福岡県弁護士会コラム(会内広報誌「月報」より)

月報記事

2023年7月31日

あさかぜ基金だより あさかぜ基金法律事務所は本当に必要なのか

弁護士法人あさかぜ基金法律事務所 社員弁護士 藤田 大輝(74期)

「司法過疎問題は解消した」?

「九州沖縄の各県の弁護士会で構成される九州弁護士会連合会(九弁連)は、その管内の弁護士過疎地に派遣する弁護士を養成するために基金を作り、その基金から資金を拠出して、平成20年9月、福岡市に当事務所を設立しました」。あさかぜ事務所のホームページに記載されている文章です。あさかぜ事務所は、この9月に設立15周年を迎えます。
この15年のあいだ、多くの先輩弁護士たちが司法過疎地に旅立ち、司法過疎問題の解消に取り組んできました。現在も、あさかぜ事務所に所属する私たちは司法過疎地への赴任に向けて奮闘しています。

先輩!ちょっと教えてください!

藤田
「実は最近、『司法過疎問題は解消したらしい』という噂を聞きました。司法過疎問題が解消しているのなら、九弁連として司法過疎対策を続ける必要ってあるんでしょうか」

先輩
「君は修行が足りないね。ひまわり基金法律事務所は、全国には31ヶ所、九弁連の管内にはまだ3つあるんだよ。ひまわり事務所は、2年か3年の任期で赴任して、希望すれば、その事務所を自分の事務所として残ることもできる。こうして赴任地で自分の事務所として残ることを『定着』というんだけど、定着したくなければ、後任を確保して交代することもできる。こういうシステムは理解しているよね」

藤田
「はい」

先輩
「こうしたシステムだと、まだ定着していないひまわり事務所が九弁連管内に3つあるからには、そこの弁護士が定着したくなかったら、後任が赴任しないといけないでしょう。それに、定着したはずの弁護士がいろんな事情で事務所を畳んだら、代わりの誰かが司法過疎地に行かないと、またまたゼロワン地域になってしまうじゃないの。司法過疎問題ってのは、いったん解消すれば、それで終わりというのではなくて、ずっと取り組み続けないといけないんだよ」

藤田
「確かにそうですね」

先輩
「ほかにも、弁護士自治とか、弁護士法による法律事務の独占が崩されてしまう危険もあるんだよ。何より、司法過疎地で弁護士を待っている人々がいるじゃないの。君は、あさかぜ事務所は必要だと本気で思っているのかな?」

三池港は味があって、なんか好き

3月30日午前8時55分、三池港発島原港行フェリーに乗り込み、島原中央ひまわり基金法律事務所(現・島原中央総合法律事務所)の定着式に参加してきました。あさかぜ事務所OBでもある河野哲志弁護士が、島原に定着すると決断されたとのことでした。その決断がどれだけ勇気が必要なことだったのか、私にはとても想像できませんが、決意を聞いて身震いする思いでした。 また、5月29日には対馬ひまわり基金法律事務所の引継式がありました。任期を終えられた前任の安河内弁護士は本当にお疲れさまでした。後任の佐古井弁護士にちょっと電話してみましょう。

藤田
「引継ぎおめでとうございます。どんなお気持ちですか」

佐古井
「不安ですよ」

藤田
「そりゃそうでしょうね」

先ほどの「あさかぜ事務所は必要だと思うかね?」という質問に対し、適切に答える言葉を私はまだ持ちあわせません。ただ、現実に司法過疎地があって、いま現在なんとかなっている地域も「使命感」と「不安」と「やりがい」とをごちゃまぜにして踏ん張っている先輩弁護士たちのおかげで「なんとかなっている」のだと思います。そして、私は、そうして踏ん張っている先輩弁護士たちを「カッコイイな」と思います。だから私も、司法過疎地に赴任してがんばってみようと思います。

精神保健当番弁護士30周年記念公開シンポジウム STOP!強制入院~「精神障害のある人の尊厳の確立を求める決議の紹介と実現に向けた取り組みを考える」~・ご報告

精神保健委員会会員 近藤 健司(73期)

1 はじめに

令和5年5月20日、当会会館において、精神保健当番弁護士30周年記念公開シンポジウム STOP!強制入院 ~「精神障害のある人の尊厳の確立を求める決議の紹介と実現に向けた取り組みを考える」が開催されましたので、ご報告いたします。
本シンポジウムは、精神保健当番弁護士制度が設立から30周年となったことを記念するとともに、2021年10月14日開催の日弁連人権擁護大会にて「精神障害のある人の尊厳の確立を求める決議」が採択されたことを受け、その内容を改めて確認し、その実現について考える場を設けることを目的として開催されました。
当日は、会場では30名ほどの方、webでは80名ほどの方にご参加いただきました。

2 パネリストのご紹介

本シンポジウムでは、当会会員の八尋光秀弁護士をコーディネイターとして、パネリストとして認定NPO法人大阪精神医療人権センター副代表の山本深雪さん、一般社団法人福岡県精神保健福祉士協議会前会長である大山和宏さん、多摩あおば病院の医師である中島直さん、日弁連高齢者障害者権利擁護センター精神障害のある人の強制入院廃止及び尊厳確立実現本部長代行の池原毅和弁護士、精神保健当番弁護士の登録弁護士として活動している田瀬憲夫弁護士にご登壇いただきました。

3 シンポジウムのプログラム

式の開始は、当会会長である大神昌憲会長からご挨拶を賜り、その後のプログラムについては、以下のとおり進行しました。

⑴ 基調講演
基調講演では、池原毅和弁護士から、人権大会決議の内容とロードマップの具体的な内容についてご説明いただきました。日弁連決議が出されることとなった背景を、強制入院の被害実態調査の内容や、ハンセン病患者隔離政策の反省、障害者権利条約の内容なども交えて詳細にお話しいただきました。また、ロードマップの内容については、短期工程、中期工程、最終段階の各工程についてそれらの具体的な内容をビジュアルを用いて明瞭にご解説いただきました。

⑵ 基調報告
精神保健当番弁護士として活動している田瀬憲夫会員から、制度発足当初の1993年から2021年までの歩みについて精神保健当番弁護士名簿の登録弁護士数の推移、法律相談活動の件数の推移、審査請求代理人活動件数の推移のデータを踏まえて報告がされました。

