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憲法リレーエッセイ アメリカとメキシコの国境で考えたこと

カテゴリー:憲法リレーエッセイ

会員 池上 遊(63期)

1 はじめに

2月8日から約3週間、アメリカ国務省の招待で「インターナショナル・ビジター・リーダーシップ・プログラム(IVLP)」の一環として、難民を含む移民に対する支援の現状を視察してきました(「Supporting Immigrant Communities」)。プログラムの概要や私がなぜこのプログラムに参加することになったか、あるいは、私が体験してきたことについては、別の機会にぜひ会員の皆さまにもお話しさせていただきたいと思っています。

ただ、今回は、憲法リレーエッセイということで、これに関連して、アメリカとメキシコの国境を見に行ったときのことを簡単にご報告します。

2 メキシコとの「国境」

視察で最後に訪れたのが、サンディエゴ(カリフォルニア州)というメキシコ国境に近い都市でした。テーマに関連するため国境まで行くことになったのですが、島国日本に住む私にとって地図上で国境を見ることはあっても実在するものとして見たことはなく、まさに初体験でした。

たどり着いた「国境」は高く、長大な鉄製のフェンスでした。私が撮ってきた写真でもお分かりいただけるかもしれませんが、高さ約10メートルのフェンスが延々と続いていて、西端は海の中に入っていました。

フェンスの向こうはメンテナンスなどのために確保されているエリアで、その向こうにもう一つフェンスが建っています。手前のフェンス入り口のそばにいた国境警備隊の方が親切にも中に入れてくれ、もう一つのフェンスを見ました。こちらは、鋼鉄製の金網になっていて、編み目は僕の指でも小指の先が通るかというような小さな編み目でした。

その向こうがメキシコ(ティフアナという町)です。

私たちを案内してくれたのは、「Border Angels」という国境沿いで移民のための支援などをしている団体でボランティアとして活動するダーモット司教(Dermot Rodgers)でした。彼らが関わっているものとして、不幸にもアメリカとメキシコとで引き離されてしまった子どもとその他の家族とが、週末に数分だけ国境の扉を開けて触れ合うことができるというイベントのことを教えてもらいました(英語ですが、このイベントについて紹介している報道を発見しましたので、短縮URLでご紹介しておきます。http://urx.mobi/sEff)。

アメリカ側の一帯は公園になっていますが(Border Field State Park)、一種の緩衝地帯とされているようです。公園を作ったのはニクソン大統領夫人、パット・ニクソンだそうです。その頃は鉄のロープ程度しかなく、その「国境」を超えてメキシコの人とパット氏が握手している写真も見ました。

3 「国境」を見て

実際に国境を見てとても空々しく感じました。海に目をやると、国境警備隊をからかうようにメキシコ側から海上を水上バイクで入ってくる若者がいました。国境そのものは私が目にした以上に長大で、数千㎞に達するのだそうです。私が視察に行った頃はアメリカ大統領予備選が始まったばかりで、国境をもっと高くすべきだという候補者(トランプ氏)の発言も聞くことができました。これほど巨大なものを一体どれだけ管理できるのかと思います。

人の移動の自由は、わが国憲法では居住・移転の自由として保障されており、経済的自由の一つに数えられてきました。ただ、芦部憲法によれば、身体の拘束を解く意義を持っているので、自由権の基礎とも言うべき人身の自由とも密接に関連し、また、広く知的な接触の機会を得るためにもこの自由が不可欠であるところから、この自由は精神的自由の要素を併せ持っているとされています。

経済政策によって人の移動の自由が制限されてしまうことには、「国境」の管理の無意味さからしても、人の移動の自由の価値の点からも疑問を感じます。わが国は、労働力人口の減少から移民へ門戸を開放しようとしていますが、既に、アジア各国が同様の方向に舵を切っている中で、その門戸の向こうに移民の長蛇の列があるという目論見は誤っているのではないかと思います。

人の移動を制限することにどれほどの意味があるのか、人が移動することによって得られる極めて大きな財産を犠牲にしているのではないか、そんなことを考えさせられました。

あさかぜ基金だより ~あさかぜQ&A~

カテゴリー:月報記事

弁護士法人あさかぜ基金法律事務所 弁護士 河野 哲志(67期)

Q.あさかぜって?

