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朝見行弘会員内閣総理大臣表彰記念講演会 ~茶のしずく石鹸訴訟における実務と研究の架橋~

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消費者委員会 是枝 秀幸(60期)

昨年5月、当会の朝見行弘会員が、2021年度消費者支援功労者表彰の最高賞となる内閣総理大臣表彰を授与されました(福岡県内初の表彰)。

そこで、令和4年2月23日(祝)、福岡県弁護士会会館において(zoom併用)、福岡県弁護士会主催の記念講演会が開催されました。

藤村和正会員と中村啓乃会員が司会をしました。

1 経歴と表彰

朝見会員は、当会会員であるとともに、久留米大学法学部教授、特定非営利活動法人消費者支援機構福岡(CSO福岡)理事長でいらっしゃいます。

弁護士としては、茶のしずく石鹸訴訟等の製造物責任訴訟に関わられており、僭越ながら私も被害者弁護団にて約10年間ご一緒しました。

表彰に関する主な活動実績は次のとおりです。

  • 消費者法の専門家として、消費者契約法、製造物責任法等の法制度の研究や大学で講義を通じて消費者保護の法理論確立や人材育成に尽力。
  • 福岡県消費生活審議会の会長として、第1次及び第2次の福岡県消費者教育推進計画の策定等に尽力し、消費者行政の推進に寄与。
  • 消費者庁消費者安全調査委員会の委員として4年間(第2期及び第3期)にわたり、様々な事案について消費者安全のための原因究明に貢献。
2 会長挨拶と祝辞

記念講演会では、まず、伊藤巧示会長から、朝見会員の製造物責任法等の研究や消費者被害防止の活動を讃えるご挨拶をいただきました。

次に、九州産業大学岡田希世子准教授や当会黒木和彰会員から、祝辞をいただきました。

岡田准教授は、朝見会員から、福岡大学大学院で指導を受けていたそうですが、いつも印象に残っていた言葉が「外に行きなさい」「現状を知らないとダメだ」という現場主義だったそうです。

黒木会員は、朝見会員とは、黒木会員が日弁連の貸金業の金利規制に関する調査で2001年に米国に行く際、朝見会員へコーディネーターをお願いしてからのご縁ということでした。

お二人の祝辞の後は、消費者庁を始めとする様々な団体からの祝辞が披露されました。

3 朝見会員の記念講演

朝見会員からは、参加者へ、これまでの活動に関する講演と感謝の言葉をいただきました。

  • 元々は大学人・研究者
    朝見会員は、名古屋大学大学院修士課程終了後、1979年~80年に米国留学をされたそうです。
    当時、森嶌昭夫教授の指導の下、環境法を研究しており、学部時代は四日市ぜんそくの住民調査に、米国留学中は米国で行政訴訟となっていた湿地保護の現地調査に、取り組まれていたそうです。
    そんななか、米国留学中にシカゴで弁護士の集まりがあるということで参加してみたところ、それが製造物責任のシンポジウムだったそうです。
    今の我々にとっては製造物責任やその無過失責任は最早当たり前の考え方ですが、1979年当時はとても突拍子のないものに感じたそうです。
    そして、民事陪審制度やディスカバリー等、日本と米国で訴訟手続が大きく異なることから、面白いと思い、米国法にのめりこんでいったそうです。
    とはいえ、当時は今と違い全てが紙媒体であり、じっくり読むのは帰国後にしようと考え、朝見会員は、環境法の研究の合間に、毎日夜遅くまで図書館であらゆる文献をコピーする毎日だったそうです。
    そんな朝見会員も、当時どうしても欲しくてNYの古本屋で買った書籍があり、「Restatement 2nd」という本(米国で異なる内容の各州の法律の共通ルールをまとめた書籍)だそうです。この本は今でも大切に持っているそうで、勝手ながら朝見会員の青春時代を仄かに感じ取れるお話でした。
  • 製造物責任法への立法提案「実質的製造業者」
    朝見会員は、帰国後、大量のコピーを持ち帰り、製造物責任を研究するようになったそうです