⑶ パネルディスカッション
基調報告後には、パネルディスカッションが行われました。まず、当事者である山本深雪さんから、自身の鬱病に苦しんだ経験や、大和川病院事件でのご経験等をお話いただくとともに、地域移行の実現のためにピアサポーターや地域生活相談支援員等による相談のチャンネルの確保に予算を振り分けることや、普段の生活や環境から一時的に離れて心を落ち着けて暮らせるような場所を提供する等といった当事者に寄り添った形での医療制度改革を進めてほしいとのご意見をいただきました。
また、大山和宏さんからは、自身が代表理事をしている一般社団法人えのき舎での取り組みやその理念、社会的リハビリテーションの内容、障害福祉サービス事業所の現在の事業所数などの障害福祉サービスを取り巻く現状についてご説明いただいたうえで、精神保健福祉士としてサポート続けてきたお立場から現状の決議案に関して問題提起をいただきました。
次に、医師である中島直さんからは、日弁連決議は各工程の目標を達成するための手段が不明確であり、実際に強制入院を廃止した場合の想定が不十分であると感じられたこと、日本の長期任意入院が多すぎるという問題点について指摘が認められないことなど、様々な角度からの鋭いご指摘をいただきました。
当日は、出席者からの質問も募集しており、実際に福岡県内外で精神保健当番弁護士として活動している弁護士の方や、精神科医療を受けておられる当事者の方、その関係者の方、支援者の方などから様々なご質問をいただきました。いずれの質問も、実際に精神医療を取り巻く環境下に置かれている方々の生のご意見やお悩みであり、重要な内容を含むものばかりでした。

4 終わりに

日弁連決議につき、弁護士のみが集まって検討することだけでは見えてこなかったものが、異なる立場に立つパネリストからの意見によって可視化できたものと思います。どのような環境にしていくべきなのか、その手段をどうしていくべきなのかを考えるといったことについて、非常に示唆に富んだシンポジウムだったと感じました。
最後に、ご尽力いただいた登壇者の方々やシンポジウムの開催にご協力いただいた方々に、この場を借りて御礼申し上げます。

研修「女性が苦しむ5つの問題をめぐって」から見えてきたコロナ禍(下)の真実

自死問題対策委員会 委員 野中 嵩之(73期)

1 研修概要

令和5年3月26日、自死問題対策委員会主催「女性が苦しむ5つの問題をめぐって」研修を福岡県弁護士会会館(ZOOM併用)にて実施しましたのでご報告いたします。
本研修は二部構成で行い、前半は、元厚生労働省事務次官で現在は津田塾大学客員教授である村木厚子さんに「女性の抱える困難を考える」と題して女性を取り巻く問題をテーマに幅広く基調講演を行ってもらいました。後半では、村木さんを含め、福岡県労働組合総連合元事務局次長の小川マリ子さん、西日本新聞社編集委員の下崎千加さんにもご参加いただき、当員会の委員である井下顕弁護士がコーディネーターとなって、パネルディスカッションを実施し、本研修のテーマについてより深掘りするという内容でした。
本研修では、前半・後半とも、幅広いご講演及び議論がなされ、本報告ではすべてを取り上げることは難しいため、印象に残った部分に絞らせていただきます。

2 (前半)基調講演・「女性の抱える困難を考える」

⑴ 村木さんは、厚生労働省時代のご経験をもとに、統計データからわかる女性問題について、いくつかご紹介されていました。
たとえば、①先進諸国を比較すると、女性就業率が高い国ほど出生率が高いというデータ(日本や韓国は先進各国と比べるとともに低い)、②夫が休日において家事・育児に割く時間が長いほど第2子以上の出生割合が高いというデータ、③無償労働(家事)の占める時間が日本や韓国の女性は男性と比べて約5倍ほどであり先進諸国と比べて突出しているというデータが紹介されました。
これらの統計データの1つの解釈として、出生率が低い日本や韓国では、女性が社会で就業する環境が十分とは言えず(①)、反面、男性の家事への協力も不十分(②③)ということを導くことができると考えます。
すなわち、少子高齢化に悩む日本において、我々男性にできる身近なことは、家事や育児への協力を本気になって実行していくということであると、実感することができました。

⑵ また、村木さんの講演を通じて、コロナ禍で女性や子供の自殺者数が増加したという問題を考えることは、従来からも問題となっていた男性の自殺者数を抑えるためにはどうすればいいかと考えることにもつながると感じました。
まず、研修において、女性や子供の自殺者数について、統計データからも、コロナ禍において増加していることが明らかとされました。
他方、毎年の自殺者数は男性の方が高いというデータや、悩みを相談できる友人の数は男性だと年代が上がるにつれていないと回答する割合が高くなるとのデータを通じて、男性も決して幸せとは言い切れない現実を浮き彫りにしていただきました。

⑶ そして、村木さんも参加される市民活動「若草プロジェクト」を通じて、相談すること自体、非常に難しいという現実が見えてきたと紹介いただきました。
たとえば、実際の生の声として、相談所とは怒られる場所、というイメージを持たれている方もいるという話には驚かされました。

3 (後半)パネルディスカッション

個人的に印象に残った議題は、「コロナ禍で女性や子供の自殺者が増加している。自殺者増加の背景と、どのような対策が必要か。」です。

⑴ まず、背景としては、①女性や子供の経済面の弱さ、②逃げ場がない状況があげられました。
①経済面の弱さについては、小川さんからは、「自分に価値がないと考える女性、自己否定をする女性。主婦で言うと、働いていないので、経済的に価値がないと思う方が多いのではないだろうか」とご指摘をいただきました。
②逃げ場のなさについては、下崎さんからは、「家を切り盛りして一人前だといわれる。学校が休校になって、3食作って、逃げ場がなくなった末ではないかと思う」とご指摘をいただきました。そして、村木さんからは、DVや児童虐待に携わるスタッフは以前から気づいていたであろうが、コロナ禍で一層家庭問題が浮き彫りとなり、誰にも言えない、自分の責任だと抱えてしまい精神的にも逃げ場がなくなるという背景があるのではないかとご指摘をいただきました。

⑵ 対策として、①経済的な弱さについては、生活保護のみならず、生活支援制度など、もっと活用しやすい制度を知り使ってもらうことがあがりました。
また、②逃げ場がないことについては、村木さんからは、早く、外に相談して切り抜けてほしいこと、誰かに、声を出して言っていいことを、本気で伝えないといけないのではないかとのご提案をいただいております。

