法律相談センター検索 弁護士検索

人権侵害の果てにあるもの―迫害、虐殺、報復の連鎖 ―「憲法講演会『ガザ戦争の背景と問題の所在』」の報告-

カテゴリー:月報記事

憲法委員会 委員 稲村 蓉子(63期)

市民の関心の高さ実感

憲法委員会では、4月18日に「市民とともに学ぶ憲法講演会」の第12弾として千葉大学国際高等研究基幹の酒井啓子特任教授をお招きし、「ガザ戦争の背景と問題の所在」と題して講演いただきました。120名の聴衆で会場は埋まり(他にZOOM参加は52名)、皆様、1時間半ノンストップの講演に真剣に聞き入り、ガザ戦争に対する関心の深さがうかがえました。
酒井教授による講演の内容をご報告いたします。

ガザの現状

ガザに対する戦争の発端は、2023年10月7日に、ガザを活動拠点とするハマスがイスラエル領内に勢力を進め、イスラエル人260名を殺害し(後の戦闘での死亡者数と合わせると1200名を殺害)、約230名を拉致したことにある。これに対してイスラエルはハマス根絶を掲げ、同年10月中ガザを空爆し、次は地上戦で各地を制圧している。ハマスという組織は、決して組織として確固とした外郭があるわけではなく、誰が構成員かも曖昧である。そうすると、ハマスの根絶はすなわちパレスチナ人の殲滅と同等の意味になる。イスラエル人からすれば、パレスチナ人すべてがハマス、テロに見える状況になっているといえる。イスラエルの攻撃により、2024年4月8日時点でパレスチナ人の死者は3万3207人(パレスチナの人口の約1.5%)にのぼり、人口の半分が餓死の危険に直面し、人口の4分の3が避難民となっている。

生き残っているパレスチナの人々は、人道支援物資を求めて南部のラファ、唯一他国のエジプトと国境を接している地域に結集している。
なお、なぜ海から人道支援物資を送り届けないのかという質問を受けることがあるが、パレスチナは南部以外の三方を海も含めてイスラエルによって封鎖されている。およそ20年にわたってパレスチナは人や物資の移動をイスラエルによって制限されてきた。パレスチナは天井のない監獄と評される。イスラエルによって移動を制限されてきたという歴史的背景があり、今回のハマスの行動がある。ハマスの行動は監獄からの大脱走だったともいえる。

国際社会、国際機関の対応の変化

国連についてはその能力不足を常に指摘されているところではあるが、ガザ戦争に関しては特に停戦をさせる能力がないことが露呈している。

それは、アメリカが、イスラエルの自衛権の行使を理由として、停戦決議に対して拒否権を行使してきたためである。2024年3月25日に初めて停戦の安保理決議が採択されたが、それもアメリカは棄権した。

国際社会では、イスラエルが自衛権の範囲を逸脱していると考えている。

2024年4月1日に欧米の援助団体のメンバーがイスラエルによって殺害された。自国の国民が殺害されたことで、アメリカのイスラエル支持は揺らいでいる。

人権侵害の果てにあるもの―迫害、虐殺、報復の連鎖

イスラエルは何を目指しているのか

多くの研究者は、イスラエルの経済力が戦争を続けるだけの余裕がなく、また、戦争が続けば従軍兵士やその家族が厭戦気分になるであろうからガザ攻撃は3か月ほどで終了すると考えていた。

しかし、実際はその逆に進展しており、国民世論はいけいけどんどんの状態となっている。世論調査によれば、レバノン南部にいるヒズボラも攻撃すべきと考える国民は3割を占める。加えて、二方面攻撃は負担が大きいのでガザ攻撃終了後にヒズボラを攻撃すべきと考える国民も3割いるため、国民の約6割が戦争を拡大させる考えをもっている。また、パレスチナ政府の自治についても、自治を認めないとの国民が今年3月時点で37%を占め、自治を認めるにしても徹底的分離(イスラエル軍が監視し、形式的自治しか与えない)を主張する国民は39%がいる。パレスチナ自治政府と和解交渉を進めるべしと考える国民は16%しかおらず、誰も和平に期待していないのが現状であり、国防を強化するという意識が国民の間で定着している。