    しかし、1975年に我妻栄博士を中心とする製造物責任研究会が「製造物責任法要綱試案」を発表した程度で、1980年前半は日本国内で無過失責任である製造物責任に関する学者は少なかったそうです。
    それでも研究を続けていたところ、1985年のEC指令により製造物責任法制定の機運が高まりました。
    そして、私法学会も1990年のシンポジウムで製造物責任を取り扱うことになり、朝見会員もパネリストとして参加したそうです。
    その後、シンポジウムの内容を取りまとめて立法提案をしたそうですが、そこで、朝見会員たちは、責任主体について、「表示製造業者」に加えて「実質的製造業者」についても、提案したそうです。
    当時、たくさんの立法提案がなされていたそうですが、この提案は他にはないもので、「表示製造業者」だけでは責任主体から逃れられてしまうことを防ぐために「実質的製造業者」を加えたそうです。
    その後、朝見会員は立法担当者へ助言をする等、製造物責任法の成立に関与したそうです。
    このようにして、製造物責任法の2条3項3号に、実質的製造業者の規定も盛り込まれました。
  • 茶のしずく石鹸訴訟と弁護士登録
    製造物責任法の成立は、当時、ニュース等で華々しく取り上げられたそうですが(余談ですが、当時中3だった私も通学時のラジオで製造物責任法施行のニュースが流れたことをよく覚えています。)、その後、特に大きな事件もなく、学者の関心も薄れるなか、朝見会員は研究を続けていたそうです。
    2011年5月、茶のしずく石鹸の小麦アレルギー誘発問題が大きく取り上げられると、平田広志会員から朝見会員へ連絡があり、朝見会員が弁護団へアドバイザーとして参加することになり、弁護士として参加すべきだろうということになり、朝見会員は大学の許可を得て10月に当会会員となりました。
    ちなみに、弁護団に参加した当初は、言いたいことを理論構築するという研究者のスタンスと、勝つための理論構築をするという弁護士のスタンスの違いに、戸惑いもかなり大きかったそうです。
    茶のしずく石鹸訴訟について、差し支えない範囲で紹介すると、販売業者の製造業者性も一応争点になっていたのですが、販売業者が自身を製造業者として表示せずに販売した製造物についても、朝見会員が立法提案した「実質的製造業者」のおかげで、特段問題なく、製造業者性が認められました。
    朝見会員は、来年古希とのことですが、今後は、デジタルプラットフォーマー(DPF・要するにamazon等)の製造物責任に関して研究・活動していきたいとのことで、研究意欲はつきないようです。
    その他にもご紹介すべきお話はまだ沢山あるのですが、紙面の都合で割愛させていただきます。

福岡県弁護士会 朝見行弘会員内閣総理大臣表彰記念講演会 ~茶のしずく石鹸訴訟における実務と研究の架橋~

朝見先生

4 花束贈呈と閉会

記念講演会終了後は、司会の中村啓乃会員や、茶のしずく石鹸訴訟の事務局長の鳥居玲子会員から、朝見会員へ、花束が贈呈され、閉会しました。

コロナ禍で朝見会員のお好きな祝賀会はお預けになりましたが、刺激的な内容の記念講演でした。
今後も、研究者と実務家を架橋する存在として、朝見会員のご活躍とご健勝を祈念いたします。

福岡県弁護士会 朝見行弘会員内閣総理大臣表彰記念講演会 ~茶のしずく石鹸訴訟における実務と研究の架橋~

花束贈呈

福岡県弁護士会 朝見行弘会員内閣総理大臣表彰記念講演会 ~茶のしずく石鹸訴訟における実務と研究の架橋~

創業支援セミナーについてのご報告

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中小企業法律支援センター 小林 由佳(73期)

