福岡県弁護士会コラム(会内広報誌「月報」より)

月報記事

人権大会第2分会プレシンポジウム 『デジタル社会と人権』を考える-デジタル化、AIの活用で社会はどう変わる?-

情報問題対策委員会 委員 古賀 健矢(70期)

1 はじめに

令和4年9月10日に福岡県弁護士会館及びZOOMウェビナー配信にて、「『デジタル社会と人権』を考える-デジタル化、AIの活用で社会はどう変わる?-」と題するシンポジウムを開催しましたので、ご報告いたします。

2 シンポジウム開催の背景

本シンポジウムは、本年度の日弁連人権擁護大会の第2分科会シンポジウム「デジタル社会の光と陰~便利さに隠されたプライバシー・民主主義の危機~」のプレシンポジウムとして企画されたもので、九弁連及び日弁連との共催にて福岡県弁護士会の主催で実施されました。

日本におけるデジタル庁の発足に伴うマイナンバーカードの事実上の義務化等によるデジタル化の強制や、民間事業者のAIの導入による市民のグループ分けといった問題が生じているという現状において、1人1人の市民が何を考えるべきか問題提起を行うことを目的とし日本におけるデジタル化の進展に伴う法的整備の重要性についても、日本国民であり法律家である我々がよく認識していかなければならないと感じました。て、本シンポジウムは開催されました

3 シンポジウムのプログラム
(1)活動報告

まず、情報問題対策委員会委員の赤﨑裕一弁護士が同委員会の活動報告を行いました。

活動報告においては、同委員会の主導により出された2つの当会会長声明(「福岡市が監視カメラを設置しないよう求める声明」、「マイナンバーカードの義務化とデジタル関連法案に反対する会長声明」)について紹介がなされました。これらの声明は、いずれも行政のデジタル化の危険性について指摘するものです。

(2) 基調報告

次に、憲法学者の山本龍彦教授(慶應義塾大学法科大学院)より、「AIと人権」と題する基調報告をいただきました。

山本教授は、AIの発展による憲法価値へのリスクとして、高度なプロファイリングによりプライバシー侵害が懸念されること、AIにより人々がどのようなことに関心を向けるかといった思考のメカニズムまでもが操作下に置かれ自己決定権が奪われるおそれがあること等を挙げられました。

中でも印象に残ったのは、総務省傘下の情報通信研究機構がSNSの情報から個人のIQや生活、精神状態、人生の満足度などを見抜く実験に成功したという例を取り上げて、AIを用いた心理プロファイリングにより、細かい精神状態やまで分析が可能になっているというお話でした。AIを用いることにより、これまでは想像もできなかった領域でプライバシーや内心の自由に対するリスクが生じ得るのだということを強く意識させられました。

山本教授は、AI導入のリスクを防止する方法としては、AIから得られたデータの使用方法について情報の主体となる各個人が自ら決定できるよう、データ保護施策の整備を行うことが重要であると指摘されていました。

(3) パネルディスカッション

次のプログラムでは、山本教授に加え、読売新聞編集委員の若江雅子氏、長崎県保険医協会会長の本田孝也医師にパネリストとしてご登壇いただき、情報問題対策委員会委員長の武藤糾明弁護士をコーディネーターとしてパネルディスカッションが行われました。

昨年発足したデジタル庁の懸念点というテーマにおいては、若江さんは担い手の透明化の必要性を訴えられていました。また、山本教授は、個人の情報コントロールの権利が無視されていると指摘し、政府は当該権利をデジタル化の障害になると考えているのではないかとの意見を表明されました。

デジタル化はどのように進めるのが良いかというテーマにおいては、若江さんは、国民個人の同意を得ることの重要性を指摘されました。山本教授は、国民の側も過度なプロファイリングが行われることについて、単に「気持ち悪い」という感情を抱くだけでなく、それが権利侵害であることをしっかり認識しなければならないことを指摘されました。本田医師は、押しつけのデジタル化ではなく、国民が有益に利用できるデジタル化が望ましいとの意見を述べられました。

4 おわりに

本シンポジウムは、AIの導入やデジタル化の利便性や革新性を知ると同時に、その裏側にあるリスクについて認識する良い機会になったのではないかと思います。

日本におけるデジタル化の進展に伴う法的整備の重要性についても、日本国民であり法律家である我々がよく認識していかなければならないと感じました。

2022年12月 1日

「来たれ、リーガル女子!in福岡2022」のご報告

会員 田坂 幸(65期)

1 はじめに

2022年10月23日(日)、福岡県弁護士会館において、今年も「来たれ、リーガル女子!in福岡2022」が開催されました。2018年に始まったリーガル女子企画も今年で5回目、昨年に引き続き会場でのリアル参加とオンライン(zoom)参加のハイブリッド方式での開催で、今年も鹿児島大学司法政策教育推進センターとの共催となったことで、鹿児島からもオンライン参加がありました。

第1部・第2部は福岡会場参加者67名(中高生43名、保護者・教員24名)、オンライン参加者21名(中高生20名、大学生1名)、第3部はグループセッション参加者37名(会場30名、オンライン7名)、質問コーナー参加者12名(高校生2名、保護者・教員10名)と多数の方に参加いただきました。また、鹿児島会場でも11名(中高生4名、大学生6名、保護者・教員1名)の方に参加いただきました。福岡会場のフォトブースも大変好評で、法服を着てジャフバ人形や六法を手に写真撮影する中高生の長蛇の列ができていました。以下では当日の内容をご報告したいと思います。

福岡県弁護士会 「来たれ、リーガル女子!in福岡2022」のご報告
2 第1部 弁護士による対談

男女共同参画推進本部長代行の深堀寿美会員が、女性法曹をなぜ増やす必要があるのかをわかりやすく説明された開会挨拶に引き続きおこなわれた第1部は、女性弁護士の多様な活躍の場・働き方を紹介する当会会員3名による対談を実施しました。コーディネーターとして谷口悠子会員(62期)、パネリストとして家永由佳里会員(56期)と田坂(65期)が登壇し、個人案件を主に扱う弁護士、企業法務を主に扱う弁護士、企業内弁護士それぞれの立場から業務内容ややり甲斐を説明しました。また、3名とも子育て中であることから、パートナーの留学や転勤に帯同したり育児休暇を取得するなど一時的に仕事をセーブした経験談や、子どもの年齢や状況に応じて仕事量等を調整しながら働いていることなどもお話しました。

参加者は真剣な眼差しでたくさんメモをとりながら聞いてくれて、終了後のアンケートも大変好評でほっとしました。参加者の声を少しご紹介します。「お話してくださった三人の弁護士さんが、とても輝いて見えた。自分の力で誰かを守れるようになりたいと思った」「弁護士と言っても色んな働き方がある事も知れました。どの話も女性として弁護士になるための参考になりました」「インハウスローヤーという職業を初めて知り、大変興味を持ちました。将来家庭も大事にしたいし、仕事にも力を入れたいと思っているので、女性弁護士の仕事と出産や子育てとの両立についても大変有益な情報を伺うことができました」。弁護士の多様な働き方・生き方が参加者に少しでも伝わったのであれば嬉しく思います。

福岡県弁護士会 「来たれ、リーガル女子!in福岡2022」のご報告
3 第2部 法曹になるための進路説明

第2部では、宇加治恭子会員より、大学の法学部や法曹コース、法科大学院の制度、司法修習など、法曹になるための進路説明が行われました。また、山下昇教授(九州大学)、当会会員でもある平江徳子教授(福岡大学)、田中慎一准教授(西南学院大学)のお三方より、それぞれの法科大学院や法曹コース、法学部の特色などをわかりやすくご説明いただきました。参加者や保護者・教員は熱心に説明に聞き入っていて、アンケートでは「3つの大学の法曹コースについて実際にその大学の教授から一度に話を聞けたことは、それぞれの大学の特徴や長所を比較しやすくよかったです」「将来の具体的な過程が見え、勉強意欲がさらに湧いた」との声が聞かれました。