今回のガザ攻撃によって、パレスチナとの和平(二民族二国家案)が消えたといえる。これまでは、自治の範囲に争いはあるものの、少なくとも二国家が存在することが前提となっていたが、その前提がなくなった。イスラエルが今後どうしていくのかはわからないが、北部に戦端を開いていく可能性は大きく、また、パレスチナ人の民族的抹消すら目指していくこともあり得る。もともとイスラエルは建国の究極目標として「ナイル川からユーフラテス川まで聖書に約束された土地を確保する」ことを掲げており、領土拡張主義をとっている。イスラエルは建国時にパレスチナ人を領土から追い出しており、その再現(ナクバ:大災厄)を目指している。ネタニヤフ首相は「地中海とヨルダンの間にはイスラエルが主権を持つ領土しかない」、ガラント国防相は「私たちは人間の姿をした獣と戦っており、それに応じて行動している」と発言していることが、その発露である。

早く戦争を終息させないと、イランのように反イスラエルを掲げる勢力が戦争に巻き込まれる危険がある。イランが巻き込まれると、ペルシャ湾全体が紛争に巻き込まれ、第三次世界大戦になりかねない。

今のところ、イスラエルに対してアラブ諸国は驚くほどおとなしい。イスラエル非難はしているものの、国内世論向けである。イランも戦争に巻き込まれたくないとの強い決意を持っている。2024年4月1日にはイスラエルが、在シリアのイラン大使館を攻撃した。これはイランの主権に対する明白な侵害行為であったが、イランは非常に抑制的な報復しかしていない。今後、レバノン、イラク、イエメンなどの反イスラエル勢力がどう動くか注目が集まる。

イスラエルの世論が戦争拡大を支持していることには重大な懸念がある。イスラエルのガザ攻撃は、人道目的のみならず、今後の政治動向からしても、早く終息させなければならない。

パレスチナ問題に対するヨーロッパ社会の後ろ暗さ

ヨーロッパでは反ユダヤ主義があり、歴史的にユダヤ人は迫害を受け続けてきた。ナチスドイツではホロコーストがあり、500~600万人が殺害されている。この数字は歴史的な体験としてユダヤ人の意識に強烈に刷り込まれているはずであり、パレスチナ人の死者が3万人といっても少なく感じるかもしれない。

パレスチナに建国をするというシオニズム運動が始まった時、パレスチナに人がいると知らなかった純朴な移住者もいたかもしれないが、運動を主導するシオニストは、当然、パレスチナの地に人が暮らしていることは知っていた。また、イギリスも当然知っていたし、ユダヤ人が移住することの危うさも理解していた。しかし、それでもユダヤ人問題を中東に押し付けた。ユダヤ人のパレスチナへの移住は、ホロコーストからの逃避だけが原因ではない、もっと根深い問題だと考える。

ヨーロッパはユダヤ人問題を中東に押し付けたことで冷静な判断ができない。また、ヨーロッパはネオナチ的な反ユダヤ主義が生まれることを恐れており、そのため特にドイツは徹底したイスラエル支持をして、パレスチナ支持のデモや言動を厳しく取り締まっている。

人権侵害の果てにあるもの―迫害、虐殺、報復の連鎖

パレスチナ人の意識

今回、ハマスが越境攻撃を仕掛けたと言われている。しかし、パレスチナ人の意識からみれば「越境」とはいえない。

ユダヤ人の移住によって現地のパレスチナ人との衝突が増え、それを解決するために1947年に国連パレスチナ分割決議が採択された。これはイスラエルに建国の権利を与えたわけではなかったが、イスラエルはすかさず建国してパレスチナ人を領土から排除した。これに反発したアラブ諸国と第一次中東戦争になると、その戦争の勝利に乗じて、イスラエルは分割決議で与えられたよりも広い土地を獲得し、さらにパレスチナ人を追い出している。また、イスラエルは第三次中東戦争では、ガザや西岸地域を占領し、国際法上禁止されている入植活動を続けている。