■概要

令和4年1月27日、福岡市スタートアップカフェ、日本政策金融公庫、福岡県弁護士会の三者共催で、福岡市スタートアップカフェにて「創業したいけど、どうしたらいいの?」というタイトルで、オンライン創業セミナーを開催しました。

それぞれ違う視点・役割で創業支援を行っている機関・団体が一堂に会して得意分野をまとめてお伝えしたら情報が詰まった面白い企画になるのではないかという趣旨で企画されたものです。

本稿では当日の様子についてご紹介します。

■講演

福岡市スタートアップカフェからは、「起業相談から人材マッチングまで」というテーマで、スタートアップカフェの機能についてご紹介いただきました。

毎日の起業相談だけでなく、従業員雇用を希望するスタートアップ企業とスタートアップ企業への就労を希望する人材とのマッチングサービスまで行っており、創業者の方はスタートアップカフェに行きさえすれば、ワンストップで創業までのサポートを受けられます。

日本政策金融公庫からは、「創業計画書を作成する目的は創業者自身のため?」というテーマで、創業時のアイディアを創業計画書に具体化していく際のポイントについてご講演いただきました。

創業計画書といえば、金融機関から融資を受けるために、淡々と事業内容や企業の収益の見込みなどを記入して作成するもの、というイメージがおありかと思います。

しかし、創業計画書を作成していく過程においては、資金繰りや事業の見通しといった点だけでなく、創業動機、事業経験の有無・内容、事業のセールスポイントについても検討する必要があります。

この検討作業をしていくなかで、創業者自身が考える事業構想を整理し、事業化するための課題と「やるべきこと」を明確にすることができます。

このように、創業計画書作成の目的は単に資金調達のためだけではなく、創業者自身が立ち上げた事業を確実に継続していくためのアイディア整理のためにもある、とのことでした。

弁護士会からは、私が登壇させていただき、「トラブル未然防止の重要性」というテーマで、法的な観点から創業時に注意していただきたいポイントや、創業前から弁護士に相談するメリットについて、具体的な事例を交えつつご紹介しました。

福岡県弁護士会 創業支援セミナーについてのご報告

司会は牧智浩先生にご担当頂きました。

■クロストーク

講演を終えた後、三者で

  1. アイディア出し・アイディア整理
  2. 創業計画書とトラブル防止

という2つのテーマからクロストークを行いました。

福岡県弁護士会 創業支援セミナーについてのご報告

クロストークの様子

■創業者の方に是非おすすめしたいもの
○創業計画書の書き方について

日本政策金融公庫が作成している「創業の手引」は、創業計画書の記入例だけでなく、創業時のアイディア整理の方法や、創業時の基礎知識についてもまとまっているので非常におすすめです。

さらに、日本政策金融公庫の公式HPには、業種ごとに創業計画書作成時のポイントをまとめたものが掲載されています。

創業を志す方が身近にいらっしゃる場合には、ぜひその方へおすすめしていただきたいです。

○グレーゾーン解消制度について

グレーゾーン解消制度とは、現行の規制の適用範囲が不明確な具体的事業計画について、予め規制の適用の有無を確認することができる制度です。経済産業省のHPで確認できます(「グレーゾーン解消制度 経済産業省」で検索するとすぐに出てきます。)

トラブル防止の観点から、弁護士に事前に相談することに加え、こういった制度を活用することも有用です。

■最後に

今回はコロナウイルスの影響でオンラインのみでの開催となりましたが、今回のセミナーやスタートアップカフェで開催されている無料相談会を通じ、創業者の方々に少しでも弁護士を身近に感じていただけたら嬉しく思います。

中小企業法律支援センターだより「公庫の融資課長が語る決算書から見るコロナ禍における中小企業の実情と今後の展望」研修報告

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中小企業法律支援センター 委員 泊 祐樹(68期)

