法律相談センター検索 弁護士検索
カテゴリー: 意見

商業登記規則等の一部を改正する省令における代表取締役等住所非表示措置について、弁護士が代表取締役等の住所情報にアクセスできる制度の創設を求める意見書

カテゴリー:意見

第1 意見の趣旨
  当会は、国に対し、商業登記規則等の一部を改正する省令(令和6年法務省令第28号)における代表取締役等の住所非表示措置について、弁護士が職務上必要な場合には、迅速に代表取締役等の住所情報にアクセスすること(オンラインにより住所情報を取得することを含む。)を可能とするための措置の創設を求める。
第2 意見の理由
 1 省令の改正内容
2024年(令和6年)4月16日、「商業登記規則等の一部を改正する省令(令和6年法務省令第28号)」(以下「本省令」という。)が公布された。
この省令は、一定の要件を満たした場合には、申出により、株式会社の代表取締役、代表執行役又は代表清算人(以下「代表取締役等」という。)の住所の一部について、登記事項証明書や登記事項要約書、登記情報提供サービスに表示しないこととする措置(以下「住所非表示措置」という。)を定めたものである。
住所非表示措置がとられると、代表取締役等の住所は最小行政区画までしか記載されないこととなる。
本省令は、2024年(令和6年)10月1日の施行が予定されている。
 2 本省令施行後の対応
本省令施行後は、代表取締役等の住所非開示措置が講じられた場合で、代表取締役等の住所を把握する必要があるときには、管轄法務局に対し、代表取締役等の住所が記載された書面を閲覧することについて法律上の利害関係を有することを疎明した上で、管轄法務局の登記官の面前で閲覧をするか、または、不動産登記規則等の一部を改正する省令(令和6年法務省令第32号)で導入されたウェブ会議システムを利用した非対面で閲覧する方法をとらなければならないことになる。
  前者の方法では、利害関係を疎明する資料の作成に手間を要し、管轄法務局の窓口まで出向かなければならないことになる。また、後者の方法でも、請求者が、窓口または郵送で、所定の方式により登記申請書の閲覧請求を行った後、登記官が、これを相当と認め、かつ、正当な理由があると判断した場合に、請求人に連絡して日程調整を行い、実際の閲覧手続に進むというものであって、実際の閲覧に至るまでには相当の時間を要するものと見込まれる。
 3 手当の必要性
本省令は、代表取締役等のプライバシーを保護するという趣旨によるものであるが、その趣旨には賛同する。
しかし、商業登記における代表取締役等の住所の公開は、①会社に事務所や営業所がない場合の普通裁判籍を決する基準となるものであり、本店所在地への送達が不能となった場合での送達場所ともなるものである。また、②会社を悪用した詐欺商法を含む消費者被害等の救済にあたっては、代表取締役等の住所地は大きな手がかりとなるものであるが、本省令では②の点について特段の手当てはない。
昨今、国際ロマンス詐欺やSNS型投資詐欺等の詐欺商法が多数発生し、社会問題化しているが、被害金の振込先等で会社名義の預金口座等が多数悪用されている。上記②の点について手当がないままであれば、今後も会社名義が悪用された詐欺商法が一層増加することが懸念される。
このような被害者の被害回復を図るためには、裁判手続における送達場所となったり、法的責任(会社法第429条1項等)を負ったりする代表取締役等の住所を迅速に特定することが必要であって、特に被害回復のために保全の手続が必要であったり、消滅時効の問題があったりする場合等は、即時に住所を把握しなければならない。代表取締役等の住所を迅速に特定できるか否かは、弁護士が相談を受けた際の初期段階における方針策定や依頼の可否・要否の判断に非常に重要である。代表取締役等の住所を特定する方法として附属書類等の閲覧しか手段が確保されないのであれば、現行制度では被害回復が可能なケースであっても、これが難しくなる場合が発生する事態を許容することとなり、十分とはいえない。
4 結語
そこで、弁護士がその職務として行う場合には、迅速に代表取締役等の住所情報にアクセスできる仕組みを設けることで、プライバシー保護との調整を図るべきである。
商業登記よりもプライバシー情報の量が多い戸籍や住民票について、弁護士による職務上請求が認められていることに鑑みても(戸籍法第10条の2及び住民基本台帳法第12条の3参照)、代表取締役等の住所についての弁護士による職務上請求制度の創設がなされることに問題はない。
また、デジタル化推進の中においては、戸籍や住民票の職務上請求と同様の要件を満たす場合には、オンラインによる請求でも代表取締役等の住所の情報を迅速に弁護士が入手できる仕組みも必要である。
以上のとおりであるから、当会は、国に対し、本省令における代表取締役等の住所非表示措置について、弁護士が職務上必要な場合には、迅速に代表取締役等の住所情報にアクセスすること(オンラインにより住所情報を取得することを含む。)を可能とするための措置の創設を求める。