A.あさかぜ基金法律事務所は、九州弁護士会連合会が、九州内の弁護士過疎地域に赴任する弁護士を養成するために基金を作り、平成20年9月、その基金から資金を拠出し設立した都市型公設事務所です。同様の都市型公設事務所としては、北海道のすずらん基金法律事務所、東北のやまびこ基金法律事務所などがあります。

あさかぜという名称は、鉄道に造詣の深い斉藤芳朗・福岡県弁護士会前会長のアイデアで、九州を走っていた寝台特急あさかぜから名付けられたそうです。

Q.どこに行くか決まっているの?

A.九州内の弁護士過疎地域という条件以外は決まっていません。選択肢としては、(1)ひまわり基金法律事務所、(2)法テラス4号事務所、(3)日弁連偏在対応弁護士等経済的支援を受けての独立開業などがあります。

今までに15名の弁護士が、九州内の弁護士過疎地に赴任しています。

Q.ひまわりや法テラスとは違うの?

A.ひまわり基金法律事務所は、日弁連・各弁護士会が協力して設置を支援する過疎地型公設事務所です。法テラス4号事務所は、総合支援法30条1項4号にもとづき、国が設置しています。

いずれも、あさかぜからの赴任先の候補になりますが、それぞれ別組織です。

Q.どのくらい福岡にいるの?

A.大体2年くらいです。

それぞれの弁護士があさかぜで養成を受ける期間は、赴任するタイミングなどによって、変わってきます。ただし、最長でも3年以内と定められています。

Q.いま事務所に何人いるの?

A.現在、所員5名(66期1名、67期2名、68期2名)と事務局2名が所属しています。

Q.誰から指導を受けるの?

A.あさかぜは、委員会方式という運営方式を採っており、所長はいません。

各所員には、福岡県弁護士会所属の指導担当弁護士3名がそれぞれ選任されていて、共同受任などを通じて指導を受けます。そのほかにも、福岡県弁護士会の執行部経験者を中心にしたあさかぜ応援団や九弁連管内の弁護士との共同受任や事件紹介を通じて経験を積んでいます。

事務所経営に関しては、基金管理委員会と事務所運営委員会から指導・助言を受けています。月1回の割合で、事務所のメンバーのほか、運営委員会委員長や担当副会長も参加し、会議を開いています。ここでは、キャッシュフローデータに基づき、収入・支出の流れの把握に努め、経営ノウハウ等についてもアドバイスを受け、赴任地で事務所経営を行えるよう経験を積んでいます。

また、委員会活動や各種研修にも積極的に参加するようにしています。

Q.どんな事件が多いの?

A.共同受任している事件はバラエティに富んでいます。弁護士過疎地での赴任を見据え、たくさんの種類の事件を経験できるのはありがたいことです。たとえば、破産管財人や後見人には、弁護士過疎地への赴任直後から選任される可能性があるからです。

単独で受任する事件では、刑事、債務整理、離婚などが多い印象です。

Q.赴任したらずっと司法過疎地にいるの?

A.弁護士過疎地に赴任した後の選択肢は弁護士それぞれの自由です。

ひまわり基金法律事務所の任期は2~3年(延長可能)となっていて、選択肢としては、その地で自分の事務所として定着したり、別の弁護士に引き継いで独立したりすることが考えられます。

定着できるかどうかについては、単純に経営上の問題だけではなく、生活圏が限られ人間関係が密接になるとともに、事件処理数が増える毎に事件関係者・利益相反関係が増えてしまうといった難しい問題があったりします。

任期終了後、九州各地で独立開業することも多く、指導担当弁護士に誘われてその弁護士の事務所に入所したケースもあります。

あさかぜは、九州、福岡の皆さまに、支えられています。他にご質問があれば、是非お問い合わせください。今後とも、あさかぜへの温かいご支援、ご協力をよろしくお願いいたします。

憲法リレーエッセイ 流されてしまいそうな不安

カテゴリー:憲法リレーエッセイ

会 員 永 尾 廣 久(26期)

憲法が現実にあわないとき・・・

ときの政府がこんな提案をしました。

「女性の賃金は現実には男性の7割でしかない。そして、多くの日本人はそれで良しとしている。ところが、憲法では男女平等を定めている。現実が憲法に合っていない。憲法にしたがった法律の運用がなされていないというのは立憲主義に反している。だから、男女は平等だけど、賃金に関してだけは女性は男性の7割であってよいと憲法に明記して、憲法に違反しない運用にしよう」

