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シンポジウム「自死をなくすために」のご報告

カテゴリー:月報記事

自死問題対策委員会委員 吉 野 雄 介(64期)

1 はじめに

今回は、自死問題対策委員会より、平成27年2月7日に天神ビル11階10号会議室にて開催された、シンポジウム「自死をなくすために~生きぬく知恵をともに考える~」についてご報告させていただきます。

自死問題対策委員会における自死問題への取り組みとして、「自死遺族法律相談」「自死問題支援者法律相談」といった法律相談のほか、研修会・講演会・シンポジウムを毎年開催しております。今年のシンポジウムでは、北九州出身の小説家である平野啓一郎氏を講師にお招きし、基調講演とパネルディスカッションを行うことになりました。

2 基調講演「生きぬくための知恵~複数の自分を生きる~」

平野啓一郎氏は、京都大学法学部在学中に発表した小説「日蝕」により芥川賞を受賞され、その後も数々の作品を発表されておりますが、その中で、アイデンティティや人の生死というテーマに取り組んでこられました。そして、生きづらい現代社会に対応するための処方箋として、対人関係ごとに異なる自分があるという「分人」という考え方を提案されています。今回のシンポジウムにおいても、この「分人」という考え方をテーマとして基調講演を行っていただきました。

基調講演においては、平野氏自身の生い立ちから、学生時代を経て小説家になるまでの経緯を軸に、当時の社会背景にも触れつつ、「分人」という考え方が紹介されました。私は平野氏と同い年でしたので、平野氏が講演の中で語られた1980年代、1990年代当時の社会情勢は、私も同じく学生時代を過ごした時期であり、平野氏の話を聞きながら、自分の過去も振り返っておりました。

「分人」という概念は、「個人(individual)」という概念に対比されるものです。「個人」という概念は、日本においては、近代になって入ってきた比較的新しい概念ですが、「分けられないもの」を意味する6世紀ころのラテン語が語源であるそうです。この「個人=分けられない存在」というイメージは、現代の日本社会においても一般に浸透している捉え方だと思います。その一方で、人は社会生活における様々な対人関係において、複数の異なる顔を持ちます。しかし、従来の「個人」概念からすれば、「本当の自分」はたった一つであり、それ以外の顔は表面的なもの、周りにあわせた偽りの姿、という捉え方になります。こうした捉え方に、色々な顔を持つことに対するネガティブなイメージが相まって、「本当の自分」は何かと思い悩んだり、「人と接するときの自分は本当の自分ではない」という思いから対人関係を空しく感じることにつながっていきます。また、自分を分けられない存在と捉えれば、いやなこと、辛いこと、苦しいことがあるとき、それは自分全体の問題と捉えることになり、自己そのものの否定につながってしまいます。

平野氏は、こうした「個人」概念から生ずる問題点を指摘したうえで、社会生活において、様々な対人関係の中で、それぞれの関係に応じた複数の顔を持つことはむしろ自然であり、その中のどれか一つが「本当の自分」というわけではなく、すべてが「本当の自分」であるという捉え方から、その複数の顔の一つ一つを指す概念として、「分人」という考え方を提唱されました。自分をこのようにとらえることで、複数の「分人」のバランスを取りつつ、より幸福な人生を送っていくことが可能となるのではないか、というのが平野氏の基調講演の結論でした。

こうした平野氏の「分人」という考え方は、従来の「個人」概念に対する発想の転換ですが、人が他者との関わりなしに生きることはなく、むしろ社会の中において、他者との関わり・関係性の中でその人の自我も形成されていることを思えば、むしろ自然な考え方だと感じます。私たち弁護士も、人と人との関係がまさに業務の対象であり、そこでの判断も、それぞれの関係ごとに相対的になされます。そうした点からも、平野氏の考え方は、共感できるように感じました。

以上が平野氏の講演についての私のつたない理解・感想ですが、平野氏の「分人」についての考え方は、『私とは何か 「個人」から「分人」へ』(講談社現代新書)に詳しく書かれております。関心を持たれた方は、同書をご参照ください。

3 パネルディスカッション

パネルディスカッションにおいては、パネリストとして平野氏に加え、福岡大学病院精神神経科の医師である衞藤暢明氏、福岡市精神保健福祉センターの臨床心理士である志岐景子氏をお招きし、自死問題対策委員会副委員長の松井仁先生がコーディネーターを務めました。