2024年(令和6年)6月19日
福岡県弁護士会 会長 德永響

緊急事態時に国会議員の任期延長を許す憲法改正に反対し、大規模自然災害等 の緊急事態時にも選挙を実施できるようにするための制度整備を求める意見書

カテゴリー:意見

第1 意見の趣旨
 当会は、
1 現在、第212回国会の衆議院憲法審査会において議論がなされている、大規模災害等の緊急事態時に国会議員の任期延長を許すとする憲法改正に反対する。
2 国に対し、大規模災害等の緊急事態時においても選挙を実施できるよう、公職選挙法改正等の制度の整備をすることを求める。
第2 意見の理由
1 はじめに
 現在、第212回国会の衆議院の憲法審査会において、大規模自然災害等の緊急事態時に国会の権能を維持するために国会議員の任期延長を認める内容の憲法改正を行うべきであるとの議論が提起され、これに賛成する会派から具体的な条文案も示されている。
 それら条文案では、概ね、外部からの武力攻撃、大規模自然災害、内乱、感染症まん延等の緊急事態が発生し、選挙の一体性が害されるほどの広範な地域において国政選挙の適正な実施が70日を超えて困難であることが明らかな場合に、手続的要件を充足すれば、国会議員の任期を延長(任期満了や衆議院解散の場合は前議員の身分を復活させたうえで延長。延長期間は1年とするものや、「国政選挙が適正に実施されるまでの間」の上限6ヵ月とするもの等があり、再延長を可とする。)するとされている。手続的要件は、選挙実施困難性の認定は内閣が行い、国会において過半数ないし出席議員の3分の2以上の事前承認を要するというものである。
2 国民の選挙権行使の機会を縮小させること
 憲法は、主権が国民に存することを宣言し(前文、1条)、公務員を選定し及びこれを罷免することは国民固有の権利であると定め(15条1項)、国会の両議院は全国民を代表する選挙された議員でこれを組織すると定めて(43条1項)、国民に対し主権者として衆参両議院の議員の選挙において投票することによって国の政治に参加する権利を保障している。選挙は国民が国の政治に参加して国政のあり方を決めるという国民主権の根幹であるから、憲法はこうした国民主権の根幹に関わる権利として、国民に選挙権を保障しているのである。
 したがって、国民の選挙権又はその行使を制限することは原則として許されず、制限することがやむを得ないと認められる事由がなければならない(最高裁判所2005年(平成17年)9月14日在外日本人選挙権剥奪違法確認等請求事件判決同旨)。
 国会議員の任期は、衆議院議員が4年(45条本文)、参議院議員が6年で3年ごとの半数改選であり(46条)、衆議院議員について、衆議院解散の場合には期間満了前に終了する(45条但書)。従って、憲法は、衆議院について少なくとも4年に1度の頻度で(衆議院解散の場合にはより高い頻度で)、参議院について3年に1度の頻度で、国民に選挙権行使の機会を保障していると言える。これは、国民主権原理を充実させるために、かかる頻度において国民の意思を国政に反映させる機会を確保しているものでもある。
 議員任期が延長されれば、国民が、本来であれば延長前に行使できた選挙権を、延長された期間中には行使できなくなり、選挙権を行使できる頻度も延長前より低くなるのであるから、この権利行使の機会を縮小させることになる。選挙権行使の頻度を低めるということは、憲法が国民主権を充実させようとした態度とは正反対の方向であり、国民主権原理を後退させるものである。後述するところから明らかなとおり、そのように選挙権行使の機会を縮小させることにやむを得ないと認められる事由があるとは言い難い。
3 濫用のおそれがあること
 国会議員の任期を延長すれば、延長時点における議院の会派構成を維持することになる。そこで、内閣や、その存立の基礎である両議院(とりわけ衆議院)の多数派(与党)が国民多数の支持を失っている場合には、権力維持目的で濫用されるおそれがある。
 選挙実施困難性の認定権限を持つ内閣が、選挙(とりわけ衆議院議員総選挙)を実施すれば自らの存立の基礎である政権与党が多数派を維持し得ず少数派勢力に転落すると見通される場合に、現在の会派構成を維持するため、あえて選挙実施困難であると認定する(逆にそのように考えない場合にはあえて認定しない)という恣意的な権限行使をするおそれがあるからである。
 また、内閣が選挙実施困難であると認定した場合の承認権限を有する国会も、任期を延長しなければその地位を失うはずの国会議員が自ら任期延長の可否を決するというのであるから、自らの保身の可否を自ら判断できることになるのであって、延長を可とする誘因が強く、お手盛りの判断となる危険が大きいと言わざるを得ない。任期を延長せずに選挙を実施すれば多数派勢力が少数派に転落する可能性が強いという見通しがある場合にはなおさらである。
 国会議員の任期延長が現に政治的に利用された実例があることも忘れてはならない。1941年(昭和16年)、衆議院議員の任期満了前に立法措置により任期が1年間延期されたことがあるが、その理由とされたのは、「今日のような緊迫した内外情勢下に、短期間でも国民を選挙に没頭させることは、国政について不必要にとかく議論を誘発し、不必要な摩擦競争を生じせしめて、内外外交上はなはだ面白くない結果を招くおそれがあるのみならず、挙国一致防衛国家体制の整備を邁進しようとする決意について、疑いを起こさしめぬとも限らぬので、議会の任期を延長して、今後ほぼ1年間は選挙を行わぬこととした」(法学協会「第七六帝國議會・新法律の解説」(1941年(昭和16年)有斐閣刊))ということであった。
 その翌年である1942年(昭和17年)には一転して、「議会の刷新を期し、政治力の結集を図ることがむしろ戦争遂行のため緊要であると考え、戦争の真っ最中であえて総選挙を断行した」(「議会制度百年史・帝国議会史・下巻」636頁)という理由により、戦時下、東京、横須賀、横浜、名古屋、神戸、大阪等への空襲の12日後に、任期満了時にあえて任期を延長することなく、衆議院議員総選挙(翼賛政治体制協議会による推薦の有無により選挙戦に圧倒的な有利不利の差が生じたとされ、当選者の8割以上を推薦者が占めたいわゆる翼賛選挙)が行われたのである。
 このような実例に鑑みても、憲法上、国会議員の任期延長を許すこととした場合に権力維持目的で濫用されるということは、杞憂に過ぎないとは到底言えず、現実的にそのおそれがあるものと言わねばならない。
4 議員任期を延長せずとも現行憲法の規定により対応可能であること
 そもそも、憲法は、現在の議員任期延長条文案が想定するような場面に対処するため、参議院の緊急集会の規定を置いている(54条2項後段)。衆議院解散により全ての衆議院議員が不在となっても、「国に緊急の必要があるとき」には内閣が参議院の緊急集会を求めることができるのである。参議院議員は半数ごとの改選である(46条)ため、全議員が不在となることはないし、定足数(56条により各議院の総議員の3分の1)に不足する事態が生じることもないため、緊急集会が開会できなくなる事態は想定し難い。緊急集会において採られた措置は「臨時のもの」とされ、次の国会開会後10日以内に衆議院の同意がない場合には効力を失うものとされて、衆議院による関与の機会が保障され、二院制の原則に対する配慮もなされている。
 衆議院議員の任期満了の場合には、公職選挙法31条1項により、衆議院議員総選挙を「議員の任期が終る前三十日以内に行う」ことが原則とされているから、原則として衆議院議員が不在となることはない。
 但し、同条2項が例外的場合を想定して定める、1項による総選挙期間が「国会開会中又は閉会の日から二十三日以内にかかる場合」に、総選挙を「国会閉会の日から二十四日以後三十日以内に行う」という場合には、衆議院議員不在の期間が生ずる。1項による場合にも、衆議院議員総選挙を行うべき任期終了前30日間に自然災害等が発生すれば、衆議院議員不在の期間が生じ得る。
 しかし、これらはかなり稀な例外であると思われるうえ、この場合には憲法54条2項後段を類推適用して、参議院の緊急集会で対応することが考えられる。任期満了による衆議院議員不在の場合も解散による不在の場合と状況が酷似しており類推の合理的基礎があるうえ、この場合に類推適用しても解釈によって適用場面が不当に広がるという事態は生じ得ないからである(2023年(令和5年)5月18日、衆議院憲法審査会に参考人として招致された長谷部恭男早稲田大学大学院教授及び大石眞京都大学名誉教授の発言同旨)。
 参議院の緊急集会に関しては、衆議院解散総選挙の場合に衆議院議員の不在期間が憲法上、70日と限定されている(54条1項により解散の日から40日以内に総選挙、総選挙から30日以内に特別会招集)ことから、参議院の緊急集会の存続期間も70日に限定されていると解して、その日数を超えた事態への対応のために議員任期延長の必要を説く見解もある。
 しかし、憲法上、参議院の緊急集会自体の存続期間が限定されているわけではなく、国会の機能を臨時的に代替するという緊急集会の機能から考えれば、必ずしも緊急集会の存続期間を衆議院解散から70日と限定する必要性はない。そもそも、憲法54条1項が衆議院解散から総選挙までの日数及び総選挙から特別会の招集までの日数を限定した理由は、衆議院解散後に総選挙を実施しようとしなかったり、総選挙後に特別会を招集しようとしなかったりして、国民の支持を失ったにもかかわらず従前の内閣(及び従前の衆議院多数派議員)が政権の座に居座り続けようとすることを許さないという目的によるのであり、日数の限定はその手段である。任期延長を可能とし、国民の支持を失った内閣や多数派議員が政権の座に居座り続けるのを認めるということでは、目的と手段が逆転することになり、本末転倒というほかない。
 また、公職選挙法上、一部の投票所において「投票を行うことができない」又は「更に投票を行う必要がある」場合であっても、繰延投票(公職選挙法57条)によることで選挙そのものは実施し、当該一部の投票所において投票を繰り延べるという方策も用意されているから、これによることも可能である。この場合、投票が繰り延べられた投票所を含む選挙区については選挙結果の確定が遅れることとなるが、投票が可能となり次第、順次投票を実施して選挙結果を確定していけばよい。
 このように、議員任期を延長せずとも現行憲法の規定によって十分に対応可能なのである。
5 緊急事態時にも選挙を実施できるようにするための制度の整備こそが必要であること
 大規模自然災害時等において選挙実施が困難となる事態をより根本的に解決するためには、公職選挙法の改正等の制度整備によって、国民の選挙権の行使の機会を拡充する方策を実現することがより重要である。
 具体的には、平時から選挙人のバックアップ名簿を作成することや、避難者が住所地の投票所に戻らずとも避難先の投票所で本来の選挙区における投票をできるようにすること(現行制度でも、指定港における船員の不在者投票という制度(公職選挙法49条7項)があり、それと類似の制度を創設すること。)、郵便投票制度の拡充(現行の公職選挙法49条2項でも一部の身体障害者や要介護者に、あるいは在外投票制度で認められている郵便発送による投票を被災者にも広げること。)、投票所単位の繰延投票では対処できない場合に備えて都道府県選挙管理委員会の判断により選挙自体を延期できる制度の創設、などを検討すべきである(日本弁護士連合会の2017年12月22日付「大規模災害に備えるために公職選挙法の改正を求める意見書」でも同様の提言がなされている。)。
 また、大規模自然災害時には、被災自治体が選挙事務を担うことによる人的負担及び経費負担を緩和すべきことも課題となるが、災害対策基本法の被災自治体への職員派遣制度を弾力的に運用することによって人的負担を緩和し、費用を被災自治体と職員派遣自治体のみの負担によることなく国が負担することによって経費負担を緩和することにより解決可能である。
 このような制度の整備を行うことにより、大規模災害等の事態においても選挙の実施が容易になると考えられ、それにより民意を反映した国会・内閣の構成が可能となる。そして、そのような制度整備は、公職選挙法等の法改正等により可能なのである。
6 結語
 以上のとおり、国会議員の任期を延長する憲法改正案は、その想定する事態が現行憲法規定により対応可能であるため改正の必要性が認められない。そうでありながら国民の選挙権行使の機会を縮小させ、国民主権原理を後退させるのみならず、特に内閣・政権与党による濫用のおそれがある。真に国民主権、民主主義を尊重するためには、大規模自然災害等の下でも選挙を実施できる制度の整備こそが必要である。
 よって、当会は、第212回国会の衆議院憲法審査会において議論されている、大規模災害等の緊急事態時に国会議員の任期延長を許すとする憲法改正に反対するとともに、国に対し、大規模災害等の緊急事態時においても選挙を実施できるよう、公職選挙法改正等の制度の整備をすることを求める。

2023年(令和5年)12月6日
福岡県弁護士会
会長 大 神 昌 憲

特定商取引に関する法律等の書面の電子化に関する主務省令において適正な措置を講じることを求める意見書

カテゴリー:意見

第1 意見の趣旨
 特定商取引に関する法律(以下「特定商取引法」という。)及び特定商品等の預託等取引契約に関する法律(以下「預託法」という。)の書面交付義務の電子化に係る政省令を定めるに当たっては、不意打ち的な勧誘や利益誘引型の勧誘等により消費者被害が多発している現状を踏まえ、電子化によって消費者保護機能が低下することがないように、下記の内容の措置を講じるべきである。


