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◆憲法リレーエッセイ◆ 息子と甥っ子

カテゴリー:憲法リレーエッセイ

会 員 天 久   泰(59期)

去年の秋、沖縄にいる妹に甥っ子が生まれた。甥っ子の祖父、つまり私の父の喜びようはそれはもう大変なもので、妹宅へ行き、一日中甥っ子を抱いているらしい。父からは甥っ子とツーショットの写真がメールで送られてきた。満面の笑みの父。

今年の春先、一泊だけの帰省をした。初対面した甥っ子は、手に取るものを何でも口にくわえようとし、気に入らないことがあると家の外まで聞こえるくらいにわんわんと大きな声で泣く。元気の塊のような子。妹ゆずりのクリっとした目に、お父さんゆずりの団子っ鼻。愛らしい甥っ子を抱っこする父に近況報告し、久しぶりに母親の手料理を食べ、団欒した。

7月のある日、私に息子が生まれた。私の名前から一文字(といっても一文字しかないが)を贈った。すぐには父親になった実感がわかなかったが、帰宅時間は早くなった。息子はあくび、くしゃみ、ゲップと、毎日できることが少しずつ増えていく。皆こうやって人間になっていくのだなぁと思った。沖縄から駆け付けた私の父は、目元は妻に似て、鼻から下は私に似る息子を見つめ、目を潤ませながら喜んだ。

9月のある日曜日、携帯電話に父からのメールが届いた。添付された画像データには、「オスプレイ・ノー」と書かれたメッセージボードを持つ父の姿。地べたにあぐらをかく父の膝の上には、きょとんとした目の甥っ子。なぜ自分がここにいるのか分からないというような表情をしている。当然だろう。実家から歩いて15分ほどの公園には何万人もの地元住民が集まった。この日を皮切りに沖縄ではオスプレイ配備反対の集会が各地で相次いだ。

オスプレイ配備の件を知って私の胸中を占めた気持ちは、自分の息子を沖縄で育てなくてもよいことに対する安堵感だった。沖縄に生まれ、親族を沖縄に置く身でありながら薄情であり、卑怯であることは間違いない。しかし偽らざる心境である。10月1日、山口県の米軍岩国基地を飛び立った6機のオスプレイが、薄情な私の頭上、北九州市の空を越えて米軍普天間基地に降りた。オスプレイを沖縄に送ってしまったのは私自身なのではないかと錯覚した。沖縄では10月だけで11市町村で反対集会が開かれた。

11月に入り、実家の母へ電話をすると、民間地上空を飛ばないはずのオスプレイが保育園や団地や学校の上を平気で飛んでいるとのこと。米軍が約束を反故にするのはいつものことなのでそれ自体には驚かない。心を動かされたのは、あの愛らしい甥っ子のことである。オスプレイは他の米軍機にはない独特の低周波音を放ちながら飛ぶ。普天間基地の滑走路から500メートルほどの実家の窓はビリビリと音を立てて揺れ、ときには建物自体が揺れるように感じる。甥っ子はその音を聞くと、近くにいる大人の膝下にしがみつき、ウーウーとうなるような声を出し、音が止むのをひたすら待つ。怖いのだ。

平和主義の下では、日本国民のすべてが平穏で安心できる平和な環境を享受できるはずだ。また、憲法は、平和を維持するためであっても、命や健康を差し出すことを国民に要求しない。武力の不保持を誓っている以上そのように解釈できるし、解釈しなければならない。では甥っ子と私の息子が置かれる境遇の違いをどのように理解すればよいのか。二つの幼い命は、ともに憲法の下にあるはずである。私にはその答えを見つけることができない。

◆憲法リレーエッセイ◆ 人権擁護大会シンポジウム余聞

カテゴリー:憲法リレーエッセイ

会 員 永 尾 廣 久(26期)

姜尚中教授のドタキャン

10月4日、佐賀市で開かれた第55回目の日弁連人権擁護大会シンポジウム第一分科会は教育問題をテーマとして取り上げたものでした。私は、このシンポジウムに日弁連憲法委員会の委員長として関わりました。

