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カテゴリー: 月報記事

英国便りNo.13 「動物の権利」と「人間の権利」論争(2004年9月29日記)

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刑弁委員会の皆様

松井です。

暑かった日本も、天高き爽やかな秋が訪れていることと思います。

ロンドンは肌寒い日が続いています。(九月半ば、まだ夏の太陽が照りつけていたイタリア旅行から帰り着いたとき、あまりの気温の差に冬が来たのではないかと思ったくらいです。)

さて、今回は、イギリスでの動物の権利をめぐる最近の動きについてお伝えしたいと思います。

日本でも報道されたかも知れませんが、九月一五日に、ロンドンの国会議事堂の前で、狐狩り禁止法に反対するデモ隊と警官との大規模な衝突があり、怪我人が出る騒ぎとなりました。

法案は可決され、狐狩りは二〇〇六年七月をもって全面禁止となってしまいます。

英国の狐狩り(Fox Hunting)は、人が馬に乗って、猟犬を操りつつ、狐を追い詰めて捕らえるというもので、中世の貴族から受継がれてきた伝統的なスポーツの一つでした。

しかし、動物愛護団体は、「楽しみのために狐を追い詰めて犬に噛み殺させるのは残酷である」という理由で、長い間反対運動をしていましたが、動物愛護に理解のあるブレア労働党政権になって、一気に法案化されたようです。

確かに、国民の多数は狐狩り禁止に賛成しているのですが、私は、狐狩り擁護派の言い分にも理があると思います。

というのは、狐狩りを禁止しても、農産物に被害を及ぼす狐の数をコントロールする必要はあり、今後も、一定数の狐は銃や罠で狩られるそうです。同じ狩られるなら、狐狩りでもいいではないか、むしろ、無差別に殺される銃よりも、年を取った狐が捕われる狐狩りのほうが自然にかなっている、というのが擁護派の主張です。

それに加え、狐狩りによって収入を得ている地方の人々(一万五千人ともいわれる)の生活の問題もあります。

もっと根本的には、娯楽のために生き物を苦しめることが悪であるとすると、スペインの闘牛はもちろん、私たちが楽しんでいる魚釣りや、ひいては贅沢な肉食のために家畜を殺すことも悪ということになってしまいます(人間はベジタリアンでも健康に生きていける)。

実際、このような極論も冗談ではなくなってきています。

今年の七月に出された動物福祉法の改正案では、動物を虐待する行為への刑の上限が、四〇〇万円の罰金及び一年の懲役に引き上げられるだけではなく、「その苦痛が科学的に証明される限り」保護の対象が昆虫やナメクジやミミズなどの生物にも拡大されています。

「科学的証明」が可能かどうかは別として、釣り針に刺したミミズがもがき苦しんでいるのは痛いからではないでしょうか? こちらの新聞も、庭仕事でナメクジを捕まえてハサミで切ったり塩に入れることも、許されなくなるのか、と当惑しています。

動物愛護の最も行き過ぎた例と言えるのは、動物実験反対過激派と言われる人たちでしょう。

大学や製薬会社では、医療研究や新薬開発のために動物実験を行いますが、動物過激派の人たちは、そこで働くスタッフや、物品納入業者に対して、爆弾入り手紙を送る、車をパンクさせる、注文していないものを送りつける、近所に「He is a killer」などと書いた紙をばら撒くなどの、ヤミ金業者顔負けの嫌がらせを繰り返しています。

昨年は、そういう脅迫事件が二五九件あったそうです。

その結果、ケンブリッジ大学が研究所建設を中止したり、医療研究機関がアメリカに引っ越したりという弊害(過激派に言わせれば成果)が出ています。オックスフォード大学もこの七月から標的となってます。

研究所のほうも、むやみに動物実験をしているわけではなく、できるだけ代替手段を使うようにしているのですが(この三〇年で実験に使われる動物の数は半減)、過激派の活動はおさまらないようです。

もちろん脅迫事件は犯罪として取り締まられるべきですが、ブレア政権は、「動物実験をなくすことを目指す」と公約したことがある手前、動きが鈍いようです。

私の個人的な意見としては、ある生物の数を減らしたり、種を絶やすような人間の行為は、生活に必要であっても制限・禁止されるべきだけれども、その心配がない場合には(例えば、家畜や、増えている野生生物)、人間が生活していくうえで、食用や研究に使用することはもちろん、娯楽目的でも、それに文化的価値が認められる限り、生物を殺すことが許されるように思うのですが、皆さんはどう思われますか?

