといわざるをえない。まず、保護観察や更生緊急保護の拡充をし、その実績を踏まえ、改めて、制度導入の可否について審議するというのが、慎重な審議の在り方というべきである。
(3) 小括
被告人の再犯防止という点からみれば、被告人が社会復帰を果たす上で実効性のある「個別化」がされるべきであり、それは、むしろ福祉や医療による社会的援助の方策の充実させる方向である場合も多いと考えられ、より広い視野で社会内処遇の充実を図ることが本筋である。
安易に「中間的」な制度をとりいれることによって、「本来的」な制度(現行制度や将来の制度も含め)の在り方が見失われないよう、現行制度の運用改善や、本来あるべき方向性での新しい施策も並行して検討されるべきである。
  
5 結語
本法案には、第2項及び第3項に述べた問題が内在しているため、当会は、本法案をいったん廃案することを求める。その上で、第4項で述べた現行の仮釈放の運用改善や福祉や医療などの社会的支援へつなげる体制を整えることを先行させ、その実績を踏まえたうえで、改めて制度導入の可否を慎重に審議すべきである。
以 上

子ども・子育て新システムに関する意見書

カテゴリー:意見


                      
2012(平成24)年3月30日
                              福岡県弁護士会
                              会長 吉村敏幸
少子化対策基本法によって設置された少子化対策会議は,平成22年6月29日,「子ども・子育て新システムの基本制度案要綱」(以下「要綱」という。)を決定し,政府は平成23年通常国会に法案を提出する予定とされていたものの,同国会における法案提出は見送られた。
少子化対策会議は,平成23年7月29日,それまでの議論の到達点であるとして,「子ども・子育て新システムに関する中間とりまとめ」(以下「中間とりまとめ」という。)を決定したが,関係各者から様々な反対意見や慎重意見が出され,政府は更なる議論を余儀なくされた。
その後,少子化対策会議は,平成24年3月2日付で「子ども・子育て新システムの基本制度について」を決議し,そこでは「子ども・子育て新システムに関する基本制度」(以下,「基本制度」という。),「子ども・子育て新システム法案骨子」(以下,「法案骨子」という。)を定め,これに基づいて「子ども・子育て支援法案(仮称)」,「総合子ども園法案(仮称)」並びに「子ども・子育て支援法及び総合子ども園法の施行に伴う関係法律案(仮称)」の三法案の作成作業を急ぎ,税制抜本改革とともに今国会への提出を行うとしている。
しかしながら,基本制度の内容は,中間とりまとめ後の議論を踏まえてもなお,様々な問題点を内包しており,これが法案として提出されて新システムが実施されることになれば,我が国の保育及び幼児教育制度は根底から覆され,子ども,ひいては我が国の未来に取り返しのつかない大きな打撃を与えかねない。
この問題は,国の根幹,未来に影響する重要な問題であるため,実質的な意味での国民的議論が必須なはずであるが,それがほとんどなされないまま,形式的に開かれた形での議論を重ねただけで,まさに来年度から新システムが始まろうとしている。
福岡県弁護士会は人権擁護と社会正義の実現という使命を果たすべく,新システム導入により大きな影響を受けるにも拘わらず自ら声を上げることができない子どもたちや,議論の蚊帳の外に置かれた市民に代わり,同法案の今国会への提出,議決,来年度からの導入に反対し,あるべき保育制度改革につき提言を行うものである。
第1 意見の趣旨
   新システムの導入によって大きな影響を受ける一人ひとりの子どもの権利に照らせば,新システムには,以下の通り多くの問題点がある。
①新システム導入によって,実際にはどのような効果と弊害が生じるかが明らかにしないまま,幼保一体化の看板が全面に掲げられていること
②指定基準の厳格化,明確化が図られていないこと
③児童福祉法24条1項の改悪につながりかねないこと
④財源が不明確なままであること
以上のような問題点があるので,当会は,基本制度及び法案骨子を基礎とした法案の提出,議決,来年度からの新システム導入に反対し,子どもの権利を中心に据え,上記問題点に十分配慮したうえでのシステムの構築と導入がなされるべきであることを提言する。
第2 意見の理由
 1 新システムの骨子及び問題点の概観
   新システムは,幼児期の学校教育・保育について,子どもにとって生涯にわたる人格形成の基礎を培う極めて重要なものであることと捉え,また,非正規労働者の増加などの雇用基盤の変化,核家族化や地域のつながりの希薄化等による親達の苦労を懸念し,子どもと子育て家庭を応援する社会の実現に向けての制度構築を図ると謳い,幼保一体化を主たる柱として具体的仕組みを以下のように示している。
