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「ウクライナ戦争と国際刑事法」フィリップ・オステン氏講演会

カテゴリー:月報記事

会員 芦塚 増美(44期)

ローエイシア・プレシンポとして、慶應義塾大学フィリップ・オステン教授をお招きして、講演会を開催しました。講演の概要です。

1 昨年の4月、ウクライナのブチャにおいて、ロシア軍が撤退した直後に、数百人の市民の遺体が発見されたとの報道がありました。残虐行為を、「戦争犯罪」や「人道に対する犯罪」という表現を用いていますが、国際刑事裁判所(ICC)の対象犯罪(中核犯罪)となります。主任検察官は、昨年2月28日に、捜査に向けた手続を開始すると発表し、多くの締約国からICCへ付託されました。今年3月17日に、ICCは、ロシアによる子どもの不法な追放と、ロシアへの不法な移送について、戦争犯罪に該当し得るとして、プーチン大統領らに対する逮捕状を発付しました。

2 対象犯罪の訴追は、ICCよりも、国家が主役となって、第一義的に訴追を担うことが原則となっています。国際法の刑事法的側面として、国際条約に基づいて、一定の行為を犯罪化して、訴追と処罰を締約国に委ねるといった法規則が、従来から見られます。

3 日本が国際刑事法と初めて向き合うこととなったのは、東京裁判でした。A級戦犯として起訴された、福岡の出身の広田弘毅は、文官として唯一死刑判決を受けましたけれども、その量刑判断に対して疑念が残りますが、東京裁判は、国際刑法体系の出発点となった裁判でもありました。

4 ジェノサイド、日本語でいう「集団殺害犯罪」です。ジェノサイドとは、特定の集団(国民的、民族的、人種的、または宗教的集団)の、全部または一部に対して、その集団自体を破壊する意図を持って行う殺害などをいいます。
人道に対する犯罪ですが、文民たる住民に対する攻撃であって広範又は組織的なものの一部として、攻撃であると認識しつつ行う殺人等です。「攻撃」とは、ICC規定の定義によれば、「国もしくは組織の政策に従って行われるもの」で、背後に政府や軍の方針が存在しなければなりません。
戦争犯罪とは、例えば捕虜の虐待といった、武力紛争で、ルールを定めた国際法、武力紛争法の重大な違反を犯罪とするものです。
侵略犯罪とは、国の指導者による国連憲章の明白な違反を構成する国家による侵略行為の計画、準備開始又は実行することです。

ウクライナ戦争ト国際刑事法-1

5 ICCは、国々が条約に基づいて設立した国際機関で、管轄権は、締約国の主権が及ぶ領域における中核犯罪、締約国の国民がそうした対象犯罪を行った場合にしか行使ができません。
中核犯罪の訴追・処罰は、第一次的には各締約国の国内刑事司法に委ねられ、ICCは、国家が訴追意思や能力を欠くときにのみ、これを補完する役割を負います。補完性の原則に基づいて、国内裁判所は、いわば国際社会における一つの司法機関として、刑事裁判権を行使するのです。
ICC規定は、締約国に対して、ICCに手続上の協力ができるよう、法整備を行う義務を課しています。ICCは、独自の法の執行機関などを持たないため、逮捕状の執行や、被疑者の引渡しについて、加盟国による協力に依存しています。「手足のない巨人」とも呼ばれています。実体法の面では、中核犯罪の処罰規定については、国内法化する義務を課していません。日本も2007年にICCに加盟した際に、中核犯罪の大部分が現行刑法で処罰可能であるとして、立法手当て、その国内法化を見送りました。