1 はじめに

令和3年12月22日、日本政策金融公庫福岡支店国民生活事業融資第三課長の中嶋康夫様を講師にお招きし、「公庫の融資課長が語る決算書から見るコロナ禍における中小企業の実情と今後の展望」と題する研修を開催しました。

コロナ禍を考慮し、ライブ(県弁護士会館2階大ホール)とZoom併用で実施したところ、会場18名、Zoom39名、合計57名の会員にご参加いただきました。

本稿では、講演の内容のうち、コロナ禍における日本政策金融公庫の取り組みや融資実務における中小企業の決算書の着目ポイントなど、皆様に有益な情報を共有させていただきます。

2 日本政策金融公庫の概要

講演の冒頭で、日本政策金融公庫の紹介がありました。

日本政策金融公庫は、株式会社日本政策金融公庫法に基づいて設立された、財務省所管のいわゆる「政府系金融機関」の一つであって、全国に152支店を有し、現在117万先にのぼる小規模事業者に融資をしています。

国民生活事業の1先あたりの平均融資残高は1008万円で、小口融資が主体となっているそうです。

福岡県弁護士会 中小企業法律支援センターだより「公庫の融資課長が語る決算書から見るコロナ禍における中小企業の実情と今後の展望」研修報告

公庫中嶋課長講演

3 新型コロナウイルス感染症関連融資の状況

続いて、新型コロナウイルス感染拡大に関連する日本政策金融公庫の取り組みについて報告がありました。

新型コロナウイルス感染症関連の融資は、令和3年9月末日時点で約93万件、約16兆円にまで及んでいるそうです。これは、リーマンショックの影響を大きく受けた平成21年度の年間実績を大きく上回る水準であるとのことでした。

福岡県の融資決定件数についても、令和2年4月(単月)には9389件であったのが、令和3年8月の累計件数では4万6464件にのぼるなど、急激な増加を見せています。

4 急増する相談への対応状況

日本政策金融公庫では、新型コロナウイルス感染症の影響を受けた事業者からの融資の申し込みの急増に対応するため、通常の業務体制では対応できず、定期人事異動の凍結(引き継ぎ等による業務の遅滞を防止するため)、OBの採用に始まり、休日電話相談、提出書類の簡素化、審査手続の簡略化など、特別の対応を行わざるを得なかったとのことです。

また、HPに特設ページを開設し、動画を活用してオンライン案内を拡充したり、来店希望の場合は事前予約制を導入したりするなどして、支店自体が密にならないようにする対応にも力を入れたそうです。

福岡支店では、コロナ禍前の通常時に抱えていた案件の、実に10倍以上の件数を各担当者に割り振られることになり、皆様非常に忙しい日々を過ごされたと聞き、新型コロナウイルス感染拡大による融資現場の状況について、臨場感をもって知ることができました。

福岡県弁護士会 中小企業法律支援センターだより「公庫の融資課長が語る決算書から見るコロナ禍における中小企業の実情と今後の展望」研修報告

公庫中嶋課長講演

5 融資決定のための決算書の着目ポイント

多忙を極める中、日本政策金融公庫としては「速やかに」融資希望者の決算書に目を通し、経営実態を掴み、融資を決定するということがより求められていたそうです。

本研修では、損益計算書や貸借対照表の具体的にどこをチェックしているのかということを、事案が特定できないよう工夫したうえで具体的な資料に基づき、解説いただきました。私が代わりに説明するにはハードルが高すぎるので、中嶋課長が指摘した「ポイント」だけ説明いたします。

