手錠腰縄問題PT 副座長 市場 輝(66期)
1 はじめに
刑事法廷内の手錠腰縄の問題は、法廷内で被疑者、被告人(以下「被告人等」といいます)に手錠腰縄が使用されたときから人権問題として生じているものです。そして、手錠腰縄姿をみだりに晒されないこともまた、そのときから人権問題として生じてきました。手錠腰縄の問題は歴史的にみて古くから存在していた人権問題であったにもかかわらず、近年まで、国(国会、検察庁、拘置所等)、裁判所、弁護士会から置き去りにされていた感が否めません。
ようやく令和8年1月26日最高裁通知により、傍聴人に手錠腰縄姿をみだりに晒されない問題が大きく改善することになりました。そこで、今回の最高裁通知を機に、手錠腰縄問題の歴史と将来について、福岡県弁護士会の取り組みをご紹介しながら申し述べたいと思います。
2 令和8年1月26日最高裁通知
令和8年1月26日、最高裁判所は手錠腰縄に関する通知を発しました。被告人等の手錠腰縄姿を傍聴人に見られないようにするため法廷内に衝立を設置する具体的イメージを共有するものです。これにより被告人等の手錠腰縄姿が傍聴人にみられないようにする具体的な方策が示され、手錠腰縄問題は大きく改善されることになりました。
しかし、この最高裁通知が発せられるまでに、平成5年7月19日の最高裁通知から実に30年以上もの月日が経過しています。
3 平成5年7月19日最高裁通知
平成5年7月19日、最高裁判所は手錠腰縄に関する通知を発しています。この通知は、最高裁判所事務総局刑事局と法務省矯正局が協議した結果として、今後、特に戒具を施された被告人の姿を傍聴人の目に触れさせることは避けるべきであるという事情が認められる場合には、被告人を傍聴人より先に入廷させ、被告人を傍聴人より後に退廷させて、傍聴人のいない所で解錠・施錠することを原則とし、これによることができない特段の事情がある場合には、被告人の入廷直前又は退廷直後に法廷の出入口の所で解錠し又は施錠させるという方法その他適切な方法を執ることとされたというものです。これにより手錠腰縄問題は裁判所の積極的な訴訟指揮のもと個別具体的に解消されるかと思われました。
しかし、全体的にみて裁判所による積極的な訴訟指揮がなされてきたとはいえません。
平成18年6月の刑事被収容者処遇法成立時の付帯決議では「拘禁されている被告人が法廷に出廷する際には、逃走等の防止に配慮しつつ、…捕縄・手錠を使用しないことについて検討すること(参議院附帯決議第十一項)が明記されていましたので、これを契機として、裁判所による積極的な訴訟指揮も期待されましたが、依然として変化はみられませんでした。結局、刑事法廷内の手錠腰縄問題の全体的な改善は、前述のとおり、30年以上の月日を待たなければなりませんでした。
一方で、この間、福岡県弁護士会はどのような取り組みをしてきたのでしょうか。
4 福岡県弁護士会の取り組み
平成5年最高裁通知当初から福岡県弁護士会が手錠腰縄問題について積極的に取り組んできたのかというと、必ずしもそうではなかったようです。福岡県弁護士会においては、令和2年10月の勉強会を経て、手錠腰縄PTが発足したのが令和3年8月です。
しかし、PT発足してからの福岡県弁護士会は、手錠腰縄問題を改善するために、以下のとおり、積極的に取り組んでまいりました。
- 令和3年11月の「第一審強化方策福岡地方協議会刑事部会」において手錠腰縄問題を議題として提案
- 手錠腰縄不使用の申入れを促進するための申入書の書式作成、申入れ及び裁判所の措置等実態を把握するための申入れ結果報告書、被告人等アンケートの作成、周知
- 令和3年10月以降、福岡県弁護士会会員である弁護人が裁判所に対し手錠・腰縄不使用の申入れを積極的に行うように働きかける呼びかけ
- 令和5年8月5日にローエイシア福岡人権大会プレシンポジウム「刑事法廷内の手錠腰縄問題に関するシンポジウム」の開催
- 令和7年5月28日に福岡県弁護士会総会にて、刑事法廷内の入退廷時に被疑者・被告人に対して手錠・腰縄を使用しないことを求める決議
- 令和7年10月から令和8年3月までの間、手錠腰縄不使用申入れ等を行った弁護人に対する援助金の支給に関する制度の創設及び規則の作成