教育問題をテーマとする大変地味なシンポジウムだけに集客力に不安がありましたので、実行委員会ではいろいろ検討し、試行錯誤を重ねたあげく、100万部も売れたと評判の『悩む力』の著者である姜尚中・東大教授を目玉にすえることにしました。超多忙な学者であることは周知のことですので、突然の体調不良や台風などのために急にキャンセルされたらどうしようという一抹の不安とともに準備をすすめていきました。

ところが、木曜日にシンポジウム本番を予定していた直前の日曜日の夜に「家族に不幸があって参加できない」とのメールが入ったのでした。まさしく晴天の霹靂です。実行委員会としては、何とか翻意してもらうべくタイムリミットぎりぎりまで働きかけをしましたが、ついに断念せざるをえなくなりました。

右派ジャーナリズムによるバッシング

その後、姜尚中教授のドタキャンは、結局、某週刊誌がその家庭内の不幸(長男の自殺?)というのをスクープとして大きく取り上げたことによるものだということが判明しました。東京の地下鉄車内での週刊誌の宙吊り広告には「姜尚中の家庭崩壊」と大書されていました。

ところが、ことが起きたのはなんと3年も前のことなのです。家庭内で不幸な出来事があったのが事実であったにしろ、それをあたかも最新のスクープであるかのように大々的に「報道」するのは、まさしくリベラル派知識人たたきを狙ったバッシング以外の何ものでもありません。

日中・日韓で領土問題に火がつき、「愛国心」が煽られるなかでの有名「在日」知識人バッシングとしか思えません。

出るべきか、出ざるべきか・・・

マスコミに詳しい弁護士のなかには、なんの、これしきの週刊誌の記事など、ものともせず、気にすることなく堂々と講演すべきだという声がいくつもあがりました。

でも、私はそれには同調できませんでした。教育シンポの基調講演者が、週刊誌で大きく「家庭崩壊」と報道されているのに、人前に出ることができるものでしょうか。私にはそうは思えません。少なくとも私は自信がありません。

寛容さを忘れようとしている日本社会

先に、生活保護問題で有名な芸能人の母親があたかも「不正受給」しているかのような一連の報道がなされました。

かつて、日比谷公園における「年越し派遣村」が話題になったことがあり、生活保護の受給がそれまでより容易になろうとしていたわけですが、今回は、まさにその逆風が激しく吹き荒れているという印象を受けます。

世界的にみると、日本は生活保護を受ける資格のある人の大半が放置されている国です。にもかかわらず、ますます生活保護を受けにくくする方向で政治が動いているのが悲しい日本の現実です。

ネット世界でも姜教授バッシングはひどいようです。昨今の日本社会が少しでも「異質」なものを排除しようとする寛容のなさに私は底知れぬ不安を感じてしまいます。

教育実践の報告があり、シンポは大成功

姜尚中教授の話を聞くのを楽しみに集まってきた一般参加者は怒り、詳しい事情説明を求めました。怒りをぶつけられるのは仕方ありませんが、詳しい理由を姜教授から聞いていない以上、弁明できません。ともかく、最後まで姜教授に出席を求める努力を尽くしたが結局、来てもらえなかったことを告げて参加者に対してお詫びするしかないということになりました。

姜教授のドタキャンの代替をどうするか苦悩しましたが、結局、世取山洋介・新潟大学准教授に話してもらいました。そして、北海道・宗谷(稚内)、東京の足立区と七生養護学校、さらに大阪の小河勝氏(府教育委員会の委員)に、教育現場の実情をたっぷり話してもらいました。教育現場の深刻な状況のよく分かる報告でした。

たとえば、小学校の低学年でかけ算の九九をまったく身につけていない子どもたちは授業が分からないまま大きくなっていく。そのうえ、漢字も読み書きがよくできないので、文章題が理解できない。学力向上を目ざすというのなら、この根本のところを改める必要があるのに、今は、これまで中学校レベルで教えていたものが、小学校レベルにおりてくるように年々難しくなっているというのです。

いずれにせよ、現代日本で少なくない子どもたちが社会で生きていくうえで十分な学力を身につけないまま放置されている現実を知ってショックでした。

宗谷(稚内)の元校長先生は、今の子どもたちは淋しがっている、子どもたちを温かく包み込む輪をつくるために教師だけでなく、地域ぐるみの連携が必要だし、それを実践していると力強く報告してくれました。うんうん、そうだよなと、思わずうなずいたことでした。