4 おわりに

今回の研修で、データ、そして現場の最前線で活躍される方々から、女性を取り巻く問題について、地に足のついた内容を学ぶことができました。また、執筆者としても、男性の立場から、女性問題や自殺者数増加に立ち向かうには、男性の協力も不可欠であると改めて実感しました。
他方、パネルディスカッションでは、男性は外で仕事をして女性は家事・育児という価値観と、現代の男女共同の価値観とが混在する時代であるという指摘もありました。自らの親、祖父母世代と現代の狭間にいる執筆者としても、無意識のうちに当たり前の中に見直すべき部分があるのではないかとの視点が大切ではないかと思います。また、女性や子供のしわ寄せについて本気で取り組んでいくことが男性、ひいては日本社会全体の居心地の良さにもつながるという感覚を、本研修では持つことができたと感じる次第です。

シンポジウム「いらんっちゃない?校則」

会員 吉田 幹生(67期)

1 はじめに

去る令和5年5月28日(日)、福岡県弁護士会館におきまして、シンポジウム「いらんっちゃない?校則」行われましたので、その概要をご報告致します。

2 基調講演

名古屋大学大学院教授の内田良さんから、「教育という病 学校は子どもをまもっているか」というテーマで基調講演を行っていただきました。

まず、内田さんから、校則だけではなく、学校における様々な問題について紹介がされ、リスクは無限だが、リソースは有限であるといった説明がなされました。特に、柔道や組み体操に関して、事故の件数が多いことや組み体操については、問題提起し、対策をとった結果、負傷事故が大幅に減少したといった報告がなされました。
その後、校則については、保護者の関心が少ないといった点が報告され、1980年代から現在に至るまでの校則に関する流れが説明されました。特に、2000年代以降、生徒はおとなしくなったものの、厳しく細かな校則が継続・拡大した理由として、学校が管理を手放すことの恐れや学校外の保護者や地域住民などの発言力が高まり、教師の権威が低下したこと、生徒のあらゆる側面が、内申書を通じて評価されるといった点が説明されました。特に、内田さんは、厳しい校則が続く理由として、地域住民が学校外での生徒の行動に関しても学校の管理を求めるといった「学校依存社会」となっているといった指摘がされました。
また、学校現場の問題点として、警察の介入を求めることを教育の放棄としており、学校内で問題を抱え込み、更に問題が悪化するといった点が指摘されました。 上記の点から、内田さんから、学校だけでなく、専門家や地域社会が一緒に子どもを見守ることが必要ではないかという指摘がありました。
さらに、内田さんから、全国の学校には「隣の教室に入ってはならない」「ジャンパーは着てはならない」といった明文化されていないルールが存在するといった紹介がされました。他方で、校則がない学校や制服がない学校(長野県の高校の私服率は50%とのことです。)の紹介もされ、そういった学校が荒れているという実態がないといった紹介がされました。そして、内田さんから、校則の本質はルールを作って叱るための仕組みであると説明されました。

内田さんによる基調講演
3 校則見直しに関する意見書についての報告

当会の佐川民さんから、5月26日に当会の定期総会で採択された「校則の見直しに関する意見書」に関する説明が行われました。
まず、佐川さんから、当会の学校問題に関する取り組みについて説明が行われ、特に、校則との関係では、2020年に当会で採択した意見書について説明が行われました。
つぎに、福岡市立中学校での校則見直しの状況に関して説明がなされ、具体的には、男女による規制の撤廃や衣替えの時期の指定の廃止、ポニーテール・ツーブロックの自由化、下着の単色指定の廃止が行われ、校則に関しても見直しが行われたとのことでした。もっとも、見直された校則を確認すると、靴下や靴、下着を複数の色から選択できるようになったが、色や柄の指定があったり、眉毛を整えてはならないとの規定があるなど、現状の校則の内容を前提として、選択肢を増やすという方向になっており、実際の生徒指導は以前と変わらないのではないかとの指摘がありました。そして、問題の背景として、学校現場での子どもの権利についての理解不足や校則が子どもの人権を制限するとの認識不足が考えられるとのことです。
そして、上述の「校則の見直しに関する意見書」の具体的な中身について、説明が行われました。今回の校則の見直しに関する報告書では、①合意的な理由のない校則は直ちに廃止し、校則の必要性について根本から検討すべきである、②学校において、校則の制定・改廃手続を明確に制定すべきで、校則の制定・改廃手続は、生徒が主体的に関与できるものとすべきである、③校則を検討するために、教職員・生徒・保護者が子どもの権利を学び理解することが必要で、学校は、子どもの権利を学ぶ機会を提供すべきであるとされています。意見書の内容について、詳しくは、弁護士会のHPを参照ください。

4 パネルディスカッション

上述の内田さん、佐川さんに加え、春日市立春日西中学校の校長の大津圭介さん、不登校生の保護者の会の「ぼちぼちの会」の代表の志賀美代子さんがパネリストとなり、コーディネーターの当会の栁優香さんが中心となって、パネルディスカッションを行いました。
まず、大津さんから、大津さんが以前勤務していた春日南中学校での校則改定の取り組みについて、報告が行われました。具体的には、校則見直しに向けて教師間で確認事項を共有し、生徒と共に校則改定を行っていく過程を説明していただきました。そして、校則改定の過程やその後を経験して、校則を変える前に心配していたことは取り越し苦労であったことなどが報告されました。
つぎに、志賀さんから、不登校生の保護者の会の活動や校則と不登校との関係について、報告がありました。志賀さんからは、校則は地域によっても考え方が異なり、福岡に転校してきて、校則の厳しさにショックを受け、不登校になった例もあることなどの報告がありました。
そして、各パネリストでディスカッションを行いました。特に、パネリストからは、教師よりも生徒の方が保守的であることや校則を変えることにより、生徒よりも教師の方が変わったといった発言がありました。
その後、質疑応答を行い、参加者から、多数の質問があり、参加者が意欲的に参加していたことが確認できました。

5 終わりに

今回のシンポジウム参加者数は、会場参加が約50名、オンラインでの参加が約110名の合計約160名であり、校則に対する関心の高さが伺えました。
今後の校則のあり方について、考える良いきっかけになるとともに、校則の見直しに向かっていければいいと思います。

パネルディスカッション登壇者の方々

福岡県事業承継・引継ぎ支援センターと連携協定締結~安心・安全なM&A実現のために~

中小企業法律支援センター 委員長 牧 智浩(61期)

1 福岡県事業承継・引継ぎ支援センターとの連携協定締結

2023(令和5)年5月30日、当会は、福岡県事業承継・引継ぎ支援センターとの間で「事業承継に関する連携協定」を締結しました。
同協定は、中小M&Aにおける取引の安全を確保することを1つの目的として締結されたものであり、具体的な連携の内容として、①弁護士紹介制度、②中小企業等に向けたセミナー等の開催、③研修等の実施、④地域の事業承継等に係る情報収集・情報交換等を謳っています。

