福岡県弁護士会 裁判員制度blog

2008年4月10日

裁判員の目線に立った最終弁論

 最新の判例タイムズ(1260号)に大河原眞美教授(高崎経済大学)の論文がのっています。実務に大変役に立つ内容だと思いますので、その要旨を紹介します。(な)

○ 修辞疑問を使う
 弁護人が一人で話す「独白」が延々と続くと、「聞く」という役割しか与えられていない裁判員は疲れる。そこで、弁護人が質問して、裁判員がそれに擬似的に答えるような間をおいて、弁護人が答えを出す。とくに、結論づけたい部分を答えとした質問を裁判員に向かって、少し時間をおいて、その結論を回答として出す。そうすることにより、裁判員は、あたかも自分が答えたかのような印象をもつ。検察官の証拠の証明の不備を追求するのであれば、弁護人が質問して、間をおいたまま、「答え」を述べないのである。「答え」がないことにより、検察官の立証には疑問が残るという印象を強く抱かせることもできる。
○ メリハリをつける
 棒読みだと話の間がないので、少し気を抜くと何を言っているのかすぐに分からなくなる。怒りの表現では若干荒い言葉を使うとか、冷静さを表現する場合は、「です・ます」体にするなど、メリハリをつけた表現にする。
○ 笑わせる
 一つでもよいので、冗談や洒落を言うと、裁判員の注意を惹くだけでなく、裁判員との心理的距離が縮まる。
○ 聞き手に配慮する
 ・被告人の非を弁護人が最初に自ら述べると、裁判員は、弁護人も自分たちと同じ考えを共有していることを実感して、弁論の内容をより身近にとらえることができる。
 ・「ここが重要な点となりますので・・・」「このことを頭に入れておいてください」という表現があると、混乱している裁判員は、重要なことを整理しやすい。
 ・「・・・このように思う。その理由は・・・」という表現は、原因と結果の整理に役立つ。
○ 服装や化粧は地味にする
 弁護している被告人の状況に即した地味な服装、地味な化粧が無難である。派手なシャツとネクタイをした弁護人に対しては、その服装に裁判員の神経がいき、裁判員は弁論に集中できない。
○ アイコンタクトを適切にする
 アイコンタクトを適切にすると、裁判員に聞いてもらいたいという意思が感じられ、好意を持たせる。
○ パワーポイントを効果的に使う
 パワーポイントは、準備と意欲という点で好印象を与え、プラス要素となる。パワーポイントを使用しなくても、舞台俳優のように弁論ができるならば、かえって新鮮な印象を与える。直前の発言に言及するなどをパワーポイントに即興に入れ込むには熟練を要する。口頭でアドリブ的に論じることができるなら、パワーポイントを使わなくてもよい。いずれにしても弁論書面の朗読のみだと、抽象的思考に慣れている一部の裁判員を除いて理解してもらうのが難しくなる。
○ ジェスチャーをシーン再現に使う
 裁判員は、法律家が想像する以上に長時間の審理に退屈している。多少の動きがあるほうが評価される。ただし、無理にする必要はない。
 たとえば、急迫不正の侵害を主張するようなときは、「めん玉をくりぬいて、ほほもぶち抜いてぶっ殺してやる」という発言を、ジェスチャーをまじえて凄みを出すと急迫さが裁判員に伝わりやすい。
○ 要するに、市民にわかりやすい最終弁論とは、法律家が法律家になる前の自分の言葉の感覚を思い出して話すことに尽きる。 

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2008年4月14日

分かりやすい裁判用語

『季刊・刑事弁護』(54号)に、日弁連の法廷用語の日常語化に関するプロジェクトチームが報告書を出したことが紹介されています。かなり分かりやすくなったとは思うのですが、実際には、いろいろと言い換えたり、具体的な説明をそのつどする必要があることでしょうね。(な)

合理的な疑問(合理的な疑い)
証拠にもとづいて、皆さんの常識に照らして有罪であることに少しでも疑問があったら、有罪にはできません。そのような疑問が残っていたら、無罪にしなければなりません。

 「合理的な疑い」という表現を用いなかったのは、たとえば、一般的に「疑い」という場合、無罪方向を意味するのではなく、「犯人である疑い」というように、有罪方向で用いられることが多い。そこで、そのような使用方法をされている「疑い」という言葉を用いることは、裁判員の理解の妨げとなるという理由による。

 最高裁は、合理的疑問について、次のように説明することを提案しています。
 「過去にある事実があったかどうかは直接確認できませんが、普段の生活でも、関係者の話などをもとに、事実があったのかなかったのかを判断している場合があるはずです。ただ、裁判では、不確かなことで人を処罰することは許されませんから、証拠を検討した結果、常識にしたがって判断し、被告人が起訴状に書かれている罪を犯したことは間違いないと考えられる場合に、有罪とすることになります。逆に、常識にしたがって判断し、有罪とすることについて疑問があるときは、無罪としなければなりません」
 ここでも「合理的」という用語を用いないこと、「疑い」ではなく「疑問」としていること、「常識」という用語を用いていることなどの点において、日弁連PTの報告書と似ています。
 なお、最高裁の2007年10月16日判決は、「ここに合理的疑いを差し挟む余地がないというのは、反対事実が存在する疑いをまったく残さない場合をいうのもではなく、抽象的な可能性としては反対事実が存在するとの疑いをいれる余地があっても、健全な社会常識に照らして、その疑いに合理性がないと一般的に判断される場合には、有罪認定を可能とする趣旨である」としています。