5 取り組みの成果
以上の福岡弁護士会の取り組みにより、弁護士会内外で手錠腰縄問題が人権問題として取り上げられ、反響を生みました。弁護人の手錠腰縄問題の意識も少しずつ高まり、弁護人が裁判所に対し、手錠腰縄不使用の申入れがなされるようになりました。また、申入れに伴う申入れ結果報告書や被告人等アンケートの提出も個々の弁護人から福岡県弁護士会にされるようになり、裁判所の刑事法廷内での手錠腰縄不使用に関する訴訟指揮の有無や被告人等の手錠腰縄に対する気持ちや考えが少しずつ明らかになってきました。
確かに、福岡県弁護士会に所属する弁護人の裁判所に対する手錠腰縄不使用の申入れ件数は、会全体の弁護人が担当する刑事事件の件数からすると少ないかもしれません。しかし、令和3年にPT発足して福岡県弁護士会が手錠腰縄問題に取り組まなければ、何ら変化はみられなかったでしょう。30年以上とはいわず何十年も現状は何ら変わらなかったかもしれません。福岡県弁護士会が積極的に取り組みを始めたからこそ、少しずつ変化の兆しが生まれたと思います。
このようは変化の兆しは福岡県弁護士会だけでなく、日弁連をはじめとする他の単位会でも同様にみられたものです。これらの変化の兆しが少しずつ積み重なり、最終的には令和8年1月26日の最高裁通知につながったものと思われます。
6 将来に向けた今後の課題
(1)令和8年7月1日の会長声明
前述のとおり、令和8年1月26日最高裁通知により手錠腰縄問題は大きく改善されることになりました。しかし、課題も残されています。
今回の最高裁通知によっても、裁判官には被告人等の手錠腰縄姿が見える位置に衝立が設置されることが予定されているため、裁判官はじめ訴訟関係人にも手錠腰縄姿を晒される状態は依然として残っており、被告人等が対等な当事者として扱われているとはいえず、いまだ被告人等の人権侵害状態が続いています。
そこで、令和8年7月1日、福岡県弁護士会は裁判官、裁判所及び国に対し、以下のとおり、会長声明を発しました。
- 裁判官は、刑事訴訟法287条1項但書が規定する事由があり、必要やむを得ない場合以外は、刑事法廷内で手錠・腰縄を使用しないこと。
- 国は、刑事訴訟法287条1項本文が規定する刑事法廷内における身体不拘束原則を入退廷時の被告人等に対しても確実に保障するため、同法に287条の2を新たに設ける等して、入退廷時の被告人等に対しても身体不拘束原則が及ぶことを明記すること。
- 国及び裁判所は、被告人等の入退廷時に手錠・腰縄を使用しないための施設整備(例えば、手錠・腰縄の着脱が可能な待機室あるいはスペース等の設置)を講じること。また、たとえ上記最高裁事務連絡・法務省通達を前提にする場合であっても、裁判官はじめ訴訟関係人が被告人等の手錠腰縄姿を見えないような位置に衝立を設置すること。
(2)いま一度光を当てるべき平成5年時当初の最高裁判所の考え
前述でご紹介しました平成5年7月19日の最高裁通知に表れている当初の最高裁判所の考えに、いま一度光を当てるべきです。
当初、最高裁事務総局刑事局は、法務省矯正局に対し、「傍聴人を退廷させずに戒具を施された被告人の姿を傍聴人の目に触れさせないようにするための一つの方策として、被告人の入廷直前又は退廷直後に法廷の出入口の所で解錠し、又は施錠させるという運用を一般化すること」を打診していたのです。
この運用の一般化こそ、刑事法廷内の手錠腰縄問題を解決するカギとなるものであり、この度の会長声明に適うものと考えられます。確かに、逃走防止の観点もありますが、運用の一般化と逃走防止を両立させるための施設整備は十分に可能であり、このことは会長声明にも盛り込まれています。
歴史を振り返り、光を当て、将来に向けた問題解決のために知恵を出していくことが、先人たちによって築き上げてきたものを壊さないためのわれわれの使命なのかもしれません。
7 さいごに
手錠腰縄問題の歴史と将来について、福岡県弁護士会の取り組みをご紹介しながら振り返りました。将来に向けた今後の課題の改善がまた何十年も先にならないように、近年までの無関心さを改め、国(国会、検察庁、拘置所等)、裁判所、弁護士会がそれぞれ取り組んでいかなければならないと思います。


