福岡県弁護士会コラム(会内広報誌「月報」より)

月報記事

2022年8月 1日

ツイッター投稿削除請求を認めた最高裁判決を受けて

情報問題対策委員会 委員 古賀 健矢(70期)

1 はじめに

令和4年6月24日、最高裁第二小法廷において、Twitter(ツイッター)上の犯罪記事の投稿の削除請求を認める判決(以下「本判決」)が出されました。

本記事では、本判決の概要や、今後の実務への影響として考えられることについて、僭越ながら、ご紹介させていただきます。

2 本判決の概要

本判決の事案は、平成24年に建造物(旅館の女湯脱衣場)侵入により逮捕された上告人が、逮捕当日にツイッター上で報道機関のウェブサイトに掲載された上告人の逮捕報道記事を転載する各投稿がなされたことについて、当該各投稿により上告人のプライバシーに属する事実をみだりに公表されない利益等が侵害されているとして、平成30年に、ツイッター運営会社に対し、人格権ないし人格的利益に基づき、投稿の削除を求めたというものです。

判決においては、上告人の本件事実を公表されない法的利益と本件各ツイートを一般の閲覧に供し続ける理由に関する諸事情を比較衡量して、前者の利益が優越するものと認め、投稿の削除が認められました。

本判決は、脱衣場侵入という社会的に非難の対象となりやすい類型の事案に関する逮捕歴について削除を認めた点で、名誉権やプライバシーの保護の側面から正当な判断をしたものとして、画期的な判決であると評価できます。

もともと、本判決においては、ウェブ検索結果に表示された犯罪事実に関する記事の削除基準を示した最高裁平成29年1月31日決定(民集 71巻1号63頁)(以下「平成29年決定」)と同じ基準を用いられるのか否かが注目されていました。

3 平成29年決定の要旨等

平成29年決定の事案は、ネット上の逮捕報道記事やネット掲示板に書き込まれた逮捕事実が、Google検索結果に表示されたことについて、検索結果の削除が求められたというものです。

決定においては、検索事業者による検索結果の提供が、現代社会においてインターネット上の情報流通の基盤として大きな役割を果たしていることを指摘した上で、「当該事実を公表されない法的利益と当該URL等情報を検索結果として提供する理由に関する諸事情を比較衡量して判断すべきもので、その結果、当該事実を公表されない法的利益が優越することが明らかな場合には」検索結果の削除が認められるとされ、結論として同事案における削除請求は否定されました。

平成29年決定は、事実を公表されない法的利益が優越することが"明らか"な場合という偏った比較衡量の基準を定立し、ウェブ検索結果を削除されない利益を保護する立場をとりました。

平成29年決定の基準を用いると、犯罪事実といった一定程度の公益性を有する事実については、事実を公表されない法的利益が優越することが"明らか"と評価できる場合は極めて限定され、実質的に犯罪事実の削除請求は不可能となるといった批判がなされていました。

また、裁判実務上も、ウェブ検索結果以外のネット上のメディアの削除が求められた事案についても、平成29年決定と同様の基準を用いて削除請求を否定するという傾向があり、あらゆるネット上のメディアに関する削除請求一般について平成29年決定の厳格な基準により削除の可否を判断しなければならない状況が続いていました。

4 本判決の判示内容

実際に、本判決の原審である東京高判令和2年6月29日(判タ1477号44頁)においても、平成29年決定の基準が用いられ、ツイッターの投稿記事を一般の閲覧に供する諸事情よりも本件逮捕の事実を公表されない法的利益が優越することが明らかであるとはいえないとして、削除請求が否定されました。

上告審である本判決においては、まず「本件事実の性質及び内容、本件各ツイートによって本件事実が伝達される範囲と上告人が被る具体的被害の程度、上告人の社会的地位や影響力、本件各ツイートの目的や意義、本件各ツイートがされた時の社会的状況とその後の変化など、上告人の本件事実を公表されない法的利益と本件各ツイートを一般の閲覧に供し続ける理由に関する諸事情を比較衡量して判断すべきもので、その結果、上告人の本件事実を公表されない法的利益が本件各ツイートを一般の閲覧に供し続ける理由に優越する場合には、本件各ツイートの削除を求めることができるものと解するのが相当である」との基準を定立しました。

原審が平成29年決定の基準を用いたことについては、「原審は、上告人が被上告人に対して本件各ツイートの削除を求めることができるのは、上告人の本件事実を公表されない法的利益が優越することが明らかな場合に限られるとするが、被上告人がツイッターの利用者に提供しているサービスの内容やツイッターの利用の実態等を考慮しても、そのように解することはできない」として、ツイッターのサービス内容、利用実態等から、本件には平成29年決定の射程が及ばないことを指摘しています。

このように、本判決は、ツイッターの投稿については、平成29年決定の偏った比較衡量ではなく、事実を公表されない利益と、投稿を一般閲覧に供し続ける理由との純粋な比較衡量によって削除の可否を判断すべきとしました。

本判決のあてはめにおいては、投稿の対象となった逮捕事実が、投稿がされた時点においては、公共の利害に関する事実であったと指摘した上で、他方で既に逮捕から約8年が経過し、刑の言渡しはその効力を失っていること、ツイートに転載された報道記事も既に削除されていることなどからすれば、公共の利害との関わりの程度は小さくなってきていると評価されています。

その上で、各投稿は逮捕当日にされたもので、140文字という字数制限の下で、報道記事の一部を転載して逮捕事実を指摘したもので、ツイッター利用者への速報が目的となっており、長期間にわたって閲覧されつづけることを想定してされたものでないこと、上告人の氏名を条件としてツイートを検索すると逮捕事実を知らない上告人と面識のある者には逮捕事実が伝達される可能性が小さいとはいえないこと、上告人が公的立場にあるものではないことを指摘し、「上告人の本件事実を公表されない法的利益が本件各ツイートを一般の閲覧に供し続ける理由に優越するものと認めるのが相当」と判断して、各投稿の削除を認めました。

5 本判決の意義

以上のように、本判決は、ツイッターの特性等を考慮して、ツイッターの投稿については、平成29年決定の射程が及ばないとし、純粋な比較衡量により削除の可否を判断すべきとしたもので、よりプライバシーを保護する立場を示したものと評価できます。本判決が平成29年決定と異なる基準を示したのは、ツイッターの投稿が、ウェブ検索結果と異なり、長期間にわたる閲覧の継続を想定されていないこと等に注目したものと考えられます。

本判決により、少なくともツイッターの投稿については、削除請求が従来よりも容易に認められることとなると考えられます。

また、本判決により、最高裁は、平成29年決定の基準がネット上のあらゆるコンテンツに対する削除請求について適用されるものではないことを示したこととなります。これを受けて、他のSNS、掲示板といったメディア、ウェブサイトにおける記事等のコンテンツの削除請求事例に関し、本判決の基準が適用される可能性もあると考えられます。これにより、これまで裁判実務上削除が否定される傾向にあったネット上のコンテンツの削除請求が認められやすくなり、従来よりも削除請求のハードルが下がることも予想されます。

6 おわりに

当情報問題対策委員会は、令和4年9月10日(土)に、シンポジウム「デジタル社会と人権を考える―デジタル化、AIの活用で社会はどう変わる?―」の開催を予定しております。

本判決ではSNSの利用におけるプライバシー保護が問題となりましたが、デジタル化の進展に伴うプライバシー保護をテーマにしており、この問題の第一人者である慶応大学の山本龍彦教授や、読売新聞編集委員若江雅子氏などを講師としてお招きしておりますので、ご興味をもたれましたら皆様是非ご参加ください。

2022年7月 1日

あさかぜ基金だより 入所ご挨拶

会員 藤田 大輝(74期)

きみは誰?

弁護士法人あさかぜ基金法律事務所に入所しました、弁護士の藤田大輝(ふじただいき)です。

私は、山口県下関市豊北町に生まれ、大学進学(福岡大学)を機に、福岡に来ました。福岡大学では、体育部会応援指導部応援団に所属し、第57代団長を務めました。私が、長く休部状態だった応援団を復活させたときのニュース映像があります。YouTubeで「福岡大学応援団 藤田大輝」と検索してみてください。当時は、そこそこモテたのです(今は...?)。

その後、福岡大学法科大学院に進学・修了し、令和2年の司法試験(会場は南近代ビル)に合格しました。修習地も福岡でした。振り返ると、18歳で福岡に来てから、ちょうど10年が経過しました。

あさかぜ"基金"ってなに?