6 展望と課題-ウクライナ戦争が問うているもの
人権侵害に関与した外国当局者らに経済制裁を課すとともに、当該行為に加担した個人を、中核犯罪に基づいて刑事訴追するという方策があります。国際的な包囲網の構築に向けて、各国と足並みを揃えることが、日本でも重要な政策課題として、最近、議論されています。
刑事司法による対応の重要性をさらに浮き彫りにしたのは、今般のウクライナ侵攻とそれに伴う一連の重大な非人道的行為でした。しかし、中核犯罪に特化した処罰規定を欠いた日本の国内法の現状では、ICCや他国に対してなし得る協力は、間接的な「後方支援」が限界です。現行刑法では対処できない類いの犯罪もありますし、仮に対処できるとしても、実際には捜査や訴追が難しいと考えられます。日本が国際刑事司法においてより積極的な役割を担うためには、中核犯罪の国内法化が喫緊の課題といえます。国外犯処罰規定の不備という問題もあります。現状では、中核犯罪を海外で行った外国人が日本に入り込んできたとしても、ほとんど処罰ができないので、日本が「セーフヘイブン」(隠れ場所)になり、国際包囲網の「ループホール」(抜け穴)になるリスクがあります。
今後の中核犯罪の国内法化にあたっては、立法形式に関しては、特別法の制定のほか、刑法の改正というオプションも考えられます。刑法総則的規定に関しては、上官責任、上官命令の抗弁や公訴時効の不適用など、国際刑法固有の原理の適用を、中核犯罪に限定することで、従前の刑法体系への波及を回避することが特に重要です。
ウクライナ戦争は、中核犯罪に関する国内法整備を見送った日本に、再考を促しているといえます。国際刑事法の国内法化に当たっては、外国の立法例を参照しつつも、日本独自の規範化を通じて、ICC締約国が非常に少ないアジア諸国に対しても、新たな立法モデルを提示することが大切です。

7 会場参加者28名、オンライン参加者25名となり、会員、大学生、高校生などが参加しました。講義のレポートを作成して宿題として高校に提出すると話す高校生もいました。
今後とも、市民に最新の国際情勢を伝える講演会を開催します。

ウクライナ戦争ト国際刑事法-2

中小企業の日一斉シンポジウム 「老舗を救った学生の熱意 大廃業時代における事業承継の新たな形」聴講レポート

カテゴリー:月報記事

会員 松下 拓也(69期)

1 はじめに

7月20日、「中小企業の日」の記念イベントとして、福岡市天神のエルガーラホールにて無料セミナーおよび無料相談会が開催されました。
セミナーの今年のテーマは、「老舗を救った学生の熱意 大廃業時代における事業承継の新たな形」です。
今回、セミナーの講師を務めてくださった林田茉優さんは、福岡大学経済学部に在学中「ベンチャー企業論」というゼミで後継者問題に興味を持ち、休業状態であった創業130年超の老舗「吉開のかまぼこ」の再建活動に携わった方です。そして、卒業後、24歳にして、同社代表取締役に就任し、見事再建を成し遂げた、凄腕の経営者です。
テーマに「学生」とあるとおり、今回は現職の経営者にとどまらず、スタートアップを検討している大学生など若い芽もターゲットに見据え、地元の大学にも広報を広げさせていただきました。広報活動の成果か、当日は会場参加者50名、Zoom参加者31名と大盛況でした。

中小企業支援センター  講演風景(林田様〜全体の様子)

2 セミナー

林田さんがゼミで後継者問題に興味を持ったのは岡野工業の岡野社長との出会いからでした。同社は「痛くない注射針」を開発した高い技術力を持った企業でしたが、後継者不在を理由に、廃業せざるを得ませんでした。岡野社長に何度も手紙を送り、面談を実現し、粘り強く再建の道を提案したのですが、残念ながら再建には至らなかったそうです。
この悔しい経験を経て、林田さんは、本格的に後継者不足による廃業問題に取り組むこととし、日本M&A推進財団を通じて「吉開のかまぼこ」の紹介を受けます。
林田さんは、同社の事業承継実現のため、多数の会社への地道な電話がけ、メディアを使った発信、遠方のみやま市まで足を運んでの先代との打合せ、学生達自身でかまぼこを作り試食してその魅力を発信するなど尽力しました。しかし、承継会社が見つからない、漸く見つかっても双方のうまく条件が折り合わない、先代が事業承継を前にマリッジブルーに陥る、工場の移転先が見つからない、工場の騒音について周辺住民から反対の声が上がるなど様々な壁に何度もぶちあたります。その度、林田さんのゼミの学生達はその壁を乗り越えていきました。
こうして、林田さんは3年に渡り、吉開のかまぼこを支援し、その中で先代の熱意、吉開のかまぼこにしかない魅力、そして復活を願うたくさんの地元の人々の存在に触れてきました。そして、先代からの熱い信頼を受け、林田さんは自らが後継者となる道を選んだのです。
承継後、林田さんは、素人(消費者)目線でのリブランディングが自己の使命だと考え、原材料へのこだわりはもちろんのこと、ロゴやECサイトの再構築のほか、クラウドファンディングやオンラインショップ、メルマガやSNSの利用など様々なツールを用いて積極的な販売・広報活動を繰り広げました。そうした結果、事業の存続を果たすことが出来たのです。
林田さんが実際に様々な社長にお会いした感覚としては、後継者に引き継ぐことを考える方よりも、生涯現役という思いを持った方が多いようです。
私自身、会社の経営に関する相談を何度か受けたことはありますが、現社長が高齢であっても後継者のことや事業承継のことをあまり考えていないというケースは多々見受けられました。
確かに、いつまでも現役でありたいと思うことは大変すばらしいことなのですが、万が一の備えを全くしなかった場合、遺されたものに混乱が生じ、最悪の場合、黒字にもかかわらず、そして世に求められている事業であるにもかかわらず、会社を畳まざるをえないということになりかねません。そういった方に事業承継の重要性をどのように説いていくかという点が課題であると感じました。

