福岡県弁護士会コラム(会内広報誌「月報」より)

2017年8月号 月報

「転ばぬ先の杖」(第33回) 貸金業者の取立てと消滅時効

月報記事

消費者委員会 山田 裕二(69期)

転ばぬ先の杖。このコーナーは、一般の方に役立つ法律知識をお伝えするコーナーです。今回は、消費者委員会が担当します。

消費者問題には、様々な種類のものが存在します。今回はその中でも、貸金業者の取立てと消滅時効との関係について取り上げたいと思います。

そもそも消滅時効というのは、一定期間権利行使をしないことにより、権利を消滅させる制度のことを言います。これは、権利の上に眠る者を保護しない、すなわち、権利を持っているのに一定期間使わない人は保護しないという法の考え方を具体化したものです。

具体的には、民法第167条に規定されていて、債権の場合には、時効期間は10年とされています。また、商行為によって生じた債権の場合については、商法第522条で、時効期間は5年とされています。商行為とは、例えば、貸金業者がお金を貸す行為等をいいます。したがって、貸金業者の貸金債権は消滅時効期間が5年になります。

つまり、貸金業者からお金を借りていた場合でも、お金を返さなければならない日(弁済期)に支払をせず、その日から5年経過してその間に貸金業者から何の請求も無い場合には、消滅時効により返済しなくてよいということになります。

ただし、時効期間が経過したからといっても当然に権利が消滅するわけではありません。消滅時効は「援用」、すなわち時効期間が経過したので債権を消滅させますという意思表示をしないと効果が発生しません。そのため、貸金業者は、時効期間が経過していることをわかった上で請求してくることがよくあります。時効期間が経過していても支払ってもらえればそれでよいからです。

時効期間を経過しているかもしれないと感じた場合には、弁護士に相談するなどして、確認してから対応するようにしましょう。

また、注意を要しますが、何らの請求もないまま5年過ぎた後でも、時効の援用ができなくなる場合があります。

それは、「時効期間経過後に債務者が債務を承認した場合」です。

この場合には、もはや時効の援用ができなくなるという最高裁昭和41年4月20日判決があるため、時効期間が過ぎた後に債務を承認すれば、それ以降は時効の主張ができなくなるとされているのです。そして、これは、時効期間が経過したことを時効を主張する人が知っていたか否かに関係ないとされています。その理由としては、債務者が時効期間を経過したことを知っていたかどうかにかかわらず、時効期間満了後に債務を認めたのであれば、債権者としてはもはや時効を言い出すことはないであろうと信頼するはずで、その信頼を保護して、時効主張を許さないとするのが信義則に照らして相当であるからと説明されています。

では、「債務の承認」とは何かですが、よく出てくるのは、弁済、例えばお金を借りたときにお金の返すような場合があたります。お金の支払いをすると言うことは、自分に支払うべき債務が残っていることを認めてその支払をしているものということで、債務の承認に当たるとされます。

そして、そのような前提の下で問題となったのが下記の事案です。

時効期間が経過した債務者に対し、貸金業者が債務名義(例えば判決等)がないにもかかわらずこれがある旨の虚偽の事実を記載した「強制執行予告通知」を送り付け、困惑して電話をしてきた債務者に対し、「いくらでもよいからお金を入れてくれ」と申し向けて10万円を支払わせ、その後、更に47万円の貸金返還請求がされたという事案です。

この事案の場合、上記最高裁の判決から考えると消滅時効の期間が経過した後に10万円を支払っているので、追加で請求された47万円について、消滅時効の援用はできないこととなりそうです。

しかし、大分地裁平成28年11月18日判決は、時効の援用を認めました。

理由としては、本件貸金業者は、組織的に強制執行通知を送付するという脅迫的な言動による取立てをしており、社会通念上許されない違法なものであると認定したことにあります。

つまり、貸金業者は、違法な取立行為を行っており、今後時効を援用されないだろうと信頼することが相当であるとは言えないから、消滅時効の援用が信義則違反にならないと考えたのです。

同様の事案で、督促状に不安や恐怖を感じた後に債権者の従業員に連絡したところ、従業員から一括返済を重ねて求められて困惑又は畏怖した結果一部弁済した事案でも、消滅時効の援用を認めています。(浜松簡裁平成28年6月6日判決)

また、時効完成後に、債権者が債務者に対して督促状を頻繁に送り、さらに債権者の従業員が債務者宅を訪れて2000円の弁済を受けた上で、早期返済計画を立てることを求め、その求めに応じて債務者が分割弁済案を提案したものの債権者が拒否した事案でも、時効の援用を認めました。

この事案では、貸金債権の時効期間が経過した後の借主の支払いは、債権者従業員の訪問請求に対して、十分な法的知識を持ち合わせていない借主が従業員の言動に誘導された結果の反射的な反応の域を出るものでなく、債務の弁済の実質をなしていないとして、債権者における時効を援用しないという信頼が信義則上保護するに足りないものと判断され、消滅時効の援用が認められています。(宇都宮簡裁平成24年10月15日判決)

以上のような最近の裁判例からすると、時効完成後に弁済をした場合であっても、貸金業者の取立ての行い方によっては、時効の援用が認められる可能性があることになります。

貸金業者の取立てについても、当然適法な方法で行わなければならず、法律を遵守する必要があります。そのため、騙したり脅したりという取立てを受けて支払いをなした場合には、時効を援用する権利は失われないというのが、裁判例の傾向であると言えます。

貸金業者の問題のある取立て、対応に悩まされている方は、ぜひ弁護士にご相談下さい。

  • URL

カテゴリー

Backnumber

最近のエントリー