2010年06月30日
前最高裁長官の語る裁判員裁判の現状と課題
前最高裁長官の語る裁判員裁判の現状と課題
本年(2010年)3月26日、最高裁長官だった島田仁郎氏が東大法曹会で「裁判員裁判にご理解とご協力を」と題して講話しています。裁判所内部の内幕話として興味深い内容ですので、その一部を紹介します。関心を持たれた方はぜひ全文をお読みください。会報10号に掲載されています。(な)
裁判所内は反対が強かった
当時の裁判所部内では私を含めて多くの裁判官、とくに刑事部の裁判官は陪審制度の導入については反対していた。誤判防止のために陪審制度を導入すべきだという人も多く、これに対しては、これまで裁判の適正に努力を傾注してきた裁判官から感情的な反発もあったことも事実。しかし、冷静に考えてみても、陪審制度によって、果たして刑事裁判の内容がこれまで以上により適正なものになるかどうかは疑問であるというのが、当時の部内における大方の意見であった。
積極の方向に変わっていった
その後、最高裁としては、欧米諸国に派遣して陪審や参審の研究をさせた者たちが続々帰ってきて報告する。そういう報告なども踏まえ、さらにいろいろと検討を進めた結果、結局、国民の司法参加自体にはメリットはあるし、時代の要請にもかなう。裁判官も一緒に裁判に臨む参審制度であれば、客観的な真実発見をあくまで求める我が国の国民性にも反しないし、参加する市民の負担の程度も陪審に比べれば比較的少ないということで、むしろ積極の方向で対応していくべきではないか、と変わってきた。
国民の司法参加の意義
2つある。第1には、一般の国民が裁判官と一緒に裁判をすることで、裁判に国民の健全な社会常識が反映されること。第2には、国民が裁判のことをよく知るようになって、その結果、国民の裁判に対する信頼がより強固なものになるということ。これまで非常識といわれても仕方がない判決や言動が、まったく見られなかったわけではない。裁判官、とくに刑事裁判を長くやってきた者は、犯罪を憎み、世の治安を守るという気持ちにおいて、これは検察、警察とその気持ちを共にする。どうしても心情的には、検察や警察の正義を守り、世の治安を守ろうという心情に傾きがちである。
したがって、嘘の自白を強要したり、鑑定資料について、いやしくもおかしな捜査をするなどということは、よもやないだろうと思いがちである。裁判員の場合には、被告人がうまく演技すれば、それに乗せられて間違った判断をしかねないという危険はある代わりに、被告人の真摯な主張を受け止める度量は広いといえるのではないか。私は、かねがね取り調べ状況の可視化を強く主張してきた。弁護士のみならず検察側のためにも、可視化はできる限り進めるべきだと思っている。
人を裁くことの精神的負担の重み
制度に反対する方は、人を裁くという重い精神的な負担を市民に課すのはいかがなものか、と指摘する。しかし、犯罪はひとごとではなく、いつ自分が被害者になるか、あるいは加害者にもなりかねない。また、実は加害者でなく冤罪ではあっても、容疑者に仕立てられることもある。それなのに、一般市民はこれまで犯罪をあたかもまったくひとごととして、傍観者的な立場でしか見てこなかったきらいがある。
人を裁くことの精神的な負担の重みは、まさにその通りであるが、それはプロの裁判官だからといって軽くなるわけではない。マンネリになって、その精神的な負担を軽く感じるようになるとしたら、それは裁かれる被告人に対して誠に申し訳ないわけで、みんなそうならないように、初心を忘れずに努めている。
この世の中にどんなに残虐非道な犯罪があるのか、そして被害者や遺族の無念な気持ちを考えると死刑以外に考えられないような犯罪が実際に存在するということ、そういう事実と正面から、国民の一人一人に向き合っていただきたい。そのうえで死刑を廃止すべきかどうかを議論することが必要だと思う。
