法律相談センター検索 弁護士検索
カテゴリー: 憲法リレーエッセイ

◆憲法リレーエッセイ◆

カテゴリー:憲法リレーエッセイ

会 員 梅 津 奈穂子(59期)

皆様にクイズです。

(1) 尖閣諸島は日本古来の領土ですか?

(2) では、古来とはいつからですか?

(3) 米国地名委員会(その決定に大統領が関与する程の連邦の機関)の見解では、竹島は日本領ですか、韓国領ですか?

(4) 日本はサンフランシスコ平和条約で千島列島を放棄しましたが、吉田首相が同条約締結の前日に行った演説は、択捉、国後が千島列島に含まれることを前提にしていましたか、どうですか?

(5) 尖閣諸島、竹島、北方領土で軍事紛争が生じた場合、米軍は日本側に立って戦いますか?

元外務省国際情報局長、元防衛大教授である孫崎亨氏の講演は、このようなドキッとする質問の連発から始まった。平成25年3月1日都久志会館で開催された講演会である。孫崎氏のツイッターのフォロアーも大勢参加され、120名の会場はほぼ満席。チラシに「先着順」とあったため、下関から駆け付け1時間以上も前から並んで下さった方もいた。

元外交官ならではの、事実や条約に裏付けられた緻密かつ説得力ある話にグイグイと引き込まれ、講演は寝る暇もなく進行していく。

さて、冒頭のクイズの答え。(1)いいえ、(2)1872年以降、(3)韓国領、(4)前提にしていた、(5)日本側には立たない。

この答えを驚かずに受け止められる人はどのくらいいるだろうか。少なくとも不勉強な私にとってはどれも衝撃であった。これまでマスコミの報道を何の疑念も抱かず鵜呑みにしていたのである。

「尖閣も竹島も日本古来の領土である。不法な領土侵略に対しては『断固とした姿勢』を!」と声高に叫ばれるようになって久しい。昨今の情勢は、漠然とした不安をリアルな危機感に変えていく。「断固とした姿勢を!」そう唱える人々の心底には、領土紛争が生じたら日米安保条約に基づき米軍が加勢してくれるという算用も少なからず働いているだろう。知らないということはなんと恐ろしいことか。

一方で、日米安保が役に立たないならば日本も独自の国防軍を!と極端に走るのもまたしかり。中国経済が圧倒的な力を持つようになった今日、日本がいかに軍事に予算を割こうとも、その勝敗は明らかである。領土問題解決の現実的な選択肢は平和的解決以外に有り得ない。事実や数字を知れば知るほどその答えは説得力を持つ。そして、「領土を捨て、欧州での影響力の拡大を図った」ドイツの方策が、平和的解決のひとつの方向性として示される。

孫崎氏の話は、原発問題やTPPにまで及ぶ。

(6) 東日本大震災より6年以上前の衆議院予算委員会公聴会で、津波に起因する炉心溶解の危険性について警告がなされていた。ホントかウソか?

(7) TPP参加により、国民健康保険が潰されるおそれが生じる。ホントかウソか?

(6)(7)いずれも本当の話である。そして、領土とTPPという一見無関係に思える問題が、「米国の思惑」というキーワードで繋がっていく。その陰にマスコミの情報操作あり・・・。

少しずつ背筋が寒くなっていく。北朝鮮や中国のような報道統制は決して他人事ではなかったのだ。

孫崎氏は、御著「これから世界はどうなるか」の中で、「正しい情報は存在するのです。しかし、よほど真剣に探さないと見つかりません。」と語る。情報に対し受け身になるのではなく、能動的にその真偽を検証していく姿勢が不可欠となろう。

◆憲法リレーエッセイ◆ 生存権裁判に参加して考えたこと

カテゴリー:憲法リレーエッセイ

会 員 小 谷 百合香(64期)

みんなで知恵を絞って!

弁護団会議では毎回、白熱した(?)議論が展開されています。裁判の目的は老齢加算の復活ですが、そのためには、老齢加算がなくなって、高齢者がどれほど苦しく、貧しいみじめな暮らしをしているか、裁判官に分かってもらわなければなりません。そのために、理論面、事実面双方から裁判官にいかに伝えるか、7人で知恵を絞っています(私は実働というにはまだまだですが…)。

たとえば、生活保護受給の高齢者は、一度入った風呂のお湯を捨てずに溜めておいて、何度も沸かし直して入るのですが、その経済的メリット(果たして本当に節約になっているのか)と、衛生面でのデメリット(雑菌がどのくらい潜んでいるか)を検証しようという案が出たことがありました。結局、この案は、技術的な困難から実行されませんでしたが、既存のもの(経験や知識)にとらわれずに、自由に発想していいんだと実感します。