弁護士法人あさかぜ基金法律事務所は、司法過疎地域(人口あたりの弁護士の数が少ない地域)に赴任する弁護士を養成するため、九州弁護士会連合会が創設した"基金"から拠出された資金で設立されました。所員弁護士は、最長3年間の養成期間を経て、原則として九州の司法過疎地域に赴任します。

「過疎地域に行きたい」なんて、変わり者かな...?

私の出身地は、電車が2時間に1本、小学校の同級生は12人という、とんでもなく過疎の地域です。猿も雉もフツーにそのへんを歩いています(犬は飼っています)。もちろん、車で45分以内の場所に法律事務所なんてありません。そのため、出身地域の人々はリーガルサービスと疎遠だと常日頃感じていました。助けを求めたいのに、その声を押し殺している人がいる。その人に、声を上げる勇気を与えるためには、身近な弁護士が必要だと考えました。

私は将来、弁護士過疎地で独立開業したいと考えています。これを実現するには、多種多様な事案に対応でき、かつ過疎地域の実情を肌で感じる経験が必要です。そんな私にとって、早いうちから多種多様な事案に触れることができ、かつ過疎地域事務所への赴任が予定されているあさかぜ基金法律事務所は、理想的環境です。

弁護士やっていけそう?

私は、本年4月21日(一斉登録日)から、弁護士の仕事をはじめました。私には社会人経験もありませんから、分からないことばかりの毎日です。しかし、一方で、新しい知識・経験を得ることに喜びを感じる毎日でもあります。

これから、諸先輩弁護士の先生方、対面する依頼者の方々から多くのことを学び、研鑽を積んでいくつもりです。やる気一杯の私です。なにとぞよろしくご指導いただきますようお願いします。

福岡県弁護士会 あさかぜ基金だより 入所ご挨拶

福岡大学 体育部会 応援指導部応援団 現役時

福岡県弁護士会 あさかぜ基金だより 入所ご挨拶

私の地元 下関市豊北町某所 実家周辺の風景

子どもの権利について考えるシンポジウム「地方から広げよう!子どもにやさしいまちづくり」のご報告

子どもの権利委員会(人権小委員会)委員 鶴崎 陽三(69期)

1 はじめに

去る令和4年5月14日(土)、福岡県弁護士会館及びzoomにて、福岡県弁護士会主催・日弁連及び九弁連共催で、子どもの権利委員会企画のシンポジウム「地方から広げよう!子どもにやさしいまちづくり」が開催されました。

私も子どもの権利委員会の委員として研修に参加いたしましたので、代表してご報告いたします。

2 シンポジウム開催の背景

日本が子どもの権利条約(以下、単に「条約」といいます。)に批准してからはや27年が経ちますが、依然として子どもの権利条約が国内に浸透しているとは言い難く、子どもの権利に関する基本法も制定されないままの状況が続いていました(なお、本シンポジウム後の6月15日にこども家庭庁設置法とこども基本法が成立しています。)。

昨年9月に日弁連が「子どもの権利基本法の制定を求める提言」を公表し、その中で基本法の制定、子ども施策の総合調整機関の設置、子どもの権利を保障する独立した監視機関(以下、「権利救済機関」といいます。)の設置を求めましたが、それを受けて作成された法案は、権利救済機関の設置を定めていないなど提言内容と比較すると十分なものとは言えませんでした(6月に実際に成立した基本法にも権利救済機関の設置は定められていません。)。

他方で、地方自治体の中には、子どもの権利に関する条例を制定し、日弁連が提言の中で求めているような監視機関を設置している自治体もあり、福岡では、志免町が平成19年に県内で初めて子どもの権利条例を制定しており、権利救済機関の活動実績も積み重ねられています。

子どもの権利を守るためのこのような地方の活動を、国全体の施策レベルまで広めていかなければならないとの思いから、本シンポジウム「地方から広げよう!子どもにやさしいまちづくり」を開催する運びとなりました。

3 シンポジウムの内容
(1) 基調講演

本シンポジウムの基調講演として、子どもの権利条約総合研究所運営委員の平野裕二氏から、子ども基本法や子どもの権利救済機関をめぐる国際的な動向を中心にご講演いただきました。

条約では、子どもの「生きる権利」「育つ権利」「守られる権利」「参加する権利」を4つの柱として、「保護の客体」という子ども観から「権利行使の主体」という子ども観へと転換されており、一般原則として、差別の禁止、子どもの最善の利益、生命・生存・発達に対する権利、子どもの意見の尊重が定められています。

すでに子どもの権利に関する基本法が制定されているウェールズ、スコットランドなどの立法例や、それらの国の子どもの権利救済機関の取り組みなどが平野氏から紹介されましたが、その一方で、日本は2004年、2010年、2019年の3回にわたり国連から条約の遵守を確保すべく国内法の整備等をすることが勧告されています。

ようやく基本法が成立したばかりの日本を子どもの権利が十分に保障された社会にするためには、今後の積み重ねが不可欠であると痛感します。

(2) 弁護士会からの報告

弁護士会からの報告として、日弁連子どもの権利委員会人権救済小委員会委員長の栁優香弁護士より、日弁連が求める子どもの権利基本法と子どもの権利救済機関についてご報告いただきました。

子どもの権利条約や子どもの権利保障が社会に浸透しているとは言い難い現状を変えるためには、基本法を制定して子どもの権利を国民に広く浸透させる必要があります。

また、条約や憲法が裁判規範として直接適用されることがほとんどない実情を踏まえると、より身近な「法律」という形にすることが重要です。

そして、原則や理念等を規定した基本法が制定されることで、個別法の指針となります。

この点、6月にこども基本法が成立したこと自体は素晴らしいことですが、日弁連が提言で求めていた内容とはまだまだ乖離があります。

今後、よりよい法律にしていくためには、私たち弁護士の率先した取り組みが重要になるであろうと感じました。

(3) 子どもたちからの報告

今回のシンポジウムに先立ち、小学生から高校生までの子どもたち向けに、子どもの権利について学習してもらう機会を設けました。

そして、本シンポジウムでは、その参加者の中から、現在高校に通っている女子生徒2名に子どもの権利について発表してもらいました。

子どもたちにとって、成長の過程で子どもの権利を教わる機会はあまりないようで、今回の学習は、自分たちを取り巻くルールなどについて改めて考えるいいきっかけになったようです。

発表者の1人は、校則に定められた厳しい髪型のルールにとくに疑問を抱いたようで、校則の作成にも生徒たち自身の考えを反映させるようにしていくべきだとの思いを発表してくれました。

その生徒のその日の髪型は誰が見ても至って健全と思えるような髪形で、学校生活になんらかの支障が生じるようにはとても思えませんでしたが、その髪型には、結び目が高い、前髪が眉にかかっている、サイドが長くなっているという3つの校則違反があるそうです。

このような子どもたちの現状を踏まえた発表は参加者の心にも響いたようで、シンポジウム後のアンケート結果を見ると、子どもたちの発表に対する参加者の満足度の高さが窺えました。

私にとっても、子どもを取り巻く現状と子どもたちの率直な考えを知るいい機会になりました。

(4) パネルディスカッション
  • 臨床心理士で志免町子どもの権利救済委員を務められている調優子氏、特別支援学校の講師をされている吉川貴子氏、福岡子どもにやさしいまち・子どもの権利研究会の小坂昌司弁護士(福岡県弁護士会)によるリレートークのあと、平野氏を加えてパネルディスカッションを行いました。
  • 先ほどご紹介したとおり、調氏が救済委員を務められている志免町は福岡県で最初に子どもの権利条例を制定した自治体です。
    志免町の権利救済機関では、知らない人には相談したくないであろう子どもの心理を踏まえ、相談とは関係なく普段から子どもと話をすることで信頼関係を構築しているそうです。
    また、学校との関係でも、問題が起こったときに初めて学校と対峙すると敵対視されることから、普段から関係性を持つようにしているとのことでした。
    そして、自治体内の機関と異なり権利救済機関は第三者機関として自治体からの権利侵害に対する救済活動もできることなど、子どもたちの権利を守る機関としての役割を具体的な経験を交えながらご説明いただき、権利救済機関の設置が重要であることをより明確に認識することができました。
  • 吉川氏は、昨年12月に糸島市議会に子どもの権利条例をつくるように請願する取り組みに携われており、その後、請願が通って糸島市では子どもの権利条例の制定に向けた動きが進んでいます。
    吉川氏が請願を行うに至ったのは、制服を着たくないという中学生を応援する取り組みに関わっていたことがきっかけとのことでしたが、吉川氏の経験談を聞くことで、市民からの働きかけによっても条例が制定され得るということを具体的にイメージすることができました。
  • 小坂弁護士からは、ユニセフ(国連児童基金)が提唱する「子どもにやさしいまちづくり」活動を福岡で広めるために設立された「福岡子どもにやさしいまち・子どもの権利研究会」の活動などをご紹介いただきました。
    また、小坂弁護士は宗像市で8年間権利救済機関の委員をされた経験があることから、子どもがいつでも相談できる独立の機関があることの意義や、権利救済機関が子どもの権利を守るための方策を実現していくためには国にも意見を言える独立の機関であることが必要であることなどをお話しいただきました。
    弁護士として働きながら弁護士業務以外でも様々な場で子どもの権利救済に携わられている小坂弁護士のお話は、今後より深く子どもの権利に関わる仕事をしていきたいと考えている私にとっては非常に興味深く、参考になる内容でした。
  • パネルディカッションでは、各パネリストから子どもの権利を取り巻く国の現状や、具体的な経験をもとにしたご意見を伺うことができ、今後、国レベルで子どもにやさしいまちを創っていくための道筋を示していただけたと感じますし、今後の課題を検討していくための材料にもなりました。
4 最後に

