福岡県弁護士会コラム(弁護士会blog)

憲法リレーエッセイ

2017年6月 1日

憲法リレーエッセイ 5月3日の過ごし方

会員 原田 直子(34期)

毎年春の大型連休の前半は憲法イベント。1989年に始まった憲法劇団ひまわり一座の憲法劇は、当初真面目に5月3日、どんたくと張り合ってやっていた。最近は、連休の最初の休みに行うことが多くなり、今年は4月30日。創立当初からのメンバーが少なくなって寂しいが、毎年どこからともなく50人ほどが集まってくる。子役で登場していた2世たちも成人し、第2世代メンバーの子ども達が子役で登場して舞台の注目を集めている。

素人の社会人集団が、自前の脚本で30回も芝居を続けるエネルギーは、やはり憲法9条。世界に誇る平和憲法が、年毎に愛おしくなる。憲法9条というと自然と憲法9条の歌になって、節を付けないと空んじることができないほどだ。

私は初めからおばあさん役が多かったが、憎まれ役、老け役は重要な脇役として舞台の質を左右すると自負して楽しんできた。これからも楽しい劇を通して舞台と客席の参加者みんなが憲法の素晴らしさを共感する舞台に参加したい。

これに対して、5月3日に行われた高遠菜穂子さんの「イラクから見る日本~暴力の連鎖の中で考える平和憲法」は、深刻な世界の情勢とその中で日本国憲法から離れていく日本の姿を浮き彫りにした講演会だった。高遠さんは、ご承知のとおり2004年にイラクで人質となり生還するも、心ないバッシングを受けた人。しかし、日本人が人質になった契機はイラクへの自衛隊派遣であり、高遠さんが生還できたのは、人道支援活動によるものだった。彼女はその後も一人でイラクでの人道支援活動を行なっている。

その彼女が語るイラク、モスル。今も毎日処刑が行われ、逃げるのが分かると手足を切断され公開処刑される。その状況を生み出したもの、アルカイーダ、その後のISの台頭は、いづれも米軍の大義なき戦争が産んだものであり、そのいづれにも、日本の自衛隊が無批判に追随して、「人道支援」の名の下に米軍支援を行なってきた実態が明らかにされた。

2003年に大量破壊兵器疑惑でイラク戦争が始められたが、現在では、アメリカもイギリスもオランダもこれは誤りだと認めており、国連の査察報告も大量破壊兵器はなかったと報告している。これに反して、日本はあくまで「イラク悪者論」に固執している。

イラクの人たちは、当初日本に軍隊はないはずだと思っていた。ファルージャに民間企業が来て雇用を創出すると期待していた。しかし、やってきたのは自衛隊だった。そして、ようやく戦闘が落ち着き始めたころ、シーア派イラク政府はスンニ派を弾圧し、このイラク政府に日本は警察車両を提供している。この弾圧に対するスンニ派による抗議デモの高揚に対し、さらなる弾圧と空爆が行われ、イラクはさらに深い混迷と民間人の犠牲が増加している・・・。

印象的だったのは「ISは極悪非道のモンスターだから殺されても当然」という考え方が、正規軍のモラルを低下させ、国際社会全体にも「コラテラル・ダメージ(巻き添え被害)も仕方ない」「対テロだから仕方ない」という考えが広がって、民間人被害の増加にもつながっているとの指摘。そして、イラク復興を掲げたアメリカの占領政策が失敗の連続で、イスラム国を産み出した原因がアメリカ自身にあることが日本では語られていないという日本のメディアの状況。

世界中で113人に1人が難民・国内避難民という状況の中で、目に見える人道支援は軍隊ではなく、文民・民間人でなければその国の人々に信頼されないと改めて強く思った。

  • URL

2017年5月 1日

憲法リレーエッセイ 飯塚市長選挙奮戦記

会員 小宮 学(37期)

1 はじめに

私は、2月19日告示、2月26日投開票の飯塚市長選挙に立候補した。

突然、前市長と前副市長の賭けマージャン事件が昨年12月22日付西日本新聞1面で報道され、年末には飯塚市政治倫理審査会が設置されることが報道された。

あれよあれよという間に、前市長と前副市長は、1月11日に1月31日付で辞職することを記者会見し、今回の飯塚市長選挙となった。

立候補の理由や公職選挙法について感じたことを簡単に紹介させていただきます。

2 飯塚市長選挙立候補表明

(1) 前市長と前副市長の賭けマージャン事件の報道以来、私は、漠然とではあるが、「飯塚市政は不透明であり、おかしいのではないか。」と思っていた。

前市長と前副市長の賭けマージャンは、元市幹部が経営するマージャン店「浜」で繰り返されていたこと、本年4月から飯塚市の指定管理者となる事業者が参加していたことが報道されていた。

現飯塚市長(前教育長)は、1月20日、教育長の辞任届けを提出し、その直後に飯塚市長選挙に立候補することを表明した。

(2) 1月21日付西日本新聞には、現飯塚市長(前教育長)について、「自ら明らかにした市長との賭けマージャンとともに、有権者がどう判断するかは未知数だ。」と報道されていた。

私は、「自ら明らかにした市長との賭けマージャン」とは、いったい何のことだと思って、ただちに他の新聞記事を調べた。

(3) 1月21日付毎日新聞には、「2010年の教育長就任以降7、8回ほど食事代などを賭けてマージャンをやったことを明かし『多くの人から出馬を促されたが、私が出馬できるか悩んだ』と述べた。前教育長によると前市長、前副市長とも2、3回一緒にマージャンをしたが、業者と同席したことや平日の日中にやったことは『ない』と否定」とあった。