死刑求刑事件に参加してみて、その犯罪と直接向き合って、それでもなお死刑にするのは酷であると思うなら、裁判員としてそういう意見を個々の裁判において十分に述べればいい。もし、そういう意見の方が多数で、それが反映されて、死刑判決がどんどん減っていくなら、それはそれでいい。それなら事実上の死刑廃止につながるということで、結構なことだと思う。重い方向になるにせよ、あるいは軽い方向に動くにせよ、量刑に一般市民の感覚が反映されることは、大いに歓迎すべきことだと思う。
9割の出頭率、参加してよかった
出頭率は90%と、想像以上によかった。当初は1件について用心を取って100人も呼び出していたが、最近では50人で足りるということになってきた。参加した後には、非常にいい経験をした、または、いい経験をしたと回答した者が97%に上っている。
裁判員になった人の96%が、精神的な負担の重みは実感しつつ、しかし、参加してよかった、という感想を述べている。これは陪審や参審をとっている欧米諸国のどこの国に比べても、勝るとも劣らない民度の高さを示している。
参加してよかったと回答した者は96%、その理由として、自分たち市民の感覚が判決に十分反映されたと思う、と回答した者が92%あった。
審理日数はほとんどが4日以内で終了し、5日以上はまだ8件。これは比較的簡単な事件がこれまで多かったからで、決して楽観できない。
今後は複雑困難、公判準備に多大なエネルギーを要して、公判日数も10日はおろか、20日や30日もかかる事件も出てくることがある。そのような事件に参加した裁判員から、仮にも、負担のみ多くてつらかった、裁判で何をやっているか分からなかった、参加した意義が感じられなかった、という意見や感想が出てくるようでは、この制度が生き永らえることはとうていできない。
ちなみに、裁判員裁判が始まってから、裁判官はじめ職員全体の様子がかなり明るく活性化してきた。
2010年06月17日
アメリカの刑事弁護の実際
アメリカのロースクールで刑事訴訟法を教えていて、法廷弁護士としても活躍しているピーター・アーリンダー氏が日本の弁護士に対して、アメリカの陪審裁判との日本の裁判員裁判の異同について昨年9月と12月に語った記録(抄)を紹介します。(な)
日弁連でトレーニングを担当しているアメリカの弁護士は、日本とアメリカの文化的基盤の違い、新しい制度の意味などをまったく理解していないのではないか。しかし、その理解なしにはトレーニングはできない。
同じ言葉でも、日米ではまったく意味が違う。たとえば、「裁判」という言葉は「トライアル」と訳される。日本で「裁判」というと、何度か行われる審理の集合体だと考えられている。しかし、アメリカの理解は違う。アメリカでトライアルとは、プリトライアル、トライアル、トライアル後の手続、その総体をさす。
日本では「陪審」とは市民が裁判官といっしょに司法に参加すること。アメリカにとっては、それは「陪審」という言葉とは理解しない。
大事なことは、日本の新しい制度の合議体が、普通の市民と裁判官の混合体となっていること。
アメリカの特徴は当事者主義であり、当事者主義の構造のなかで陪審制が導入されている。裁判官はレフェリーであって、陪審とは独立している。両チームがたたかっているときに、積極的な役割をはたすのではなく、両チームがルールどおりにやっているか否かを監視するのが役割。陪審制度では12人の人たちが判断するのであって、彼らが主役。裁判官はお互いのチームが反則をおかしているかどうかを判定する。陪審はゲームに参加するのではなく、サッカーボールがネットに入ったか否かを判断する。裁判が終われば別室で評議するが、評議は誰にも分からない。陪審の評議には誰も何も言えない。当事者主義の中で、陪審は裁判官、検察官、弁護人から独立して判定するところに真髄がある。
裁判官はレフェリーの役割である。情報を開示しあうのは弁護側と検察側である。弁護側にどのような証人、どのような証拠がでるのかを知らせなければならない。それを聞いて、裁判官がどのくらいかかるのかを決めることになる。決めるのはあくまで検察官だ。検察側の開示、ディスカバリーを経ないまま行われるのであれば、信頼できる裁判ではない。