まず、衞藤氏、志岐氏がそれぞれの立場から自死問題への取り組みについてお話しされ、その後、平野氏の「分人」主義を軸に、パネリスト間でのディスカッションが行われました。日頃から自死問題の最前線で患者や相談者に接しておられる衞藤氏、志岐氏の体験からも、「分人」という考え方に通ずる点があることが示されました。

4 参加者の声

シンポジウム当日は、市民75名、弁護士32名の合計107名の方々にご来場いただきました。ほんの一部ではありますが、参加者の皆様から寄せられた本シンポジウムの感想をご紹介いたします。

  • 平野さんの講演を聞くことができてよかったです。中学生・高校生の頃の、今思えば小さい事柄を、自分が押しつぶされてしまうくらい大きく感じていた感覚、自分が嫌いで、どうしても好きになれなかったこと、自分だけではないと思うことができました。あの頃、死を選ばず、今生きている自分がいるから悩んでいた自分をよく頑張って生きてきたと言える気がします。
  • 平野氏、衞藤氏、志岐氏、皆さんのさまざまな視点での意見が聞けて参考になった。専門用語の羅列でなく、分かりやすく、拝聴させていただいた。ありがとうございます。
  • 弁護士、精神科医、臨床心理士、小説家という一見それぞれの職業でどこが接点があるのかと思ったが、一人の人間を救う時、それぞれの立場で関わること(つながること)の大切さをこのパネルディスカッションで分かった。
  • 私の身近な周囲にも、何人かの自殺者がおり、「何であの人が」と思うこともあった。自殺のサインは発信されていたと思うが、本日のシンポジウムを通して自殺者の心理要因、背景等が少しイメージできた。今後、できればゲートキーパーとして自殺防止の役割を果たしていくことができればと思う。
  • 自死問題は向き合うことが難しいテーマです。自分の学びの為には大変ありがたい企画でしたので、ソーシャルワーカーという分人の立場で役割を考えたいと思います。

精神保健当番弁護士22周年記念公開シンポジウム「改正法における早期退院と弁護士の役割」報告

カテゴリー:月報記事

会 員 寳 耒  隆(66期)

1 はじめに

2月21日、セントラルホテルフクオカにおいて、精神保健当番弁護士22周年記念公開シンポジウム「改正法における早期退院と弁護士の役割」を開催しました。

2014年4月施行の改正精神保健福祉法では、医療保護入院の見直しとともに、入院患者の早期退院・地域生活への移行の促進が大きな柱とされました。本シンポジウムは、改正法施行10か月余の経過を踏まえ、早期退院・地域生活への移行に向けた取り組みについて、弁護士を含めた各関係者の役割について議論することを目的としたものです。会場には土曜日にもかかわらず約110名もの参加者が集まりました。

2 基調講演

基調講演では、長らく包括的地域生活支援(Assertive Community Treatment)を実践してこられた藤田大輔さん(医師、ACTゼロ岡山、以下「ACT」)にお話しいただきました。

藤田さんは、勤務医時代、最大限環境調整をすれば薬を使わなくとも早期退院は可能なのではないか?という疑問を持たれていたそうで、現在はそれを実践されています。ACTの理念は、「人や医療と穏やかに出会える」というものであり、これは患者は人や医療と急激に出会いすぎている、という懸念に由来しています。診療所、訪問看護ステーション、NPOから構成されるACTでは、医師や精神保健福祉士といった専門家が患者の生活の場に出向き(アウトリーチ)支援を行っており、事例報告では、急性期の患者であっても在宅での支援を行うことで、疲れたら母親のそばで眠るなどの、入院していては絶対に不可能な生活をさせつつ、早期に職場報告が可能となった、との例も紹介されました。