英国便りNo.12 イギリスの入管・難民事件への法律援助(2004年8月31日記)

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会員 松井 仁

刑弁委員会の皆様

最近福岡に大型台風がやって来たそうですが、皆様ご無事でしたでしょうか?

こちらロンドンでは、季節も秋めいてきて、気温も夜は一〇度以下に下がっています。

BBCでオリンピックを観戦しましたが、イギリス選手ばかりで、なかなか日本人選手が写らないのでイライラしました(まあ、当たり前といえば当たり前)。また、野球やシンクロナイズドスイミングは、全く放送がなく、変わりに乗馬やボートは延々とやっていました。

さて、今回は、イギリスの入管・難民事件へのリーガルサポートの現状についてご報告します(これは、実は私が一年間通った大学院準備コースで書いた論文のテーマなのです)。

イギリスには、観光客やビジネス以外に、毎年多くの外国人が、留学、労働、難民申請などを目的に入国してきます。その数は日本の比ではなく、例えば、難民申請を例にとると、日本の二〇〇二年の申請者は二五〇名(うち在留を許可された者五四名)なのに対して、イギリスでは約八万四〇〇〇人(同約二万八〇〇〇人)と、約四〇〇倍もの差があります。

それゆえ、入管・難民事件に関するリーガルシステムも、非常に発達しています。

まず、入管・難民手続の中で外国人をサポートする人材として、弁護士以外に、「Immigration Advisor」と呼ばれる職業の人たちがいます。Advisor は、非営利のNGOのメンバーであることもありますが、営利目的で事務所をかまえている人々も多数あり、入管・難民事件は、「一大産業」と言われています。

イギリスでは、原則として非弁活動を禁止する法律がないので、もともと誰でも自由に Advisor の仕事をできたのですが、一〇年ほど前から、悪質な営利 Advisor の存在(たとえば、いいかげんな仕事をして法外な報酬を請求する、など)が問題となりました。

そこで、政府は、二〇〇一年から、「Office of Immigration Service Commissioner」という独立官庁をつくって、Advisor は、その官庁の審査を受けて許可を得なければ入管・難民事件を手がけてはならない、というしくみにしました。

この制度は、Advisor の質の維持に資するとして、法曹界ではおおむね歓迎されています。

ところで、弁護士については、弁護士会の監督下にあるため、現在はこの官庁の管轄外とされています。しかし、最近、入管・難民事件にたずさわる弁護士に対する苦情が増えており、今後は Advisor と同じように官庁の監督下におくべきではないかという意見も出ています。弁護士会は、危機感を募らせ、会員のレベルアップに必死です。

次に、イギリスには、入管・難民事件専門の裁判所(審判所)があります(Immigration Appellate Authority と呼ばれます)。

その裁判所では、入管当局の決定に不服がある外国人の申立が、Adjudicator と呼ばれる裁判官によって再審査され、さらに、その裁決に不服があれば、Immigration Appeal Tribunal という裁判体で再々審査されます。

私も一度見学に行きましたが、審判所の建物は、様々な人種の当事者の人たちと、Advisor や弁護士でごったがえしていました。

二〇〇〇年には、約二〇〇〇〇件の不服申し立てがなされ、うち約一七%で、入管当局の結論が覆っており、重要な役割を果たしています。

ところが、政府は最近、不服申し立て事件を処理する経費を節減するため、外国人の不服申し立ての権利を制限する法律を次々と成立させており、法曹界からは強い批判が出ています。

最後に、法律扶助(リーガルエイド)についても触れておきましょう。

日本でもよく紹介されるイギリスの充実した法律扶助制度には、ずいぶん以前から、入管・難民関係のカテゴリーも設けられており、この法律扶助によって、弁護士やNGOの Advisor による活発な援助が支えられてきました。

ところが、最近、政府は、法律扶助支出の増大を押さえるために、支出要件の引き締めを試みており、入管・難民関係でも、例えば、「入管当局の手続段階で五時間分まで、不服申し立て段階で四時間分までしか扶助しない」というような通達を出し、NGOや法曹界からの大反対を招きました(因みに、刑事の法律扶助も大幅に制限されたようです)。

以上のように、イギリスの制度にも色々な問題はあるのですが、日本では Immigration Advisor の制度も、入管・難民事件専門裁判所の制度もなく、外国人に対する法律扶助の支給要件も厳しいことを考えると、やはり我々が参考にすべき点が多々あると思います。

英国便りNo.11 イギリスのテレビ番組事情(2004年8月6日記)

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刑弁委員会の皆様

松井です。日本は猛暑と聞きますが、皆さんお体は大丈夫ですか?

