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「精神科医療を動かすもの‥『社会的入院』の解消に何が必要か」~精神保健当番弁護士制度発足17周年記念シンポジウム~

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精神保健委員会 委員 野 中 貞 祐(57期)

1 10月18日、午後1時より、天神ビル11階会議室において、 精神保健当番弁護士制度発足17周年記念シンポジウム「精神科医療を動かすもの‥『社会的入院』の解消に何が必要か」が開催されました。  当日は、法曹関係者、医療関係者、福祉関係者、当事者等約130人の方に参加頂き、事前に用意していた席数が足りなくなるほどの盛況ぶりでした。

2 司会を務めた当会の吉武みゆき会員の進行に従い、まず、当会の市丸会長の開会の辞、続いて九州弁護士会連合会の当山理事長の来賓挨拶がありました。
いずれも当会が全国に先駆けて実施してきた精神保健当番弁護士制度につき、その意義、重要性及び今後の全国への発展等を祈念するすばらしい内容のものでした。

3 その後、九州大学大学院法学研究院助教の内山真由美さん、大阪精神障害者連絡会の塚本正治さん、医療法人卯の会新垣病院院長の新垣元さん、厚生労働省精神障害保健課課長補佐の川島邦裕さん、福岡県精神保健福祉センター所長下野正健さんから、それぞれ講演を頂きました。諸外国との比較による我が国の精神医療の立ち後れのシンボル的数値である「精神病床数33万床余り、平均在院期間約350日」という数字を中心にして、それぞれの講演者が自己の見解を示して、社会的入院につき特色のある講演をして頂きました。特に塚本さんと新垣さん、川島さんとでは見解が分かれ、非常に興味深い内容となりました。

4 講演に続いて、コーディネイターとして当会の八尋光秀会員を迎え、上記5名の講演者をパネラーとしてパネルディスカッションが行われました。パネルディスカッションは、まず、各パネラーが講演で言い足りなかったことなどを5分程度で補足する発言を行ったうえで、事前に会場から集めた質問をコーディネイターが集約して、各パネラーに発言を求めるという形をとって進行しました。ここでも塚本さんと、新垣さん、川島さんとでは見解が鋭く対立し、非常に盛り上がりをみせました。精神障害者が退院をしたくても家を借りられないから結局退院できないという極めて現実的な問題につき、なぜ、行政がもっと力を貸してくれないのかという塚本さんの訴えに対しては、会場からも大きな共感がわき、それに関連して活発な発言が会場から起こりました。それらを巧みに集約しつつ進行する八尋会員のコーディネイトにより、家主はなぜ精神障害者に対して賃貸するのをいやがるのか、保証人に対してはどの範囲につき保証をして欲しいと考えているのかなどについて、しだいに議論が深まっていきました。また、県営住宅における精神障害者の受入れが進まないことについては、この問題について、当会が弁護士会としてどのような活動をしているのかという質問が会場から出され、当会の森豊会員(現精神保健委員会委員長)や宇治野みさゑ会員(前精神保健委員会委員長)が回答するなどして、議論は大いに盛り上がりました。もっとも、議論が際限なく発展する様相を見せると、八尋会員が巧みに集約し、パネルディスカッションは、当初の予定どおり4時45分ころ終了しました。パネルディスカッションは、コーディネイターが議論を集約するという形で終了する予定でしたが、それに加え、パネラーの塚本さんが「檻の庵」という歌を歌うというサプライズ演出がありました。私は、少しもの悲しい「檻の庵」という歌の歌詞の中で、30年間精神科病院に閉じこめられた人の時代認識の象徴として用いられていた「100円札でおつりをくれる駄菓子屋」というフレーズがとても耳に残りました。

5 シンポジウムは、当会の森会員の閉会の辞で終了し、その後は、懇親会に席を移しました。懇親会では、シンポジウムで鋭く見解が対立した方々もうち解けた雰囲気となり、とても楽しい時間を過ごすことができました。