(1) 幼保一体化の目的
   質の高い学校教育・保育の一体的提供,保育の量的拡大による待機児童問題の解消,家庭における養育支援の充実を目的とする。
(2) 具体的な仕組みの骨子
  ① 指定制度の導入
 保育事業拡大のため,多様な事業主体の保育事業への参入を促進する。
  ② 総合こども園の創設
    学校教育・保育及び家庭における養育支援を一体的に提供するため,施設の一体化を図る。
   これらは,一見すると,幼保一体化施設による保育・幼児教育の量的拡大が図られ,一人一人の子どもへの保育・幼児教育の実施がより保障されるようになるかのように思える。
   しかし,以下に述べるとおり,新システムの仕組みとその効果を具体的に検討すると,待機児童問題の実質的解消にどれだけ効果があるのか不明である上,保育の質が低下していくおそれをはらんでいることが明らかである。
  そもそも幼保一体化は,本来的に制度設立の経緯及び目的の異なった幼稚園と保育園を一体化しようとするものであり,そのことの効果と弊害を十分に検討したうえで,これを導入するのであればその効果を最大限発揮しうるような制度でなければならないはずである。
  また,新システムにより,株式会社等のさまざまな団体が保育業界に参入できることになるが,そもそも福祉領域の保育には市場原理になじみにくいものであるところ,指定制度の導入により保育が単なる産業になってしまうことがないように十分配慮される必要があるのに,それが十分なされているとは言い難い。
  さらには,市町村と保護者の費用負担の問題や,新システムの財源についても未だ不透明な部分が多く,今後の日本の未来に大きく影響する保育システムの改革が,財源も不明確なまま導入されることは極めて危険である。この点に関しては,財源が明確になるまでの期間,システム導入による効果と弊害について十分に議論を尽くし,子どもの権利に照らして修正するべきところは修正し,その上で導入するべきである。
2 予定されている新システムの具体的な問題点について
①新システム導入によって,実際にはどのような効果と弊害が生じるかが明確にされないまま,幼保一体化の看板が全面に掲げられていること
  政府は,「質の高い学校教育・保育の一体的提供」を幼保一体化の目的の一つとして掲げているが,そもそもなぜ一体化させる必要があるのかその議論が尽くされたとは言い難い。
  確かに,現代においては、保育園及び幼稚園が、それぞれの本来的なサービスに加えて、保育園が教育的な機能を担い,他方で幼稚園が預かり保育等のサービスを行うようになってきており,そうであれば一体化してしまえばよいのではないかとの意見や要望があることは明らかである。
  もっとも,保育園と幼稚園は,その設立経緯,制度趣旨・目的が元来的に異なっており,既存の幼稚園の空き教室を有効活用して待機児童の解消が図られれば万事解決ということにはならず,幼保一体化の効果と弊害についてはより慎重な議論が必要なはずである。
幼保を一体化すると,そこに通う子どもたちは,それぞれ親の就業の有無によって,園で過ごす時間を異にし,一体的な保育や幼児教育ができなくなるなどの弊害が現在の認定子ども園の現場からも上がっている。
そもそも,保育や幼児教育は,そこで家族以外の人間関係を学ぶ場であるにも関わらず,そこでの保育や幼児教育が,子どもごとに,しかも親の都合によって分断されてしまえば,質の高い保育や幼児教育を実施することはできないのである。
社会的な要望と言った効能面のみを強調するのではなく,その弊害についても慎重に議論がなされるべきであることは明らかである。
  また,一体化についての議論が十分になされ,これを推進するとの立場をとるとしても,基本制度及び法案骨子によれば,国の基準をクリアした施設の総称を「こども園」とし,①幼稚園と保育園の機能を併せ持つ,幼保一体の「総合こども園」(ここでは待機児童のほとんどを占める0歳~2歳の子どもの受け入れは義務付けられていない。)②幼稚園,③0歳~2歳対象の「保育所」,④一部の無認可保育所やNPO,株式会社が設立した「その他の施設」の4種類に分かれ,設置基準,対象年齢,内容,開所時間が異なる施設が,すべて「こども園」を名乗ることになっている。
  なお,現在の認可保育所と認定こども園は自動的に総合施設に移行するが,幼稚園は,幼稚園のままか,総合施設になるかを選択することになる。