こちら英国は去年に比べ涼しい夏を迎えています。

夏休みになり、(英語のヒアリングの練習だと正当化しつつ)、だらだらテレビを見ることも多くなりました。

そこで今回はイギリスのテレビ番組についての感想を述べたいと思います。

ロンドンでは、TVを買って、TVライセンス料(受信料)年二万四〇〇〇円を払うと、国営のBBC二局、民放三局の地上波放送が見れます

日本の番組を流す衛星放送もありますが、契約料や受信機が高いので私は入っていません(ダイエーホークスの中継が見たいのは山々ですが)。こちらでは、野球中継はなく、スポーツ放送といえばサッカーかラグビー、あるいはルールのさっぱり分からないクリケットやスヌーカー(ビリヤード)ばかりです。

一、不動産好きのイギリス人

イギリスのテレビ番組で特に多いのが、不動産関係の番組です。
 不動産関係にもいろいろあって、例えば、

  • 家の内装をかっこよく改造する番組
  • 家の庭をかっこよく改造する番組
  • 汚れた家をきれいに掃除する番組
  • 格安の家を買って、手入れをして高く売って儲ける番組
  • オークションに出ている家を買う番組
  • 土地を買って個性的な家を建てる番組
  • 海外の「ドリームホーム」を買いに行く番組
  • などなど、枚挙に暇がありません

これらを見て分かったのは、イギリスでは築何年というのは古いほど喜ばれ、内装や設備がしっかりしていれば、家の価値は下がらないということ、そのうえ、家を新築するためには、日本よりずっと難しい許可手続(安全性だけでなく、景観や近隣関係も含む)をとらなければならないことです。それで、イギリス人は、古い家の内装をいかに立派にして価値を高めるかに相当の思い入れを持っているようです。

二、古いもの好きのイギリス人

古い建物といえば、「Restoration」という番組があります。これは、朽ち果てつつある古い城や教会などを紹介して、保存するための基金を募る番組です。いったん放送されると、視聴者から多額の寄付が実際に寄せられるのは驚きます。

骨とう品関係の番組もたくさんあります。地方へ出張して住民の持ち寄った骨とう品を値踏みする「アンティークロードショー」は、日本でもNHKで放送されておなじみですが、こちらではオークションからみの番組をよく見かけます。これも、家と同様、掘り出し物を安く買ってオークションで高く売って利益を出すという内容です。私はこれまで、骨とう品集めは金のかかる趣味だと思っていましたが、実は、最初にある程度買い集め、あとはそれを転売して次の資金とするという具合に、金をかけずに楽しんでいる人がたくさんいることを知りました。

三 議論好きのイギリス人

日本の討論番組は、たいてい専門家どうしで討論するものばかりですが、イギリスでは、素人中心でやっている討論番組がたくさんあります。例えば、BBCの「You are talking」という番組では、参加者の一人が自分の体験や意見を語り(例えば、「自分はタバコが嫌だから街中禁煙にして欲しい」など)、それに対して他の参加者が賛成したり、反論したりします。感心するのは、素人とはいえ、皆しっかり自分の意見をもっていて、それを堂々と言っていることです。時にはかなり辛らつに相手を攻撃する人もいて、和を尊ぶ日本人の私はハラハラしてしまいます。

ラジオ番組でも、DJとリスナーが議論する形をとるものが多く、最初にその日のテーマをDJが提供すると、次々と電話がかかってきて、例えば「俺はトラックの運転手をしているが、最近の警察に言いたいことがある」などと喋りはじめ、DJが、「それはあんたのほうが悪いんじゃないの?」などと答えて渡りあっています。

とにかく、違う意見をぶつけて楽しむ、といった雰囲気があるのです。

四 日本でも是非やってもらいたい陪審番組

犯罪ものや裁判ものも多いのですが、中でも特筆すべきは「Courtroom」(法廷)という番組です。これは、架空の刑事事件を題材にして、陪審法廷の様子を、冒頭陳述から、検察側証人尋問、弁護側証人尋問、被告人質問、論告弁論、評決まで一事件毎回三〇分にまとめて放送するものです(模擬裁判のようなもの)。

これがとてもよくできていて、結論の微妙な事件が、争点を絞って(かつ書証なしで)提供されています。ドラマのような派手な演出はなく、検察官や弁護人が淡々とポイントを突いた鋭い尋問を積み重ねていく様子にはリアリティがあり、思わず自分も陪審員のひとりになったような気になって真剣に見入ってしまいます。

