福岡県弁護士会 宣言・決議・声明・計画

2020年4月21日

新型コロナウイルス感染症拡大を受けての刑事収容施設の被収容者に関する会長声明

声明

 新型コロナウイルス感染症は世界各地に広がり,我が国においても感染が拡大している。政府は,本年4月7日,緊急事態宣言を公示し,福岡県を含む7都府県が対象となった。同月16日以降,同宣言の対象は全国に及んでいる。
 新型コロナウイルス感染症対策専門家会議は,集団感染リスクの高い場所として,いわゆる「3つの密」(密閉空間,密集場所,密接場面)が重なった場を挙げている。刑事収容施設は,まさにこの「3つの密」が重なる場所である。既に,渋谷警察署の留置施設において集団感染が発生し,一部の拘置所においても感染例があり,判明していないだけで無症状の感染者が存在する可能性もある。現在の収容状況を前提とする限り,いずれは刑事収容施設内で大規模な集団感染が発生するおそれが高いと言わざるを得ない。既に,中国やアメリカでは刑事収容施設内で大規模な集団感染が発生しており,暴動や脱獄といった事態に至っている例もある。
 一方,これまでの我が国の医療体制は,医療関係者の不断の努力によって安心・安全が維持されてきた。しかし,新型コロナウイルス感染症の拡大による影響は,医療関係者の努力を凌駕しており,既に医療崩壊の兆しが見受けられる。物的資源の不足や医療関係者の負担は甚だしく,早晩,限界を超えることも想定しておかなければならない。
 このような状況のもとで刑事収容施設内の大規模な集団感染が発生したなら,被収容者に適切な医療が施されることは期待できず,場合によっては被収容者が命を落とすことになりかねない。このような危険は,勾留や自由刑の執行について法が想定していない不利益である。それにもかかわらず,なおも平時と同様に勾留や自由刑の執行を継続することは,被収容者を蔑ろにするものであって,到底許されるものではない。勾留や自由刑の執行は,適正な裁判や刑罰権を実現しようとするものではあるが,被収容者の生命や健康なくしてその目的を達することはできない。
 のみならず,刑事収容施設内の大規模な集団感染は,逼迫する医療体制に更なる負担をかけることになりかねず,また,職員等を介して施設外の感染リスクをも増大させ,全ての国民が様々な犠牲のもとに取り組んでいる新型コロナウイルス感染症の収束を阻害する要因にもなる。
 したがって,刑事収容施設内の大規模な集団感染を防止するための実効的かつ根本的な対策を早急に講じる必要がある。
 政府は,4月13日,刑事収容施設を含む矯正施設は「3つの密」が重なる状況が生じやすく,「職員又は被収容者にひとたび感染者が発生すると急速に感染が拡大する蓋然性が高」いことを自覚したうえで,「専門家会議の下に,副大臣主宰の矯正施設感染防止タスクフォースを設置し,専門家会議等の専門的な知見を活用しながら,矯正施設の特性を踏まえた新型コロナウイルス感染症対策に係るガイドラインの策定等を行うこと」とする方針を定めた(法務省新型コロナウイルス感染症対策基本的対処方針)。
 今後,上記タスクフォースでも検討されるであろうが,既に述べた諸問題を考慮するなら,刑事収容施設内の大規模な集団感染を防止する実効的かつ根本的な対策としては,被収容者を一定数釈放してその総数を減じ,「3つの密」の状況が生じないようにするほかないように思われる。報道によれば,アメリカのカリフォルニア州当局は,暴力犯以外の受刑者約3500人を早期に釈放すると発表しており,他の州や国でも同様の動きが見受けられるところである。我が国の報道をみても,出入国在留管理庁は,退去強制のため収容中の外国人を仮放免する制度を柔軟に活用している様子が見受けられる(なお,福岡拘置所においては,代替措置もなく一般面会を一律禁止する措置を執っているが,刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律には感染防止を目的とした一般面会の制限は規定されておらず,上記運用は同法に違反している。)。
 そこで,当会は,国並びに全ての裁判所及び裁判官に対し,新型コロナウイルス感染症の拡大を防止するための緊急かつ特別の措置として,早急に次のことを行うよう求める。
(国に対し)
1 被収容者について勾留又は刑の執行を一定期間停止して釈放する法制度を整備すること
2 前項の被収容者の基準等を策定すること
(全ての裁判所及び裁判官に対し)
1 国による法整備等を待たずに,逮捕・勾留の必要性を平時よりも厳格に判断するなどして,事案によっては,逮捕状の請求及び勾留請求を却下し,勾留を取り消し,勾留の執行を停止し,又は保釈許可の決定をすること
2 前項と同様の観点から,勾留に関する準抗告,抗告及び特別抗告を判断すること