中小企業法律支援センター  講演風景(林田様〜講師アップ)

3 パネルディスカッション

後半は、若狭先生、鬼塚先生、両角先生を交えたパネルディスカッションが行われました。負債を抱えた企業における事業承継のありかた、経営者保証ガイドラインの活用、NDAなど、事業承継のいかなる場面において弁護士が手助けできるかという点について活発な議論が交わされておりました。

4 終わりに

私自身、直接的な相談ではないにせよ、紛争の根底には事業の後継者問題も絡んでいると思われる事案に何度か遭遇したことがあります。今回のセミナーは、適切な事業承継を考える良い機会となりました。
また、事業承継の一つのパターンとして、大学生など若手起業家による創業支援と上手くマッチングさせることで相乗効果を産むことが出来るのではないか、今回のセミナーは事業承継の新たな可能性を示唆する非常に興味深い内容でした。

中小企業法律支援センター  パネルディスカッション

第3回 社外役員研修

カテゴリー:月報記事

会員 宮脇 知伸(73期)

第1 はじめに

1 本講演会について
去る令和5年5月29日、福岡県弁護士会館(ZOOM併用)にて、平田えり弁護士(福岡県弁護士会所属)を講師としてお招きし「社外役員に関する連続講演会」の第3回講演会を開催しましたので、ご報告いたします。当講演会は、弁護士業務委員会におけるPTの一つである「WODIC」勉強会の一環として行われました。
「WODIC」とは「Whistleblower Protection Act(公益通報者保護法)」、「Outside Director(社外取締役)」、「Independent Committee(第三者委員会)」の頭文字をとった造語であり、これらの企業法務分野において法の支配を貫徹させるため、各分野の理解を深めるべく、令和4年1月25日に発足したPTです。
WODICでは、これまでに企業の法務担当者や社労士の先生等の外部の方もご参加いただき、改正公益通報者保護法(W)に関する勉強会を継続して行ってきました。
今年から、新たに「社外役員」(OD)をテーマとする連続講演会を開始することになり、これまで2回の講演会が開催され、今回が3回目の講演となります。
講演会には弁護士会館だけでなく、ZOOM配信も併用する形で開催し、会場参加・オンラインで多数の先生にご参加いただきました。
私もWODICメンバーの一人として現地にて参加し、拝聴して参りましたので、以下ご報告させていただきます。

2 講師の紹介
講師の平田えり弁護士は、65期であり、西村あさひ法律事務所福岡事務所に所属されております。現事務所では東京オフィスで執務したのちに、令和元年からは福岡にて執務されております。そして令和3年9月から福岡の上場企業の社外取締役に就任されました。

第2 研修の内容

1 社外役員就任のきっかけ
弁護士登録後まもなく顧問先として担当しており、約10年にわたり、社長やCFOと公私ともに親しくしていたことがきっかけとなった。
そのような信頼関係の上で、平田弁護士が東京勤務時代に、M&A案件を中心に経験を積んでいたこともあり、今後、専門的な経験知見も活かして成長戦略に力を貸してほしいという打診を受けた。