ガザの人口のうち122万人近くが、もともとイスラエル領内に住んでいたが、イスラエルに追い出され、ガザに逃げ込んだ避難民である。祖父母がイスラエルの地図を示しながら「昔はここに住んでいた」と話すのを聞いている子もいるだろう。ガザの人々は、イスラエルに追い出されて二度と故郷に戻れない、そして再びガザの地から南部へと追いやられていると感じているだろう。

パレスチナには500万人の難民がいる。それを支えてきたのはUNRWA(国際パレスチナ難民救済事業機関)であり、いってみればパレスチナの人々にとって唯一の行政府であったといってもよい。しかし、イスラエルが、UNRWAの職員が越境攻撃に加担したとか、ハマスの一員であると申し立てたことによって、2024年1月終わりに、日本を含め各国がUNRWAへの資金拠出を停止した。EUやノルウェーは資金拠出を止めなかった。日本は資金拠出を再開したが、果たしてその判断が正しかったのか、検討する必要がある。(報告者注:2024年4月22日に、国連はUNRWAの中立性に関する評価報告書を公表し、改善すべき点があると提言したものの、UNRWAの職員がテロ組織のメンバーである証拠はないと述べたとのことである。)。

人権侵害の果てにあるもの―迫害、虐殺、報復の連鎖

講演のまとめ

(1)イスラエルの攻撃を停止させる能力のある国はない。(2)イスラエルの目的はトランプ政権誕生までに獲得できる限り領土拡張を目指し(西岸での入植地の拡張、レバノン南部への影響力拡大)、トランプ政権下での事後承認を目指す。(3)いずれの統治体制となるにせよ、パレスチナに対するイスラエルの不均等な支配が強化されることは疑いないが、それは一層の統治コストの増大と不満要素の継続を意味する。(4)アラブ諸国の統制能力には期待できない/ガザからの避難民をエジプトが人道的目的で引き受けられるか(多大な国際的支援が必要+帰還の可能性を確約できるか?)。(5)反イスラエル「抵抗の枢軸」がどこまで自制できるか:国際経済への影響/戦争を回避したいイランのメッセージがどこまで正確にアメリカに伝わるか。(6)国際的な対イスラエル反対ムードがどのような暴発を招くか。

講演を聞いて

ユダヤ人がパレスチナに移住した歴史的背景、現在のガザの状況、イスラエルの動向と今後の世界情勢などを、とてもわかりやすく講演いただきました。国際情勢や歴史の複雑さ、まとめの「イスラエルの攻撃を停止させる能力のある国はない」には絶望しそうですが、それでも、一個人として、パレスチナの人々、特に子どもが死傷し、飢えに苦しむ状況や、イスラエル人の人質が捕われ続けている状況に対しては断固反対の意思を表明しなければならないと思います。

ユダヤ人迫害・虐殺の歴史が、パレスチナ人への新たな迫害・虐殺へと続いていくことをみたとき、改めて、人権侵害は拡大していくものであり、それを止めるためにも一人一人の人権を尊重しなければならないとの思いを強くします。パレスチナ人の自由を押さえつけて建国を果たしたイスラエルの人々が常に攻撃される恐怖に怯えなければならないように、他者の犠牲のもとに成り立つ幸福は虚構でしかないはずです。パレスチナ問題を考えるとき、「全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有する」ことを確認した日本国憲法の先進的意義を感じます。改めて、平和、人権尊重について考える講演となりました。

あさかぜ基金だより

カテゴリー:月報記事

あさかぜ基金法律事務所 社員弁護士 小島 くみ(75期)

ごあいさつ

令和6年2月にあさかぜ基金法律事務所に入所した小島くみと申します。司法修習期は75期、実務修習地は鹿児島でした。

私は、九州大学農学部を卒業したあと、20年あまり、出身地である鹿児島県にある環境計量証明事業所において、環境計量にかかわる技術者として過ごしてきました。環境計量とは、大気や河川水など環境に関する物質の量や濃度などを計測し、数値化したうえで、第三者に対して証明をすることによって、環境規制や環境保護のために重要な役割を果たすというものです。

