福岡県弁護士会コラム(会内広報誌「月報」より)

2019年12月号 月報

人質司法からの脱却~その勾留、本当に必要ですか?~

月報記事

会員 川上 誠治(68期)

1 はじめに

令和元年9月14日(土)午後1時より、福岡県弁護士会館2階大ホールにおいて、第62回日弁連人権擁護大会プレシンポジウム「人質司法からの脱却~その勾留、本当に必要ですか?~」が開催されました。

2 基調報告「未決勾留制度の現状と課題」

愛知学院大の石田倫識教授から、「未決勾留制度の現状と課題」と題した基調報告がありました。

石田教授からは、勾留制度は、「罪証隠滅」及び「逃走」を阻止するための制度であるが、実務の現状は、主に被疑者を取調べることが目的となっている。これは未決勾留の目的外使用にあたるのではないか、という疑問が投げかけられました。

このような現状を踏まえ、人質司法の脱却を図るべく、具体的な改善策として、(1)具体的な資料に基づく高度の蓋然性(現実的可能性)が認められる場合にしか勾留を認めない、(2)少なくとも、勾留を基礎づける疎明資料については、弁護側にも証拠開示を認めるべき、(3)勾留質問や取調べに弁護人の立会いを認めるべき、といった提言をいただきました。

石田教授の報告では、的確な現状分析を前提として、未来に向けてどう刑事手続を変えていくべきか、一定の方向性が示されました。非常に示唆に富む内容であったと思います。

3 特別報告
(1) 準抗告運動の内容及び現状の報告

準抗告運動とは、(1)会員に対して準抗告等の不服申立てを積極的に行うよう呼びかけるとともに、(2)会員から活動の報告を受け、(3)寄せられた活動の報告を分析し、定期的に周知を行うものです。

平成30年6月から8月に第一弾、令和元年6月から8月に第二弾が、九州で一斉に行われました。今年は、福岡県全体の通算報告件数が90件(うち積極事例40件)と、報告件数は昨年より大きく増加しました。

準抗告運動の成果として、会員には準抗告をすればこれだけ通るのだという意識を植え付けられただけでなく、実際に勾留請求却下率の引き上げに貢献したことなどが、野田幸言会員から、具体的な数字を挙げて分かりやすく解説がなされました。

今ある制度を使いこなして不当な身柄拘束を防止するという意味で、準抗告は弁護士が持っている大きな武器であるということを私自身再認識しました。

(2) 韓国視察の報告

このプレシンポジウムにさきがけ、本年7月23日~24日に、刑事弁護等委員会委員10名がソウルの裁判所や検察庁・警察署等を訪問しました。

日本と韓国は歴史的な経緯から、刑事手続、特に逮捕・勾留といった身体拘束手続は、非常に似通っています。しかし近年、韓国では、勾留却下率や却下数が大幅に上昇しています。

これは、2007年に、韓国において、「被疑者に対する捜査は、身柄不拘束状態で行うことを原則とする」という法改正がなされたことがきっかけになったとされています。さらに、時を同じくして、「身体拘束は慎重に行われるべき」(大法院裁判長のことば)というパラダイム転換がなされ、裁判所がこぞって積極的に勾留を却下するようになったことも原因となっているようです。

具体的には、(1)裁判官が勾留質問の際に、勾留要件に対する具体的な質問をする、(2)各裁判所に令状専門裁判官を設置する、(3)各裁判所ごとに令状発布の具体的な内部基準を策定する、といった運用がなされているようです。

その他、浅上紗登美会員からは、韓国では、日本と異なり、起訴前保釈制度があるといった報告等もありました。

わが国においても、このような韓国の制度を積極的に取り入れることが必要なのではないか、という思いを強く抱きました。

(3) 爪ケア事件における身体拘束の実情報告

東敦子会員と上田里美さんによる北九州爪ケア事件の報告がありました。

会場では、スライドで、実際の患者の写真を見ることができました。一般の方が見ると、血豆がひどく、これは「虐待なのでは?」と思われてもやむを得ない、やっぱり「爪剥ぎ」だとなりそうです。しかし、専門家の間では、これは「きれい」、本当に「爪ケア」なんですね、という感想になるということが、東会員からご説明いただきました。