(4) なんのことはない。現飯塚市長(前教育長)は、前市長、前副市長を交えて2回ほど、食事代や場所代を賭ける形で賭けマージャンをしていたのだ。

前市長、前副市長と同じ穴のむじなではないか。マージャンは4人いなければできない。現飯塚市長(前教育長)は、いったい誰と賭けマージャンをしていたのか。私は、現飯塚市長(前教育長)には、飯塚市長になる資格はないと思った。

突如、私は、賭けマージャン問題の真相を解明したく、1月28日に立候補の記者会見をした。無所属で立候補することを表明した。

3 私の戦略

私は、筑豊じん肺訴訟の原告弁護団事務局長を務めた。

初代弁護団長松本洋一(平成3年10月21日死亡)は、弁護団会議で、常々、「闘いは勢いである、小さくても勢いがある方が勝つ。」と言っていた。

筑豊じん肺訴訟は、提訴から最高裁判所の勝利判決まで18年4カ月もかかってしまったが、たった169名の炭鉱夫じん肺患者が国、三井鉱山(現・日本コークス工業)、三菱マテリアル、住友石炭鉱業(現・住石HD)、古河機械金属、日鉄鉱業に勝った。

故松本洋一の言葉を胸に、全力で闘った。

自民党以外の全政党から支持を得たく、推薦依頼文を発送した。自民党に推薦依頼を求めなかったのは、私が立候補の記者会見をした日に自民党が現飯塚市長(前教育長)の推薦決定をしていたためだ。結局は、日本共産党だけが私の推薦決定をした。

無党派層から支持を得たく、(1)賭けマージャン問題の真相解明、(2)市4役の資産公開制度の強化・創設、(3)11年前の合併後に廃止されたコミュニティバスの復活強化、(4)保育所待機児童の解消、(5)小・中学校のエアコンの設置、(6)白旗山メガソーラー乱開発ストップなどの政策を一生懸命訴えた。

告示後の1週間は、宣伝カーの上に立ち、毎日約20回、政策を訴えた。

3人の候補者の中で、宣伝カーの上に立ち、政策を訴えたのは私だけだ。

全国から約200人の弁護士仲間が、推薦文をくれた。毎日、弁護士仲間が応援弁論にやって来た。

4 敗北

私は、敗北した。現飯塚市長(前教育長)が26,320票、O候補が10,609票、私が8,553票だった。

2月27日付朝日新聞は、私の敗戦の弁を、「精一杯やった。私の意見は市民に届いた。今後に必ずつながる。新しい飯塚の出発点になる。」と報じた。

敗北した当初は、たった8,553票だと思ったが、「地盤、看板、鞄」がない私が、よく8,553票も取ったものだと今は思っている。

5 公職選挙法との闘い
(1) 飯塚警察署からの電話による注意

飯塚警察署刑事課知能犯係から数回電話による注意があった。

1回は、私がたまたま選挙事務所にいたので、電話対応した。告示前の2月15日(水)午前9時頃に電話がかかってきた。

公職選挙法143条17項には、「立札及び看板の類は、縦150センチメートル、横40センチメートルを超えないものであり、かつ、当該選挙に関する事務を管理する選挙管理委員会の定めるところの表示をしたものでなければならない。」とある。

私は、同日、午前7時30分から柏の森交差点でハンドマイクを使って、「小宮まなぶ」とだけ書いた横断幕を掲げて、政策を訴えた。

告示前なので、「飯塚市長選挙」とは言ってはいけないし、書いてもいけない。「候補者」とも言ってはいけないし、書いてもいけない。

告示前に、ハンドマイクを使って、街頭で政策を訴えたのは、3候補者の中で私だけだ。

飯塚警察署刑事課知能犯係が言うには、この横断幕が縦150センチメートル、横40センチメートルを超えていたという。

私は、思わず電話口で、「お前は、憲法21条を知らないのか。」と怒鳴りたくなるのを、我慢して、「はい。はい。」と言った。

(2) その他

その他、公職選挙法との闘いは山ほどある。今の公職選挙法は、新人は選挙にでるなと言っているに等しい。

  • URL

2017年4月 1日

憲法リレーエッセイ 裁判所は憲法を尊重しているか?

会員 永尾 廣久(26期)

「憲法は裁判規範ではなくプログラム」?

元最高裁判事の泉徳治氏は、最高裁の憲法認識を厳しく批判しています。

「日本の最高裁は憲法のやや抽象的文言から国民の具体的な権利自由を導くことに消極です。国民の権利自由は、法律で規定されて初めて生まれると考えがちです。立法作業を経験した裁判官に特にその傾向が強いようです。最高裁は、まず法律制度から入り、法律制度として合理性を有するものであれば、憲法上の合理性を有する、という判断の仕方をよくします。・・・・・。法律の具体的な制度設計が重要な意味をもつのであり、憲法は単なる要請、指針である、憲法は裁判規範ではなくプログラムである、という最高裁の姿勢が現れているように思われます」(『一歩前へ出る司法』、267頁)

そして、泉徳治氏は憲法秩序を守るために日本の裁判所はもっと積極的な役割を果たすべきだと強調しています。私も、全く同感です。

「社会集団全体の利益と集団構成員の利益はしばしば衝突します。ここでも、規格化を求める集団の利益と、選択的別姓でアイデンティティの保持を求める個人の利益が衝突しております。両利益の調和が必要となりますが、このことについて、憲法13条は『すべての国民は、個人として尊重される』と規定し、個人が尊重されて尊厳が守られる社会を作るという指針の下に個人と社会の利益の調和を図るべきことを規定しております。そして、日本社会では、夫婦の約96%が夫の姓を選択しているという状況の下で、選択的別姓を求める女性は少数派に属します。民主主義的プロセス、多数決原理で動く国会では、少数者の利益は無視されがちです。そこで、裁判所が、選択的別姓を認めず夫婦同姓を強制することが憲法13条の個人の尊重に違反するかどうかを厳格に審査しなければならない、そうしなければ憲法秩序が守られないということになります」(同、269頁)