私が中学生だった頃、男子生徒は坊主頭でなければならないという校則が廃止されたり、教師から生徒への体罰に対して世間の目が明らかに厳しくなったり、子どもへの制約が少しずつ緩和されていくのを感じていました。

それから30年足らずが経過する中で自分自身も弁護士になり、子どもも大人と同様に権利行使の主体であるという子ども観は自分の中では当たり前になっています。

しかし、今回のシンポジウムを通じて、実際には子どもの権利が社会にはまだまだ浸透していないことを痛感し、そのことに私は少なからず驚きを感じました。

今後、子どもの権利を守るための条例や個別法が制定されたり、それに基づく施策が講じられたりする中で、社会の子ども観が変わり、子どもにやさしいまちが日本中に広がっていくことを祈念しつつ、私からの報告を終了いたします。

2022年6月 1日

手錠・腰縄PT 2021年度活動報告

手錠・腰縄問題に関するPT 田上 雅之(69期)

1 はじめに

2020年10月、日弁連手錠・腰縄PT座長(田中俊弁護士)を講師にお招きした学習会を開催した後、当会の人権擁護委員会及び刑事弁護等委員会が共同で準備を進め、2021年8月、当会の手錠・腰縄PTが設置されました。当PTでは、勾留中の被疑者・被告人の個人の尊厳・人格権を保障すべく、刑事公判廷における入退廷の際、手錠・腰縄姿を傍聴人や訴訟関係人の目に晒さないように弁護人から裁判所に求めていくという運動を行っております。

2021年9月までは日弁連PTの雛形を当会MLで紹介して当会での申入活動をお願いしておりましたが、2021年10月からは当PTにおいて、当会独自の申入書雛形・申入結果報告書を作成し、当会HPに掲載するとともに、国選弁護人選任時の法テラスからのFAXにも案内文書を添付し始めました。

この度、会員の皆様から2022年3月末日までにご報告いただいた申入結果報告書を集約し、分析しておりますので、この場でご報告させていただきます。

2 申入件数・措置件数

(1) 日弁連雛形を用いてご報告のあった申入件数は合計6件で(2021年2月~9月)、そのうち、裁判所によって何らかの対応(措置)がなされたものが2件でした。

当PT独自の申入結果報告書作成後の2021年10月から2022年3月までの6か月間(2021年度下半期)にご報告のあった申入件数は15件で、そのうち、裁判官によって何らかの対応(措置)がとられたものが合計3件でした。

当PTの活動開始前6件から開始後15件に申入件数が倍増しており、申入活動が活性化している状況です。このうち2件は起訴前(勾留理由開示期日)における申入れであり、被疑者段階での活動としても行われています。

(2) 申入先は福岡地裁(支部を含む)16件、高裁5件であり、申入件数21件のうち会員の期別の内訳は、20期代が2件、41期から50期までが3件、51期から60期までが2件、61期から70期までが10件、71期から73期までが4件となっており、ベテランから若手まで幅広く申入活動に協力して頂いています。

3 対応(措置)が行われた事例(5件)の概要

(1) 実際に対応(措置)が行われた事例5件のうち、「傍聴人がいない法廷で解錠・施錠」が行われたものが3件、「裁判官が予定時刻より早く入廷し傍聴人の入廷前に法廷での解錠・施錠」が行われたものが1件、その他の対応として「裁判官から傍聴人の有無について確認」されたものが1件でした。

(2) 実際に対応(措置)が行われた事例の罪名は、暴行、覚醒剤取締法違反(自己使用)、恐喝未遂、大麻取締法違反(共同所持)、大麻取締法違反となっています。

(3) 「傍聴人がいない法廷で解錠・施錠」が行われた事案や裁判官自ら弁護人に傍聴人の有無を確認する連絡があることから、傍聴人に手錠腰縄姿を晒さないようにする申入れへの意義が裁判官にも理解されつつあることが窺えます。

4 終わりに

2022年度も弁護人から裁判所に対する積極的な手錠腰縄に関する申入れを行っていただき、是非当PTまで申入結果報告のご提出をお願い致します。今年度からは、Googleフォーム(URL https://forms.gle/KBpgnLbEytyeC4mi7)によるご報告も可能となりましたので、報告しやすい方法で随時ご報告ください。

運動の趣旨・目的、実際の活動例については、当会月報599号(2021年12月号)37頁から39頁において、当PT富永悠太委員が詳細に報告しておりますので、本記事と合わせて是非ご参照ください。今後も当PTの運動に皆様のご協力を賜りますようお願い致します。

2022年5月 1日

あさかぜ基金だより

あさかぜ基金法律事務所 所員 佐古井 啓太(72期)

こんにちは

あさかぜ基金法律事務所の佐古井です。あさかぜに入所して、はや2年が過ぎました。入所当時はこんなに長く福岡にいないと思っていたのですが、あっという間に過ぎる時間にびっくりしています。私の入所当時は6人いた弁護士も、うち4人は既に司法過疎地へと旅立ちました。あさかぜの養成期間は、上限が3年と決まっていますので、私もいよいよ赴任先を真剣に検討しないといけない頃合いです。

あさかぜでは、年に数回、赴任先となる事務所を研修として訪問していますが、今回は、あさかぜから旅立った1人である西原宗佑弁護士が所長をつとめる壱岐ひまわり基金法律事務所を訪問しましたので、その時のことを報告したいと思います。

壱岐ひまわり基金法律事務所

壱岐ひまわり基金法律事務所は長崎県壱岐市にある公設事務所です。壱岐市は人口2万5000人の市で、壱岐島全体で一市を構成しています。壱岐市一市を管轄する長崎地家裁壱岐支部が置かれており、裁判所や市役所のある郷ノ浦は、壱岐島の南西に位置する港町です。郷ノ浦が壱岐の中心部となっていて、壱岐ひまわり基金法律事務所もここにあります。

壱岐島は玄界灘に浮かぶ島であり、福岡市の北西70キロメートルに位置しています。福岡市の博多ふ頭から高速船ジェットフォイルで1時間程度で結ばれていて、長崎県ではありますが、福岡県とも結びつきの深い島です。隣の対馬とは「壱岐・対馬」とセットにされることが多いのですが、壱岐は円形の平らな島で、車で2時間もあれば一周できる比較的小さな島です。対馬は細長く地形も山がちで、端から端まで車で2時間以上かかる大きな島ですから、なんとも対照的です。

離婚事件の多い島

壱岐には、博多ふ頭からジェットフォイルに乗って行きました。船というと遅くて時間のかかるイメージでしたが、ジェットフォイルは、「海を飛ぶ」と形容されるとおりとても速く、時速80キロメートル近くも出るそうです。外海を通るので、時期によっては揺れがすさまじく、船酔いが大変だと聞いていましたから、非常に心配していましたが、この日は海も穏やかで、眠っている間にいつの間にか郷ノ浦港に着いていました。

郷ノ浦港に着いてから、西原弁護士に島を一周案内してもらいました。まずは猿岩。海に突き出た岩が、猿の顔に見えるから猿岩とのことです。海風が吹き付けて少し寒かったのですが、時間が朝であり、晴れていたのでなんともいい気持ちでした。そのあと月讀神社に行ったら、なんとここは神道発祥の地とのことで、こんなところで発祥したのかと驚きました。神社自体は、森の中の傾斜のきつい石段を上った先に小さな社がある、なんの変哲もない神社でしたが、なんとなく厳かな雰囲気のある空間でした。その後も何か所か観光地を周って、最後に原の辻遺跡に行きました。復元された高床式倉庫が建っていたので弥生時代の遺跡なのでしょうが、あたり一面が広大な平野になっていて、いかにも稲作に適した土地だろうなと思いました。聞くと、この辺りは長崎県下第2位の平野だそうで、まさか離島にそんな広い平野があると知ってびっくりしました。遺跡から見える山の上には、博物館があり、ここも大変面白いところだそうですが、この日は時間がなく次回までお預けとなりました。