2 福岡県事業承継・引継ぎ支援センターとの具体的な連携について

⑴ 合同勉強会の開催
本年5月22日、協定締結前ではありましたが合同勉強会を開催しました。福岡県事業承継・引継ぎ支援センター側から15名、当会中小企業法律支援センターから16名が参加し会場は満席となりました。
講師として、日弁連中小企業法律支援センター事務局次長でもあり同センター内に設置されている創業・事業承継PTの座長を務める大宅達郎弁護士(東京弁護士会所属)をお招きし、奈良・福井・仙台・高知県の各弁護士会と事業承継・引継ぎ支援センターとの連携状況をご紹介いただくとともに、具体的事案をもとにM&Aにおける弁護士の主な役割についてご説明をいただきました。
大宅弁護士によれば、弁護士の主な役割としては、
①当事者の意向の把握や意思決定の支援を行う「伴走支援」者としての役割
②課題の把握や論点整理などの「リスク分析」を担う役割
③適切な専門家の手配やコミュニケーション支援などの「調整役」としての役割
④依頼者の意向を相手方に伝達し、あるいは相手方主張の合理性に関する助言や対案の検討をするなどの「交渉人」としての役割
⑤依頼者の意向を反映した条項提示や会社の実態に合致した契約書の作成及び着実な実行支援といった「契約書作成」に関する役割
があるとのことでした。
セミナー後、参加された福岡県事業承継・引継ぎ支援センターの統括責任者補佐(サブマネージャー)の方から、弁護士の役割やその有用性をより具体的にイメージすることができたとのお声をいただくなど、大宅弁護士のご講演は非常に好評で、今後の連携に繋がる合同勉強会になりました。

⑵ セミナーの共催
本年7月20日(7月20日は中小企業の日です。)、福岡県事業承継・引継ぎ支援センターと共催して「老舗を救った学生の熱意~大廃業時代における事業承継の新たな形~」と題して、事業承継をテーマとする中小企業事業者向けのセミナーを開催します。セミナー後には会場での名刺交換会や弁護士による無料相談会も実施します。
セミナーの概要は以下の通りです。会員の皆様のご参加をお待ちしております。
日時:本年7月20日午後5時開始
メイン会場:
エルガーラホール7階中ホール(Zoom配信あり)
配信会場:
筑後弁護士会館、飯塚法律相談センター
講師:
株式会社吉開のかまぼこ 代表取締役 林田 茉優 氏
詳細はこちらをご覧ください。

5月30日調印式。左:当会大神昌憲会長、右:福岡県事業承継・引継ぎ支援センター統括責任者松岡守昭氏
3 協定締結の背景事情

中小企業庁は、2021年4月に、高齢化による事業承継の一手段としてのみではなく、①廃業に伴う経営資源の散逸の回避、②事業再構築を含めた生産性向上等の実現、③リスクやコストを抑えた創業を推進するため、今後5年間に実施すべき官民の取組を「中小M&A推進計画」として取りまとめました。
これによれば中小M&Aは年間3~4千件程度実施されるまでに拡大してきているものの、潜在的な対象事業者は約60万者(成長志向型8.4万者、事業承継型30.6万者、経営資源引継ぎ型18.7万者)あるとも言われており、中小M&Aはまだまだ発展途上にあると考えられます。
「中小M&A推進計画」は、これらの潜在的な対象事業者のM&Aを推進するための課題を規模別に検討していますが、小規模・超小規模M&Aの課題として、以下の点を指摘しています。

・課題①-ⅰ
 事業承継・引継ぎ支援センターとM&A支援機関の対応不足
・課題①-ⅱ
 潜在的な譲受人(創業希望者等)の掘り起こし不足
・課題②  
 安心できる取引を確保するための取組の不足

このうち課題②に対する解決策として、最低限の安心の取組を確保するため士業等専門家の育成・活用を強化が求められています。そのため、現在、中小企業事業承継・引継ぎ支援全国本部において各地の事業承継・引継ぎ支援センターと弁護士会との連携を進める動きが起こっています。
福岡では、こうした全国の動きに先立ち、2021年4月に福岡県事業承継・引継ぎ支援センターが設立された当初から、当会の紹介する弁護士が同センターの統括責任者補佐に就任する等、当会と福岡県事業承継・引継ぎ支援センターとは一定の連携関係にありました(より正確には、2019年に福岡県事業承継・引継ぎ支援センターの前身である福岡県事業引継ぎセンターの統括責任者補佐に当会の紹介した弁護士が就任していました。)。
2021年9月以降、数回にわたり具体的な連携についての意見交換を重ねる中で、上記の全国的な流れも相まって、当会と福岡県事業承継・引継ぎ支援センターとの連携をより強化し、中小M&Aにおける取引の安全を実現するため連携協定の締結に至った次第です。

4 さいごに

近年、M&Aの支援機関等に対して、「中小M&Aガイドライン」(2020年3月策定)の遵守が求められております。またこれ以外にも、「事業承継ガイドライン」(2022年3月改訂)や「PMIガイドライン」(2022年3月策定)などが公表されています。
これらはいずれも事業承継の支援を行ううえで必読のものですので、ご存知の会員も多いとは思いますが、最後にご紹介だけさせていただきました。

5月22日合同勉強会。大宅弁護士による講演風景

2023年5月 2日

あさかぜ基金だより

弁護士法人あさかぜ基金法律事務所 代表社員弁護士 石井 智裕(72期)

壱岐の引継式
あさかぜ所員も、西原弁護士・宇佐美弁護士の引継式に参加し、その後に開催されたひまわり基金法律事務所の支援委員会にオブザーバー参加し、事務所見学にも参加しました。

西原弁護士の活躍

西原弁護士は、令和3年1月より壱岐ひまわり基金法律事務所の6代目所長に就任し、2年間業務をしていました。西原弁護士は、任期中に255件の相談を受け、うち、新規案件を121件を受任したということです。 西原弁護士は、退任の挨拶の中で、任期中を振り返り、弁護士のハードルを下げたい思いだったが、多くの相談があり、ハードルは下がったのではないかと思う、後任の宇佐美弁護士にも引き続きハードルを下げていってもらいたい、と述べていました。