1 消費者からの承諾の取得について
⑴ 事業者に対して、消費者から契約書面等の交付義務を電子化することの承諾を得るのに先立って、次の事項についての説明義務を課すこと
① 消費者は原則として書面の交付を受けることができること
② 書面交付に代えて提供される電子データ(書面に記載すべき事項を電磁的に記録したもの)には、契約内容やクーリング・オフ制度などの重要な内容が記録されていること
③ 電子データを受領した旨の消費者から事業者への確認メールの送信日(または事業者が消費者の受領を確認した日)がクーリング・オフの起算日となること
⑵ 事業者に対して、同じく消費者から承諾を得るのに先だって、次の事項についての確認義務を課すこと
① 消費者が自身のスマートフォン・パソコン等の電子機器を操作して、電子メールの受信、送信、電子メールの添付ファイルの閲覧及び同添付ファイルの電子データの保存ができること
② 消費者が自身のスマートフォン・パソコン等の電子機器を操作して、事業者のWebサイトにアクセスしてID・パスワードによりログインし、同サイトの電子データを閲覧し保存できること
⑶ 事業者が消費者の承諾を取得する方法について、次の点を定めること
① 訪問販売、電話勧誘販売及び訪問購入、連鎖販売取引、業務提供誘引販売取引及び預託等取引、特定継続的役務提供のうち後記②の類型を除く契約類型においては、必要事項を記載した承諾書面への消費者の署名及び承諾書面の控えを消費者へ交付すること
 ここにいう必要事項の記載は、対象契約を特定する事項(契約申込日・商品名・代金額・事業者名)、提供する電子データが契約書面に代わる重要なものであること、電子データを受領した旨の消費者から事業者への確認メールの送信日(または事業者が消費者の受領を確認した日)がクーリング・オフの起算日であることを記載すること
② 特定継続的役務提供のうち、オンラインで契約を締結し、オンラインで役務提供を行う類型(オンライン完結型取引)については、電子メールによって承諾を得ることも許容されるが、その承諾は、事業者が①の承諾書面の記載事項と同様の記載をした電子メールを消費者に送信し、消費者がその内容を確認した旨の電子メールを事業者に返信するという方法によること
⑷ 事業者が消費者の承諾を取得するに際しては、次の行為を禁止すること
① 電子データの提供の意義・効果等についての虚偽・誇大な説明及び表示
② 困惑させる行為による承諾の要請
③ 書面交付に比して対価その他の取引条件で有利に扱う告知
④ 書面交付に比して契約締結手続が迅速化する旨の告知
⑤ 家族その他の第三者への同時提供を希望しないようにする高齢者への働き掛け
⑸ 事業者に対し、高齢者である消費者の承諾を得る際には、家族その他の第三者への電子データの同時提供を希望するかどうかの意思確認を義務付けること
⑹ 消費者の真意に基づく承諾を得たことの立証責任は事業者が負うこと及び事業者が上記⑴から⑸の義務または禁止のいずれかに違反した場合には書面交付義務を履行したものとは認められず、クーリング・オフの起算日が到来しないことを明記すること
2 事業者が契約条項を電子データで消費者に提供する方法等について
⑴ 電子データの提供方法を以下のものとすること
① 電子メールにPDFファイルを添付する場合には、事業者が契約条項全体の一覧性を確保し改ざん防止措置を講じたPDFファイル形式の電子データを添付した電子メールを消費者に送信し、閲覧及び保存を促し、消費者が電子メールを受信して添付ファイルを閲覧し、かつ保存した上で、その旨の確認メールを事業者に返信するものとすること
② 事業者のWebサイトの電子データにアクセスさせる場合には、事業者がWebサイトに契約条項全体の一覧性を確保し改ざん防止措置を講じたPDFファイル形式の電子データを掲載し、アクセスのためのURLを電子メールで消費者に通知し、閲覧及び保存を促すとともに、消費者がこれを閲覧しかつ保存した上で、その旨の確認メールを事業者に返信するものとすること
⑵ 電子メール本文において以下の内容を告知すること
  事業者は、電子データまたはURLを送信する電子メール本文に、①契約を特定する事項(契約申込日・商品名・代金額・事業者名)、②添付した電子データが契約書面に代わる重要なものであること、③電子データを受領した旨の消費者から事業者への確認メールの送信日(又は事業者が消費者の受領を確認した日)がクーリング・オフの起算日であることを明記すること
⑶ 電子データの提供とクーリング・オフの起算日を以下のとおりとすること
① 事業者が電子データを提供した場合のクーリング・オフの起算日は、事業者の送信した電子メールが消費者のメールサーバに到達した日ではなく、消費者が受信した電子メールに添付された電子データを閲覧・保存した上で、事業者に対し確認メールを返信した日とすること
② 事業者がWebサイト上で電子データを提供した場合のクーリング・オフの起算日は、消費者が電子データを閲覧・保存した上でその旨の確認メールを事業者に送信した日とすること
③ 仮に政省令によって起算日自体について上記①、②のように規定することができない場合は、消費者が電子データを閲覧・保存したことを事業者において確認する手順を加え、事業者がその手順を履行しないときは、電子データの到達日をもってクーリング・オフの起算日であることを主張できないものとすること
⑷ 高齢者の家族等への提供方法を以下のとおりとすること
  事業者は、高齢者である消費者が電子化を承諾するに際し、家族その他の第三者への電子データの提供を希望することを表明した場合には、当該家族等に対しても同時に電子データを提供するものとすること
⑸ 概要書面を電子データによって提供する場合の契約概要の説明について以下のとおりとすること
  事業者は、概要書面の交付に代えて電子データを提供する場合、消費者が当該電子データを閲覧している状態であることを確認の上、契約の概要を説明するものとすること
⑹ 契約書面等を電子データによって提供した場合の再提供義務について以下のとおりとすること
 事業者に対し、契約書面等の交付に代えて電子データを提供した場合、消費者が電子データの再提供を請求したときは再提供する義務を課すこと
⑺ 契約条項の保存措置義務について以下のとおりとすること
  書面交付義務の電子化を実施する事業者に対し、契約締結時の契約内容の電子データについて、改ざんが生じないよう対策を講じて保存する措置をとる義務を課すこと
第2 意見の理由
1 はじめに
⑴ 2021年(令和3年)6月16日に公布された「消費者被害の防止及びその回復の促進を図るための特定商取引に関する法律等の一部を改正する法律」(以下「本改正法」という。)においては、特定商取引法及び預託法が規定する販売業者等の契約書面等交付義務(以下「書面交付義務」という。)について、消費者の承諾を得ることを要件に、契約書面等を電子化することと、電磁的方法によって提供することを可能としており、この「電磁的方法による提供」の具体的規律については主務省令に委任している。
  これを受けて消費者庁は、「特定商取引法等の契約書面等の電子化に関する検討会」(以下「本検討会」という。)を設け、上記の消費者の承諾の取り方や、電磁的方法による提供のあり方等についての検討を継続している。
  しかし、そもそも、消費者側においては、訪問販売等において契約書面等をあえて電子化する必要性は乏しく、デジタル社会の進展とともに消費者と事業者の間の情報の質及び量並びに交渉力の格差は縮まるどころかむしろ拡大していることに鑑みれば、契約内容の確認および把握という点で、事業者から交付される契約書面等は依然として極めて重要な意義を有している。そのため、本改正法については、消費者保護の観点から、日本弁護士連合会、全国各地の弁護士会及び消費者団体が反対意見と懸念を表明している。当会も、同年3月24日、「特定商取引に関する法律等の書面の電子化に反対する意見書」を公表した。
  加えて、同年6月4日、参議院地域創生及び消費者問題に関する特別委員会は、本改正法の附帯決議として「書面交付の電子化に関する消費者の承諾の要件を政省令等により定めるに当たっては、消費者が承諾の意義・効果を理解した上で真意に基づく明示的な意思表明を行う場合に限定されることを確保するため、事業者が消費者から承諾を取る際に、電磁的方法で提供されるものが契約内容を記した重要なものであることや契約書面等を受け取った時点がクーリング・オフの起算点となることを書面等により明示的に示すなど、書面交付義務が持つ消費者保護機能が確保されるよう慎重な要件設定を行うこと。また、高齢者などが事業者に言われるままに本意でない承諾をしてしまうことがないよう、家族や第三者の関与なども検討すること」を要請している(以下「参議院附帯決議」という。)。
⑵ そもそも、特定商取引法等が必ずしも処分証書ではない文書について事業者に対して書面交付義務とクーリング・オフ制度を定めた趣旨は、不意打ち的な勧誘、利益誘導型の勧誘によって冷静に考えれば締結しなかった契約を締結させられてしまったような場合や、契約内容が複雑・不明瞭で、その契約を締結した場合にどのような法律関係が形成されるのかが客観的に判断しづらい契約内容となっていることから生じるトラブルから、消費者を保護することにある。
  例えば、①訪問販売、電話勧誘販売や訪問購入であれば、勧誘の不意打ち性、攻撃性という問題性を、②連鎖販売、業務提供誘引販売取引や預託取引であれば、複雑・不明瞭な契約内容を充分に理解しないまま多額の利益等に幻惑されて契約してしまうという問題性を、③特定継続的役務提供であれば、役務の内容、質、効果の客観的判断が困難なまま長期的な契約を締結せざるを得ないという問題性をそれぞれ内在している。それゆえ、消費者を不当な契約から解放するためにクーリング・オフ制度が設けられ、その前提として、消費者に契約内容やクーリング・オフ制度を正確に把握させるために、事業者に対して書面交付義務が設けられている。
  消費者トラブルは、消費者が一度決済をしてしまえば、法的救済を行うことが極めて困難になるという性質が特に強く表れる類型の紛争である。そのため、早期に、簡易な方法で契約関係から離脱する手段(クーリング・オフ制度)を講じておくことは、市民の権利を保障し、安心して経済活動に関わることを促すことに繋がる重要な施策である。今回の、事業者に対して電磁的方法による書面交付義務の履行を認めるという法改正は、電磁的機器を利用しなければその内容を把握できない電磁的方法を認めるという意味で、極めて大きな消費者保護制度の変更を認めるというものである。従ってクーリング・オフ制度の前提をなす重要かつ不可欠な規律として電磁的方法による書面交付義務を定めるものである以上、極めて厳格な制度設計が求められる。
2 消費者の真意に基づく明示的な承諾確保の必要性(意見の趣旨1項関係)
⑴ 同⑴関係
 書面交付義務の電子化について、消費者の真意に基づく承諾があると言えるためには、同⑴記載の事項について十分に説明し、理解を得ることが不可欠の前提条件である。参議院附帯決議においても、「消費者が承諾の意義・効果を理解した上で真意に基づく明示的な意思表明を行う場合に限定されること」を要請している。
⑵ 同⑵関係
  また、消費者が書面交付義務の電子化について真意に基づく承諾をするためには、単に形式的な説明と承諾があることでは足りず、消費者に電子データの提供に対応できるだけの電子機器の操作能力が必要である。したがって、事業者は、消費者が同⑵記載の操作をすることができることを質問により確認し、電子データの提供手順において検証するという手順を踏むことが求められる。
⑶ 同⑶関係
  特定商取引法等の取引類型は、事業者の主導的な勧誘行為により消費者の冷静な意思形成を歪めやすい特徴があることから、書面交付義務の電子化についても、口頭による説明と承諾のやり取りでは真意に基づく明示的な承諾を確保することはできない。国会質疑においても、政府参考人から、口頭や電話だけでの承諾は認めないことに加えて、オンラインで完結する取引の場合は電子メールで、その他の分野は書面による承諾を得てその控えを消費者に交付する方法とすることが考えられること、ただし、オンライン完結型取引であっても、悪質業者の被害が顕著に見られる分野については書面による承諾とし、被害発生のおそれが低いオンライン取引に限って電子メールによる承諾の取得を認めることも一案として検討したい、とする答弁がある。加えて、消費者自らが承諾書面に署名することによって、電子化の承諾の意義と効果に注意を向け、これを承諾することの意味を自覚する契機ともなる。契約内容とクーリング・オフ制度を告知する機能をより確実に確保する観点から、オンラインによる役務提供の取引等の類型を含めて、書面による承諾と承諾書面の控えの交付を要するものとすべきである。
  上記の趣旨から、承諾書面には、少なくとも、対象契約を特定する事項(契約申込日・商品名・代金額・事業者名)、提供する電子データが契約書面に代わる重要なものであること、電子データを受領した旨の消費者から事業者への確認メールの送信日(または事業者が消費者の受領を確認した日)がクーリング・オフの起算日であることが記載されていなければならない。このような書面へ消費者自らが署名し、その写しが消費者に交付されることを要するものとすべきである。