壱岐をぐるりと周ったあとは、事務所を訪問し、西原弁護士から壱岐での弁護士活動について話を聞きました。壱岐は、福岡市に近いことの影響からか、とにかく離婚事件が多いとのことで、常時何件もかかえているそうです。島には2つしか事務所がないので、いろいろな種類の事件が来るようでしたが、裁判官が月に2回しか壱岐支部に来ないので、期日が集中して入ることになり、準備書面の作成が大変だとの話も出ました。なにより、小さな島なので、「利益相反」が頻繁に生じるということでした。島を移動すると、そこら中に関係者がいるので、心が休まらないという話も聞かされました。なるほど島ならではの問題だなと実感しました。

壱岐は、法テラスの法律事務所が先にできたこともあり、法律事務所といえば法テラスという土地だそうです。そんな中、ひまわりの先代所長弁護士が苦労して築き上げた信用を引き継いでやっていくのは、責任のともなう仕事でもあると思いました。

福岡県弁護士会 あさかぜ基金だより
いよいよ司法過疎地へ!

あさかぜで2年間弁護士をやってきましたが、1人で司法過疎地へ赴任するとなるとまだまだ不安です。それでも、今回、壱岐を訪問して、数多くの事件を抱えながらも、順調に事件を解決している先輩弁護士の頼もしい姿を見て、勇気づけられもしました。私も、いよいよ間近に迫った赴任に向けて、より一層研鑽に励んでいきますので、これまでにも増してのご指導ご援助をお願いします。

また、最後に宣伝ですが、現在、YouTubeの日弁連公式チャンネルにおいて、日弁連ひまわり基金20周年動画として「ここに弁護士がいてよかった(離島・長崎壱岐編)」(https://www.youtube.com/watch?v=C34O71Tvj04)が公開されています。あさかぜから壱岐に赴任した古賀祥多弁護士と西原宗佑弁護士の2人がひまわり基金法律事務所の意義について語っているのでぜひご覧ください。

「ジュニアロースクール2022春in福岡」開催!

法教育委員会 委員 吉住 守雅(73期)

1 はじめに

令和4年3月30日(水)、「ジュニアロースクール2022春in福岡」が開催されました。昨年に引き続き、今年のJLSもオンラインでの開催となり、弁護士は会館からZoomで参加し、生徒の皆さんにはご自宅などからZoomでご参加いただきました。

2 今回のテーマ
  1. 2022年4月から、新高等学校学習指導要領等が実施され、高校での新たな必履修科目として「公共」の授業が始まります。そこでは、資料から情報を正確に読み取って現代の課題を捉え考察し、課題解決に向けた自分の考えを整理して議論する力を身に付けること等が目標とされています。
    そこで、今回のJLSでは、新学期開始より一足先にこれらの力を磨くべく、「労働問題(正規雇用・非正規雇用)を考える」をテーマに、問題解決に向けた議論とその思考を体験してもらうこととしました。
  2. 具体的な内容としては、正規雇用・非正規雇用に関する統計データやそれを基にしたグラフの資料を生徒さんに配布した上で、その資料からどのような問題を読み取れるか、また、その原因や解決策は何が考えられるかを議論してもらうといったものになります。
3 当日の様子
福岡県弁護士会 「ジュニアロースクール2022春in福岡」開催!

伊藤会長による開会の御挨拶

  1. 当日は、急遽不参加となってしまった生徒さんもいましたが、総勢16名の生徒さんにご参加いただきました。また、教員の方1名にも見学という形でご参加いただきました。
  2. 今回のJLSは全体として大きく2つの部に別れており、それぞれの部の冒頭で、弁護士による寸劇が行われました。
    寸劇は、八木先生が弁護士役、見越先生と稲吉先生が高校生役となって、生徒さんと同じ資料を読みながら議論するという設定で行われました。生徒さんにどのように議論するかのイメージを掴んでもらうことを目的としています。
  3. 第1部は、
    1. 配布された資料を各自で読み込んで、正規雇用・非正規雇用に関する問題点を見つける。
    2. 4名ずつのグループに分かれて、資料から読み取った問題点をそれぞれ発表する。
    3. 全体会議で、各グループの意見を発表する。
      という流れで進行しました。
  4. 第2部は、
    1. 再びグループに分かれて、第1部で議論した問題点のうち1つに絞り、その原因と解決策を議論する。
    2. 全体会議で、各グループでの議論の結果を発表する。
    3. 全体会議で、各グループが発表した解決策に対して、その解決策を講じることによって生じうる更なる問題点の指摘とその対策を議論する。
      という流れで進行しました。
  5. グループワークでは、1グループにつき3名ほどの弁護士が担当となり、議論の進行や記録を行いました。
    私が担当したグループでは、進行担当の横山先生や八木先生が話を振ると、どの生徒さんも自分の考えを的確に説明してくれました。労働問題は生徒さんにとってイメージしづらいかと思いましたが、資料を基にして様々な角度からの意見が挙がり、充実した議論になりました。
    時には、生徒さんがグラフの出典である統計データ(URLを資料に記載)にまで遡って検討した意見に、我々が追いつけなくなる場面もあり、その熱意に驚かされるとともに次回以降への反省ともなりました。
    弁護士は、会館2階の大ホールのほか、複数の会議室に分かれてグループワークに参加していたため、他のグループの議論の様子は分かりませんでしたが、全体会議での発表内容からして、どのグループも充実した議論になっていたことが想像できました。
  6. 閉会後には、改めて各グループに分かれ、生徒さんに感想を聞いてみたり、逆に生徒さんから弁護士に対して質問したりするフリートークの時間が設けられました。弁護士になったきっかけや司法試験の話など、様々な質問が飛び交い、グループワークでの議論と同じかそれ以上の盛り上がりを見せていたように思います。
福岡県弁護士会 「ジュニアロースクール2022春in福岡」開催!

壇上で寸劇をする先生方

4 終わりに
  1. 2回目のオンライン開催となった今年も、坂本キャップをはじめとして司会の佐渡先生やZoom担当の田上先生など、運営の先生方による入念な準備・円滑な進行のおかげで、大成功に終わることができたと実感しています。
    生徒さんへのアンケートでも、とても面白かったとの意見を多数頂くことができ、微力ながらお手伝いさせていただいた身として非常に嬉しく思います。
  2. 今後の開催については、リモートだと発言しづらかったり、声が聞き取りづらかったりするとの意見もあり、対面での開催を希望する意見が多く寄せられました。また、PCやネット回線等の問題からか、途中で回線が途切れてしまったり、画面の向きが安定しなかったりした生徒さんもいました。
    その一方で、オンラインの方が話しやすいという意見もあり、オンラインだからこそ参加できるという遠方の生徒さんもいらっしゃいました。
    今後は、対面とZoom併用でのハイブリッド方式なども検討されるかと思いますが、いずれにせよ、対面での参加も可能なJLSが開催できるように、1日でも早くコロナが収束する日が来ることを願ってやみません。
  3. 最後になりますが、当日は読売新聞の記者の方が取材に来ており、弁護士や生徒さんへ取材されていました。具体的な掲載日は未定とのことですが、掲載された際は、ぜひご一読ください。

2022年4月 1日

生きることにおびえなくてよい社会をめざして

自死問題対策委員会 日髙 こむぎ(70期)

1 はじめに

2022年3月5日(土)、福岡県弁護士会が主催し日本弁護士連合会が共催する自殺予防シンポジウム「生きることにおびえなくてよい社会をめざして」が福岡県弁護士会2階大ホール(ZOOM併用)で開催されました。

シンポジウム開催の9日前の2月24日、ロシア連邦がウクライナへの軍事侵攻を開始しました。日々報道される被害の状況に心を痛め、また、平和の大切さを再認識された方も多いと思います。翻って、日本は、平和な社会と言えるのでしょうか?