2 社外役員の職務内容
社外取締の役割は、マネジメントモデルと、モニタリングモデルの2種類がある。
マネジメントモデルとは、いわゆる経営のご意見番として事業に対して助言をすることをいい、これに対してモニタリングモデルとは、経営の監督機能を果たすことをいう。
日本における社外取締役の役割としては、マネジメントモデル型の経営のご意見番としての役割を果たす先輩経営者等を社外取締役に採用するというケースが多い。これに対して、アメリカを始めとしたグローバルスタンダードにおける社外取締役の役割は、モニタリングモデルであるとされている。
平田弁護士自身も当初、社外取締役を打診された際、社外取締役の役割として、マネジメントモデルの役割を考えており、必ずしも事業開発や経営に関する専門的な知見経験があるわけではないため、自分では力不足ではないかと考えていた。ただ、前述のとおりグローバルスタンダードにおける社外取締役の役割はモニタリングモデルであるところ、実際に社外取締役を経験してみると、モニタリングモデルを社外取締役の基本的な役割と捉えることで良く、弁護士に備わっている能力(リーガルマインド)が企業の役に立てるものと実感するに至っている。

3 社外役員候補者として準備できること
弁護士が社外取締役として指名された場面において、モニタリングモデル型の監督機能を発揮することが求められており、そのために必要な知見は、基本的に日常の弁護士業務の中で培われているものであり、特別な準備を要するものではない。
敢えて準備するとすれば、経営陣の判断が著しく不合理でないか否かを判断する際に、法令違反だけでなく社会常識等一般株主の目線から見て、著しく不合理でないか否かを判断できるように、自分の感覚を時代の感覚に合わせてアップデートしておくこと、その会社を良くしたいとか、その会社を通じて何か世の中に貢献したいという熱量をもって、会社の事業内容に興味関心を抱くことが必要になる。

4 社外取締役としての重要性、期待されるもの
月1回の経営会議とその後の取締役会に必ず参加している。社外取締役として経営会議に出席することは必須ではないが、各部の部長クラスが毎月の実績や課題・対応方針を報告し、全員でフラットに知恵を出し合い、協議しており、事業内容やリスクを把握する上で非常に有用である。
そして、社外取締役として経営会議にも参加して発言した内容について、各部長が朝礼等で従業員に伝えてくれており、従業員ともコミュニケーションを図ることで、従業員も、社外取締役が事業を支えてくれているという安心感を抱いている。
そうした活動により、自身も一緒に事業に参画しているというやりがいに繋がっている。

5 まとめ
社外取締役は、完全に中でもなく、アドバイザーというような外でもない中間地点で少し俯瞰した立場で意見を述べることができ、それと同時に、会社の経営陣と一緒に走って、事業価値を生み出すことができるやりがいのある業務だと感じている。