最後に、世取山准教授が指摘されていた1976年5月21日の旭川学力テスト事件最高裁判決は本当にいいことを指摘していますので、ここに紹介します。

「知識の伝達と能力の開発を主とする普通教育の場においても、例えば教師が公権力によって特定の意見のみを教授することを強制されないという意味において、また、子どもの教育が教師と子どもとの間の直接の人格的接触を通じ、その個性に応じて行わなければならないという本質的要請に照らし、教授の具体的内容及び方法につきある程度自由な裁量が認められなければならないという意味においては、一定の範囲における教授の自由が保障されるべきことを肯定できないではない」
このように、姜教授のドタキャンという災いが転じて福となるというシンポジウムでした。

無料労働相談が始まりました 生存権の擁護と支援のための緊急対策本部労働関係部会長

カテゴリー:月報記事

会 員 井 下   顕(52期)

1 無料労働相談が始まりました!

本年10月1日より、県内19カ所の法律相談センターにおいて、労働者側の労働相談の無料化がスタートしました(筑豊部会では、名簿登録会員事務所に順次配転されます。)。すでに、CM(アリが出てくるものです…。)もオンエアされており、各メディア媒体を通じた宣伝もされ始めています。

2 無料労働相談の制度趣旨は…

この無料労働相談の試みは、当初生存権の擁護と支援のための緊急対策本部において提起され、その後様々な議論を通じて実現されました。

不肖私、当会を代表して福岡労働局が主催する個別労働紛争解決制度関係機関連絡協議会に出席させていただいておりますが、福岡労働局や県の労働者支援事務所に寄せられる労働相談のうち、あっせん等の手続で解決しない労働相談の大部分が法テラスを紹介されています。ちなみに、昨年の厚労省の総合労働相談窓口に寄せられた民事個別労働紛争(解雇、雇止め、賃金未払、セクハラ・パワハラ等の相談)は約25万件、うち全国の労働局のあっせん手続で受理された件数は約6500件、全国の地裁本庁に継続した労働審判、仮処分、労働事件本訴等はすべて合計しても8000件超くらい(福岡県内では総相談件数4万件のうち、実に1万件が民事個別労働紛争で、福岡労働局のあっせん受理件数は約300件、天神センターの年間の労働相談件数も約300件です。)。実に多くの労働事件は弁護士への相談にすら行き着いていない状況にあると思われます。そして、これらの原因の一つに、労働相談の相談料が実は大きな壁になっていると思われます。解雇、雇止めによって明日の糧すら奪われた労働者は30分5,250円を出して、弁護士に相談することには相当な躊躇があることは明らかではないでしょうか。

3 無料労働相談の副次的効果も…?

当会の生存権対策本部始め関係委員会では、このように労働者の生存権を擁護・支援するという観点からこの無料化を議論してきたわけですが、この無料化には副次的な効果もあると思われます。すなわち、労働は様々な法領域の基軸となっている、労働分野にトラブルが発生したり、傷がつくと、家庭内の問題、子どもの問題、地域の問題等多くの問題に波及していく…(例えば、一家の支柱が解雇されれば、負債の問題、夫婦間の問題その他に影響が出てくると思われます。)、そうすると、無料労働相談を通じて、実は潜在化している法的ニーズが立ち現れてくるのではないかと思われますし、労働者側に無料労働相談を通じて弁護士が代理人に就いた場合、事業主側の法的ニーズも当然ながら高まってくるものと思われます。

すでに、無料労働相談の反響があちらこちらで聞かれるところですが、会員のみなさまにおかれましては、どうか、無料化の制度趣旨をお汲みとりいただき、お力をお貸しいただければと思います。

ジュニア・ロースクール2012報告

カテゴリー:月報記事

会 員 日 浅 裕 介(63期)

1 はじめに

平成24年8月18日(土)に、西南学院大学法科大学院にて、ジュニア・ロースクール(以下「JLS」といいます。)が開催されましたので、報告致します。

JLSは、法教育委員会の目玉イベントとして、主に中高生を対象として、毎年この時期に行われていますが、私は、本年度から委員を委嘱されたため、初めての参加となりました。