論告弁論後の裁判官の陪審員に対する説示も、「被告人の前歴に惑わされずに、被告人が被害者を殴ったという証拠が十分にあるか、それだけを判断するように」など、的を得ています。

この番組は、将来陪審員に呼ばれるであろうイギリス市民にとって、裁判の流れや事実認定のポイントなどを知る絶好の機会となっていると思います。裁判員制度の導入が決まった日本でも、ぜひこのような番組を作って繰り返し放送してもらいたいものです(とりあえず、この番組を輸入して日本語に吹き替えて放送しても十分効果があるでしょう)。

英国便りNo.10 留学一年目の成果と、ウィンブルドンテニス(2004年7月8日記)

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会員 松井 仁

刑弁委員会の皆さん

ご無沙汰しております。松井です。

この二ヶ月間、私が留学一年目に通ったコース(大学院進学のための基礎コース)の最終試験に追われ、「たより」を書く心理的余裕がありませんでしたが、やっとそれも終わり、晴れて夏休み(!)を迎えることができました。

今回は私の近況報告をさせていただきます。

振り返ってみると、思った以上に大変なコースでした。

私は、英語と、選択科目として開発学と経営学を習っていたのですが、各選択科目について学期ごとにエッセイ(二〇〇〇字)を書かされ(三学期で計六通)、それとは別に、自主研究の論文(八〇〇〇字)を書かねばなりませんでした。

最終試験では、英語については、三時間のライティング(時間内に講義を聞いて、文献を読んで、論文を仕上げるというもの。因みに今年の問題は「現代社会の孤独」でした)と、自主研究の内容についての一五分間のプレゼンテーションでした。

選択科目の最終試験は、三時間で三問のエッセイを書くというもので、一時間あたり一問仕上げる点では司法試験の論文試験に似ていますが、量が多いうえ英語で書かなければならないので、満足には仕上げられません。

こうして鍛えられたおかげで、英語の読み書きの能力はこの一年で多少進歩したような気がしますが、会話のほうは、まだ全然だめです。

実際、IELTSという英語の試験を定期的に受けていますが、恥ずかしながら、スピーキングは日本で受けたときの点数のままです。その原因のひとつは、私が妻と暮らしており、学校以外では日本語で生活しているからでしょう。妻も来年大学院に行くため、二人とも危機感をつのらせ、家でなるべく英語を話そうと試みてはいるのですが、照れくさいうえ、言いたいことが言えない欲求不満がつのって、なかなか長続きしません。

よく留学から帰った人が、「留学したからといって語学が上達するとは限らない」といいますが、本当です。  というわけで、この夏は、語学学校に行くべきか、それとも楽しみにしていた各地への旅行に出かけるか、悩ましいところです。

イギリスの夏は日が長く(夏至のころは、日の出が午前四時三〇分頃、日没が午後九時三〇分頃でした)、旅行に行っても遅くまで観光ができて、とても得をしている気分になります。

しかし、夜がなかなか来ないため、いきおい夕食の時間も遅くなり、夜更かししてしまい、他方で朝明るくなって目が醒めたところまだ五時すぎだったりして、寝不足になりがちになる問題もあります。

そのうえ、蒸し暑い日本とちがって、肌寒い日も多いので、風邪をひいたりしないように注意が必要です。

先日行ったテニスのウインブルドン大会も、肌寒い中、夕方遅くまで行われていました。

ウインブルドンのテニスの前売りチケットは、前年のうちに売り切れてしまうので、徹夜で当日券に並ばなければ見れないのがふつうです。ただし、毎日午後五時ころから、帰った観客のチケットを再販売するシステムがあり、私たちは、杉山愛さんの「センターコート」での試合を見れるかも知れないと思って、夕方行ってみたのです。運良く再販売券が手に入り、まだ杉山さんが試合中のセンターコートの入り口にかけつけたのですが、警備員から「ゲーム中は中に入ってはいけない」と止められ(人の移動は選手の気を散らすから)、やっと入るのを許されたのは、杉山さんが負けてしまったあとで、結局、会場を去る杉山さんを見送るだけとなってしまいました。

でも、そのあと他国選手の試合を見ることができ、TVで見ていたように他の観客といっしょに私たちも、ボールを追って首を右に左に動かし、「オー」とか言ったり拍手したりして、ウインブルドンの雰囲気を堪能することができました。

それでは、皆様も体を大切に。

裁判官報酬における人事院勧告の受け入れについて思う!!