福岡県弁護士会 「来たれ、リーガル女子!in福岡2022」のご報告
4 第3部 グループセッション/質問コーナー

第3部では、少人数の6つのグループ(うち2グループはオンライン)に分かれ、弁護士・裁判官・検察官が中高生の質問に答えるグループセッションを実施しました。例年大変好評で、今年は締切を待たず定員に達した人気企画です。私も第1部に引き続き参加しましたが、法律の勉強法や依頼者とのコミュニケーションで気を付けていること等次々と質問が出る様子に、参加者の皆さんの関心の高さを改めて感じました。「ネットには載っていない生の声を聞くことができて、充実した時間だった」「直接お話を伺えて良かったです。自身のモチベーションも上がりましたし、より一層法曹の道への憧れが強まりました」「他に同じ法律関係を目指している人と今日みたいに話せて嬉しかったし、頑張ろうと思えました!」といったアンケートの回答からも、どのグループも満足度の高いセッションだったことがうかがわれます。

福岡県弁護士会 「来たれ、リーガル女子!in福岡2022」のご報告

また、グループセッションと同時並行で保護者・教員向けの質問コーナーも開催され、第2部の登壇者に加え、原田直子会員、柏熊志薫会員、原志津子副会長が参加者からの質問に回答しました。会場を見回っていた野田部会長もグループセッションに参加できなかった高校生2名と直接意見交換をされ、高校生は喜んで話に聞き入っていたそうです。「とてもオープンな雰囲気で行われたので質問しやすかったです。直に大学の先生にお尋ねすることもできたのが貴重でした」とこちらも好評でした。

福岡県弁護士会 「来たれ、リーガル女子!in福岡2022」のご報告

「法曹はいくつになっても成長できる仕事」という原副会長のお話と、野田部会長による力強い閉会挨拶を経て、本企画は大盛況のうちに終了しました。

6 おわりに

キラキラと目を輝かせながら一生懸命話を聞いてくれる中高生の皆さんと接し、登録10年目の私も法曹を目指していたころの気持ちを思い出し、明日への活力をもらえた1日でした。いつか「2022年のリーガル女子に参加した」と話してくれる新入会員と出会ったとき、「輝いている」と思ってもらえるように日々の業務に真摯に取り組みたいと思いました。

本企画は男女共同参画推進本部、両性の平等に関する委員会をはじめ、多くの先生方が多忙な業務の合間を縫って準備に奔走され、大成功に終わりました。当日は託児サービスも利用できますので(利用者最年少だった我が家の1歳児も、お兄さんお姉さんにたくさん遊んでもらってご機嫌に過ごせたようです)、来年6回目のリーガル女子が開催される際は、子育て中の会員のみなさまも安心して本企画の運営に携わっていただければと思います。

2022年11月 1日

中小企業支援センターだより 事業承継ガイドラインについて

中小企業支援法律支援センター 鬼塚 達也(71期)

1 4つのガイドライン

令和4年3月に、中小企業の事業再生・事業承継に関する4つのガイドライン(中小企業の事業再生等に関するガイドライン、廃業時における「経営者保証に関するガイドライン」の基本的考え方、事業承継ガイドライン(改訂版)、中小PMIガイドライン」)が公表されました。そのうち、今回は事業承継ガイドライン(改訂版)についてご説明いたします。

2 事業承継ガイドライン
(1) 事業承継ガイドラインとは

事業承継ガイドライン(以下「ガイドライン」といいます。)は、中小企業庁において、中小企業経営者の高齢化の進展等を踏まえ、円滑な事業承継の促進を通じた中小企業の事業活性化を図るため、事業承継に向けた早期・計画的な準備の重要性や課題への対応策、事業承継支援体制の強化の方向性等について取りまとめたものです。ガイドラインは、事業承継を検討するに際して有用なものです。

昨今の新型コロナウイルス感染症の影響もあり、事業承継を後回しにする事業者も少なくありません。当該状況を踏まえて事業承継をより一層推進するため、令和4年3月にガイドラインの改訂版(改訂内容・・・掲載データや施策等の更新、従業員承継や第三者承継(M&A)の説明の充実、後継者目線での説明の充実)が出されました。

ガイドラインによると、九州では後継者不在率が従前に比べて悪化しているとのことですので、会員の皆様の関与がより期待されます。

(2) ガイドラインの主な内容

ガイドラインの主な内容は、事業承継に向けた早期・計画的な取組の重要性(事業承継診断の導入)、事業承継に向けた5ステップ1の提示、地域における事業承継を支援する体制の強化の3点です。

3 ガイドラインにおける弁護士の関わり方
(1) ガイドラインでは、弁護士の関わり方として以下のものが想定されております。
  • 経営者と共に金融機関や株主、従業員等の利害関係者への説明・説得
  • 法律面全般の検討と課題の洗い出し(とりわけ、株主関係が複雑な場合や、会社債務・経営者保証等に関する金融機関との調整・交渉が必要な場合、M&Aを活用する場合)
  • 法律面全般の検討と課題の洗い出しを踏まえたスキーム全体の設計
  • 契約書をはじめとする各種書面の作成
(2) スキーム全体の設計の具体例

ガイドラインでは、スキーム全体の設計に関して、株式・事業用資産の分散防止という観点又は事業承継の円滑化という観点から、以下の方法を活用することが提案されています。

  • 株式・事業用資産の分散防止
    (ア)事前
    生前贈与、安定株主の導入、遺言の活用、遺留分に関する民法特例
    (イ)事後
    買取資金等の調達、自社株買いに関するみなし配当の特例、会社法上の制度(相続人等に対する株式売渡請求、特別支配株主による株式等売渡請求、株式併合及び端数処理、名義株の整理、所在不明株主の整理)
  • 事業承継の円滑化
    種類株式、信託、生命保険、持株会社
4 当センター勉強会での意見

当センターの有志は、ガイドラインが改訂されたことに合わせて、勉強会を行いました。勉強会においては、ガイドラインには記載がないものの有意義な意見が多数出されました。以下ではその一例を記載いたします。

  • 現在において、第三者承継が増えてきてはいるが、第三者承継より親族内承継の方が多い。しかしながら、親族内承継ではM&A仲介業者が関与することがほとんどないことから、親族内承継の支援が手薄である。そこで、弁護士として親族内承継を積極的に支援すべきであろう。
  • 株式・事業用資産の分散防止に関して、株式が分散している場合には弁護士が早期に関与して株式集約を行うべきであろう。
  • 事業承継の円滑化に関して、種類株式の導入には先代経営者及び後継者の理解が必須であるところ、議決権制限種類株式及び配当優先種類株式であれば理解が比較的得やすいのではないかと思われる。
  • 事業承継の円滑化に関して、信託という方法があるが、信託であっても遺留分に配慮することが必要である等から、信託という方法を積極的に採用する理由がどこまであるかは疑問である。
  • 経営者が事業承継において取り組みやすい方法は、経営者の意向にもよるが、基本的には遺言又は生前贈与であると思われる。
5 結び

ガイドラインは事業承継を考えるに際して有益なものかと思いますので、ガイドラインをご一読いただけますと幸いです。

1 (1)事業承継に向けた準備の必要性の認識→(2)経営状況・経営課題等の把握(見える化)→(3)事業承継に向けた経営改善(磨き上げ)→(4)事業承継計画策定/マッチング実施→(5)事業承継の実行/M&A等を指します。

2022年10月 1日

「~裁判傍聴&弁護士との交流会~弁護士に会ってみよう!」企画のご報告

法科大学院運営協力委員会 委員長 稲場 悠介(62期)

第1 はじめに

皆様は、いつ、法曹になることを志されたでしょうか?