「社会全体としては同一氏で規格化したほうが便利でしょうが、多少の不便は我慢しても個人としての生き方を認めていくべきですよね。個人としての生き方が集団の中で押しつぶされてしまっている」(同、272頁)

「日本の最高裁の建物の中には憲法問題を研究している人が一人もいないんですね」(同、330頁)

官僚派の裁判官だけではダメ

泉徳治氏は、本人自身が最高裁事務総長から最高裁判事に就任するという超エリートコースを歩んだ人ですが、最高裁の裁判官のうち3人くらいは官僚的な発想にとらわれない、人権重視の人が必要だと断言しています。

「官僚派の裁判官が大勢を占めるようになり、社会秩序重視の判決が多くなったように思われます」(同、294頁)

「団藤先生は、刑事法の権威ではありますが、刑事法以外の分野でも優れた個別意見を書いておられます。一つの分野を究めているような人はやはり違いますね。憲法でも他の分野でも立派なご意見をお書きになる。やはり、ああいう方が三人くらい最高裁に必要です。物事の本質を見ようとする人、官僚的な発想にとらわれない人が、必要なんじゃないですかね」(同、99頁)

裁判官の研修についても、注意を要するという泉徳治氏の指摘は大切だと思います。

「私も、裁判官を外部に出して多様な経験を積ませるということには賛成ですが、それによって裁判所が準行政庁的機関になることがあってはならないと思います。外部研修で、統治機関としての意識を強くして帰ってくる人がいないとも限りません」(同、304頁)

「夫婦同姓強制の合憲判断は間違い」

泉徳治氏は、最高裁が夫婦同姓を強制している法律を合憲であると判断したのは間違いだと、すっきりした口調で言い切ります。

「再婚禁止期間の違憲判断は当然であり、夫婦同姓強制の合憲判断は間違いであるというのが私の立場です。・・・・・。(最高裁判決は)まず社会があり、社会の構成要素として家族があり、家族の中に個人があるという発想です。社会の構成要素として家族があるのですから、家族のあり方は社会が民主主義的プロセスで決めればよい、社会全体の便益のためには、家族形態は規格的、画一的であるほうがよい、という発想です。しかし、まず、一個の人間としての男と女があるのではないでしょうか。その男と女が結婚して家庭を作る、家庭が集まって社会を作るのではないでしょうか。個人の尊重、個人の尊厳がまず最初に来るべきところです。多数決原理で個人の人権を無視することは許されないと思います」(同、266頁)

そして、泉徳治氏は、最高裁判決が「権利」よりも先に「制度」ありきとしているとして、厳しく批判しています。

安保法制法は憲法違反

国会で安保法制法案が審議されているとき、山口繁・元最高裁判長官が安保法制法案は憲法違反だと指摘したことが大きく報道されました。

泉徳治氏は、この点について、次のように語っています。

「(問い)2015年の夏に、集団的自衛権の限定的行使を容認する安全保障関連法案の合憲性が大きな争点となっていた頃、山口元長官がインタビューに応えて、法案を違憲だと指摘されたことは意外だった、ということですか。

そうですね。あれは、朝日新聞の記者のお手柄でした。私も山口元長官のご意見に賛成です」(同、308頁)

福岡でも、安保法制法が憲法違反であることを明確にするための裁判(国賠訴訟と自衛隊の派遣差止訴訟)が始まりました。裁判所には勇気を持って事実を見据えて、真正面から判断してもらいたいものです。

憲法を盾に裁判所は一歩前に

泉徳治氏は東京都議会議員定数是正訴訟で、本人が原告となって訴訟を提起しました。これは世間に大変なショックを与えるものでした。その思いを次のように語っています。

「選挙の争点にもならなかった安全保障関連法が国会をすいすいと通過する、憲法改正の論議も始まろうとしている、報道の自由を牽制するような動きもある、一人一票はなかなか実現しない、こういう動きをみておりますと、裁判所も、一歩下がってばかりいて、民主主義国家の中で果たすべき役割を怠っていた責任を免れないのではないかという思いを強くしてきました。また、どこが悪いというよりも、我々世代全体の責任だと思うようになりました」(同、336頁)

その反省の前提となっている司法の現状認識を泉徳治氏は次のように語っています。

「憲法は、立法、行政のほかに司法を設け、国民が、不平等な選挙権などの民主制のゆがみの是正を求め、憲法で保障された権利自由の救済を求めて、立法・行政と対等な立場で議論するフォーラムとして法廷を用意し、裁判所に対し、憲法に違反する国家行為を無効とする違憲審査権を付与しているのです。裁判所は、違憲審査権を行使することにより、民主制のシステムを正常に保ち、憲法で保障された個人の権利自由を救済するという役割を担っております。

したがって、裁判所が、違憲審査権行使の場面で、議会の立法裁量や政府の行政裁量の陰に隠れていては、憲法秩序が保たれません。裁判所は、憲法を盾に一歩前に出て、国会行為が憲法に照らし正当なものかどうかを厳格に審査しなければなりません。ところが、約70年の歴史のなかで、裁判所が法律や処分を違憲と判断した裁判例は20件しかありません。裁判所の中で、憲法で課せられた司法の役割に対する認識が十分に育っていないのです」(同、2頁)