周囲に知られたくないこと

さて、この裁判の関係で、私は、とある高齢者の自宅に行きました。

この家族は、高齢の母と子ども二人の三人で暮らしていました。生活費は、母親の年金や生活保護費、それに子どもの収入や障害者年金です。

当初、母親は、少し耳が遠いながらも、私たちの質問に答えてくれていました。ところが、老齢加算がなくなったことで、変わったことは、との質問に、近くにいた子どもが「母さん、服や下着を買わんようになった。死んだ父さんのパンツや靴下を履いてるじゃないか」と言ってから、母親が顔を上げることができなくなり、顔色がみるみるうちに赤く変わり、話した子どもの膝をピシッと叩いたあと、まったくしゃべらなくなりました。

母親にとって、そこまで辛抱して生活していることは、周囲の人に知られたくないことだったのです。

おばあちゃんが、死んだおじいちゃんのパンツや靴下を履いている…このことは、話を聞いた私にとっても大きなショックでした。下着や靴下って、家族で使い回すようなものじゃないでしょ。これって、歯ブラシ使い回しているようなものでしょ。これで、高齢者が尊厳持って生きていると言えるのか。この高齢の母親の話は、しっかり聞き取って裁判官に伝えれば、きっと伝わる。そう実感した瞬間でもありました。

私が考えたこと

生活保護バッシングや保護費削減が声高に叫ばれる中、裁判自体は非常に厳しい状況です。

しかし、今回の訪問は、本当に保護を必要とする人が、十分な保護を受けられていないことを再度実感させられた、いい機会でした。

必要としている人に、必要としている保護を受給させる。これが、憲法の求める「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」ではないのでしょうか。今回、私が話を聞いた母親の生活は、それが保障されていると言えるものでしょうか。

やはり、現場で必要としている人の声を聞かなければ現場の声は吸い上げられません。私たちはその吸い上げを実現できる立場として、これからも現場の生の声を聞き続け、それを裁判官にきちんと伝え続けていかなければならないと感じています。

◆憲法リレーエッセイ◆ 憲法とわたし

カテゴリー:憲法リレーエッセイ

会 員 平 山 博 久(57期)

1 はじめに

この度、憲法リレーエッセイの依頼をいただきました。

憲法・・・思い返せば、司法試験を受験していた当時、一番苦手な科目でした。

理由は規定の仕方が一番曖昧だと感じたからです。

憲法を実体化する主体は国民であり、国民が現行憲法内容を決めたことを学んでも、憲法の曖昧さは納得できないものでした。

他には憲法に関する最高裁判例を見ても読み進めて、ドキドキ・ワクワクするものが少ない(と当時は思っていた)ことも一つの理由だと思います。

2 憲法と向き合った事件

さて、そんな私が、弁護士登録をして、最初に憲法と向き合った事件が中国残留孤児国家賠償請求事件でした。

現行憲法制定前の事実から現在に至る一連の事実につき、現行憲法下での違憲・違法を問う、この部分だけ取り上げても同事件がいかに壮大且つ困難な事件であるかを理解いただけるのではないでしょうか。

さて、私は、その弁護団活動を通じて、実務的な憲法の重要性を学びました。

事実を調べ、事実を評価し、法律を調べ、法律を適用し、そして憲法に戻って、事実の位置づけや評価はそれで良いのか再評価を行う。これらをどのような順序で考えていたかは、はっきりとは覚えておりません。

ただ、とにかく憲法を頂点とする法規範を意識して、事実を見て、評価し、争点に位置づけることを何回も繰り返した弁護団でした。

その弁護団活動を通じて、憲法に始まり、憲法に終わる、あらゆる事件で憲法を意識しようと思ったわけですが・・・・残留孤児の「訴訟」が終わり、今年は登録して10年目に入る年になり、憲法的な物の考え方ができなくなっていたことに気付かされます。