早い人だと小学校からでしょうし、社会人になって法曹を志望される方もいると思います(私は大学生のときでした。)。

法曹を目指す切っ掛けも人それぞれだと思いますが、裁判を傍聴することや、実際に弁護士に会ったことで法曹を目指す機序になった方もいるのではないかと思います。

そういった機会を提供するため、去る8月26日(金)、当委員会において「~裁判傍聴&弁護士との交流会~弁護士に会ってみよう!」と題して、主に大学生を対象にした企画を実施しましたので、ご報告させていただきます。

第2 裁判傍聴(第1部)
1 裁判傍聴

まず、弁護士引率の下、実際の裁判を傍聴しました。コロナ禍や夏季休廷期間の時期でもあり、そんなに多くの裁判は開廷されていませんでしたが、民事裁判及び刑事裁判の両方を傍聴することができました。特に刑事裁判については、冒頭手続から判決までといった全ての刑事手続を傍聴することができました。

2 弁護士との懇談(傍聴した裁判の感想会)

続いて、実際に傍聴をした裁判について、引率した弁護士と懇談を行いました。

単に傍聴する場合、裁判は粛々と行われるため、各手続の流れやその意味については、勉強していてもなかなか理解できません。

しかし、本企画では、傍聴後すぐに弁護士から説明を受けることができるので、傍聴していたときに疑問に思ったことを、すぐに弁護士に聞くことができ、より理解を深められるのが良いところです。

実際に、参加者からは手続面から実体面の質問は勿論、検察官や弁護士の法廷での心情など、多岐に渡る質問が出ました。

実際に目の前で行われた裁判を新鮮な記憶のまま議論の素材とすることができるという経験はなかなかできません。参加者にとって貴重な経験を提供できたのではないかと思います。

第3 弁護士との交流会(第2部)

第2部は、弁護士がどういった仕事をしているのか、勤務している事務所による弁護士の仕事の仕方の相違はあるのか、さらに司法試験受験自体の体験談などを講演会方式で実施しました。

コメンテーターとして、畑田将大弁護士、井上瞳弁護士、内田鴻二弁護士など参加者層に近い年代の先生方に登壇して頂き、各自の経験に基づいたお話をして頂きました。

弁護士によって様々な業務があること、弁護士の職務が広範に及ぶこと、また所属する事務所によって働き方も異なることを、具体的な話を通じて感じていただけたのではないかと思います。

また、司法試験時代の話も多岐に渡り、漠然と「厳しい試験」「長時間の勉強を要する」「合格には特別な才能がいる」というイメージのある司法試験も、より身近に、また勉強のモチベーションのアップに貢献できたものと思います。

コメンテーターの先生方もしっかり準備して頂き、真剣な話の中に笑いもあって、良い意味で肩肘を張らずに聞けた講演会であったと思います。登壇された先生方には、この場を借りて厚く御礼申し上げます。

質疑応答の時間では、参加者から多くの質問が出ましたが、閉会後も近くにいた弁護士を捕まえて、更に質問をする姿が多くあったのが印象的でした。

第4 さいごに

本企画は、日弁連で行われている「弁護士に会ってみよう」という企画を参考に、平成30年から実施しています。令和2年はコロナの影響で実施できなかったため、今回の実施で延べ4回目の開催となります。

昨今、法曹志望者が減っているという話が聞かれます。

その理由は様々でしょうが、裁判の実際や、それに携わる私たちの仕事への理解が進めば、将来の進路選択の一つとするきっかけとなり、本企画はその一助になるのではないかと思っています。

なお、今回の参加者はZoom参加者も含めて23名でした。第1回のときは2名でしたので、地道に活動してよかったと思っており、次年度以降も実施する予定です。

法曹に興味があるという方のお知り合いがいらっしゃったら(参加者は高校生・大学生を想定しています。)是非、次年度以降の本企画へのご参加にお声掛けください。

いつの日か、この企画で法曹になることを志し、見事、それを達成してくれた方に会えることを願っています。

シンポジウム「人と動物が共生する社会の実現のために」のご報告

公害・環境委員会 委員 藤田 裕子(68期)

1 はじめに

2022(令和4)年8月27日(土)、福岡県弁護士会主催の市民向けシンポジウム「人と動物が共生する社会の実現のために」が開催されましたのでご報告いたします。

2 シンポジウム開催の背景

近年のペットブームのなか、動物が人にとってかけがえのない存在になっている一方で、野良猫の糞尿・ゴミ漁り等により、人の生活環境への被害が問題となっています。公害・環境委員会では野良猫の問題を人の生活環境の問題と捉え、2020(令和2)年度に動物愛護PTを発足して調査を始めました。

従来、野良猫対策としては専ら殺処分の方法が取られてきました。しかし、動物愛護法は改正を重ね、「動物は命あるもの」であることを認識し、人と動物が共生する社会を目指すことを定め、環境省も殺処分をなくすことを推進しています。そこで、動物愛護法の概要や改正の経緯、現状や取り組むべき課題等を参加者に知ってもらい、人と動物が共生できる社会の実現のために何が必要かを参加者とともに考える機会を持つために、本シンポジウムは開催されました。

3 シンポジウムの内容
(1) 法律の解説

公害・環境委員会委員の朝隈朱絵会員が、動物愛護法の概要、改正の経緯について解説しました。

動物愛護法は、1973(昭和43)年に「動物の保護及び管理に関する法律」という名称で制定されました。その後、犬や猫等のペット動物が人の生活の中で重要な位置を占めるようになってきたこと等から、1999(平成11)年に「動物の愛護及び管理に関する法律」という名称に変更され、基本原則に「動物が命あるもの」との文言が加えられました。動物取扱業規制や飼い主責任徹底なども新たに盛り込まれました。2012(平成24)年には、法目的に「人と動物の共生する社会の実現」が追加され、所有者の終生飼養の責務や都道府県等が犬猫の引き取りを拒否できること等が規定されました。また、2019(令和元)年の改正では、犬や猫に所有者の情報を記録したマイクロチップ装着を義務付け、動物の殺傷等に対する罰則を強化しました。

動物愛護法はこのような改正を重ねてきましたが、実効性の確保等の課題を抱えています。人と動物の共生は、SDGsの推進とも関連しており、今後も議論が必要だということが確認されました。

(2) 基調講演

福岡市保健福祉局生活衛生部動物愛護管理センター所長吉柳善弘氏から「動物愛護管理の現状とこれから」というテーマでお話しがありました。

センターでは、放浪犬の「捕獲」、所有者不明の犬猫や負傷した犬猫、飼い主が飼えなくなった犬猫の「引取り」を行っています。2012(平成24)年の動物愛護法改正により犬猫の引き取りが拒否できるようになったことから収容頭数は減少傾向にありますが、子猫の占める割合が高い状況にあります。

収容された犬猫は元の飼い主に返還あるいは新しい飼い主に譲渡していますが、感染症や攻撃性などにより譲渡困難な犬猫については殺処分を行っています。福岡市では、「殺処分ゼロを達成した」と言われていますが、譲渡困難と判断した数を除く実質的殺処分ゼロが達成されたという意味であり、令和3年度は、感染症等を理由として125頭の犬猫が殺処分されているそうです。

福岡市は引き続き、収容数の削減や飼い主のいない猫問題などに取り組むとのことで、新しくペットを飼う際におとなの犬猫を迎え入れることや迷子対策としての犬の鼻紋認証システムの紹介がありました。

(3) ブレイクタイム

立花高等学校の皆さんより、同校での授業「命のつなぎ方」の取り組みについて紹介がありました。一人の生徒が猫を拾って学校に連れてきたことがきっかけで、「果てようとしている命に素通りする人でいて欲しくない」という考えから、授業の一環で保護猫活動が始まりました。動物愛護管理センターへの見学、相島への訪問、保護猫のお世話をしているそうです。

(4) パネスディスカッション

兵庫県弁護士会所属弁護士の細川敦史氏、福岡県獣医師会所属獣医師の中岡典子氏、特定非営利活動法人SCAT代表理事の山﨑祥恵氏に吉柳氏を加えて、「人と動物の共生する社会の実現のために」というテーマでパネルディスカッションが行われました。

はじめに、細川氏から、人権擁護を使命とする弁護士会が動物愛護に取り組むことの意味についてお話いただき、動物が暮らしやすい社会が人にとっても暮らしやすい社会であるということ、つまり動物の尊重が人権の尊重につながっているということを確認しました。

次に、殺処分の対象となる犬猫が生まれる背景について、中岡氏と山﨑氏にそれぞれお話いただきました。中岡氏からは、特に最近増加している高齢者の中途飼育放棄、多頭飼育崩壊の紹介がありました。入院・死亡等の事情で最後まで飼えなくなる場合、不妊去勢手術を怠ったためにあっという間に飼えない数まで増える場合等多くの具体的な事例があるそうです。山﨑氏からは、大量生産・大量消費を前提とするペットショップによる遺棄の問題、ペットショップが病気の犬猫を販売している事例についての紹介がありました。細川氏からは、特にペットショップの規制は弁護士が入っていきやすい分野であるが、これらの問題に対し弁護士が関わっていくには、公害・環境委員会だけで活動するのではなく、高齢者障害者委員会や消費者委員会との協働が必要ではないかとの意見が述べられました。また山﨑氏から、多頭飼育崩壊やペットショップによる遺棄は動物虐待の一種であるが、警察に通報しても捜査されないことへの問題提起もありました。