  オンライン完結型取引についても、消費者の真意による承諾が明確になるよう、消費者自らが事業者のメールに返信することを要するものとすべきである。
⑷ 同⑷関係
  特定商取引法等が規定する取引類型が不当勧誘行為による不本意な契約締結の被害が発生しやすい分野であることを踏まえるならば、書面交付義務の電子化の承諾を取得する場面においても、電子データの提供の意義・効果等について虚偽・誇大な説明や表示をするなどの消費者を誤認させる行為や、消費者を困惑させて承諾を要請する行為は禁止する必要がある。
  また、書面交付を直ちに又は遅滞なく行うことは事業者の義務であるから、電子データの提供を選択する方が対価その他の取引条件で有利に扱われるとか、手続が迅速に進むといった告知は、不当な誘導として許されない。家族その他の第三者への同時提供を希望しないようにする高齢者への働き掛けも許されないものとされるべきである。
⑸ 同⑸関係
  消費者が高齢者である場合、判断能力・拒絶能力の低下や事後的な対処能力の低下により訪問販売等の被害に遭うリスクが増大する。そのため、国や地方公共団体においては、高齢者見守りネットワークを構築して家族その他の第三者による消費者被害の防止・早期発見に結び付ける取組が推進されている。
ところが、書面交付義務が電子化されて、高齢者がスマートフォンなどの電子機器内に契約データを保管していても、家族等がそれを発見して被害救済に結び付けることは極めて困難である(一般的には契約書や請求書といった紙媒体での資料がきっかけとなって被害の発見に繋がることが多いと思われる。)。
  そこで、事業者が一定年齢以上の高齢者である消費者に対して書面の電子化の承諾を求める場合は、家族その他の第三者に電子データの同時提供を希望することができる旨を当該消費者に説明した上で、これを希望するか否かの意思確認をする手順とし、これを希望する高齢者については、後述するように承諾に付随する条件に従って家族等への同時提供を実行することが求められるものとすべきである。
この点は、参議院附帯決議においても、「高齢者などが事業者に言われるままに本意でない承諾をしてしまうことがないよう、家族や第三者の関与なども検討すること」とされているところである。なお、このような手順を踏むものとしても、契約の締結自体について第三者の関与・承諾を要件とするものではなく、高齢者が希望する場合に電子データを同時提供するだけであるから、高齢者の自己決定権を制約することにもならない。
⑹ 同⑹関係
  書面交付義務の電子化は、事業者が「申込みをした者の承諾を得て」電子データで提供することができる(特定商取引法4条2項等)という規定である。そのため、申込者の承諾を得たことの立証責任は、条文構造から見ても事業者が負うべきである。そして、その承諾については承諾の意義・効果を理解した上での真意に基づく明示的な承諾の意思表示であることを要するべきであるから、承諾の意思表示の存在の立証責任を事業者が負うことを明記することが求められるとともに、事業者が、上記第1・1⑴から⑸の義務を果たさず、あるいは禁止行為に違反するときは、承諾に基づく電子データの提供には該当せず、書面交付義務が履行されていないこととなり、クーリング・オフの起算日が到来しないこととすべきである。
3 事業者が契約条項を電子データで消費者提供する方法等について(意見の趣旨2項関係)
⑴ 同⑴関係
① 書面に代えて電子データの提供を行う場合には、事業者が契約条項全体の一覧性を確保し改ざん防止措置を講じたPDFファイル形式の電子データを添付した電子メールを消費者に送信して、閲覧及び保存を促し、消費者が電子メールを受信して添付ファイルを閲覧し、かつ保存した上で、その旨の確認メールを事業者に返信することとすべきである。
② 事業者のWebサイト上で電子データの提供を行う場合は、事業者がアクセス用URLを電子メールで提供するだけでなく、消費者に速やかに電子データを閲覧・保存するよう促し、消費者がアクセスして契約条項の電子データを閲覧・保存した上で、その旨の確認メールを事業者に送信する(または閲覧・保存したことを事業者が確認する。)という手順にすべきである。
⑵ 同⑵関係
 前記いずれかの方法で契約条項の電子データを提供した場合、書面で提供される場合と比べて、消費者には添付ファイルを開いて確認するという作為が必要になるため、その行動がとられないリスクがある。そのうえ、添付ファイルを開いて閲覧したとしても、手のひらサイズの小さなスマートフォンの画面に詳細な契約条項が表示されることとなると、主な契約内容やクーリング・オフ制度に関する記載が看過されてしまう危険性がある(書面の場合にはフォント数に関する規制が存在するが、端末で見る場合には現実の文字サイズはその端末のサイズに依存することになる。)。
そこで、送信する電子メール本文に同⑵記載の内容を明確に表示すべきことを政省令に明記すべきである。なお、消費者がクーリング・オフの通知を電磁的記録により行う場合の送信先電子メールアドレスは、添付ファイルの電子データ内だけでなく、電子メール本文にも表示すべきである。これらの措置は、書面交付義務をデジタル化することによる事業者の利便性だけでなく、デジタル化に伴う消費者の利便性も確保するものであり、本改正法の趣旨に合致するものだと言える。
⑶ 同⑶関係
① 事業者が電子メールに契約条項の電子データを添付して送信した場合、その電子メールは消費者が契約しているプロバイダのメールサーバにまず記録され、消費者が自己の電子機器のメールソフトを操作して電子メールを電子機器上で受信し、添付ファイルを開くことで現実に電子データを閲覧できる状態となる。この点、特定商取引法等の書面交付に代わる電子データの到達時期は、消費者保護のためのクーリング・オフ制度を消費者に告知し、クーリング・オフ行使の起算日を画する基準として考えられるべきものであるから、契約成立時期の判断基準と一致させる必要はなく、消費者が契約条項及びクーリング・オフの存在を現実的に確認できたと評価できる時点であって、かつ事業者にとっても共通の明確な時点を基準とする必要がある。
 こうした観点から見ると、事業者の送信した電子データが消費者のメールサーバに到達した日ではなく、消費者が、受信した電子データを閲覧・保存した上で、事業者に対する確認メールを返信した日をもって、クーリング・オフの起算日と扱うべきである。
② また、事業者のWebサイトに消費者がアクセスして電子データを取得する場合も、消費者が電子データをダウンロードし閲覧・保存した旨の確認メールを事業者に送信した日、または消費者がダウンロードし閲覧・保存したことを事業者が確認した日をもって起算日とすべきである。
③ なお、本改正法に消費者の「電子計算機に備えられたファイルへの記録がされた時」に消費者に到達したものとみなす旨が規定されたことから(4条3項等)、政省令によって到達日自体を変更することができないとすれば、電子データの具体的な提供方法が政省令に委任されていることを踏まえて、消費者が電子データを閲覧・保存したことを事業者において確認することを手順として定め、その手順を怠ったときは、事業者は電子データの到達日をもってクーリング・オフの起算日として主張できない旨を規定すべきである。そして、消費者が一定期間内(例えば1営業日以内)に電子データを閲覧・保存した旨の確認メールを送信しない場合は、事業者は遅滞なく書面の交付を行うべきである。
⑷ 同⑷関係
  消費者が高齢者である場合、書面交付義務の電子化による見守り機能喪失の不利益を防止するため、前述したとおり当該高齢者が承諾に付随する条件として家族その他の第三者への電子データの同時提供を希望した場合には、事業者は、当該家族等に対し電子データを同時提供する手順を踏むものとすべきである(なお、家族その他の第三者のメールアドレスを事前の同意なく事業者に提供することが当該家族等の個人情報の第三者提供の問題となり得るが、高齢者本人は個人情報保護法上の事業者に当たらないうえ、契約条項の電子データの同時提供が希望される家族等は高齢者との間に信頼関係が存在すると考えられることから、高齢者の被害防止の趣旨が優先されるものと考えられる。)。
  このことは、高齢者である消費者に対し、書面交付義務の電子化について家族等への同時提供という条件付きの承諾の機会を与え、その条件付き承諾に従って提供するものと捉えることが適切である。
  家族等への電子データの提供方法は、高齢者に対する提供方法と同じ方法で同時に提供するものとすべきである。高齢者である消費者が家族その他の第三者への提供を希望するが、そのメールアドレスを事業者に直ちに提供することができないときは、当該高齢者の希望は、自分だけで書面交付義務の電子化に対処することへの不安に基づくものであると考えられる以上、原則に戻って事業者は書面交付を行うべきである。この点は国会審議においても、「契約の相手方が高齢者の方々の場合には、家族などの契約者以外の第三者にも承諾に関与させる、家族などにもメールを送らせることなどによって安易に承諾を得られないようにすることで消費者被害の発生を抑止できるのではないかと考えております」との政府参考人答弁がなされている。
⑸ 同⑸関係
  連鎖販売取引、業務提供誘引販売取引及び預託等取引は、利益誘引の強調により不利益な契約条件を見落としがちであること、特定継続的役務提供は内容不明確な役務を長期多数回提供する契約内容が分かりにくいことから、契約の勧誘段階で概要書面を交付する義務が定められている(特定商取引法37条1項、42条1項、55条1項、預託法3条1項)。本来は、勧誘場面で概要書面を形式的に交付するだけでなく、交付した概要書面を提示した状態で複雑な契約内容を説明する手順を踏むべきところである。
  そこで、概要書面の交付に代えて電子データにより提供する場合には、事業者は、電子データの提供について所定の手続により消費者の承諾を得て電子データを提供した後、直ちに、消費者が当該電子データを開いて閲覧している状態であることを確認の上、契約の概要を説明する手順に進むものとすることを政省令に明記すべきである。
⑹ 同⑹関係
  書面交付義務の電子化により、事業者は契約管理の効率化等の点で利便性を得る一方で、消費者には、電子データの文字が小さくて読み取りが困難である、適切に保存できておらず削除されてしまった、必要なときに必要なデータに迅速にアクセスすることが困難である等の不利益を被ることが少なくないと考えられる。
  そこで、事業者に対し、契約書面等の交付に代えて電子データにより提供した場合、消費者から電子データの再提供を請求されたときは、再提供に応じる義務を課すべきである。なお、この点は、契約内容の確認等も目的とするものであるから、電子データの再提供はクーリング・オフ期間とは連動しないものとすべきである。事業者にとっては、書面の再交付に比べ費用面でも手続面でもそれほどの負担とはならないと考えられる。
⑺ 同⑺関係
  事業者が書面交付義務の電子化を実施する場合、契約締結時の契約条項の電子データと、後日事業者が契約条件を変更した場合の契約内容との対応関係が不明確になるおそれがある。
  そこで、書面交付義務の電子化を実施する事業者に対し、契約者ごとに契約締結時の電子データについて、改ざんが生じないような対策を講じて保存する措置をとる義務を課すべきである。
4 小括
 前述のとおり、契約書面等は、クーリング・オフ制度の不可欠な前提をなす重要な書類である。
  しかし、契約書面等が書面で交付されている現在においてさえ、契約書面等がそのように重要な書類であることは必ずしも深く認識されていない。消費生活相談や法律相談の現場において、契約書面等に、消費者の重要な権利を制限する条項が記載されているにもかかわらず、そのことが事業者から説明されておらず、消費者がその条項の存在を認識していないということが判明するケースは枚挙に暇がない。中には、そのような状況が悪質事業者によって悪用されていると思しき事態もしばしば見受けられてきた。
  このような状況下で、契約書面等が電子化された場合には、より一層、その傾向が強まるおそれがある。近時の例としても、詐欺的な定期購入商法においては、消費者が最初に閲覧するウェブサイト上で「初回無料」や「お試し」、「いつでも解約可能」といった表示が強調されていることで、契約条項内に記載されている定期購入である旨や解約に関して子細な条件がある旨の記載が認識されておらず、解約を巡ってトラブルになる例が多数確認されている。デジタル社会が形成されていくとしても、消費者が安全で安心して暮らせる社会の実現に寄与するものでなければならないのであって、消費者保護機能を否定するものであってはならない。
  そこで、電子化の承諾の場面においても、契約書面等の重要性が看過され、消費者の真意に基づかない電子化への承諾がされないよう、消費者の権利を保障する施策が講じられることが不可欠である。
第3 結語
 以上のとおり、消費者保護、ひいては市民の経済活動の安心を担保する観点から、特定商取引法等の書面の電子化に関する主務省令において適正な措置を講じることを求める。
2022年(令和4年)6月1日
                       福岡県弁護士会
                          会長 野田部 哲也