6 質疑応答
Q 法律家の視点から意見を述べることで壁は厚いなと思わされたりすることはあるか?
A 経営陣の人柄や、今までの信頼関係もあり、客観的な意見として聞いていただけている。特に壁を感じたことはない。
Q 月1回の経営会議・取締役会以外には、どれぐらいの頻度で、経営者の方たちとコミュニケーションをとっているのか?普段は弁護士業務との兼ね合いはどうしているか?
A 社外取締役としての報酬を考えたとき、月1回の経営会議や取締役会で何かちょっと意見を述べるぐらいでは、会社側の負担に見合わないというふうに思っているため、自身が役に立てそうなところがあれば、積極的に提案して、関わらせてもらうようにしている。
Q 経営陣との信頼関係について、平田弁護士の場合は、就任するまでの期間が長く約10年ほどあったということで、就任した段階である程度経営陣との間で信頼関係が築けていたと考えられるが、社外取締役として活動するにあたってどの程度やりやすさに繋がっているか?。
A 頭にふと浮かんだことをお互い電話1本でやり取りできて、これってこうした方がいいんじゃないとすぐにやり取りできる関係にあった。月1回の取締役会の外でも柔軟に意思疎通を図ることができたという意味で、すでに信頼関係があったことのアドバンテージを感じた。
Q 社外取締役として善管注意義務違反を犯さないようにどのような点に注意しているか?
A 経営判断の基礎となる情報収集を怠らないよう留意している。経営会議や取締役会でも、役員陣や従業員にとっては所与の前提のような事実であっても、用語を含め、積極的に質問し、情報収集している。また、外部のアドバイザー(弁護士を含む。)の見解を聞く。経営判断の原則も適切な情報収集を行ったか、著しく不合理な判断ではなかったかという2段階になっている。一段階目の情報収集をきめ細やかにしていれば、自ずから著しく不合理な判断にはならない。そのため、密に経営陣とコミュニケーションをとって、適時に情報を共有してもらうことが重要であると思う。
Q 社外監査役と社外取締役での役割分担があるか?
A いずれも取締役の職務執行を監視する役割であり重なる部分は多く、また、社外監査役や社外取締役のバックグラウンド(専門性)やパーソナリティによる部分も大きいと思われるが、一般的には、監査役は適法性監査で、社外取締役は妥当性監査も含むので、監視の視点が異なる。
Q 経営者と色々話をしたり、壁打ち相手になったりするのに、リアルタイムに情報を得る必要があるが、話し合いのツールとして、メールや電話以外に取り入れていたツールがあったか?
A 結局、タイムリーな情報共有や協議のために、携帯電話での電話を一番利用していた。

第3 おわりに

第1回の古賀弁護士、第2回の中村弁護士、そして、第3回の平田弁護士の講演会を拝聴し、社外役員としてお声がけいただくための重要な点としては、日頃の顧問先との信頼関係の構築、及び丁寧な対応、企業における活動の意味合いを理解した上でのニーズに沿ったアドバイスが共通していたように思われます。
もっとも、丁寧な対応や企業のニーズに沿った回答を意識している弁護士は多数いるはずであり、社外役員としてお声がけいただくためには、それに加えて他の要素が必要になると考えられるため、今後の講演会を通して、それが何かを模索しなければならないと感じました。
「社外役員に関する連続講演会」は、今後も継続的に実施する予定ですので、今回参加された方も参加が難しかった方も、ぜひ次回以降のご参加をお待ちしております。

あさかぜ基金だより

カテゴリー:月報記事

弁護士法人あさかぜ基金法律事務所 社員弁護士 藤田 大輝(74期)

もうすぐ折り返し!!

令和4年4月にあさかぜに入所(弁護士登録)して、約1年5か月がたちました。私が入所したときは5人いた弁護士も、過疎地へ赴任していって、今や2人きりで、寂しいものです。あさかぜの養成期間は、上限が一応3年と決まっていますので、折り返し地点が迫ってきていることに、我ながら驚いてしまいます。過疎地への赴任には、赴任先の過疎地を見学したうえで、応募するかどうかを決め、書類を提出すると、現地選定委員会による面接のうえでの選考と手続がすすんでいきますので、私もそろそろ赴任先を具体的に検討しないといけない頃合いです。
いい機会ですので、あさかぜでの1年5ヶ月を振り返ってみます。

この事件も初めてだな……

あさかぜは、司法過疎地域で弁護士業務を行う弁護士の養成を目的とした養成事務所ですから、養成期間に幅広い事件を経験できるような体制が用意されています。具体的には、有志であさかぜに協力している弁護士から事件の紹介を受けて共同受任をしたり、県外あるいはあさかぜ出身の先輩弁護士から事件の紹介を受けたりしています。
私も、これまでに、一般民事だけでなく、民事介入暴力への対応、交通事故、労働、遺産分割、離婚、成年後見申立、法人破産を含む各種の債務整理など、バラエティに富んだ事件を受任することができました。初めて取り扱う類型の事件も多いです。取り扱った経験のない類型の相談を受けるときは、相談者から「こういう事件の取扱い経験は何件ですか?」と訊かれないことを祈っています(もちろん、訊かれたら正直に答えるようにしています。でも、ときには話をはぐらかしたほうが良かったかと思うこともあります)。
このようにして、わたしたち所員は、養成期間中に数多くの類型の事件を受任し、きたるべき司法過疎地域で十分に要請にこたえられるよう研鑽を積んでいます。