今年は、小学生1名、中学生18名、高校生10名、大学生1名と幅広い年齢層の参加となり、他に保護者の方など17名のご出席があり、弁護士は15名が出動しました。また、弁護士会の職員の福井さんと中山さんにも当日の応援をしていただきました。

2 模擬裁判

まずは、司会の山本聖先生から、開校のご挨拶があった後、当会の古賀和孝会長と梅崎進哉西南学院大学法科大学院長のご挨拶があり、その後、早速、模擬裁判がスタートしました。

模擬裁判の事件の概要は、被害者のおばあさんが、バイクに乗った若い男からひったくりにあって、金を盗まれた上、けがをしたと主張する一方、被告人は、何もしていないし知らないといって犯人性を否認したという内容です。

模擬裁判では、委員の先生方扮する裁判官、検察官、弁護人、被告人、被害者、証人の迫真の演技により、緊張感がありながらも笑いの混じった素晴らしいものとなりました。特に、被害者のおばあさん役を演じた八木大和先生は、プロの俳優としか思えない名演技で、完全にホークス好きで博多弁丸出しのちょっと(かなり?)うざいおばあさんになりきっていました。参加者のアンケートでも、八木先生の演技は大絶賛されていました。

3 ディスカッションと発表

模擬裁判の後は、まずは、参加者が検察チーム、弁護チームとしてそれぞれ4班に分かれて、各班で有罪、無罪の検討をしました。私は弁護チーム班の1つを担当させていただきましたが、中学3年生と高校生のグループということもあり、鋭い視点で事実認定を試みる学生が多かったです。私も参加者と一緒に事実認定の勉強をさせていただきました。

次に、各班の検討結果を順番に発表していきました。この時点では、当然、検察チームは被告人有罪、弁護チームは被告人無罪という発表内容で、各班とも、重要な事実は共通して指摘する一方、独自の視点に基づいた発表もあり、興味深い発表でした。

今度は、検察チームと弁護チームをミックスして、裁判員チームを4班作り、最終的な結論に向けてのディスカッションをし、各班が結論を発表しました。結論は、4班とも「被告人は無罪。」でした。私が担当した班も他の班も、当初は、結論が分かれていましたが、各証拠を丁寧に検討するうちに、被告人が犯人であると断定できないという結論に達しました。

今回の事案は、被害者が所持していた現金の入っていた封筒のホッチキス穴の位置と、被告人が所持していたお札のホッチキス穴の位置及びお札の状態から、被告人の所持していた現金と被害者が所持していた現金とは同一ではない可能性が高いということが決め手になりました。

4 まとめ

発表後、山本先生から講評があり、残りの時間で質疑応答がありました。参加者の多くは、法学部や法曹を志望しており、このJLSを通じて、ますます法律の世界に興味を持ってもらえればと思いました。

最後に、当会の宮崎智美副会長から、閉校のご挨拶があり、今年のJLSも無事終了しました。夜は、弁護士と弁護士会職員とで反省会をしましたが、検察官役の横山令一先生が、模擬裁判と同様に、だんだんとヒートアップして、菅藤浩三委員長を拘束(?)して三次会へと消えて行きました。

私の感想としては、とても良いイベントだったと思いますが、今回の参加者は、進学校の学生が多かったので、今後は、いろいろな学校の学生に参加してもらうことも重要ではないかと思いました。

給費制維持緊急対策本部だより シンポジウム「岐路に立つ法曹養成~志望者激減の原因を探る~」に参加して

カテゴリー:月報記事

会 員 羽田野節夫(33期)・市丸健太郎(63期)・髙木 士郎(64期)

1 はじめに

平成24年8月29日、仙台弁護士会館において開催されたシンポジウム「岐路に立つ法曹養成~志望者激減の原因を探る~」に参加して参りました。今回のシンポジウムは、給費制の問題だけでなく、法曹養成全般について、特に法科大学院の志望者が『激減』しているという事実について考えるという切り口から、問題点を整理し、幅広く意見の交換を行うことを目指すものでした。

これまでも給費制維持の活動などで先進的な取り組みを行ってきた仙台弁護士会が力を入れて開催しただけに、北は北海道から南は福岡まで全国各地から、弁護士だけではなく多くの市民の方も参加され、会場は大盛況でした。