  さらには,幼稚園団体の意見を踏まえ,私学助成を併存させるなど,維持されるべき理念は後退していると言わざるを得ない。
  このように,今回の新システムの看板に掲げられていたはずの「幼保一体化」は,根本的な部分の議論が不十分であるばかりか,「こども園」を名乗る様々な施設の中に,幼保が一体化した「総合子ども園」が含まれるという,非常に分かりづらい構造となるにも拘わらず,「こども園」全体が「幼保一体化」となるかのようなイメージを先行させているのであり,その実体が国民に十分に理解されているとは到底言い難い。
  このような状況の中で,基本制度及び法案骨子によりつつ,待機児童問題を解消しようとすれば上記④「その他の施設」の指定基準を下げ,そこに「こども園給付」を交付し,企業の参入を促すことにならざるを得ないことが大いに予測される。
  そうすると,質の維持が伴わない,例えばビルの一室にある「こども園」に子どもが押し込められるような事態も予測され,子どもの保育環境が低下する恐れが大きいのである。
  待機児童問題が先鋭化している都市部において,基準を緩めた④「その他の施設」が増えたとしても,それは実質的に見て待機児童問題の解消にはつながらないのである。
  幼保一体化の効能を認め,これを推進していくのであれば,そこに通うことを望むすべての子どもが,総合子ども園に入所できるようにしなければならないはずである。
  新システムが導入されても,都市部における現在の待機児童が,幼保一体化の施設に通うことにはならないであろうことを,政府は前もって国民に説明をするべきである。
②指定基準の厳格化,明確化が図られていないこと
現行制度における保育施設の最低基準は,子どもが健康で安心して生活ができ保育を受けられる最低限を保障するものである。すなわち,現行制度における基準は,これ自体最低限を保障したものであって,これ以下の基準であれば,子どもの健康で安心した生活を保障することが出来なくなる。
   これに対し,基本制度及び法案骨子よれば,こども園として都道府県(予定)から指定されるには,「質の確保のための客観的な基準を満たすことを要件に,①認可外施設を含めて参入を認め,②株式会社,NPO等,多様な事業主体の参入を認める(指定制)。これにより,保育の量的拡大を図るとともに,利用者がニーズに応じて多様な施設や事業を選択できる仕組みとする。」とされる。そして,「指定基準の各々の水準については,今後,要検討」「指定要件については,現行の基準を基礎として,人員配置基準・面積基準等,客観的な基準を定め,適合すれば原則指定を行うことで透明性を確保する」とされている。
   すなわち,新システムが導入された場合の指定基準については,未だ具体化されておらず,新システムが種々の主体の広い参入を認める以上,その指定基準が,現状よりも厳格化されることは期待できず,むしろ緩和されることが大いに予測される。そして,利益の追求を本来的な目的とする株式会社の参入を認めている以上,新制度での指定基準が,緩和されることは明白である。
   仮に,指定基準が緩和されなくても,新制度下では,採算性が重視されることになるため,結局,運営が続けられない事業主体が生じることが予想される。
   また,新システムでは,需給調整を行うと予定されているが,どれほど実効性があるか極めて疑問であるし,その需給調整の中で,既にサービスを受けている子どもの幼児教育や保育の一貫性が保たれず,質が維持されないことが危惧されるのである。
   以上のように,仮に指定制度を導入するとしても,その指定基準は厳格化,明確化すべきであり,それが十分なされないまま新システム導入がされるべきではない。
 ③児童福祉法24条1項の改悪につながりかねないこと
   現行制度においては,児童福祉法24条1項に基づき,保護者が認可保育所に入所を希望する場合,保護者が市町村に認可保育所の利用を申し込み,市町村が保育の必要性を判断した上で入所の可否を決定している。この場合,契約は市町村と保護者の間で締結され,市町村が各保育所に保育を委託することになっている。
   これに対し,新システムでは,保護者は市町村から子どもの「要保育度」の「認定」を受け,その認定に基づいて希望の園に直接利用を申し込み,直接契約を締結することになり,園側は,契約締結の際に採算性を考慮せざるを得ないことになる。この点で,堅持されるべきはずの現行の児童福祉法24条1項は改悪を余儀なくされるのである。
   また,新しく予定されている「こども園給付」は,園が代理受領することとされているが,保護者の自己負担分に関しては,滞納リスクを園が負担することになる。