宇佐美弁護士の着任挨拶

続いて、宇佐美弁護士が、着任の挨拶をしました。
壱岐ひまわりの引継式は、新型コロナウイルスの流行もあり、飲食を伴わない形式で実施されたため、引継記者会見が主たる内容となっていました。この引継式に西原・宇佐美という新旧所長のほか、前田憲德九弁連理事長、柏木慎太郎九弁連事務局長、濵口純吾長崎県弁護士会会長、山下俊夫壱岐ひまわり支援委員会委員長が出席しました。また、あさかぜ所員のほかには、地元新聞社から数名、長崎県内の公設事務所の所長、公設事務所支援委員会委員が参加していました。
宇佐美弁護士は、着任にあたって、弁護士を目指した経緯や、ひまわり所長になるにあたっての意気込みを語りました。
宇佐美弁護士は、弁護士になる以前、裁判所書記官として勤務していましたが、そのとき(今から10年ほど前とのことです)大分地裁に勤務していたとき、地元の弁護士から、「弁護士の人口がふえても、過疎地には誰も来てくれないんだよ」との嘆きを聴いて、「自分が求められる場所がある」と思い、弁護士を志したとのことでした。
また、宇佐美弁護士は、裁判所書記官として勤めていたときは、市民からの相談があっても、裁判所という中立公正の立場からは、あきらめるべき事案ではないのにもかかわらず、あきらめないでくださいといえなかったことから、相談に来た人のためにできることには限界があると感じたのも、弁護士を志すきっかけとなったそうです。
さらに、宇佐美弁護士は、「壱岐の地で、最後の人生に一華咲かせたい」と、公設事務所で働くことへの強い意気込みを感じました。

支援委員会

引継式のあと、長崎県内の公設事務所(島原中央・対馬・壱岐・飛鸞)の合同支援委員会が開催されました。あさかぜ所員も、オブザーバーとしての参加が許可されたので、傍聴しました。
委員会では、各所長から、各月の新規相談・新規受任件数、現在の手持ち事件数と進捗状況、収支状況、引継状況について報告があり、あわせていくつかの事件相談がありました。どの事務所も毎月の相談件数は平均して10件程度、手持ち事件数が多い所では60~70件ほどで、ひまわり事務所が地域の人々に頼りにされて忙しいことがうかがわれました。手持ち事件については、案件管理表を用いて、全件の進捗を担当の委員と共有する形になっていて、所長が一人で司法過疎地に放り出されるわけではなく、適切に、サポートを受けられる形になっていたので、これから赴任する私にとっては安心できるものです。
弁護士がいない場所に赴任して、ともすれば孤独を感じやすい環境ではありますから、これから赴任する立場として、年に数回、弁護士がこのように集まる機会があるのはありがたいものです。

事務所見学

引継式の翌日、壱岐ひまわり基金法律事務所を訪問し、宇佐美弁護士から事務所内を案内してもらい、そのうえで、赴任時の注意事項、引継方法について話しを聴きました。
壱岐ひまわり事務所は、あさかぜ事務所の執務室くらいのスペースに、執務室と相談室があり、弁護士1名・事務局1名体制で執務しています。執務スペースとしては、ゆとりがあるような感じです。
ひまわり事務所に赴任するに当たっての準備すべきこと、事務所経営に関することなど、いろいろ役に立つ話しを聴くことができました。

誰もいなくなって......いい!

私は令和2年正月6日にあさかぜ基金法律事務所に入所しましたが、令和5年2月末に佐古井啓太弁護士が対馬ひまわり基金法律事務所に赴任しましたので、令和2年正月にあさかぜ基金法律事務所にいた人間は私だけになってしまいました。

私が過疎地に赴任するときには、宇佐美弁護士を見習い、高い志をもって、赴任したい、そんな気持ちを新たにして帰福しました。

あさかぜ基金だより

「ジュニアロースクール2023春in福岡」リアル開催!

法教育委員会 委員 土田 礼二朗(74期)

1 はじめに

令和5年3月29日、「ジュニアロースクール2023春in福岡」が開催されました。
新型コロナウイルス感染症対策の規制緩和に伴い、今年のJLSは、4年ぶりに完全リアル(オフライン)で開催されました。
私自身は最近福岡県弁護士会に入会させていただいたばかりで、JLS当日のみの参加でしたので、以下、主に当日の様子についてご報告させていただきます。

2 今回のテーマ

2022年4月から、民法改正により成人年齢が18歳に引き下げられたのに伴い、18歳から裁判員になることができるようになりました。これにより、高校在学中や高校を卒業したばかりで、まだほとんど社会経験がない人でも、実際に裁判に参加し、重大な判断を迫られることになるかもしれません。
そこで、法教育委員会では、成人が身近に迫った中高生に対して、刑事裁判の仕組みを学ぶと同時に、他人の意見を聞くこと、他人を説得すること、そして人を裁くということについて考えてもらいたいと思い、今回のJLSでは、刑事模擬裁判を行い、中高生には裁判官として参加してもらうこととしました。
具体的には、傷害事件の模擬裁判を委員の先生方が実演し、参加者の皆さんには、証人や被告人への補充尋問(質問)を行ってもらったり、実際に被告人が有罪か無罪かの判決を下してもらいました。

野田部会長による開会の御挨拶
3 当日の様子

⑴ 今回は、4年ぶりのリアル開催ということに加え、人気の刑事模擬裁判ということもあり、定員100名が申込み締切の約10日前に埋まるという盛況ぶりでした。
当日は、残念ながら急遽不参加となってしまった生徒さんもいましたが、総勢98名(中学生23名、高校生75名)の生徒さんにご参加いただきました。
生徒さんには7~8名ずつの班に分かれてもらい、それぞれの班に1人もしくは2人のサポート弁護士が同席しました。

会場の様子

⑵ 今回の題材は、
「とある大学の学生が襲われた。被害者は犯人の顔を見ていなかったが、事件前に被害者と口論していた同じ和太鼓クラブの部員が犯人として起訴された。」
というものでした。
被告人が所持していた太鼓のばちから被害者の服の繊維が検出されたり、犯行状況を見ていた目撃者も存在していたのですが、それらの存在から本当に有罪と認定できるのか、という点が主な争点となり、私がいた班でもこれらについての意見がよく出てきました。
補充尋問は、各班で意見をまとめた上で、代表者が挙手して質問するという形式で行われましたが、時間の関係で質問を打ち切るまで、途切れることなく手が挙がっていました。

補充質問の様子

「目撃者と被告人の位置関係はどのようなものであったか」「被告人の太鼓のばちが被害者に接触する機会は他にもあったのか」などの質問は当然のように出てきており、被告人のアリバイや被告人の動機について触れた質問もありました。
回答の際は、被告人役の吉田幸祐先生、目撃者役の平嶋先生、被害者役の高尾先生が名演技を披露してくださりました。生徒さんにも受けが非常に良く、回答の度に会場が沸いておりました。あまりにも名演技だったためか、平嶋先生の発言が全面的に信用されなかったのが印象的でした。中高生の生徒さんたちの中にも、酔っ払いの発言は信用できないとの印象があったのでしょうか。
生徒さんたちは実にたくさんの質問をしてくださり、裁判長役の吉田俊介先生が補充で質問する必要がほとんどないほどでした。