そしてセンターに収容された犬猫を殺処分しないための取り組みについて吉柳氏からお話がありました。センターではなるべく新しい飼い主に譲渡をしようとしているが、譲渡までには時間や手間がかかり、行政だけでは対応できずボランティアに頼っているという問題があるということでした。

最後に、パネリストの方々から、「人と動物の共生する社会」の実現のためには、動物愛護行政や福祉行政、動物保護団体や獣医師、弁護士や警察などが連携し、お互いの知識を共有していく必要があるのではないかという意見が述べられました。

(5) 閉会挨拶

公害・環境委員会委員長高峰真会員より閉会の挨拶として、持続可能な社会の実現のためには動物と上手く共生していくことが必要であり、シンポジウムで確認できた課題に今後とも取り組んでいきましょうという言葉とともに、福岡県弁護士会がSDGs官民連携プラットフォームに加入したことの紹介がありました。

4 最後に

本シンポジウムには、会場34名、オンライン112名の方にご参加いただき盛況となりました。公害・環境委員会は、今後も残された課題の解決、SDGsの推進に向けて取り組んでいきます。

谷間世代への一律給付実現全国リレー集会 in 福岡

司法修習費用給費制復活緊急対策本部 委員 武 寛兼(69期)

1 はじめに

令和4年8月20日、福岡県弁護士会館2階大ホールにて、「谷間世代への一律給付実現全国リレー集会in福岡」が開催されましたので、ご報告いたします。

2 新里先生からの基調報告

日弁連の司法修習費用問題対策本部・本部長代行の新里宏二先生(仙台弁護士会所属)から、基調報告をいただきました。

令和4年6月14日に行われた院内集会で、小林日弁会長から「一律給付は、日本の司法インフラを担う若き法曹に希望と勇気を与える、将来投資として極めて意義のある投資」であると述べられたことや、参加した国会議員から、不公正の是正の声や「運動がやっと5合目まできた」、「国会議員の過半数の賛同を得たとき制度が実現する」との声があったことのご報告がなされました。

その他に、「谷間世代」への一律給付を認めることの必要性や意義などにも言及されました。

院内集会の中で、国会議員から、「5合目まできた」、「過半数の賛同を得たとき制度が実現する」など、具体的な数字に言及されていることは特に印象的でした。

さいごは、司法修習費用問題についての全国リレー集会は、71期から復活した司法修習費用給付制の実現の前年頃に実施したのに続いて2度目の開催であり、このリレー集会を機に一律給付を実現させましょうと締めくくられました。

福岡県弁護士会 新里先生の基調報告

新里先生の基調報告

3 谷間世代の声

続いて、谷間世代の声として、山本隼巳会員(68期)から報告をいただきました。

法曹は法治国家の基本的インフラであり、司法修習期間中に一切給付のなかった谷間世代に摩耗が生じていること、インフラの補修は早期にする必要があることが説明されました。

また、アンケートで多数寄せられた谷間世代の声として、「修習専念義務を課しながら生活費は借金という制度は理不尽、不合理だったと言わざるを得ない」、「国や社会に育ててもらったという意識を持ちにくい」などが紹介されました。

4 谷間世代のチャレンジ報告

谷間世代の弁護士が取り組んでいる活動報告として、谷間世代の弁護士から報告がありました。

(1) 國府朋江会員(65期)からの報告

國府会員からは、「介護保障を考える弁護士と障害者の会全国ネット」での活動を中心に報告がありました。

國府会員は、障害者のヘルパーの時間(「支給量」)が自立した生活に必要なだけ保障されるように、障害者団体と協力して活動をしているそうです。このような活動が、障害者や障害者を支援する人たちの生活に必要不可欠であることは明らかで、日弁連の若手チャレンジ基金制度でブロンズジャフバ賞を受賞されたそうです。ただし、このような活動の実情としては、効率的に報酬を得やすい仕事ではないとのことでした。

修習期間中の費用の貸与を受けた谷間世代は、修習終了後6年目から、毎年7月に貸与を受けた額の10分の1を10年間返済しなければなりません(私は69期の谷間世代ですが、今年の7月に1回目の返済が始まりました。)。

國府会員からは、障害のある人の権利を守るこれらの活動については、事務所から支えてもらって活動ができているが、「返済のための10年間は、自分のためにお金をかけてはいけない期間、貸与を受けて、使ってしまった自分へ罰を科している期間だと思っている。」との報告があり、とても印象的でした。

福岡県弁護士会 國府会員の報告

國府会員の報告

(2) 米山功兼会員(68期)からの報告

米山会員からは、「福岡における若手弁護士による中小企業支援」について報告がありました。

米山会員は、中小企業法律支援センターの活動を通じて、中小企業への法律相談の窓口を設け、弁護士に相談することによって法的リスクの発見や回避につなげ、コンプライアンスや法的問題への対応意識の向上等に尽力されているそうです。

中小企業の多くは零細・個人企業であり、費用面から弁護士へのアクセスがなく、結果的に事業が破綻してしまったり、窮状に陥ってしまったりする事業者を救済することを目的の一つとしているそうです。

これらの活動も多くの谷間世代の弁護士により支えられているとのことでした。

福岡県弁護士会 米山会員の報告

米山会員の報告

5 国会議員からのメッセージ

このリレー集会には、共催であった九弁連の先生方のご協力もあり、福岡県内外の多くの国会議員から谷間世代を応援する旨の、もしくはこの問題の解決に取り組むとするメッセージ(合計34通)をいただくこともできました。

私が特に印象的だったのは、会場で挨拶を頂いた議員の「谷間世代への一律給付実現は、「救済」ではなく、法曹養成制度の中の過去の制度の誤りを謝罪して是正する、原状回復をするもの」、「戦争準備のための戦闘機購入に比したら微々たるもの」、とのお話でした。

弁護士会館での国会議員本人出席(4名)、ZOOMによる議員本人出席(4名)、議員秘書による代理出席(4名)など多数あり、多くの国会議員に興味を持っていただいたことは、谷間世代への一律給付実現に向けて大きな励みになると思います。

6 さいごに

谷間世代への一律給付実現全国リレー集会の第1走者として、福岡集会が開催されましたが、上記のとおり、その内容はとても充実したものであったと思います。

繰り返しになりますが、共催の九弁連の先生方の呼びかけのおかげもあり、九州各地の国会議員から多くのメッセージをいただくこともできました。この場をお借りしてお礼を申し上げます。また、コロナ禍のなか、九弁各会からも沢山の会員に駆けつけて頂き、また、ZOOMで視聴して頂きました。会場出席者70名強、ZOOM視聴者70名強という沢山のご参加を頂きましたことにも、この場を借りて感謝申し上げます。

今後も全国リレー集会のバトンは繋がれていきます。ZOOMでの参加も可能ですので、できるだけ多くの先生方(特に谷間世代の先生方)にご参加いただくようお願い申し上げます。

福岡県弁護士会 鬼木議員からのご挨拶

鬼木議員からのご挨拶

プリズン・サークル上映会&講演会

死刑制度の廃止を求める決議推進室員 中原 昌孝(58期)

1 はじめに

死刑制度の廃止を求める決議推進室では、当会の主催、共催を日本弁護士連合会、九州弁護士会連合会として、本年8月7日、弁護士会館2階大ホールにおいて、「この国の「罪と罰」を考える映画『プリズン・サークル』上映&講演会 監督坂上香さんをお迎えして」を開催しました。当日は、関係者も含めて140名を超える参加者があり、これまでの弁護士会のイベントの中でも稀に見る大盛況でした。少し長めになりますが、映画のネタバレにならない範囲で、ご報告をさせていただきます。

2 開会あいさつ

全体の司会は、溝口史子副室長が務められました。最初に、野田部哲也会長から、開会あいさつがありました。野田部会長は、当会は2020年9月18日の「死刑廃止を求める決議」で「死刑の代替刑として終身刑を導入すること」を提示したこと、その終身刑のあり方を議論するためにも現行の自由刑の執行の状況についての情報を共有し理解することが重要であること、それが今回の企画の趣旨であることなどが紹介されました。

3 映画の上映会

映画『プリズン・サークル』(2019)は、日本の刑務所内での受刑者の様子や声を伝えるドキュメンタリー映画です。この映画の舞台は、「島根あさひ社会復帰促進センター」という2000年代後半に開設された4つの官民協同の「PFI(Private Finance Initiative)刑務所」の一つで、犯罪傾向の進んでいない男子受刑者2000名を収容しています。そこでは、2009年から、受刑者同士の対話をベースに犯罪の原因を探り、更生を促す「TC(Therapeutic Community(セラピューティック・コミュニティ)=回復共同体)」というプログラムを導入しています。

