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カテゴリー: 月報記事

福島を訪れて

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会 員 吉 野 隆二郎(51期)

3月1日から2日にかけて福島に行き、貴重な体験をさせていただいたと思いましたので、その報告をしたいと思い、月報に投稿させていただきました。

私が最初に福島県に行ったのは、2002年10月に福島県郡山市で開催される人権大会で、湿地に関するシンポジウムが企画されていましたので、それを見に行くためでした。その後、そのシンポジウムの参加などを契機に有明海の問題に取り組むようになり、現在に至っています。東日本大震災後、なかなか機会はなかったため、初めての福島行きとなりました。

私が、福島県に行くことになったのは、福島県弁護士会から「公害紛争処理制度の活用に関する学習会」の講師として呼ばれたからでした。私は、諫早湾干拓事業に関する原因裁定手続きの事務局長をしていたこともあり、日弁連の中でも公害紛争処理、特に原因裁定手続きに詳しい弁護士という扱いになっていました(2010年には近弁連の勉強会の講師をしました)。福島県弁護士会の方からの要請に対して、福島の被害に対して、何か私で役に立てることがあればと思い、講師を引き受けました。勉強会は、3月1日の午後5時30分から2時間程度行われました。参加申込者が36名と聞き、福島県弁護士会の会員の人数を調べましたところ、156名でしたので、かなりの割合の方が参加されるのだと身の引き締まる思いがしました(実際には、8名が修習生でしたが、それでも28名の会員に対して話しをしたことになります)。原発賠償のADRの限界が見えだしているところで、裁判以外にも何か福島の被害を回復するための手段がないかとの思いからの企画とのことでした。私なりに原因裁定手続きを行った経験をふまえた話しをさせていただきました。同日は、懇親会も開催していただき、本田哲夫会長を始め何名かの会員には2次会までお付き合いしていただきお世話になりました。

翌日は、日弁連の公害環境委員会の委員でもある福島県弁護士会の湯坐聖史会員に案内していただいて、現場の状況について関係者の話しを聞くことができました。今回の勉強会を開催するきっかけは、湯坐会員が、福島県の内水面に水産関係の被害の問題について公調委を利用できないだろうかという問題意識から始まったとのことでした。それなら湯座会員が念頭に置いている事案の現場を見れば、より的確なアドバイスができるのではないかと考えたことから、翌日である2日に現場の案内をお願いしたところ、快く引き受けていただきました。午前は、矢祭町(合併をしない宣言をした有名な町です)にある河川の内水面漁業者のお話を聞くことができました。河川のある場所は、福島県の中では線量の低い方の場所なのですが、山を経由して川にセシウムが流れ込んでいて、イワナから基準値以上のセシウムが検出され、国による採補等の禁止措置がなされたりするなどの被害を受けているとのことでした。川の様子だけ見ると、山の間を流れるきれいな川で、とてもその川の魚がセシウムを体内に蓄積しているとは思えませんでした。午後は、雪が降る中を、郡山市にある鯉の養殖(食用)の業者のお話を聞くことができました。鯉は、養殖池の底の部分の泥を食べるため、底に集まっているセシウムを体に取り込んでしまうとのことでした。国の基準値を超えているわけではないようですが、セシウムが検出されるということで、イメージダウンは大きいようです。そのため、福島県が鯉の養殖の日本一の生産地だったのが、現在は茨城県が1位だそうです(しかし、茨城県も霞ヶ浦などにはセシウムがたまっており、福島県と同様の状況にあるようです)。どちらの例でも言えることは、山に降ったセシウムが、川などを伝わって徐々に、下ってきており、その影響から、特に内水面の漁業は深刻な状況にあるということでした。セシウムの半減期等から考えると、このような状況はかなり長期間及ぶことが予測されます。福島における被害はずっと継続し続けるということを実感することができました。貴重な機会を与えていただいた福島県弁護士会へ感謝するとともに、福島県の被害の問題について、今後も私なりに何らかのお手伝いができたらと思っております。

毛利甚八さんが語る「弁護士のかたち」 ~5月22日定期総会記念講演のお知らせ~

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業務事務局長 知名健太郎定信(56期)