患者さんに人間としての楽しみを与えてあげたい、そのことが回復にもつながるんだ、と笑顔で語られる藤田さんがとても印象に残りました。

3 パネルディスカッション

その後のパネルディスカッションでは、藤田さんのほか、早渕雅樹さん(医師:香椎療養所院長)、今村浩司さん(精神保健福祉士・社会福祉士:西南女学院大学保健福祉部准教授)、和田幸之さん(こころの病の患者会うさぎの会副会長)、田瀬憲夫会員をパネリストにお迎えし、コーディネーターを八尋光秀会員が務め、退院後生活環境調整に向けた取り組みの現状及び課題、早期退院に向けた精神保健当番弁護士活動や精神医療審査会のあり方等につき、議論・意見交換を行いました。弁護士への要望としては、外部に力になってくれる人がいることは患者にとってとても大切なことであるので、患者とのコミュニケーションを大切にしてほしい、継続的に関わってほしい、当事者保護の姿勢を法制度へ反映させるよう動いてほしい、などの声が挙げられました。

4 まとめ

藤田さんも、このようなシンポジウムが開催され多数の弁護士が参加することは素晴らしい、とおっしゃられていたとおり、多くの先生が参加されていました。このような取り組みが、患者さんのいっそうの権利向上の一助になれば幸いです。

取調べの可視化シンポジウム

カテゴリー:月報記事

刑事弁護等委員会 委員長 德 永   響(50期)

第1 平成27年2月14日(土)午後1時30分から、「それボク」は過去の話?~取調べの可視化の現在(い ま)~と題して、取調べ可視化のシンポジウムが開催されました。
言うまでもなく、「それボク」とは周防正行監督の映画「それでもボクはやっていない」を指していて、シンポジウムに法制審議会新時代の刑事司法制度特別部会委員を務められた周防正行監督をお呼びして、広く市民への参加を呼びかけた結果、レソラ天神5階「レソラNTT夢天神ホール」に150名を超える参加者を集めることができました。
刑事弁護等委員会では、当番弁護士発足○周年というシンポジウムや可視化のシンポジウムを複数回開催していましたが、久方ぶりのシンポジウム開催となりました。
この時期に大規模なシンポジウムを開催したのは、2014(平成26)年7月に新時代の刑事司法制度特別部会の改革案がとりまとめられましたが、可視化の対象となる事件が極めて限られていることなどから、国会審議を前に市民を巻き込んだ大きな議論をしておく必要があるからに他なりません。

第2 シンポジウムは3部構成で、第1部は冤罪被害者(「バス痴漢冤罪事件」「爪ケア冤罪事件」)の方々のインタビュー形式による体験談(インタビューアーは当会の丸山和広弁護士・天久泰弁護士)、第2部は袴田事件の冤罪被害者である袴田巖さんのビデオレター(説明者は当会の美奈川成章弁護士)、第3部はパネルディスカッションという構成です。
1 冤罪被害者の方々の話は、体験した者でなければ語り得ない生々しい被害の実情を訴えかけるもので、冤罪被害者の苦しみ、絶望感、疎外感を参加者に感じさせる内容でした。
バス痴漢冤罪事件では、捜査官が「私の仕事は君を有罪にすることだ」「認めないの?なら出さない。」「君が罪を認めないと裁判で苦しむよ」と告げられ、自分の言い分を信じてもらえないことに絶望する心情が語られ、「車載カメラに(犯行が)写っている」「目撃者がいる」と自白を迫られる状況が赤裸々に語られました。爪ケア冤罪事件では、明日のことすらわからない状況におかれる被疑者が、弁護士ではなく、むしろ刑事の方が自分のことを分かってくれるかのような錯覚に陥って自白してしまう危険性が明らかにされました。
取調べの全過程が録音録画によって可視化されていれば、冤罪被害の発生を防止しえたことも明示されて、取調べの可視化の必要性がはっきりと参加者に伝わりました。

2 パネルディスカッションでは、周防正行さん、大阪弁護士会で特別部会委員の小坂井久弁護士、当会の天久泰弁護士、元裁判官の立場から当会の陶山博生弁護士がパネリストとして参加され、当会の甲木真哉弁護士がコーディネーターとして議論を進行させました。
周防さんは、調書が捜査官の作文であるにもかかわらず、重要な証拠となることに驚きと同時に恐怖を感じたことに加え、検察のあり方をきっかけに議論を始めたにもかかわらず、警察はこれまでの捜査で悪いところはないというスタンスに立ち、有識者意見を無視しようとする動きに危機感を覚えたことをお話いただきました。
その他のパネリストからも、冤罪事件は虚偽自白とセットになっていること、可視化されていない取調べにおいて刑事の見立てに逆らう供述をすることは困難であること、調書の任意性に関する水掛け論は可視化するしかなく、可視化で裁判は変わること、可視化したDVDを有罪認定のための実質証拠とすべきでないことなどの意見が出されました。