ええっ、とんでもない。女性が怒るのは当然ですし、男性だって反対します。だって、悪い方に引き下げられたら何のための憲法でしょうか。

ところが、いま、安倍首相はこれと同じ論法で憲法を改正する必要があると国会で答弁しています。

「憲法学者の7割が自衛隊の存在自体に違憲の恐れがあると判断している。このような意見の疑いが持たれるような状況はなくすべきだ。憲法にしたがって政治をするのが立憲主義であり、現状は立憲主義に反しているから、憲法9条を改正する必要がある」

憲法を古臭いだとか、空想で現実にあわないものと決めつけ、現実にあわせて憲法改正してしまったら日本の目指すべき目標がなくなってしまいます。

立憲主義とは、単に憲法の文言にしたがって運用されているかどうかという形式の問題ではありません。権力者の勝手を許さず、国民の権利や自由を確保しようというものです。この点、明治憲法をつくるときの伊藤博文の言葉を思い出すべきです。

「そもそも憲法を創設する精神は、第一に君権を制限し、第二に臣民の権利を保護するにある」

国会での首相答弁での立憲主義の間違った説明がそのままニュースとして流れていき、国民が立憲主義って、そんなものなのか、だったら憲法は改正する必要があるんだなと誤解してしまうのを私は恐れています。

社会科の教科書

18歳選挙権がついに実現しました。新しく有権者になった18歳、19歳には全員こぞって投票所に足を運んでほしいものです。でも、学校で選挙権行使の大切さが十分に教えられていないので、投票率が低いのではないかと心配です。

先日の新聞に、戦後まもないころの社会科の教科書が民主主義について説明していることをふまえて、次のように書かれていました。

「民主主義を単なる政治のやり方だと思うのはまちがいだ。民主主義の根本は、もっと深いところにある。それは、みんなの心の中にある。すべての人間を個として尊厳な価値を持つものとして取り扱おうとする心、それが民主主義の根本精神である。民主主義を単なる制度やルールの類と思い込み、選挙したり、国会で決めているだけでは民主主義ではない。個人が主体的に学び、考え、実践的に行動しない限り、民主主義は姿すらあらわさない。

多数決というものは、最後の決定は多数の意見に従うという民主主義の規律ではある。しかし、その使い方によっては、多数党の横暴という弊を招くうえ、民主主義そのものの根底を破壊するような結果に陥ることがある」

この記事を読んで私がすぐに思い出したのは、ナチス・ドイツです。ヒトラーは、クーデターによって政権を奪取して独裁者になったのではありません。そして、首相になってからも、なにかというとすぐに国民投票にかけて圧倒的な信任・賛成を得ていました。そして、その「多数の横暴」によって侵略戦争を始め、ユダヤ人などを大量虐殺し、第二次世界大戦をひき起こしたのです。

先ほどの教科書には、「日本人のあいだには、封建時代から、政治は自分たちの仕事ではないという考えがいまだに残っている」と書かれているそうです。

戦後70年たった今、日本人の投票率がどんどん下がっています。6割から5割、ひどいときには4割、いや3割と低迷しています。誰かがやってくれるだろう、声の大きい人の言うとおりに任せておけばなんとかなるだろう、まさか悪いことはしないだろう、そんな甘えが日本中にはびこっている気がしてなりません。戦前の日本は、そうやって「戦争の惨禍」を招いてしまったのでした。

ペリリュー島、そしてフィリピン訪問

日本国の象徴であり、日本国民統合の象徴である天皇夫妻がペリリュー島そしてフィリピンを訪問したことは、80歳を超えた高齢であることも考え、その行動には驚嘆するばかりです。国政に関する権能を有しないという制約のもとで、「政府の行為によって戦争の惨禍」を再び起こしてはいけないことを私たち日本人に思い起こさせてくれました。フィリピンで大戦中に50万人の日本人が亡くなり、フィリピン人は100万人以上が死傷したなんて、いったいどれだけの日本人が知っていたでしょうか・・・。

昨年9月までは、日本の安全を守るためには安保法制法の成立を急がなくてはいけないと言って多くの反対を押し切って、十分な審議もせずに強引に法を成立させましたが、今では法にもとづく運用は7月の参議院選挙後に先送りするといいます。野党からの臨時国会の開催要求を無視したのは憲法53条を無視したものでした。今なお、国会で安保法制法について政府が十分に説明を尽くしたとは思えません。