映画では、2年間にわたる密着取材により、窃盗や詐欺、強盗傷人、傷害致死などで服役する4人の若者たちが、半年~2年のTCプログラムを通じて、新たな価値観や生き方を身につけていく姿が克明に描き出されています。

具体的には、(1)父親の虐待により小学生のときから施設で育ち、施設でも壮絶な虐待を受けて、感情が動かなくなり、帰る場所(サンクチュアリ)があるという感覚を持てない若者、(2)義父からの虐待や小学校時代の壮絶ないじめ、貧困等から、小学校のころから自殺未遂を繰り返し、盗られたんだから盗ってもよいというのが当たり前で、窃盗に罪悪感が全くない若者、(3)母子家庭で、母親や先輩の暴力の中で育った経験から、人を思い通りにすることができる手段として暴力を捉えていた若者、(4)幼いころから両親の関係が険悪で、逆に親からの虐待がかまわれているようで羨ましいと感じる若者など、犯罪に至るまでに辛い経験をしてきた若者たちが登場します。

そして、このような若者たちが、民間の支援員のフォローのもとに、TCプログラムでの他の受刑者とのコミュニケーションを通じて、自分の心の問題に向き合うようになるまでの姿が描かれています。

映画のTCの場面では、(1)緊張感のある空気をほぐすための手法である「アイスブレイク」から始まり、(2)「ソーシャルアトム(人生の特定の年齢に焦点をあてて、5人の人を思い浮かべ、感情的な関わりやコミュニケーションの度合いを、自己との距離や大きさなどで図に表現する手法)」、(3)お互いに過去の被害体験を語ること、(4)受刑者同士で被害者役などを担当し会話をするロールプレイ、(5)受刑者が他の受刑者の前で2つの相反する自分の感情の立場で代わる代わる意見を言い合う手法など、様々なアプローチが行われていました。

このようなプログラムを通じてできた受刑者同士の仲間は、出所後も交流を持っており、映画では、定期的に連絡を取り合い、再犯に至らないように、お互いを励ましあっている様子も映し出されていました。

4 坂上香監督の講演会

映画の上映後、引き続き、坂上香監督による講演会が行われました。

坂上監督は、『ライファーズ 終身刑を超えて』(2004)、『トークバック 沈黙を破る女たち』(2013)など、アメリカの受刑者を取材し続けてきた方として有名ですが、その原点は、スイスの心理学者であるアリス・ミラーの『魂の殺人 親は子どもに何をしたか』という一冊の本がきっかけだったとのことでした。

それから、坂上監督は、アメリカの刑務所でTCを行う民間団体である「AMITY(アミティ)」の取材を行い、その経歴から、日本で初めてTCを導入した刑務所として、島根あさひ社会復帰促進センターの取材をすることになったそうです。

他方、坂上監督は、1990年代に少年院の取材をされたようですが、当時は「社会話(注:おしゃべりの意味)をするな」というポスターを少年に書かせるなど、TCとは真逆の残酷な指導が行われていたことを紹介されていました。

坂上監督によると、その後、少年院も徐々に変わっていき、刑務所も2001年の名古屋刑務所受刑者放水死事件で社会的な批判を受けて少しは変わったようですが、それでも、日本初となる刑務所内の長期撮影には大きな壁が立ちはだかったようで、取材許可が降りるまでに6年もの年月がかかったそうです。

また、取材中も、お目付け役の職員からファインダーを覗かれて映してはいけないものが映っていないかどうか確認をされたり、最終の当局による試写の際には、顔に効果を加えるだけではなく、言葉も変えるように言われたり、刑務所では受刑者同士が入所中・出所後に相互に連絡を取らないように指導しているため、出所後に受刑者同士が交流するシーンを問題視されたりと大変な苦労があったそうです。

坂上監督は、映画に登場した元受刑者の若者と現在でも交流をされているそうで、「くまの会」というクローズドのフェイスブックを通じて連絡を取り合っているそうです。

5 会場とのクロストーク

講演会後は、当会の人権擁護委員会の事務局長で、刑事施設の視察委員会の委員長も務めており、刑事施設の実態に詳しい塩山乱会員を司会に、会場とのクロストークがありました。

会場からは、例えば、学校の教員の方から、虐待等から非行行為に陥ってしまう生徒を出さないための学校としての取組みについての質問があり、坂上監督からは、学校の中では生徒同士が悩みを語り合う機会が不足していること、TCでいう支援員のように教師以外の第三者が関与することや社会の中で居場所をつくっていくことも有用であることなどの発言がありました。

また、依存症の自助グループに通われている方からは、TCのような仕組みを社会の色々な場所でつくっていくべきとの意見も寄せられました。

福岡県弁護士会 8月7日 坂上監督講演会

8月7日 坂上監督講演会

6 閉会あいさつ

最後に、九州弁護士会連合会の前田憲德理事長より閉会あいさつがあり、全プログラムが終了しました。前田理事長からは、TCを是非多くの刑務所に導入していくべきこと、出所後に社会側がフォローする仕組みも必要であること、そのためには社会の理解が必要不可欠であることなどの話があり、また、映画の内容にも関連して、2022年10月28日の第75回九州弁護士会連合会定期大会でのシンポジウム「ねぇ、きいてっちゃ!~子どもの声と多様な学び」の案内もありました。

7 おわりに

2022年6月13日に国会で成立した刑法等の一部改正による懲役刑・禁固刑の「拘禁刑」への統一は、受刑者の改善更生、社会復帰を志向する改正であり、これを契機に、日本においても刑罰をめぐる考え方が大きく変わっていく可能性があります。そのような中で、映画や坂上監督の講演を通じて、TCという取組みの存在やその有用性を知れたことは、今後、委員会活動や刑事弁護活動を行う上でも、大変参考になるものでした。

最後に、本企画では、参加者の皆様のうち122名からアンケートへの回答があり、刑罰制度に関する多様なご意見をいただきました。

福岡県弁護士会 8月7日 坂上監督講演会会場

8月7日 坂上監督講演会会場

2022年9月 1日

セミナー「お魚のサブスクで漁師と食卓をつなぐ~規格外の魚に命を吹き込む~」

中小企業法律支援センター 委員 阿部 雄大(74期)

1 はじめに

令和4年7月20日、株式会社ベンナーズ代表取締役・井口剛志氏を講師としてお招きし、前半には「お魚のサブスクで漁師と食卓をつなぐ~規格外の魚に命を吹き込む~」との題でご講演をいただき、後半では、井口氏に加え、当会から若狹慶太弁護士(72期)の司会進行の下、寺井研一郎弁護士(63期)、浜上慎也弁護士(70期)がパネリストとして参加し、パネルディスカッションが行われました。本セミナーは、「全国一斉中小企業のための無料法律相談会及びシンポジウム」の一環として行われたものになります。本年は、昨年に引き続き、新型コロナウィルス感染症の影響にも配慮し、エルガーラホール7階中ホールを主会場としつつ、Zoom配信も併用する形での開催となりました。

本年は、中小事業者やその他業種の方々をはじめ多数のご参加を賜り、会場参加が31名、オンラインでの参加が25名の合計56名にご参加いただきました。

本稿では、本セミナーの内容と本セミナーに関連する中小企業法律支援センタ―の取り組みについて報告いたします。

2 「一斉シンポ」について

中小企業法律支援センターでは、例年、日弁連の要請により、全国の弁護士会と共に「全国一斉中小企業のための無料法律相談会及びシンポジウム」を開催してきました。

中小企業庁は、令和元年より、中小企業基本法の公布・施行日である7月20日を「中小企業の日」としましたので、一昨年からはこれに合わせ、7月に「一斉シンポジウム」が開催されています。本年も昨年同様、「中小企業の日」である7月20日に開催することができました。

福岡県弁護士会 野田部会長の開会挨拶

野田部会長の開会挨拶

3 セミナーの内容

本年は、「クローズアップ現代」や「日本経済新聞電子版」等、メディアでも多数取り上げられている、福岡県出身の若手起業家である井口剛志氏に標記の題でご講演をいただきました。その後弁護士を交えてのパネルディスカッションも行われ、起業家、経営者と弁護士双方の目線から議論や質疑応答がなされました。

