福岡県弁護士会 宣言・決議・声明・計画

2014年5月29日

集団的自衛権の行使を可能とする 内閣の憲法解釈変更に反対する決議

決議

 福岡県弁護士会は、日本国憲法の拠って立つ恒久平和主義と立憲主義を堅持する立場から、内閣が従来積み重ねてきた集団的自衛権に関する憲法解釈を変更し、その行使を可能とすることに反対する。

                  2014年(平成26年)5月28日
                  福岡県弁護士会


【決議の理由】
第1 集団的自衛権を行使可能としようとする最近の動き
 近時、憲法解釈の変更によって集団的自衛権の行使を可能としようとする動きが強まっている。
 集団的自衛権とは、政府解釈によれば、「自国と密接な関係にある外国に対する武力攻撃を、自国が直接攻撃されていないにもかかわらず、実力をもって阻止する権利」である。
 安倍晋三内閣総理大臣は、2014年(平成26年)1月24日、国会での施政方針演説で「集団的自衛権や集団安全保障などについては、『安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会』の報告を踏まえ、対応を検討してまいります。」と述べ、集団的自衛権の行使を可能とすべく憲法解釈を変更する姿勢を打ち出した。
 また、安倍首相は、2月12日の衆議院予算委員会で、「最高の責任者は私です。政府の答弁に私が責任を持って、その上で選挙で国民から審判を受けるんです。」と答弁し、事後に国政選挙で審判を受けることから一内閣の責任で憲法解釈を変更することができるとの認識を示した。
 さらに、安倍首相は、2月20日の衆議院予算委員会で、「基本的には閣議決定していくことになる。」、「閣議決定した内容を国会に示し、議論してもらう。」と答弁し、この答弁後に論調を変えはしたが、国会での議論を待たずに閣議決定で憲法解釈変更を行う考えを示した。
 自由民主党の高村正彦副総裁は、1959年(昭和34年)12月16日の砂川事件最高裁大法廷判決を根拠に、「国の存立を全うするための必要最小限の集団的自衛権」に限定すれば、集団的自衛権の行使が憲法上許されるとの見解を示し、報道によれば、同党内でこの見解に対する支持が広がっている。
 そして、安倍首相は、本年5月15日、「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」の報告書提出を受けた記者会見で、「限定的に集団的自衛権を行使することは許されるとの考え方」につきさらに研究を進める旨、「与党協議の結果に基づき、憲法解釈の変更が必要と判断されれば、この点を含めて改正すべき法制の基本的方向を」「閣議決定」する旨を述べ、集団的自衛権を行使可能とすべく閣議決定により憲法解釈を変更しようとする方針を鮮明にした。
第2 日本国憲法第9条の規定
 日本国憲法は前文で「われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。」として平和的生存権を認め、第9条第1項で「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。」と、同条第2項で「前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。」として戦力の不保持と交戦権の否認を定めている。
 これは、第2次世界大戦において国内外に甚大な人権侵害を惹き起こしたことから、「政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにする」との「決意」(憲法前文)に基づき、非軍事の徹底した恒久平和主義を掲げたものである。 憲法第9条は、制定以来、内外の政治状況との緊張関係にさらされつつも、「平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ」(憲法前文)我が国が平和な国際関係を築くべき指針を示す憲法規範として、有効に機能してきた。自衛隊の諸活動に対する制約となり、海外における武力行使を禁止してきたのは、その機能、あるいはこれによる具体的成果である。
 このような日本国憲法の平和主義は、世界平和のための先駆的意義を有するものとして、近時あらためて高く評価されており、例えば1999年(平成11年)のハーグ平和アピール世界市民会議で採択された「公正な世界秩序のための基本10原則」の第1には日本国憲法第9条が掲げられ、本年には第9条がノーベル平和賞の候補ともされている。
 自国が直接攻撃されていないにもかかわらず、他国への武力攻撃を実力をもって阻止する集団的自衛権は、憲法第9条が禁ずる武力の行使にあたり、非軍事の徹底した恒久平和主義に反するものであって、許されない。
第3 集団的自衛権に関する政府解釈
 政府も、従来から一貫して、集団的自衛権の行使は憲法第9条により禁じられていると解釈している。
 すなわち、まず、憲法第9条の下で自衛権の発動が許容されるのは、次の要件に該当する場合に限定されると解釈している(1969年(昭和44年)3月10日参議院予算委員会・高辻正己内閣法制局長官答弁、1972年(昭和47年)10月14日参議院決算委員会提出資料、1985年(昭和60年)9月27日政府答弁書)。