2 法曹養成制度の現状について

まず、法曹養成制度の現状について客観的データに基づく報告がなされました。

その中で特に印象的だったのは、法科大学院入学のための適性試験の受験者数が、初年度(平成15年)の約5万人から本年度(平成24年)は約6,500人へと減少しているという事実でした(実に87%の減)。

また、社会人の入学者数も、平成16年度は2,792人であったのに対し、平成23年度では764人へと減少しているということでした。

これらのデータから見れば、法曹志望者がまさに激減していることは疑いようのない事実といえるでしょう。

3 法曹志望者の置かれている現状について

次に、大学生や法科大学院修了生といった、法曹となることを目指して勉強している人たちから、彼らが置かれている状況についての報告がなされました。

この中で最も衝撃的だったのは、小学生のころから弁護士となることを志して法学部に入学したものの、悩んだ末、弁護士となることをあきらめることにした大学3年生からの報告でした。この方が弁護士となることをあきらめた主な理由は、奨学金・貸与金など経済的な面での負担が重く、サラリーマン家庭で他に3人の姉妹がいることを考えると、その負担に耐えきれないというものでした。

これらの報告を聞いて、法曹を目指す人たちの中では、法曹という進路を選ぶことを躊躇せざるを得なくなるほど、法曹、特に弁護士について、将来性への不安が切実なものになっているのだということを強く感じました。

4 法曹養成制度に関する日弁連の見解について

日弁連給費制存続緊急対策本部本部長代行の新里宏二弁護士からは、裁判所法の改正をふまえ、日弁連は、(1)地域適正配置を前提とした法科大学院の統廃合と定員削減の具体化、(2)司法試験合格者をまずは1,500人とすること、(3)給費制の復活を含む修習生への経済的支援の実現、(4)法曹の活動領域拡大、などを求めていくことが示されました。

また、8月28日に始動した法曹養成検討会議に対して、修習制度は自己のスキルアップという以外にも多くの意義を有すること、弁護士になれば貸与金も返済は簡単という状況ではないことなどを踏まえて、働きかけを行っていくということも示されました。

5 パネルディスカッション

(1) 志望者減少の原因について

パネルディスカッションでは、まず、法科大学院専任教員である森山文昭弁護士から、志願者減少の原因として、(1)法曹の職としての魅力の低下、(2)法科大学院修了義務のもたらす経済的負担及び経済的負担を負った上での合格率の低迷がもたらす精神的負担、が考えられるのではないか、との分析がなされました。

また、歯科医であり、市民のための法律家を育てる会の共同代表である伊藤智恵氏からは、「成功は医科に学べ、失敗は歯科に学べ」、として、歯学部においては、定員の大幅な増加がもたらした歯科医師の経営難が顕在化した結果、歯学部志望者数が減少し、国家試験合格率の低下も相まってさらなる志望者の減少を招くという悪循環が生じているのに対し、医学部では、北米のメディカルスクールの養成制度を導入する、専門医制度を設けるなどの方策で、実務家となるまで及びなった後の教育・研修を充実させ、個々の能力のみならず、その職業的魅力をも高めることによって、志願者数を増加させることに成功しており、現在ではセンター試験受験者の約2割が医学部志望となっている、ということが報告されました。

これらの分析・報告を聞いて、法曹養成課程と医師養成課程を単純に比較はできませんが、それぞれが制度改革において念頭に置いていた出発点が違うことが、今日の結果を招いているのではないかと感じました。すなわち、医師養成の場合、メディカルスクールに学び、良き実務家としての医師を育てることを目標とし、そのためにはケーススタディなどの手厚い実践教育が必要であるとして、その実施のために受け入れ可能な医学部の定員はどれだけか、ということを考えながら定員の漸増を行ってきたということでしたが、一方、法曹養成の場合は、まず合格者を増やそう、というところから出発し、増えた合格者を教育するために、前期修習を担う法科大学院を設置し、そこで「法曹にとって必要な教育」を行おうとした、ということです。