事務所経営の勉強という名の庶務

あさかぜでは、事務所経営に必要な庶務もいろいろ経験します。まずあたったのは、弁護士法人の変更登記手続です。弁護士法人は、弁護士法上、社員の変更があったときには必ず変更登記をしなければいけません。あさかぜは弁護士法人なので、所員の交代があると変更登記手続が必要となります。そのため、私は、私が入所したとき、そして先輩所員が退所したときに、過去の申請書類を参照したり、法務局へ問い合わせたりしながら、登記申請しました。
また、事務所ホームページの更新も業者を利用せず、所員が担当します。今は、私が担当者ですから、インターネットで方法を模索しながら四苦八苦してホームページを更新しています。
さらに、必要に応じて事務員の採用もおこないます。私も、パート事務員を採用するため、ハローワークに求人申し込みをしました。また、他の所員弁護士に協力してもらいながら、応募書類を選考し、そのうえで採用面接しました。良き人材を得るというのは大変なことだと実感させられました。さらに、必要に応じて、就業規則の改訂等の労務管理もおこなっています。健康診断を受けるよう促すのは、私自身にしても、ついつい忘れてしまうので注意が必要ですよね。
事務所の税務関係でお世話になっている公認会計士・税理士とも連絡を取りあっています。決算時期には直接面談して、作成された決算資料について質疑応答して勉強になりました。
このほか、所員弁護士の採用に関する庶務、保存期間を経過した先輩弁護士の事件記録の処分、社員総会の実施・議事録の作成、書籍の購入・管理、業務関連システムの管理・導入検討、リース備品の管理など、庶務は多岐にわたります。
こうした事務所の庶務も、きたるべき司法過疎地域の赴任先における事務所運営に関わる事務を学ぶ重要な業務の1つです。なかなか大変ですが、新人弁護士には通常だったら経験できないことではないかなと思いますので、大変ありがたく感じています。

娘と親バカが生まれました

弁護士登録日に婚姻届を提出した私ですが、今年2月に娘が生まれました。子どもって可愛いんですね。この月報の依頼を受けたとき、娘のことだけで原稿を書こうかな、と本気で考えました。
子どもは成長が早く、とても驚かされます。ちょっと前まで首が座らず、台所のシンクで沐浴させていたのが、あっという間に一緒に湯船につかるようになり、首が座り、離乳食がはじまりました。この原稿が掲載されるころには「ずりばい」ができるようになっているのかな、と考えるとつい頬がゆるんでニヤニヤしてしまいます。私のデスクには、某スタジオで撮影・作成した娘の写真マグネットが貼り付けてあり、ちょっと疲れた気分のときに眺めて、気分をとり直したりしています。
子どもが生まれてから初めて知ったこと、経験したことは多く、毎日が勉強です。出生届の提出から、児童手当受給申請といった行政手続はもちろん、「お宮参り」や「お食い初め」といった行事にも無知でした。哺乳瓶の消毒、離乳食の作り方や進め方も、妻と一緒に福岡市主催の育児教室に参加して勉強しました。
娘の存在が業務にいい影響を与えていると感じることもあります。たとえば、子どもの話が依頼者と打ち解けるきっかけになるのです。小さなお子さんを抱える相談者の話は、具体的なイメージを持ちやすくなりました。
私が業務に集中できるように支えてくれる妻と妻の両親には、いつも感謝しています。また、娘の誕生に際して、複数の先輩弁護士からお祝いをいただきました。この場を借りて、お礼を申し上げるのをお許しください。

某大先輩からいただいた出産祝い

これからも頑張ります

あさかぜには、現在、72期の石井智裕弁護士と私の2名の弁護士が在籍しています。石井弁護士は、過疎地赴任に向けて各地の事務所見学等をしていますので、赴任が決まれば、私があさかぜの最年長弁護士になります。とはいえ、あまり気負い過ぎず、先輩を頼って頑張っていくつもりです。
あさかぜから過疎地に赴任している先輩弁護士を見ていると、いかにも頼もしく、私はまだまだだなと心配してしまいます。過疎地赴任までに一人前の弁護士になれるのかどうか、不安に駆られるところではありますが、あさかぜでの日々の業務を通じ、事務所経営・事件処理を学び、経験を積み重ねていきたいと思います。
未熟な点も多い私ですが、これからも引き続き、より一層のご指導・ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたします。