今回の憲法リレーエッセイの話をいただいた時に、「憲法・・・・しばらくしっかり向き合って考えてないなぁ・・」と思ったのです。

確認するまでもなく憲法は「最高規範」です。

その最高規範を意識することを怠り、事案に直接的または間接的に適用がある下位規範を頼りに業務を行っていたことに気付かされ、とても恥ずかしく思いました。

そこで、大学時代に使っていた基本書を取り出して読んでみましたが、改めて憲法とは面白い規範だと思いました。

現在、北九州において写真撮影に関する接見国賠訴訟の弁護団活動をしていますが、同事件はまさに憲法的視点が要求される事件といえます。

これから腰を据えて憲法と向き合い、勝訴に向けて努力していこうと思います。

3 ところで、この度、憲法リレーエッセイを書くことになりましたが、きっかけは私の事務所の事務所だよりでした。

私は、本年1月の黒崎合同法律事務所の事務所だよりにて、暇があれば、自然風景等の写真を撮るために、散歩等をしているという話を書きました。

すると、私の写真を見た弁護士から、(自然や写真が)「どう憲法と結びつくかわかりませんが、これを憲法と結び付け」てエッセイを書いてくれとの依頼が来たのです。

本来、自然と憲法について書くのであれば、原発や産廃処分場関連のエッセイを書くのがすっきりするとは思います。

ただ、今回のご依頼を受け、最高位の視点である憲法的視点を日常業務において持っていないことに気付かされたことがあまりにショックであったため、自戒の意味を込めて、憲法とわたしという内容で書きました。

今後は、日常業務においても、最高法規たる憲法的視点を常に意識した上で、業務に取り組んでいこうと思います。

◆憲法リレーエッセイ◆原発ジプシーと憲法

カテゴリー:憲法リレーエッセイ

会 員 德 永 由 華(64期)

1 事故が起こらなくても

福島第一原発事故後、なにかと話題の原発ですが、実は事故が起こらなくても被ばくするのが、原発内で作業に当たる原発労働者です。社会の教科書等では、沢山の機械が並ぶ部屋の中から遠隔操作のみで発電できるかのような写真が使われてきました。

しかし、原発は通常運転でも、常に原子炉近く等で保安点検や補修、放射能漏れがあれば雑巾で拭き取って除染する等、被ばくを伴う現場の地道な作業がなければ運転できません。

また、年1度程度、定期検査が義務づけられていますが、発電による熱や振動、放射線によって原子炉等の原発施設は故障しやすい状態ですから、補修や点検が大事です。しかも、密閉された原子炉施設は熱も放射線も逃げにくく、最悪の労働環境です。

そして、被ばく量の限度は、労働安全衛生法等で一般人の年平均20倍(一般人は1msv/年、労働者は100msv/5年かつ50msv/1年)、緊急時は100倍(100msv/1年)まで許されています。しかし、通常の保守点検作業をしていては、すぐに限度量を超えて原発内で働けなくなるので、例えば、ボルトのねじを一つ締める作業でも、高線量の場所では防護服にマスク、鉛のカバーを肩にかけた完全装備で、離れたところから数人でヒット&アウェイを繰り返してねじを少しずつ締めていきます。被ばく量を分け合うために沢山の労働者が必要で、1基の定期検査で3000~5000人が必要とされています。

しかも、期間内に定期検査を終えなければ、下請業者は電力会社に1億円とも言われる罰金を払わなければいけません。しかし、電力会社と直接契約した下請業者だけでは人手が足りないので、6~7次下請まであります。危険な仕事のため人集めは難しく、強引に暴力団が人集めをする業者もあり、暴力団の資金源にもなっています。1次下請業者に電力会社から6~8万円支払われても、6~7次の下請労働者には中間マージンが順次とられて1万円ももらえないことも多いです。

定期検査で働く原発労働者は、定期検査期間しか仕事がなく、全国の原発の定期検査を渡り歩くことから、原発ジプシーと呼ばれています。

また、原発設置当初から被ばく隠しが横行しています。原発労働者は、安全教育を受けて、アラームメーターや線量計を持って作業するのですが、被ばく線量の限度を超えると仕事ができなくなるので、線量の低い所に置いたりして被ばく隠しをしながら作業します。

しかも、事故や労災はタブーなので、労災申請自体が少なく、福島原発事故が起こるまでに労災が認められたのは全国で10件だけです。健康保険や雇用保険・労災保険を準備している下請業者はあまりなく、被ばくして病気になっても、わずかな一時金をもらって終わりということが多いのです。

2 福島第一原発事故からもうすぐ2年

福島第一原発は、今もなお放射線を放出しており、福島原発労働者の被ばく限度量が法律で一般人の250倍(250msv/年)にまで引上げられています。より高線量の被ばくが予定されているのです。

福島第一原発では、毎日3000人ほどが作業にあたっていますが、それでも国は、廃炉までに30~40年かかると試算しています。

しかし、国は2011年12月、事故収束宣言をすると同時に労働者の検診の補助金を打ち切りました。また、6~7次下請構造は変わっていませんし、3000人の労働者に線量計をつけさせていなかったり、線量計に放射線を遮断する鉛のカバーをつけたり、被ばく隠しも相変わらず横行しています。むしろ、作業場所の放射線量が非常に高くなっていることから、定期検査のときよりも被ばくの危険が深刻になっています。