上田さんは、事件当時、警察やマスコミ等から犯人扱いされたことや苛酷な取調べなどあまりにも非日常な場面に出くわしたことから、頭が真っ白になった。東会員が当番で接見に来た時の状況もあまり記憶がなく、女性か男性かといったこともはっきり覚えていない、ということを述べられました。

この事件は、一審では有罪、このままでは上田さんの看護師人生が失われる危機的状況でしたが、控訴審では無罪となりました。しかし、上田さんの身柄拘束期間は102日、起訴から無罪判決まで3年以上を費やしていることを決して忘れてはならないと思います。

4 パネルディスカッション

10分間の休憩を挟んで、パネルディスカッションが行われました。

パネリストは、石田教授、宮崎昌治氏(テレビ西日本取締役報道担当兼報道局長)、東敦子会員、德永響会員、コーディネーターは、甲木真哉会員という顔ぶれでした。

現在、ゴーン事件がきかっけで、日本の刑事手続に対して世界の目が向けられています。しかし、宮崎氏からは、近時、保釈中の被告人が逃走する事件等が数多く発生し、国民の目は逆に厳しくなっているのではないか、とう鋭い指摘がありました。

逃走の危険性があるにもかかわらず、積極的に保釈や準抗告が認められるべきであるというならば、それを国民に説明するのが裁判官や弁護士の責務である。弁護士はそうした説明責任を果たしていないのではないか、という疑問があるということです。

たいへん耳の痛い意見です。しかし、こうした叱咤激励は、われわれに対する熱いエールと受け止めるべきかもしれません。

德永会員からは、日本の刑事手続における弁護権の拡充の歴史(当番弁護士制度、取調べの可視化等)を分かりやすくご説明していただきました。加えて、德永会員は今回の韓国視察の団長を務めたことから、韓国の刑事手続の現状についても、ユーモアあふれる語り口で言及されました。

東会員からは、上田さんが逮捕されたのは平成19年7月で、韓国のパラダイム転換の時期と同じである、第一審では執行猶予が付されており、韓国の基準に照らせば、もしかしたら当時長期間拘束されることはなかったかもしれない、という話しを上田さんとされたことなどが伝えられました。

石田教授からも、韓国視察報告の感想等をいただきました。

総じて、4人のパネリストの方から、刑事手続の過去から現在さらに未来を語っていただき、非常に興味深いパネルディスカッションになりました。

5 終わりに

このシンポジウムは、第62回日弁連人権擁護大会第1分科会シンポジウムとして、令和元年10月3日(木)12時30分からJRホテルクレメント徳島「クレメントホール」において開催される「取調べ立会いが刑事司法を変える」のプレシンポジウムとして開催されたものですが、準抗告運動や韓国視察など福岡県弁護士会独自の取組みも踏まえたとてもユニークな内容になったのではないかと思います。実際、当日の参加人数は一般の方を含んで80名を超えており、たいへん盛り上がったシンポジウムになったことは間違いありません。

最後に、このプレシンポジウムでは、次の2つの提言が、拍手喝采という形で採択されました。

(1) 勾留質問の実質化

容疑についての弁解内容を聞くだけの現在の運用から、それにとどまらず、証拠隠滅や逃亡の可能性が現実にあるか具体的に質問して確認する運用とする。

(2) 勾留質問への弁護人の立会い

弁護人が勾留質問に立ち会ってはいけないという規定はない。

勾留質問の実質化を担保し、勾留要件に関する適切な情報を提供するために、勾留質問への弁護人の立会いを認める運用とする。

現状改革するにはまだまだ克服すべき課題が山積されていることを改めて痛感しました。しかし、このプレシンポジウム開催により、人質司法脱却に向けて大きな一歩を踏み出した、とは言えそうです。今後、弁護士会を挙げて、この流れを止めずに、むしろ推進ないし前進させることが、我々の役割ではないか、と考える次第であります。

人質司法からの脱却~その勾留、本当に必要ですか?~
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