私も現地にて参加し、拝聴して参りましたので、以下ご報告させていただきます。

(1) 第1部(井口氏によるご講演)
  • 株式ベンナーズとは
    株式会社ベンナーズは、2018年4月、水産物流プラットフォーム関連事業及び冷凍水産及び加工品卸販売事業を目的として設立された会社です。井口氏は、幼少期から祖父母、父が水産卸売会社に従事する姿を見て育ってきた中で、水産業界の複雑な流通構造に疑問を持つと同時に、大学で学んだプラットフォーム型ビジネスに可能性を感じ、起業されたそうです。その主な事業内容は、"未利用魚"(珍しい品種の魚、市場流通規格を満たさない魚、大量に獲れすぎてしまい相場がつかなくなってしまった魚等、これらの事情により市場に流通することなく廃棄されてしまっている魚)をミールキット及び加工品として個人宅向け及び法人向けに製造販売するサブスクリプションサービス(「Fishlle!(フィシュル)」)の提供です。 井口氏は、近年、生鮮魚介類の世帯購入数が年々下降し、「魚離れ」が叫ばれる一方で、回転寿司市場は右肩上がりで推移していることなどに着目し、「魚離れ」の原因が「魚嫌い」ではなく、「魚料理嫌い」(魚を調理するのが嫌い)にあると考えたそうです。そこで、日本の総水揚げ量の約30%にも及ぶ未利用魚を使用して、そのままでも食べることができ、料理にも使いやすい形で加工・販売することで、美味しく手軽な魚料理を安価に提供する「Fishlle!(フィシュル)」というサービスを発案したそうです。
    講演のはじめの井口氏の「起業とは、誰かの課題を解決することである。」「課題は大きければ大きい方が良い。」との言葉が私としては印象的でした。その言葉どおり、見事に日本人の魚の消費量の減少という問題と大量の未利用魚問題の解消という2つの課題を解決し、その上、手軽・安価・美味に消費者に提供するサービスへと昇華している点には大変感動いたしました。同時に、自分と同世代(しかも私よりも2、3歳若い!)の方が、このような問題意識をもち、社会の課題を解決している姿勢には大変刺激を受けました。
    ちなみに、肝心の商品についてのご紹介ですが、「6Pc/月4200円、10Pc/月6480円、16Pc/月8980円」で、その時々の魚料理をいただけます。煮魚のような定番メニューから少し変わり種のものまで多数のレパートリーがありそうですので、興味を持たれた方はぜひHP等をご覧になれてはいかがでしょうか?(私はフィッシュマサラがとても気になりました。)
    井口氏の今後の展望は、製造拠点を拡大(目標は全国50箇所)し、収益源確保及び産地開拓の後、「Marinity」というB to Bプラットフォーム事業を本格展開することだそうです。これは、水産物の情報の一元化を図り、売主と買主のマッチングを行うことで取引の効率化を果たし、水産業界の流通の目詰まりの解消を目的とするサービスだそうです。近い将来「Marinity」が日本の水産業界に革命をもたらす日が来ることを楽しみにしています。
  • スタートアップに必要な弁護士支援 さらに、井口氏自身が創業されたご経験に基づき、スタートアップに必要な弁護士支援とそのタイミングといった、事業者・起業家目線で弁護士を必要とする場面についてもご講演いただきました。
    井口氏が弁護士の必要性を感じた場面としては、
    1. 創業のタイミング~創業者間契約書~
    2. 資金調達のタイミング~機密保持契約書、投資契約書、株主間契約書等~
    3. 新たに人を雇用するタイミング~雇用契約書、準委任契約書~
    4. 新規事業を始めるタイミング~売買契約書、ビジネスの適法性チェック~
    が挙げられ、これらの書面の作成の際に弁護士の必要性を感じたそうです。井口氏は、投資家から創業者間契約書がなければ投資することはできないとの指摘を受け、投資契約締結の直前に創業者間契約書の作成をすることになり、その際、初めて弁護士に依頼をしたそうです。弁護士としての立場からは、単に契約書の作成・内容の確認といった場面において、スポットでご依頼を受けるだけでなく、創業に際していかなるリスクが存在し、そのリスク回避のためにいかなる手続・契約を踏むべきであるかといった長期的な視点で事業者の方々をサポートすることにも大いに意義があるということを実感いたしました。
(2) 第2部(パネルディスカッション)
  • 創業時に注意すべき法律問題
    この点に関して、寺井弁護士からは、創業時点では許認可等の手続面のみならず、第三者の権利侵害のリスクを含めた事業の適法性の確認の必要性があるとの解説がありました。特に、スタートアップにおいては、創業者間契約や投資契約の締結といった場面やサービスの提供に際して知的財産にかかる権利関係が問題となる場面が多いことから、その後の紛争を防止すべく契約締結段階での契約内容の確認等が重要であるとのご意見をいただきました。
  • ECサイトの利用についての注意点
    先程ご紹介しました「Fishlle!」もECサイトを利用してサービスを提供しておりますように、ベンチャー企業の中には、サービス提供に際しECサイトが利用されることが多くあります。ECサイトの利用に際しての注意点として、浜上弁護士からは、ECサイトは、特定商取引法や景品表示法、利用規定の設定やプライバシーポリシーの設定(個人情報保護法との関係)等、遵守すべき法律が多岐にわたるとの解説がございました。
    この点について、井口氏は、プライバシーポリシーの作成は同業他社のものを参考にご自身で行われたとのことでした。これに対し、寺井弁護士からは、テンプレートや他社の規定をそのまま参考にする場合、内容がずれている、あるいは、余計な条項が含まれていることなどもあるため、弁護士等の専門的知識を有する人に確認してもらう方が望ましいとのご指摘がありました。
  • 弁護士に依頼する際の考慮ポイント
    この点について、井口氏から、「スピード感と金額感」と「ビジネスのインパクトの大きさ」とのご意見がありまあした。特にスピード感に関し、例えば、投資契約書などは、着金日が決まっている関係で1日、2日の遅れでも大きく影響するためリアルタイムでのやり取りが望ましいとの意見があり、ビジネスと司法とのスピード感覚の認識の差異を感じさせられました。その中で、日頃から事業者・弁護士間で十分なコミュニケーションをとり、共通認識が作れていることが大事であり、そのためには、弁護士に対する敷居が高いイメージを払拭する努力を行うことが必要であるとの意見交換がなされました。寺井・浜上両弁護士からは、「こんな小さなことで相談するなんて申し訳ないという気持ちから初期段階に相談せず、問題が大きくなってから相談に来る事業者が多いため、どんな小さなことでも相談してほしい。そのためにも弁護士として相談しやすい関係性作りをすることが大事である」とのご意見がありました。
  • まとめ
    パネルディスカッションでは、その場の会話の流れから井口氏のリアルな疑問が投げかけられたり、会場やオンラインでも講演内容以外の法務に関するような点についても質疑応答があり、非常に白熱した議論で見ごたえのあるものでした。紙面の都合と私の拙い文章ではそのすべてをお伝え出来ないのが残念でなりません。
福岡県弁護士会 講演をする井口氏

講演をする井口氏

福岡県弁護士会 パネルディスカッションの様子

パネルディスカッションの様子

4 セミナー後の無料法律相談会

なお、今年の無料法律相談会は、事前に5件の予約がありましたが、セミナー直前で新型コロナの感染者数が急増した影響もあり、オンライン相談1件のみが実施されました。面談相談のキャンセルは残念ではありましたが、オンラインによる安定した法律相談の提供に可能性を感じることができました。今後も委員会活動等を通して気軽に一般市民の方々や事業者の方々が相談できる環境づくりに貢献できるよう、会務にも積極的に参加したいと思った次第です。

5 おわりに

今回のシンポジウムは、私事で大変恐縮ではございますが、実家が笹かまぼこの製造・販売をしており、かつ、創業支援等に興味があり当会への委嘱希望を出した私にとって非常に私得でしかないイベントであり、大変興味深く勉強させていただきました。そして、改めて事業者の生の声を聴くことの重要性やビジネスそのものについて学ぶことの面白さにも気づかされました。今後とも会務に限らずこのような機会には触れるようにし、経験を積みたいと思います。

福岡県弁護士会 会場の様子

会場の様子

期待高まる「弁護士と学校教育の連携・協働」(法教育・いじめ予防授業研修報告)

法教育委員会 委員 田村 和希(74期)