陪審裁判は予測不可能であることが力になる、全関与者にとってそうであるからである。陪審裁判の予測不可能性が裁判官や検察官にとって圧力になる。アメリカでも陪審員の都合を尊重して期間を見積もることはある。しかし、全員が予測不可能であることを理解している。3日と思っていたのに7日かかることもある。一ヶ月で終わると思っていたところ、そうならないこともある。ここが日本の裁判員裁判と非常に違う制度である。
罪状認否から審理開始までの期間は、短いとき(簡単な事件)は1ヶ月程度。しかし、複雑なケースのときには1年であり、だいたい6ヶ月ほどである。
この手続全体のなかで、検察官側は弁護側に常に情報を与えなければならないが、弁護側から情報を与える義務はない。弁護側の力量によって有罪を認めるか無罪の主張にするかがきまってくる。つまり、理論としては、検察官が有罪無罪の立証するに必要な証拠・情報をすべてあたえ、そして弁護側が無罪を争えばいい。その結果が有罪を認める確率が87%という数字に反映されている。
理論的には取調べの可視化の問題とおとり捜査の関連性はまったくない。おとり捜査は非常に多く行われている。とくに、テロリスト、薬物、ギャングの事件では多く行われている。盗聴は9.11事件後に多く行われている。それは犯罪捜査のためではなく、外国の諜報摘発の目的で行われることが多い。同房者のスパイは非常によくあることである。
取調の可視化は連邦では認められておらず、州としては19州認められている。ミネソタでは可視化がなされているが、裁判官も検察官も良い方向で評価している。なぜなら、可視化を取り入れることにより、制度的に安定的になるし、判断も容易になるからである。
アメリカの刑事司法のシステムだと、司法取引がなければ、このシステム自体が機能しない。なぜならば、70から80%の事件がギルティー・プリーという段階で終わってしまう。多くの弁護人がトライアル(審理)を望んだら、システム自体が崩壊してしまう。
どんな法的な制度であっても、客観的な真実を発見するものではないということを知る必要がある。すべての法制度は過去の事実を扱うしかない。過去を完全に再構築することは不可能である。これはすべての法制度に埋め込まれたものであり、やむを得ない。どの程度の不正確の情報であれば、社会が受け入れられるのかということだと思う。アメリカでは多くの人は、真実の発見についてあきらめがある。真実の発見が正義なのか、それとも、あくまで正しい手続が行われたことが正義なのか。アメリカ人の多くは後者を取っている。
2010年05月11日
刑務所の処遇
「季刊・救援情報」65号(5月10日)に27年間の刑務官の体験をもつ坂本敏夫氏のインタビューがのっています。刑務所の処遇を考えるうえで参考になりますので、その一部を紹介します。(な)
重罰化、厳罰化の流れは深刻である。重罰化、厳罰化の流れのもとで、刑務所の収容率は増えている。平成19年末で、過剰収容となっている施設は全体の64%を占めている。とくに、無期懲役は、以前であれば20年もすれば仮釈放を許されていたが、今はほとんど仮釈放で出ていない。平成19年は一人もいなかった。最近では終身刑のような状況である。現在1600人の無期懲役囚がいる。
刑務作業の仕事がバブル崩壊の直後に比べても5分の1と少なくなっている。
かつて作業収入は全国で200億円を超え、収容費を確保していたが、仕事の量が減り、質が落ち、金額がひどく減っている。平成8年で受刑者数4万人で125億円稼いでいた作業収入は、平成19年には受刑者数7万人で58億円と大幅に減っている。一方で、収容費は平成8年に283億円だったものが、収容者の増加もあって平成19年には532億円に跳ね上がっている。
規律秩序が維持される集団管理の鉄則は、刑務所長の命令に問答無用で絶対服従させること。所長の命令は刑務官と受刑者の両方に及ぶ。刑務官を国家公務員法と各種内規(服務規程や懲戒規定など)で縛り、受刑者を刑事収容法令と受刑者生活心得などの規則で縛りつける。
管理第一主義で規律秩序の維持が掲げられた刑務所には、本来の改善更生のための個別の教育が入り込む余地はない。