特定商取引に関する法律等の書面の電子化に反対する意見書

カテゴリー:意見

消費者庁は,消費者委員会2021年1月14日会議において,特定商取引に関する法律が定める通信販売を除くすべての取引と特定商品等の預託等取引契約に関する法律が定める取引について,オンライン契約か対面契約であるかを問わず,消費者が承諾すれば,電磁的方法により契約書面や概要書面を交付することを容認する内容への改正を検討する旨の方針を示し,同年3月5日,同方針を踏まえ,「消費者被害の防止及びその回復の促進を図るための特定商取引に関する法律等の一部を改正する法律案」が閣議決定され,国会に提出された。しかしながら,同改正法案は,特定商取引に関する法律及び特定商品等の預託等取引契約に関する法律がこれまで担ってきた消費者保護機能を損なう危険のあるものであるため,以下のとおり意見を述べる。
1 意見の趣旨
 電磁的方法により契約書面や概要書面を交付することを容認することは,消費者保護の根幹たる特定商取引に関する法律及び特定商品等の預託等取引契約に関する法律上の書面交付義務を軽視し,各法の果たしてきた消費者保護を大きく後退させるものであり,今後オンライン取引が拡大していくことを踏まえても,拙速というべきであって,反対である。
2 意見の理由
(1) 法定書面の機能及び重要性
 特定商取引に関する法律(以下「特商法」という。)及び特定商品等の預託等取引契約に関する法律(以下「商品預託法」という。)は,訪問販売等の方法により消費者と契約をする事業者に対して契約書面及び概要書面の交付義務を課しており(特商法4条等,商品預託法3条,以下「法定書面」という。),法定書面の記載事項について特定商取引に関する法律施行規則等において極めて厳格に定められている。これは,消費者に対して,自らの行った契約の内容を明確に認識させる機会を保障するとともに,クーリング・オフ等の手続により,契約関係からの離脱をする機会を保障するためであって,事業者の法定書面交付義務は,特商法及び商品預託法における消費者保護の柱ともいうべき極めて重要なものとして位置付けられてきた。
 実際の相談現場においても,消費者自身が,誰と,いつ,どのような内容の契約を締結したのかを明確に認識していない事例は枚挙に暇がなく(そしてその原因については,消費者の注意不足に起因するというよりも,契約内容自体が複雑であることに起因する事例が多数見受けられる。),消費者の手元に残された契約書面等から上記の情報を確認していくという手法がとられている。また,クーリング・オフは一定の期間内に行わなければならないところ,契約書面等がそもそも交付されていない場合や,記載事項が法定の要件を満たさない場合には,この期間が進行しないため,相談現場においては,法定書面交付の有無,交付の時期及び記載の不備の有無などから,クーリング・オフの可能性を検討しており,紙面として残された契約書面等は事案解決のための重要な資料となっている。
 さらに,当該消費者自身が消費者被害にあっている認識を持てないような場合(若年者や高齢者であって判断能力が充分でない場合や,言葉巧みに勧誘されてその認識を阻害されているような事案など)でも,家族や知人,福祉関係者や地域の方など周囲の者が,当該消費者が保有している契約書面等をきっかけとして被害に気付くという事例もあり,被害発覚の端緒としても機能している。
(2) 法定書面の電磁的方法による交付を認めた場合に生じる弊害
ア 電磁的方法で交付することに対する同意承諾の問題
 ここで,まず,消費者の同意を前提に法定書面を電磁的方法によって交付することができるとした場合に,その同意が真意に基づいていることをいかに確保するかという点が重要な問題となる。クーリング・オフ自体,不意打ち的要素を有する勧誘方法が行われる場合に認められているものであるから,法定書面の交付方法についても,仮に消費者が同意したとしても真意に基づかない場合の救済措置が必要である。
 次に,この同意についての保存義務及び立証義務を事業者に負わせるとしても,当該資料が改ざんないし偽造されることをいかにして防止するのかも問題となる。
 この点について,消費者委員会は,2021年2月4日付け特定商取引法及び預託法における契約書面等の電磁的方法による提供についての建議において,消費者の承諾の取得を実質化することが求められているが,具体的な方法には及んでおらず,未だ十分に検討されているとはいえない。
イ 契約条項の見落とし
 電磁的方法で契約書面等を確認する際,消費者は,スマートフォン等の端末で契約条項を確認することになるが,端末の小さな画面では一覧性に劣るうえ,高速に画面をスクロールしてしまうと必要な条項を見落としてしまったり,理解できない条項を読み飛ばしてしまうおそれがあるため,契約内容を十分に認識できない可能性が高まる。
 また,端末上でしか契約条項が確認できない場合に,目を惹く広告表示に気を取られ,契約条項がほとんど読まれないということは,相談が急増し高止まりしているネット通販の定期購入トラブルにおいて,一応は表示されている解約制限が認識されていないという相談内容が多いことからも明らかである。
ウ 契約書類の保存と改ざんないし偽造の危険性
 さらに,消費者側における電磁的方法で交付された書面の保存,閲覧をどのように確保するのかという点も問題となる。
 考え方としては,事業者のサイト上に自らのアカウントを作成して契約内容を確認する方法をとる方法や,メール等で送信する方法が考えられるが,前者の場合にはサイトの閉鎖,退会(事業者が強制的に行う場合を含む)のみならず,IDやパスワードの失念等により,後者の場合には当該データの消去(端末の故障等により意図せず消えてしまう場合も含む)や端末の紛失等によって,契約書等の電磁的記録を確認できなくなるという事態が生じることも十分に想定される。
 また,事業者側においては技術的には消費者が契約時に確認した契約内容とは異なる内容が契約書として保存したり,メール等で送信することは充分に可能である反面,消費者側でそのことを確認するのは著しく困難となる。
エ 家族や見守りの方が消費者トラブルを発見できなくなること
 さらには,スマートフォン等の端末については,第三者がその端末内のデータを見ることは基本的に想定されていないため,前述のような当該消費者自身が消費者被害にあっている認識を持てない場合,第三者が消費者の保有している法定書面を発見してその契約の問題点に気付くといったことも起きなくなってしまう。
オ 従前の関係省庁の見解
 さらに,官邸の高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部(IT戦略本部)第5回情報通信技術利活用のための規制・制度改革に関する専門調査会(2011年1月20日開催)の参考資料1「各省庁に対する書面調査結果」の通し番号41番において,当時,消費者庁及び経済産業省は,「消費者側が自ら主体的に電磁的交付に係る明示的な意思表示を行い得るものか疑義がある。」,「特に,昨今,訪問販売や電話勧誘販売においては,高齢者の判断力・交渉力不足に付け入る悪質な手口も多く,事業者側に有利なかたちで消費者の意思形成が誘導され,消費者被害が生じている実態を踏まえると,不意打ち的に勧誘を受ける高齢者を含む消費者が,電磁的交付について積極的な承諾の意思表示を行う取引形態になっているとは考えにくい。…したがって,高齢者を含む消費者が,電磁的交付について積極的な承諾の意思表示を行い得る環境であるとは言い難いと考えられる。」ということや,クーリング・オフ制度について「その起算日(書面交付日)は,手交,書留や配達証明等を利用することで客観的な立証が行われ,書面受領の時期についての消費者及び事業者の無用な争いが生じることが避けられているが,電磁的交付においては,送受信時期を偽ることや,受信機器の故障などにより。書面受領の時期をめぐる消費者トラブルを惹起する危険性もあると考える。」として極めて慎重な意見が示されてきた。
 現状,上記の問題点を覆すような状況の変化は見受けられないばかりか,事業者と消費者の間の技術力等の格差は拡がるばかりである。
(3) 立法事実の不存在
 訪問販売等の対面で勧誘及び契約が行われる取引について,契約書面等を電磁的方法で交付する必要は乏しい。
 実際に,2021年1月20日の消費者委員会本会議において,質問を受けた訪問販売に関する事業者団体の説明者は,電磁的方法で契約書面等を交付することについて質問を受けた際,「青天のへきれきみたいなものがあって…そういった議論はしてきた経緯はございません」と回答している。
 このように,以上の法定書面の機能及び重要性と電磁的方法による交付を認めた場合に生じる弊害にもかかわらず,なお電磁的方法による法定書面交付を広範に容認する必要性を裏付ける立法事実の存在は明らかでない。
(4) 結論
 取引の態様によっては,契約書面等を電子化していくことは消費者にとっても便宜になる場面もあり,いずれは契約書面等が電子化されていくこともありうる。
 しかし,デジタル社会の進展とともに,現時点では,消費者と事業者の間の情報の質及び量並びに交渉力の格差は縮まるどころか,むしろ拡大しており,事実関係の確認および把握という点で,事業者から交付された法定書面は依然として消費者にとって極めて重要な意義を有している。
 したがって,少なくとも現段階においては,電磁的方法により契約書面等を交付することについての同意の真意性の確認,契約書面等の改ざんないし偽造のおそれ,契約書面等の保存,閲覧の確保の点で具体的な検討がなされておらず,拙速であり,消費者庁の示した改正方針には反対である。