毎年、定期総会に先立ち行われる記念講演ですが、今年は、5月22日午後1時から、漫画「家栽の人」(小学館・1987~96)の原作者である作家の毛利甚八さんにご講演いただくことになりました。そこで、ここでは、簡単に毛利甚八さんのご紹介をさせていただきたいと思います。

1 毛利さんは、雑誌のライターとして生計を立てていた28歳のころ、ビックコミックオリジナルの編集長に声をかけられ、家裁の裁判官を主人公にした漫画の原作を手がけることになりました。法律的な知識がほとんどなかった毛利さんは、はじめて手にした六法に書かれていた「審判は懇切を旨として、和やかに行わなければならない。」(2000年改正前少年法22条1項)を文字通りうけとり、そこからあの桑田判事が生まれたのでした。

家事・少年事件という一見して地味なテーマを扱いながら、人間の本質を描くストーリー展開は、今見ても色褪せることはありません。また、裁判官や弁護士といった法曹関係者が読んでもまったく違和感のない正確な描写にも頭が下がります。まだ、読んだことがない方は、ぜひ講演の前にご一読されることをお勧めします。

余談になりますが、福岡県弁護士会所属の大谷辰雄弁護士、八尋八郎弁護士がモデルと言われる登場人物が出てくる点も、当会会員にとっては見所と言えるでしょう。

「家栽の人」が、司法というものを市民に分かりやすく伝え、身近なものにしたという功績は、非常に大きかったと言えます。

2 他方で、毛利さんは、自らが描いた「家栽の人」の世界と実際の裁判所のあり方のギャップに悩むこともあったといいます。

そのようななか、現実の裁判所がどういうところかを確認し、また、司法はどうあるべきかを訴えかけるため、毛利さんは、裁判官へのインタビューを中心とした「裁判官のかたち」(現代人文社・2002年)を書かれました。この他、自ら中津少年学院において篤志面接委員を務めている経験も踏まえて、「少年院のかたち」(現代人文社・2008年)なども書かれています。

3 法曹人口の増加や相次ぐ不祥事などにより、弁護士が置かれた状況は、「家栽の人」の時代から大きく変化しました。

このような時代のなかで、市民は弁護士をどのように見て、何を期待しているのか。また、弁護士は、市民の信頼を回復し、自分たちの活動を理解してもらうためにどのような情報発信をすべきなのか。

司法をわかりやすく市民に伝えつつ、他方で、司法がどうあるべきかを問い続けてきた毛利さんだからこそ、激動の時代におかれた弁護士が新しい「弁護士のかたち」を見つけるためのヒントをくれるかもしれません。

これまで日弁連や各弁護士会で、数多くの講演を経験された毛利さんですが、”弁護士”をテーマに講演をするのははじめての試みということです。ぜひみなさん、奮ってご参加ください。

<毛利甚八さんのその他の法律関連著作>

・漫画原作

「裁判員になりました」、同PART2、

同番外編(日本弁護士会連合会)

裁判員の女神(実業之日本社)

研修「DV被害及びDV被害者支援と法的処理の基礎知識」のご報告

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両性の平等に関する委員会
相 原 わかば(55期)

1 はじめに

去る2月14日、精神科医の佐藤真弓先生と、当会会員の松浦恭子先生に講師を務めていただき、表記の研修会を行いました。

これは、犯罪被害者の支援に関する委員会、両性の平等に関する委員会が共催して行ったものですが、当会が、平成25年度に実施を目指すDV被害者支援制度の相談担当弁護士名簿の登録要件とすることを予定した研修でした。なお、その後、DV被害者支援制度が正式に発足した後、当日の研修のDVD録画を上映する形で、改めて登録研修を実施することになっております(福岡部会で4月8日と17日に実施予定、他各部会にて実施予定)。

DVについては、2001年にDV防止法が実施された後、2度の改正を経ておりますが、行政機関における認知件数、裁判所への保護命令申立件数も増加しており、深刻な被害も後を絶たない状況です。DV被害が家庭内という密室で生じ、被害者が孤立させられがちであることに鑑みれば、まだ法的支援にアクセスできていない被害者の存在も少なくないと考えられます。このような現状から、当会では、DV被害者が法的支援にアクセスできるよう広報等を充実させると共に、上述のDV被害者支援制度として、保護命令を検討し得るようなDV事案について無料相談制度を創設すると共に、今回の研修を企画した次第です。