集団処遇でも四苦八苦しているところに、個々の受刑者に焦点を当てた個別的矯正処遇に必要な時間と場所、そしてスタッフのどれもないというのが実態である。
法律で義務づけられた矯正教育は、法務省の通達により、月に2回のみ行うという形式的なもの。刑務所長が平日を矯正教育の日と定め、免業(仕事は休み)として、居室にビデオまたは録音を流して視聴させ、課題を与え、レポートを書かせている。
すべての受刑者に同じものを見せたり聞かせて、同じ課題を与え、改善更生の意欲を見る評価に利用している。受刑者たちは、制限の緩和と仮釈放のために、いやいやレポートを書かされている。
これが新しく取り入れられた矯正処遇の実態。日々の処遇という点ではテレビカメラや各種の警備システムがなかった1970年代までの刑務所の方が教育的だった。
過剰収容で、ただでさえ刑務官やスタッフの人手不足なので、なるべく件数を減らしたい。
工場担当の刑務官は、30人から100人ぐらいの受刑者を一人で受け持つ。
刑務官は、受刑者以上に規律に縛られていて、勤務中以外は受刑者と関われないという現実がある。
2010年04月20日
裁判員裁判と厳罰化
『法と民主主義』447号に石塚伸一教授が「裁判員制度シフトの終焉一厳罰主義の後始末」という興味深い論稿を寄せておられます。
私の関心をひいたところのみ紹介しますので、全文をぜひお読みください。(な)
刑法犯の減少
1997年に251万8074件であった刑法犯認知件数は、2002年に369万3928件(46.7%増)でピークを迎えた。しかし、その後、急速に減少しはじめ2008年に253万3351件(31.4%減)となり、11年前の数字に戻った。
被疑者国選弁護の適用拡大と裁判員裁判で捜査に手間がかかるようになった。殺人未遂は傷害、強盗致傷は強盗と窃盗の併合罪で処理すれば裁判員裁判を回避できる。日本の警察は、社会の耳目を集めるような「重大」事件の捜査に精力を傾注する体制に動いた。
刑事施設の過剰収容の約束
1990年代の中ごろから、刑事施設の被収容者数は徐々に増加していた。1994年ころから数百人ずつ増えはじめ1997年には5万人を超えた。その後は千人単位で増えつづけ、2006年に8万人を超えた。
収容率も100%を超え、一時、既決は115%、未決は70%を超えていた。
ところが、ここ数年、刑事施設の被収容者の数は徐々にではあるが、減少しはじめている。
矯正は、過剰収容を理由に刑務所の増設などを試みたが、高齢者や知的障がい者など、社会的に弱い立場にある人が増え、多くの問題をもった人たちの処遇に悩みはじめた。
社会内処遇の重要性が指摘され、更生保護と連携、福祉との協働が求められるようになった。
厳罰化の流れの中での予測は外れた
厳罰化の流れの中で、裁判員の情緒的判断で刑罰は重罰化し、検察官は重い罪名で起訴するようになるのではないかと予想されていた。
この予想は見事に外れた。2005年に入ると対象事件は減少しはじめ、2004年と2008年を比べると 1000件以上も減った。検察官による裁判員裁判回避、「起訴控え」とでもいうような現象が生じた。
実際に裁判員裁判が始まると、コストを重視する現実主義が優勢になった。検察官は冒険主義的な重罪による起訴と重罰の求刑を手控えるようになった。
死刑・無期判決の増加と減少
1991年から2009年までの確定死刑判決は年平均7.9件である。ところが、2004年以降はほぼ倍の平均16件である。
これを審級別に見ていくと、地裁では2000年~2007年の平均が13.6件、高裁では1年後の2001~2008年の平均が14.9件、最高裁では2004年以降2009年までが13.8件。
この突出して増加している期間を「大量死刑時代」と呼ぶことができる。
この期間の死刑判決は、地裁および高裁がそれぞれ100件。ほとんどの死刑事件は最上級審まで行くので、このうち20件程度が、現在、最高裁に係属している。しかし、地裁では2008年、高裁では2009年で「大量死刑時代」は終わった。
無期懲役の増加は、死刑以上に顕著である。1990年代の前半、徐々に増加していた確定無期懲役判決数は、2000年ころから急増し、2006年には135件でピークを迎えた。
