福岡県弁護士会 宣言・決議・声明・計画

2018年2月26日

犯罪報道において、犯罪被害者や遺族の名誉、プライバシー、平穏な生活を送る権利を尊重することを求める会長声明

声明

 2017年(平成29年)10月,神奈川県座間市のアパートから9名の方の遺体が発見されるという事件が発生した。その後,被害者の方の身元が判明すると,被害者の遺族が被害者の実名や顔写真を公表しないよう報道機関に対して要請していたにもかかわらず,被害者の実名と顔写真が新聞,雑誌,テレビ等に掲載されるという事態が生じた。しかも,被害者の生活状況,家族構成,被害者に自殺願望があった可能性や凄惨な被害状況までもが仔細に報道され続けた。
 およそ犯罪被害者や遺族は,犯罪そのものによって容易に回復し難い深刻な被害を受けている。それに加えて,公表されることを望まない情報が報道されると,犯罪被害者や遺族は,さらなる精神的苦痛を受け,二重の苦しみを蒙ることになる。犯罪報道は,そのあり方如何によっては,犯罪被害者や遺族の名誉,プライバシーと平穏な生活を送る権利を著しく侵害するもので,さきの座間市の事件における事態は,看過できないものであった。
 確かに,報道の自由は,国民の知る権利に奉仕するための憲法上重要な権利であり,そのための取材の自由も尊重されるべきことは言うまでもない。犯罪報道も,一般に公共の利害に関することと考えられており,被害の影響を広く訴えることによって社会を変革するという大きな意義を有するものであること,また,犯罪被害者の実名報道についても捜査の事後的な検証を可能にするという意義もあることは承知している。
 しかし,そのような報道の意義は,果たして匿名報道によっても達成できないのか,名誉・プライバシーという,現代社会において最大限に守られるべき重要な人権との関係において,事案ごとに慎重な吟味・検討が必要と考える。犯罪被害者や遺族は,犯罪被害に遭わなければ普通の市民生活を送っていたはずであり,実名報道をすべき公共の利害に関するものと言えるかは,慎重に検討されなければならない。まして実名報道の上に被害者のプライバシーを白日のもとに曝す詳細な報道については一層慎重な検討が必要である。しかも,現代のインターネット社会では,いったん情報が報道されれば,その情報は半永久的に残存することとなり,一度侵害された犯罪被害者とその遺族の権利の回復は,もはや不可能である。
 そこで,当会は,報道機関に対し,犯罪被害者に関する情報を報道するにあたっては,犯罪被害者や遺族の名誉,プライバシー,平穏な生活を送る権利を尊重し,厳密な検討を加え,慎重な判断に基づく適切な報道を行うことを求める。

                 
                 2018年(平成30年)2月26日
                       福岡県弁護士会 会長 作間 功

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2018年2月23日

民法の成年年齢引下げに反対する会長声明

声明

1 現在,民法の成年年齢を20歳から18歳に引き下げることが検討されており,成年年齢に関する民法の一部を改正する法律案の提出が今国会に提出される見通しである。

しかし,この法案には反対である。その理由は次のとおりである。

2 2009年(平成21年)10月の法制審議会による「民法の成年年齢の引下げについての最終報告書」(以下「最終報告書」という。)において,「民法の成年年齢の引下げの法整備を行うには,若年者の自立を促すような施策や消費者被害の拡大のおそれ等の問題点の解決に資する施策が実現されることが必要である」とされ,引下げの時期については,「これらの施策の効果の若年者を中心とする国民への浸透の程度やそれについての国民の意識」が重視されていた。

また,内閣府消費者委員会は,2017年(平成29年)1月10日付けで,「成年年齢引下げ対応検討ワーキング・グループ報告書」を踏まえ,成年年齢引下げにより若年者の消費者被害の拡大への懸念と被害防止及び救済の施策の必要性を指摘していた。