2020年の自殺者数は2万1081人となり、11年ぶりに前年を上回り、女性と若者の自殺が目立ちます。2021年の自殺者数は警察庁の自殺統計(速報値)によると2万0984人とわずかに減少しましたが、女性の自殺はほとんど減っていません。これらの数字を見ると、女性や若者をはじめ多くの人の命や未来がおびやかされている現状が浮かび上がってきます。

追い込まれた死を防ぎ、生きることにおびえなくてよい社会をつくるために私たちに何ができるのか、シンポジウムの内容をご報告します。

2 基調講演

基調講演として、NPO法人ライフリンク代表であり、全国レベルで自殺対策に取り組まれている清水康之さんに、お話をいただきました。

(1) 若者にとって自殺が身近で深刻な問題であること

日本では、1998年に自殺者数が急増し、14年連続して国内の自殺者数が3万人を超える状態が続いていました。2010年以降は9年連続の減少となり、2018年の自殺者数は2万0840人と37年ぶりに2万1000人を下回りました。ところが、前述のとおり、コロナ禍において自殺者数は増加しています。

年齢階級別の自殺死亡率の推移をみると、10代の自殺死亡率のみが上昇しています。また、それぞれの年齢階級別の死亡原因をみると、10代後半、20代、30代では死亡原因の第1位が自殺です。先進国(G7)と比較すると、10代及び20代の死亡原因の第1位が自殺であるのは、日本のみとなっています。

このように、日本の若者にとって、自殺が深刻かつ身近な問題であることが分かります。インターネット上には、「死にたい」「消えたい」という、誰にも話せない苦しい胸のうちがつづられていることが少なくありません。

清水さんは、多数の大人たちが自殺により亡くなっている社会に生まれてきてしまったからこそ、子どもたちも同じように自殺のリスクを抱えてしまっていると捉えることができると指摘されました。

(2) 自殺の危機経路

自殺対策に具体的かつ実践的に取り組むためには、自殺の実態の把握が非常に重要です。そこで、ライフリンクでは、どのような人がどのようにして自殺で亡くなったのか、自殺に至るまでのプロセスを明らかにするための調査を行いました(調査の報告は、ライフリンクのウェブサイトで閲覧することができます。)。その結果、一人あたり平均して、4つの悩みや課題が重なって自殺に至るということが明らかとなりました。

一例をあげると、失業者では、「失業→生活苦→多重債務→うつ状態→自殺」、労働者では、「配置転換→過労+職場の人間関係→うつ状態→自殺」、主婦では「子育ての悩み→夫婦間の不和→うつ状態→自殺」というように、自殺に至るまでには、複数の問題が重なりあい、連鎖しています。また、職業や立場によって、自殺に追い込まれるプロセスに一定の規則性(パターン)があることが分かります。

この自殺の危機経路における最初の要因は、私たちの日常に溢れている問題です。ところが、問題が悪化して別の問題を引き起こし、また別の問題を引き起こすというように、問題が連鎖して追い込まれていきます。この連鎖では、「うつ病→自殺」の経路が危険度が高いのですが、留意すべきなのは、うつ病は、自殺の一歩手前の重大な要因であると同時に、他の様々な問題が連鎖した結果であるということです。したがって、自殺対策としては、うつ病に対する治療だけではなく、その他の問題の対策を行うことによって、危機経路の進行をいかに早い段階で止めるかが、重要となります。

(3) 自殺の危機経路の進行を止めるためには

実は、自殺の背景にある約70の問題一つ一つに対しては、既に様々な対策が講じられています。それではなぜ、自殺の危機経路の進行を止めることができないのでしょうか。

その理由は、それぞれの対策が、それぞれの領域の中に留まってしまっているからです。仮に、ある専門家が、その人の抱えている問題のうち1つだけを解決したとしても、残りの3つの問題が未解決のままでは、その人を完全に自殺から救うことは出来ません。

自殺の危機経路の進行を食い止めるには、平均して4つの窓口が連動して支援を行わなければならず、点の取り組みでは上手くいかないのです。

このことは、調査からも明らかになっています。前述した調査での質問事項の1つとして、自殺者の遺族に対し「家族(自殺者)は自殺で亡くなる前に専門機関に相談していたか」と尋ねたところ、全体の実に70%が、「相談をしていた」(30%が「相談をしていない」)と回答しました。そして、相談をした時期としては、全体のうち44%が、「1か月以内」に相談をしていたと回答しました。

このように、自殺者は、専門機関に相談をしたにもかかわらず、自死に至ってしまったという、衝撃的な事実が明らかとなりました。

(4) 自殺対策は、地域づくり・社会づくりであること

私たちの社会は、多様化する中で、地域の現場が抱える問題も複雑化し(例えば8050問題、ヤングケアラーの問題)、これまで予期しなかった問題に直面しています。今後も、よりいっそう予期せぬ問題が生じることが予想できます。そのような問題に対しては、旧来的な縦割り行政、専門分野ごとのばらばらな支援(点での支援)では、なかなか上手くいきません。

地域の現場の実情に応じて、関係者が柔軟に連携できれば、複雑化した問題にも対応することができ、住民の暮らしの質・命をまもることができます。誰が、いつ、自殺の危機経路に落ちてしまうのかは分からない状況にあります。支援の入り口のどこかにたどり着けば、そこから必要とする支援につながるという、誰もが支援を受けることができる社会を作っていくことができれば、誰にとっても生き心地のよい社会となります。

(5) 自殺のリスクをおさえるためには

自殺のリスクには、生きることの促進要因(将来の夢、家族や友人との信頼関係、やりがいのある仕事や趣味、経済的な安定、ライフスキル(問題対処能力)etc)と、生きることの阻害要因(将来への不安や絶望、失業や不安定雇用、過重労働、借金や貧困、家族や周囲からの虐待、いじめetc)が関係しています。

生きることの促進要因よりも、阻害要因が上回るとき、自殺のリスクが高まります。逆に、生きることの促進要因が阻害要因を上回っていれば、自殺のリスクは低くなります。

自殺対策のためには、阻害要因を取り除き、促進要因を増やしていくことが重要です。

(6) 点から線、線から面へ

自殺に対応できる地域のネットワークは、他のあらゆる問題にも対応できるはずです。点と点の支援をつないで点から線へ、そして線が重なり合って線から面(セーフティネット)へと広げていくことが必要とされています。

清水さんは、講演の冒頭で、ウクライナに留学された時の思い出に触れられました。そして、ウクライナの子どもたちは、キーウに残り徹底抗戦しているゼレンスキー大統領、その行動により国をまもるため立ち上がるウクライナの大人たち、そしてウクライナの人々の行動を見て支援を進める諸外国の行動を見て、「行動」から、祖国のまもるべき価値を身に染みて感じているのではないかと述べられました。

清水さんは、講演の冒頭で、ウクライナに留学された時の思い出に触れられました。そして、ウクライナの子どもたちは、キーウに残り徹底抗戦しているゼレンスキー大統領、その行動により国をまもるため立ち上がるウクライナの大人たち、そしてウクライナの人々の行動を見て支援を進める諸外国の行動を見て、「行動」から、祖国のまもるべき価値を身に染みて感じているのではないかと述べられました。

3 日弁連の自殺予防の取り組みについての報告

次に、日弁連の自殺予防の取り組みとして、生越照幸弁護士より、自死遺族支援弁護団におけるLINE相談の経験を基に、SNS相談の仕組みについてご報告をいただきました。

同弁護団では、相談で利用するSNSとして「LINE for Business」を採用されました。導入に際しては、(1)相談対応の弁護士のサポート体制(2)予想される質問への回答例の作成、(3)電話相談への誘導を工夫されたそうです。

実際に、LINE相談でのチャットの具体例(仮定)をもとに、SNS相談の難しさについてもお話いただきました。法律相談では、回答の前提として様々な事実関係を確認する必要がありますが、把握しておきたい情報を相談者から聞き出すのが難しかったり、回答者の質問の意図や回答について、相談者が理解しづらいと感じたことがあったりしたそうです。

SNS相談は有用な手段でありますが、どのような方が相談者となるか(どのような相談を行うか)により、制度設計に工夫が必要であると感じました。

4 パネルディスカッション

パネルディスカッションでは、当会自死問題対策委員会委員の川渕春花弁護士の進行のもと、清水さんに加え、福岡において子ども支援の実践と研究をされている大西良さん(筑紫女学園大学准教授)、長年女性や家庭の相談を受けてきた山坂明美さん(公認心理師)にご参加いただきました。まず、大西さんと山坂さんに、それぞれの支援活動をご報告いただきました。その後行われた「若者、女性の自殺」についてのディスカッションから、一部をご紹介します。

(1) コロナ禍で社会の弱い部分が加速したこと

コロナ禍では、女性の自殺者数の増加率が大きいです。その背景として、清水さんからは、コロナ禍では非正規雇用の人たちがまもられず、非正規雇用の割合が大きい(48%)女性が追い詰められてしまった状況があるのではないかと指摘がありました。