3 最終とりまとめでは、取調べの録音録画の対象とされる事件が少なく、冤罪を防止するためにはあまりにも不十分なものであることが確認され、より広い範囲での取調べの全過程の録音録画が必要であることを参加者に訴えかけ、制度改革が少しずつしか実現しないとしても、改革の歩みを止めてはならないことを確認してシンポジウムは幕を閉じました。

第3 有識者として特別部会に参加された周防さんの話は、まさしく一般市民の感覚に裏付けられた視点であると同時に、自らのなまった感覚を戒めるものでした。この月報が出るころには「それでもボクは会議で闘う」というような題名で特別部会の様子を出版されるようで、楽しみにしています。
一般市民の感覚を持って、特別部会に参加した周防さんは、「対象が小さくとも、取調べの全過程の録音録画を法律で導入できれば、その価値は小さくない。」、「今後は、対象事件の拡大と共に、普通の判断を普通にできる裁判官に大きな期待を持っている。」と話されていたことが強く印象に残りました。
密室での取調べと調書裁判からの脱却には実務家が取り組まねばならないと決意を新たにしました。
なお、紙幅の都合で、パネルディスカッションの中身等を明らかにすることはできませんでしたが、現在、本シンポジウムの詳細な内容を冊子にして会員に配布する作業中ですので、ご期待ください。

◆憲法リレーエッセイ◆ そうだったのか!日弁連会議

カテゴリー:憲法リレーエッセイ

会 員 原 田 美 紀(59期)

「池上さんをもう一度呼びたいね。」
「吉永さん、本人はギャラいらないって言っているらしいけど事務所がね。」(と個人的なファンなのかくやしそうな大阪のN弁護士)
「本当は桑田さんにバーンと音楽やってもらって何とか人を集めたいんだけど・・・何か画期的なことやらないと・・。」(ずっと前から桑田さんイチオシの東京のF弁護士)
池上さんとは、「そうだったのか!」でご存じ池上彰さん。吉永さんは、女優の吉永小百合さん、桑田さんとは、歌手の桑田佳祐さんである。
芸能イベントの話ではない。日弁連憲法問題対策会議イベントPT(私はここに所属しました)で交わされていることばである。
誰を招いたら多くの市民を動員できるか、みな真剣。具体案が次々に出てくる。
昨年7月には、池上彰さんを口説き落とし、中学生限定企画夏休み親子憲法セミナー「池上彰さんと一緒に考えよう そうだったのか!憲法そして平和」を開催。とても好評であった。あまりの忙しさからか殆どの依頼を断られているという池上さんだが、テーマと中学生を対象としたイベントということでなんとか参加を承諾、時間を作っていただいたのだ。一旦お引き受けいただいたら、どんどん進んでいく。すごい人というのは、本当にすごい。

日弁連では、今、2014年7月1日の集団的自衛権行使等を容認する閣議決定を根拠とする関連法案の改正を行うことに反対する国民の声を広げて政府に届けようと、数々の運動を行っている。この春には全国一斉キャラバンも実施している。
ひとつの問題にこのように多くの予算を費やし、数々の運動をするというのは、日弁連にとっても初めての試みらしく、それだけこの問題に危機感をもっているのだといえよう。
それを受け、全国で数千人規模の市民集会やパレードが行われている(福岡県弁護士会でも去年の11月には600人規模の市民集会とパレードを、また今年の6月13日には福岡県弁護士会主催の1700人規模の市民集会、それに先駆けて筑後部会、8月2日には北九州部会で800人規模の市民集会が開催予定、ぜひ参加してください)。