1 はじめに

去る7月21日、法教育・いじめ予防授業研修が開催された。本研修は法教育センター講師の登録研修を兼ねており、私は、同講師名簿登録のため参加させていただいた。本稿では、当該研修の概要をお伝えするとともに、私自身が学んだことなどについて述べたい。

2 研修の内容
(1) 委員長挨拶

まず、法教育委員会委員長の日浅裕介先生がご挨拶され、法教育センターの設立経緯と趣旨について説明があった。

そもそも法教育とは、法律専門家ではない一般の人々が、法や司法制度、これらの基礎になっている価値を理解し、法的なものの見方・考え方を身につけるための教育を特に意味する。平成28年6月の選挙権年齢の引下げや今年4月の成年年齢の18歳への引下げ等に伴い、法教育の必要性は近年ますます高まっている。

当会では、学校等の教育機関から要請を受け、名簿に登録された弁護士がゲストティーチャー(以下「GT」)として教育機関を訪問し、主権者教育、ルール作り、いじめ予防などの法教育をはじめ、弁護士の仕事といったキャリア教育にいたるまで、さまざまなテーマについての出前授業を行っている。

研修開催日時点において、当会会員のGT登録者数は4部会合計で199名(福岡133、北九州25、筑後31、筑豊10)であるが、学校からの出前授業実施の申込数は年々増加傾向にあり、さらに多くの会員に登録いただきたいとのことであった。

(2) DVDの視聴と授業内容の説明

続いて、鍋島典子先生が中学校で実施された出前授業の様子がDVD上映された。「救急車を有料化すべきか」というテーマで、今後この国で救急車を利用するためのルールを自分たちが決める、という設定のもと、中学生たちが真剣に議論を戦わせていた。

この授業において、生徒たちは、いわゆる"正解"がない課題に向き合い、自分たちの意見をその根拠とともにまとめ上げることを試みていた。他方で、反対の意見にも配慮しつつ議論を尽くすことを通して、最後は多数決で決めるとしても「なぜそのルールになったのか」を皆が納得できるにはどうすべきか、という民主主義の過程の大切さを学んでいた。

(3) 授業実施の留意点

さらに、日弁連・市民のための法教育委員会委員でもある春田久美子先生が、授業実施の留意点等について説明された。

先生の数多くの出前授業のご経験を踏まえられ、授業づくりのポイントとして、(1)伝えたいメッセージをシンプルかつ明確にしつつ、生徒にとって身近でリアルな素材を選ぶこと、(2)ワークシートや模造紙等を使って言語活動を盛り込むこと、(3)いわゆるアクティブ・ラーニング型の授業(一方的な講義だけではなく、参加型・体験型・双方向型の授業)を目指すこと、を示された。

説明を通じて、何より春田先生ご自身が、学校での出前授業を非常に楽しんでおられる様子が伝わってきたのが印象的であった。

(4) いじめ予防授業の説明

また、森俊輔先生から、いじめ予防授業についての紹介があった。

当会におけるいじめ予防授業のこれまでの歴史的経緯をご教示いただくとともに、授業実施の目的は、「いじめがダメなことは分かっている子どもたちに、『ダメな理由』を腹落ちしてもらうこと」「被害者が嫌な思いをしたらいじめに当たると知ってもらうこと」「誰もがいじめを止めることができると知ってもらうこと」である点を示していただいた。

(5) 手続の流れ

最後に、田上雅之先生から、GT選任後の出前授業実施の流れについてご説明いただいた。

依頼を受けてGTに選任された場合、授業の実施については法教育センターの担当運営委員である弁護士からアドバイスをいただけること、使用教材についても既存の教材(法教育センター管理のドロップボックスに、テーマごとにストック)を活用できることなど、バックアップ体制が整っていることをご教示いただいた。名簿登録してすぐにGTに選任されても、不安なく対応できることが分かった。

3 研修を通じての学び

私自身、2人の子どもを育てる中で、未来を担う子どもたちが、複雑・多様化していくこの社会をいかに生きていくのか、そのために必要な能力をどうやって身につけるべきか、日々考えさせられるところである。そうした中、他者の意見・考えを尊重しつつ適切に合意を形成したり、ルールにのっとり公平・公正で妥当な結論を導いたりする力を、学校教育の場で養っていくことは、1人の人間として成長し生きる上で、また、これからの社会を支える一員となっていく上で、とても意義のあることだと感じた。

こうした法教育に、法律の専門家である弁護士として参画し、子どもたちの学びの一助となれるなら、「弁護士としての活動を通じて、世の中を少しでも良くしたい」という、自分がこの道を志した信念に沿うものだと思い、さっそくGT登録の申込みをさせていただいた。

4 おわりに

令和2年度から順次実施されている新学習指導要領においては、「主体的・対話的で深い学び」の視点に立った能動的な学習とともに、「社会に開かれた教育課程」がポイントとされている。このうち、今年度から始まった高等学校の新たな必履修科目「公共」では、積極的に専門家との連携・協働を図ることで学習活動を充実させることが明記されるなど、法律専門家たる弁護士の関与が期待されているところである。

ますます教育の現場と我々弁護士との連携・協働の重要性が高まる中、私も微力ながら法教育センターの一員として、子どもたちの「社会を生きる力」の養成に貢献したいと考えている。

難民問題研修レポート「激震の世界・難民条約締約国日本の責任と弁護士の役割」

国際委員会 委員 辻 陽加里(64期)

1 はじめに

令和4年6月29日、国際委員会主催の難民問題に関する研修会が開催されました。本研修会は、開催の趣旨の一つに、難民問題に取り組む弁護士の裾野を広げるという目的がありましたので、イントロダクションとして、当会会員の稲森幸一弁護士から入門編として、難民・入管事件の特色と難民認定制度の概要についてご講演頂きました。

その後に本研修会のメイン講演として、40年近く難民事件に最前線で取り組んでこられた愛知県弁護士会名嶋聰郎弁護士より「激震の世界・難民条約締約国日本の責任・弁護士の役割」と題し、日本の難民支援・難民事件の実情及び難民認定制度の問題点についてご講演を賜りました。

最後に非常に急ぎ足ではありましたが、弊職から国際委員会内活動である福岡難民弁護団の活動についてご報告致しました。

本研修会は会員向けに行われ会場参加が10名程度、オンラインでも10名弱ご参加いただきました。

2 イントロダクション(稲森弁護士ご講演)
(1) 難民・入管事件の特色

難民・入管事件に熱心に取り組む稲森弁護士からは、難民・入管事件に特有の苦労が語られました。

まずは、日本の難民認定が非常に厳格であること、難民認定は難民条約という国際法に則ってされるべきであるのに、日本独自の解釈で難民を非常に狭く解釈し、認定していること、裁判においても日本独自の解釈に則って判断されること、国際法をどんなに主張しても特に地裁段階では判決で一切触れられず一顧だにされないことが報告されました。

その他にも実務的な問題として、依頼者が必ずしも日本語や英語に堪能ではないので、通訳の確保をしなければならないこと、難民申請者たる依頼者が入管収容施設に収容されている場合は、福岡から一番近い入管収容施設でも長崎県大村市にあるため、面会するのに片道約2時間かかり、打合せするにも一苦労であることなどが語られました。

そんな苦労の多い難民事件ですが、事件を通じて世界情勢や異文化に触れることができる上に、難民の方々が新しい人生をスタートする手助けができるという点で大きなやりがいがあるとのことでした。

(2) 難民認定制度の概要

そもそも条約上は難民と認定されなくても、条約に定める難民としての要件に該当すれば難民であるとの建て付けなのですが、日本から難民として庇護を受けるためには、まずは難民申請をすることになります。

難民申請者は、まず地方の出入国管理局に必要書類を揃えて難民申請をするのですが、その際に難民であることの立証を求められます(いわゆる一次審査)。難民事件の場合、一般的に、難民申請者は辛うじて自国を出国して迫害を逃れるケースが通常のため、自国での迫害を裏付ける証拠を周到に準備して出国するケースはほとんどありません。どの国に出国できるかも分からない方も多くおられます。難民申請者が日本の難民認定制度に詳しいはずもありません。一次審査では、難民調査官が難民該当性を調査することになっていますが、後述のとおり機能しているとはいいがたい状況です。しかも難民性を主張・立証する上で重要な難民調査官との面接に弁護士は代理人であっても同席することは許されません。なお、難民申請者の出身国の一般的な政治状況、迫害状況等の「出身国情報」は、国連機関や海外の難民関連団体等が調査公表しているものが参照されます。