本研修では、松浦恭子先生から、「DVが問題となる事件の実務について」と題して、DV支援に関する行政・司法の制度と実務の現状を、佐藤真弓先生から、「DV被害への理解と留意点」と題して、DVの背景・被害者心理などにつき、ご講義いただき、この種事案に対応する上で大変実践的な内容でした。

2 DV事件の実務について

松浦先生のお話では、まず、相談時の留意点として、被害者の中には、正確に出来事を話せなかったり、どうしたいのか考えがまとまらなかったりする人も少なくないけれど、それこそがDVの影響と理解できるということです。

DVによって、支配されたり、尊厳を奪われた状態に置かれていると、自分の言うことや自分の考えを持つことさえ封じられてしまいます。また、ひどい目にあったのだから記憶している筈というのは正しくないこと、被害者は必ずしも別居・離婚を希望したり決意したりしてはいないかもしれないことに留意が必要です。

相談に当たる上では、被害者が安心して話ができるよう受け止めることが大切で、また、私達弁護士ら支援者にあたる者は、その人自身の意思決定のスピード、タイミングを大事にして、その人自身が持っている力で回復できるよう手助けするスタンスが必要ということです。また、相談者の安全な生活を確保することが大事で、殊に、居所等の情報の取扱いには注意を要するところです。

また実務では、法的手続の他、新たに健康保険に加入したり、世帯主に支給されていた児童手当等をつけかえたりする手続について相談されることが多々あります。これらについても、例えば、健康保険の場合には、配偶者(例えば夫)の健康保険の被扶養者から抜けて、新たに国民健康保険に加入するには、通常、被保険者(例えば夫)によって資格喪失証明書を得てもらわなければなりませんが、DV事案の場合には、行政の援助証明書を得ることで、被保険者の協力なしに手続ができます。また、児童手当は、離婚を前提とする別居事案では、受給者の付け替えができますが、児童扶養手当の方は、本来、「1年以上遺棄されていること」との要件が必要であり、このため多くは離婚後にしか受給できない実情にありました。しかし、平成24年の政令改正で、保護命令を受けた事案については、「保護命令確定証明書」をもって受給できる扱いになった旨教えていただきましたが、この点、あまり知られていないのではないでしょうか。

その他、保護命令制度の要件や運用実態のご説明と共に、申立人の居所などの情報の取り扱いを誤り、申立人を危険にさらすことがないよう配慮すべきポイントをご教示いただきました。

3 DV被害の理解について

佐藤先生からは、最初に、DVの本質・背景につき、お話いただきました。

重要なのは、DVが決して個人間の問題ではなく、それを生じさせ、助長させていく背景として、性別役割分業の強制、結婚に関する社会的通念(「結婚して一人前」)、世帯単位の諸制度、子どもをめぐる社会通念(「一人親はかわいそう」)、経済的自立の困難、援助システムの不備などがあるということです。

これらが、外部社会の状況が、社会装置として働いて、DVの様々な力と支配の形態―身体的暴力の他、心理的暴力、経済的暴力、性的暴力、子供を利用した暴力、暴力等の過小評価・責任転嫁、社会的隔離など―を支え、助長させていくとの指摘は、具体的で大変分かりやすい内容でした。
DVの形態につき、具体例を挙げれば以下のようなものです。

心理的暴力:いわゆる暴言の他、「あーいえば、こーいう」式で追いつめ女性が切れると攻撃する、欠点等を執拗に言い、言われた方が気が変になったのではないかと思わせる、罪悪感を抱かせる等

経済的暴力:女性が職に就いたり仕事を続けることを妨害する、家計管理を独占する、支出を事細かく問いただす等

性的暴力:望まない性行為、性欲を満たす対象とする、避妊に協力しない、子供に分かるのに性交を強要する等

子供を利用した暴力:母親として至らないと思わせ正当な権利や要求を封じ込める、子供に母親の悪を吹き込み子供に責めさせる、子供の前で暴力を振るい侮辱する、子供を虐待し(または虐待すると脅し)しかもそれを女性のせいにする、「子供を渡さない」と脅し別れる力をそぐ等、

暴力等の過小評価・責任転嫁:暴力の深刻度や女性の不安な気持ちを過小評価する、相手のせいにする、「お前が怒らせた」等

社会的隔離:仕事・社会活動を制限する、事細かく問う、会う相手の悪口を言ったり嫉妬心をむき出しにして女性の方から人に会うのを断念させる、行動制限の理由を愛情によると正当化する等