「私は、裁判所が、憲法よりも法律を重視し、法律解釈で立法裁量を最大限に尊重し、法律に適合するならば憲法違反とは言えないとし、条約は無視する、という現状から早く抜け出して、憲法を盾に一歩前に出てきてほしいと願っております」(同、4頁)

形式・枝葉ばかりを気にする裁判官

福岡の法廷に現れる裁判官のうち、まともに当事者の言い分を聞いてくれる人にあたると、正直言ってほっとします。

時間ばかりを気にして、当事者の言い分をまともに聞いていないとしか思えない裁判官が、何と多いことでしょう。形式論には強いけれど、紛争の実質からは目を逸らそうとする裁判官、憲法論を持ち出すと、そんな抽象論なんか主張してもダメでしょ、と言わんばかりに冷たい裁判官が多過ぎます。泉徳治氏の言うように、上が上なら、下も下、そんな気がしてなりません。

でも、私は決して諦めているわけではありません。泉徳治氏の言うとおり、私たちには、今の状況を克服する責任があると思うのです。

泉徳治氏の本に大いに触発され、私も発奮しました。ぜひ、みなさんもご一読ください。

  • URL

2017年3月 1日

憲法リレーエッセイ 南スーダンの現状

会員 池上 遊(63期)

1 はじめに

2015年9月成立、2016年3月施行の安保法制法により、国際平和協力法が改正され、PKOに派遣される自衛隊は新たに駆け付け警護、共同宿営地防護といった任務の実施が可能となりました。現在、わが国は、アフリカの南スーダンへPKO部隊を派遣していますが、2016年12月に派遣された部隊から上記任務が与えられています。

遠い南スーダンで日本が果たすべき役割があるのか、現地の情勢がどうなっているのか、などに関心があり、現地で支援活動に従事する今井高樹さん(日本国際ボランティアセンター・スーダン現地代表)が1月22日に北九州でされた講演を聴いてきましたので簡単に紹介させていただきます。

2 南スーダンの現状

1956年にスーダン共和国がイギリスから独立、2度の内戦を経て2011年に同国から南スーダン共和国が独立しました。国連がPKO部隊(南スーダンミッション、UNMISS)の派遣を決定したのも同年です。そのわずか2年後の2013年、当時の副大統領をはじめとする一派がクーデターを起こして再び紛争が始まりました。今井さんは現状を「日本の戦国時代のよう」と評し、共存してきた二つの部族が南スーダン独立時に一旦はまとまったものの、財政や石油収入、国際支援で入ってくるお金をどのファミリーが使うかなど利権をめぐって大統領派、副大統領派の対立が生まれたと解説してくれました。軍隊は存在しますが、出身部族との関係でまとまりがなく今も内戦につながるおそれがあるそうです。ただ、今井さんの友人で南スーダンの方は、部族対立は結果であり、利害関係が軍の部族間対立を煽ったと言っているとのことでした。

2015年8月には、関係当事者が「南スーダンにおける衝突の解決に関する合意文書」に署名します(「外圧」によるものとのこと。)が、2016年7月に再度対立が激化し、現在は大統領派と副大統領派の間で再び紛争状態となっています。

自衛隊宿営地のあるジュバ(首都)でもヘリやロケット砲による攻撃が繰り返される一方、市場や国連食糧倉庫の襲撃、略奪(政府軍による略奪も含む。)もあり、これが国の軍隊かと思ったそうです。現在、市街地は比較的平穏だそうですが、警察が法令違反と言って市民を恐喝したり、入国管理局でも多額のお金を要求されるなど職権濫用が当たり前になっているようです。悪質なのが軍隊で、兵士による略奪やレイプを許しているという信じられない状況だそうです。インフレは700~800%、10年前には1ドルが2ポンドでしたが、今は100ポンドとなっているそうです。国連による支援が十分に行き届いていないことから、今井さんのグループは、人道支援として食料支援や教育支援に取り組んでいます。

3 南スーダンPKOと自衛隊

PKO部隊に対しては、2016年7月の紛争激化の際に市民が救助を求めたのに駆けつけなかったことなど助けを求めても何もしてくれないという批判が多いそうです。ホテルなどの施設を政府軍が襲撃しており、派遣すると政府との紛争になってしまうことから派遣できなかったようです。また、南スーダン政府も国連の避難民保護施設について反政府軍を匿っている、と批判しています。

駆け付け警護は現地の了解が必要で、南スーダンの現状では非現実的な任務です。自衛隊の任務は幹線道路建設の警護などですが、もし何かあっても戦闘の当事者が分からない、その結果同意を得ることもできない、誤って攻撃すれば敵とみなされることにつながります。

日本に対しては自動車メーカー「TOYOTA」の製品の質がいい、経済的先進国のイメージが強いようです。しかし、こうしたイメージも現地で何が起きるかで一転するでしょう。「駆けつけ警護」は必要ない。反政府勢力を含めバラバラになっている現状ではあらゆる勢力が集まって和平交渉を進める必要があり、非軍事的、外交分野にこそ日本の役目があると今井さんは話していました。

4 感想

南スーダンにはレベル4・退避勧告が発されています(外務省HP)。本原稿を書いている現在、報道によれば、2016年7月の紛争激化について破棄されたと政府が説明してきた自衛隊の報告書が「発見」され、同報告書に政府が否定する「戦闘」が起きていたとの記述があることが問題となっています。

紛争状態の現地に重装備の自衛隊を派遣してどんな支援ができるのか。日本が国際協調主義のもとで培ってきた信頼を失わないように本来の役割を果たすべきではないでしょうか。