マスコミは、前例が1回あるからという政権の弁明を容認して、批判しませんでした。そして、今や、経済関連のニュースばかりです。

自衛隊はすでにアフリカに「基地」をかまえて常駐しています。その自衛隊が武器をもって「駆けつけ警護」と称して戦闘行為をしたり、また他国の軍隊の「後方支援」中に戦闘行為に巻き込まれてしまう危険が現実化しようとしています。戦後はじめて、日本の青年が戦場で殺し、また殺されそうなのです。

災害救助で大活躍して国民の期待が高まっている自衛隊が、まったく別の顔で外国に登場しようとしています。これまでと同じ憲法のもとで、そんなことが可能だなんて、とても信じられません。

いったい、日本はどうなってしまうのだろうか、こんなことでいいのだろうか、そんな不安に駆られてしまうのは、私だけではないと思うのですが・・・。

あさかぜ基金だより ~新入所員のご挨拶~

カテゴリー:月報記事

弁護士法人あさかぜ基金法律事務所 弁護士 若 林 毅(68期)

京都生まれ京都育ち

この2月にあさかぜ基金法律事務所に入所しました、所員弁護士の若林毅と申します。

私は、京都生まれの京都育ちであり、大津での修習まで関西で過ごしました。京都という土地柄、歴史や名所めぐりは好きですが、決して「いけず」な性格ではありません。

このたび、縁あって、福岡の地で弁護士としての第一歩を踏み出すことになりました。

信用金庫時代

私は、関西の大学を卒業したあと地元京都の信用金庫に勤めていました。

信用金庫では、融資係や渉外係(いわゆる外回り)の職務を経験しました。地域密着型の金融機関である信用金庫の仕事は、顧客との距離感も近く意義深いものがありました。とりわけ、外回りの仕事は、雨の日も風の日も雪の日も、スーパーカブに乗ってお客様のもとへ馳せ参じる過酷なものでしたが、たびたび訪問する中で、次第に信頼関係が生まれ、人と人とのつきあいが感じられる仕事でした。

しかしながら、そうした仕事をする中で、やりがいを感じつつも、一方で、お金を扱ううえでジレンマの多い仕事でもあり、このままこの仕事を続けていいものか思い悩みはじめていました。

そこで、若気の至りもあって一念発起し、信用金庫を辞め、一路、四国八十八カ所の霊場を歩いてめぐるお遍路の旅に出ました。なお、退職金は金融機関らしく、小切手で手渡されました。

歩き遍路

歩き遍路は、信用金庫で外回りをしていたときと同様に、雨の日も台風の日も歩き続ける過酷なものでした。日も暮れて真っ暗な山間の集落で野良犬に追いかけられたり、バス停の待合室で野宿したりもしました。

しかしながら、いま振り返ってみると、道中、さまざまな悩みや問題を抱えた多くの老若男女の人々と出会うこととなった、人生の分岐点となる旅でした。帰るところがなく、何年も霊場をまわっている人、親族と仲たがいして法事に出ずにお遍路をしている人など、人の数だけ遍路をする理由がそこにはありました。また、そんな歩き遍路を食事などでもてなし、「お接待」してくださる地元の方々の温かいご支援に何度も助けられました。

そういったいろいろな出会いを通じて、私は、次第に悩みごとやトラブルを抱えた人たちの問題を解決し、人生の再スタートをする手助けをしたいと思うようになりました。そして、40日間1200キロの旅を終えるころには、弁護士を目ざす決意が固まっていました。

あさかぜとの出会い

司法試験の勉強を進めるなかで、日本の中にも司法サービスが行き届いていない地域があることを知り、実際にも法的問題をかかえた親族が住んでいた地域に弁護士がおらず問題の解決に苦労した経験から、弁護士過疎・偏在問題に興味を持つようになりました。そして、弁護士過疎地域に赴任する弁護士を養成する事務所である、あさかぜ基金法律事務所の存在を知り、経験豊富な先輩弁護士と一緒に事件をたくさん担当でき、弁護士として大きく飛躍ができる環境にあると思い、入所させていただくことになりました。

おわりに

九州には旅行で訪れたことがあるくらいで、縁があまりないと思っていたのですが、大津での弁護修習先の弁護士と旧知の人にお会いしたり、所員の河野弁護士(67期)と共通の知人がいたり、大学時代の友人が単身赴任で福岡に来ていたり、縁は異なもの、不思議なものということを実感しています。