このように、異業種の仕事をしていた私が法曹を目指したのは、この仕事をしていたとき、さまざまな問題が起こったときには、最終的には法的解決を図ることが効果的であると実感することがあり、それなら私も弁護士として紛争解決に寄与してみたいと考えたからです。

あさかぜ基金法律事務所とは

ご承知のとおり弁護士法人あさかぜ基金法律事務所は、司法過疎地域に赴任する弁護士を養成するために、多くの方々に支えられている都市型公設事務所です。所員弁護士は、おおむね3年間の養成期間を経て、九州の司法過疎地域に赴任することになります。

あさかぜ基金法律事務所への入所

私は、長く、鹿児島県指宿市で生活してきました。指宿は、風光明媚な温泉地ですが、人口の減少がどんどん進行していて過疎化が進んでいる田舎町であり、弁護士の少ない地域です。私が指宿で生活するなかで、法的支援を受けたことのある人の話を聞くことはまれでした。たとえば、近隣住人とトラブルになったために、より良い解決方法を探りたいと考えたとき、離婚をするにあたって相手方と揉めたときなど、何らかの法的支援を受けたほうがいいのではないかと思われる場面においてさえも、多くの人が法的支援を受けないままに終わり、結果的に正当な主張ができないまま泣き寝入りせざるをえないという状況が多くありました。これらのことから、私は、司法過疎地域においては法的支援を受けたくても受けられず、不利益をこうむっている人が少なくないことを実感していました。

これとは別に、過疎地においては、高齢化が進行し、単身で生活する高齢者が増加していることから、今後は、高齢者に対する法的支援が重要性を増してくるということも強く感じています。

そこで、このような司法過疎地域で、私自身も弁護士として法的問題の解決を図る取組ができるようになりたい、そのなかで、司法過疎地域にも多い高齢者に対する法的支援に関わっていきたいと考えていました。

そんな私が、このたび、司法過疎地域に赴任する弁護士を養成する事務所であるあさかぜ基金法律事務所にご縁を得ることができました。

私は、これまで司法とは無縁の生活を送ってきましたので、弁護士の仕事はわからないことだらけであり、あさかぜ基金法律事務所に入所して以来、驚きの連続の日々を過ごしています。

これからは、指導担当弁護士をはじめ先輩弁護士の方々から多くのことを学ばせていただき、司法過疎地域に赴任するうえで必要なスキルを習得できるよう精進していきたいと決意しています。
ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたします。

シンポジウム「マイナ保険証と人権を考えるー医療情報のデジタル化で社会はどう変わる?」が開催されました

カテゴリー:月報記事

情報問題対策委員会 委員 桑原 義浩(58期)

マイナ保険証はお持ちですか?

皆さんは、マイナ保険証はお持ちですか?紙(またはカード形式)の保険証ですか?その現行の保険証が廃止されるって、ご存じでしょうか?これって、国民が望んでいることなのでしょうか?医療情報が漏れてしまうなど、問題はないんでしょうか?

3月20日午後2時から、当会の情報問題対策委員会が企画したシンポジウム「マイナ保険証と人権を考える 医療情報のデジタル化で社会はどう変わる?」が、福岡県弁護士会館2階大ホールで開催されました。

当日は、水曜日で祝日という日程だったのですが、大ホールでの会場参加とオンライン参加を合わせて100名近くの参加がありました。大ホールでは準備していた配付資料が足らなくなってしまうほどでした。