  • URL

2017年2月 1日

憲法リレーエッセイ 安倍首相の真珠湾攻撃犠牲者慰霊に見られる日本国憲法観

会員 椛島 敏雅(31期)

安倍首相は2016年12月27日ハワイの真珠湾をオバマ大統領と共に訪れて、アメリカへの宣戦布告前の1941年12月8日未明、真珠湾に停泊中のアメリカ空母機動部隊への日本軍の奇襲攻撃で犠牲になった兵士約3300名に対する慰霊を行った。この訪問はオバマ大統領の同年5月27日の被爆地広島訪問に対する返礼の意味をも持つといわれているがそうではない。慰霊後の演説に広島訪問に対するお礼や返礼は一言も述べられていない。真珠湾での慰霊はオバマ大統領の岩国基地での演説に対する返礼である。オバマ大統領は広島に行く前に、同日、米軍最高司令官として岩国基地を訪れ、岸田外務大臣や日米の政府、軍関係者の前で、「かつての敵はパートナーだけでなく、最も強固な同盟国になった。」、「米国の海兵隊が自衛隊とともに」「信頼、協力、友情」で、「世界の安全保障を守って」いる同盟である(産経新聞)、と演説していた。

安倍首相は真珠湾での慰霊の後の演説で「この地で命を落とした人々の御霊に、ここから始まった戦いが奪った、全ての勇者たちの命に、戦争の犠牲となった、数知れぬ、無辜の民の魂に、永劫の、哀悼の誠を捧げます」、「戦争の惨禍は、二度と、繰り返してはならない」、日本は戦後、「ひたすら、不戦の誓いを貫いてまいりました」とは述べたが、「歴史に残る激しい戦争を戦った日本と米国は、歴史にまれな、深く、強く結ばれた同盟国となりました」「それは、いままでにもまして、世界を覆う幾多の困難に、共に立ち向かう同盟です。明日を拓く、『希望の同盟』です」と、先に成立させ施行させた立憲主義に違反すると考えられる安保法制を背景に、日米同盟を「希望の同盟」と呼んで、オバマ大統領や政府軍関係者を前に、オバマ大統領の岩国基地での演説に応えた。と同時に、これは2017年1月に就任するトランプ大統領へのメッセージでもあった。むしろ、政治的には此の方に狙いがあるのだろう。

しかし、真珠湾奇襲攻撃を伴った米英等に対する宣戦布告後の戦争は、行き詰まっていた日本の中国侵略戦争をアジア太平洋に広げ、日本で310万人、アジア太平洋地域で2000万人余という膨大な戦争犠牲者を出す大惨禍をもたらした。かの地で慰霊を言うなら、真珠湾での犠牲者だけでなく、全ての戦争犠牲者に対して、慰霊と謝罪と不戦の誓いをすべきである。それが、「政府の行為によって再び戦争の惨禍がないように決意」した憲法を持つ国の総理大臣の心構えであろう。

「安倍首相は、以前、著書で日米同盟は軍事同盟であり、「血の同盟であるべき」と言っていたが、今回の真珠湾訪問では「希望の同盟」と言うようになった。外務省のHPにも「日米同盟は希望の同盟となった」と掲載されている。本当に、日米同盟が「希望の同盟」になったと言ってよいのであろうか。

安保法制で自衛隊が紛争地域で米軍の後方支援を出来る様になったことからすると、日米同盟は「希望の同盟」ではなく、まさしく、血の匂いのする「血の同盟」になったと言えるだろう。しかし、私たちは血の同盟を断固として拒否する。その為にも安保法制廃止の声を上げ続けていかなければならないと思う。

  • URL

2016年12月 1日

憲法リレーエッセイ 日本国憲法公布70周年記念講演

会員 栃木 史郎(65期)

1946年11月3日に、日本国憲法が公布されました。今年(2016年)11月3日は、憲法公布70周年となります。それを記念して、福岡県弁護士会は、11月3日、憲法の大切さをアピールするパレードを行うとともに、九州大学法学部教授の南野森先生をお招きした講演会を開催いたしました。

パレードでは、天神中央公園から講演会場である明治安田生命ビルまでの道を、憲法の大切さをアピールしながらの行進となりました。多数の市民も参加した、賑やかなものとなりました。

パレードが終了した後に南野先生による講演会が行われました。講演会場である明治安田生命ビルの大ホールは定員が446名ですが、満席となる大盛況でした。

南野先生は、元AKB48の内山奈月さんとの共著で、「憲法主義」(PHP文庫)という書籍を出版されましたが、なぜ出版を決意されたのか等出版に至る経緯を交えて、憲法とは何なのかについて、分かりやすく、ときにユーモアを交えて、お話いただきました。

お話の中で、南野先生は、憲法が憲法であるためには、国民の役割が大切であると強調しておられました。

そもそも、憲法は、権力者を縛るという13世紀のイギリスで成立したマグナ・カルタが源流となっています。当時のイギリスでは、絶対君主制の下で、国王が横暴を働き、国民の人権がないがしろにされてきました。それを是としない国民が、横暴を働く国王を縛るために、国王に対して突き付けたルールが、マグナ・カルタです。

現在の日本の憲法は、国の最高法規とされ、それに違反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しないこととされます。そして、法律や命令等が憲法に抵触しているかどうかは、最高裁判所が審査をすることとされております。

しかし、これまでの日本では、権力者によって、そのような憲法の役割が無視されるということが、度々起きていました。

その例として、刑法200条の尊属殺規定があります。

最高裁は、1973年、刑法200条が違憲であるとの判決を出しました。しかし、尊属・卑属の関係を重んじる国家観を壊すべきではないとの考えから、国会は、長い間、刑法200条を刑法典から削除しませんでした。刑法典の口語化に合わせて、1995年になってようやく、刑法200条が削除されました。