6 本シンポジウムは、前回の平成21年2月28日のシンポジウム以来、約2年ぶりのものであり、開始前には、参加者がどれくらい集まるか心配していました。しかし、当日は、約130名もの方に参加を頂き、大成功に終わりました。これは、森豊委員長をはじめ、シンポ実行に携わった精神保健委員会委員の努力と、コーディネイターをつとめて頂いた八尋会員及び各講演者(パネラー)が、そもそも社会的入院という言葉を使うかどうかという基本的なところから打ち合わせを重ね、問題意識を共有したうえでシンポジウムに臨んだという各位の尽力の賜物といえるでしょう。

シリーズ―私の一冊―「失踪日記」吾妻ひでお (イーストプレス、2005年刊)

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会 員 甲 能 新 児(42期)

格調高い本書評欄にマンガを採り上げるとは何事か!そんなことだから漢字もロクに読めないマンガ好きが総理大臣になったりするのだ!!(…って話やや古い)とお怒りの会員もおられるかもしれないので、若干の権威付けをしておきますと、本書は「かの朝日新聞書評欄」で絶賛され沢山の書評で取り上げられて、遂には2006年度の日本漫画家協会大賞・文化庁メディア芸術祭マンガ部門大賞・手塚治虫文化賞マンガ大賞をトリプル受賞するという史上初の快挙をやってのけた快作(怪作)マンガなのです。

内容は、マンガ家である著者がある日失踪しホームレスになっての日常生活、成り行き上ホームレスから肉体労働者になっての日常生活、マンガ家生活の一部の自伝、アル中患者になってのアル中病棟入院生活、という4つの中身から成り立っているのですが、やはりホームレスの日常が一番おもしろく、その次がアル中病棟でしょうか。

私小説ならぬ私マンガで、全部著者の実体験だそうです。

家庭を捨て仕事を捨てマトモな社会人生活から失踪してホームレス生活へと転落する話で、自殺未遂から始まり、ゴミ袋漁り、残飯漁り、シケモク拾い、野宿、深夜徘徊等など様々なホームレスのエピソードが語られ、話の進め方次第では随分深刻且つ暗く波乱万丈のストーリーになりそうなのですが、さすがにそこはマンガです。淡々と飄々とそこここにギャグが散りばめられ、笑いながら読めてしまいます。それには、四頭身にデフォルメされた丸まっちい主人公やトボケた登場人物の昔ながらのマンガマンガした絵柄が与って力があります。これが写実的な細密画が主流のいわゆる劇画調であれば、とても陰惨なものにしかなり得なかったでしょう。

私は、中学くらいまで手塚治虫先生クラスのマンガ家に本気でなるつもりでした。ご存知の方も多いかと思いますが、手塚先生は大阪大学医学部卒で医師資格どころか医学博士号まで持つ大インテリで、私は手塚先生クラスのマンガ家になるために勉強もそれなりに頑張ったのですが、手塚先生の書かれた「マンガの描き方」という単行本をボロボロになるまで熟読玩味して、その本の指導に従い、絵の基礎力をつけるために暇があれば人物デッサンやクロッキーをやっていました。だから嫌味を覚悟で言えばマンガの絵については一家言持っており、デッサン力のないマンガは一見して分かるつもりでいます。その私から見て、吾妻先生の絵はデッサン力にやや難がない訳ではありませんが、それを補って余りある絵の味があります。特にホームレス編の中で、真冬に林で野宿し、朝目覚めると周り一面が銀世界というコマなどは、何故か心打たれるものがあります。

ホームレスはこうやって生きているのかという新鮮な(しかし他愛ない)エピソードが積み重ねられ特にストーリーがある訳ではないのですが、日常から非日常へという多くの芸術が求める普遍的テーマが立ち現れます(尤も著者はそれほど大それた考えはなく深読みのし過ぎだと思いますが)。アル中病棟の話もその意味で面白いです。

マンガ嫌いの人あるいはマンガを馬鹿にしている人にはお薦めはしませんが、マンガゆえ短時間で読めてしまうので、一時のトリップには格好の読み物だと信じて疑いません。

ちなみに、そんなに手塚ファンなら何故手塚マンガを挙げないのかと思われるかも知れませんが、手塚治虫漫画全集は講談社版で全400巻もあり(買いたくても自宅に置き場がなくて買えずにいます)、とても1冊だけ挙げる訳には行きません。手塚「論」も山の様に出版されているので、ここでは「手塚治虫=ストーリーマンガの起源」(竹内一郎、講談社、サントリー学芸賞受賞)を挙げておきましょう。当然ながらマンガではなく活字本です。「アトムと寅さん 壮大な夢の正体」(草森紳一・四方田犬彦、河出書房新社)という戦後サブカルチャーの二大ヒーローを論じたものも捨て難いのですが(これも活字本)。