木本綾子委員からの基調報告

当会の情報問題対策委員会の武藤委員長による開会の挨拶の後、はじめに、福岡県弁護士会のこれまでの活動について、木本綾子委員から報告しました。

福岡県弁護士会では、2021年(令和3年)5月6日に、「マイナンバーカードの義務化とデジタル関連法案に反対する会長声明」を発出して、マイナンバーカードの義務化に対する問題点を明らかにしていました。河野太郎デジタル大臣が現行の健康保険証を廃止する方向性を打ち出したときには、2022年(令和4年)12月26日に「現行の健康保険証を廃止してマイナンバーカードの取得を義務化することに反対する会長声明」を発出しました。さらに、社会保障や税制以外にもマイナンバーの利用を拡大する動きに対して、2023年(令和5年)5月12日には、「マイナンバーの利用範囲及び情報連携範囲の拡大に反対する会長声明」を発出しました。

あわせて、福岡市の行政効率化を目的とするDX戦略の状況についてヒアリングを行ったため、その結果も報告されました。

シンポジウム「マイナ保険証と人権を考えるー医療情報のデジタル化で社会はどう変わる?」が開催されました

知念哲氏による基調講演

続いて、神奈川県保険医協会事務局次長、全国保険医団体連合会・政策事務局小委員の知念哲氏から、「マイナ保険証の仕組みと問題点」と題する基調講演をしていただきました。現行の医療保険の仕組みから健康保険証の役割、マイナ保険証でのオンライン資格確認などを概観していただき、現行の健康保険証が廃止されるまでの流れをご紹介いただきました。

また、ご講演のなかで、マイナ保険証の普及状況などについてのお話もありました。医療機関では利用できるような対応は進んでいるものの、実際に資格確認としてマイナ保険証が利用されているのは、令和6年1月時点でもわずか4.6%にすぎないということでした。

さらに、国民皆保険の理念・原理・原則から、デジタル対応が困難な人たちが医療から遠ざけられることのないように現行の健康保険証の存続を求められ、最後にオンライン資格確認義務不存在確認等請求訴訟の状況についてご報告がありました。

大変充実した資料をもとにして、詳細な分析も加えられたご講演内容でした。

シンポジウム「マイナ保険証と人権を考えるー医療情報のデジタル化で社会はどう変わる?」が開催されました

パネルディスカッション

その後、パネルディスカッションに移りました。

冒頭で、全国保険医団体連合会の大崎公司理事から、医療機関の現場でのマイナ保険証でのトラブル状況などをご発言いただきました。オンライン資格確認には早くても一人30秒から40秒かかるために、資格確認で列ができてしまう、現行の保険証提示ならすぐに終わる、電気が停電となると確認もできなくなり、災害時の対応に問題がある、といったことを発言されました。

それから、中央大学教授の宮下紘先生より、人権保障の観点からのマイナ保険証に関するご発言がありました。

冒頭、ナチスによるパンチカードを使ったユダヤ人管理の例を紹介されました。個人情報を国家が管理することが人権問題に関連することを認識できました。

マイナンバー制度については、2023年3月9日の最高裁判決があります。最高裁は、個人に関する情報をみだりに第三者に開示または公表されない自由を侵害するものではないと判断していますが、これはあくまでもシステムにトラブルがないことを前提としています。現在はシステムの問題性が指摘されているため、この最高裁判例がそのまま妥当するわけではないことも指摘されました。

また、EUでの個人情報保護のための制度であるGDPRの視点からマイナ保険証の問題点を指摘されました。あくまでもデータの「主体」としての権利の話であって、「客体」ではないとの指摘は、個人に番号がつけられるマイナンバーについては重要な視点だと感じました。

以降は、パネルディスカッションで、議論を深めました。医療情報としてどういうものがデジタル化されて共有されると便利になるのか、問題点はないか、研究・新薬開発などに対する診療情報の利活用への懸念、課題について、そもそもデジタル政策の中心にマイナンバーがあることについての問題点などを検討しました。

健康保険の加入は強制であるが、マイナンバーカードの取得は任意であるため、強制保険に任意のカードで対応しようとすること自体に大きな問題がある、ということは重要な点だと感じました。

当日は、会場に質問用紙を配布したのですが、かなりの数の質問が集まりました。すべてを取り上げることはできませんでしたが、参加された皆さまの問題意識が共有できる機会になりました。