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2008年4月18日

分かりやすい裁判用語

 前回に引き続いて『季刊・刑事弁護』より紹介します。(な)
黙秘権
 自己の意思に反して話す必要はなく、話さないことをもって被告人の不利益に扱われることは一切ない権利

特信情況(特信性)
 検面調書が証拠として採用されるための条件の一つで、検面調書に記載された供述の方が、同じ人の法廷での証言より信用できるという特別な事情があること

自白、自白の任意性
 自白とは、自分が犯したことについて自ら話すこと
 自白の任意性とは、脅かされたり、だまされたりすることなく、自らの意思で自白すること。「任意性のない自白」は、証拠とすることができない。

故意・確定的故意(殺意)・未必の殺意(殺意)・認識ある過失
 故意    犯罪を行う意思
 確定的殺意とは、殺そうと思って、・・・した。
 未必の殺意とは、必ず殺してやろうと思ったわけではないが、死んでしまうならそれも仕方がないと思って、・・・した。
 認識ある過失とは、死んでもかまわないと思ったわけではないけれども、危険を知りながら・・・した。

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2008年4月21日

説得のテクニック

 近着の判例タイムズ1261号に説得のテクニックが紹介されています。役に立ちそうな内容です。(な)

説得に使われるテクニック
 受け手を説得する方法は、受け手にこちらの主張を聞かせて納得させるというだけではない。受け手の行動を促したり、送り手と受け手の相互作用によって受け手が送り手のメッセージに応じるようになる、ということがある。
 
○ フット・イン・ザ・ドア・テクニック
 応諾獲得戦略として非常にポピュラーなもの。これは小さな要求から大きな要求へ、だんだん要求を大きくしていき、最後の一番大きな要求を受け手に受け入れさせる方法である。たとえば何かの勧誘で、簡単な街頭アンケートに回答し、それを受け手がしたら次は喫茶店に誘い、喫茶店までついてきたら今度は英会話教材の購入などのさらに大きい要求をしていくというもの。

○ ドア・イン・ザ・フェイス・テクニック
 これはフット・イン・ザ・ドアの反対のもの。最初に「これは絶対聞いてもらえないだろう」という大きな要求をする。もちろん受け手は拒絶するが、受け手が拒絶したのを見はからって、より小さくて穏当な要求をして応諾させるという方法である。送り手が譲歩したのだから受け手も譲歩しなくてはならない、と受け手に思わせ、応諾を引き出す方法。

○ ザッツ・ノット・オール・テクニック
 これはドア・イン・ザ・フェイスの一応用バージョンであり、通販番組などでもよく見られる。ある価格で製品を呈示し、買い手が反応する前に、「それだけではありません!」と言って、割引をさらに呈示したり、おまけが付くことを強調する、という方法である。

○ ロー・ボール・テクニック
 これは、最初によい条件を提示して契約をする気にさせ、承諾させる。これが、相手にとりやすい玉を投げるという意味で「ロー・ボール」と呼ばれている。そのうえで最初の「よい条件」を取り払ってしまうという方法である。最初の選択にコミットしてしまうために、このようなことが生じる。

○ 一面提示と両面提示
 一般に物事には、説得する側にとって都合のよい面と悪い面があると考えられる。そのようなとき、それを両方示した方がよいのか、それともよい方だけを示した方がよいのか?両方示すとしたら、どのようにするのがよいのであろうか?
 次のような実験結果がある。はじめから送り手と同じ意見を持っていた人には、一面提示の方が効果的であり、一方、送り手と反対の立場だった人に対しては両面提示の方が効果的であった。また、両面提示は教育程度の高い人にとって有効だ。
 これまでの知見では、一面提示が有効なのは受け手の教育程度が低く、提示される議論に詳しくなく、送り手の主張が複雑でなく、当然性が高く、受けてが送り手にはじめから賛成で、受け手はあとで逆の立場からの説得にさらされないときであり、その他の場合には両面提示が有効であるとされる。

○ 結論を明示するか保留するか
 反対尋問のときなど、最終的な結論まで証人に言わせてしまうか、その手前で止めて裁判官や裁判員に考えさせるかはひとつの問題。これまでの知見をまとめると、次のようになる。
 (1)受け手の知的水準が高いときには、結論は保留した方がよい。(2)議論の内容が複雑で高度なときには明示した方がよいが、そうでないときには受け手に結論を出させた方がよい。(3)受け手が自ら結論を出そうと強く動機づけられているときには、受け手に結論を出させた方がよい。

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