南野先生は、憲法違反とされた法律が、なぜ、20年以上も存続したのかという点について、それは国家権力に対して、憲法を遵守させる強制力がないからであるとおっしゃっていました。憲法に違反したとしても、それを取り締まる警察のような機関があるわけではなく、違憲と判断した最高裁の判決を無視しても、何らのサンクションも予定されていないのです。

しかし、国民が国家権力の動きを監視することによって、国家権力が憲法を無視する一定の歯止めになり得ます。国家権力に対して憲法の遵守を求めるためには、そして、憲法が憲法であるためには、国民が国家権力を監視する、憲法に従えと政治家に言い続けていくことが必要不可欠であるとして、講演は締めくくられました。

講演会終了後、南野先生を囲んで、懇親会が行われました。場所は、会場の明治安田生命ビルの近くの「大阪屋」という郷土料理店でした。講演会では聞くことのできなかったお話や、大学でのお話等、ざっくばらんな語り口で聞くこともできました。

  • URL

2016年10月 1日

憲法リレーエッセイ 身近な戦争 西部軍事件

会員 前田 豊(28期)

1 昭和20年5、6月、福岡で「九大生体解剖事件」が起き、続いて、6月と8月、同じ西部軍によるB29搭乗員斬首殺害事件(西部軍事件・油山事件)が起きました。

2 昭和20年6月19日、福岡市は米軍機による無差別爆撃を受け、死者902名、行方不明者は244名にのぼる被害を受けました。

翌20日、現在の福岡高等裁判所の裏手の旧校庭で、軍律会議なしに西部軍法務大尉ら4名がB29搭乗員米兵8人を日本刀で斬首するという事件が起きました。「西部軍事件」と呼ばれます。

「福岡県弁護士会史 上巻」(679頁)には、「捕獲搭乗員は西部軍司令部に送られ現在の福岡県弁護士会館のあたりにあった急造の収容所に入れられた。(中略)福岡大空襲の翌日午後収容所内の捕獲搭乗員12名(ママ)を司令部裏の福岡市立高等女学校(現中央市民センター)の校庭に引き出して衆人環視の中で斬殺した。」とあります。

和光有精法務大尉ら4名が米兵8名を斬殺しましたが、その中に前夜の大空襲で母を亡くした冬至堅太郎主計大尉がありました。彼は、殺された母の仇を打つかのように志願して3名を斬首しましたが、裁判手続を経た処刑と誤信し、非合法処刑と知らずに実行しました。

3 続いて、長崎原爆投下翌日の8月10日、福岡市南郊の油山火葬場付近に搭乗員8名を連行し、軍参謀の指揮のもと法務部大尉ら5名が搭乗員5名を斬殺し、2名に空手で殺害できるかを試し、1名に弓矢で殺害できるかを試しましたが、いずれもうまくいかなかったので、最後は袈裟斬りと斬首で絶命させました。

「油山事件」と呼ばれます。

4 さらに、昭和天皇の玉音放送の後、8月15日、それまでの俘虜の処刑を隠蔽するため、同じ油山に、生き残っていた16~17名の米兵全員を連れて行き、処刑しました。第2の油山事件です。

5 戦後、捕獲員が一人もいないという異常事態から事件が発覚しました。関係者が横浜のBC級戦犯裁判にかけられ、死刑、無期懲役、有期懲役及び無罪の判決が下されました。冬至堅太郎大尉は死刑でしたがその後減刑されました。

6 現中央市民センター付近の旧高等女学校校庭(前年西部軍が接収)で、衆人環視のなか、穴を掘り、座らせて、斬首するというのはショッキングなことですが、法務部が関与して、軍律会議の裁判手続を経ないで処刑したという点に、なぜ?という疑問と、殺し殺される戦争の狂気と不条理を感じます。非合法処刑という点では、現在のISの斬首処刑と違わないと言われても仕方がありません。

7 西部軍事件の斬殺実行者の一人は弁護士でした。戦後、巣鴨プリズンから釈放され、贖罪のため無料相談や公益活動に尽力しました。後輩からも慕われ、推されてある弁護士会の最高責任者になりました。

清永聡「戦犯を救え」(新潮新書)では、匿名でその弁護士のことを取り上げています。晩年、「母を稱える詩(うた)」に、「かかさん あんたは戦後私が戦犯になったので、命をちぢめてしまったな!(略)かかさん、ととさん、私の作った一番よい果物をあんた達のみたまにそなえてあげたかね!」と、白鳥の歌をうたったことが紹介されています。胸打たれる話です。

8 戦争は狂気。自分が残虐行為を実行するか、その犠牲になるかです。

だから、好んで戦場に隊員を近づけさせる今の政治の風潮に、喝!

(文献・横浜弁護士会「法廷の星条旗」日本評論社はお勧めです)

  • URL

2016年9月 1日

憲法リレーエッセイ 安保法制違憲訴訟の課題と展望 −青井未帆教授の問題提起に触発されて−

会員 小谷 百合香(64期)

安保法制違憲訴訟

このところ、福岡県弁護士会(当会)でも安保法制や憲法について考えるシンポジウムや講演会が開かれ、幸いなことに毎回、多くの市民の参加もあり盛況です。

そしてこの4月26日、3月末に施行された安保法制について、東京で違憲確認ひいては国家賠償と施行差止めを求める訴訟が提起され、全国でも後に続けと訴訟提起がなされています。福岡でも、近く提訴される予定です。