また、佐藤先生は、DVの理由は往々にして誤解されているとおっしゃり、「アルコールのせい、怒りが抑えられないせい、ストレスがたまっているせい、言葉で表現できないせい」等というのは間違いであると共に、DVが正当化される事由はないと指摘されます。DVが振るわれる理由は、加害者がジェンダーや人権に歪んだ価値観をもっていること、暴力を甘く見ていること、自分の感情が育っていないこと等だといい、実際の事案を通して実感されると言います。

そして、DV被害者は、何をしても無駄だと学習し、自分が無価値なものと洗脳される結果、本来その人に備わっていた筈の諸々の力が奪われます。また、時にPTSDにみられる症状に悩まされるといいます。

さらに佐藤先生は、DVは子供に深刻な影響を及ぼすことにつき、児童虐待防止法が、DVの目撃も心理的児童虐待に当たる旨定めていることを挙げて強調されました。人格の成長に不可欠な安全・安心・安定が決定的に不足すること、自尊感情が不十分な大人になること、加害者の価値観や行動を学習したり、被害者を見下したり、自分の安全との選択を迫られたりし、長期的に深刻な影響があるといい、現在の実務で監護者や親権者の判断においてDVが過小評価されているのではとの疑問も示しておられました。

そして、支援者に必要なことは、「それはDVで、あなたは被害者である。NOという権利がある。しかし、何事もあなたの決断を待ってから。一緒に考えていきましょう」というスタンスであり、「支援者が最善の方法を考えてあげる」のではないということです。この点は、松浦先生のお話にも出ていましたが、被害者の立場を理解して、無力化された被害者が自分自身の力に気づき、取戻していくことを支援する、回復の方向、スピード、方法を選択するのは被害者自身だということです。

佐藤先生には、時間の関係で全てをご説明いただくことができませんでしたが、大変詳しいレジュメをご用意いただいております。

4 研修を終えて

私自身も、DV事案を扱っていますが、今回の研修は、本質を言い当てて、よく整理していただいており、大変分かりやすい内容でした。

DV事案では、相手方への対応は勿論、情報管理や依頼案件以外の付随事務に神経や労力を使いますが、被害者の心が定まらなかったり、話にまとまりがなかったりして苦労することも少なくありません。そんな風に苦労して支援しても、加害者の下に戻ってしまう例も中にはあります。が、何度も躊躇して、ようやく踏み出せる一歩があります。私達弁護士は、「こんなことで相談していいのか」「私の話なんか聞いてもらえるのか」という不安のトンネルを抜けて、やっとたどり着いた「支援機関」です。その決意に敬意を払うと共に、もし本人が事態の打開を決意できなくても、望む時にはいつでも支援の手があることを知ってもらうことが大切です。また、DVの背景となる価値観につながる言動を不用意にしていないかどうかも注意しなければなりません。

また、DV事案は苦労も多いですが、両先生が述べておられたとおり、被害者自身が力を取り戻していく過程に立ち会うのは、感動を覚えますし、やりがいがあります。

DV被害者支援制度に登録していただくと否とにかかわらず、本研修を多くの会員に受講していただければ幸いです。

ADRの更なる活用を 〜久留米法律相談センター20周年によせて

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元・筑後部会紛争解決センター運営委員会委員長
富 永 孝太朗(54期)

これは、先日行われた久留米法律相談センター20周年記念パーティーにて配布した冊子に掲載されたADRに関する文章を修正した上で再掲したものです。

1 はじめに

福岡県弁護士会が行うADR手続は、代理人弁護士による申立て以外は、弁護士による法律相談を前置すること(弁護士による紹介状の作成)を要件としており、その意味では、法律相談センターこそがADRの窓口的機能を果たしていると言っても過言ではありません。

本稿は、筆者の経験に基づいた福岡県弁護士会久留米紛争解決センターにおける解決事例を紹介するとともに裁判所における民事訴訟あるいは民事調停とは異なる弁護士会ADRの存在意義を踏まえ、法律相談センターの更なる発展と共に弁護士会ADRの理解と活用をお願いすることを目的とするものです。