シンポジウム「マイナ保険証と人権を考えるー医療情報のデジタル化で社会はどう変わる?」が開催されました

見逃し配信、動画を公開予定です

今回のシンポジウムに参加できなかった会員および一般の皆さまに向けて、福岡県弁護士会の公式Youtubeチャンネルで、当日の様子を公開することを予定しています。

カメラワークに手慣れていないところがあるかと思いますが、ご容赦いただければと思います。
今後とも、情報問題対策委員会では、マイナンバーの問題など、情報問題について、人権保障の観点から検討を続けていきたいと思います。

法律相談センターだより ―「PAO~N 40周年大感謝祭」への出展―

カテゴリー:月報記事

法律相談センター運営委員会 委員 後潟 伸吾(69期)

1 PAO〜N 40周年大感謝祭

本年2月25日(日)、エルガーラホール8階大ホール(福岡市中央区天神1‒4‒2)にて開催された「PAO〜N 40周年大感謝祭」に福岡県弁護士会として出展しました。皆様ご存知のとおり、PAO〜Nは、毎週月~金に放送されているKBCラジオのラジオ番組で、メインパーソナリティーである沢田幸二さんの他、各曜日毎のパーソナリティとして、松村邦洋さん、矢野ぺぺさん、KBCアナウンサーの居内陽平さん、和田侑也さん等が出演されています。また、同番組の金曜日の「まずは、弁護士に聞いてみよう」というコーナーでは、福岡県弁護士会の会員も出演し、同番組のリスナーから寄せられたお悩みを弁護士の立場から解説しているということもあり、当会とも大変縁がある番組です。

そのような、PAO〜Nが40周年の大感謝祭を開催するとのことで、福岡県弁護士会として協賛のうえ、福岡県弁護士会ブースを設置し、日弁連及び福岡県弁護士会の広報活動並びにプチ法律相談会等を実施しました。

写真1
写真2

2 当日の様子

(1) 広報活動

今回のイベントは、10時30分頃に開場しましたが、大人気のラジオ番組のイベントということもあり、大盛況で、入場待ちのお客さんが、エルガーラホールから中央警察署まで並び、お昼12時頃には会場への入場制限がされるほどでした。

今回のイベントでは、日弁連及び福岡県弁護士会の広報活動のために、①日弁連のトートバック(トートバッグの中には、福岡県弁護士会等のチラシ一式、福岡県弁護士会のティッシュ、日弁連のひまわり相談ネットの消毒ジェルを入れました)、②各弁護士会のイメージキャラクターの塗り絵及び風船等を用意しました。昨年の三井ショッピングパークららぽーと福岡での無料法律相談会同様、①のトートバッグは大変人気であり、かつ、上記のとおり来場者も多かったことから、準備していたトートバッグ240個は開場1時間も経たずに全て配布が完了しました。他方で、ラジオ番組のイベントということもあり、子供の来場者が少なかったことから、塗り絵や風船については渡す機会は少なかったです。

また、お昼頃には、北古賀康博会員及び池田耕一郎会員が、ステージに上がり、PAO〜Nのパーソナリティの方との掛け合いを通じて、福岡県弁護士会を同イベントの来場者にアピールいただきました。

写真3
写真4

(2) プチ法律相談会・アンケート

今回のイベントにおいても、ブース内に法律相談ができるスペースを用意しました。しかし、今回のイベントは、多くの時間において、PAO〜Nのパーソナリティの方々がステージで様々な企画を行っており、来場者は当該企画に熱中していたということもあり、法律相談をされる方は少なかったものの、相続、労働関係、消費者問題、離婚・DV、登記等の法律相談がありました。

また、今回のイベントでも来場者向けのアンケートを用意しました。アンケートの質問項目は、①法律相談の経験の有無・内容、②その際相談した相手方、③福岡県弁護士会の法律相談センター及び同センターの予約ダイヤルの認識の有無並びに④福岡県弁護士会の広報活動の認識の有無等で、20名を超える来場者からアンケート回答を受領することができました。