なお、「梶原一騎伝 夕焼けを見ていた男」(斎藤貴男、文春文庫、これも活字本-しつこいな)もマンガ(劇画)原作というものを再認識させてくれます。ご存知ない方のために解説しておくと、梶原一騎とは「あしたのジョー」「巨人の星」「タイガーマスク」「空手バカ一代」など一世を風靡したマンガ(劇画)の原作者で、50歳の若さで亡くなった人です(尤も晩年は余り恵まれず事件を起こしたりしていましたが)。

「鉄腕アトム」始め日本アニメは世界に輸出され、日本アニメで育った欧米・アジアの世代が「クール(かっこいい)ジャパン」と称して日本アニメとコミックに憧れる時代です。その意味で宮崎駿監督のアニメがアカデミー賞を取ったのは偶然ではありません。日本のマンガ・アニメが日本の戦後サブカルチャーに止まらず世界の確固たるサブカルチャーとなっている現在、国内で評価の高い本書を手にとって見られるのも一興ではないでしょうか。

スマイル~精神保健当番弁護士(1)

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会員 篠 原 一 明(61期)

1 はじめに

はじめまして、登録1年目の弁護士の太田圭一と申します。

今年の3月に、サポートの先生に同行して頂き、精神保健当番弁護士として、出動しましたので、ご報告させていただきます。

2 出動に当たって

今年の2月に、精神保健当番研修を受けて、1ヶ月もしないくらいに、事務所に出動要請のFAXが届きました。

登録間もない時期で、本当に自分が出動して大丈夫なのか不安に思ったりもしましたが、サポートの先生がおられたため、安心して入院先の病院に向かうことができました。

ただ、全く何の準備もなく、本人との面談に臨むのはまずいと思い、研修の際に頂いた「精神保健当番弁護ハンドブック」に一通り目を通してから、面談に臨みました。面談の際の注意点や、入院制度や精神病についての基礎がとてもわかりやすく書かれていたため、とても勉強になりました。

3 相談者との面談

相談者の言い分は、「もう何年も、入院させられているから、そろそろ出たい。」、「月に一回外泊が認められているが、今までに何の問題も起こしたことがなく、外に出ても、自分でしっかりと生活できる。」というものでした。

私が相談者と話した感じでは、相談者の話が前後したり、問に答えられていなかったりしたことや、若干状況を認識することができておらず、安易かつ楽観的に考えている傾向が強く、本当に一人暮らしができるのだろうかと不安に思いました。

しかし、サポートの先生は、この相談者は、まだ判断能力がしっかりしている方であり、自分が審査委員であれば、迷わず退院の意見を出すと仰っていました。

今までに、いわゆる精神病に罹患されている方と接する機会がほとんどなかったため、本当に入院が必要な患者と、そうでない患者の区別が全くつかず、自分の社会経験のなさを痛感させられました。

4 意見聴取

退院請求に対する審査に先立ち、相談者と担当医への意見聴取が行なわれ、私も立ち会いました。

相談者は、私との面談のときと同じように、審査委員にも今まで外泊の際に問題を起こしたことがないことなどを一生懸命訴えていました。それに対して、審査委員の方は、相談者の意見を穏やかに聞きながらも、所々、突っ込んだ質問をして、相談者が社会のなかで、一人で生活していけるかどうかを見極めておられる様子でした。

また、担当医は、とても冷静に相談者の病状を把握されている様子でした。相談者の病状が快方に向かっているからといって決して油断することなく、かといって入院の必要性を強調されることもなく、相談者の普段の態度等も考慮にいれたうえで、相談者の病状と自傷・他害の危険性の有無、判断能力について意見を述べられていました。

5 意見書提出、審査結果

審査会が迫っていたため、意見聴取後すぐに追加の意見書を起案しました。意見書の概略は、「自傷・他害の危険性のある精神病に罹患しているとはいえない」、「自分の弱点に気がついており、それを改善しようと努力しているうえ、現在のところ改善傾向にある。」といったものでした。