ただ、安保法制それ自体が違憲であることは自明とはいえ、違憲判断に消極的と言われてきた裁判所に正面から違憲判断してもらうには難しい問題が山積です。

この難題を一つ一つクリアすべく、平成28年7月22日、東京・渋谷区の伊藤塾で、学習院大学の青井未帆教授(専門:憲法9条、憲法訴訟論)による講演があり、参加してきました。そこで、私がつかんだ思いや、解決の手がかりを報告します。

青井未帆教授の問題提起

Loyal Opposition(ロイヤルオポジション)

東京の安保法制違憲訴訟は、弁護士が原告を募るような形で、弁護士が中心となって訴訟を提起し追行をしているという面があるように感じます。ほかの地裁での裁判も、同様の傾向にあるようです。原発差止めの裁判も同じだと同期の弁護士から聞いたことがありますし、議員定数不均衡訴訟も同じではないでしょうか。

この実態について、青井教授は積極的に評価し、これをロイヤルオポジション(Loyal Opposition)という言葉で表現しました。ここでのロイヤルの頭文字は、Rではなく、Lです。

つまり日本の弁護士(法律家)は、権力そのものではありませんが、完全に権力の圏外にいるわけでもありません。そのような立場から、立憲民主主義が破壊されそうになっている今の危険をチャンスに変える方策に打って出る、日本ではその役割を(メディアではなく)弁護士が果たしているというのです。

安保法制違憲確認・差止訴訟は、国民を戦地に送り、戦争に巻き込んで、生命・身体・健康・財産・幸福追求権を損なう危険性を大いに秘めた、憲法9条に違反する安保法制をとらえて、弁護士が裁判を通じて「違憲である」との判決をもらおうとするものです。このことは、私たち弁護士に課せられた「基本的人権の擁護」「社会正義の実現」という2大使命(弁護士法1条1項)を実現するものと言えるのではないでしょうか。

そういう面をとらえて、青井教授は現在の弁護士による活動をLoyal Oppositionだと、弁護士への敬意を尽くして表現されたのだと思います。

一たび戦争となれば、いのちや財産が奪われることになります。私たち弁護士は事態が起きる前に、国民の人権を守り抜かなければならない。今、その使命が担わされているように思います。

「事件性」の要件は?違憲審査基準は?

私はこれまで、裁判所は付随的違憲審査制を採用し、具体的な事件が起きなければ違憲判断をしない、と学んできました。

では、具体的に誰かが戦地に行かなければ違憲訴訟が提起できないのでしょうか。青井教授からは、藤田宙靖元最高裁判官の論考や最近の憲法訴訟の在り方を紹介されました。

昨今の憲法訴訟の傾向として、議員定数不均衡訴訟などの客観訴訟では、最高裁が憲法秩序の維持を示すことが自明ではないものの、徐々に示すようになってきています。つまり、結論において違憲の判断をしない場合でも、憲法解釈を展開する憲法訴訟が増えてきているのです。

安保法制は、現時点では法制が成立し施行されたとはいうものの、まだ実際の運用や具体的な処分がなされたわけではありません。しかし、国民の生命・財産・幸福追求等の権利を損なう危険性は大いにあり、憲法9条に違反するものです。法律を作る国会が、憲法違反であっても法案を通してしまうときに、平和主義や三権分立を謳う憲法秩序を維持するために、裁判所が「三権」の一機関として職責を果たし、立憲政治のあるべき姿を取り戻す役割を果たすべきです。

では、憲法9条に違反するような法制については、どのような違憲審査基準が用いられるのでしょうか。

これは喫緊の課題であり、最大の難関であります。これについては、青井教授から興味深い示唆がありましたが、教授自身まだ考察中ということで、論文にも著していないため、私からの紹介は控えておきます。

今後、全国の訴訟において、弁護団が自由な発想により、どのような違憲審査基準を提案するのか、それに対して全国各地の裁判所がどのような判断を示すのか、興味深く見守っていきたいと思います。

今後の展望

福岡でも、安保法制違憲確認の国賠・差止訴訟が提訴される予定です。

現在、弁護団員への就任の訴えがなされています。数は力なり。まだ弁護団に加入されていない会員には、憲法9条の新しい判断基準や新たな判例を作る取り組みに参加されることを訴えます。ぜひご一緒させてください。

なにより、安保法制が違憲であることを白日の下にし、憲法の理念を取り戻した政治運営がなされるよう、見守りつつ行動することが、弁護士に求められている。そう実感させられる貴重な講演でした。

  • URL

2016年7月 1日

憲法リレーエッセイ 「憲法違反の安保法の市民集会及びパレード」のご報告

会員 永松 裕幹(63期)

平成28年6月11日午後2時、中央市民センターに於いて「憲法違反の安保法の廃止を求める市民集会及びパレード」(主催:当会、共催:日弁連、九弁連)が開催されましたので、ご報告させていただきます。

本市民集会及びパレードは、当会が5月25日の定期総会で「憲法違反の安保法制の廃止ならびに運用停止を求める決議」を決議し、日弁連が5月27日の定期総会で「安保法制に反対し、立憲主義・民主主義を回復するための宣言」を決議したことに続き、本年度の人権擁護大会のプレシンポジウムとして行われました。

まず、原田直子会長から開会のご挨拶があり、安保法の廃止を求める当会の取り組み等についてご紹介いただきました。

そして、西南学院大学法学部国際関係法学科(政治学)の田村元彦准教授を講師にお迎えし、「安保法制でどうなるの?私たちの社会」とのご講演をしていただきました。

田村先生のご講演は、福岡・九州における多くの市民運動に携わってこられたご経験に基づいたお話を中心に、法学・政治学の観点から安保法制や現在の日本の政治の問題点を多岐にわたって鋭く指摘されるもので、大変興味深い内容でした。