以上

中学校校則の見直しを求める意見書

カテゴリー:意見
文部科学省 御中
福岡県教育委員会 御中
福岡市教育委員会 御中
北九州市教育委員会 御中

2021(令和3)年2月17日
福岡県弁護士会    
会 長 多 川 一 成

【意見の趣旨】

1 合理的理由が説明できない校則や生徒指導、子どもの人権を侵害する校則や生徒指導は、直ちに廃止し、もしくは見直すべきです。
2 不必要な男女分けをする校則や生徒指導は、直ちにやめるべきです。
3 校則の制定、見直しにおいては、生徒も参加する校則検討委員会で検討するなど、生徒の意見を反映すべきです。

【意見の理由】

第1 はじめに
当会では、これまで、様々な子どもに関する問題に取り組んできた。学校における子どもの人権の問題についてみると、1993(平成5)年に福岡県内の中学校で丸刈りが強制されていた実態を調査し、その廃止に向けて取り組んできた。また、2010(平成22)年には体罰について考えるシンポジウムを開催し、教育委員会と一緒に体罰をなくす取り組みについて検討した。そして、最近では、2017(平成29)年にシンポジウム「LGBTと制服」を開催した。これは自分の性自認にそぐわない制服を無理やり着用させられる子どもたちの苦しみ、それによる不登校やトラウマといった悲劇をなくして、「男子は学ラン」「女子はセーラー服」といった性別に縛られない生き方を尊重できるようにすることはもちろん、「生徒が自分の意見で着たい服を選ぶことができる」という自由を守る活動として行われたものであった。こうした活動が実り、新標準服が誕生し、2020(令和2)年4月1日より福岡市内の市立中学校69校の9割で新標準服が採用された。
このように、当会では学校における子どもの人権の問題について取り組んできましたが、残された問題として「校則」がある。
文部科学省は、校則について「学校が教育目的を実現していく過程において、児童生徒が遵守すべき学習上、生活上の規律として定められており、児童生徒が健全な学校生活を営み、よりよく成長していくための行動の指針」としており、「学校を取り巻く社会環境や児童生徒の状況は変化するため、校則の内容は、児童生徒の実情、保護者の考え方、地域の状況、社会の常識、時代の進展などを踏まえたものになっているか、絶えず積極的に見直さなければなりません。」としている。しかし、校則については、様々な問題点が指摘されており、男女で異なる髪型の制限があったり、下着の色が特定の色に指定されていたり、靴下の色や柄についても細かな規定がされている等規制の内容に合理性がなく、生徒の学校生活を必要以上に制限するものが多数存在している。そこで、当会は、校則の実態を調査するため、福岡市の市立中学校69校の校則について調査検討した。調査検討の結果は、以下のとおりである。
第2 調査検討の視点
1 子どもの人権及び子どもの権利
子どもは人格的に自律した存在であり、基本的人権を享有する主体である。したがって、子どもであるからとして、基本的人権の享有を妨げられる理由はない。日本国憲法は、13条で、すべて国民は、個人として尊重されると規定し、同14条は、すべて国民は、法の下に平等であって差別されないと規定する。したがって、子どもも、個人として尊重され、平等に取り扱われる。
この点、子どもは、自ら選びながら自分をつくり成長していくために、探求し学習することが必要であるが、そのためには教育を受ける権利(学習権)が十分に保障されることが必須の前提となる。そのため、子どもとの関係では憲法26条の教育を受ける権利が特に重要となる。したがって、学校教育の過程にあるということは、子どもに対して、より十分な人権保障を要求する根拠にこそなれ、子どもの人権を制限する根拠にはなり得ないものである。
1989(平成元)年、子どもの権利条約が国連総会で採択され、1994(平成6)年に日本もこれを批准した。同条約は、子どもは「保護の対象」であるだけでなく、何よりもまず「権利の主体」であり、さらには「権利行使の主体」と捉えている。同条約12条は、「自己の意見を形成する能力のある児童は、自己に影響を及ぼすすべての事項について自由に自己の意見を表現する権利」があることを認め、子どもの意見表明権を保障する。そして、同条約はこれに引き続いて、子どもの表現の自由(13条)、思想・良心・信教の自由(14条)、集会・結社の自由(15条)、プライバシーの権利(16条)を保障する。
同条約は、子どもに関するすべての措置をとるに当たっては、公的なものであれ、私的なものであれ、子どもの最善の利益が考慮されなければならないと規定する(3条)。したがって、子どもの保護と教育の観点から大人とは異なる特別な制限がなされる場合は、子どもの最善の利益を図るためのものでなくてはならない。
2 校則の定義及び法的根拠
「校則」は法令用語ではなく、一般には、「学則」「生徒心得」「義務規定」「学習の心得」などの校内規則の総称として使われている。ここでは、校則は学校によって全生徒に対して画一的に示され、生徒の生活・行動を直接かつ継続的に規制している生徒指導に関する規範としての性格をもち、その違反に対しては最終的に懲戒処分等の学校による何らかの強制力が予定されているものと捉える。
校則制定権の根拠について法の明文はない。もっとも、学校教育法5条は、「学校の設置者は、その設置する学校を管理し、法令に特別の定のある場合を除いては、その学校の経費を負担する。」とされており、学校の設置者は学校の物的管理(校舎をはじめとした施設の管理を含む。)や運営管理(児童生徒の管理を含む。)などに必要な行為をなし得ると解されており、同法37条4項、49条により、校長は校務をつかさどることから、校則制定権をこの「校務」に含めて理解することもあり、裁判例においては学校長に校則制定権を認めている。
もっとも、学校長に校則制定権が認められるとしても、校則は生徒の自己決定権に関わるものであることからすれば、少なくとも当事者である生徒の意見を尊重しなければならず、校則を制定・改変するにあたっては、生徒も手続きに参加する必要があるといえる。この点、国際連合子どもの権利委員会は、日本に対し、日本の子どもの意見表明が家庭・学校その他のあらゆる場所で軽視されている旨の勧告を度重ねてしている。例えば、2010(平成22)年6月の最終見解において、「学校が児童の意見を尊重する分野を制限していること、政策立案過程において児童が有するあらゆる側面及び児童の意見が配慮されることがないことに対し、引き続き懸念を有する。委員会は、児童を、権利を有する人間として尊重しない伝統的な価値観により、児童の意見の尊重が著しく制限されていることを引き続き懸念する。」としていることに留意すべきである。
3 校則による規制の正当化要件・規制の限界
前述のとおり、子どもは、一人の人間としてその尊厳を尊重され、人格及び能力を最大限に発達させ開花させるために教育を受ける権利(学習権)が保障されている。そして、学校は子どもの学習権を実現する場所の一つであり、子どもは学校生活を通じて多くのことを学び成長発達していく。そのため、学校は、子どもに対し、学習権を十分に保障できるような環境を提供することが求められる。
他方で、学校は、家庭教育などと異なり、家族等を超えた社会集団によって営まれる。そのため、学校がその教育目的を達成するために、生徒の教育に適した環境を整備・維持するため生徒に一定の規制をすることが認められる。
この点、公立中学校で丸刈りが強制されていたことについての裁判例は、学校長に校則を定める権限を認めつつも、これは無制限なものではなく、中学校における教育に関連し、かつ、その内容が社会通念に照らして合理的と認められる範囲においてのみ是認されるものであると判断しており、校則が教育を目的として定められたものである場合、その内容が著しく不合理である場合には学校長の裁量権を逸脱し、違法となるとしている。
しかし、上記裁判例の基準は学校長の裁量権をあまりに広く認めている。上述のとおり、子どもには自己決定権があり、どのような服を着るのか、どのような髪型にするのか等は本来子どもが自由に決めることができるものである。このことは、学校内においても、変わることはない。そのため、校則によって子どもの自己決定権を制限するにあたってはその規制が教育目的を達成するために必要・不可欠であり、かつ憲法・子どもの権利条約から見て正当なものであり、その手段や手続きも教育的配慮のもとに適正な手続きを踏まえて行われなければならない。しかも、校則は、生徒に対し一律に適用されるものであることから、一律に規制するだけの教育目的が必要である。
したがって、校則を検討するにあたっては、①規制に真に必要かつ重要な学校教育上の目的が認められること ②規制目的と規制手段(態様・程度)が実質的に合理的関連性を有することの2つの要件を満たしていることが必要であり、いずれかの要件を満たさない場合には当該校則については廃止や見直しが必要となる。
第3 福岡市立中学校の校則の問題点
1 校則の規定内容の問題点
検討した校則には、服装、頭髪、持ち物、学校外での行動に至るまで事細かな規制が設けられていた。なお、詳細については、別紙調査報告書を参照されたい。
しかし、今回検討した資料からはこのような規制にどのような教育目的があるのか明らかではない。
以下、項目ごとに検討する。
(1) 標準服の規制について