現在、無期懲役受刑者の仮釈放はきわめて稀であり、事実上「終身刑」になっている。
2010年04月15日
裁判員裁判における最終弁論
裁判員裁判を傍聴したとき、事前のしっかりした準備がもちろん必要なのは当然ですが、公判廷では何が飛び出すか分かりませんので、それに応じて当意即妙の機敏な対応が必要だと痛感しました。
最新の『季刊・刑事弁護』62号に「裁判員裁判の弁護活動を検証する」という裁判員裁判を実際に体験した弁護士による座談会が開かれていますが、この点についての指摘もあり、大変勉強になりました。(な)
○ 前科がないという事情について、検察官は、「運び屋というのはだいたい前科がないから、前科がないことは良い事情にならない」という。
たとえば、子どもが本国にいるということも、「子どもがいる人といない人で刑に差を設けては不平等だ」という論告をした。そういうのを弁護人がまったく予測せずに、「彼には子どもがいて、子どもを養わなきゃいけないから、かわいそうだから刑を重くすべきじゃない」という弁論をしても、太刀打ちできない。
検察官の論告を適正に予測し、それに対応した弁論をしないと意味がない。
○ 予測が当たるとは限らないから、そのときに臨機応変に対応できるだけの余裕が必要になってくる。
○ 検察官の論告は、第1に「行為の評価」、第2に「被害者・被告人それぞれの事情」、第3に「被告人の善い情状」、第4に「求刑」という組み立てが非常に多い。
そして、第3の「善い情状」の項目の中で、検察官は裁判員に共感を持たれるような論証で必ず善い情状を攻撃する。
求刑18年で懲役17年が下された殺人事件で、前科がないことについては、「職場を捨ててホテルを転々、サイトで知り合った女性とみだらな関係に及ぶなどし、警察沙汰にもなっている。重要視すべきではない」という論証がそのまま判決に採用された。道徳的に問題はある人ですけれども、刑事責任に直接には結びつかない。ただ、裁判員が聞くと、「この人は、前科がなくても悪い人なんだな」と思う。
前科がないこと、古い前科であること、若いということに関しての、裁判官と国民の意識の違いを検察官はうまく利用して論証している。
論告を初めて聞いた弁論側が即座に十分な対応ができなくて、論告の論証がそのまま判決に取り入れられているというケースが目につく。
○ 正面から的確に対応しておかないと、不意を突かれることになる可能性がある。
2010年03月26日
裁判員選任手続の実情
『法の支配』156号(2010年1月号)に最高裁事務総局の斉藤啓昭刑事局第一課長が「裁判員裁判の実施状況について」として、裁判員選任手続の実情を紹介しています。(な)
10月31日までの判決46件について、選任手続の実施状況をみると、事件ごとに選定された候補者は合計4200人。同封した調査票の回答にもとづいて、70歳以上、学生といったいわゆる定型的辞退事由に当たるとして辞退等が認められた候補者が764人。重い病気やけがによる辞退等が認められた候補者を加えて、呼び出さない措置がされた候補者は1176人だった。呼出状を送付した候補者は3024人。選定された候補者に占める割合は72%。
次に、質問票により辞退を申し出るなどして呼出しの取消しが認められた候補者が944人だったので、選任手続期日に出席が求められた候補者の数は 2080人。最初に選定された候補者に占める割合は49.5%。
出席者の中には、呼出状が不送達となり現実には出席が期待できない候補者が含まれているので、これを除くと出席率は91.5%。
選任手続期日で辞退が認められた候補者が204人、理由のある不選任となった候補者が7人、理由を示さない不選任となった候補者が229人、くじにより不選任となった候補者が937人であった。最終的に選任された裁判員の数は278人、補充裁判員の数は116人だった。
選定された候補者のうち、最終的に辞退が認められたのは合計2218人 (52.8%)であるが、このうち90.8%に当たる候補者は、選任手続期日前に、すなわち裁判所に出向くことなく辞退が認められた。