評議の様子

⑶ 判決の評議も班ごとに決めてもらい、それを集計して判決を下すという形式で行いました。
議論の際は、付箋を用いて有罪方向の事実と無罪方向の事実とを整理して判断している班が多くありました。

論告と弁論の際に、判断方法について触れたおかげで、生徒さんたちも考え方は迷っていなかったように思えます。
有罪とするか無罪とするかの結論で迷っている班は多数ありましたが、目撃者の証言が信用できず、合理的疑いを差しはさむ余地がないというには証拠が足りないことから、全ての班で無罪の結論となりました。吉田幹生先生による講評の際に、班としては無罪判決としたが、個人的には有罪の意見だったという生徒さんに手を挙げてもらったところ、意外と多くの手が挙がったので、個人的には、どういう理由から有罪と思ったのか、なぜ班の意見として押し切れなかったのかなど、詳しく聞いてみたかったなと思います。

4 おわりに

約3時間半で模擬裁判を最初から最後までやり、かつ、間に議論の時間を2回設けるという非常にタイトなスケジュールでしたが、鎌田先生をはじめとして、キャップの稲吉佑紀先生をはじめとする実行委員の先生方(陰のキャップは鎌田祥太先生とうかがっています。)の入念な準備や、吉田俊介先生をはじめとする当日のキャストの先生方の名演技のおかげで、滞りなく盛況に終えることができました。私は当日の参加だけでしたが、今回のJLSも大成功であったと思っております。 今回のJLSは4年ぶりの完全リアル開催でしたが、委員の先生からは、やはりリアル開催のほうが議論などを円滑に進めやすいし、何より盛り上がって楽しいという意見が多数ありました。

オンラインにはオンラインの良さがありますが、対面でなければ伝わらないこともあると思いますので、今回リアル開催できたことは非常に喜ばしいことであったと思います。

「改正プロバイダ責任制限法弁護士実務の変更点」研修講演開催のご報告

会員 南正覚 優太(74期)

1 はじめに

令和5年3月7日(火)、福岡県弁護士会館及びZoomウェビナーにて、東京弁護士会の清水陽平先生による「改正プロバイダ責任制限法弁護士実務の変更点」研修講演が開催されました。
清水陽平先生は、ネット中傷の削除や発信者情報開示といったインターネットの分野で、多くの実績を有する方であり、具体的には、TwitterやFacebookへの発信者情報開示を日本で初めて成功させた先生です。最近では、ネット炎上に強みのある弁護士を主人公にした、累計135万部を突破した大人気コミックス「しょせん他人事ですから ~とある弁護士の本音の仕事~」の法律監修もされています。
その清水陽平先生を講師に招き、令和3年に改正された「プロバイダ責任制限法」について、講演をしていただきました。

2 プロバイダ責任制限法とは

まず、プロバイダ責任制限法(以下「プロ責法」といいます。)とは何かという基本的なところから説明が行われました。
SNSや掲示板で、特定個人に対して、誹謗中傷が行われた場合、弁護士としてできる対処法は、(1)誹謗中傷を削除すること(2)誹謗中傷を行った相手を特定して責任追及することになります。
具体的な流れとしては、当該誹謗中傷を保全した上で、SNS事業者等に対し、誹謗中傷の削除の請求ないしは仮処分を行い、発信者の通信記録(IPアドレスとタイムスタンプ)を取得し、その通信記録に基づいて発信者の氏名・住所を通信事業者等に開示させ、それで開示された発信者情報に基づいて発信者に対し損害賠償請求等を行うことになります(この発信者情報開示の流れの説明は簡易的なものです。)。
この流れのうち、SNS事業者等への通信記録の開示請求と通信事業者等への発信者情報の開示請求の際に用いられるのが、特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律、いわゆるプロ責法となります。
なお、プロ責法の請求を行うことができる発信は、誰もが閲覧できるインターネット通信であり、メールやLINEといったクローズドなインターネット通信には、プロ責法は無力とのことでした。

3 従来のプロ責法に基づく手続きとその問題点

上記で述べた通り、インターネット上の権利侵害で、発信者を特定するためには、多くの場合、2段階の裁判をしなければなりません。具体的には、(1)SNS事業者等へのIPアドレス(インターネット機器に割り当てられた識別番号をいい、インターネット上の住所のようなものです。)の開示請求(2)通信事業者等へのIPアドレスを割り当てられている契約者の氏名・住所の開示請求です。というのも、多くの先生はご存知だとは思いますが、多くのSNS事業者等や通信事業者等は、任意に情報を開示してくれることは少ないからです(通信の秘密等との関係もあります。)。
このように、最終的な目標である発信者への賠償請求へ行きつくのに、多くの時間と費用を要することが社会問題となっていました。また、プロ責法自体が、2001年に成立した法律であり、TwitterやFacebookといった急速に進化を遂げているインターネットに対応できないという問題もありました。
これらの問題に対応するため、令和3年に改正プロ責法が施行されたとのことでした。

4 改正プロ責法の内容

改正プロ責法の主要な変更点は、(1)ログイン型に関する規定の整備、(2)新たな裁判手続きの創設があげられます。
まず、(1)のログイン型とは、TwitterやFacebookといったログインをして書き込むタイプの類型についてです。従来のプロ責法が成立した2001年頃には、このような類型は想定されていなかったため、このログインのための通信は、法律上開示の対象になっていませんでした。そのため、これまでは、「発信者情報」を拡大解釈することで、発信者の情報開示を認容してきました。しかし、このような解釈論のみで対応することには限界が来ていたことから、このログイン型に対応する「特定発信者情報」という規定を創設しました(法5条1項)。そして、総務省令で定める「侵害関連通信」として、アカウント作成時・ログイン時のSMS等の認証通信が、開示対象として明示されることになりました(施行規則5条)。これにより、権利侵害投稿に紐づく通信ではない、それ自体では適法な通信をたどって発信者を特定していくという流れになるとのことでした。
次に、(2)の新たな裁判手続きの創設としては、上記の2段階の裁判手続きを、一つの非訟手続で行うことができるようになりました。そして、それを行うために「開示命令(法8条)」「提供命令(法15条)」「消去禁止命令(法16条)」という3つの命令も創設されました。これまでは、SNS等事業者と通信事業者等に対して、請求者がそれぞれに請求をする必要がありました。しかし、上記で新設された命令により、SNS等事業者と通信事業者等の間の情報開示が行われるようになり、請求者としては、それぞれに別の裁判手続をする必要がなくなる見込みとのことでした。