山坂さんの経験でも、女性の相談で、雇用・子どもに関するものが多いとのことでした。家事育児で疲弊し、このままでは子どもをどうにかしてしまうのではないかという悲痛な叫びが聞かれたそうです。清水さんによると、データとして、女性の中でも、有職女性・同居人がいる女性の方が、無職女性よりも自殺が増えているとのことでした。

子どもを取り巻く環境の変化として、大西さんは、体験やつながりの場が失われていると指摘されました。現在、学校給食は黙食のためコミュニケーションがない状況で、学校行事も開催されていません。授業以外のところで自分らしさを発揮できる子どもたちの活躍の場が失われ、子どもたちの自尊感情が低下しているのではないかとのことでした。

このような変化は、コロナ禍で新しく問題が生じたというよりは、コロナ禍で社会の弱い部分が加速し、顕在したということで、意見の一致が見られました。

(2) 支援者としてどのようにアプローチすればよいか

支援者として相談を受ける際には、どのように対応すれば良いのでしょうか。

山坂さんは、対面相談の場合には、相談者の動き・目線などを注視し、五感をフルに発揮して、相談を受けられているそうです。過去には、支援をしたいという気持ちが強すぎてつながりが切れてしまうという苦い経験をされたこともあるそうですが、相談者の自尊感情と自己決定を尊重し、敬意を持って接することに留意されています。

大西さんは、スクールカウンセラー、アウトリーチ活動で子ども・若者に対して接する中で、悩みやつらい気持ちを告白してくれたことが回復の始まりであることから、まず、支援を求めてきてくれたことを称賛されているとのことでした。また、子どもたちの自傷行為や「死にたい」「苦しい」という気持ちには、背景や理由があることを意識し、「自傷行為をやめなさい」というスタンスで望むのではなく、「『やめなさい』ということをやめる」ことに留意されています。子どもたちの気持ちを否定するのではなく、肯定的に捉えた上で伝えているとのことです。

清水さんは、主導権を奪わないことが極めて大切と指摘されました。自殺防止の支援では、「死にたい」という気持ちを吐露されることも多くあります。その場合は、「死にたい」という気持ちを受け止めるべきで、「馬鹿なこと言わないで」「いつかいいことあるよ」など、自分の気持ちを相手に押し付けるのは避けるべきとのことでした。相談者は「死にたい」という気持ちを聞いてもらうことを望んでおり、「この人は自分の気持ちを受け止めてくれた」「この人になら聞いてもいいかな」と思ってもらわなければ、その先の問題解決のための支援には進めないそうです。追い詰められた気持ちを受け止め、受け止めてもらったことを踏み台にして、生きるための具体的な支援を受ける気持ちになってもらう必要があります。

このように、支援者の対応として、相談者の気持ちの受容・傾聴が重要であることが分かります。

5 さいごに

自殺の背景には、弁護士として関わる問題が多数あります(多重債務、労働問題、犯罪被害、DV、性暴力、いじめなど)。自殺防止の支援のみならず、良い社会を作るために弁護士としてできること・やるべきことは、地域社会の他の専門分野との連携をはじめ、たくさんあるのだと再認識しました。

生きるという選択を一人でも多くの人ができる社会を作るため、活動を続けていきたいと思います。

トラブル多発! 安易な投資話に注意! 全国一斉投資被害110番(2月26日実施)のご報告

消費者委員会 委員 内田 鴻二(73期)

1 実施概要

令和4年2月26日(7)10:00~16:00に「全国一斉投資被害110番」として、消費者委員会の有志が相談担当として、電話相談会を行いました。

特に、今回は、令和3年12月8日付、東京地方裁判所より、業務停止命令等が発令された、「SKYPREMIUM INTERNATIONAL PTE.LTD.(スカイプレミアムインターナショナル社)の被害相談に対応することを主な目的として行いました。

2 投資詐欺被害

スカイプレミアム投資詐欺被害とは、シンガポールに拠点を置く「SKY PREMIUM INTERNATIONAL」という会社が、日本国内で金融商品取引業の登録がないにもかかわらず、海外口座に送金をしたうえでFX取引を運用すると謳い、およそ2万2000人の投資家から1200億円を集めていた事案です。

昨年秋ごろから被害相談が増え始めたため、何らかの責任追及ができないかと考え、情報収集も兼ねて、電話相談会が実施されました。

3 実施結果

電話相談の結果としては、スカイプレミアムに関する被害相談が10件、その他の投資被害相談が8件と、事前の広報(毎日新聞と読売新聞への記事掲載)が功を奏したと結果となりました。相談者の所在は、福岡県内はもちろんのこと、沖縄や他県からの相談もありました。

福岡県弁護士会 トラブル多発! 安易な投資話に注意! 全国一斉投資被害110番(2月26日実施)のご報告
4 110番で得られた情報

被害者の多くは、身近にいるエージェントと呼ばれる人物から、『元本が割れることはほとんどない』、『利回りは30%程度』、『大損はしない』などと勧誘を受け、投資を決断。海外の送金業者を通しての入金を指示され、運用を見守っていたところ、令和3年秋頃から出金が遅延しがちになり、現時点で全く出金ができない状態に至っているというものでした。被害者それぞれの投資額(被害金額)はおおよそ数十万円から2000万円と幅がありました。

エージェントとは、現時点でも連絡を取れていることが多く、エージェントの多くは、『我々も被害者だ』、『何を焦っているんですか、投資なんだから当たり前のことですよ!』と開き直っているとのことでした。

5 今後の対応方針

まず、エージェントに対する責任追及の可能性としては、金融商品取引法違反や不法行為を理由に損害賠償請求できないか検討されるところ、仲介役であるエージェントに責任が生じるか、どこまでスカイプレミアムと関与しているか、そもそも回収可能性があるか等がハードルになるのではないかと考えています。

次に、スカイプレミアム社に対して、金融商品取引法違反を理由に損害賠償請求できないかも検討されるところ、海外に拠点を置く会社であるため、全く実態が掴めていないことや国際法の問題も生じるため、こちらもなかなかハードルが高そうです。

送金業者に対する債務不履行責任も考えられるところ、被害者の多くが送金業者とどういった契約関係にあるかが判然としておらず、こちらもまだまだ情報不足の感が否めません。

6 まとめ

電話相談の中で、弁護士との個別相談を希望する被害者もいたため、担当者を決め、各々の事務所で個別相談にも応じました。

資料やエージェントの名刺、エージェントとのLINE履歴など、徐々にではありますが、有用な情報が集まってきている実感はあります。

被害に遭われた方の沈痛な面持ちを目の当たりにすると、何とか力になりたいと思う一方、すぐには動き出せない状況にあるため、弁護士として悩ましく感じました。ただ、弁護士会全体として、積極的に助言・対応をしていければ望ましいと思っています。今後も消費者被害に遭われた方の法的支援のために有益な情報提供に努めてまいります。

映画上映・講演会「望むのは死刑ですか オウム"大執行"と私」~監督長塚洋さんをお迎えして~

死刑制度の廃止を求める決議推進室 室員 古賀 祥多(69期)

多くの皆様にご参加いただきました

去る2022年2月19日(土)、福岡県弁護士会において、「望むのは死刑ですか オウム"大執行"と私」の上映会および長塚洋監督の講演会を、日本弁護士連合会、九州弁護士会連合会との共催で、開催しました。昨今の新型コロナウイルスの流行状況にかんがみ、会場参加・オンライン参加でのハイブリット方式で実施しましたが、あいにくの悪天候の中、当日は、合計約40名の方が参加されました。

本上映会・講演会の趣旨等

日本では、現在もなお、死刑制度があり、その執行がなされていますが、日本では死刑執行に関する情報はほとんど公開されないままとなっています。

そのようななかで実施された内閣府の世論調査によれば、国民の8割が死刑を「やむを得ない」と述べています。

他方で、世界的には死刑制度を廃止・停止している国が飛躍的に増大しており、国際的潮流としては、死刑制度を廃止する方向となっています。

福岡県弁護士会では、会内において議論を重ねた上、2020年9月18日、「死刑制度の廃止を求める決議」がなされました。

その後、2021年7月1日、米国連邦政府において、ガーランド司法長官が連邦レベルでの死刑執行のモラトリアム(一時停止)を司法省職員に指示する通知を公表しました。OECD参加国をみると、死刑制度を維持していたのは、日本のほかに米国連邦およびその一部州でしたが、そのようななかで、米国連邦政府が死刑執行のモラトリアムを宣言したのです。これを受けて、福岡県弁護士会は、同年8月25日に「米国における連邦レベルでの死刑の執行停止を受け、日本における死刑制度の廃止に向けて、死刑執行の停止を求める会長声明」を発出しました。