校則においては、標準服の着方について事細かな規制がなされている。そもそも生徒が登校にあたりどのような服装をするかは生徒の自由な意思により決せられるべきことからすれば、標準服の存在自体、憲法13条の観点からとはその必要性を別途議論する必要はあろう。ただ仮に、標準服が必要であったとして、憲法13条を根拠とする生徒たちの個人の尊重という点においても、また標準服が「学校において着用することが望ましい」とされている服装であることからしても、校則において標準服の着方、すなわちスカート丈やシャツ、ベルト等について細かな規制をするのであれば、そのような規制について教育目的が認められることが必要である。しかし、シャツの色や形、スカートの丈等を規制することにどのような教育目的があるのか明らかではない。授業等の活動において支障がないようにスカート丈やスラックスの幅等の規制を設けているとも思えるが、生徒の体型や活動のスタイルは個々で異なるのであるから、個別の事情に応じて対応すれば足り、画一的に長さや幅を規制する必要性はない。
また、衣替えの時期について一律に規制する校則もあったが、気候に応じてどの標準服を着るかは、体質の問題も相まって、生徒の判断に本来委ねられるべきものである。また、生徒によっては、怪我や生まれつきの痣、リストカット痕等、他の生徒に肌を露出したくない理由があるなどして、年中長袖を着用したいという希望もある。このような各生徒の事情に応じず、画一的に時期によって、標準服の切り替えを生徒に強いる校則は、必要性・合理性がないばかりか、生徒がかかえる個人的事情を暴露させる結果となってプライバシーを害したり、ひいてはいじめを助長したりするなど弊害が考えられる。
(2) 頭髪の規制について
頭髪の長さや髪型について様々な規制が設けられているところ、頭髪の長さや髪型について細かく決めなければならない合理性や必要性は全く認められない。
この点、禁止される髪型としてツーブロックがあるところ、東京都では都立高校の校則でツーブロックが禁止されていることに関して、東京都教育委員会委員長が「外見等を理由に事故や事件に遭うケースがあるため、生徒を守る趣旨から定めている」と述べたと報道されているが、髪型を規制することと事故・事件の防止との間に因果関係があるのか極めて疑問である。学校側は、重要な教育目的を達成するために髪型を規制する必要があるのかとともに、規制目的と規制手段との間に実質的合理的関連性があるのか納得できる説明を行う必要がある。
また、校則では髪ゴムの色やヘアピンの数等についても規制しているが、これらについて規制するだけの教育目的は認められない。
さらに、染色や脱色、パーマを禁止する校則も多く認められるが、その背後には学校が一方的に想定する中学生像があり、そこでは頭髪は直毛で黒色であることが前提となっている。
しかし、そもそも髪の色や形状は人によって異なっており、生徒がどのような髪の色や髪型にするかは自由に決定できるものであることから、制約を受ける理由はない。仮に、何らかの制約を課す理由があったとしても、頭髪が直毛や黒色ではない生徒に対し、地毛証明書の提出を求める等の指導を行うことは、生徒の生まれながらの髪色や髪質を否定し、個人の尊厳を踏みにじるもので過度な指導であり、直ちに見直しが必要である。
(3) 眉毛の規制について
眉毛に手を加えることを禁止する旨の規制が確認できた学校は56校であり、うち2校が眉の間を含み、3校が額を含んで一切手を加えることを禁止していた。
しかし、眉毛に手を加えることを禁止することにどのような教育目的があるのか不明である。仮に何らかの教育目的があったとしても、眉毛の形状にコンプレックスのある生徒もいることも容易に想像できることから、眉毛に手を加えることを一律に禁止することは過度な制限であると言わざるを得ない。
(4) 下着、靴下、靴の規制について
下着に関する規制は83%の中学校で認められた。しかし、下着の色や柄に関してこのような規制を設ける教育目的が明らかでなく、規制する必要性・合理性も全く見当たらない。このような規制は、教職員が生徒の下着を目視するなどの違反調査がなされることにもつながり、生徒に羞恥心を抱かせるなど新たな人権侵害を生み出すことにもなりかねない。
靴や靴紐、靴下の色、靴下の長さについても、細かく指定する校則が認められるが、これらについて規制することに何らかの教育目的を見出すことは出来ず、仮に何らかの教育目的があったとしても、一律に色や種類を指定するという規制手段には合理性や必要性がない。
(5) 防寒着・防寒具に関する規制について
コート類等に関する規制を設けている中学校は全体の70%となっていた。多くの中学校がコート類の種類・色を指定していたが、これらの規制にどのような教育目的があるのか明らかではない。仮に何らかの教育目的があったとしても、寒暖の感じ方には個人差がある以上、どの防寒着を着るかは本来生徒の判断に委ねられるべきものであり、一律に規制する必要性や合理性はない。また、コート類の色については、暗色系の色を指定する中学校が多く見受けられたが、暗色系は、夜道などではかえって目立たず、交通事故に巻き込まれやすくなることを考え合わせると、暗色系に限定する必要性や合理性もない。なお、フード禁止に関し、「防犯のため」と規定する中学校もあったが、フード禁止と防犯がどう関係するのかなど不明な点が多く、規制する目的になり得るのか極めて疑問である。
セーター、トレーナーに関する規制を確認できた中学校は全体の83%であり、カーディガンに関する規制を確認できた中学校は全体の65%となっていた。種類や色、柄、デザインなどを規制する中学校が多かったが、これらを規制することにどのような教育目的があるのか明らかではない。仮に何らかの教育目的があったとしても、一律に種類や色、柄、デザインなどを事細かく指定するという規制手段には合理性や必要性がない。
マフラー、ネックウォーマー、手袋等の防寒具に関する規制を設けている中学校は全体の70%であり、細かい指定はあまり見受けられなかったが、そもそも規制する目的が明らかではない。仮に何らかの教育目的が認められるとしても、規制を設ける必要性や合理性について納得できる説明が求められる。
校舎内における防寒着・防寒具の着用禁止についても、その目的が判然としない。授業等の活動において支障がないようにこのような規制を設けているとも考えられるが、そうであれば昇降口で着脱を強制する必要性・合理性は乏しい。また、コロナウイルスの影響により室内の定期的な換気が必要となり、校舎内での防寒対策も必要な昨今の情勢も考え合わせると、教室内であっても画一的に着用を禁止する必要性は乏しい。
(6) 持ち物について
鞄の種別について規制を定めている学校は、69校中15校あり、その全てが学校指定のスクールバッグしか使用してはいけないとの内容を定めていた。しかし、通学に使用する鞄が学校指定でなければならない必然性はなく、生徒の選択の自由を過度に制限するものである。校則の中には「必ず両肩でからうこと」と鞄の持ち方についてまで規制するものもあるが、障害がある生徒に対する配慮が欠けており、規制の合理性を欠く。また、鞄に付けるキーホルダーの個数や大きさについて規制を設けることについても、教育目的は明らかではなく、規制の合理性がない。
携帯電話を持ち込み禁止とする学校があった。携帯電話については、授業時間中に操作することで学業が疎かになる懸念もある一方、保護者との連絡用や防犯用品として必要である側面もある。そのため、学業への影響から携帯電話の持ち込みを制約することに教育目的は認められるとしても、携帯電話を使用する場所や時間を限定する方法によっても教育目的を達成することは可能であり、持ち込みを一律禁止とすることは教育目的達成との間に合理的関連性が認めらない。なお、令和2年(2020年)8月、文部科学省は中学校への携帯電話の持ち込みを一定条件のもとで認める旨の通知を出しており、今後、中学校において携帯電話持ち込みに関しての議論が始まるものと思われる。
(7) 学校外行動の規制について
校則の中には、生徒の学校外の行動について規制するものがあった。しかし、学校が子どもの行動を制約できるのは基本的に学校内に限られる。子どもの権利条約5条においては、子どもの権利行使にあたり、親が指示・指導を与える責任、権利、義務を尊重しなければならないと定めており、子どもに対する一次的養育責任は親であると明確に定めている。したがって、学校外行動については、保護者が許可した場合まで学校が一方的に制約できるものではなく、校則で規制する必要性もない。
学校は保護者及び生徒への指導にとどめ、保護者も学校に子どもの全ての行動の責任を求めるのではなく、学校外行動について子どもとしっかりと協議することが必要である。
(8) 男女区別を基準とする規制について
標準服に関する規制において、男女で規制内容が異なっていた中学校が全体の72%にも上っていた。また頭髪についても男女で異なる規制を設けている中学校は全体の84%となっていた。防寒具のカーディガンの着用について、女子生徒、あるいはセーラー服着用時の女子生徒のみ認める中学校は13校あった。
しかし、性自認や性表現には多様性があり、「男」「女」以外の性を自認する者、生まれた際に割り当てられた性と性自認や性表現が異なる者等がいるにもかかわらず、生まれた際に割り当てる「男」「女」という二元的な性別基準によって生徒の服装や髪型を区分する正当な目的はない。特に標準服については福岡市立中学校の多くが、2020年度からスカートやスラックスを自由に選択できる新標準服を導入しているが、上記のように男女で標準服の規制内容を分けることは、選択型標準服を導入した趣旨にも反する。
2 校則運用上の問題点
(1) 明文なき校則による制限
 当事者ヒアリングの結果からは、生徒手帳等に記載されていないにもかかわらず、生徒の自由を制限するような明文なき校則が存在しており、これに基づき生徒指導がなされている実態が明らかになった。