また、アンケートに回答いただいた方には、福岡県弁護士会が福岡県在住のイラストレーターである山田全自動さんとのコラボレーションで製作した「弁護士あるある」のシールをプレゼントしました。

3 おわりに

今回、多数の来場者が来るイベントにて日弁連及び福岡県弁護士会の広報活動や法律相談会を実施しました。広報活動については、トートバッグや上記「弁護士あるある」のシール等、大変充実した広報グッズのお陰もあり、日弁連及び福岡県弁護士会について更に様々な方に知ってもらうことができたと思います。また、法律相談会についても、法律相談を実施し、相談者の悩みを解決・解消できた点も良かったと思います。

最後になりますが、今回のイベントを担当した法律相談センター運営委員会の先生方、差入・激励に来ていただいた先生方、弁護士会・天神弁護士センターの職員の皆様のご協力のおかげで無事今回のイベントも実行できたと思います。この場を借りてお礼申し上げます。

写真5
写真6

セルフネグレクト〜支援を拒否する人への支援を考える〜

カテゴリー:月報記事

会員 松尾 朋(64期)

高齢者障害者委員会の松尾朋です。

みなさん、弁護士として仕事をする上で困ることは何でしょうか。

難しい争点の事件であったり、相手方の対応が大変な事件であったり、難しい事態であるからこそ弁護士への委任が必要なことがほとんどでしょう。そのような中で、弁護士がいかんともし難い事態として、本人の意思がわからない場面ということがあると思います。

さて、まずは法律と関係のない簡単な設問から考えてみましょう(なお、この例は、厚生労働省のホームページhttps://guardianship.mhlw.go.jp/guardian/awareness/#awareness_03に掲載されているものです)。

知的障害を持ち、グループホームに入所しているAさんが、突然「犬が飼いたい」と言い始めました。当該グループホームでは、管理・衛生上の問題から、犬を飼うことはできません。このような要望を聞いたあなたはどのように回答をしますか。次の3択から考えてみてください。

① グループホームでは犬が飼えないことを説明し、説得する。
② グループホームにお願いして、犬を飼えるようにしてもらう。
③ 「犬を飼いたい」というAさんの真意を探り出す。

厚生労働省のホームページには、③の対応でうまくいきました。と記載されています。

③を選ぶことで、なぜうまく対応できるのでしょうか。

仮に、Aさんが、犬が好きで「犬を飼いたい」と言う場合、犬を飼いたいという希望は真意に基づくものということができます。しかし、Aさんは、本当は「自分の部屋に他の利用者が入って来るのがいやだ」と思い、「犬を飼えば番犬に役割を担ってくれるかもしれない」と考え、「犬が飼いたい」と希望したとすればどうでしょうか。

つまり、Aさんの希望は、本来的には直面している課題との間に論理的な繋がりや合理性がそれほどないものだったということができるでしょう。認知症や障害があることによって、物事をうまく決められないとか他人との間で揉めるとかの根本的な理由は、解決をした課題(すなわち発言の真意)と希望との間に齟齬や合理的なつながりがないことが原因であることが多くあるのです。

このような場合に、「犬が飼いたい」というAさんの希望を文言通りに聞き取って、①や②の対応をしたとすれば、Aさんの課題の根本的な解決ができないどころか、コミュニケーションがうまくいかず、信頼関係が壊れてしまう事態も考えられます。

さて、先ほどの設問を少し発展させ、セルフネグレクトの話題に展開しましょう。

まずは、セルフネグレクトの定義については様々ありますが、ここでは基調講演として、「個人が、自己の健康、生命および社会生活の維持に必要な個人衛生、住環境の衛生もしくは整備、または健康行動を放任、放棄すること」と仮定します。