2 久留米紛争解決センターにおける解決事例

ADR手続における弁護士と紛争解決を望む当事者との関わりは、(1)本人申立を前提に紹介状を作成する。(2)申立代理人としてADRを申し立てる。(3)相手方代理人として応諾し、手続に関わる。(4)仲裁人弁護士として手続を主宰する。といったものに概ね分類されます(ただし(4)の類型は、仲裁人弁護士候補者となっている弁護士に限ります)。

(1)の類型については、紛争の金額が低廉で弁護士に依頼するのは費用対効果の点から適当ではない反面、相手方も何らかの形で解決を希望することが窺われる紛争で解決した例が見られました。筆者が紹介状を作成した事例では、婚約不履行や共同事業の不履行などの紛争において、数10万円の解決金の支払で解決したものがありました。

(2)の類型については、筆者が関与した事例として、マンション建物新築工事において既に入居が始まった後に配管に瑕疵が判明し、その瑕疵修補及び損害賠償請求を求めてADRを申し立てたという事例がありました。この手続では専門委員として1級建築士の関与の下、補修箇所を特定し、多数回の期日を設けて、入居者への説明や補修方法などを慎重に協議して進め、概ね納得の行く瑕疵修補を完了させることが出来ました。他には、ある食品工場の機械に挟まれ指が損傷するという労災事故の被害者の代理人として損害賠償を求めてADRを申し立てた事例もありました。この事例の主たる争点は、事故態様に伴う過失相殺割合でしたが、速やかに相手方代理人とともに事故現場に赴き、状況を確認することができたことにより、短期間で解決を見ることが出来ました。

(3)の類型については、内縁の妻と戸籍上の妻との遺産に関する紛争に関して相手方代理人として関与し、解決を見ました。相手方代理人として関与する場合には、相手方本人に十分にADR手続の内容、特に解決した際の成立手数料の負担を要することを説明し、納得を得る必要があります。

(4)の類型としては、いわゆる上司によるパワハラ・セクハラによる損害賠償を求め申し立てられ、相手方が一定の解決金を支払うことで解決した事例があります。被害を受けたとする申立人の話を十分な時間を取って耳を傾け、共感をすることにより、当初は当事者双方の解決金額に大きな開きがあったのですが、解決を見ることができました。ADR手続では、パワハラやセクハラといった当事者双方共に公開を望まない紛争の解決事例も多く見られます。

3 ADRの存在意義

裁判所における民事訴訟は、全ての紛争を解決に導くことの出来る万能の手続ではありません。訴訟手続では、1回の期日に十分議論が出来る時間を取れず、その厳格な手続から、証拠が限定され、その紛争の実態を正確に把握して貰うまでに多くの時間や費用を要することも少なくありません。高度に専門化された紛争であれば、より一層時間と費用が必要となるでしょう。また、公開したくない紛争には、民事訴訟は馴染みません。

また、民事調停もADRの一類型であり、裁判所における簡便な紛争解決手続という意義は十分に認められます。もっとも特に複雑な紛争に関しては、紛争解決の専門家である弁護士の方が速やかに紛争の実態把握をでき、期日の設定や解決内容の柔軟性からすれば、紛争の性質や規模、当事者の関係性によっては、民事調停よりもADR手続が適している紛争が少なからずあると考えられます。

さらに、この点はあくまで私見ですが、民事訴訟は、一度提起してしまえば、事実上、その結論が好むと好まざるに関わらず判決という形で決着を見てしまう不可逆的な手続であるのに対し、ADR手続は当事者が合意しなければ、結論を見なくても良いという中間的な手続であるところも長所ではないかと考えます。当事者間の交渉が捗らないときに直ちに訴訟提起をするのでは無く、仲裁人という中立的第三者を挟んだ上での交渉という選択もありますし、訴訟となった場合でも争点整理機能も果たすことになります。

2で概観した解決事例のような民事訴訟及び民事調停手続による解決に適していない紛争、さらにはADR手続の方が迅速かつ円満な解決が期待される紛争が存在するというのがADRの存在意義であると思います。

4 最後に

ADR手続は、民事訴訟や民事調停手続とは存在意義を異にする有益な紛争解決手続であるということが本稿をその窓口的機能を果たす法律相談センターを支える多くの皆様(特に法律相談を行う弁護士)に認識して頂ければ幸いです。