  1. 単純な売上だけでなく、減価償却費や役員報酬などにも着目し、「法人・代表者一体の収益力」を確認するようにしている。
  2. 売上が増減している場合、その原因が価格設定の変動にあるのか販売方法や販売量の変更にあるのか等、事業者に質問して具体的に確認するようにしている。
  3. 経費が増減している場合、その原因が、販促費・従業員数(人件費)・店舗数の変更等、どこにあるのか、事業者に質問して具体的に確認するようにしている。
  4. 財務状況を確認する上で一番重要視するのはやはり「現預金」。1カ月の売上(月商)程度(理想は2カ月分以上)の残高があるかを確認している。
  5. 現預金に、架空の現金が計上されていないかを確認するようにしている(ここでの粉飾が多い)。
  6. 売掛金について、不良分の計上があったり、前倒しで計上されているものがあったりしないかを確認するようにしている。
  7. 借入金について、事業規模に比して過大な借り入れをしていたり、高利の借り入れをしていたりしないかを確認するようにしている。
  8. 売上高及び仕入高を月単位に変更したうえで、各勘定を月商で割って指数化し、前期・前々期と比較して大きく変動している科目には注目するようにしている。併せて、推定有高との整合性がない科目にも注意している。
6 倒産動向

福岡支店が担当している事業者における、令和3年4月から11月までの(広義での)倒産件数は86件とのことです。これは前年度と比較して約2割増の水準だそうです。

つまり、現状において、倒産件数が(増加傾向にはあるものの)顕著に増えているというわけではないそうです。

ただし、これにはコロナ禍であることを理由に据置返済(元金の返済はストップして利息のみの返済だけとする方法)を認めていることなどが大きく影響しているそうで、このままコロナ禍が続くと、据置返済期間も終了し、倒産件数が増加してしまうのではないか、という懸念があるとのことでした。

7 日本政策金融公庫の現在の取り組み状況

日本政策金融公庫では、利用者の増加に対応するため、電話で簡単に融資相談や事業継続・成長支援を行ったりする等、コロナ禍での経験を生かした新しい支援を実施しているそうです。オンライン面談やインターネットでの融資申し込みを受け付けるなど、デジタル化の推進も進んでいます。

また、創業・事業承継支援、新型コロナ資本性劣後ローンの推進をすべく、セミナーを開催したり民間金融機関への制度周知に尽力していたりするそうです。

8 おわりに

弁護士として、日常の相談や受任段階で決算書に目を通す機会があると思いますが、その際にどのような視点で精査・検討するかが重要です。今回中嶋課長より融資担当者が着目するポイント、すなわち当該決算を行っている事業者の財務状況(現在そして将来性も含めて)を把握するために見るべき箇所をご教示いただき、大変勉強になりました。

最後になりましたが、中小企業法律支援センターの幽霊委員であった私にマリンワールド水族館にて気さくにお声をかけていただき当日の司会まで任せていただきました池田耕一郎先生、私の復帰(?)を温かく迎え入れてくださいました牧智浩委員長、準備段階から当日まで細やかなご配慮をいただいた松村達紀先生、井川原有香先生をはじめとした委員の皆様、ありがとうございました。

虐待の違法と予防の違い ~ 経済的虐待の裁判例を題材にした「あいゆう研修」レポート

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高齢者・障害者委員会 委員 野中 嵩之((73期)

1 研修概要

令和3年11月26日、高齢者・障害者委員会主催(日弁連との共催)の「あいゆう研修」を福岡県弁護士会館(ZOOM併用)にて実施したのでご報告いたします。

本研修は二部構成で行い、前半は「近時の高齢者・障害者虐待に関する裁判例の紹介」と題して裁判例の紹介、後半は「ケーススタディディスカッション」と題して行政の不作為が第1審で違法とされた裁判例を題材にパネルディスカッションを行いました。

前半は、当委員会の委員である郷司佳寛先生に講演いただき、後半は上記裁判例の原告側代理人である齋藤真宏先生、社会福祉士の小幡秀夫様、当委員会委員松澤麻美子先生にパネルディスカッションをしていただきました。

2 第2部の概要

(1) 第2部では、滋賀県近江八幡市での裁判例(大津地裁平成30年11月27日判時 2434号3頁)を題材に、議論は進みました。
テーマは、「どうすれば虐待を防げるか≠どうすれば違法にならないか」、つまり裁判における事後的な違法判断ではなく、行政的な視点での事前予防策に視点をあてた研修でした。