福岡県弁護士会は、過去に、同じく長塚洋監督の、「望むのは死刑ですか 考え悩む"世論"」のドキュメンタリー映画の上映会・講演会を実施しました。今回は、長塚洋監督より、続編である「望むのは死刑ですか オウム"大執行"と私」が完成したとの話を聞き、上映会・講演会を実施することとなりました。

福岡県弁護士会 映画上映・講演会「望むのは死刑ですか オウム
見どころ説明

本映画は、2018年のオウム真理教幹部13名に対する一斉執行を受けて、死刑の加害者・被害者をはじめとする死刑執行と向き合った方のドキュメンタリーとなります。

上映に先立ち、長塚監督に本映画の見所を尋ねてみました。長塚監督は、見所を話すとネタバレになるということで、映画の内容には立ち入らず、本映画をどういう気持ちで見てもらいたいか、という点について触れられました。

長塚監督は、メインタイトルである「望むのは死刑ですか?」について触れ、我々は死刑制度を自分のこととして考えているのだろうか、死刑制度のことを本当に知っているのか、そのうえで、死刑制度について議論しているのだろうか、そういった問いかけを本映画のタイトルにつけたとのことでした。このような、タイトルに込められた意味・気持ちを明らかにしたうえで、そのような気持ちで映画を見てほしい、ということでした。

本映画の内容とオウム真理教の説明

本映画では、オウム真理教の教祖および信者を含む13人に対する死刑執行後、さまざまな立場でオウム真理教やその信者、および同信者が引き起こした事件に向き合ってきた方々へ行った、本執行に関するインタビュー、対談を内容とするものでした。

オウム真理教や同教による各事件は、日本の犯罪史上において特筆される事件であるため、既にご存知の方も多いかと思いますが、事件発生から30年近く経過していることもあり、同事件を知らない世代もいることから、改めて概略を説明します。

オウム真理教は、1980年代後半に設立された新興宗教でしたが、その教義により、「出家」や高額の布施を要求するなどして、信者の親族やその支援者と揉めることが多く、発足時から様々な問題を抱えていました。そのため、信者の親族などで構成される「オウム真理教被害者の会」(現在、「オウム真理教家族の会」。以下、「家族の会」とします。)が結成され、司法、行政、警察など関係官庁に対する訴えが繰り返されていました。ただ、家族の会の活動に対して、警察等はその訴えを取り上げることはありませんでした。

そうしたなか、オウム真理教の信者は、教義に反する者に対して、その生命・身体を狙った犯行を行い、1988年から1995年にかけて、坂本堤弁護士一家を全員殺害し、信者らへのリンチ、家族の拉致監禁殺害を繰り返したほか、松本サリン事件、地下鉄サリン事件など、数々の凶悪犯罪を引き起こしました。

これら事件については、教祖やその信者を含む13名に対して死刑判決が言い渡され、2018年7月に2回にわたり、一斉に死刑執行がなされました。

本映画で印象深かったエピソード

本稿で、映画の内容をすべて明らかにするとそれこそネタバレになりますので、その全てをつまびらかにすることはできませんが、私が印象に残ったところを少しかいつまんでお話しようと思います。

まず、家族の会の永岡英子さんは、2018年の一斉執行を受け、神奈川県警が、当初、自分たちの訴えについて取り合わなかったことへの怒りの気持ちを示し、最初から本格的に捜査をしていれば、このような重大犯罪が繰り返されることはなく、このような顛末にならなかったのではないか、といった無念の気持ちを示していました。家族の会にとって、オウム真理教に取り込まれた身内は、オウム真理教の「洗脳」の「被害者」であり、そうした被害者を救うべく努力を続けていました。しかし、そのようななか、オウム真理教に取り込まれた「被害者」が、最終的には、取り返しのつかない凶悪犯罪に手を染め、多くの命を奪った「加害者」となってしまいました。本件で死刑執行の対象となった信者の中にも、家族の会がオウム真理教から救おうとした「被害者」が含まれていました。永岡さんの言葉は、オウム真理教事件や死刑制度にかかる様々な側面を示すものとして、印象深いと思いました。

また、坂本堤弁護士の先輩であった岡田尚弁護士の話が印象に残りました。岡田弁護士は、坂本弁護士がオウム真理教から娘を取り戻したいという親の相談を担当することとなったことを目の当たりにし、その後、坂本弁護士一家全員が失踪し、さらに後日、殺害されたことを知り、以後、オウム真理教と対峙し続けることになりました。岡田弁護士は、死刑制度に対して反対意見であるとのことでしたが、坂本弁護士を殺害した信者の公判期日を傍聴した際、同僚を殺した人間を目の当たりにして、「このやろう」という気持ちが表れたことを率直に語りつつ、また他方で、「坂本は、自分を殺し、妻と子を殺した犯人であっても、果たして死刑を望んだだろうか、とも思うのです。」と述懐し、事件に対する憤りと死刑制度やその執行に対して気持ちが揺れ動く様子が映し出されていました。

さらに、滝本太郎弁護士と岡田尚弁護士の対談の際、オウム真理教幹部に対する死刑執行後に弁護士会において死刑の廃止等を求める決議を発出したことについて、滝本弁護士が、死刑判決確定後執行前に声明を発出しなかったなかで、執行後に声明等を発出することへの疑問を投げかけたところが、オウム事件を目の当たりにしたなかでの死刑制度を巡る複雑な思いが表れており、非常に衝撃的でした。

本映画では、他にも様々なことが盛り込まれていましたが、オウム事件、及び同事件にかかる死刑執行のリアルを知ることができました。

講演会・クロストーク

映画が終わった後の講演会において、長塚監督は、参加者に対し、本映画をどのように受け止めたのか尋ねられました。その中で同監督が強調されたのは、「自分は死刑制度に反対するためにこの映画を製作したのではない、死刑そのものについて知ろうとしてもらいたい、そして、死刑制度について考えてもらいたい、議論してもらいたい、そのきっかけになればと願ってこの映画に取り組んだのです」ということでした。

そして、長塚監督は、1作目の「望むのは死刑ですか 考え悩む"世論"」についても、内閣府の死刑制度に関する世論調査において、死刑制度は「やむを得ない」か、あるいは「反対」かの二者択一で質問がなされているが、このような問いかけをされれば、国民は何かしらの「回答」をするのではないかと思われるが、果たして、我々は本当に死刑制度について考えたうえで回答しているのだろうか、まず、考え悩むことが必要なのではないか、という疑問があって制作したと語られました。

ただ、1作目の映画では、これまで死刑制度について考えたことや悩んだことがなかった人に対して死刑制度について考えるきっかけを与えるものとなったものの、死刑制度にかかる「当事者」は1人しか登場しておらず、さらに深く考えてもらうには、多くの「当事者」の声を知る必要があると考えていたところ、オウム真理教幹部の大執行があり、本映画を作成することとしたということでした。

その後、黒原智宏会員を交えてお話が進みました。黒原会員は、実際に死刑求刑事件の弁護を担当し、その被告人について現に死刑判決が言い渡され、最高裁まで争ったものの、ついに死刑判決を覆すことができなかったという経験をお持ちです。そして、その後、今に至るまでその死刑確定者を支える活動をしておられる方ですが、長塚監督に問われて、それ以前は死刑制度が必要だと考えていたことを率直に認められました。その黒原会員が、上記事件を経験することにより、また、本映画を視聴したことで、死刑制度への疑問を語られ、死刑は、国家であればたやすく命を奪うことができるということを示すために、いわば国家権力を示す装置とされているのではないかとの意見を述べられたのは圧巻でした。

そして、講演は、諸外国の死刑制度をめぐる動きや法制度のことなど、様々な事柄に広がっていきました。たとえば、メディアは、死刑制度に関する報道や世論調査は十分とは言えません。頻繁に報道されることによって、世論が形成されるのですから、メディアが果たすべき役割は大きいと思われます。アメリカでは、死刑事件においてスーパーデュープロセスがとられ、通常の刑事事件とは別に特別な手続規定に従って審理がなされるなど、特別な刑罰として意識されているのも、メディアが死刑事件を取り上げ詳しく報道するからであること、それに対し、日本においては、メディアの報道不足と、これによる市民の情報不足があるということが指摘されました。

続いて、会場の参加者との間でディスカッションが行われましたが、私が印象的だったのは、オウム真理教事件を知る世代の人が、教祖以外の信者に対する死刑執行について否定的な見解を示しながら、教祖だけは別としていることについて、オウム事件を知らない若い世代の人から投げかけられた、「なぜ教祖だけ別なのか」という趣旨の質問でした。これにはその事件を知る世代の参加者も答えに窮するという場面もありました。