3 最後に

原発は、労働者に被ばくさせなければ運転も収束もできません。原発は、労働者の人格的生存権、健康、人権の根源である生命すら奪う恐れが高いものといえます。原発ジプシーなど原発労働者の命や権利と引き換えに得られるのは、2012年夏の電力ピーク時に原発なしでも十分賄えた「電力」でしかありません。
ジプシーは蔑称ですが、原発ジプシーには憲法に反する労働に従事しているという侮蔑の意味も込められているのかもしれません。

◆憲法リレーエッセイ◆ 息子と甥っ子

カテゴリー:憲法リレーエッセイ

会 員 天 久   泰(59期)

去年の秋、沖縄にいる妹に甥っ子が生まれた。甥っ子の祖父、つまり私の父の喜びようはそれはもう大変なもので、妹宅へ行き、一日中甥っ子を抱いているらしい。父からは甥っ子とツーショットの写真がメールで送られてきた。満面の笑みの父。

今年の春先、一泊だけの帰省をした。初対面した甥っ子は、手に取るものを何でも口にくわえようとし、気に入らないことがあると家の外まで聞こえるくらいにわんわんと大きな声で泣く。元気の塊のような子。妹ゆずりのクリっとした目に、お父さんゆずりの団子っ鼻。愛らしい甥っ子を抱っこする父に近況報告し、久しぶりに母親の手料理を食べ、団欒した。

7月のある日、私に息子が生まれた。私の名前から一文字(といっても一文字しかないが)を贈った。すぐには父親になった実感がわかなかったが、帰宅時間は早くなった。息子はあくび、くしゃみ、ゲップと、毎日できることが少しずつ増えていく。皆こうやって人間になっていくのだなぁと思った。沖縄から駆け付けた私の父は、目元は妻に似て、鼻から下は私に似る息子を見つめ、目を潤ませながら喜んだ。

9月のある日曜日、携帯電話に父からのメールが届いた。添付された画像データには、「オスプレイ・ノー」と書かれたメッセージボードを持つ父の姿。地べたにあぐらをかく父の膝の上には、きょとんとした目の甥っ子。なぜ自分がここにいるのか分からないというような表情をしている。当然だろう。実家から歩いて15分ほどの公園には何万人もの地元住民が集まった。この日を皮切りに沖縄ではオスプレイ配備反対の集会が各地で相次いだ。

オスプレイ配備の件を知って私の胸中を占めた気持ちは、自分の息子を沖縄で育てなくてもよいことに対する安堵感だった。沖縄に生まれ、親族を沖縄に置く身でありながら薄情であり、卑怯であることは間違いない。しかし偽らざる心境である。10月1日、山口県の米軍岩国基地を飛び立った6機のオスプレイが、薄情な私の頭上、北九州市の空を越えて米軍普天間基地に降りた。オスプレイを沖縄に送ってしまったのは私自身なのではないかと錯覚した。沖縄では10月だけで11市町村で反対集会が開かれた。

11月に入り、実家の母へ電話をすると、民間地上空を飛ばないはずのオスプレイが保育園や団地や学校の上を平気で飛んでいるとのこと。米軍が約束を反故にするのはいつものことなのでそれ自体には驚かない。心を動かされたのは、あの愛らしい甥っ子のことである。オスプレイは他の米軍機にはない独特の低周波音を放ちながら飛ぶ。普天間基地の滑走路から500メートルほどの実家の窓はビリビリと音を立てて揺れ、ときには建物自体が揺れるように感じる。甥っ子はその音を聞くと、近くにいる大人の膝下にしがみつき、ウーウーとうなるような声を出し、音が止むのをひたすら待つ。怖いのだ。

平和主義の下では、日本国民のすべてが平穏で安心できる平和な環境を享受できるはずだ。また、憲法は、平和を維持するためであっても、命や健康を差し出すことを国民に要求しない。武力の不保持を誓っている以上そのように解釈できるし、解釈しなければならない。では甥っ子と私の息子が置かれる境遇の違いをどのように理解すればよいのか。二つの幼い命は、ともに憲法の下にあるはずである。私にはその答えを見つけることができない。

福岡県弁護士会 〒810-0044 福岡市中央区六本松4丁目2番5号 TEL:092-741-6416

Copyright©2011-2025 FukuokakenBengoshikai. All rights reserved.