弁護士法人あさか ぜ基金 法律事務所エントラ ンス

弁護士会と調停協会の懇談会 ~アフターコロナの調停実務と面会交流

カテゴリー:月報記事

会員 辻 陽加里(64期)

1 はじめに~3年半ぶりの開催!~

令和5年6月29日、弁護士会と調停協会の懇談会が約3年半ぶりに開催されました。本懇談会は、調停委員と弁護士が、家事調停の実情について認識を共有し、それぞれの立場での思いや悩みについて語り合い、相互に信頼関係を深めるための機会として開催されました。
議題は、①新型コロナウィルス流行後に急速に普及したウェブ調停と②面会交流の調整を行う調停事件の運営の2点です。
本懇談会に先だって、調停委員と弁護士双方に議題に関するアンケート調査が実施されました。

弁護士会と調停協会の懇談会

2 ウェブ調停について

⑴ ウェブ調停の普及
ウェブ会議方式による調停は今や一般的となりました。福岡家庭裁判所でも、これまで850件以上のウェブ調停が実施されたとのことです。アンケート結果によれば、回答した調停委員41名中38名がウェブ調停の経験があると回答しました。

⑵ 利用の感想
ウェブ調停を利用した感想として、登壇した調停委員と弁護士双方から、電話調停に比してコミュニケーションが格段に取りやすく、利用者(調停の当事者)と信頼関係を築きやすいという共通の意見が出されました。
調停委員からは、「画面で利用者の表情が見えるように画面の設定を工夫している。」、「身振り・手振りや相槌を大切にしている。」との発言があり、利用者が納得して調停を進められるよう試行錯誤しているとのことでした。

⑶ ウェブ調停のメリット
調停委員と弁護士の双方から、事件の種類を問わずウェブ調停を利用するメリットがあるとの認識が示され、具体的なメリットについては、感染症の感染が防止できること、利用者の利便性が高く、特に遠隔地の方や育児介護中の方は大幅な負担軽減となること、仕事がある方は半休の取得で済むことが挙げられました。また、登壇した調停委員から、DV事案については、出頭の場合が完全に防ぐことが難しい利用者同士の接触を防止できるとの大きなメリットが指摘されました。登壇した弁護士からは、当事者の意向を尊重すること、事案をより正確に伝えたい場合などに出頭するとの発言がされました。
アンケート結果によれば、弁護士の立場から出頭に積極的な意見もあり、これについて登壇した調停委員からは、「出頭してもらえば、より当事者を身近に感じ、当事者の置かれた状況や熱意が伝わる。」、「来ていただけるとありがたいという気持ちになる。」との発言がありました。

⑷ ウェブ調停の課題
ウェブ調停の課題については、調停委員から、裁判所にウェブ会議の体制が3台分しかなく、期日の間隔が空いてしまうことが、弁護士からは、事務所のレイアウト等の問題で、調停の秘匿性の確保の問題が生じうることが指摘されました。

弁護士会と調停協会の懇談会

3 面会交流の調整を要する事案について

⑴ 「新たな運営モデル」の導入
まず調停委員から、福岡家庭裁判所における面会交流の調整を要する調停は、東京家庭裁判所で策定された運用モデル(「東京家庭裁判所における面会交流調停事件の運営方針の確認及び新たな運営モデルについて」家庭の法と裁判2020年6月号)を基本に運営されていること、この「新たな運営モデル」が弁護士に浸透していないこと(アンケート結果によれば回答した弁護士の45名/66名が「知らない」と回答)。が述べられました。
この「新たな運用モデル」は、従来の原則実施論的な調停運営から転換を図るもので、①当事者の主張・背景事情の把握、②課題の把握と当事者との共有、③課題解決のための働きかけ、調整、④働きかけ・調整の結果の分析評価などのサイクルを繰り返し検討し、種々の利益を調整しながら子の福祉を実現するモデルであることが説明されました。従来の進行では、面会交流が監護親に与える負担やストレスについての理解が乏しかったとの反省が率直に述べられました。
このモデルの導入に当たっても、調停委員からは、「モデルを理解しても、実際にその理念を実現することは簡単でない。」「面会交流の実施を禁止し制限する事情が無ければ、面会交流の実施が子の福祉に適うとの前提で、面会交流を実施する方向で話し合いを進めることになり、利用者からすれば原則実施論で進行しているように受け止められることがある。」などの苦労が語られました。