(2) 上記裁判例の事案の大枠は以下です。交通事故で夫が事故に遭い、重度の後遺障害を負いました。夫婦は新婚で、第1子ができた矢先の事故でした。その後、妻から夫に対する虐待が疑われるようになり、交通事故に伴う多額の賠償金が入金されてからは、1年に約1300万も支出があるということが2年連続確認されています。また、ある弁護士が保佐申立てをしていたにもかかわらず、上記の明らかに不自然な支出に気付くことはできませんでした。

3 第2部のディスカッションで学んだこと
(1) 違法と予防の視点の違い

上記裁判例では、行政の不作為が違法と認定されたのは相当後の時点でした。その上、第2審では行政の対応に違法はなかったとすら判断されています(現在、最高裁に上告中です。)。このように、違法となる時期は遅くなる傾向にあると感じる一方で、いかに虐待を防ぐかの視点では相当早期の段階で対策を打つべきとの議論がなされました。

とくに、社会福祉士の小幡様は、原告本人(夫)が施設に入るも「家族が面会に来ない」「(交通事故の保険から休業補償が入ったのに)利用料が滞っている」という段階から、行政としては介入すべきであったとします。行政による権限行使というハードなものではなく、子育て支援に寄り添うソフトな対応を早期のうちにしていれば結果は違ったかもしれないとのことでした。

虐待というと、どうしても「悪者」として責任追及すべき対象と捉えがちですが、本件の妻も子供ができて子育てが大変となった直後に夫が重度の後遺障害を負っており、不安でならなかった、そんな孤独の中で行政等の支援すらもなければどうなるのか。このようなことを考えさせられた議論でした。

(2) 経済的虐待の難しさ

また、上記裁判例では明らかに不自然な多額のお金の支出が2年連続で行われていますが、小幡様は身体虐待やネグレクトと比べると経済的虐待は少ない印象であるとご指摘したように、経済的虐待自体、他の虐待類型とはまた違う難しさがあるのかもしれないと感じました。

原告代理人の齋藤先生は、この頃の行政の不作為について当時の福祉課が証人尋問で「家庭によって経済的事情は違うので、一概に経済的虐待と判断することは難しかった」と聞き取ったことを受けて、「家族にはスタイルあるからと言って、月100万円を使うことも許容されるのか?」と疑問を呈されていました。まさに、経済的虐待では、この問題にいかに向き合うかという難しさがあるのではないのでしょうか。

今後の経済的虐待を考えるにあたってのひとつの視点にもなるかもしれません。

(3) 保佐人としての姿勢

上記裁判例の事案では、保佐人として弁護士が関与してたにもかかわらず上記の不自然な金銭の動きに気付くことができませんでした。

齋藤先生は、当該保佐人は原告本人の顔も見ていないとのことで苦言を呈されていました。この話を聞いて、弁護士である自分も決して他人ごとではないと肝を冷やす思いをしました。

虐待に興味がないとしても、たとえば後見人として知らず知らずに経済的虐待にある種加担することもありうる。このことは、たとえ興味がないとしても知るべきことがある、また今後経済的虐待など議論が進むに従い知識を補充していくべきではないかと思いました。

4 おわりに

普段、弁護士の業務上も裁判例は数多く目にしますが、本研修のように専門家の方や実際に関与された代理人の先生からのコメントや知見を踏まえ、予防の視点で裁判例を読み解いたことは私自身初めての経験で、非常に刺激のある研修内容でした。

経済的虐待の問題、これを取り巻く行政、家裁、弁護士などの各専門家がいかに考え関与していくのか。そして、いかにして虐待を予防していくか。虐待自体に興味がない方でも知るべきことがあること。
私自身、これらの問題について弁護士人生を通して考えていきたいと思います。

シンポジウム「誰もが幸せになれる学校」

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LGBT委員会 委員 井口 奈緒子(72期)