そこで、審理期間が3日程度の事件の選任手続をイメージすると、当初70人から100人程度の候補者が選定され、このうち20人から30人が調査票の回答にもとづく辞退等が認められる。50人から70人前後の候補者に選任手続期日のお知らせ(呼出状)及び質問票が送付され、その回答にもとづいて、さらに20人から30人の候補者が辞退(呼出取消し)を認められる。残った30人から40人程度の候補者のうち、9割近い候補者が選任手続期日に出席し、当日の辞退申し出や不選任請求を経て、最終的にくじで裁判員及び補充裁判員が決まる。
9割という候補者の出席率は、無作為抽出を基本とした、国民の刑事裁判への参加制度をとっている諸外国と比較しても、きわめて高い数字である。
2010年03月25日
裁判員裁判の傍聴記(その10)
2月末にあった裁判員裁判を傍聴しました。これは弁護士会のモニターに応募したものです。
裁判員裁判については、これまでのところ全件が報道されています。初めのころのように傍聴希望者が殺到して傍聴整理券が発行されることはなくなりましたが、それは公判日の予告が一般にはなされないことも大きいと思います。
ところで、私が傍聴した裁判員裁判は、新聞によると、裁判の前日にあった裁判員裁判の選任手続に、出席義務のある33人のうち28人が裁判所に出席したとのことです。出席率は85%です。これは大変な高率だと思います。
ヒナ壇に座った男女各3人の計6人の裁判員は生まれて初めて、今後まず経験することはありえないというなかで、大変真剣に聞いていました。
やはり日本人って、真面目なんだなあと、つくづく思いました。
裁判員になりたくはないけれど、あたったからには呼ばれたら出ていくし、選ばれたら、それなりに尽くそうというのが一般の日本人の感覚ではないでしょうか。
裁判に市民が加わることによってもたらされる裁判の緊張感は、日本の刑事裁判を大きく変えていくものだと私は確信しています。 (な)
2010年03月19日
裁判員裁判の傍聴記(その9)
2月末に裁判員裁判を傍聴しました。
2日間かけて審理があり、3日目に判決が言い渡されます。
裁判官と裁判員の評議のスケジュールはまったく分かりません(公表されません)が、判決言い渡しは早くから3日目の午後3時半と予定されていました。
結果は重大な案件ですが、被告人も弁護人も控訴事実は認めていて争っておらず、当初から有罪であることを前提として、言い渡すべき刑の長さだけが争点でした。裁判官と裁判員の評議が尽くされたかどうか、外部からはまったくうかがい知れませんが、裁判の進行中でもちょこちょこと意見交換はあっていたのでしょうから、本件においては2日目の夕方までには結論が出ていたのではないでしょうか。
裁判官には、判決書という書面を作成する必要がありますので、その作成時間もいくらか確保しておかなければいけません。3日目の午前中と午後3時までが判決書を作成するための余裕時間として設定されていたわけです。私も、本件ではそれでよいと考えました。
判決言い渡しの時刻の10分前に法廷に入ると、既に傍聴席は満員でした。傍聴席は報道席のほうが多く確保されています。腕章を巻いた若い男女の記者が次々に入ってきて、大学ノートを膝の上に広げています。一般傍聴席もほとんど満席です。10分前に着いて良かったと思いました。今日は傍聴人のための整理券は発行されていません。それほど世間から注目を集めた事件でもありませんし、なにより判決宣告日が本日の午後3時半だというアナウンス(広報)があったわけでもありませんので、傍聴人が殺到すると言うことは考えにくかったのです。それでも、あとから来た人が廊下から何人か顔をのぞかせましたので、立会の書記官から、傍聴人があふれないように長椅子を運び込むように指示が出て、遅れてきた傍聴人も着席することができました。
今日もカメラ録りがあります。定刻5分前に裁判官3人が法廷に入ってきて、2分間のカメラ録りが始まりました。このじっとしている時間というのは、いつも緊張します。裁判官3人は、慣れているのでしょうね。じっと正面を向いて微動だにしません。