2020年(令和2年)4月20日

福岡県弁護士会

会長 多川一成

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2020年4月24日

検察庁法の改正の一部に反対する会長声明

声明

 2020年(令和2年)3月13日、内閣は、国家公務員法等の一部を改正する法律案を国会に提出した。同法案第4条は検察庁法の一部を次のとおり改正するものである。
①検察官の定年を現行の63歳から65歳へ段階的に引き上げる。
②内閣又は法務大臣が「職務の遂行上の特別の事情を勘案して」、「公務の運営に著しい支障が生ずると認められる事由として」内閣等が定める事由があると認める場合には65歳の定年後も最長3年間、勤務を延長させることができる(以下、「定年後勤務延長制」という。)。
③63歳以降は、原則として高検検事長、地検検事正等の一定の高位の官職にとどまれなくなる(以下、「役職定年制」という。)。
④役職定年制の特例措置として、前記②と同様の要件がある場合には、63歳以降もこれらの官職を継続できる。
そもそも検察官は刑事手続において起訴権限を独占し(刑事訴訟法247条)、捜査においても警察官等に対し指示・指揮をなし得る(同法193条)等、強大な権限を有することにより、行政官でありつつ実質的に刑事司法の一翼を担っている。検察官がこうした権限を独立して公平公正に行使することが極めて重要であることは、1947年(昭和22年)の検察庁法制定時、1949年(昭和24年)の国公法制定時、1981年(昭和56年)の国公法改正時等の政府答弁や条文改正等を通じて、確認されてきたところでもある。
殊に、検察官が政治的独立性を保つことができなければ、特定の政治勢力の意向に影響された権限行使がなされる結果、適正な捜査がなされなかったり、起訴不起訴の判断が左右されたりすることにより、行政権による司法権の侵害と、憲法の基本原理たる三権分立の侵害を来す危険もある。
上記定年後勤務延長制及び役職定年制の特例措置の規定は、当該規定自体が抽象的であること、及びその要件の定立及び充足性の判断を、内閣からの一定の独立性を有する人事院ですらなく内閣等に委ねていることから、内閣等の裁量的判断を基礎とするため、恣意的に運用されるおそれがある。それ自体が検察官に求められる強い政治的独立性に反し許されない。
仮に、定年後勤務延長制が導入されることになれば、検事総長から副検事に至るまでの全検察官について、65歳の定年後も勤務を継続するために、時の政治権力者やそれに連なる者の意向を慮る恐れが生じ得る。その場合に具体的対象となる事犯は、例えば、政治家の収賄事犯から、交通事犯まで様々なものがあり得る。
また、役職定年制の特例措置規定についても、検事長、検事正等の役職者が63歳以降にその役職を継続するためにはやはり同様の懸念があるが、殊にこういった検察組織の上位にある者が時の政治権力者等の意向を慮るときには、直接の権限行使にとどまらず、配下の検察官への指揮監督にあたっても政治的影響が及ぶことになるから、政治的独立性を損ねた不公正な捜査や訴追がより組織的になされる恐れがあると言わざるを得ない。
よって、当会は、国公法等改正案中の検察庁法の改正案のうち、定年後勤務延長制及び役職定年制の特例措置の導入に、断固として反対する。


2020年(令和2年)4月24日
福岡県弁護士会 会長 多 川 一 成

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