日弁連のPT会議は2か月に1回の割合。
「たまには東京の空気を吸うのもいいと思いますよ。」お誘いいただいたときのN弁護士の言葉だ。
飛行機が苦手な私は片道5時間をかけ、新幹線で上京する。午後1時開始の会議に遅れまいと新幹線の降車口のある八重洲口から反対側の丸の内中央口まで東京駅構内横断のため猛ダッシュ。
会議の場の霞ヶ関の弁護士会館に着いた途端約4時間の熱い議論が開始するという具合だ。
長時間の会議にありがちな、だらだら感はまったくない。全国の弁護士が本当に真剣に熱い意見を戦わせているのだ。
確かに、「日米の国防に対する意見書云々」等の議論にはウルトラマンのピコピコ(古いですか)よろしくもうダメだと脳が拒否反応を起こしそうになったこともあるが、それでも、真剣に憲法問題を論じるたくさんの弁護士の存在、その意見を聞けるこの会議は楽しみであった。
「個人の問題を解決するという仕事も大切だが、それだけでなく、広く社会のことに目を向ける弁護士になってほしい。」修習の終わりに指導担当のN弁護士から言われたことばである。
私は3年間、日弁連の会議に参加した。この春から他の弁護士にバトンタッチするが、本当にことばには尽くせないほど多くのことを得た。目から鱗が落ちる思いも何度もした。
少しでも多くの若手弁護士が積極的に日弁連の会議に参加し、それこそ社会に目を向けてほしいと願っている。

こうした機会を与えてくださったN先生、本当に感謝しています。でも、東京の空気をゆっくり吸う時間はありませんでした。

◆憲法リレーエッセイ◆ 沖縄が問うているもの

カテゴリー:憲法リレーエッセイ

会 員 我那覇 東 子(50期)

私の出身は沖縄県那覇市で、県外の大学に行くまで過ごしました。米軍の戦闘機やヘリの騒音で会話が途切れるのは日常茶飯事でしたし、幼少の頃は、フェンスを隔てた美しい芝生の広がる敷地の米軍住宅や、のびのびと遊ぶ米国の子供らを羨ましく眺めたものです。そして、離れてみて想う故郷は、昔も今もかわらず、平和というものとは遠い、翻弄される激動の地でもあります。

<捨石の沖縄>

今年で戦後70年となります。先の大戦では幾多の尊い犠牲がはらわれました。中でも沖縄では激しい地上戦となった結果、10万人以上の民間人が凄絶な最期をとげました。以来、現在に至っても、彼の地は米軍支配の下、捨石のような状態が続いています。国土の0.6%、全国人口の1%の沖縄に、日本の米軍基地の74%が集中しています。そのために、日常的な米軍戦闘機やヘリの騒音被害、墜落等事故、環境破壊・汚染、米兵等による婦女暴行事件や交通事故等の様々な人権問題、社会問題が引き起こされています。

ちなみに、1972年本土復帰から2013年末までに沖縄県内で発生した「米軍航空機関連事故等」は、判明分だけで594件に上っています。その主な事故態様は、墜落45件、部品等落下46件、不時着439件。発生場所は、基地内443件、民間地151件――この内訳は、住宅付近20件、民間空港35件、空き家等31件、畑等15件、海上46件、その他4件(以上は沖縄県知事公室基地対策課資料)。つまり、年間14.5件、月に1~2件のペースで、狭小の沖縄では、何らかの米軍航空機関連事故が発生し、同時に、県民の平和的生存が脅かされ続けています。

2004年8月13日、沖縄国際大学構内に米軍ヘリが墜落・炎上しました。このヘリ、25メートルプール程の巨大なもので、私は九弁連人権擁護委員として墜落現場の視察に赴いてみたのですが、大学構内の建物壁に広がる黒く焼け焦げた惨状に、墜落の衝撃を想像して思わず息を呑んだのです。また、事故機の部品には、放射性物質(ストロンチウム90)が使用されていたため、墜落現場付近の汚染が濃厚となりました。

2013年8月5日、キャンプ・ハンセン内に米軍ヘリが墜落しました。墜落現場は基地内とはいえ、もともと狭小の地。飲料水を取水している大川ダムの北端すぐ、民家から僅か2キロ程の地点です。事故機の部品には、放射性物質(トリウム232)が使用されており、やはり土壌・水質汚染が強く懸念され、県民の健康被害も危ぶまれます。