更なるADRの活用を切に望みます。

給費制市民集会についてのご報告

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会 員 菰 田 泰 隆(65期)

1 去る平成25年1月19日土曜日、福岡県弁護士会館にて司法修習生の給費制に関する市民集会が開催されましたので、その反響の大きさについて会員の皆様にご報告させていただきます。

まず当日は、千綿俊一郎先生から給費制に関する法改正の経過や現在の議論状況について基調報告がなされた後、初めて貸与制での司法修習を経験した新65期会員である私菰田泰隆、高松賢介先生、國府朋江先生から貸与制における司法修習の実情等を報告させていただきました。加えて、弁護士を目指したきっかけや給費制に対する想いについて、馬奈木昭雄先生、椛島敏雅先生、下村訓弘先生、九州大学法学部生の安井あんなさんによる、リレートーク形式での貴重な体験談などをお話しいただきました。そして最後に、羽田野節夫先生、平田広志先生、高松賢介先生によるパネルディスカッションが行われ、給費制の意義やあるべき制度論、市民に理解して欲しい点等が活発に議論されました。会場には、一般の方々だけでなく、国会議員や議員秘書の方々、テレビ局関係者や新聞記者の方々、他県のビギナーズネット会員の方々等、参加者は100名を超え、給費制に対する関心の高さに驚かされるばかりでした。

2 中でも私が最も印象に残ったのは、以下の2点です。

第1に、今回の市民集会全体を通じて強調されてきた統一司法修習の重要性です。国民の権利保護を司る司法が適正な裁判を行うためには、その裁判過程や判決に至る論理を十分に理解した法曹三者による適切な訴訟追行が不可欠です。それはつまり、法曹三者同士がいかなる思考過程を経て訴訟を追行するのか、互いにいかなる点に重点を置いた訴訟活動を行っているのかを知り、互いの行動原理を共通理解としなければ成り立たないものです。そこで、長年続く統一司法修習は、司法試験合格者全員に対して法曹三者すべての行動原理を学ばせるために、統一した実務修習制度を用意しているのであり、これが現在の司法制度の根幹を成していると言っても過言ではないでしょう。そんな中で給費制廃止の議論から発展して、貸与制での司法修習が困難であるならば、統一司法修習自体を廃止し、法曹三者ごとで個別の研修を行えばよいとの議論が発生していることも事実です。今回の市民集会では、全体を通じて統一司法修習の重要性が説かれ、給費制廃止の議論が統一司法修習という司法制度の根幹にかかわる問題であることが浮き彫りになったという意味で、他に類を見ない市民集会を開催することができたと実感しております。

第2に、市民集会終了後、マスコミ各社が新66期である現司法修習生から詳細なインタビューをとっていた事実です。後にマスコミの方々から聞いたお話では、記者の方々も給費制廃止について関心はあったものの、司法修習の実情や統一司法修習の意義など、司法修習自体についての理解はあまりなく、「私たちが記者として関与していてもこの程度の知識・理解しかないのだから、市民のみなさんは司法修習というものを理解するどころか、存在すら知らない方が多数を占める。そんな状況下で給費制廃止の議論を進めても、適切な結論が得られるわけもなく、その前提知識を伝えることが私たちの役目なのだから、生の声を伝えて行きたい。」とおっしゃっていました。私たち法曹の情報発信能力には限界があり、マスコミなどの力を借りなくては私たちの意見を世論に反映させていくことは不可能です。そんな中で、法曹関係者だけでなく、マスコミの方々が市民集会に参加した結果として危機感を抱いてくださったことは、給費制復活に向けた極めて大きな前進であると感じました。

3 以上のとおり、部分的な紹介にとどまりましたが、今回の市民集会は今後の給費制復活議論を進めていくにあたって、極めて大きな影響を与えることができたと実感しております。今後も、司法修習の重要性や実情を市民のみなさまに広く知っていただく機会を設け続け、少しずつでも給費制に対する理解を得ていく地道な活動を続けて行く必要があると思われます。

会員の皆様方におかれましては、これから後に続く後輩たちが司法修習に専念できる環境を整えるため、これからも給費制復活に向けた活動にお力添えをお願い致します。

福岡県弁護士会 〒810-0044 福岡市中央区六本松4丁目2番5号 TEL:092-741-6416

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