社会復帰に向けた相談者の熱意が審査委員に伝わったためか、審査結果は、3ヶ月を目処に任意入院に切り換えるのを相当とするといったものでした。

この原稿を書いている現在、相談者は、無事に病院を退院され、念願の一人暮らしを始めています。

6 おわりに

今回の相談者は、もともと入院の必要があったかどうかも微妙な方であったため、結果としては、退院請求は認められました。

しかし、自分一人で十分な事情聴取ができたか、精神保健当番弁護士に必要な基本的な知識が身についているか、相談者に親身になって寄り添った活動ができたかというと、必ずしも十分ではなかったかも知れません。

今回の反省を活かし、普段からしっかりとした事情聴取を行なうように心がけ、未知の分野にも興味を持ち学習し、次に精神保健当番弁護士として出動する際には、相談者の希望を最大限実現させることができるような活動ができればと思います。

第24回司法シンポジウム・福岡プレシンポジウム「行政訴訟改革シンポジウム~国民に真に役立つ行政訴訟制度を~」

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会 員 田 中 隆 一 (60期)

1 はじめに

平成22年7月24日(土)午後1時30分から、福岡県弁護士会館3階ホールにおいて、「行政訴訟改革シンポジウム~国民に真に役立つ行政訴訟制度を~」が開催されました。

本シンポジウムは、(1)福岡大学法科大学院の山下義昭教授による基調講演、(2)全国市民オンブズマン連絡会議及びNPO法人市民オンブズマン福岡の児島研二代表幹事による基調報告1、(3)平成21年度日弁連行政訴訟センター委員の当職による基調報告2、(4)上記の3名と当会行政問題委員会委員長・日弁連行政訴訟センター副委員長の名和田茂生弁護士をパネリストとしたパネルディスカッションという構成で進行しました。

2 基調講演

基調講演では、平成16年改正法で改正された点とその後の判例の展開及び問題点について講演されました。山下教授は、平成16年改正の問題点として、原告適格の拡大が実現できていないこと、非申請型義務付け訴訟の要件が過度に厳格であること、仮の救済制度が十分に機能していないこと等を指摘されました。

また、公法上の確認訴訟について、行為の違法確認の訴えの活用を提言されました。

3 基調報告1

基調報告1では、平成16年改正法では導入を見送られた「公金検査請求訴訟制度」の必要性について報告されました。児島代表は、自治体の無駄遣いに対する市民オンブズマン運動に取り組んでおられ、自ら活動された福岡県庁の公金不正支出問題等における成果を報告されました。また、国の税金の無駄遣いに対する国民による追及手段がない現状を指摘され、国の税金の無駄遣いを監視するには国民の参加が不可欠であるとして、公金検査請求訴訟制度の導入を提言されました。

4 基調報告2

基調報告2では、当職より、日弁連で作成されている5年後見直し案の骨子を報告させていただきました。

見直し案は、日弁連が法曹三者及び行政法研究者と新法の施行状況について共同研究を重ねて作成しており、原告適格など平成16年に改正された部分の再改正に加え、公金検査請求訴訟制度の創設など平成16年改正の際に見送られた改正事項を盛り込んだ内容となっています。

5 パネルディスカッション

パネルディスカッションでは、(1)公金検査請求訴訟制度の導入と、(2)行政訴訟法5年後見直しについて、それぞれの方向性と実現への道筋等について議論されました。

まず、(1)公金検査請求制度の導入について、同制度の導入の必要性について見直し案に肯定的な意見が占め、その実現のためには、まず国民に同制度の必要性を理解してもらう必要があり、弁護士会等が説明していかねばならないと結論されました。

次に、(2)行政訴訟法5年後見直しに関連して、裁量審査の強化及び団体訴訟制度の導入について議論され、肯定的な意見が占めました。また、行政訴訟法の改正の時期について、早急に改正を実現すべきという意見が占めました。

6 意見交換

最後に、来場者を交えた意見交換が行われました。当日は、日弁連の行政訴訟センター委員長の斎藤浩弁護士ら同センター委員の方々も来場されており、会場から活発に意見が出され、充実した内容となりました。