⑵ 高葛藤な事案への対応
特に未成年者が幼い場合、調整事項が多くなりますが、両親間の葛藤が高い場合、話し合いで円滑に進めるのは至難の業です。
調停委員からは、話し合いの視点を夫婦間の紛争から「子の福祉」に向けさせ、子の視点から建設的な話し合いができるように促しているとのことでした。
弁護士からは、監護親の視点から、面会交流の実施が困難になっている事情を詳しく聞取り、実施条件を工夫していること、また、非監護親の視点からは、面会交流を実施することを前提に、面会交流の実施によって子どもにメリットがある方法を提案して監護親に受け入れやすくするという工夫が紹介されました。

⑶ オンラインによる面会交流
新型コロナウィルスの流行後に、オンラインでの面会交流を実施する例が増えているようです。
弁護士からは、非監護親の視点から、非監護親が希望するのは対面での面会交流であって、対面の面会交流へのステップとして利用するイメージを持っていること、特に子どもが小さい場合には、オンラインであっても子の著しい成長を確認できるというメリットがあるとの発言がされました。また、非監護親が離島に住んでいた事案での利用例が紹介されました。その他に、子が非監護親と連絡先を交換することで、非監護親から居場所を把握されたり、頻繁に連絡が来たりするのではないかと不安に思うなどオンライン特有の悩みが生じた事案が紹介され、子の意向を丁寧に組む必要性も指摘されました。
調停委員からは、オンライン面会を条項化するに当たっては、子どもの年齢や、子と別居親の生活リズムなどを考慮しているとの発言がありました。

⑷ その他
パネルディスカッションでのその他の発言を簡単に紹介します。

・調査官調査の活用について
(調停委員から)「非監護親から、子の成長の様子や現在の監護状況、子の心情を確認して欲しいという要望があり、監護親に尋ねても、非監護親に対する誹謗中傷に終始し実態が分かりにくい場合は、早期に調査官調査を行っている。代理人からも調査官調査を希望する意見を貰うことはありがたい。」

・主張書面の活用について
(調停委員から)「弁護士がついている場合、主張を明確するに目的で、主張書面や資料の提出をお願いしている。弁護士の場合は求めた意図を汲んだ書面が提出されるため、調停の効率化に繋がっている。夫婦喧嘩の内容など細かい事実を書面化し、それに反論するなど、葛藤を助長するような議論を書面で行うことは求めていない。利用者のみで調停を行う場合は、必ずしも求めた内容の書面が提出されないことが多く、主張書面の提出は求めていない。」

・将来的な子どもへの影響
(調停委員から)「子どもに関する追跡調査などはないのか。」
(弁護士から)「経験談ではあるが、非監護親の代理人として活動した事案で、当時未成年者だった男性と彼が成人した後に話す機会があった。男性は、『両親が言い争うのを見るのがすごく辛かった。一時は自分が父に会わない方が良いとすら思っていた。しかし、両親がお互いに男性の為に頑張って面会交流に協力してくれたことがとても嬉しかった。今ではとても感謝している。』と話してくれた。反対のケースもあると思う。」

4 最後に

本懇談会を通じて、調停委員の方々が、利用者双方の話を公平に聞こうしていること、利用者の納得を一番に考えていることが伝わり、調停委員への信頼感が増しました。
また、「新たな運用モデル」は調停委員と監護親、非監護親、それぞれの代理人弁護士が協働して初めてその理念が実現できるモデルであると私は理解しました。ただ、対立する当事者が協働することは経験上簡単ではありません。その難題を弁護士と調停委員でどうにか紐解いていくためにも、本懇談会は今後も継続されて欲しいと思います。

弁護士会と調停協会の懇談会

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