5 清水先生の改正プロ責法に対する見解

清水先生は、これらを理論整然と説明してくださった後、ただし、改正プロ責法の運用は、まさに新しく始まったばかりであり、以前の手法も残存することから、どうなっていくかはいまだ不透明という話もされていました。また、プロバイダ側が異議の訴えをする等の抵抗をすれば、開示手続の迅速化という題目が絵に描いた餅になりかねないという話もされていました。

6 終わりに

発信者情報開示の分野で著名な清水先生の講演ということもあり、多くの先生方が会館又はZoomで講義を聞いており、質疑応答では、多くの質問が飛び交っていました。
私自身、プロ責法を使うような事件を扱ったことはないですが、清水先生の講義を聞いていて、新たな技術の出現とそれに対応する法律家の熱意に感動しました。また、SNSが発達した現代において、こういったインターネット上の誹謗中傷についての問題は増加していく一方であり、多くの弁護士も注目していることが分かりました(日弁連のeラーニングで同様の講義が人気講座としてランクインし続けているのも、その証左でしょう。)。

私自身、発信者情報開示の分野は、聞きなれない単語だったり迅速性が求められる手続だったりで、なんとなく苦手意識がありましたが、今回の講義で発信者情報開示の分野の魅力を知ることできたので、今後はしっかり勉強をしていこうと思いました。

2023年4月 2日

アセクシュアルってなんなん?こまりごとの多様性を知る

LGBT委員会 久保井 摂(41期)

昨年NHKの「よるドラ」で放送された『恋せぬふたり』、ご覧になりました?そういえば、村上春樹原作の映画『ドライブ・マイ・カー』で一躍注目を浴びた三浦透子が主演した映画『そばかす』(今年公開)もまた、アセクシュアルをテーマにしたものでした。なにげにアセクシュアルは今や踏み込んで知るべき課題になっていると言ってもよいかもしれません。

1 LGBT電話相談にて

福岡県弁護士会は福岡市・福岡県との共催で、月2回LGBT電話相談を行っています。私が担当したある日、「アセクシュアルなんですが」と打ち明ける相談がありました。20代の方で、大学に進学したものの、いわゆる「恋バナ」につきあうのが苦痛でならず、話を合わせることに耐えられず退学してしまい、アルバイト先でもその苦しみに変わりはなく、人と関わること自体が怖くて何年も自宅に引きこもっているという困りごとでした。
もろもろお話はしましたし、その頃刊行されていた『見えない性的指向 アセクシュアルのすべて―誰にも性的魅力を感じない私たちについて』(明石書店)もご紹介してみたのですが、書籍は既に購入して読んでいるとのことでした。社会のどこにも居場所のない、自身の存在が否定されているような苦しみは受話器越しでの会話でも切々と伝わり、しかして何ら適切な援助を示すことができずに終わったのでした。
その頃から、アセクシュアルについての研修会を持ちたい、という強い思いを持つようになりました。
しかし、委員会で企画を具体化しようとしていた頃コロナ禍が出来し、企画は頓挫、このほど3年越しの念願の開催となりました。

2 うれしい誤算・まさかの満員御礼(失礼)

研修会は2月5日(日)15時よりの開催となりました。日曜の午後やや遅い時間帯、しかもきわめてマイナーなテーマで、果たしてどれほどの方にお越しいただけるのか、企画側は不安を抱えつつ、委員会のメンバーはなるべく参加するようにとのお達しのもと、当日を迎えました。
ところがです。会館ホールがほぼ満員の大盛況。実は大いなる社会的関心がこのテーマに寄せられているのだと知らされることとなりました。

3 講師陣

今回、司会を務めていただいたのはLGBT委員会の設置を牽引していただいたアクティビストの五十嵐ゆりさん、多様な肩書を持ちLGBTQ+や社会に向けて情報を発信してこられています。講師には、Aro/Aceな方々をつなぐための活動を行っているAs Loopのメンバーで、アロマンティック・アセクシュアル、Xジェンダー当事者である中村健さんと、大阪大学大学院人間科学研究科の三宅大二郎さん。
既に耳慣れない単語がでてきましたね。まず、アセクシュアルの「ア」は否定を表す接頭辞で、アセクシュアルはセクシュアルでないことを意味します。英語圏では「性的に惹かれるという経験をしない人」のことを言うそうですが、日本では統一された定義はなく、個人や団体によりその内容は異なるそうです。
アロマンティックはロマンティックではない、つまり恋愛的に惹かれることがないことを意味します。また、他者と情緒的なつながりがある場合のみ性的に惹かれることがある人をデミセクシュアルと言い、恋愛的に惹かれるけれど、相手にその感情を返してほしいとは感じない人をリスロマンティックというなど、この辺になるともう頭が混乱してしまいます。
ともかくもこうした周辺領域を含み、広い意味(スペクトラム)で性的に惹かれないことをAce(エース)、恋愛的に惹かれないことをAro(エィロ、アロ)と呼び、包括した概念としてAro/Aceという言葉を用いているのです。

4 中村健(なかけん)さんのお話

基礎知識について解説いただいた後、なかけんさんが「アロマンティック・アセクシュアルを自認する私の体験」を語ってくださいました。中学生のとき、仲の良い「友達」から告白を受け、勘違いしたまま交際がスタートしたけれど、なにも(恋愛的・性的な)進展がないと不満を抱いた相手と徐々に疎遠になってしまい、大切な友達を失ったことにショックをうけたことなど、恋愛や性愛が分からないことによる疎外感についてお話しいただきました。その後、インターネットで「恋愛感情」、「わからない」、「おかしい」などの用語で検索しているうちに同じ思いの人たちの掲示板にたどりつき、アセクシュアル、アロマンティックという「言葉」に出会って、自分を説明する言葉ができた喜びを知り、今日の活動を開始するに至ったとのことです。
なかけんさんは、Aro/Aceの人たちは自分たち以外の方には理解されにくく、何気ないひと言で深く傷つけられるのだと教えてくださいました。満を持して打ち明けても、「本当の恋愛を体験したことがないからだよ」、「思い込みだよ」とスルーされたり、「運命の人に出会ってないだけじゃない」とかわされたり、そもそも恋愛感情や性的に惹かれることがないことを証明することは不可能なので、否定されても正面から反論できず、ないものとされる恐怖に常にさらされる状態にあり続けている実態を垣間見ることができました。