7 おわりに

平成22年9月11日に開催される日弁連第24回司法シンポジウムでは、行政訴訟分科会が「官僚任せの裁量行政・公金の無駄遣いの根絶、行政分野の実効的救済を目指して」とのテーマで、公金検査請求訴訟制度の導入等を中心に検討することになっています。法改正の気運を高めるには、まず国民に内容を理解してもらうことが必要であり、そのためには上記シンポジウム等の弁護士会の活動は不可欠です。本シンポジウムはその重要な機会になりました。

少年付添人日誌「依願退職」

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会 員 田 上 普 一(62期)

1 性犯罪を行った少年の被疑者弁護士に選任され、警察署に出向くと、がっくりと肩を落とし、不安気な様子で少年が接見室に入ってきた。

私は手続きの流れを説明し、事件の内容を少年に聞いたが、少年は終始下を向いたままで、目を合わせようともしない。

「何か心配なことがあるの」と問いかけると、少年は「仕事は続けられるのでしょうか」と小さな声で言った。

聞けば、少年は3月に工業高校を卒業し、化学工場に勤め始めてひと月余りだという。会社の名前を聞いて、「なんとか仕事を続けられるように交渉してみるから」と言って接見室を出た。

2 事務所に戻って、早速両親と連絡を取った。勤め先への対応を聞くと、病欠扱いにしているという。私は少年の立直りのために、雇用の継続がぜひとも必要だと考え、両親には、身柄拘束が長期間に及ぶ可能性もあるが、少年の社会内処遇に向けて勤め先と交渉していく、と伝えた。

3 再びの接見で少年は「仕事を続けていく自信がない」と私に言った。

慣れない化学工場での仕事で体力的に不安があること、身柄拘束が長期にわたり職場復帰が遅れると、職場の他の社員との関係で、職場復帰が事実上難しくなるのではないかと不安な心境を語ってくれた。

同時に、高校を卒業してきちんとした会社に入社出来たことを誇らしく思っていることや、職場の人からは良くしてもらっていることも聞くことができた。

私は、「良いことも悪いことも含めて、社会人一年生なのだから、もう少し頑張ってみてはどうか」と少年を励まし、その日は接見室を後にした。

翌日接見すると、少年はすっきりとした表情で「是非、仕事を続けられるよう、お願いします」と言ってくれた。

4 少年の勤め先会社と連絡を取ると「両親とともに一度会社に来て、説明をして欲しい」と言われ、両親とともに、指定された日時に少年の勤め先会社を訪問することにした。 

私は、大まかな事件の内容、これからの手続きの流れなどを説明し、少年が職場復帰を希望していることを告げて、雇用の継続を訴えた。

これに対し会社側は、就業規則上懲戒解雇事由にあたることではあるが、少年の能力を評価しており、社員としての将来に期待していることや、事件が重大な犯罪とまでは言えないことなどを理由に、処分を留保している旨を話された。

会社の方針としては、少年審判の結果などを踏まえて、最終的な結論を出したいとのことであった。

会社がこのように少年を評価していたことが印象に残ったので、私は、少年を励ます意味で「会社は君に社員として期待している」と伝えた。少年は驚いた表情を浮かべ、少し涙ぐんでいた。

5 少年審判では、少年自身が事件のことを良く反省していたことや、被害者との間で示談が成立したこともあって、保護観察処分となった。

私は、少年審判の数日後、再び少年の勤め先である会社を訪ねた。

すると、本来は就業規則上懲戒解雇事由にあたること、長期間休んだために少年自身が職場で嫌な思いをする可能性があることなどから、退職はやむを得ないが、少年の将来を考えて懲戒解雇ではなく、「依願退職」扱いとする会社の方針を告げられた。

私は、再検討を訴えたが、会社の方針が変わることはなかった。

後日、会社の担当者が少年に依願退職の事実を伝える場に同席した。その場を後にするとき、少年の上司が「まだ若いのだから、別の職場でやり直して、これからの人生を頑張って欲しい」と言い、少年が小さな声で「はい」と頷いていたのが忘れられない。

6 今回の事件で、会社を十分に説得することができなかったことが残念でならない。何が足りなかったのか反省を重ね、今後も付添人活動を続けて、少年事件への理解と協力を得られるよう努力していきたい。

福岡県弁護士会 〒810-0044 福岡市中央区六本松4丁目2番5号 TEL:092-741-6416

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