あさかぜ基金法律事務所へ入所することになったのも一つの縁です。

ここから、福岡そして九州の弁護士過疎地域へと一つ一つの縁を紡いで、研鑽を深めていきたいと考えています。今後とも、なにとぞよろしくご指導お願いします。

金沢での犯罪被害者支援 全国経験交流集会に参加して

カテゴリー:月報記事

会 員 小 谷 百 合 香(64期)

去る1月29日、金沢市で日弁連が主催する第17回犯罪被害者支援経験者交流集会が開催されました。幸運なことに私は福岡県弁護士会(当会)から参加でき、大変有益な機会に恵まれましたので、ご報告します。

まず、金沢弁護士会の出口勲弁護士から、犯罪被害者支援に関連する法律の概略が説明されました。もう何度も研修に参加し、すべて知っておくべきところですが、恥ずかしながら出口弁護士から「刑事和解」(犯罪被害者保護法19条)と言われて初めて制度を知り、説明に聞き入りました。

次に、基調講演として、外国人の被害者を支援した弁護士から、支援経験(3例)をもとにした講演がありました。ここでは、そのうちの一例を紹介します。

鹿島啓一弁護士(金沢弁護士会)と金紀彦弁護士(第二東京弁護士会)から、韓国人の被害者遺族への支援をした経験の報告がありました。弁護士5人で担当し(!)、一生懸命やったので、一部認定落ち(殺人で起訴、傷害致死を認定)したが、遺族からは感謝された(今でも感謝されている)、弁護士費用を日弁連委託援助事業でまかなった(2名分)、韓国の弁護士協会からも通訳費用を出してもらったなど、実務に役立つ経験が紹介されました。また、証人申請に関して、検察官へは依命通達を引用して説得したとのことで、手厚い支援に感嘆しました。

基調講演のあとは、パネルディスカッションがありました。そのなかで、京都府警の小島俊彦氏から、ビザの関係で日本での滞在期間は短いことが多いので、要領よく支援をしてほしい、公的機関からの給付金を弁護士が受け取れるように手配してほしいなど、警察側から見た実務的な要望が出されました。また、京都府警に所属し、韓国語の通訳人であった李守陳氏から、外国の法制度も知って活動してほしい要望も出されました。外国語の一つもままならない私には、耳の痛い話でした。

これら外国事件特有の困難さはあるにせよ、吉田正穂弁護士(横浜弁護士会)からは、外国人だから本質的に何か異なるということはないとの言葉が私にとっては大変印象的でした。たしかに、言語や滞在期間、連絡手段の問題など、外国の事件特有の困難さがあり、それを乗りこえる必要はあります。しかし、金弁護士も繰り返し述べていましたが、被害者(遺族)の親身になって支援をすることが何より求められているのです。被害者(遺族)が今、何を求めているか、それを探求し、充足することが被害者の国籍を問わず、支援弁護士に求められていることだと痛感しました。

被害者支援は、法廷準備だけではありません。被害届・告訴状の提出、犯給金の申請、マスコミ対応、なにより被害者(遺族)との日々の連絡など、法廷準備以外の活動もたくさんあります。それらを被害者の意に沿いつつ、弁護士としてできる仕事を一つずつクリアしていくことが求められているし、弁護士の仕事のやりがいでもあると感じました。

懇親会には2歳の息子と一緒に参加しました。子連れは私だけでしたが、金沢弁護士会の寺田玲子弁護士(元当会会員。61期)が席の配置など手際よく準備して、皆さまから温かく迎えていただきました。息子ともども、とても楽しく温かい時間を過ごすことができました。

また、金沢の美味しいお酒もたくさん準備されていて、思い思いに手持ちの被害者支援事件の話をしたり、大盛況でした。私の隣に座った平瀬義嗣弁護士(大阪弁護士会所属)は、お酒のおかわりに行ったところ、1滴も残っていない・・・と嘆いていたほど、飛ぶようにお酒は売れてしまいました。

金沢は、北陸新幹線が開通して大変盛り上がっています。街全体が美しいことに感激し、息子は名残り雪にはしゃいでいました。そのような場所で、弁護士として、また人として成長できる貴重な機会に恵まれたことに感謝し、今後の仕事や当会のために役立てていきたいと思います。

福岡県弁護士会 〒810-0044 福岡市中央区六本松4丁目2番5号 TEL:092-741-6416

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