カメラが出ていくのと入れ替わりに、被告人が拘置所の職員2人にはさまれるようにして入ってきました。さすがに軽快とは言えない足取りです。スリッパをはき、ジーパンとブラウスという、これまでと変わらぬ服装です。若い女性なのに衣装替えというのはしないものなのでしょうか、これは、本人の意向なのか、それとも替え着を持っていないということなのか、少しばかり疑問に思いました。男性の被告人だったら、同じ背広姿でも違和感はなかったでしょうが、若い女性のときには、3日間、毎日同じ服装でいいのかなと考えたことでした。
被告人に続いて、補充裁判員が一人、裁判所の職員に誘導されて入ってきます。補充裁判員は評議には関与したのでしょうか。どこで任務が解除されるのかなと思いました。たしか、裁判員は判決宣告に必ずしも立会する必要はないとされていたように思います。それでも、判決書には、署名する必要があったはずです。ということは、判決書がいつ出来上がるかによりますが、恐らく評議を尽くしたと言えるまで評論していたはずですので、2日目の夕方に評議が終わっていたとしても、判決書が完成したであろう3日目にも裁判員は裁判所に出頭する必要があるはずです。そうだとすると、せっかくなら判決宣告にまで立会したいと思うのが人情ですよね。顔を見せた補充裁判員は、そんな気持ちから出頭したのではなかったのでしょうか。
補充裁判員は司法修習生の机の一つに誘導され、そこに座りました。昨日までの審理のときには、ヒナ壇の上、裁判員席のうしろに控えていましたが、今日はヒナ壇の下に降りてきたことになります。ちなみに、司法修習生は合計6人いたのですが、今日は、なぜか1人欠席していました。それとも補充裁判員に席を譲ったということなのでしょうか・・・。
書記官が被告人の腰縄・手錠を外すように拘置所の職員に指示し、外れたことを確認したところで、電話で連絡します。したがって、裁判員は腰縄・手錠姿の被告人を見ることはありません。
定刻より4分遅れて、ヒナ壇のうしろ扉が開き、裁判長を先頭として裁判官2人のあと裁判員6人が入ってきます。うしろから一番若い裁判官が入り、扉を閉め、9人全員がヒナ壇にそろったところで傍聴席に向かって一斉に頭を下げます。これは、いつもの儀式です。
裁判長が被告人を証言台の前に立たせて、本人であることを形式的に確認すると、判決の言い渡しに入ります。検察官の求刑よりは少しだけ軽い刑が言い渡されました。裁判長は判決の結論である注文を告げると、「量刑の点は長くなるので、着席して聞いてください」と被告人に声をかけました。被告人は黙ってうなずき、その場で椅子に腰をおろします。
量刑の理由は、かなり長く、丁寧でした。検察官の主張を基本的に取り入れましたが、一部は排斥しています。弁護人の主張もいくらか取り入れられていました。
被告人は刑を決めた事情を裁判長が読み上げているあいだ、身じろぎもせず、じっと聞きいっていました。
書かれた判決文はかなり丁寧でしたので、やはり、それなりに時間をかけたものと思われます。評議で出てきた意見も十分かどうかは分かりませんが、反映されているという気がしました。
裁判長は判決文を読み上げたあと、説論をはじめました。これを省略してしまう裁判官をたまに見かけますが、これはぜひ被告人の更生のためにも、励みになるような声かけをしてほしいと私は常日頃思っています。
裁判長は、このように言いました。
「あなたはまだ若いし、あなたなりに考えてやったことではあるでしょうが、さらに考えてほしいと裁判所は考えました。
これからの長い勾留生活のなかで大いに学んで、視野を広げてほしい」
判決の言い渡しが終わったのは午後3時48分でした。ですから正味15分ほど判決の言い渡しにかかったことになります。
判決言い渡しが終わると裁判長一人を残して裁判員も裁判官2人もうしろの扉から退出していきます。それを確認して拘置所の職員が被告人に腰縄・手錠をかけ、反対側の廊下のほうへ連れ出していきました。
それを見届けて、裁判長が扉から消えます。
おつかれさまでした。(な)