 すなわち、①我が国に対する急迫不正の侵害(武力攻撃)が存在すること、②この攻撃を排除するため他の適当な手段がないこと、③自衛権行使の方法が必要最小限度の実力行使にとどまること、である。
 そして、これを前提として、政府は、1981年(昭和56年)5月29日の政府答弁書において、集団的自衛権を「自国と密接な関係にある外国に対する武力攻撃を、自国が直接攻撃されていないにもかかわらず、実力をもつて阻止する権利」と定義したうえで、「我が国が、国際法上、このような集団的自衛権を有していることは、主権国家である以上当然であるが、憲法第9条の下において許容されている自衛権の行使は、我が国を防衛するため必要最小限度の範囲にとどまるべきものであると解しており、集団的自衛権を行使することはその範囲を超えるものであつて、憲法上許されない」旨の見解を表明した。同答弁書では併せて、「なお、我が国は、自衛権の行使に当たっては我が国を防衛するため必要最小限度の実力を行使することを旨としているのであるから、集団的自衛権の行使が憲法上許されないことによって不利益が生じるというようなものではない。」とも述べられている。
 したがって、外国が他国から武力攻撃を受けた場合に、自衛隊が集団的自衛権を行使してその武力攻撃を阻止することは、たとえ被攻撃国が日本と密接な関係にあっても、憲法に違反して許されない。これが政府の一貫した憲法解釈であり、これはその後長きにわたって維持されてきた。
 加えて政府は、憲法解釈の変更による集団的自衛権行使の可否について、「集団的自衛権の行使を憲法上認めたいという考え方があり、それを明確にしたいということであれば、憲法改正という手段を当然とらざるを得ない」(1983年(昭和58年)2月22日衆議院予算委員会・角田禮次郎内閣法制局長官答弁)、「(政府の憲法解釈は)それぞれ論理的な追求の結果として示されてきたもの」であり、そのうえで「政府がその政策のために従来の憲法解釈を基本的に変更するということは、政府の憲法解釈の権威を著しく失墜させますし、ひいては内閣自体に対する国民の信頼を著しく損なうおそれもある、憲法を頂点とする法秩序の維持という観点から見ましても問題がある」(1996年(平成8年)2月27日衆議院予算委員会・大森政輔内閣法制局長官答弁)、「憲法は我が国の法秩序の根幹であり、特に憲法第9条については過去50年余にわたる国会での議論の積み重ねがあるので、その解釈の変更については十分に慎重でなければならない」(2001年(平成13年)5月8日の政府答弁書)と答弁するなど、一貫して否定的な姿勢を保っている。
第4 憲法解釈を変更して集団的自衛権を行使可能とすることに反対する
 上記のとおり、集団的自衛権の行使は憲法第9条によって禁止されているのであり、政府解釈もそのとおりに堅持されてきた。
 この行使を可能とすることは、憲法第9条に違反する。
 それにもかかわらず集団的自衛権の行使を可能とすることは、政府解釈の変更によって実質的に憲法を改正したのと同様の効果を得ようとするものである。
 憲法は、多数の民意によって成立した政府であっても権力を濫用して人権を侵害する危険があるという歴史的教訓に鑑み、権力を縛るために立憲主義の原理を採用しており、かかる考慮から憲法改正にも厳格な手続を定めている(憲法第96条、第97条、第98条等)。時の政府が自らの都合のよいように解釈を変更して憲法の規範内容を変更することは、このような立憲主義に反するものであり、決して許されない。このように、解釈変更により実質的に憲法を改正したのと同様の効果を得るのが解釈改憲であるが、解釈改憲という手法自体が立憲主義に反し許されないのである。
 さらにまた、このような解釈の変更は、国務大臣の憲法尊重擁護義務(憲法99条)にも違反する。
 憲法前文と第9条が規定している恒久平和主義は、基本的人権の尊重、三権分立と並ぶ憲法の基本原理である。基本原理についての解釈変更によりその規範内容を変更しようとするのは、立憲主義を踏みにじる暴挙であり、断じて許されない。
 砂川事件最高裁大法廷判決についてみれば、同判決は、日米安保条約による駐留米軍の「戦力」(憲法第9条第2項)適合性と米軍駐留の司法審査適合性について判示したものであって集団的自衛権の許否が判断対象とされたものではなく、集団的自衛権を行使可能と解釈するために同判決を論拠となしうるとする見解には明らかに無理がある。「国の存立を全うするための必要最小限の集団的自衛権」に限定するとの論も、そもそも「国の存立を全うするために必要最小限」でなければ自衛権とは呼べないのであるから、何らの限定ともならない。集団的自衛権の行使は、従来の政府解釈のとおり、「我が国を防衛するため必要最小限度の範囲を超えるものであって、憲法上許されない」のであり、「必要最小限に限定」するのであれば、自ずと集団的自衛権の行使は許されないこととなるのである。
 よって、当会は、憲法の基本原理としての恒久平和主義を尊重し、立憲主義を堅持する立場から、憲法第9条によって禁じられている集団的自衛権の行使を内閣が従来の解釈を変更して可能とすることに断固として反対するものである。

                                  以上

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