1 シンポジウムの概要

2021年11月7日、福岡県弁護士会主催のシンポジウム「誰もが幸せになれる学校」がオンラインで開催されましたので、ご報告いたします。

本シンポジウムは、LGBTをはじめとするセクシャル・マイノリティ(性的少数者)を筆頭に、世の中の差別や偏見から子ども達を守り子ども達が前向きに、自分らしく生きていく事ができる社会の実現を目指して開催された「九州レインボープライド2021」というイベントの一環として行われました。

前半では、パネリストの皆さまより、それぞれの立場から、制服をはじめとする校則をテーマにお話しいただきました。後半では、中学校教務主任である明石浩司さんより、フィンランドでの学校教育について、海外派遣研修での経験談をもとにお話しいただきました。

オンラインでの開催ではありましたが、41名の方にご参加いただきました。教師の方、中学生やその保護者の方、子ども関係のNGOの方など幅広い層の方々にご参加いただき、盛況となりました。

2 パネリストのご紹介

本シンポジウムでは、後藤富和弁護士を進行役として、Proud Futures共同代表の小野アンリさん、LGBTの家族と友人をつなぐ会in福岡の中島みつこさん、福岡市立東住吉中学校教務主任の明石浩司さん、福岡県弁護士会校則PT座長の佐川民弁護士にパネリストとしてご登壇いただきました。

3 選択制標準服の課題

まず、ProudFutures共同代表の小野アンリさんより、選択制標準服についてお話しいただきました。

女はスカート、男はズボンという固定概念が、LGBTをはじめとするセクシャル・マイノリティの子ども達に甚大な精神的ストレスを与え、学校に行くことを難しくさせている現状があります。そこで、選択制標準服の導入が検討され始め、福岡県内の中学校でも導入する動きが広がっています。

しかし、アンリさんによれば、今はまだ過渡期であるとのことでした。就学前の段階や小学校では変化の風が吹いていないこと、導入されている標準服は限定的な選択制であること等がその理由です。

選択制標準服では、女子がスラックスを選べるようになっていますが、選択制といいつつ「男子」がスカートを選ぶことのハードルは高く、そもそも選ぶことを想定していない学校もあり、限定的な選択制にとどまっていること、また、「女子」がスラックスを選ぶことについても偏見が残っていることなどをお話しいただきました。

一般社会において、トランスジェンダーであってもなくても、女性が毎日スカートを履いているわけではありません。学校のシステムは、子ども達の価値観の形成に大きな影響を与えることから、大人側で門戸を閉ざさないこと、凝り固まった頭をほぐすことが何より重要であると教えていただきました。

福岡県弁護士会 シンポジウム「誰もが幸せになれる学校」

4 男女分けの現状

LGBTの家族と友人をつなぐ会in福岡の中島みつこさんには、就学前の幼稚園や保育園、小学校で気になる男女分けについてお話しいただきました。

小学校では、水筒を置いておくかごを男女で色分けしたり、「ちゃん」「くん」などの呼称、発表会の出し物、運動会での催しを男女で分けており、ありとあらゆる場面で男女分けがなされている現状があることをお話しいただきました。

就学前の幼稚園や保育園でも同様の男女分けがされおり、その理由を教育関係者に聞くと、特に年少では男女の別を認識できないことから、性別があることを認識させるために良かれと思ってやっていることがわかったとのことです。

また、2015年に地域の男女共同参画推進委員が要望書を提出したことで、小学1年生に配布していた黄色い帽子の形が男女で統一された福岡市での事例をご紹介いただき、地域の大人が声をあげることの重要性を教えていただきました。

大人が声をあげることは、不必要な男女分けを撤廃する動きにつながるだけでなく、子ども達が男女分けの現状に気付き、自身や友達の「選択」について考えるきっかけになります。

中島さんがおっしゃっていた言葉の中で、子ども達がいきいきと生きることが何より大事であり、それを応援している大人達がいる(いた)ことを思い出してほしい、という言葉がとても印象的でした。