前述のとおり、生徒は自己決定権を有しているところ、校則はこれを制限するものであることから、事前に生徒のどのような行動を制限するかについては生徒がわかるように明らかにしておく必要がある。生徒自身にどのような規制が存在するのか明確に分からない状態のまま、校則違反として指導することは、生徒に不意打ちをもたらし、妥当ではない。校則による制限は、教育目的を達成するために合理的な範囲内に限られるべきことからすれば、生徒手帳等によって事前に決められている以上の制限を生徒に課して指導することは非常に問題である。
また、校則に規定がないにもかかわらず、おでこの産毛剃りをしたことについて指導を受けたという事実が認められた。これは教職員に生徒が頭髪等について何らかの加工をすることに否定的な認識があることから、おでこの産毛剃りという校則に規定のないものについてまで拡大解釈して校則違反であると指導しているものと思われる。頭髪等を制限する目的である「中学生らしさ」が人や場所や時代によって変遷し得る曖昧なものであるにもかかわらず、生徒指導の基準となっていることから、上記のような拡大解釈を招いているものと考える。
(2) 教職員による恣意的な運用
校則に関する指導において、同じ教職員であっても生徒によって指導内容が異なっていたり、教職員の機嫌によって指導内容が異なったりする等、教職員による恣意的な運用が認められた。
校則は生徒の自由を制限するものであるから、校則に関する指導も規制内容に従って行われる必要がある。それにもかかわらず、教職員による恣意的な運用がなされていることには、制限する基準が曖昧であることに加えて、教職員自身が校則で制限する理由や目的を理解しないまま生徒指導にあたっていること(そもそも制限する理由や目的がない校則が多いことにも注意が必要である。)に原因があると思われる。
(3) 生徒の人権を侵害する生徒指導
校則の中には下着の色の指定のように規制する内容そのものが理不尽なものがあり、これに違反した場合の指導方法として「脱がせるよう指示する。」「脱がせた後に保護者に連絡する。」等生徒に羞恥心を抱かせるおそれの高い指導内容を規定するものもあり、生徒のプライバシーを侵害する恐れが非常に高い内容となっていた。また、生徒が眉毛に手を加えた場合には教室に入れなかったり、教職員が太く大きく眉毛を書いたりするものや休み時間はトイレ以外に教室から出ることを禁止するといった合理性のない過度な制裁を規定するものもあった。
実際の生徒指導においても、校則に違反したということで長時間指導を受けたり、地毛が明るいだけなのに毎回指導を受けたりする等明らかに行き過ぎたものも認められた。また、校則違反の指導の中で、何かと「連帯責任」を取らせる指導もあった。
このような指導は生徒の人権を侵害するものであり、直ちに見直しが必要である。 
(4) 校則についての議論に対する不当な抑圧
校則の内容については、生徒の実情や時代の進展などを踏まえて見直していくことが不可欠であり、見直しにあたっては当事者である生徒の意見が反映される必要がある。しかし、実際には、生徒会で校則について議論していたところ、先生から校則の議論を禁止されたり、校則について意見をすると「内申に響くぞ」と言われたり、理不尽な指導に不満気でいると先生から「そんな態度なら内申やらんぜ」と言われ、生徒が自ら口をつぐんでしまうという状況にあることがわかった。
校則は教育目的を達成するために生徒の自由を制限するものであることから、本来であれば当事者である生徒も校則の制定に関与することが求められるべきである。そして、子どもの自由を制限する場合にはその制限は子どもの最善の利益を図るためのものでなくてはならないことからすれば、少なくとも何が子どもの最善の利益であるかを判断するためには子どもの意見表明を尊重する必要がある。しかし、実際には、学校現場では生徒に校則についての意見表明が認められておらず、そればかりか生徒が校則による規制に疑問を持つような様子を見せたならば「内申書」を盾に取って、生徒を威圧する不適切な指導が行われている。生徒は、校則の意義について疑問を感じながらも、そのことについて意見を出すことができず、ただ「校則で決められているから」ということだけで自由を制限されており、それが強いストレスとなっている実態も明らかになっている。
学校は、このような指導方法を早急に見直す必要がある。
第4 特別支援学校の校則の問題点
1 校則の規定内容の問題点
開示された2校の校則には標準服の着用についての規定があり、「ボタンをきちんと留め、シャツの裾を出したりしない。ズボンやスカートは腰の高さの位置ではく。」との定めが置かれているが、一般的な着用の仕方を示しているにとどまっていた。「実態に応じて準備してください。」と併記されていることからも分かるように、実際には標準服を着用している生徒はほとんどおらず、指導も行われてないようである。
他方、頭髪や眉については、比較的詳細な定めが置かれていた。特に「パーマや髪染めはしない。」、「整髪料等は使用しない。」、「眉を剃ったり、細くしたりするなどの加工をしない。」といった定めは、そもそも目的が不明で、学校教育に必要な範囲を超えていることが明らかであり、合理性も認められない。
以上のように、開示された特別支援学校の校則には一部合理性のないものも認められたが、全体としては厳しい校則とはなっておらず、先に検討した福岡市内の中学校において厳しい校則が例外なく存在したことと対照的である。
2 特別支援学校の校則との比較から見える問題点
今回、特別支援学校の校則については文書の公開請求を行ったにとどまり、生徒や保護者、教職員からのヒアリングは実施できていない。そのため、(厳しい)校則を定めていない理由も正確には把握できていないが、特別支援学校の性質に照らすと、その要因として、次のようなものがあると推察される。
①知的障害のある生徒については、校則を示すだけで望ましい行動を促したり望ましくない行動を制限したりすることが難しい。
②発達特性として服装や持ち物へのこだわりが強い生徒がいるため、校則にルールを定めても守ってもらうことが期待できない。
③学級編制の標準や教職員配置が中学校に比べて充実しているため、ルールを一律に適用しなくても、個別対応がある程度可能である。
こうした理由の当否について、更に調査を行う必要があると思われるが、仮に的を射たものだとすると、次のような考察が可能である。
すなわち、こうした校則の定め方からは、学校長が、ルールを伝えても理解してもらうことが難しい生徒に対しては個別に、柔軟に対応する一方、「言えば分かる」中学校の生徒については、厳しいルールをもって一律に、硬直的に対応するという発想を持っていることが窺える。
しかし、子どもの権利は、障害の有無や理解力の高低にかかわらず、すべての子どもに等しく保障されており、また身体面・学習面で能力の高い生徒が権利侵害を受けにくいとも決して言えない。校則の定め方について中学校と特別支援学校との間に格別の差異をもうけている背景には、やはり子どもの権利を蔑ろにする価値観があると言わざるを得ない。
第5 結論
今回検討した福岡市立中学校の校則には、服装、頭髪、持ち物、学校外での行動に至るまで事細かな規制が設けられていた。しかし、そのいずれにも真に必要かつ重要な学校教育目的上の目的を認めることができず、規制するだけの合理的理由を見出すことができなかった。特に、下着の規制については、校則に規定があることにより教員が生徒の下着を目視して違反調査がなされることにもつながり、生徒の自尊心やプライバシー権の侵害を伴うものである以上、直ちに廃止すべきである。
また、生徒指導の現場では、明文なき校則により生徒の自由を制限したり、校則が教職員によって恣意的に運用されている実態が明らかなとなった。また、校則の指導の中には、生徒の人権を侵害するような指導方法も認められた。このような指導方法についても、直ちに見直しが必要である。
性自認や性表現の多様性が認められるようになり、福岡市立中学校において選択型の新標準服が採用されるに至ったにもかかわらず、現在においてもなお標準服や髪型について男女で異なる規制内容を定める校則が認められた。かかる事実は、学校が新標準服が採用された意義を理解していないことを如実に示している。学校は新標準服が採用された意義を再度確認し、不必要な男女分けをする校則や生徒指導を改善すべきである。
市立中学校は義務教育の場であるため、地域から多くの生徒が通学してくる。その中には複雑な家庭の事情を抱えて家庭に居場所がない生徒もいれば、発達障害のある生徒もいるし、不登校となっている生徒もいる。生徒は一人一人個性や抱える問題が異なっており、そのような生徒たちが共に学ぶことに学校教育の意義がある。そのため、学校はすべての生徒にとって安心して過ごせる場所であることが重要であり、それには多様性の受容と尊重が不可欠である。
校則は学校におけるルールであるが、本来、ルールは「人を縛るもの」ではなく、「人(特に弱者)を守る」役割を担うものである。したがって、本来校則は、生徒が教育を受ける権利を保障するとともに、学校という集団の中で個々の生徒の人権を保障する役割を担うべきもののはずである。
しかし、現在の校則は、単に上(教職員側)から生徒を縛るものになってしまっており、生徒の権利や人権を守るという役割がほとんど果たされていないものとなってしまっている。このような校則は、生徒一人一人の個性を尊重できるように、生徒の人権を守るものに見直していく必要がある。そして、見直しにあたっては、生徒の意見を反映させることが不可欠であり、そのためにも学校は生徒に対し校則についての自由な議論を保障すべきである。
よって、当会は、中学校の校則について早急に見直すことを求める次第である。

以上

福岡県弁護士会 〒810-0044 福岡市中央区六本松4丁目2番5号 TEL:092-741-6416

Copyright©2011-2025 FukuokakenBengoshikai. All rights reserved.