福岡県弁護士会コラム(会内広報誌「月報」より)

2016年5月号 月報

紛争解決センターだより

月報記事

会員 樋口 明男(46期)

本年2月15日、弁護士会事務局から「2月に申立が為された事件について仲裁人を引き受けることが可能か否か」打診があった。詳細に書かれた紹介状をみると、ドロドロした男女関係事件であり気が重かった。私は2013年に初めて担当したADRで和解を成立させている。専門性の高い建築紛争で一級建築士の助力を得ることが出来た上に当事者も冷静だったことにもとづく(月報13年9月号参照)。本紛争を容易に和解に導くことが出来るとは思えなかった。それでも仲裁人を引き受けたのは「誰かが担当しなければならない」という責任感による。

事案は夫と不貞行為をした女性に対する妻の慰謝料請求事件である。相手方女性の直筆書面(不貞行為の存在を認めた上で高額の金員を払う旨明記されている)が証拠として提出されていた。相手方には代理人弁護士が就いており、当該書面は事実に反して作成を強要されたもので、この書面により金員を請求することは恐喝に該当するとの主張がなされていた。私は「和解成立の見込みがなく1回で終了となるだろう」と予想した。

3月7日弁護士会館ADR室で双方の言い分を聞いた。双方当事者に母親が同伴していた。事案の性質上、双方ともに感情的だったが、とにかく最初はじっくり話を聞いた。その上で私が双方に言ったのは「仮にあなたの主張が事実だったとしても結論はあなたの思うようにはならないだろう」ということである。不貞行為慰謝料の成否や額については多くの議論がある。申立人に対しては「あなたの主張が事実であったとしても裁判所が認める慰謝料はあなたが思うほど高くないかも」と示唆した。相手方に対しては「あなたの主張が事実であったとしても先方は書証を有しているので訴訟に踏み切るだろう・その際に着手金が必要となる・あなたの主張が認められれば成功報酬が必要になる」と示唆した。弁護士費用の具体的議論は代理人の先生に委ねることにした。双方に話をした後「和解の見込みがなければ期日はこれで終わりますが、続行期日指定を希望されますか?」と聞いた。意外なことに双方とも期日続行を希望された。私は少し手応えを感じた。

3月17日第2回期日を開いた。先に相手方から話を伺うと代理人の先生はある程度の金銭を支払う和解案を用意されていた。私が考えていた水準と大差なかった。次に申立人から話を伺うと「和解案を出してきたことは評価するが、相手が自分の行為を恐喝と主張していたことが許せない」と怒りを表明された。私は数年前に被告側で受任した不貞行為慰謝料請求訴訟の経験を話した。当該事案で私は「美人局類似の抗弁」を主張していた。裁判所から示された和解案は高額ではなかった。この経験をふまえ「書面に記された金額に貴女がこだわることは良くないのでは」と示唆した。その前提の下、相手方提示案を示し「合理的な案だと私は思う」と付け加えた。申立人が持ち帰り検討することになった。

3月22日第3回期日を開いた。申立人は冷静になられており、母親も感情的な素振りを全く見せなくなった。申立人は最終的に和解案を受諾された。相手方に伝えるとホッとした感情が見受けられた。和解案を双方に示し双方から署名押印を得た。この作業は仲裁人弁護士ではなく職員さんが機械的に行うほうが手続がスムーズにいくようである。

弁護士会ADRにおける和解成立の場面では双方から成立手数料を払って貰う必要がある。支払の義務を負う相手方まで払ってもらえるのか不安があったが、事前に代理人から説明がなされていたようで相手方からも気持ちよく支払っていただいた。

こうして私は第2回目のADRも和解を成立させることが出来た。後から振り返れば事案に恵まれたと言うほかはない。紹介状を書いた弁護士の書面は的確なものだったし相手方に就いた代理人弁護士のスタンスの切り替えは「お見事」であった。

弁護士は紛争解決の専門家である。立場は違えど各自が役割を果たせば結果を残せるのである。

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