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会員 野田部 哲也

一 最高裁の受け入れ

人事院は、平成一七年八月一五日、国会及び内閣に対し、一般職の職員の給与等についての報告及び給与の勧告を行いました。これには、?地域ごとの民間賃金水準の格差を踏まえ、全国共通に適用される俸給表の水準を平均四・八パーセント(中高齢層は更に二パーセント程度)引き下げる、?民間賃金が高い地域には、三パーセントから最大一八パーセントまでの地域手当を支給するという重要な内容を含まれています。

裁判官について、人事院勧告を受け入れ、裁判官の報酬等に関する法律に定める別表の報酬月額を引き下げることは、司法権の独立をゆるがしかねない重大な問題を含んでいると考えます。

ところが、最高裁は、平成一七年九月二八日、裁判官会議を開き、人事院勧告を受け入れることを決め、その後法務省に法改正を依頼しています。

従前も、最高裁は、平成一四年九月四日、裁判官会議を開催し、人事院勧告の実施に伴い、国家公務員の給与全体を引き下げるような場合に、裁判官の報酬を同様に引き下げても、司法の独立を侵すものではないと判断し、平均約二・一パーセントの一律削減を決め、平成一五年、これが実施されていました。

二 憲法違反

確かに、最高裁のように、公務員全体の給与が下がる中、裁判官の報酬を一律に減らすことは違憲ではないとする考え方もないわけではありません。

しかし、憲法は、司法権の独立を保障し、七九条六項後段、八〇条二項後段において、裁判官の身分保障として、裁判官の報酬を減額することができないことを規定しています。裁判官の報酬の減額禁止が、個々の裁判官の職権の独立を保障する趣旨であることからすると、個々の裁判官の報酬を減額することは憲法に違反すると解されます。

本件勧告を受け入れると、平均約四・八パーセント、判事層で計算すると七パーセントを超える報酬の減額となり、個々の裁判官から見れば、減額であることは明らかであり、憲法の規定に違反すると考えます。

また、今回の人事院勧告は、報酬の一律の削減ではなく、地域間で格差をつけることとしており、地域手当も含めると、一律削減とは到底言えないものであり、さらに違憲の度合いが大きなものです。

日弁連は、平成一七年九月一三日付で、今回の人事院勧告の内容を裁判所に適用するべきでないとし、裁判官にふさわしい報酬制度を定めるため、これを検討する機関の設置をするべきであるとの意見を表明しました。

三 最高裁は、何を守ろうとしているのか。

最高裁は、日弁連の援護にもかかわらず、今回の人事院勧告を全国約三三〇〇人の裁判官に導入することを受け入れています。また、最高裁は、同日、裁判官会議において、最高裁裁判官の退職金を三分の一にし、約四〇〇〇万円を減額することも決めています。

最高裁裁判官は、自らの血を流してまで、今回の人事院勧告を受け入れ、何を守ろうとしているのでしょうか。

最高裁裁判官は、全国の下級裁判所の裁判官からの反発をおそれ、自らの退職金を大幅減額し、血を流したのでしょうか。

最高裁は、裁判官の報酬について、人事院勧告を受け入れなければ、これが国会において具体的に論議され、他の公務員に比し、裁判官の報酬が高額であることが公になり、批判されることをおそれているのでしょうか。

それとも、裁判官の身分保障をする憲法の規定を持ち出して、人事院勧告を拒否すると、今回の選挙で圧倒的多数を有するようになった与党に憲法を改正されることを心配しているのでしょうか。

四 人事院勧告を受け入れたことによる弊害

ところで、同じ裁判官会議において、地域手当の導入で地域間格差が広がることについて、職務の特殊性に照らし、適切な人事上の施策を行うように努めるとしている。

現在、大都市勤務の裁判官には、調整手当として、報酬の三パーセントないし一二パーセントが加算されていますが、現時点においても、裁判官のかなりの多数が、東京高裁管内その他高裁管内でも都市の裁判所に配属を希望しています。今回の人事院勧告を受け入れた結果、かかる傾向にさらに拍車がかかることになり、全国各地に等しく優れた裁判官を配置することは到底できなくなるのではないでしょうか。

裁判官という職務の特性から、都市が本省で地方が出先というような関係もなく、都市と地方ではその職務の内容に本質的な違いがあるわけでもありません。それにもかかわらず、都市と地方に必要以上の差を設けることは、都市から地方への転勤許否や、転勤を理由とする退官者の増加等の弊害を生じる危険性も高くなると思われます。また、裁判官のなかに、勤務地域によって実質的な報酬の格差を設けることは、地方で誇りを持って裁判を行っている裁判官の誇りを傷つけるという裁判所内部からの指摘もあります。