<まるで他人事>

さて、渦中の普天間・辺野古基地を巡って、国は「普天間基地が固定化する。」という殺し文句を繰り返しては、その代替としての辺野古基地を強いるわけですが、では沖縄に辺野古基地が永劫に固定化するのはいいのか?(全く基地負担軽減にならない)普天間の危険性除去をいうなら、なぜ新たな基地周辺部のそれは放逐されるのか?この言説には、子どもでもわかるような詭弁があるだけでなく、その責任の主体というものが一向に明らかにされません。外国の軍隊に基地の提供をするのは、あくまでも主権国の責任に基づくものですし、ましてや、その場所を外国が特定するのは越権です。まずもって国内で決着すべき問題を等閑したまま、日米両国で決めたものだからと豪語してはばからない国の態度はいささか滑稽でもあります。今更ですが、70年も普天間基地を固定化し続けてきたのは、まぎれもなく国の責任であったということです。

<民主主義の真価が問われる>

この点、沖縄では従前から各自治体含めて新基地建設反対の声がありましたが、2010年、名護市辺野古の新基地建設に反対を掲げた稲嶺氏が名護市長に当選し、昨年11月には、同じく基地建設反対の翁長氏が沖縄県知事に当選しました。さらに、昨年12月の衆議院選挙でも、新基地建設反対を明確に政策目標とした4つの選挙区全ての議員が当選しました。こうした幾重もの民意に照らせば、筆舌を超えた基地被害を甘受しなければならない地元全体が、辺野古基地建設に反対である、と考えるのが筋でしょうし、かりにも主権国かつ民主主義国家である以上、その選挙結果には、米国も含めた再協議や検討を踏まえるなどの最大限の敬意が払われてしかるべきでしょう。

ところが、首相は、翁長新知事との面会を拒否し続け、沖縄振興予算を一方的に削減し、知事を支持した企業を公共事業から排除するなどして、公金で県民の首を絞めつけます。さらに、民意を一顧だにせず基地建設を強行したため、政府の露骨な県民切り捨ての暴挙に対して、地元の憤懣は高まり、溝は深まるばかりです。私は思いきり、いぶかしみたくなるのです。「果たして日本は民主主義国家を標榜しているのだろうか?」「はたまた、沖縄は昔も今も治外法権なのだろうか?」

<憲法問題のるつぼ>

こうした沖縄の問題は、決して小さな島内だけにとどまるものではありません。目下、墜落事故等の多いMV-22オスプレイの配備を巡っては、既に強行導入された沖縄のみならず、近隣の佐賀県でも重大な岐路に立たされています。今後の飛行演習の拡大や、昨年の混乱状態の中で決まった集団的自衛権の運用を絡めてみると、今後、全国各地で深刻な状況になっていくものと思われます。また、米国は、自国の財政状況の悪化に伴って、約20万人の海兵隊を15万人に削減する事態に直面している一方、日本も財政悪化の憂き目にありながら、なぜかいつまでも駐留外国軍のために莫大な公費を投入し続けています。沖縄で生じているこうした問題は、これからの国民の平和的生存の行く末や、法の下の平等、主権在民・民主主義のあり様といった、憲法の根本原則を先鋭的に問うている事柄のように思えます。

<世界は見ている>

国連人種差別撤廃委員会は、第3~6回日本政府報告書に対し、最終見解において、こう述べています。「さらに委員会は、沖縄における軍事基地の不均衡な集中は、住民の経済的、社会的及び文化的権利の享受に否定的な影響があるという現代的形式の差別に関する特別報告者の分析を改めて表明する。」つまり、国連は、日本政府に対し、沖縄の基地差別問題について警鐘を鳴らすとともに、以後も継続的に政府の対応を注視し続けているというのが現状です。

その他、日本と諸外国との関係や外交を俯瞰しても、国際社会とりわけアジア近隣諸国の中で信頼され、かつ協調していくためには、まずもって主権国として自立することに加え、自国の憲法が道標として照らし続けてきた、平和の希求、不断の人権擁護、そして成熟した民主主義の実践といったものが求められています。幾多の憲法問題を問い続けてきた沖縄への取り組みは、日本という国が、これからの国際社会の中で真の価値を見いだせるか否かの試金石になると思うのです。

<参考>

*沖縄県知事公室HP(ホームページ)

*「平和的生存権―米軍ヘリ墜落事故と基地・憲法問題」(九州弁護士会連合会HP「人権白書」)

*「米空軍HH60ヘリコプター墜落事故に関する理事長声明」(同HP)

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