福岡県弁護士会 映画上映・講演会「望むのは死刑ですか オウム
死刑制度について深く知ること、考えること、議論することの重要性

本上映会・講演会で考えさせられたことは、市民が死刑制度について考えること、世の中の在り方を考えること、そして、考えたことについて議論することが大事であるということだったと思います。

本映画は、オウム真理教幹部の一斉執行の直後の時期に撮影された、まさしくその時、その瞬間を切り取るドキュメンタリーでした。現在、オウムの大執行から3年経過し、歴史になりつつあるところ、オウム真理教事件の「当事者」である方々の肉声を記録した本映画は、大変貴重なものであると思います。

オウム真理教事件、及びその幹部に対する一斉執行については、我々に対して、「死刑制度」とは何か、ということを突きつける大きな出来事であり、我々としても、より具体的に事件や刑の執行について知り、考え、議論するきっかけとすべき出来事であり、決して風化させてはならないように思いました。

福岡県弁護士会 映画上映・講演会「望むのは死刑ですか オウム

死刑を執行すれば、人の生命が国によって奪われます。オウム真理教幹部の一斉執行では、1ヶ月の間に13人の命が国によって奪われました。世間ではオウム真理教の凶悪性が報じられ、それを受けて、死刑執行の際には、立て続けに執行されたことが、リアルタイムで報道されました。しかし、その報道では、本来であれば伝えられるべき情報等が抜け落ち、何も知らされないままとなっているような気がします。たとえば、実際の死刑執行の方法や、執行に携わる刑務官のこと、死刑執行前後の死刑確定者の様子などは、まったく伏せられたままです。また、死刑執行により、もはや執行対象者から事件の真相等が語られる機会が永久に失われることとなりました。本講演会では触れられていませんが、ふと考えれば、死刑確定後、今日明日ともしれぬ死刑執行を前にして、死刑確定者がいかなる心境におかれたのか、執行間際の肉声も聞く機会はないことに気づきました。

死刑執行に直に触れ、考え、議論することが非常に大事だと思います。これからも、皆様とともに考え、議論を深めていきたいと思います。

福岡県弁護士会 映画上映・講演会「望むのは死刑ですか オウム

トラウマ・インフォームド・アプローチから学ぶLGBTQ+とともに生きているということ

LGBT委員会 石井 謙一(59期)

1 去る2022年2月24日、小野アンリさんと向坂あかねさんを講師に迎え、オンライン配信の形式で「トラウマ・インフォームド・アプローチから学ぶLGBTQ+とともに生きているということ」研修が開催されました。

講師のお二人は、東京でProud Futuresという団体を立ち上げ、LGBTQ+の若者の支援活動を行っておられる方々です。

非常に充実した研修で、その全てをお伝えすることは難しいので、以下印象に残った点に絞ってご報告させていただきます。

2 まず、小野アンリさんから、性の多様性についての基礎知識についてご講演いただきました。

性の要素には、性自認、性別表現、生まれたときにつけられた性別、性的指向、恋愛の対象という5つの要素があります。

そのうち、生まれたときにつけられた性別以外については、それぞれ、男性、女性、その他の性別が別要素としてあり、人の性のあり方は、以下のようにそのそれぞれを表す3本の矢印の組み合わせで表現することができます。

これらの要素について、自分がどの程度強く感じるのかを、強く感じる場合は矢印の先の方、弱いか感じない場合は矢印の根本の方に印を書き込むことで、その人の性のあり方を表現することができます。

ぜひ、ご自身について実際に書き込んでみていただければと思います。実際に書き込んでみると、ご自身の中にも様々な要素があることに気づくことができると思います。

それをこの世の全ての人が実行するとどうなるでしょうか。

書き込んだ人の数だけパターンがあるのではないでしょうか。

世の中には男と女がいて、その典型的なあり方から少しはずれた人が性的少数者だと思われがちですが、性のあり方はそもそも人それぞれなのです。

福岡県弁護士会 トラウマ・インフォームド・アプローチから学ぶLGBTQ+とともに生きているということ

3 次に、向坂あかねさんから、トラウマ・インフォームド・アプローチについてご講演いただきました。

トラウマ・インフォームド・アプローチとは、基本的には「その人がトラウマを体験した」ことを前提とした人との関わり方のことを言います。

トラウマとは自分の身に起こった、あるいは今起こっている悪い出来事や精神的負担であり、トラウマ体験とは、人の生命、安全、または福利を脅かす出来事です。トラウマ体験は、特別な誰かだけが経験するものではなく、私達だれもが癒すべき傷を持っていると考えられますが、その深さや修復可能性は人それぞれです。そのことを、一枚の紙を使って、トラウマ体験ごとに紙が握りつぶされていく様子を実演して可視化してくださいました。心はトラウマ体験によって握りつぶされて丸まってしまいますが、それをまた広げて一枚の紙に戻すことができる場合もあるし、戻らない場合や、戻っても折り目がついたままになるかもしれません。トラウマ体験を受けたときの心の状態について、実際の紙の様子を見て理解することができました。

トラウマ体験を受けると、人の脳の部位のうち、理性的な判断をするための前頭葉の機能が低下し、危機対応のための偏桃体の働きが優位になります。その結果、典型的には闘う(Fight)、逃げる(Flight)、凍る(Freeze)、友人(Be Friend)という4つの反応を示すことがあります。

例えば、対応がけんか腰になったり、重要な会合に欠席したり、反応が乏しくなったり、相手にすり寄ってしまったりといった反応です。

トラウマ反応について知識があると、こういう反応を見た時に、もしかしたらトラウマ体験によるものであるかもしれないと連想することができ、より適切なサポートにつながることが期待できます。

このような体験を持つ人をサポートすることについて、ワークを行いました。拙いながら再現してみます。来所者で、いつも声を荒げる人物を想像してください。その人を、「問題を引き起こす人」「やばい人」とラベル付けをして見た時、どんな気持ちになるのか、その人のことを他にどんな風に思うかを考えてみてください。次に、同じ人のことを、「これまでにどんな経験をしてきたんだろう」「何が起きたんだろう」という視点で見てください。そのときどんな気持ちになりますか。この人のことをどんな風に思いますか。研修当日の参加者の場合は、後者の方が当該人物について深みのある評価をすることができ、建設的な対応について検討することができるようになりました。

このように、目の前の人がトラウマ反応を起こしているときに、「これまでにどんな経験をしてきたんだろう」「私たちの用意したどんな環境や言動がトラウマ反応を引き起こしたんだろう」と考え、適切な対応をし、適切な環境を整えることがトラウマ・インフォームド・アプローチの考え方です。

LGBTQ+当事者は、非当事者と比べてトラウマを経験することが多いと言われています。例えば、社会におけるさまざまなシステムが多様な性のあり方を前提としていなかったり、サポートする側から「普通でない」「かわいそう」「気持ち悪い」という感情を持たれたりといったことです。

このような実情を前提に、LGBTQ+当事者について適切な対応をし、適切な環境を整えるために我々が具体的に何ができるかについても具体的な処方箋を紹介していただきました。

例えば、弁護士のみならず事務員も含めて、LGBTQ+について学ぶ機会を定期的に持つ、ウェブサイト等外部から見える情報の中にLGBTQ+フレンドリーであることを掲載する、LGBTQ+の人達にこれまでも関わってきたし、これからも関わっていくということを分かっておくことで、依頼者から性のあり方についての話が出てきたときに驚きすぎないようにする、などの取り組みが紹介されました。

福岡県弁護士会 トラウマ・インフォームド・アプローチから学ぶLGBTQ+とともに生きているということ

4 研修は2時間にわたるものでしたが、お二人とも、ご講演の合間にストレッチの時間を設けたり、クイズを挟んだり、動物の写真などほっこりする映像をスライドにまぜたり、受講者がリラックスできるよう配慮しながら進行してくださいました。

講演の口調も穏やかで聴き取りやすく、十分に理解しながら聴講することができました。

メンタル面に配慮するというのが具体的にどういうことなのかということを理解する上でも参考になる研修だったと思います。

5 トラウマ・インフォームド・アプローチはトラウマ治療の専門家でなくても取り組むことができるものです。

そして、このアプローチはLGBTQ+当事者対応の場面で有効なだけでなく、上記のように「やっかいだな」と感じがちな依頼者対応などにも応用可能なものです。

ぜひ参考にしていただき、日ごろの業務に取り入れていただければ幸いです。

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