五 他の国家公務員の給与と同列に論じること等の是非

今回の裁判官報酬について、人事院勧告を受け入れることは、裁判官の報酬について、他の国家公務員の給与と同列に論じ、民間賃金の水準を根拠に、俸給水準の引き下げをすることになります。

国家公務員の給与について、民間水準と関連付けることについては、一定の合理性はあるとしても、裁判官の報酬が、景気の動向に左右されてよいものでしょうか。

法曹制度検討会における議論でも、「裁判官が一切の圧力を排して自己の判断を下すためには、身分保障が不可欠であり、裁判官の報酬を論ずるにあたり一番大事なのはこの点である」「司法の権威や独立性を保つためにかなり高い報酬を支払うことは構わない」といった意見が出されています。

我々弁護士が個人として裁判を受けるとしても、安い報酬で、景気の動向に左右され、汲汲としている裁判官に裁判をして欲しいとはとても思えません。裁判官の報酬は常に一定の水準を確保した安定的なものであることが不可欠と考えます。このことを当然の前提として、我々は、裁判官に期待し、情熱や高い能力を求めています。

今回の人事院勧告は、俸給制度、諸手当制度全般にわたる抜本的な改革といわれており、裁判官の職務の特殊性を考慮せずにこれを受け入れれば、今後も人事院が必要な見直しを適切に行うたびに、これを受け入れることにもなりまねません。

例えば、さらに民間の賃金水準が著しく低くなり、都市と地方の民間給与の差がさらに大きくなったりする等して、人事院がさらに公務員の俸給を著しく引き下げ、地域手当の格差を広げる等した場合でも、これを受け入れなければならなくなります。

さらには、公務員の俸給について、能力給や実績給が導入された場合に、裁判所もこれを受け入れなければならなくなることも懸念されます。

六 司法制度改革審議会意見書

司法制度改革審議会意見書は、裁判官制度の改革の一つとして「裁判官の人事制度の見直し(透明性・客観性の確保)」を挙げ、その中で「裁判官の報酬の進級制(昇給制)について、現在の報酬の段階の簡素化を含め、その在り方について検討すべきである」と述べています。

裁判官の報酬の進級制(昇給制)について、従来から指摘されているように、昇進の有無、遅速がその職権行使の独立性に影響を及ぼさないようにする必要があること、また、裁判官の職務の複雑、困難及び責任の度は、その職務の性質上判然と分類し難いものであることにかんがみ、現在の報酬の段階の簡素化を含め、その在り方について検討するべきです。

七 裁判官の報酬を議論する場合の哲学とスタンス

 裁判官の報酬を議論するについて、その基本的な立場は、憲法における裁判官の地位、役割、特殊性に立脚して議論すべきです。裁判官は、具体的争訟事件について、裁定する作用をその本質とする裁判官の職務の基本的な性格が、行政府の公務員とは根本的に異なり、憲法がその身分を保障し、任期を定めた裁判官の在任中の報酬減額を禁止しているという裁判官の特殊性をきちんと議論するべきです。裁判官が他の公務員よりも高額な報酬であることが主権者である国民に支持されるには、市民の目線に立った裁判官の職権の行使が不可欠です。市民は、迅速な裁判を望まないわけではありませんが、事件を数多く処理すればよいという、裁判官能力主義や成果主義が大手を振るう裁判所を求めているとは思われません。市民は、一生に一度あるかないかの自分の裁判について、形式的に画一処理されることも望みません。紛争の当事者である市民の声に耳を傾け、地道で丁寧な裁判官を切望しています。(かかる市民の目線を重視する立場から、裁判官評価アンケートも実施しています。)

八 おわりに

裁判所でさえ、今回の人事院勧告を受け入れているのであるから、あまり議論に登りませんが、検察庁においても、当然のように検察官の特殊性を十分考慮されることもなく、人事院勧告が実施されるのでしょう。

司法制度改革審議会は、現在の二割司法を脱却し、法の支配が国民の隅々に行き渡るよう大きな司法を目指し、司法制度の改革について、意見を述べ、現在、これが法律化され、実現されています。そのような中、小さな政府を目指す公務員給与を抜本的に見直す今回の人事院勧告の影響を裁判所にまで及ぼしてよいのでしょうか。

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