ご講演では、2002年の「福岡市愛国心通知表問題」(福岡市立小学校の内69校が、「愛国心」を3段階評価する通知表を採用したことに対する抗議運動)について、詳しくお話がありました。そして、そのご経験や人間関係が、その後の様々な運動や、安保法制に反対する福岡の学生団体「FYM」(Fukuoka Youth Movement。中心メンバーには田村先生のゼミの学生がいて、学者や当会会員及び報道記者等多くの方々と関わりを有している)等の活動へ繋がったとのことでした。

また、田村先生は、権力を持っている側は、一枚岩で着々と布石を打ってくるのに対し、「弱者は分断され、孤立した戦いを強いられる」ことを強く指摘されました。そのうえで、現代の日本の社会は、国際的には開けて豊かである一方で、国内的には抑圧的な監視社会になってきており、若い世代の未来が奪われているのではないかとの強い危機感を表明され、これに対抗するために社会的弱者同士の繋がりや運動の継続性が重要である旨述べられました。会場に集まった多くの会員や市民の皆さんも、このことに共感されている様子でした。

ご講演の後は、九州大学大学院で政治学を学ばれている小幡あゆみさんと当会の原田美紀会員が登壇され、田村先生とのパネルディスカッションをしていただきました。

まず、小幡さんから、ご自身をはじめ学生の皆さんがどのような問題意識から安保法制反対の運動を展開していったのかということ等をお話しいただきました。

その後、原田会員にまとめていただいた会場からの質問事項について、田村先生と小幡さんにお答えいただきました。市民が声を上げる方法にはどのようなものがあるのかという質問に対して、田村先生が「メディアの良い記事や番組は、直接褒めて欲しい。現場の記者は、読者・視聴者から送られてくる手紙やメールに励まされている。」と答えられたことが、特に印象に残りました。

最後に、井下顕副会長より閉会のご挨拶をいただき、市民集会は、盛会の内に終了しました。

その後、30度近い暑さにもかかわらず、多くの会員・市民が参加して、中央市民センターから北天神まで1時間弱にわたってパレードを行い、沿道を行く人々に対し、安保法制の違憲性をアピールしました。

弁護士会による憲法違反の安保法の廃止を求める運動に、一会員として、今後も関わっていかなければならないという思いを強くした一日となりました。

  • URL

2016年6月 1日

憲法リレーエッセイ ひまわり一座の憲法劇

会員 牟田 功一(67期)

1 はじめに

今年も、憲法記念日を前にした5月1日、中央市民センター大ホールにおいて、ひまわり一座による憲法劇「時をつくる人々」の公演が行われましたのでご報告させていただきます。

2 憲法講演

まず、憲法劇を開演する前に、井下顕先生に憲法の意義を踏まえ、安保関連法が可決されるに至った経緯、安保関連法が制定されたことで懸念される事態等を解説いただき、安保関連法が立憲主義、恒久平和主義に反すると考えられることについてご講演いただきました。井下先生が講演されている間、私は憲法劇の出番を待ち舞台裏で待機していました。私自身、初めての演劇ということもあって極度の緊張状態にありましたが、井下先生が訴えられた、「立憲主義とは、『法律及び政治は憲法に反してはならない』という要請(消極的側面)のみならず、憲法の存立危機が生じた場合には『憲法に基づく政治をする』という積極的な側面(積極的立憲主義)を持って」いるという言葉がとても印象的でした。あわせて、「積極的立憲主義を実現するには政治に無関心にならず選挙に行くこと」の大切さが訴えられました。

劇中では、政治に無関心な大学生がある特殊な世界に巻き込まれ、その世界で種々の理不尽な出来事を目の当たりにし、最後には、自ら率先して選挙に行こうとする姿勢が描き出され、井下先生のご講演と憲法劇が一体となって「積極的立憲主義」「選挙」の重要さを訴えることができたのではないかと思っております。

3 憲法劇公演

今年は、政治に無関心な大学生が未来にタイムスリップする場面から始まりました。タイムスリップした未来では、テロの脅威のもと、国家が国家緊急事態を宣言し、権限が集中した国家が徹底した情報統制、公安警察の権限強化を政令に基づいて行う事態が生じていました。その渦中に巻き込まれた大学生が、基本的人権が無いに等しい社会の様々な事象を目の当たりにし、そのような理不尽な社会を作り出さないため、若い世代が選挙に無関心になってはいけないという決意が萌芽するという内容の演劇でした。劇中では、ジョン・レノンが発表した「(All we are saying is) give peace a chance」を歌い、また、最後には9条の歌を来場者と一緒に歌いました。会場は平和を望む劇団員及び来場者の歌声で熱気に包まれ、その熱を冷ますことなく、劇団員と来場者はそのまま一体となり天神の警固公園までパレードを行いました。

4 さいごに

劇中には、「俺たちが政治に無関心でも、政治の方は俺たちに無関心じゃない。」「私たちに訪れる時は、私たちが考えて、私たちの責任でつくるの。」という台詞がありました。この台詞は、井下先生が訴えられた積極的立憲主義を考える重要な視点だと思います。憲法を勉強したことのない人にとって、憲法論は抽象的であり、なかなか関心が持てないのではないかと思われますが、憲法劇は憲法の存在意義を市民の方々に分かりやすく伝えることを目的としています。

ひまわり一座は、弁護士や市民の方が、経験・未経験を問わず一緒になって自作の憲法劇を作る劇団です。演劇に興味のある方々は是非ご参加下さい。

  • URL
1  2  3  4  5  6  7  8

カテゴリー

Backnumber

最近のエントリー