5 福岡県弁護士会の取り組み

佐川民弁護士には、校則に関する福岡県弁護士会の取り組みをお話しいただきました。

福岡県弁護士会では、2017年にシンポジウム「LGBTと制服」を開催し、その後福岡市と北九州市におけるジェンダーレス標準服の実現につながりました。そして、2020年度、情報公開請求により福岡市のすべての公立中学校の校則を調査し、その結果を公表し、シンポジウム「これからの校則」を開催しました。2021年2月には弁護士会から中学校校則の見直しを求める意見書を提出しました。それを受けて、同年7月、福岡市立中学校校長会が「よりよい校則を目指して」を発表し、現在、福岡市内の各中学校において校則の見直しが行われています。

このような弁護士会の取り組みの中で、想像以上に細かい内容の不合理な校則が多く存在すること、生徒が校則に対して何も意見を言えない状況が明らかになったことをご報告いただきました。

その上で、本来は、人と人とが円滑に過ごしていくために設定するものがルールであり、自由を制限するものではないにもかかわらず、現在の校則は生徒の自由を制限し、生徒を管理するためのツールになっている面があり、また、校則違反による「連帯責任」という言葉はいじめの原因を作りかねず非常に問題であることをご指摘いただきました。

6 校則見直しの動きと現状

福岡市立東住吉中学校教務主任の明石浩司さんには、校則見直しの動きや学校現場の現状をお話しいただきました。

学校では、校則検討委員会が立ち上がり、本シンポジウムの開催当時、校則見直しを行うために、生徒の意見交換などを行っているとのことでした。

校則見直しの動きが進む中で、学校現場においては、教師が置かれている環境や考え方の「3つのトライアングル」の中に生徒が存在するという構造があり、教育現場が抱えている課題が存在することを、明石さん自身が作成された図を示しながらご説明いただきました。

具体的には、教師において、(1)しつけや指導を中心とした従来の教育観が根強く残っていること、(2)授業、生活指導、部活動、保護者対応などで多忙であり時間的余裕がないこと、(3)社会とのかかわりが少なく視野が狭くなりがちであることから、そのしわ寄せが生徒にきてしまい、生徒自身が考えることをやめてしまう傾向を作り出している現状があるとのことでした。

進行役の後藤富和弁護士からは、校則の見直しに際し、生徒が幸せになるためにという目的をもって根本から見直そうとしている学校と、上から言われたから仕方ないといってやっている学校があるという厳しい現実についてもご指摘いただきました。

福岡県弁護士会 シンポジウム「誰もが幸せになれる学校」

7 フィンランドの教育現場

明石さんも、以前は生徒に校則を守らせることが教育であると考え、熱心に指導されていました。

しかし、海外派遣研修でフィンランドの教育現場を実際に目にし、自身の教育に対する意識が変わったとのことで、フィンランドの教育についてご報告いただきました。

フィンランドでは、「すべての人が平等に質の高い教育を受けられる」ように国をあげて取り組んでおり、教員の社会的地位が高いこと、1クラス20人以下の少人数制で授業を行うことで子ども達が話し合う場が多く設けられ、生徒ができるまで学習する環境づくりや支援体制があること、教師と生徒が対等でお互いにリスペクトしている関係が構築されていること、校長のほとんどが女性で性別などにとらわれない多様性があらゆる場面で尊重されていること等が日本との違いであるとお話しいただきました。

8 最後に

参加者の方からは、「パネリストの方々1人1人に体験を通してえた言葉の力があって、勇気をもらえました。」「画期的な取り組みです。学校内部にいる者としては何でも教材にしたい」などのご意見をいただきました。パネリストの方々をはじめ、ご参加いただいた皆様、誠にありがとうございました。

福岡県弁護士会 〒810-0044 福岡市中央区六本松4丁目2番5号 TEL:092-741-6416

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