   例えば,貧困層の家庭に生まれた障害を持った子どもなど,受け入れ施設側にとって,経済的な採算性の面では必ずしも利益をもたらさない場合に,「子ども・子育て新システム」では,その保育が保障される制度となっていない。たとえ障害を持つ子どもが「優先的な選定」を受けられたとしても,施設の側において,「正当な理由」を口実とした受け入れ拒否が可能であり,その「正当な理由」の内容をどのように限定するかの議論も十分にされておらず,また具体化もしていないのである。
   このような制度では,最も保護を必要とする子どもたちに質の維持された保育が保証されず,保護者の資力や障害の有無によって,就学前から子どもが差別を受けるような状況が予測されるのに,この問題に関する十分な議論がされていないのである。
   このように,新システム導入により,市町村の保育実施責任がなくなることで形式的には待機児童問題は緩和される可能性があるものの,「要保育認定」を受け,施設に入所する権利はあるものの,入所出来ない子どもたちが発生することが大いに予測され,新たに,いわゆる「保育難民」の問題が生じる可能性が高いのである。
   以上のとおり,新システムは,待機児童問題を解消し,すべての子どもに質が確保された保育・幼児教育の機会を与えるというあるべき制度とは相当にかけ離れたものとなるおそれがあり,弱者に光が当たらない,非常に暗い未来を創りだす制度となりかねないものなのである。  
   また,現在の保育料算定は,市町村の保育実施責任に基づき,保護者の所得に応じた,いわゆる「応能負担」となっている。
そして,基本制度及び法案骨子においても,形式的には,応能負担となることがうたわれている。
  しかし,新システムにおいては,「利用者負担については,所得 階層区分ごと,保育の必要性の認定の有無,認定時間(利用時間)の長短の区分ごとに定額の負担を設定することを基本とする。」と明記されており,利用料は,公定価格を基準にするものとされ,また,利用者の利用料の負担を定めるに当たって,所得階層も考慮するかのようであるが,その算定に当たって,どれだけの時間利用したかという利用時間を踏まえるものであり,その時間による価格に加えて,施設,サービスによる上乗せ徴収を可能としたことにより,その実態は「応益負担」の保育料算定になるのである。
  そして,全国基準額を踏まえ,市町村が費用徴収基準額を定めることとする。なお,実費徴収や実費徴収以外の上乗せ徴収については一定の要件の下で「施設が定める」とされる。
  こうなると,「公定価格」というのは形だけで,保護者が支払うべき保育料は,施設やサービスによって区々になることが大いに予測される。しかも上乗せ徴収名目で,保護者の経済力に応じた,サービスの差別化が図られることが危惧される。経済状況が厳しい保護者はなるべく上乗せされないように利用を控えたり,施設側はなるべく上乗せ徴収が可能と思われる子どもを優先したりするなど,保護者の経済力が,こどもの保育環境に直結してしまうことになるのである。
  このような弊害まで予測されるのであるから,現行の市町村の責任は維持されるべきであり,児童福祉法24条1項を改悪するような制度導入はするべきでない。
④財源が不明確なままであること
  基本制度及び法案骨子では,新システムの実施に当たって,「『社会保障・税一体改革成案』(平成23年6月30日政府・与党社会保障改革検討本部決定)においては,税制抜本改革によって財源を措置することを前提に,2015年における子ども・子育て分野の追加所要額(公費)は0.7兆円程度(税制抜本改革以外の財源も含めて1兆円超程度の措置を今後検討)とされた。」と記載されており,これを前提としている。
  前提となっている「税制抜本改革」とは,昨今議論になっている消費税増税を主要な内容としたものである。すなわち,新システムは,消費税が増税され,かつ,これが予定通りの税収を得られることが前提である。そして,この増税自体の是非も,税率自体も,未だ国民的コンセンサスが得られていないことは明白である。
  このように財源的な手当もままならない状況下で,不十分な内容のシステムを見切り発車するような事が,断じてあってはならないことは,これまで述べてきたところから明らかである。第3 結語
 以上のように,政府が導入を急いでいる新システムは,なお多くの問題点をはらんでいるのであるから,当会は,拙速なシステム導入に反対し,それらの問題点を十分に議論解消し,確実な財源が確保されたうえでの制度導入を求めるものである。
 
以 上

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