5 Aro/Ace調査

三宅さんからは、2022年6月にウェブ上のアンケートフォームを利用して行った調査結果についての紹介がありました。13歳以上のAro/Aceを自認する日本語の読み書きをする人が対象ですが、わずか1月の間に2331通もの回答が寄せられたということです。どれだけ多くのAro/Aceが私たちの周りにもいるのか、気づかせてくれる数字です。ちなみに、全人口の何パーセントかというと、2019年に行われたある調査では0.8%とされているそうです。
調査では、回答者のうち自分がAro/Aceであることを誰にも伝えていない人が最も多く(32.5%)、また、生きている中で不安を感じることについての回答では、周囲に自分のあり方が理解されていないことや、恋人/パートナーを持たない生き方をすること、病気やケガをしたときに助けてくれる人がいないこと、家族、親族との関係がうまくいかないことなど、常に生きづらさを抱えていることが明らかになりました。
また、恋愛感情というものが分からないまま人と接していると、性的な信号を読み取れず、相手の思い込みから性行為を強いられてしまう危険もあるとのこと。なるほど。

6 多様な関係性に思いを馳せる

休憩を挟んで、「親密な関係性とはなんだろう」とのテーマで、アンケートフォームにより来場者に募った「恋愛/性的関係の暗黙の了解」に関する意見を紹介しながら、「友達以上、恋人未満」というフレーズをどう考えるのか、恋人が上で友達はそれより下なの?恋愛や性的関係において「暗黙のルール」とされているものにどんなものがあるか、そのようなルールを押しつけていいのか(異性の部屋を訪ねたらそれは性的関係OKというサイン?など)、といった問いかけを受け、それぞれが自分ごととして考える時間を持ちました。
Aro/Aceの中には、恋愛関係ではないけれど、親密で感情的なつながりを持つパートナーのような関係の人がいる方もいて、そんな存在を表現する適切な言葉がないために、英語圏では「ズッキーニ」と呼んだりするそうです。クィアプラトニック関係とも言い、いわゆる恋愛関係ではないけれど、親密で感情的な絆が存在する関係、通常の友情よりも、もっと深くてもっと情熱的な関係、とハフポストの記事にはあります。
なんだか、平等対等ですてきな関係じゃありませんか。

7 多様な関係性を想像できる社会に

私たちはしらずしらず「異性愛規範」や「結婚出産規範」に絡め取られ、恋愛/性愛以外の関係のあり方があるなんてことを考えもしない、そういう状態にあるのかもしれません。
五十嵐さんが会場で発言された、LGBTQ+は、自ら自分の特性を明らかにしないかぎりその存在が気づかれない状況にあるという話は、いわゆる社会的マジョリティとマイノリティとの非対称性を明らかにするものです。
すべてのマイノリティが恐怖心を抱くことなく、背を伸ばしてゆったり歩き過ごすことのできる社会。それは誰にとっても住みよく、人権が尊重される社会です。そのための一歩として、ぜひAro/Aceのことを学んでみてください。

会の終了後、3人のゲストの前にはそれぞれ少しでも話を聞いてほしい方々が列をなし、熱心に講師陣と言葉を交わしていました。あぁ、切実な思いを持つAro/Aceが多数、この場に集ったのだ、この研修が開催できて本当によかったと、熱い思いがこみ上げてきました。

アセクシュアルってなんなん?こまりごとの多様性を知る

福岡人権ホットライン研修(LGBTの問題について)

人権擁護委員会 事務局長 塩山  乱(64期)

2023年2月13日午後1時半より、弁護士会館2階大ホールで福岡人権ホットライン研修に参加いたしました。

1 はじめに

福岡人権ホットラインとは、福岡県の委託で、毎月1回(毎月第4金曜日の15時から18時まで)、弁護士会館で実施している無料電話相談で、毎回2名体制で人権に関する相談に応じています。

今年は、LGBTに関する講演として、OVER THE RAIN BOWの代表である荒牧明楽さんに講演をして頂きました。

2 講演内容
⑴ アンコンシャスバイアス

まず、荒牧さんから差別が発生する原因として、アンコンシャスバイアス(無意識の思い込み)というものの存在を説明されました。 その際、以下のような設問が提示されました。
「父親が、後部座席に息子を乗せて運転をしていたところ、トラックと正面衝突し、父親は即死、息子は重体となった。息子は、すぐに病院に運ばれて、海外でも著名な脳外科医の手術を受けることになった。脳外科医が手術室に入り、患者の顔をみたところ、脳外科医は「この子は、私の息子です!」と叫んだ。」
皆さん、この文書を読んでどのように感じるでしょうか。違和感はないでしょうか。
もう皆さん分かったと思いますが、この脳外科は、母親なのです。

福岡人権ホットライン研修(LGBTの問題について)

荒牧さんは、「海外でも著名な脳外科医、という記載で、皆さん無意識に男性だと思いこんでいませんか、これがアンコンシャスバイアスです。」とご説明をされ、なるほど自分でも意識していないのに、思い込みがあるのだと改めて気づかされました。このように、自分では気づかないうちに、差別していることがあるのかもしれません。

⑵ LGBTQおよび体験談について

その後、荒牧さんは、LGBTQの内容についてご説明をされ、日本および世界の現状について、説明をされました。 また、荒牧さんは、ご自身の小さい時のことから体験談をお話されました。詳細はここでは差し控えますが、小中高校時代の葛藤、カミングアウトに至る経緯まで、様々なお話をされ、その壮絶な人生に参加者は圧倒されました。ご興味のある方は、荒牧さんの著書である「トランスジェンダーの私が語るまで」(NR出版)を読まれてください。

⑶ 参加者との意見交換

その後、荒牧さんから、以下のような設問が示され、参加者が3名程度で話し合い、意見を交換するという時間が持たれました。設問は以下のようなものです。

①トランスジェンダーの人から、「自己の性自認に従ってトイレに入ったところ、中にいた女性から変質者であると通報されてとても傷ついた!これは、私が悪いの?」と相談を受けた。あなたなら、どのように回答をしますか。

②あなたが、子供から同性愛者であり、パートナーがいる、とカミングアウトを受けた際、どのように感じますか、また何と声を掛けてあげますか。

これらの設問について、絶対的な正解はありませんが、相手の気持ちを考慮して考えることが重要になると思います。皆さんは、どのように答えますか。

3 最後に

今回は、LGBTに関する講演でしたが、人権ホットラインでは、毎年様々な人権に関するテーマで講演が行われています。是非、皆様も来年度参加いただければと思います。

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