また、法曹の「職としての魅力」が経済的にみて「低下」していることは現状からも明らかではありますが、法曹という職の魅力は経済的なものだけではないはずです。医師の場合よりもわかりにくい面はあるかもしれませんが、法曹という職の有する社会的責任や仕事のやりがいといった部分についての情報を、法曹を志す人たちにもっと積極的に発信しても良いのではないか、とも感じました。

(2) 日弁連の提案について

日弁連の提案について、森山弁護士及び宮城学院女子大学元学長の山形孝夫氏からは、法科大学院の統廃合といっても、大学の経営、文部科学省との関係などを考慮すれば現実的にはかなり難しいだろうという指摘がなされました。また、法科大学院という入り口の段階で志望者を絞りたいというのであれば、未修者の扱いが問題ではあるが、全国統一試験を実施するという方法も考えられる、との意見がありました。

また、司法修習生に対する給与の支給継続を求める市民連絡会事務局長の菅井義夫氏からは、意思と能力があれば誰でも法曹を目指すことができる制度が望ましいこと、日弁連の今回の提言は、すでに破綻しかけている制度をそのままにするもの、すなわち、お金をかけただぶだぶの服を仕立て直すと価値が下がるから、そのままにして身体の方を合わせましょう、と言っているかのようだ、との厳しい意見がありました。

さらに、司法試験受験資格としての法科大学院修了義務づけについては、森山氏、菅井氏から廃止すべきとの明確な意見がありました。

給費制問題だけでなく、法曹養成制度のあり方については、日弁連においても様々な意見があります。ですので、日弁連の提言が、少々歯切れの悪いもの、もっと踏み込んでいえば、どのような改革・変化を目指しているのか判然としないもの、となるのもある意味やむを得ない部分があると思います。ただ、法曹養成会議は検討結果の報告を1年後には行うわけですから、長い時間をかけて議論をする暇はなく、走りながら考えなければなりません。そして、弁護士会からの声を法曹養成制度に反映させるためには、弁護士会の中でもっと集中的に議論を行い、問題点の集約と、一致できるところとできないところを明確にしておかなければならず、これができなければ、これまでと同じように外部の声に押し込まれることになってしまうでしょう。今回のシンポジウムでは、多くの解決すべき問題が存在することが改めて明らかになりましたが、その結果、法曹養成のあり方という問題について、早急に議論し意見集約をしていかなくてはならないことについてのコンセンサスが、参加者において醸成されることになったという点で非常に意義深いものであったと思います。また、日弁連の提言に対する市民の方からの厳しい意見もありましたが、それだけ、良き法曹をいかに育てるか、ということについては市民の方にとっても関心が高く重要な問題ということであり、私たち弁護士こそが、人権保障と社会正義の実現に資するような法曹養成のあり方について、一人一人がもっと危機意識を持って真剣に議論しなければならないのだということを実感することができました。

6 終わりに

今回のシンポジウムに参加して、給費制復活も含めた法曹養成制度のあり方について多くの意見があり、日弁連としてもその意見を、総論として、集約できているわけではないことをはっきりと知ることができました。また一方で、各論としては、一致できるものもあるのではないかとも感じました。

そこで、私たちが、一弁護士として今できること、すべきこととは、私たちの将来にも大きく影響することになる法曹養成制度のあり方について、どのような問題点が存在するのか、それについて個々の弁護士にはいかなる意見があるのか、その集約はどこまで可能なのか、といったことについて議論し整理しておくことではないかと考えます。

今後、福岡県弁護士会給費制維持緊急対策本部では、法曹養成制度検討会議において、給費制を復活させることが相当であるとの結論を導くべく、この1年間も、給費制の復活を強く訴えていく所存です。給費制と法曹養成制度のあり方は密接な関わりを有しているところ、給費制の復活を訴えていくには、法曹養成制度のあり方等も含めた広い観点からの訴えかけも必要になることを本シンポジウムにおいて強く再認識させられました。そこで、当対策本部においても、給費制の復活を世間に訴えていく上での前提として、当対策本部の守備範囲を超えない範囲で法曹養成制度のあり方全般についても検討を行い、その成果を今後の活動に活かしていきたいと考えています。

最後になりましたが、この様に収穫の多いシンポジウムに派遣していただきまして、誠にありがとうございました。

福岡県弁護士会 〒810-0044 福岡市中央区六本松4丁目2番5号 TEL:092-741-6416

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