私たちの法律実務上の経験によれば,18歳,19歳の若年者を中心に,マルチ商法,キャッチセールスやアポイントメントセールス,サイドビジネス,エステなどの医療美容サービス,インターネット取引などにおいて,被害が多く発生している。18歳,19歳といえば,高校生,大学や専門学校の1年生,2年生,あるいは高校卒業後就職して間もない頃であり,大学受験,大学や専門学校への進学,就職,上京,転居など,人生における大きな節目を迎えるとともに,高額の支払いを伴う様々な契約(各種学校への入学や,留学に伴う諸手続き,賃貸借契約など)を締結したり,アルバイトをするなど社会と接触する機会が一気に増える時期である。また,学校等における先輩後輩関係や友人関係等の影響を受けやすく,リスクを十分把握しないままに断りきれずに誘いに応じるといったことから,人間関係を介して被害が拡大し,また,被害に遭ったときにどう対応すればいいかも分からずに一人で問題を抱え込んでしまい,被害の解決が遅れ,さらに被害が深刻になったり,拡大してしまうという事態が生じやすい。したがって,18歳,19歳という時期こそ消費者被害に巻き込まれる可能性が格段に高まり,こうした被害から若者を守るべきことが必要な年代なのである。

このような被害について,私たちは,現状,未成年者取消権を用いることで若年者を救済している。

しかしながら,今後,18歳,19歳の若年者の取消権が失われれば,若年者が消費者被害に巻き込まれた際に,これを解決する残された主な手段は,債務整理しかないこととなり,救済策として極めて不十分である。加えて若年者が多額の負債を抱えてしまった場合,生活に困窮したことでさらなるトラブルを抱えてしまったり,あるいはその負債の返済に負われて進学を諦めてしまうという事態が危惧される。また,債務整理を行うことで信用情報(いわゆるブラックリスト)に記録が残ってしまい,希望する就職先に就職することができないといった深刻かつ重大な結果をもたらすことになってしまうことも懸念される。

その他にも,成年年齢が引き下げられることで,養育費を受けている場合ではその支払いの終期が早まってしまったり,未成年者に不利な労働契約の解除権(労働基準法58条2項)行使ができなくなる結果,若年労働者の労働環境が悪化してしまうということも危惧される。

さらに,教育の現場においても,法改正により,高校において成年者と未成年者が混在する事態が生じることになる。そのうえ,学生においては,18歳になった時点から自由に取引ができることになるが,消費者契約法や特定商取引法,割賦販売法など消費者保護法制について習熟しているとはいえない状況で,18歳,19歳の若年者に対する保護がなくなった場合,自己責任の名の下に,悪徳業者から狙い撃ちにされてしまう危険がある。

3(1) 以上の次第で,若年者を深刻な消費者被害に巻き込む重大な懸念があり,その救済が極めて困難となることから,民法の成年年齢を20歳から18歳に引き下げることについては反対である。

(2) 仮に引き下げを行うとしても,若年者保護の見地から,それに先立って若年者が自らの利益を適切に守ることができる法的措置がなされることが前提とされなければならないと考える。

具体的には,少なくとも,(1)事業者が消費者の判断力,知識,経験等の不足につけ込んで締結させた契約を取り消すことができる規定を定めること(消費者契約法の改正),(2)知識,経験,財産状況に照らして,当該取引を行うのが適切でない若年者に対する勧誘を禁止するとともに,そのような勧誘が行われた場合にはその契約を取り消すことができる規定を定めること(特定商取引法の改正),(3)若年者の若年者がクレジット契約をする際の資力要件とその確認方法を厳格化すること(割賦販売法の改正),(4)若年者が貸金業者,銀行等金融機関から借入れを行う際の資力要件とその確認方法につき厳格化を図ること(貸金業法と主要行等向けの総合的な監督指針等の改正)が必要である。

これらの法制度が構築され,社会に浸透し,国民の理解が得られた時点において成年年齢の引下げが行われるべきであり,これらの前提なく民法の成年年齢を20歳から18歳に引き下げることには強く反対せざるを得ない。

2018年(平成30年)2月23日
福岡県弁護士会 会長 作間 功

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