厚生労働省は、平成27年7月10日付で「市町村や地域包括支援センターにおける高齢者の「セルフ・ネグレクト」及び消費者被害への対応について」と題する通知を発出しました。ここにおいて、「支援してほしくない」とか「困っていない」などとして、支援者の関与を拒絶するセルフネグレクト状態にある高齢者においては、個人の生命、健康に重大な危険を生じるおそれがあることひいては孤独死のリスクがあるため、できる限りの連携対応をすることが求められています。

一方で、各人には、自己決定権があります。自己のセルフネグレクト状態に対する支援者の関与や支援の拒否を選択する人は、自己決定権に基づいて支援拒否(セルフネグレクト状態の維持)を選択しているのであって、このような自己決定に対して支援者が介入するとすれば、本人の自己決定権と支援者の支援はどのような関係にあるのでしょうか。

この点については、次のように理解するのではないかと思われます。すなわち、支援者は、本人の自己決定権を当然の前提として、支援拒否という本人の意思選択をまずは受け入れなければならない。しかしながら、当該自己決定に対してできる限り関わることで、一旦なされた自己決定(または意思決定)が変更されるように促すことはできるのではないか。

セルフネグレクト状態に対する支援者による支援を拒否することを選択した理由にも様々あります。前段の設問のように、セルフネグレクトとは、本人が抱えていた何らかの課題解決を諦めた結果である可能性もあるのです。その課題が、解決可能なものであるとすれば、セルフネグレクト以外の選択も可能であるし、以降、より快適な生活を選択することも可能なのです。

とはいえ、支援者は、支援者が望む結論に導こうとしているのではないかという視点を常に持たなければなりません。支援者が行うべき行動は、本人の自己決定を支援者の思う方向に変えさせることではありません。本人の真意を汲み取り、本人が本来望んでいた方向に軌道修正するということなのです。非常に困難ではありますが、このような形で現実にたくさんの方々がセルフネグレクトの問題に関わっています。

さて、拡大協議会は、東邦大学看護学部長岸恵美子教授による基調講演からはじまりました。基調講演では、支援を拒否する人への介入について専門的な見地から極めて詳細に論ぜられました。上記の介入に関する一般論は、基調講演のほんのさわりの内容にすぎません。その後、当会によるアンケート結果の公表がなされました。拡大協議会にあたって、セルフネグレクトを取り巻く現状について我々も把握し直す必要があります。高齢者障害者委員会から、市内の各支援者向けにセルフネグレクトに関するアンケートが実施されていました。アンケートの結果により、32の事例について詳細な事例集が作成されました。その後のパネルディスカッションにおいては、様々な立場からのセルフネグレクトに対する深い議論が繰り広げられました。

拡大協議会には、セルフネグレクトの最前線で活動されている、福祉の現場で稼働されるたくさんの方が出席され、会場である福岡県弁護士会館の大ホールは満員となりました。参加者は壇上で交わされる言葉に耳を傾けており、セルフネグレクトが大きな社会的な課題であることが、会場の雰囲気からもありありと伝わるものでした。

では、セルフネグレクトに対して、弁護士は何ができるのでしょうか。主となって対応している支援者と共に、法律的な課題を取り除くべく活動することができます。また、相談としてセルフネグレクトの問題に当たった場合(近隣住民からの衛生上の相談などが考えられます)、行政と共になんらかの活動が可能な場合が多くあります。

最後に、シンポジウムの企画者であり最後にコーディネーターを務めた篠木潔会員の言葉をみなさんにお伝えしたいと思います。『今回のシンポジウムに大切な多くのことを盛り込み過ぎたので時間が足りません。でも私は、セルフネグレクトの支援体制が2年早くできるように進めたいのです。なのでこのシンポジウムをあと15分だけ延長させてください。お願いします』。すると会場からは拍手が起こりました。たくさんの問題が山積みとなっている現代社会ですが、篠木会員と同様、弁護士が困難な課題を解決する使命を果たすために、市民を巻き込みながら熱い気持ちをもって取り組まなければならないと思いました。

福岡県弁護士会 〒810-0044 福岡市中央区六本松4丁目2番5号 TEL:092-741-6416

Copyright©2011-2025 FukuokakenBengoshikai. All rights reserved.