一次審査で難民不認定となった場合、審査請求(いわゆる二次審査)を受けることができ、ようやく弁護士が代理することができます。審査請求では、「学識経験者」から選任された難民審査参与員という非常勤の公務員が3人一組で意見を述べることになっていますが、参与員の意見には法的拘束力はありません。

一次審査も審査請求も法務大臣が難民かどうか判断することになっており、同じ機関が2回判断を行うことも問題視されています。

3 メイン講演(名嶋弁護士のご講演)

名嶋弁護士は、冒頭でご案内したとおり、30年以上にわたって難民事件に取り組んでこられた後に、6年間参与員も勤められたとのことで、40年近く難民事件の最前線におられた方です。NPO法人名古屋難民支援協会の代表理事や全国難民弁護団連絡会議の中部地方の世話人もされています。

講演の前半は難民事件の裁判(難民不認定処分取消訴訟)に関するお話、後半は難民審査参与員のご経験に基づくお話がされました。

(1) 難民事件(裁判)
  • パキスタン宗教難民
    名嶋弁護士が平成元年に弁護士登録をされて間もなく取り組まれたのが、パキスタンのスンニ派の中でも少数派のアハマディアという宗派の方々の難民事件だったそうです。名古屋にアハマディアのモスクがあり、難民申請の相談が多数あったそうです。
    名嶋弁護士曰く「ビギナーズ・ラック」で勝訴判決を得、難民事件へ深くかかわるきっかけになったとのことでした。ちなみに、名嶋弁護士の勝訴判決がでるまで、類似の事件49件が全件敗訴したそうです。
    勝訴判決の後、同宗派の信仰によって迫害を受けている方々が一定の救済が得られるようになったそうです。
  • クルド政治難民の難民不認定処分取消訴訟
    名嶋弁護士は、クルド難民の難民認定処分取消訴訟でも勝訴判決を勝ち取られました。つい最近までクルド人難民に関する唯一の勝訴事件でした。(なお、名嶋弁護士の判決から15年以上経って、令和4年5月20日に札幌高裁でようやく2件目の勝訴事案が出たところです。)
    クルド人は、イラン、イラク、トルコなどの複数の国にまたがる山岳地帯で生活していた民族で、いずれの国家においても少数民族として扱われ、迫害を受けながらも、自治を求めてきたという歴史があります。名嶋弁護士がご担当された事件の依頼者は、トルコ政府から政治的迫害を受けて日本に庇護を求めて来た方々です。
    裁判ではトルコ国内での迫害の状況についての立証が大きな争点となりました。同様の時期に集団訴訟を行っていた他の弁護団の協力を得て、非常に充実した「出身国情報」を提出した上で、前述のとおり、難民申請者が迫害の証拠をもって自国を出国することはほとんどありませんので、この事件でも、供述証拠が重要な証拠となりました。
    名嶋弁護士は、供述証拠を作成する際、原告のそれまでの人生を掘り起こし、原告がなぜ迫害の危険がある政治活動へ参加するに至ったのか、なぜ迫害を受けるに至ったのか、その動機や経緯を出来る限り詳細にまとめ、供述の信ぴょう性が高いものと裁判所に評価されるよう尽力されたそうです。一人の方の人生をつぶさに聞き取り、書面化するという作業は日本人に対して行うのにもかなりの労力を要するものです。これを言葉も文化も異なる原告に、通訳を挟んだ状態で行うとなると、どれほど多くの時間と労力を要したかは想像に難くありません。訴訟記録は膨大になり、紙も一定以上集まれば尋常でない重さの塊になるものだとの名嶋弁護士のお話が印象的でした。
    名嶋弁護士の供述証拠と東京クルド弁護団の出身国情報がかみ合った結果、地裁で勝訴判決を得、高裁でもそれが維持されたそうです。
    高裁では、原告がトルコ政府からの迫害を主張して難民申請しているにもかかわらず、国がトルコ政府に原告の個人情報を開示した上で調査をしたという異例の事態も発生し、ひと悶着もふた悶着もあったようでした。
    他にも、この事件では、裁判係属中に原告が収容されてしまい、原告が収容前の労災事故で重い後遺症に悩まされており、入管収容中に症状が悪化し、十分な医療も受けられず、過酷な状況に置かれたり、原告や原告と同じ境遇に置かれた難民申請者らが働いて収入を得なければ食べていけないことを理解し、仕事を提供して給料を支払っていた支援者が、国から再三の注意を受けても支援を続けていたところ、ついには不法労働助長罪で実刑になったり、難民事件を取りまく困難な状況についても言及されました。
(2) 難民審査参与員の経験

名嶋弁護士は難民審査参与員の経験を通して、現行の難民認定制度の問題点について具体的に指摘されました。

その中でも、私が構造的に根深い問題であると感じたのは、やはり難民認定のいわゆる一次手続を難民調査官という入管庁の職員が担っていることです。入管庁は通常は国が入国させるにふさわしくないと考える外国人を入国させないことを役割としています。一方、難民認定は、自国から迫害を受けているため庇護を求める外国人を後見的な視点で保護する制度です。この全く相いれない二つの役割を同じ公務員が担うことは不可能であるとの指摘です。実際に名嶋弁護士が、難民調査官が作成した一次審査の調書を確認すると、調査官が申請者の主張を真摯に聞こうとしない姿勢が見て取れるそうです。

また、難民審査参与員の資質について問題提起がされました。難民認定は、本来、難民条約に定められた難民たる要件の該当性判断の問題であり、法的判断行為であるはずであるのに、難民審査参与員に、適用すべき法の探求、事実認定、要件へのあてはめと言う法曹であれば当たりまえの技能がない場合が多いことが指摘されました。弁護士が難民審査参与員に選任されることは稀であり、法曹的な訓練がされた経験のある参与員はほぼいないはずであるのに、それに対して専門的な研修等がなされることもないとのことでした。そのため、法務省や参与員自身がその点に疑問すら抱けない現状があるとのことでした。

これらの指摘は、現行の難民認定制度に致命的な欠陥があることを表しています。

4 名嶋弁護士からの最後のお言葉

名嶋弁護士はこれまで、次の2点について、繰り返し訴えてこられたそうです。

まず一つは、難民認定行為は、難民条約上の義務の履行としての法的行為であり、条約加盟国の政策的判断によって難民の認定要件が異なる性質のものでないこと、もう一つは、難民条約前文に確認されるように、難民の受け入れの負担が一部の国に偏らないように、等しく難民受け入れの義務を負うことだそうです。

弁護士の役割として、難民条約を正しく解釈し、事実認定し、難民の要件該当性を判断するという当たり前のことがされるよう、個別事件の法的支援と制度改革の両面で積極的に活動することが求められるとのことでした。

日本の難民認定の現在地は、そもそも難民条約について国際的に一般的な解釈に基づいていないという非常に残念な地点にあります。司法試験で通説を理解しないで独自の理論を展開すれば絶対に不合格でしょう。日本の難民認定制度はそれほど悲惨な状況にあると言っていいのではないでしょうか?そのような状況に裁判所が追随してお墨付きを与える現状も、私は個人的に非常に悲しく感じています。

このような過酷な分野で、希望をもって40年近くも最前線で取り組んで来られた名嶋弁護士にはただただ脱帽する思いです。

5 福岡難民弁護団へのお誘い

私も福岡難民弁護団の事務局長として微力ながら難民・入管問題に取り組んでおりますところ、研修会の締めくくりに、非常に急ぎ足ではありましたが、福岡難民弁護団の活動について案内いたしました。福岡難民弁護団では、主に長崎県・大村市に収容された外国人の方の支援を行い、支援者等を通じて九州の他県の相談も受けています。

難民・入管問題は、このレポートでも垣間見られたとおり、大きな問題がどっさり山積みの分野です。司法審査なしに無期限で収容施設に収容されたり、無期限収容によるストレスやハンガーストライキ、医療放置によって死亡者が出たり、本当に日本で起こっているとは信じがたい現実がそこにはあります。

少しでも興味を持たれた方は、是非とも一度、弁護団会議(月1回開催。ZOOM参加あり。)にご参加ください!私までご連絡ください!(天神ベリタス法律事務所 TEL092-753-7155/FAX092-753-7154/E-mail:h.tsuji@t-veritas.com)

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